魔法科転生NOCTURNE SS置き場   作:人ちゅら

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SS#062x1b 審神者と巫覡(2)

 実験室に静寂が戻る。

 

 柴田(しばた)美月(みつき)は自分の両手を見つめたまま、しばらく動けずにいた。

 

 自分の()が普通ではないこと。

 それが古式魔法師(だれか)にとっては特別な能力であること。

 そして、放置すれば命に関わる危険があること。

 

 下校前、眼鏡の端から漏れて見えた不思議な光。

 好奇心に(いざな)われて来てみれば、ほんの三十分ほどで世界(セカイ)が一変してしまったのだ。

 

 呆然とする少女に僅かな憐憫(れんびん)の眼差しを向け、ひとつ瞬いてその感情を切り離す。

 解決しなければならないことを先に進めよう。

 

──【審神者】の才は有る。それも上質だ。

 

 幹比古が静かに頷いた。

 

「やっぱり……」

 

 少し考え込むように口元へ手を当てる。

 

「だったら、一つ提案があります」

 

 ふむ?

 

「柴田さんを、間薙家で保護できませんか」

 

 美月が目を丸くした。

 

「え?」

 

 幹比古は真剣な表情のまま続ける。

 

「【水晶眼】は、古式魔法師なら誰でも欲しがる能力です」

「そんなに、なんですか?」

 

 美月が不安げに問う。

 

──ああ。

 

 シンは即答した。

 多くの古式魔法師にとって最大の偉業、神霊を召喚する儀式魔術。その儀式魔術において【審神者】の権能を持つものは、場に現れた神霊を一目で看破する。より長けた【審神者】は、儀式の乱れや過ちを感知し、正しい流れへと修正する力まで持ちうる。

 強い力を持ちながら、気まぐれな神々に願いを聞き届けてもらうには、神々に礼を尽くさなければならないのだ。

 儀式の安全性を確保する上でも、また神霊に正しく対峙し、最大の利益を得る上でも、その眼は至上の価値がある。

 

──荒ぶる神々に正しく振る舞える、ということのアドバンテージは計り知れない。

 

「もし柴田さんのことが知られたら……」

 

 幹比古は一瞬口ごもり、重い言葉を続ける。

 

「狙われる可能性があります」

 

 その一言に、美月の肩が小さく震えた。

 もしかしたら先日の襲撃事件のことを思い出したのだろうか。彼女は直接的な被害を受けてはいないはずだが、それでも反魔法政治結社(テロリスト)の標的になった、という事実は恐怖を感じて当然だろう。

 

 現実には、より彼女個人が狙われた可能性のある事件も起こっていた。

 先月あなたは吉祥寺の廃ビルで、妄執に取り憑かれた古式魔法師の犯行を阻止していたのだ。

 

 公には、若者たちが廃ビルに忍び込んで酒盛りをしていた。

 それを咎めた警備員が重傷を負わされた。

 それだけの話とされている。

 報道でも東京ローカルのメディアでしか扱われていない、小さなものだ。

 

 だが実際には、妄執を抱いた一人の古式魔法師による儀式魔術だった。

 若者たちは儀式のために精気(MAG)を搾り取られ、治療を受けた後も心身に後遺症を負っている。

 だがもし、そこに美月が居たならどうなっていたか。

 儀式の核として使われていたことだろう。

 

 おそらくあの古式魔法師の願いは叶えられていたはずだ。

 ただし“柴田美月”という人格は破壊され、ただ願望を叶えるための道具に成り果ててしまっただろうが。

 

「でも……」

 

 幹比古は首を振る。

 

「間薙家が保護すると宣言すれば話は別です。古式魔法師の家門でも、簡単には手を出せません」

 

 あなたも静かに頷く。

 その点について異論はない。

 

 間薙家は魔道士──古式魔法師──社会において、触れるべからざる存在とされる。

 古いこと、長く神秘を継承してきたことが尊ばれる魔道士の世界において、“最新の魔道士家”と呼ばれた間薙家は当初、様々な妨害を受けていた。無力な魔道士など、他家の魔道士からすれば餌でしかない。

 間薙家はたちまち古式魔法師たちに、そして水面下で魔法開発、魔法師開発を進めていた各国軍事組織にまで狙われることになった。

 

 そしてその全てを撃退してみせた。

 無謀にも手を出した数十の魔道士家門は執拗な反撃を受け、(ことごと)く代替わりを余儀なくされた。

 某国軍事組織に初孫が誘拐された際には、その報復で当該国の軍事基地が施設ごと地上から消滅したこともあると言う。

 

 かくして極東の島国に生まれた間薙という家門は、生半可な覚悟で手を出せる存在ではなくなったのだ。

 しかも国内では【異界】の管理者としても知られている。

 その庇護対象へ無闇に手を出す家門はほとんど存在しないだろう。

 

「それに……」

 

 幹比古は少し言い淀んだ。

 

「以前の僕なら」

 

 一度目を伏せる。

 

「きっと、間違ったことをしていました」

 

 美月が首を傾げる。

 

「間違ったこと……?」

 

 あなたは小さく息を吐いた。

 

──独占しようとする、とかな。

 

 幹比古は苦笑した。

 

「……否定できません」

「え?」

 

 美月が表情を変え、腕を縮めて自身を守るように身を固くする。

 ……ああ、これは勘違いをしているなあ。

 

「えっ?」

 

 幹比古も気付いたようだ。

 あるいはその仕草に何かを感じたか。

 

「いや、違う!」

「え?」

「違わないけど違う!」

 

 慌てる幹比古に、戸惑う美月。

 

「その……そういう意味じゃなくて!」

 

 言葉を費やせば費やすほど墓穴を掘っていく幹比古を前に、美月は完全思考停止状態に陥っているようだ。

 

「えっと……吉田くん、その……」

 

 耳まで真っ赤になっていく。

 

「わ、私、その……」

「違う!」

 

 幹比古は慌てて両手を振った。

 

「家だよ! 古式魔法師の家なら、見鬼を家で囲い込もうと考えても不思議じゃないって話!」

「あ……」

 

 美月もようやく理解したらしい。

 

「そ、そういうことですか……」

 

 頬を赤くしたまま視線を逸らす。

 気まずい沈黙。

 

 若いなあ。

 あなたは二人を視線から外し、窓の外を眺めていた。

 

 

*   *   *

 

 

 あなたは一つ咳払いをした。

 

──話を戻そう。

 

 二人が同時に姿勢を正した。

 

──保護そのものは可能だ。

 

 だが。

 あなたは美月を見る。

 

──君自身が望むかどうかが前提になる。

 

 美月は少し驚いた顔をした。

 まあ、現状は彼女にとって他人から一方的にあれこれ押し付けられている状況だ。ここで急に自由意志を問われるとは思わなかったのだろう。

 とはいえ一方的に保護する、ということは無い。

 

──それに、保護したところで根本的な解決にはならない。

 

「それは……」

 

 何故わざわざ間薙が保護したのか? ということで、逆に注目を集めることとなる。

 そして能力を隠せない限り、いずれ露見することになる。

 

 それでは保護したところで逆効果だ。

 故に。

 

──今は制御訓練が最優先だ。

 

 それさえできれば、敢えて保護して耳目を集める必要もなくなる。

 あなたにとって柴田美月は、あくまで吉田幹比古の同級生、それ以上の存在ではないのだ。

 

 美月は静かに頷いた。

 

「……お願いします」

 

 あなたも頷き返す。

 本人にやる気があることは大前提だ。

 苦行と言うほどではないにせよ、並方ならぬ努力が必要になる。

 決意無くして到達できる領域でもない。

 

──ただ、俺が毎日付き添えるわけではない。

 

 修行するにもそれなりの日数、随伴する監督者(メンター)が立ち会う必要がある。

 本家から増員を呼ぶには口実が無いし、仲魔の誰かに頼もうにも監督者ができるレベルの仲魔を呼べば、彼女は本当に壊れかねない。

 それでは本末転倒というものだ。

 

 幹比古が顔を上げた。

 

「だったら、僕が教えるのはどうでしょう?」

 

 あなたは前のめりの幹比古を見る。

 

 これはどう考えるべきだろうか。

 吉田家に【見鬼】の扱いを教える技能があるなら、最初からあなたを呼ぶこともないだろう。

 つまり──

 

──教えろ、と。

 

「僕に出来るかは分かりませんが」

 

 これは野心か?

 【見鬼】の扱いについては、魔道士家門にとって秘匿すべき教育技能に該当する。神秘の継承を使命とする魔道士家にとって、教育とはそれだけ重要な価値を持つ。故事にある、焼入れの水温を知ろうとした鍛冶見習がその腕を切り落とされたように。

 

「僕も巫覡として学びたいし、柴田さんの助けにもなりたい」

 

 とはいえ【見鬼】の技能者自体は、増えて困るものでもない。

 悪魔が胎動している以上、彼らに対抗するには現代魔法師の力だけでは不十分だ。

 問題はどこまで教えて良いものか、といった()()の問題だろう。

 

 真っ直ぐな目だった。

 あなたは少し考え、結論する。

 

──悪くない。

 

「本当ですか」

 

──だが。

 

 人に教えるには、まず自身が理解していなければならない。

 それに。

 

──現状をもっと詳しく調べる必要がある。

 

「【水晶眼】についてですか?」

 

──訓練プログラムを決めるためだ。

 

 現実的に、プログラムを組むにはまだ情報が足りない。

 

 何に反応し、

 何なら耐えられ、

 どこが限界なのか。

 

 そこを知らなければ訓練は組めない。

 

──今日はここまでだ。

 

 あなたは結界へ目を向ける。

 

──薬学実験室(ここ)では狭い。

 

──明日、第二小体育館(とうぎじょう)を借りよう。

 

「闘技場を?」

 

 幹比古が首を傾げる。

 第二小体育館──通称・闘技場は、もっぱら生徒同士の模擬戦に用いられる施設だ。

 訓練内容に戦闘要素があるのかと疑問に思ったのかもしれない。

 

 もちろん、そんなわけは無いのだが。

 

 幹比古の現状の能力を考えると、まずMAG濃度を変化させる結界を展開しなければ、訓練に必要なだけの精霊を喚起することは出来ないだろう。安全を確保するため、ある程度の空間も必要になる。

 それに一応は秘匿しなければならない技術だ。開放された実験棟として事実上、各部活に専有されているガレージと比べ、プライベート保護のため様々な設備のある闘技場の方が何かと都合が良い。部活連委員の権限で、記録についてもある程度は融通が利くこともある。

 

 そのあたりを説明すると、二人とも異論はなかった。

 

「分かりました」

「お願いします」

 

 翌日の約束だけを交わし、その日は解散となった。

 

 

   *   *   *

 

 

 翌放課後。

 あなたが闘技場に向かう渡り廊下に差し掛かると、後ろから声をかけられた。

 

「珍しいわね」

 

 聞き覚えのある声だった。

 振り返ると、七草(さえぐさ)真由美(まゆみ)がひらひらと手を振っている。

 

「一年生と模擬戦?」

 

 午前中に闘技場の使用申請をしたことに気付いたらしい。

 

──違います。

 

「そうよね。君が申請をし忘れたり、私闘をしたりなんてないでしょうし」

 

 なるほど。

 闘技場を使いながら、模擬戦の方は申請していないことが目を引いたのだろう。

 

「でも、利用者の吉田くんと柴田さんって、違うクラスよね?」

 

──吉田は古式の縁で。

 

 なるほど。とあなたの答えに納得する風の生徒会長。

 だがそれで話は終わらない。

 

「柴田さんは?」

 

 探るような視線をあなたに向ける。

 なるほど、それが本題か。

 

──彼女の霊子放射光過敏症について、古式の手段で改善できるかも知れないので。

 

 あなたは詳細は伏せつつ、事情を説明する。

 ある程度の目処は付いているが、具体的なエクササイズのプログラムを組むために詳細な検査が必要になる。ただし被験者の集中力を要することもあり、なるべく邪魔が入らない環境が欲しかった等。

 美月の【見鬼】の素質については伏せた上で、なるべく隠さず昨日の出来事を話した。

 

 とはいえ、ひとつ懸念材料はある。つまり──

 

「流石に男子二人に女子一人っていうのは、ね」

 

 やはりそこは問題になるか、と。

 無論、学内でそんな不埒な行動に及ぶ輩がいるとは考えにくいが、それでも一種の閉鎖環境であるからには、懸念すべき点ではある。

 いわゆるフリーセックス、個人の意志と責任において自由に性交渉を行う風潮については、かれこれ五十年ほど前に終焉している。これは先進諸国が魔法師の遺伝的性質、血統を保護する必要性から法整備とともに推し進めた一種のプロパガンダであったが、さすがに半世紀も経った2095年現在では常識として認知されているのだ。

 

 そうした点から、真由美の言葉は常識的で、良識的でもある。

 とはいえ魔法師が技術を秘匿することもまた常識とされる。今回の件で言えば、特に“霊子放射光過敏症の改善”という一種の治療行為であって、その技術を厳格に管理する必要性については、敢えて言及するまでもなく真由美も理解していた。

 

 話を聞き終えた真由美は、小さく息を吐いて、微笑む。

 

「じゃあ私が立ち会います」

 

──生徒会長として?

 

「違う違う」

 

 真由美は笑う。

 

「女の子一人に男二人は気まずいでしょ。同性が一人いた方が安心だと思うの」

 

 もっともだった。

 あなたにも異論はない。

 

──お願いしよう。

 

「それに、私も興味があるし」

 

 

   *   *   *

 

 

 第二小体育館──通称・闘技場。

 

七草(さえぐさ)会長!?」

 

 真由美が同道したことに、幹比古が思わず声を上げた。

 美月も驚いている。

 

「今日は見学よ」

 

 真由美は二人へ笑いかける。

 

「でも、その前に一つだけ」

 

 美月の前へ歩み寄る。

 

「本当にやる?」

 

 静かな問いだった。

 

「無理してない?」

 

 美月はその真意に少しばかり戸惑う様子を見せたものの、すぐに真由美の目を見てゆっくりと頷いてみせた。

 

「……霊子放射光過敏症で困っているのは本当です。治るなら。少しでも良くなるなら、頑張りたいです。」

 

 真由美は安心したように笑う。

 

「分かった」

 

 そしてあなたを見る。

 

「この人ね、意外と押しが強いでしょ。悪気はまったく無いんだけど」

 

 あなたは首を傾げた。

 

──そうか?

 

「そういうところよ」

 

 真由美はあなたに苦笑してみせると、美月に向き直って柔らかく言葉を続ける。

 

「だから、一応確認させてもらいました。本人の意志があるなら問題ないわ」

「ありがとうございます」

 

 美月も笑顔で応じ、軽く頭を下げた。

 

 ものの一分のやり取りだけで、相手の安心感を得たその様子には素直に感心する。

 二人の様子をぼうっと眺めていると、真由美が視線で「どうぞ」と促していた。

 あなたは小さく頷くと、少しばかり真面目な声を意識して宣言した。

 

──では、始めよう。

 

 

*   *   *

 

 

 あらかじめ指示していた神具を並べて幹比古が祭壇を設え、柏手を打つ。

 そうしてあなたが渡した願文(がんもん)を黙読し、改めて言挙(ことあ)げする。

 

 腹の底に響くような、良い声だ。

 声質もまた魔術の素質であるとされる。人の気を引く声は、霊的存在にも好まれやすい。

 

 祭壇に一陣のそよ風が吹き流れると、燭台に自然と火が灯る。

 まだ場のマガツヒを励起しただけだったのだが、気の早い火精が目を覚ましたらしい。

 

「これも古式魔法なの?」

 

 真由美が驚き、あなたに問う。

 あなたは無言で頷くと、口元に人差し指を当て、静かに、と合図をする。

 両手を合わせて拝むように頭を下げる真由美。

 声を出さなくてよかった、と安堵する美月。

 

 まあ、幹比古は十分に式に没入している。これしきで揺らぐことはないだろう。

 

 それからもう一分ほど呪文が続き、幹比古がもう一度柏手を打って祭式を終える。

 美月が不安げに周囲を見渡している。

 

──気付いたか?

 

 あなたの問いに、美月は無言で頷いた。

 真由美もあたりを不思議そうに見回している。

 

──もう声を出しても大丈夫だ。

 

「プシオンが薄く広がってるように感じるのだけど?」

 

 最初に問うたのは真由美だった。

 彼女は霊子(プシオン)を感知する、一種のレーダー感覚を持っているらしい。

 過日あなたがビデオ宣誓を行うきっかけになったのも、彼女のその能力だった。

 

 閑話休題。

 

──精霊が活動しやすいよう、場を整えました。

 

「アクアリウムのpHを整えた、みたいな感じね」

 

 観賞魚に適した生育環境を作るように、霊的存在が活動しやすい環境を作った、という理解か。

 なるほど言いえて妙だ。

 その理解で正しい。

 あなたは頷いて答えると、幹比古に向き直って式の続きを促す。

 

──美月は比礼(ひれ)を目に巻いたら、目を閉じて。

 

 言われたとおりに美月がメガネを外し、渡しておいた比礼を巻く。

 

──幹比古。慣れたもので良い。励起してみろ

 

 懐から呪符を取り出し、幹比古は小さく祝詞を繰り返し唱える。

 ゆったりと唱えられる祝詞が、やまびこのように空間に満ちてゆく。

 耳を澄まさなければ聞こえないほど小さかったはずの祝詞が、いつの間にかうるさいほどに反響すると、やがて低位精霊を励起された。

 

 水霊(みずち)か。

 大気中の水分を媒介にしたのだろう。霊格(レベル)は最低レベルだが、数はそれなりだった。

 なにより安定して励起できているのが良い。暴走の心配も無さそうだ。

 

 幹比古には続けて別の精霊の励起も促しながら、あなたは美月に指示を出す。

 

──目を開けて。感じたことを言葉にして。

 

 美月はゆっくり目を開く。

 

「青……薄いけど、青いです。冷たくは、ない、感じ?」

 

──他には?

 

「赤。でも少し黄色い?」

 

 火霊。俗に鬼火と言われるものだ。

 やはり霊格は最低レベルだが、今はちょうどよい。

 おそらく燭台に勝手に火をつけたものだろう。

 

「熱い感じ」

 

 問題なく()えている。

 その後は幹比古だけでなく、あなたも仲魔を召喚しながらクイズ形式で【審神者】の能力を確認していく。

 その正答率は、なかなかに高い。

 さすがに一定以上の霊格になると情報量に圧倒されていたが、自然界で遭遇する程度の悪魔であれば、問題なく視ることが出来ている。

 

──幹比古。精霊を戻してくれ。

 

 まずは場のMAG濃度への順応からだ。

 精霊の存在はノイズになる。

 

 少しして励起された精霊たちは、再びマガツヒに混じって消えてゆく。

 励起だけでなく還送まで、安定して出来ている。

 幹比古の方は、純粋に霊格を上げていけば当面は問題なさそうだ。

 まあ霊格を上げるには相応の──場合によっては命懸けの──修行が必要になるのだが。

 

 

 では次。

 課題はここからだ。

 

──美月。比礼を外してみよう。まずは目を閉じて。

 

「……少し、眩しいです」

 

 ふむ。この濃度でも光は感じるか。

 

──目は開けられる?

 

 言われて美月はおずおずと瞼を上げる。

 

「眩しいですけど、まだ」

 

──違う感じがしたら、その都度、言葉にして。

 

 あなたは意識して、場のマガツヒ濃度を少し上げる。

 

「光が、増えて……眩しい」

 

 さらに少し。

 

「空気が……重い」

 

 まだ耐えている。

 やはり情報がなければ、霊子放射光過敏症で痛みは感じないらしい。

 

 では、もう一段階。

 今度はマガツヒに伝承情報を加え、一種の【境界化】を促す。

 強度は弱めに、旅人を道に迷わせ同じところを回らせる、迷いの森の伝承としよう。

 

 美月があからさまに顔をしかめ、眼を押さえて縮こまる。

 

「……痛い」

 

 あなたはすぐに【境界化】を取り払い、MAG濃度を下げる。

 それでも美月は胸元を押さえ、小さく息を整えていた。

 真由美がすぐ隣へ駆け寄る。

 

「大丈夫?」

「はい……」

「無理しなくていいからね」

 

 そう言って肩へそっと手を置いた。

 あなたは頷く。

 

──おおよそ把握できた。ここまでにしよう。

 

 美月が不安げにあなたを見やる。

 ああ、そういえば言葉が足りなかったか。

 

──大丈夫だ。訓練すればその眼は制御できるようになる。

 

 安堵したのか、美月の両目からは静かに涙がこぼれ落ちた。

 真由美が背をさすりながら「良かったわね」と声をかけ、幹比古は落ち着きを失っている。

 

 幹比古には祭壇を片付けるように指示を出し、真由美には落ち着かせてやってくださいと頼んでおく。

 流石に涙のまま闘技場を出て誰かに遭遇すれば、風聞が悪すぎる。

 

 それからあなたは個人端末を取り出すと、簡単に今後のプランを入力して、二人の端末に送信する。

 おおよその閾値(いきち)は見えた。

 思っていたより才能はあるが、その分、必要な訓練が増えそうだ。

 あとは訓練計画を立てれば、彼らについては一段落となるはず。

 思ったよりも長い修業になりそうだが、彼らは乗り越えられるだろうか。

 




 感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。

 次回で二人の修行回は終わる予定。
 今回も文字数がエライことになってしまった……

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(20260727)誤字訂正
 MAXIM様、誤字報告ありがとうございました。
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