魔法科転生NOCTURNE SS置き場 作:人ちゅら
ちょっとやって終わらせようと思ってたんですが、気付けば4話構成になってしまいました。
SS#062x2a 竜と竜殺し(1)
ブランシュ襲撃事件から、半月ほどが経ったある日。
あなたは部活連の事務室で、あなた用に増設された六枚のディスプレイを視界に収めながら、事務書類を片付けている。
これまで指導係として助っ人に来ていた服部も、最近はあまり顔を見せない。
あなたの仕事ぶりにこれといった問題がなくなったことに加え、ブランシュ事件の影響で生徒会の仕事が増えているらしい。
そのため、ここしばらくは一人で事務処理をする時間が増えていた。
静かなものだ。
少なくとも、この部屋だけを見れば。
そのブランシュ事件だが。
事件そのものはすでに収束したものの、その後始末まで終わったわけではない。
ブランシュ事件の後、校内に防犯カメラを増設することになり、その工事に合わせて各施設利用について一時代用や共用の処理をする必要が出てきた。流石に防犯が理由となれば、誰も反対できることではない。上意下達で決められた通りに運用するだけで済む。と、思っていたのだが。
なにしろ一部のクラブは春大会を控えていて、練習時間はいくらあっても足りないのだ。特に夏大会のないクラブなら三年生にとって最後の大会だ。悔いを残したくはあるまい。それが一日、二日とはいえ施設が使えなくなれば、諸々のスケジュールに影響してくる。
怒鳴り込んできた面々に納得できる形に収めるため、あなたは学校側と掛け合って、魔法系クラブのために実験棟の一部まで開放してもらった。これでどうにか練習スペースが無い、ということを回避できた。
これで一安心、と思ったのもつかの間。今度は工事作業に少しずつ遅れが出て、どうにか収めていた予定に狂いが出てきた。ほんの十分、二十分程度ではあるが、工事箇所の周囲に立ち入り禁止エリアが形成され、隣接するクラブの練習にストップがかかることが出てきた。
こうなるともう仕方がないので、あなたが現場に出て当該クラブの面々に説明、容赦してもらうしか無い。
書類仕事に比べ、よほど苦手な仕事ではあるのだが、やらざるを得ない。
そうして不満のオーラを背中に浴びながら、どうにか騒動にならないよう、誠意を込めての謝罪行脚を終えたのが……昨日のことだった。
今日くらいは、クール・ジャズをBGMに穏やかな一日を送らせてほしいものである。
そんなささやかな願いは、しかしすぐに破られることになる。
「失礼する」
ここ数日、生徒たちが乱暴に開け閉めしたため、いささか建付けが悪くなっている扉が開いた。
入ってきた人物に気付いたあなたは椅子を滑らせ、ディスプレイの影から顔を出す。
──珍しいな。
「そう言うな。……数日ぶりになるな」
一高部活連の会頭、つまり最高責任者。
そして、十文字家次期当主でもある。
背筋は伸びているし、表情にも乱れはない。
歩き方にだって疲労を感じさせるところはない。
ただし──
──忙しそうだな。
「まあな」
克人は短く答えた。
不在がちだった理由は、既に聞いている。
「こちらの仕事は問題ないか?」
──今のところはな。
「そうか」
それだけ言うと、克人は自分の席へと移動し、椅子へ腰を下ろした。
そうしてほんの一瞬、わずかに息を吐く。
普通なら見逃す程度の変化だ。
だが、あなたにはそれで十分だった。
──今日は何の用だ?
「少し時間が取れたのでな。こちらの様子を確認しに来た」
──時間が取れた?
思わず聞き返す。
「ああ」
克人は当然のように頷いた。
「この後は魔法師協会から呼び出しがある。その前に、クロス・フィールド部の指導もあるが」
──その前に?
「その後には、二十八師族の一つから会合の申し入れがある。夕食を兼ねることになっている」
──……。
あなたは黙って克人を見る。
「明日は国防軍の背広組との会食だ。その翌日は──」
もういい。
あなたが応じると、克人が口を閉じた。
「何故だ?」
──聞いているだけで疲れてきた。
「……そうか」
頷きはするものの、本人はまるで呑み込んでいない。本気で不思議に思っているようだ。
十文字克人とは、こういう男なのだろう。
やるべきことがあればやるし、必要とされれば応える。自分に与えられた役割を、投げ出すという発想そのものがない。
それは彼の美点といって良い──少なくとも表向きには、だが。
* * *
あなたはふと、先日の事件を思い出した。
講堂全域を覆った、巨大な結界。
あのとき克人の中から現れた力──【
あれは、ただ規模の大きな魔法というわけではない。
あなたが
十文字家という古い血筋に潜んでいたものが、事件を切っ掛けとして表へ出てきたのだ。
だが、今の克人に、あの力を扱えるだけの地力は無い。
生命力を絞り出せば行使はできるだろうが、繰り返せば
──十文字。
「何だ?」
──先日の講堂で使った力のことだが。
克人の表情が僅かに変わった。
「【オーバークロック】か」
そう呼んでいるのか。
あなたは椅子から立ち上がり、克人の前まで歩み寄る。心の疲れがにじみ出た克人の体から、
──お前は、あの力を十分に扱えていると思うか?
「……いや、無理だな」
意外なほど素直な答えだった。
「俺自身、あの時なにが起きたのか完全には理解していない。あれほどの規模の結界を……いや、
克人の言葉に、正しく認識しているようだと、あなたは頷く。
あの時に行使されたものは、現代魔法による【障壁】ではなかった。
あれは伝説に見られる、財貨を溜め込んだ洞窟だろう。
──あれは古式魔法の
「やはりそうか。先日の
ま、それはそれで間違いではない。
先日の手合わせも、言ってしまえば精神の力でイデアの次元よりも深い、アマラの層まで無理やり力を届かせる。そのためのスパルタ教育だった。
だが、それが少々、
あなたは克人の身体を【視】る。
そこには本来あるべきもの、最初に享受すべきものが見られずにいる。
──順序が違ってしまった。
「……?」
──本来なら、あれで目覚めるべきは、お前自身の強化だった。
彼の身に潜む血はひとつではないが、共通する強い因子がある。
その血を身に帯びたものであれば、最初に受けるべき
──【鉄身】【剛体】【不倒】【不壊】【肉鎧】……呼び方は色々だが。
克人は眉を寄せた。
「それを身に着けるはずだった、と」
東京の守護者となるのであれば、まず不撓不屈の肉体を得るべきだった。それにより肉体の
そう企図したのだが……
──これについては、俺が甘かったとも言える。
あなたはそう答えた。
もっと追い詰めるべきだった。追い詰めて追い詰めて死に瀕するまで追い詰めて、己の肉体に不信を抱かせるべきだった。より強い肉体を願わせるべきだったのだ。七草真由美が立ち会っていたことで、手控えてしまったと後になって後悔した。
いかなる事情があるにせよ、あれはあなたの失策であったのだ。
「あれ以上、やるつもりだったのか」
──お前にはそれが必要だと思ったのだが。
【神降ろし】という別解を出されてしまった。
まあそれも
──結果として、分に過ぎた力に目覚めてしまった。
──今のお前は力を使うたび、気力を振り絞るたびに、自分の身を削っている。
だから疲れるのだ。
「……」
克人は否定しなかった。
実際、今も疲労は隠しきれていない。
表面上は平静を保っていても、その身体は限界へ向かっている。
──守る力は重要だ。
あなたは続ける。
だが、守るだけでは、いざという時に千日手になってしまう。
そうなっても倒れないだけの肉体を。
……そう思ったのだが、彼は違う答えに至ったようだ。
「攻撃する力も必要だ、と?」
これを否定することはできない。
そもそも敵がいなくなれば、守る必要などないのだ。
あなたはその問いには答えず、克人を見る。
──それ以前に、お前自身が自分の力に振り回されないだけの身体にならなければ。
ともすれば
体力はすべての基盤である。
「……それで?」
──古式の荒行を受ける気はあるか?
克人は目を見開いた。
「荒行?」
そうだ。
覚醒者と呼ぶには中途半端な異能に目覚めてしまった今、更なる力を求めるには、より深く、生命の真理に近付かなければならない。
そのもっと手っ取り早い手段が、荒行、苦行と呼ばれる修行だ。
「古式魔法の修行ということか」
──ああ。そうだ。
少しの沈黙。
克人は考えるように目を伏せた。
だが、その時間は長くなかった。
「断る道理がないな」
顔を上げる。
「願ってもないことだ。古式は修行をこそ秘すと聞くが、本当に良いのか」
迷いのない返答だった。
先日、あなたは幹比古と美月にも、それぞれの力を正しく目覚めさせるための訓練を提案した。
克人にも提案しなければ不公平というものだろう。
いや──
これは単なる罪滅ぼしか。
だがまあ克人が危険な状態にあるのは事実だ。
本人が望むなら、後で祖父の小言を聞くくらいは負っても良い。
「で、どこでやる?」
その巨体で前のめりに問うてくると、圧力があるな。
どうやら随分と乗り気なようだった。
──高尾山だ。
「高尾山?」
高尾山には修験の道場がある。
先日、幹比古を鍛えるために
物理的には「数百年前には在った」と言うべきものだが、あなたにとっては今でも「在る」。
あなたはそう言って、机に戻って書類を片付け始める。
──ただし、いくらかまとまった時間が必要になる。
最低一日。
ただし終わった後で、最低でも丸一日、できれば二日は休んだ方が良い。
身体に権能が馴染むまで、身体操作の細かな調整を覚える必要がある。
だから実際には、丸三日の空きが必要だ。
「それなら調整しよう」
今の予定でそれが可能なのだろうか?
「……調整する」
──できるのか?
「する」
即答だった。
あなたは少しだけ笑う。
──そういうところだ。
「何がだ?」
──いや。何でもない。
結局、克人は数日後から始まる訓練のため、日ごとの予定から僅かな空白をいくつか捻り出していった。
魔法師協会。
十師族との会合。
国防軍との会食。
クロス・フィールド部の指導。
学生としての授業。
そして、一高の部活連会頭としての仕事。
それらを分単位で詰め込みながら、本家でのスケジュールに空きを作っていく。
* * *
そうして数日後。
あなたと克人は、高尾山中へ入っていた。
「……この先なのか?」
整備された登山道から外れた場所で、克人が尋ねる。
──ああ。
「道がないように見えるが」
道は、ある。
まあ歴史に埋もれた獣道を「道」と呼んで良いものかは、個々人の認識の差というものだろうが。
「どこに?」
まあ、そうだろう。
幹比古も、この道を覚えるまでは、もう少し道らしい
あなたは迷うことなく山中を進む。
克人も黙ってついてくる。
やがて、人の手が入った場所が見え始めた。
古びた道標。
岩場に刻まれた文字。
そして、その先に続く細い山道。
「……なるほど」
克人が呟いた。
「
──なら楽そうだな。
「そうでもない」
──そうか?
そのわりには、しっかりと着いてこられていると思ったが。
「少なくとも、ここまでの道は知らない」
あなたは振り返る。
──その程度なら、まだ問題ない。
さらに山奥へ分け入ってゆく。
全身を使って岩場を登り、半ば土に埋もれて坂に見える階段を降り、腐り落ちた橋跡を飛び越えて。
すると木々の隙間から見える景色が、少しずつおかしくなっていく。
山の向こうにあるはずのものが見えない。
音が遠い。
風の感触さえ、どこか違う。
克人が足を止めた。
「……ここは?」
気付いたか。
──境界だ。
「境界?」
──この先が【異界】になる。
克人は、目の前の何もない空間を見て、眉間にシワを寄せる。
流石に五感でまでは感知できないか。
だが、当然ながらあなたには見えている。
そこには薄く揺らぐ、世界の継ぎ目があるのだ。
──迷わず着いてこい。
あなたが一歩踏み込む。
克人も続いた。
瞬間。
世界が、反転した。
空も。
山も。
大地も。
すべてが遠ざかり、球形の世界へと落ちていく。
克人が息を呑む。
「……これは」
そこにあったのは、現実の高尾山ではなかった。
閉じた世界。
地平線の向こうに続くはずの景色が、どこまでも湾曲し、巨大な球の内側へと吸い込まれている。
かつての受胎トウキョウ──ボルテクス界を思わせる光景。
だが、克人にそれを知る術はない。
──ここが修験道場だ。
「……これが?」
──ああ。
やはりこうした神秘は、現代魔法師には受け入れられないか?
「……」
克人はしばらく絶句していた。
やがて、無理やり理解しようとするように息を吐く。
「つまり、古式魔法師はこういう世界で修行をするのか?」
──まあ。
古い血を継ぐ者の中では、だが。
「……現代魔法とは随分違う」
それは当然だ。
あなたは異界の奥を見る。
──現代魔法は、あくまで現在に生きる者の
それは必要だからこそ磨かれた宝玉である。
故にわかりやすいもの、再現性のあるものが優先され、体系化されていったのだろう。
挑戦対象はあくまで既知の出来事、自然科学の領域だったのだ。
「古式は違う、ということか?」
古式魔法師は、言うなれば神話や伝承が実在する世界に生きている。
時代を重ねるにつれて遠のいていったそれを、様々な芸で手元に留めようとしてきた。
そもそも挑む対象が、願う事象が違うのだ。
克人は眉をひそめた。
理解できている様子ではないが……まあ、すぐに理解できる方がおかしいのだろう。
現代魔法師にとって、神話や伝承が実在する世界など想定外だ。
それでも、彼はもう疑問を挟まなかった。
「……分かった」
呑み込めないものを無理に呑み込み、まるで苦虫を噛み潰したような渋面で頷いた。
そして深い深呼吸を一つすると、こちらへ向き直る。
「それで、俺は何をすればいい?」
振り切ったか。
その在り方、
あなたは答える。
──まずは、お前自身の器を大きくする。
「器?」
──古式魔法における適性だ。
あなたは克人の胸元を指す。
現代魔法師がどれだけのサイオンを保有しているかを気にするように、古式魔法師は自分の『格』を気にする。
「格……」
──区別するために霊格と呼ぶこともある。現代魔法師の
何かに気付いたように、克人の視線が異界の奥へと吸い寄せられる。
何者かの存在を感じたのだろう。
人の形をしているもの。
人ではないもの。
この世界では、それらが同じ地平に存在している。
やはりまだ、どこか集中できていない。
生命の在り方として、明らかに違うものが共存する世界だ。
現代人にも想像できるように例えるなら、ここは「そこら中に宇宙人がいる建物の中」である。そんな場所に放り出されて冷静に話を聞いていられる人間が居れば、その方がよっぽど異常だろう。
こればかりは慣れるしか無い。
あなたは彼の無礼を無視する代わりに、彼の心臓を軽く小突き、話を続けた。
──
あなたは言った。
──ここから先は、戦ってもらう。
克人が、静かに頷いた。
その表情に、先ほどまでの困惑は、もう、無い。
代わりに、いつもの戦士の顔が戻っていた。
「分かった」
十文字克人は、異界の中へ一歩踏み出した。
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