魔法科転生NOCTURNE SS置き場   作:人ちゅら

15 / 18
SS#062x1c 審神者と巫覡(3)

 第二小体育館での確認を終えて数日後。

 あなたと吉田(よしだ)幹比古(みきひこ)柴田(しばた)美月(みつき)は放課後、今度は小会議室を借りて集まった。

 

──後は……

 

 美月の修行にはかなりの時間が必要となる。霊子放射光過敏症の順応訓練と、【見鬼】として情報をさばく訓練の二つが必要になるためだ。

 

 一度に二つの訓練を行うことは、おそらく悪手だ。

 美月のあの気弱な性格は、強い感情の発露によって一時的に膨張した霊子放射(プシオン)光に過剰反応し、痛みの経験が怯えの感情と結びついて身に染み付いてしまったものだろう。感情とは情報であり、それによって痛みが生じたわけだ。

 であれば、まずは霊子放射光そのものが危険ではないことを、脳に覚え直して貰う必要がある。

 

 霊子を物理的な光波と同じように知覚してしまう霊子放射光過敏症を順応させるには、長時間、周囲にプシオン──即ちマガツヒ──が満ちている状態を作り、それに慣れていかなければならない。

 しかしプシオンが知覚できるレベルで溢れている状況というのは、普段の生活の中ではほとんど存在しない。生きとし生けるすべての生物が持つマガツヒではあるが、その殆どは個々の生物の肉体の内側に収まっていて、その表面に出てくることは稀だ。

 動物、特に人間は知覚した情報量──「日常との差異=異常の量」を指す──と、その反応──つまり感情の起伏によって膨張、収縮させる傾向があるため、ただ大自然の中にいるよりは浴びる機会も増えるが、それも瞬発的なものがほとんどで、順応訓練として期待できる量ではない。

 

 となると、あとはプシオンを含むマガツヒを場に充満させ、スポーツの高地訓練のように身体機能を順応させる方向しか無い。

 そのためには魔術儀式によって場を設える必要がある。それができるのは、相応の素質を持った古式魔法師だけだ。無論あなたにもそれは可能だが、その度にあなたが付き添うというのは現実的ではないし、正直なところ、そんな義理もない。

 

 だからこそ幹比古からの「僕が教える」という申し出は、渡りに船だった。

 幹比古が魔術儀式を修め、精霊の励起、召喚訓練をすれば、その過程で美月の【見鬼】の訓練も並行できるようになる。

 

 大筋のプログラムは出来た。

 後の課題は、幹比古に教える魔術儀式をどうするかだ。

 

 

*   *   *

 

 

「吉田家の流儀、ですか?」

 

──ああ。

 

 あなたは吉田家が神道家ということは知っているし、こうして次男を現代魔法の学府に送り込むような柔軟さを持っていることも知っている。しかし、であるからこそその術式のクセを推測することは出来ない。

 神道家というのは、要するに日本神話系の神々の子孫であるということ。そしてその血統によって権能を扱う職掌または技術者であるということだ。

 

 ところがこの日本神話、八百万の神々というのは伊達ではない。自然信仰(アミニズム)の一派と見なされるこの神話体系は、非常に多くの神々を擁する。そして長い歴史の中、神話体系の中に民俗信仰を取り込みながら更にその数を増している。

 そうして長きに渡り、人々の切なる祈りの数だけ加持祈祷、まじないは生み出されてきた。

 

──卜部(うらべ)(すえ)でないことは知っている。

 

 そう。吉田姓で神道家であるなら、まず思い出されるのは吉田神道。

 卜部神道とも呼ばれるこの流派は歴史の中で、一時大変な隆盛を誇った。だが二十一世紀末の現在では近畿地方の一部神社に血を残すのみとなっている。

 

祖神(おやがみ)なら事代主命(ことしろぬしのみこと)だけど。そういうことではないんだよね?」

 

 事代主命とは日本神話に登場する託宣の神だ。

 その名の類似性と、同じ葛城山に社を持ち、同じく託宣の神とされる一言主命(ひとことぬしのみこと)と同一神と見なされることもある。

 事代主命を祖神とするのは、三輪氏、賀茂氏、宗像氏など、禁厭(まじない)と縁深い家系が多い。そのあたりで吉田家も自称するようになったのだろう。

 そう考えれば一応、筋は通っているのだが──

 

「偉そうなことを言っても、うちの先祖はどこかの村の雨乞いの祈祷師だったそうだけどね」

 

 そう。どこをどうひねったところで、吉田神道の本家である吉田家との血の繋がりはない。

 おそらくは流れの祈祷師が箔をつけるため、当時、神道家として名の知れた吉田姓を勝手に名乗り、また在野の祈祷師の一派であった陰陽法師が名乗った鴨族、賀茂氏を真似て事代主神を祖神としたのだろう。

 誠に節操のない話だが、古い時代にはそうした祈祷師が日本全国あちこちで見られたのだから仕方がない。

 彼はそのうちで上手くやった側の末裔ということだ。

 

 しかし……

 

──適性を調べるノウハウは無さそうだな。

 

 古式魔法師、魔道士というのは本来、個々人の適性に合わせて術を学ぶ。

 そうした適性を早めに見極めて、系統の合う家門へと養子に出したり、逆に他所から適性のある子を受け入れたりして技術を継承するのが魔道士の名家というものだ。

 あるいは人格から知識、身体の癖まで育成段階で適性に沿うように育てる家門もある。

 だが、吉田家はそうしたノウハウが足りないのだろう。幹比古の件ひとつとっても、後天的な個々人の資質に任せているように思える。

 

「無いね。あれば僕は、きっとここには居なかった」

 

 幹比古が苦々しく表情を歪め、呟く。

 いやまあ彼のスランプは後天的な事情によるもので、果たしてノウハウが有ったところで解決できたかと言うと疑問ではあるが、今の話とは関係ないので聞かなかったことにしておく。

 

 仕方がない。

 今回は儀式魔術のロジックから始め、手探りで適性を探していくとしよう。

 

 

*   *   *

 

 

 三脚を立ててビデオカメラをセット。

 録画のスイッチを押す。

 

 何度も教えられるほど、あなたに時間の余裕はない。

 なので今回はビデオ録画を許可した。何度も見て復習しながら形を覚えていけば良い。

 

──柴田さんも、退屈だろうけど同席していてくれ。

 

「良いんですか?」

 

──構わない。

 

 むしろ居てもらった方が助かるというもの。

 これから行うのは技術継承という()()()()である。

 【審神者】が居るに越したことはない。

 

──では始めよう。

 

 基礎の基礎だ。

 あなたは長机に寄り掛かる。

 

──儀式は(カタ)ではない。

 

 その一言に幹比古が反応する。

 

「……だけど、古い流派ほど作法を重視するじゃないか」

 

 それは事実だ。そして彼らがそれを重視する理由がある。

 あなたは否定しなかった。

 

──形は人間の認識を誘導する。

 

 あなたは姿勢を正して直立し、両腕を体の側面にピタリと揃える。

 

──礼をする。

 

 頭を下げる。

 

──たったこれだけでも精神状態は変わる。

 

「……」

 

 身体を使って心を誘導する技術。

 人間の所作に意図と合理性を見出し、そこに価値を与える。

 古くはこうした所作に意図が与えられ、意思が伝わること自体が一種の魔術だった。

 

 礼法にはこうした意味がある。

 

 幹比古は何度も頷いている。

 さらに言えば、優れた礼法の中に含まれる身体操作が、別の機能──危機対応能力の向上など──を持つこともあるが、今回は必要ない。

 

──礼楽(れいがく)も本質は同じだ。

 

「舞や音楽だね」

 

 そうだ。

 

 音。

 歩法。

 呼吸。

 拍子。

 

 それらを揃えることで術者全員の、ひいては儀式の参加者全員の認識を同期させる。

 正しく運用できるならば参加者が多いほど、規模が大きいほど効果が高い。

 

「なるほど……」

 

──即効性、再現性を重視する現代魔法学では扱われないが、祭祀とは巨大な魔法だった。

 

 美月は感心したように聞いている。

 あなたは続けた。

 

──次に雑密(ぞうみつ)

 

 聞き慣れない単語に美月が首を傾げる。

 

密教(みっきょう)ですか?」

 

──密教以前だ。

 

 あなたは説明する。

 正式な真言密教や天台密教が日本へ伝わる前、断片だけ伝来した呪法群をまとめて雑密と呼ぶ。呪術が取り入れられていく過程、まだ体系化されていなかった初期密教は、バラモン教の影響を受けて真言や陀羅尼といった呪文を唱えて現世利益を求めるものだったとされる。

 その頃に生まれ、伝わった魔術である。

 

 呪。

 印。

 護符。

 歩法。

 

 様々な技法だけが独立して伝わり、日本各地の土着信仰と混ざり合った。

 日本の古式魔法には案外この系統が多い。

 

「そうだったんですか」

 

 幹比古も知らなかったらしい。

 

──陰陽道(おんみょうどう)も、性質的には近い。

 

 あなたは続ける。

 日本で発展した陰陽道は、中国由来の思想だけではない。

 

 神祇祭祀。

 道教。

 雑密。

 呪禁(じゅごん)

 

 様々な技術を吸収して体系化されたものが陰陽道だ。

 吉田家が陰陽道と結び付いた理由もそこにある。

 

「いいとこ取りをしようとしたから……」

 

 幹比古は納得したように頷く。

 

──さらに修験(しゅげん)

 

 あなたは窓の外、西部に広がる高尾山塊(たかおさんかい)を見る。

 山そのものを祭場とした修験道の霊場。現在では行楽地とされハイキングコースも整備されているが、古くは真言密教の聖地とされ、豊かで特異な自然を抱えた歴史ある霊峰だ。

 

「修験道だね」

 

──歩くだけで修行になる。

 

 険しい山道。

 呼吸。

 疲労。

 恐怖。

 極限状態。

 

 それらが自然なトランスを生む。

 そうして精神状態を意識的に醸成、変異させることで、()()との同調率も変わる。それは魔道士にとって重要な技術だ。身体能力は同時代人の中でも極めて高いものになる。歴史上、為政者たちが彼らに気を使ったのも納得だろう。

 

 

 これまで黙って聞いていた美月は、驚いたように言う。

 

「全部ちゃんと意味があったんですね……」

 

 それはそうだ。

 ただまあ、これには別の見方もある。

 特にダーウィン的な進化論、適者生存を基盤とした近代社会の人間には、逆の観点の方が馴染むかもしれない。

 

 あなたは静かに笑う。

 

──意味があったものだけが残った、とも言えるな。

 

 流派によって理屈は違う。

 神仏に祈る者。

 陰陽五行で説明する者。

 精霊との契約と呼ぶ者。

 

 現代魔法的には、同じ現象を異なる言葉で説明しているだけだ、と整理したいところだろう。だがそこには積み重ねてきた人々の物語があるのだ。過去から営々と紡がれてきた()()()()()の中にあるのが古式魔法──魔道・呪術・魔術──である。

 

「古神道も同じですか?」

 

 幹比古が尋ねる。

 日本に伝わる古式魔法が整理されていく中、自身の基盤となるものが気になったのだろう。

 

──古神道という呼び方は比較的新しい。

 

 あなたは即答した。

 古神道とは近世以降、仏教色を排した『本来の神道』を求める流れの中で整えられた概念だ。原始神道というべきものもあれば、実は近世以降に造られたものもある。

 

 懐古主義的な面もある。

 もちろん優れた体系もある。

 だが、古いから優れているというわけでもないし、新しいものが無条件に良いというわけでもない。

 

──宗教家、信仰者は歴史を見、思想を見る。だが技術者は結果を見るものだ。

 

 ここまでは技術の土台となる流派、流儀についての認識の醸成だ。

 価値のあるものだ、という意識を持たなければ技術は雑に扱われることになる。それはやがて、技術者の身を滅ぼすことにつながる。生兵法は怪我の元、というあれだ。

 

──これから教える儀式魔術は、これらの技術を混ぜ合わせたものだ。ひとまずは形をしっかり覚えるように。それぞれの意味は自分で調べること。

 

「……はい」

 

 幹比古は深く頭を下げた。

 

──礼楽を基礎に、陰陽道と修験の技法を混ぜる。

 

「はい」

 

──祝詞(うたい)は一音ずつ正確に。

 

「はい」

 

──歩法と音を揃える。ここでズレれば同調が崩れる。

 

「はい」

 

──ここで印を結ぶ。速さよりも正確さに重きを置け。

 

 幹比古の目が輝く。

 今まで断片的だった知識が、一つの体系として繋がっていく感覚があった。

 

 門外漢である美月は、幹比古とはまた別の感想を抱いたようだ。

 彼女は目を細めてつぶやく。

 

「光が……」

 

 ああ、しまった。強すぎたか。

 あなたが魔術儀式を成立させれば、その場はたちまち聖地と化す。

 溢れるマガツヒが【境界化】を促し、やがて【異界】を生じさせるのだ。

 そうなる前にも場にあふれるマガツヒめがけ、悪魔たちが集まってしまう。

 

 あなたは左足で床を小突いて整えられた場を崩し、マガツヒを霧散させた。

 そうして美月にビデオ録画を止めるように指示してから、幹比古を見据えて告げる。

 

──とまあ、こんなところだ。しばらくはこれを繰り返して体に染み込ませろ。

 

「はい」

 

 幹比古は神妙な面持ちで頷く。

 他家の術を学ぶ機会など、本来なら千金を積んでも得られるものではないのだ。その価値を今更ながらに感じたのだろうか。少年の声はわずかながらに震えていた。

 

 あなたは二人を見る。

 

──できるだけ柴田さんも同席するように。

 

「私も、ですか?」

 

 それが一番重要なことだ。

 

「同席するだけでいいんですか?」

「……そうか。柴田さん。今、光が見えたんだよね?」

「ええ。すぐ消えましたけど」

「つまり儀式がちゃんと成立したかどうか、柴田さんが居てくれればすぐに分かるんだ」

「ああ!」

 

 そう。それが一つ。

 儀式の成立と安全を管理するのは【審神者】本来の役割である。

 加えて幹比古の能力向上に合わせて、徐々に順応していく美月の訓練にもなる。

 

 最初から無理に何かをしようとする必要はない。

 

 まあ、週二、三回。一回一時間もやれれば十分だろう。

 最初は想像以上に体力と集中力を使うことになるし、逆に何もしない美月は退屈だろう。

 

──一ヶ月も続ければ、十分に変化が出るはずだ。

 

 二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。

 ようやく進むべき道筋が見えた。

 

 あなたは荷物をまとめながら最後に言う。

 

──最終的には、高尾山を登る必要がある。

 

「高尾山?」

「修験道場があるんだよ」

 

 幹比古は先日から、修行に使っている山域を想像した。

 あなたと最初に遭遇した、ある意味で思い出の場所でもある。

 

「実地訓練ですね。でも……」

 

 美月は不安そうな顔になる。

 

「山登りなんてしたことありません」

 

──ああ。今すぐには無理だろう。だから体力をつけるように。

 

 あなたはあっさりと言う。

 

「体力……」

 

──明日から早朝ジョギングをするように。

 

「えぇっ!?」

 

──山道は魔法では登れない。

 

 それだけ言うと、あなたは会議室を後にした。

 

 

*   *   *

 

 

 数日後。

 まだ朝(もや)の残る住宅街を、二つの影が走っていた。

 

「柴田さん、大丈夫?」

 

 幹比古が速度を落とす。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 美月は開始十分もしないうちに肩で息をしていた。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 ついに立ち止まり、膝に手をつく。

 頬は真っ赤だった。

 

 一方の幹比古は額にうっすら汗を浮かべている程度で、まだ呼吸にも余裕がある。

 流れの祈祷師を由来とし、自然の精霊に働きかける吉田家では、修行のために山野を歩いた。

 幼い頃から積み重ねた鍛錬の差は大きかった。

 

「少し休もう」

「……情けない」

 

 美月は苦笑する。

 

「間薙さんの言う通りでした」

「焦らなくていいよ」

 

 幹比古は笑う。

 

「昨日より今日。今日より明日」

「うん」

 

 深呼吸を一つ。

 美月は顔を上げた。

 

「もう少しだけ、頑張ってみます」

「じゃあ、ゆっくり行こう」

 

 二人は再び走り始める。

 見鬼の少女と巫覡(ふげき)の少年。

 それぞれの修行は、まだ始まったばかりだった。

 




 感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。

 以上で幹比古&美月の修行回は終了です。
 設定やら説明やらもあって各話の文字数がえらいことに。
 いやまあこれでもだいぶ削ったんですが、「Wikipediaを読んでるみたい」と言われそうだったので泣く泣く削除した次第。

 次回は何にするかなあ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。