魔法科転生NOCTURNE SS置き場   作:人ちゅら

16 / 16
吉田家に関する設定開示回……に見せかけた間薙家のお仕事の話。
普段よりもだいぶポエム味(?)が強いかもしれません。



SS#030「吉田家依頼に関する報告」

 報告書は、過去を記録するために書くものではない。

 未来を誤らせないために書くものだ。

 記録とは、過去の事実を未来へ受け渡すための橋である。

 事実と推測を混同すれば、橋は歪む。

 感情で評価を書けば、橋はいずれ崩れる。

 

 だから間薙(かんなぎ)家の報告書は、断定を急がない。

 確証があれば記すし、確証がなければ保留する。

 推測を書くなら、その根拠も併せて残す。

 そうして初めて、未来の誰かが続きを調べることができる。

 

 かつてあなたが”そうあれかし”と定めたのだ。

 それが間薙家の仕事だった。

 

 あなたは机の上へ白紙を置いた。

 夜は静かだった。

 窓の外では、春風が庭木を揺らしている。

 

 卓上には数冊の資料。

 万年筆。

 封書。

 そして、湯気の立つ湯呑み。

 

 いつの間にか淹れられていたそれへ視線を向けると、少し離れた場所でシルキーが静かに一礼した。

 

──うん。

 

 短く頷いて湯呑みに口をつける。

 返事はない。

 必要な仕事を、必要な時に終えている。

 それだけで十分だった。

 

 あなたは万年筆を手に取る。

 日付を書く。

 宛先を書く。

 件名を書く。

 


> 『吉田家次男 吉田幹比古能力調査報告』


 

 そこで、一度だけ筆が止まる。

 報告書とは結論を書くものではない。

 結論へ至る過程を残すものだ。

 あなたは数日前の出来事を思い返した。

 

 

*   *   *

 

 

 春休みが終わり、第一高校の入学式を控えた夜のこと。

 シルキーが一通の封書を運んできた。

 

「本家より伝書が届いております」

 

 差出人の名は間薙家当主のもの。

 正式な依頼だった。

 封を切ると、便箋が一枚のみ。

 余分な前置きはない。

 


> 吉田家より能力調査の依頼あり。

> 対象は吉田幹比古。

> 現代・古式を問わず、魔法師としての適性を確認されたし。

> 見込みなき場合は、その旨を率直に伝えられたし。

> 見込みありと判断した場合は、活を入れてやって欲しい。

> 調査結果は書面にて報告されたし。


 

 読み終え、便箋を静かに畳む。

 能力調査そのものは珍しくない。

 

 しかし育成方針の判断まで、他家へと委ねる依頼は少ない。

 それは能力への疑念ではなく、“現在の育成体系だけでは結論を出せなくなった”ことを意味していた。

 

 ならば確認すべきは一つだ。

 当人ではない。

 当人を取り巻く情報である。

 

 ふと視線をやると、彼女は無言で頷いた。

 

──吉田家に関する本家資料を。

 

「こちらに」

 

 間を置かず、一冊の資料が差し出される。

 あなたは椅子へ腰掛け、その頁を繰った。

 

 吉田家。

 神祇系古式魔法師の家門だ。

 精霊魔法を得意とする。

 年中行事として旧暦七夕に『星降ろしの儀』を執行する。

 家門の来歴。

 確認されている術式。

 現代魔法への適応状況。

 

 一通り目を通し、ぱたんと閉じる。

 現段階では概要だけで良い。

 詳細は、調査結果と照合する段階で読む。

 

「対象は第一高校一年生です」

 

──だな。

 

「ご主人様とは同級生になります」

 

──だからわざわざ(こちら)に振ってきたんだろうよ。

 

 本家は案件を統括し、現地調査は最も適した者へ委ねる。

 シンプルな役割分担。

 立ってるものは親でも使え、というのが千晶(つま)の在り方だった。

 

 あなたが書類から顔を上げる。

 

九重寺(きゅうちょうじ)でしょうか」

 

──ああ。改めて、な。

 

 本家を除けば明確な拠点を持たない間薙家は、各地に協力者を抱えている。

 関東から東海にかけては、東道(とうどう)青波(あおば)というフィクサーがそれにあたる。

 あなたの進学が決まった際、東道から「手足が必要なら九重寺を使え」と言われていた。

 明日にでも顔を出して頼むとしよう。

 

 

*   *   *

 

 

 あなたは現在へ意識を戻した。

 机の上には、九重寺で受け取った調査資料。

 高尾山で幹比古(みきひこ)本人から確認した内容を記した手帳。

 そして、書きかけの報告書。

 

 万年筆を持ち直す。

 最初の項目へ視線を落とす。

 


> 一、能力評価


 

 評価値を書くことは難しくない。

 難しいのは、その値が何を意味するかを誤らないことだった。

 あなたは静かに、最初の一行を書き始めた。

 

 万年筆が紙の上を滑る。

 インクの匂いが静かな部屋に溶けていく。

 


> 一、能力評価

>

> 霊格     評価二

> MAG現備蓄 評価二

> MAG許容量 評価五

> 身体能力   評価六

> 思考能力   評価八

> 通常戦闘能力 評価五

> 霊的戦闘能力 評価二

> 霊的親和性  評価四


 

 最後の数字を書き終えたところで、あなたは万年筆を置いた。

 数字は書ける。

 調査した結果を評価基準へ照らし合わせれば、それだけで済む。

 

 しかし。

 数字だけでは、人は見えない。

 あなたは新しい項目を設けた。

 


> 二、所見


 

 筆先が止まる。

 最初に浮かんだ文章を書く。

 


> 能力低下を確認。


 

 そこで止めた。

 

 違うな。

 

 横線を引く。

 紙がわずかに擦れる音だけが部屋へ響いた。

 

 能力そのものが低下したのではない。

 観測されたのは、結果だけだ。

 原因ではない。

 

 新しく書く。

 


> 能力発揮に支障を認める。


 

 少し考える。

 

 これも違う。

 支障とは結果を表す言葉であって、原因ではない。

 

 再び線を引き、改めて書き直す。

 


> 能力制御と現行育成法との間に不適合を認める。


 

 そこでようやく筆が止まった。

 

 これなら事実だけを書いている。

 誰の責任とも断定していない。

 

 現時点で確認できた内容だけを書いている。

 それで十分だった。

 

 続きを記す。

 


> 本人の魔法師としての素質は十分。

> 能力喪失は認められない。

> 現代まで継続されてきた育成体系と、現在の本人の状態に乖離が生じている。

> 本人への説明は実施済み。

> 育成方針の見直しにより改善可能と判断する。


 

 最後の一文を書いたあと、もう一度読み返す。

 

 今度は修正しない。

 事実。

 判断。

 推奨。

 三つが分かれている。

 

 これでいい。

 

 資料を一枚めくる。

 九重寺からの報告。

 高尾山で確認した内容。

 双方に矛盾はない。

 

 ならば次だ。

 能力評価は個人を見るためにある。

 家門評価は、その個人を育てた環境を見るためにある。

 

 間薙家では、その順番を逆にしない。

 個人だけを見れば、才能で結論を出してしまう。

 環境だけを見れば、個人を見失う。

 その両方を確認して初めて、育成方針を決められる。

 

 あなたは新しい頁を開く。

 資料を数冊並べ直す。

 吉田家。

 星降ろしの儀。

 家伝。

 九重寺の記録。

 本家の蔵書。

 

 年代ごとに積み重ねる。

 必要なのは知識ではない。

 情報同士の整合性だった。

 

 右手で一枚の資料を開き、左手で別の頁を押さえる。

 数行読む。

 閉じる。

 別の資料を開く。

 年代が合わない。

 もう一冊。

 

 今度は祭式の構成が一致した。

 傍らでシルキーが静かに新しい茶を置く。

 礼は言わず、仕事を止めないことで応える。

 

 代わりに、湯気が落ち着いた頃を見計らって一口だけ口を付ける。

 温度もちょうどいい。

 それ以上、言葉は要らなかった。

 あなたは一枚の付箋へ短く書く。

 


> 祭式構成を再確認。

> 地祇系との照合要。


 

 その付箋を資料へ挟む。

 推測を書く前に、確認する項目が一つ増えた。

 それだけのことだった。

 

 万年筆を置き、窓の外を見る。

 夜は深い。

 屋敷は静まり返っている。

 

 それでも、この仕事を急ぐ理由はない。

 急いだ報告書は、未来で必ず誰かを困らせる。

 

 時間は掛かってもいい。

 未来に残すなら、なおさらだった。

 

 あなたは再び机へ向き直る。

 次に書くべき題名を記す。

 


> 三、吉田家に関する考察


 

 インクが静かに紙へ染み込んでいく。

 万年筆を持ち直す。

 積み上げた資料は、もう開かない。

 必要な情報は揃っている。

 あとは、それを未来へ残る形へ整えるだけだった。

 新しい頁を開く。

 

 筆先は迷わない。

 迷うべき時間は、資料を読み、照合している間に終えている。

 


> 吉田家は古来より祭祀系古式魔法を継承する家系である。

> 現行の術式体系は精霊魔法として整理されているが、その祭式構成は現存する各地の古式魔法とは異なる特徴を持つ。

> 各種資料を照合した結果、現在まで伝承される「星降ろしの儀」は地祇系祭祀の影響を強く残しているものと判断する。

> また、祭式において喚起される龍神は、同家が祖神とする事代主命の化身、八尋大鰐に由来する可能性が高い。

> ただし現存資料のみをもって断定することはできない。

> 追加調査を推奨する。


 

 読み返す。

 そこで、あなたは最後の一文だけを書き直した。

 


> 追加調査を推奨する。


 

 横線を引く。

 新たに書く。

 


> 継続調査が望ましい。


 

 「推奨」は命令になる。

 しかし、この報告書は命令書ではない。

 判断材料である。

 

 未来の担当者が判断できる余地を残す。

 そのための言葉だった。

 頁をめくる。

 


> 四、家門評価


 

 ここは短い。

 事実だけを書けばいい。

 


> 技術体系は混沌魔術の亜流に分類される。

> 祭祀体系は現在も十分機能している。

> 一方、育成体系については改善の余地を認める。

> これは技術的欠陥ではなく、環境変化への適応不足によるものと考える。

> 家門としての継続性に問題は認められない。


 

 最後の一文だけ、少し考える。

 「問題は認められない」

 違う。

 問題はある。

 ただ、それは存続を脅かすものではない。

 

 あなたは静かに書き直した。

 


> 家門として十分に自律的改善が可能な段階にある。


 

 これでいい。

 家門を評価することは、家門を裁くことではない。

 改善可能性もまた、一つの評価だった。

 最後の頁を開く。

 


> 五、結論


 

 ここだけは、余計な言葉を書かない。

 


> 吉田幹比古は魔法師として十分な資質を有する。

> 能力喪失は認められない。

> 現代魔法への転向を勧める必要はない。

> 本人への説明は完了。

> 育成方針を変更し、経過観察を継続する。

> 以上。

>                間薙シン


 

 署名を書き終える。

 万年筆を閉じる。

 そのまま報告書全体へもう一度目を通した。

 

 誤字はない。

 論理の飛躍もない。

 推測は推測として記されている。

 事実は事実として区別されている。

 それで十分だった。

 

 紙を揃える。

 封筒へ納める。

 シルキーが何も言わず、封蝋を載せた銀盆を机へ置く。

 あなたは蝋を溶かし、封を閉じる。

 印章を取る。

 間薙の家紋。

 一瞬だけ位置を確かめる。

 

 静かに押し当てる。

 赤い封蝋へ家紋が刻まれた。

 これで修正はできない。

 だからこそ、封蝋は最後に押す。

 それが間薙家の流儀だった。

 

──シルキー。

 

 呼び掛ける。

 妖精は一歩前へ出る。

 

──本家へ。

 

「承知いたしました」

 

 報告書を受け取る。

 内容は確認しない。

 それも役割だった。

 

 静かに一礼すると、その姿は夜の空気へ溶けるように消えていく。

 部屋には再び静寂だけが残る。

 あなたは空になった机を見る。

 仕事は終わった。

 だが、終わったのは報告だけだった。

 育成は、これから始まる。

 

 記録は未来を残さない。

 未来へ残るのは、その記録を基に積み重ねられた仕事だけだ。

 窓の外では、春の夜風が木々を揺らしていた。

 

 明日になれば、また学校へ向かう。

 放課後になれば、高尾山へ向かう。

 変わらない日常が続いていく。

 

 それでいい。

 

 文明とは、英雄が一度だけ築くものではない。

 名も残らない無数の仕事が積み重なり、絶えず手入れされ続けることで、ようやく人の営みを支えられる。

 あなたは部屋の灯りを消す。

 

 暗闇の中にも、道はある。

 歩みを止めなければ、それで十分だった。

 




 感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。

 今回は文体を短めにまとめ、ゲームの雰囲気に寄せる実験しています。
(テキストウィンドウに表示されるアレですね)
 書いてみると、意外と緊張感を強いてくるように思えましたが、こういう感覚は伝わるものなのかな?

 次回は打って変わって前世編。
 本編でちょっとだけ触れた、スラヴ圏でのハードワークのお話になります。全4話です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

Persona3 Temperance(作者:人ちゅら)(原作:ペルソナ)

※本作は『ペルソナ3』と『真・女神転生Ⅲ NOCTURNE マニアクス クロニクル・エディション』のクロスオーバー作品です。(その他メガテンシリーズに属する設定も一部採用しています)▼【第0話】https://syosetu.org/novel/113000/1.html▼【90年後】https://syosetu.org/novel/113000/▼(20…


総合評価:705/評価:8/連載:21話/更新日時:2026年08月10日(月) 00:00 小説情報

魔法科転生NOCTURNE(作者:人ちゅら)(原作:魔法科高校の劣等生)

※本作は『魔法科高校の劣等生』と『真・女神転生Ⅲ NOCTURNE マニアクス クロニクル・エディション』のクロスオーバー作品です。(その他メガテンシリーズに属する設定も一部採用しています)▼※九校戦編の準備中です。開始できるまでステータスを「完結」にしています。▼ ボルテクス界での戦いを終え、受胎したトウキョウの未来にとある決定を下した人修羅「間薙シン」が…


総合評価:10465/評価:8.43/完結:62話/更新日時:2026年06月04日(木) 12:00 小説情報

銀河腐れ伝説(作者:ウヅキ)(原作:銀河英雄伝説)

キガ ツク トワ タシ ハギ ンガ テイ コク ノキ ゾク ニナ ッテ イタ▼ソレ デモ ワタ シハ カツ テノ ユメ ヲワ スレ ナイ▼今更ながら原作キャラの血縁者に生まれたオリジナルキャラクターを主人公に、銀河英雄伝説の二次創作に挑戦してみました。クロスオーバー作品ですが片割れはほぼ出番がありません。▼本作品はらいとすたっふ規定(2015年改訂版)を遵守…


総合評価:6029/評価:8.79/連載:37話/更新日時:2026年08月08日(土) 13:38 小説情報

魔法科高校のサーヴァント(作者:綾辻真)(原作:魔法科高校の劣等生)

――これは一人の少女の『救済』と、一つの『未知』との『出会い』による『始まり』の物語である。


総合評価:2144/評価:8.58/短編:13話/更新日時:2026年07月25日(土) 21:00 小説情報

魔法科高校の月島さん(モドキ)(作者:すしがわら)(原作:魔法科高校の劣等生)

※※不定期更新※※▼8/10 7:00更新予定▼―――――――――▼深雪「何を言ってるんですか、お兄様。沖縄海戦で大亜細亜連合を撃退できたのも、ブランシュ日本支部を壊滅できたのも、飛行魔法術式を開発できたのも、九校戦で第一高校が総合優勝を決められたのも、横浜事変をあれだけの被害に抑えられたのも、全部 月島さんのおかげではありませんか」▼達也「おい、オマエ 深…


総合評価:33451/評価:8.65/連載:74話/更新日時:2026年08月10日(月) 07:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>