魔法科転生NOCTURNE SS置き場   作:人ちゅら

16 / 20
吉田家に関する設定開示回……に見せかけた間薙家のお仕事の話。
普段よりもだいぶポエム味(?)が強いかもしれません。



SS#030「吉田家依頼に関する報告」

 報告書は、過去を記録するために書くものではない。

 未来を誤らせないために書くものだ。

 記録とは、過去の事実を未来へ受け渡すための橋である。

 事実と推測を混同すれば、橋は歪む。

 感情で評価を書けば、橋はいずれ崩れる。

 

 だから間薙(かんなぎ)家の報告書は、断定を急がない。

 確証があれば記すし、確証がなければ保留する。

 推測を書くなら、その根拠も併せて残す。

 そうして初めて、未来の誰かが続きを調べることができる。

 

 かつてあなたが”そうあれかし”と定めたのだ。

 それが間薙家の仕事だった。

 

 あなたは机の上へ白紙を置いた。

 夜は静かだった。

 窓の外では、春風が庭木を揺らしている。

 

 卓上には数冊の資料。

 万年筆。

 封書。

 そして、湯気の立つ湯呑み。

 

 いつの間にか淹れられていたそれへ視線を向けると、少し離れた場所でシルキーが静かに一礼した。

 

──うん。

 

 短く頷いて湯呑みに口をつける。

 返事はない。

 必要な仕事を、必要な時に終えている。

 それだけで十分だった。

 

 あなたは万年筆を手に取る。

 日付を書く。

 宛先を書く。

 件名を書く。

 


> 『吉田家次男 吉田幹比古能力調査報告』


 

 そこで、一度だけ筆が止まる。

 報告書とは結論を書くものではない。

 結論へ至る過程を残すものだ。

 あなたは数日前の出来事を思い返した。

 

 

*   *   *

 

 

 春休みが終わり、第一高校の入学式を控えた夜のこと。

 シルキーが一通の封書を運んできた。

 

「本家より伝書が届いております」

 

 差出人の名は間薙家当主のもの。

 正式な依頼だった。

 封を切ると、便箋が一枚のみ。

 余分な前置きはない。

 


> 吉田家より能力調査の依頼あり。

> 対象は吉田幹比古。

> 現代・古式を問わず、魔法師としての適性を確認されたし。

> 見込みなき場合は、その旨を率直に伝えられたし。

> 見込みありと判断した場合は、活を入れてやって欲しい。

> 調査結果は書面にて報告されたし。


 

 読み終え、便箋を静かに畳む。

 能力調査そのものは珍しくない。

 

 しかし育成方針の判断まで、他家へと委ねる依頼は少ない。

 それは能力への疑念ではなく、“現在の育成体系だけでは結論を出せなくなった”ことを意味していた。

 

 ならば確認すべきは一つだ。

 当人ではない。

 当人を取り巻く情報である。

 

 ふと視線をやると、彼女は無言で頷いた。

 

──吉田家に関する本家資料を。

 

「こちらに」

 

 間を置かず、一冊の資料が差し出される。

 あなたは椅子へ腰掛け、その頁を繰った。

 

 吉田家。

 神祇系古式魔法師の家門だ。

 精霊魔法を得意とする。

 年中行事として旧暦七夕に『星降ろしの儀』を執行する。

 家門の来歴。

 確認されている術式。

 現代魔法への適応状況。

 

 一通り目を通し、ぱたんと閉じる。

 現段階では概要だけで良い。

 詳細は、調査結果と照合する段階で読む。

 

「対象は第一高校一年生です」

 

──だな。

 

「ご主人様とは同級生になります」

 

──だからわざわざ(こちら)に振ってきたんだろうよ。

 

 本家は案件を統括し、現地調査は最も適した者へ委ねる。

 シンプルな役割分担。

 立ってるものは親でも使え、というのが千晶(亡き妻)の在り方だった。

 

 あなたが書類から顔を上げる。

 

九重寺(きゅうちょうじ)でしょうか」

 

──ああ。改めて、な。

 

 本家を除けば明確な拠点を持たない間薙家は、各地に協力者を抱えている。

 関東から東海にかけては、東道(とうどう)青波(あおば)というフィクサーがそれにあたる。

 あなたの進学が決まった際、東道から「手足が必要なら九重寺を使え」と言われていた。

 明日にでも顔を出して頼むとしよう。

 

 

*   *   *

 

 

 あなたは現在へ意識を戻した。

 机の上には、九重寺で受け取った調査資料。

 高尾山で幹比古(みきひこ)本人から確認した内容を記した手帳。

 そして、書きかけの報告書。

 

 万年筆を持ち直す。

 最初の項目へ視線を落とす。

 


> 一、能力評価


 

 評価値を書くことは難しくない。

 難しいのは、その値が何を意味するかを誤らないことだった。

 あなたは静かに、最初の一行を書き始めた。

 

 万年筆が紙の上を滑る。

 インクの匂いが静かな部屋に溶けていく。

 


> 一、能力評価

>

> 霊格     評価二

> MAG現備蓄 評価二

> MAG許容量 評価五

> 身体能力   評価六

> 思考能力   評価八

> 通常戦闘能力 評価五

> 霊的戦闘能力 評価二

> 霊的親和性  評価四


 

 最後の数字を書き終えたところで、あなたは万年筆を置いた。

 数字は書ける。

 調査した結果を評価基準へ照らし合わせれば、それだけで済む。

 

 しかし。

 数字だけでは、人は見えない。

 あなたは新しい項目を設けた。

 


> 二、所見


 

 筆先が止まる。

 最初に浮かんだ文章を書く。

 


> 能力低下を確認。


 

 そこで止めた。

 

 違うな。

 

 横線を引く。

 紙がわずかに擦れる音だけが部屋へ響いた。

 

 能力そのものが低下したのではない。

 観測されたのは、結果だけだ。

 原因ではない。

 

 新しく書く。

 


> 能力発揮に支障を認める。


 

 少し考える。

 

 これも違う。

 支障とは結果を表す言葉であって、原因ではない。

 

 再び線を引き、改めて書き直す。

 


> 能力制御と現行育成法との間に不適合を認める。


 

 そこでようやく筆が止まった。

 

 これなら事実だけを書いている。

 誰の責任とも断定していない。

 

 現時点で確認できた内容だけを書いている。

 それで十分だった。

 

 続きを記す。

 


> 本人の魔法師としての素質は十分。

> 能力喪失は認められない。

> 現代まで継続されてきた育成体系と、現在の本人の状態に乖離が生じている。

> 本人への説明は実施済み。

> 育成方針の見直しにより改善可能と判断する。


 

 最後の一文を書いたあと、もう一度読み返す。

 

 今度は修正しない。

 事実。

 判断。

 推奨。

 三つが分かれている。

 

 これでいい。

 

 資料を一枚めくる。

 九重寺からの報告。

 高尾山で確認した内容。

 双方に矛盾はない。

 

 ならば次だ。

 能力評価は個人を見るためにある。

 家門評価は、その個人を育てた環境を見るためにある。

 

 間薙家では、その順番を逆にしない。

 個人だけを見れば、才能で結論を出してしまう。

 環境だけを見れば、個人を見失う。

 その両方を確認して初めて、育成方針を決められる。

 

 あなたは新しい頁を開く。

 資料を数冊並べ直す。

 吉田家。

 星降ろしの儀。

 家伝。

 九重寺の記録。

 本家の蔵書。

 

 年代ごとに積み重ねる。

 必要なのは知識ではない。

 情報同士の整合性だった。

 

 右手で一枚の資料を開き、左手で別の頁を押さえる。

 数行読む。

 閉じる。

 別の資料を開く。

 年代が合わない。

 もう一冊。

 

 今度は祭式の構成が一致した。

 傍らでシルキーが静かに新しい茶を置く。

 礼は言わず、仕事を止めないことで応える。

 

 代わりに、湯気が落ち着いた頃を見計らって一口だけ口を付ける。

 温度もちょうどいい。

 それ以上、言葉は要らなかった。

 あなたは一枚の付箋へ短く書く。

 


> 祭式構成を再確認。

> 地祇系との照合要。


 

 その付箋を資料へ挟む。

 推測を書く前に、確認する項目が一つ増えた。

 それだけのことだった。

 

 万年筆を置き、窓の外を見る。

 夜は深い。

 屋敷は静まり返っている。

 

 それでも、この仕事を急ぐ理由はない。

 急いだ報告書は、未来で必ず誰かを困らせる。

 

 時間は掛かってもいい。

 未来に残すなら、なおさらだった。

 

 あなたは再び机へ向き直る。

 次に書くべき題名を記す。

 


> 三、吉田家に関する考察


 

 インクが静かに紙へ染み込んでいく。

 万年筆を持ち直す。

 積み上げた資料は、もう開かない。

 必要な情報は揃っている。

 あとは、それを未来へ残る形へ整えるだけだった。

 新しい頁を開く。

 

 筆先は迷わない。

 迷うべき時間は、資料を読み、照合している間に終えている。

 


> 吉田家は古来より祭祀系古式魔法を継承する家系である。

> 現行の術式体系は精霊魔法として整理されているが、その祭式構成は現存する各地の古式魔法とは異なる特徴を持つ。

> 各種資料を照合した結果、現在まで伝承される「星降ろしの儀」は地祇系祭祀の影響を強く残しているものと判断する。

> また、祭式において喚起される龍神は、同家が祖神とする事代主命の化身、八尋大鰐に由来する可能性が高い。

> ただし現存資料のみをもって断定することはできない。

> 追加調査を推奨する。


 

 読み返す。

 そこで、あなたは最後の一文だけを書き直した。

 


> 追加調査を推奨する。


 

 横線を引く。

 新たに書く。

 


> 継続調査が望ましい。


 

 「推奨」は命令になる。

 しかし、この報告書は命令書ではない。

 判断材料である。

 

 未来の担当者が判断できる余地を残す。

 そのための言葉だった。

 頁をめくる。

 


> 四、家門評価


 

 ここは短い。

 事実だけを書けばいい。

 


> 技術体系は混沌魔術の亜流に分類される。

> 祭祀体系は現在も十分機能している。

> 一方、育成体系については改善の余地を認める。

> これは技術的欠陥ではなく、環境変化への適応不足によるものと考える。

> 家門としての継続性に問題は認められない。


 

 最後の一文だけ、少し考える。

 「問題は認められない」

 違う。

 問題はある。

 ただ、それは存続を脅かすものではない。

 

 あなたは静かに書き直した。

 


> 家門として十分に自律的改善が可能な段階にある。


 

 これでいい。

 家門を評価することは、家門を裁くことではない。

 改善可能性もまた、一つの評価だった。

 最後の頁を開く。

 


> 五、結論


 

 ここだけは、余計な言葉を書かない。

 


> 吉田幹比古は魔法師として十分な資質を有する。

> 能力喪失は認められない。

> 現代魔法への転向を勧める必要はない。

> 本人への説明は完了。

> 育成方針を変更し、経過観察を継続する。

> 以上。

>                間薙シン


 

 署名を書き終える。

 万年筆を閉じる。

 そのまま報告書全体へもう一度目を通した。

 

 誤字はない。

 論理の飛躍もない。

 推測は推測として記されている。

 事実は事実として区別されている。

 それで十分だった。

 

 紙を揃える。

 封筒へ納める。

 シルキーが何も言わず、封蝋を載せた銀盆を机へ置く。

 あなたは蝋を溶かし、封を閉じる。

 印章を取る。

 間薙の家紋。

 一瞬だけ位置を確かめる。

 

 静かに押し当てる。

 赤い封蝋へ家紋が刻まれた。

 これで修正はできない。

 だからこそ、封蝋は最後に押す。

 それが間薙家の流儀だった。

 

──シルキー。

 

 呼び掛ける。

 妖精は一歩前へ出る。

 

──本家へ。

 

「承知いたしました」

 

 報告書を受け取る。

 内容は確認しない。

 それも役割だった。

 

 静かに一礼すると、その姿は夜の空気へ溶けるように消えていく。

 部屋には再び静寂だけが残る。

 あなたは空になった机を見る。

 仕事は終わった。

 だが、終わったのは報告だけだった。

 育成は、これから始まる。

 

 記録は未来を残さない。

 未来へ残るのは、その記録を基に積み重ねられた仕事だけだ。

 窓の外では、春の夜風が木々を揺らしていた。

 

 明日になれば、また学校へ向かう。

 放課後になれば、高尾山へ向かう。

 変わらない日常が続いていく。

 

 それでいい。

 

 文明とは、英雄が一度だけ築くものではない。

 名も残らない無数の仕事が積み重なり、絶えず手入れされ続けることで、ようやく人の営みを支えられる。

 あなたは部屋の灯りを消す。

 

 暗闇の中にも、道はある。

 歩みを止めなければ、それで十分だった。

 




 感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。

 今回は文体を短めにまとめ、ゲームの雰囲気に寄せる実験しています。
(テキストウィンドウに表示されるアレですね)
 書いてみると、意外と緊張感を強いてくるように思えましたが、こういう感覚は伝わるものなのかな?

 次回は打って変わって前世編。
 本編でちょっとだけ触れた、スラヴ圏でのハードワークのお話になります。全4話です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。