魔法科転生NOCTURNE SS置き場 作:人ちゅら
普段よりもだいぶポエム味(?)が強いかもしれません。
報告書は、過去を記録するために書くものではない。
未来を誤らせないために書くものだ。
記録とは、過去の事実を未来へ受け渡すための橋である。
事実と推測を混同すれば、橋は歪む。
感情で評価を書けば、橋はいずれ崩れる。
だから
確証があれば記すし、確証がなければ保留する。
推測を書くなら、その根拠も併せて残す。
そうして初めて、未来の誰かが続きを調べることができる。
かつてあなたが”そうあれかし”と定めたのだ。
それが間薙家の仕事だった。
あなたは机の上へ白紙を置いた。
夜は静かだった。
窓の外では、春風が庭木を揺らしている。
卓上には数冊の資料。
万年筆。
封書。
そして、湯気の立つ湯呑み。
いつの間にか淹れられていたそれへ視線を向けると、少し離れた場所でシルキーが静かに一礼した。
──うん。
短く頷いて湯呑みに口をつける。
返事はない。
必要な仕事を、必要な時に終えている。
それだけで十分だった。
あなたは万年筆を手に取る。
日付を書く。
宛先を書く。
件名を書く。
> 『吉田家次男 吉田幹比古能力調査報告』
そこで、一度だけ筆が止まる。
報告書とは結論を書くものではない。
結論へ至る過程を残すものだ。
あなたは数日前の出来事を思い返した。
* * *
春休みが終わり、第一高校の入学式を控えた夜のこと。
シルキーが一通の封書を運んできた。
「本家より伝書が届いております」
差出人の名は間薙家当主のもの。
正式な依頼だった。
封を切ると、便箋が一枚のみ。
余分な前置きはない。
> 吉田家より能力調査の依頼あり。
> 対象は吉田幹比古。
> 現代・古式を問わず、魔法師としての適性を確認されたし。
> 見込みなき場合は、その旨を率直に伝えられたし。
> 見込みありと判断した場合は、活を入れてやって欲しい。
> 調査結果は書面にて報告されたし。
読み終え、便箋を静かに畳む。
能力調査そのものは珍しくない。
しかし育成方針の判断まで、他家へと委ねる依頼は少ない。
それは能力への疑念ではなく、“現在の育成体系だけでは結論を出せなくなった”ことを意味していた。
ならば確認すべきは一つだ。
当人ではない。
当人を取り巻く情報である。
ふと視線をやると、彼女は無言で頷いた。
──吉田家に関する本家資料を。
「こちらに」
間を置かず、一冊の資料が差し出される。
あなたは椅子へ腰掛け、その頁を繰った。
吉田家。
神祇系古式魔法師の家門だ。
精霊魔法を得意とする。
年中行事として旧暦七夕に『星降ろしの儀』を執行する。
家門の来歴。
確認されている術式。
現代魔法への適応状況。
一通り目を通し、ぱたんと閉じる。
現段階では概要だけで良い。
詳細は、調査結果と照合する段階で読む。
「対象は第一高校一年生です」
──だな。
「ご主人様とは同級生になります」
──だからわざわざ
本家は案件を統括し、現地調査は最も適した者へ委ねる。
シンプルな役割分担。
立ってるものは親でも使え、というのが
あなたが書類から顔を上げる。
「
──ああ。改めて、な。
本家を除けば明確な拠点を持たない間薙家は、各地に協力者を抱えている。
関東から東海にかけては、
あなたの進学が決まった際、東道から「手足が必要なら九重寺を使え」と言われていた。
明日にでも顔を出して頼むとしよう。
* * *
あなたは現在へ意識を戻した。
机の上には、九重寺で受け取った調査資料。
高尾山で
そして、書きかけの報告書。
万年筆を持ち直す。
最初の項目へ視線を落とす。
> 一、能力評価
評価値を書くことは難しくない。
難しいのは、その値が何を意味するかを誤らないことだった。
あなたは静かに、最初の一行を書き始めた。
万年筆が紙の上を滑る。
インクの匂いが静かな部屋に溶けていく。
> 一、能力評価
>
> 霊格 評価二
> MAG現備蓄 評価二
> MAG許容量 評価五
> 身体能力 評価六
> 思考能力 評価八
> 通常戦闘能力 評価五
> 霊的戦闘能力 評価二
> 霊的親和性 評価四
最後の数字を書き終えたところで、あなたは万年筆を置いた。
数字は書ける。
調査した結果を評価基準へ照らし合わせれば、それだけで済む。
しかし。
数字だけでは、人は見えない。
あなたは新しい項目を設けた。
> 二、所見
筆先が止まる。
最初に浮かんだ文章を書く。
> 能力低下を確認。
そこで止めた。
違うな。
横線を引く。
紙がわずかに擦れる音だけが部屋へ響いた。
能力そのものが低下したのではない。
観測されたのは、結果だけだ。
原因ではない。
新しく書く。
> 能力発揮に支障を認める。
少し考える。
これも違う。
支障とは結果を表す言葉であって、原因ではない。
再び線を引き、改めて書き直す。
> 能力制御と現行育成法との間に不適合を認める。
そこでようやく筆が止まった。
これなら事実だけを書いている。
誰の責任とも断定していない。
現時点で確認できた内容だけを書いている。
それで十分だった。
続きを記す。
> 本人の魔法師としての素質は十分。
> 能力喪失は認められない。
> 現代まで継続されてきた育成体系と、現在の本人の状態に乖離が生じている。
> 本人への説明は実施済み。
> 育成方針の見直しにより改善可能と判断する。
最後の一文を書いたあと、もう一度読み返す。
今度は修正しない。
事実。
判断。
推奨。
三つが分かれている。
これでいい。
資料を一枚めくる。
九重寺からの報告。
高尾山で確認した内容。
双方に矛盾はない。
ならば次だ。
能力評価は個人を見るためにある。
家門評価は、その個人を育てた環境を見るためにある。
間薙家では、その順番を逆にしない。
個人だけを見れば、才能で結論を出してしまう。
環境だけを見れば、個人を見失う。
その両方を確認して初めて、育成方針を決められる。
あなたは新しい頁を開く。
資料を数冊並べ直す。
吉田家。
星降ろしの儀。
家伝。
九重寺の記録。
本家の蔵書。
年代ごとに積み重ねる。
必要なのは知識ではない。
情報同士の整合性だった。
右手で一枚の資料を開き、左手で別の頁を押さえる。
数行読む。
閉じる。
別の資料を開く。
年代が合わない。
もう一冊。
今度は祭式の構成が一致した。
傍らでシルキーが静かに新しい茶を置く。
礼は言わず、仕事を止めないことで応える。
代わりに、湯気が落ち着いた頃を見計らって一口だけ口を付ける。
温度もちょうどいい。
それ以上、言葉は要らなかった。
あなたは一枚の付箋へ短く書く。
> 祭式構成を再確認。
> 地祇系との照合要。
その付箋を資料へ挟む。
推測を書く前に、確認する項目が一つ増えた。
それだけのことだった。
万年筆を置き、窓の外を見る。
夜は深い。
屋敷は静まり返っている。
それでも、この仕事を急ぐ理由はない。
急いだ報告書は、未来で必ず誰かを困らせる。
時間は掛かってもいい。
未来に残すなら、なおさらだった。
あなたは再び机へ向き直る。
次に書くべき題名を記す。
> 三、吉田家に関する考察
インクが静かに紙へ染み込んでいく。
万年筆を持ち直す。
積み上げた資料は、もう開かない。
必要な情報は揃っている。
あとは、それを未来へ残る形へ整えるだけだった。
新しい頁を開く。
筆先は迷わない。
迷うべき時間は、資料を読み、照合している間に終えている。
> 吉田家は古来より祭祀系古式魔法を継承する家系である。
> 現行の術式体系は精霊魔法として整理されているが、その祭式構成は現存する各地の古式魔法とは異なる特徴を持つ。
> 各種資料を照合した結果、現在まで伝承される「星降ろしの儀」は地祇系祭祀の影響を強く残しているものと判断する。
> また、祭式において喚起される龍神は、同家が祖神とする事代主命の化身、八尋大鰐に由来する可能性が高い。
> ただし現存資料のみをもって断定することはできない。
> 追加調査を推奨する。
読み返す。
そこで、あなたは最後の一文だけを書き直した。
> 追加調査を推奨する。
横線を引く。
新たに書く。
> 継続調査が望ましい。
「推奨」は命令になる。
しかし、この報告書は命令書ではない。
判断材料である。
未来の担当者が判断できる余地を残す。
そのための言葉だった。
頁をめくる。
> 四、家門評価
ここは短い。
事実だけを書けばいい。
> 技術体系は混沌魔術の亜流に分類される。
> 祭祀体系は現在も十分機能している。
> 一方、育成体系については改善の余地を認める。
> これは技術的欠陥ではなく、環境変化への適応不足によるものと考える。
> 家門としての継続性に問題は認められない。
最後の一文だけ、少し考える。
「問題は認められない」
違う。
問題はある。
ただ、それは存続を脅かすものではない。
あなたは静かに書き直した。
> 家門として十分に自律的改善が可能な段階にある。
これでいい。
家門を評価することは、家門を裁くことではない。
改善可能性もまた、一つの評価だった。
最後の頁を開く。
> 五、結論
ここだけは、余計な言葉を書かない。
> 吉田幹比古は魔法師として十分な資質を有する。
> 能力喪失は認められない。
> 現代魔法への転向を勧める必要はない。
> 本人への説明は完了。
> 育成方針を変更し、経過観察を継続する。
> 以上。
> 間薙シン
署名を書き終える。
万年筆を閉じる。
そのまま報告書全体へもう一度目を通した。
誤字はない。
論理の飛躍もない。
推測は推測として記されている。
事実は事実として区別されている。
それで十分だった。
紙を揃える。
封筒へ納める。
シルキーが何も言わず、封蝋を載せた銀盆を机へ置く。
あなたは蝋を溶かし、封を閉じる。
印章を取る。
間薙の家紋。
一瞬だけ位置を確かめる。
静かに押し当てる。
赤い封蝋へ家紋が刻まれた。
これで修正はできない。
だからこそ、封蝋は最後に押す。
それが間薙家の流儀だった。
──シルキー。
呼び掛ける。
妖精は一歩前へ出る。
──本家へ。
「承知いたしました」
報告書を受け取る。
内容は確認しない。
それも役割だった。
静かに一礼すると、その姿は夜の空気へ溶けるように消えていく。
部屋には再び静寂だけが残る。
あなたは空になった机を見る。
仕事は終わった。
だが、終わったのは報告だけだった。
育成は、これから始まる。
記録は未来を残さない。
未来へ残るのは、その記録を基に積み重ねられた仕事だけだ。
窓の外では、春の夜風が木々を揺らしていた。
明日になれば、また学校へ向かう。
放課後になれば、高尾山へ向かう。
変わらない日常が続いていく。
それでいい。
文明とは、英雄が一度だけ築くものではない。
名も残らない無数の仕事が積み重なり、絶えず手入れされ続けることで、ようやく人の営みを支えられる。
あなたは部屋の灯りを消す。
暗闇の中にも、道はある。
歩みを止めなければ、それで十分だった。
感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
今回は文体を短めにまとめ、ゲームの雰囲気に寄せる実験しています。
(テキストウィンドウに表示されるアレですね)
書いてみると、意外と緊張感を強いてくるように思えましたが、こういう感覚は伝わるものなのかな?
次回は打って変わって前世編。
本編でちょっとだけ触れた、スラヴ圏でのハードワークのお話になります。全4話です。