魔法科転生NOCTURNE SS置き場   作:人ちゅら

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 人修羅式ブートキャンプ初級編、開幕です。


SS#062x2b 竜と竜殺し(2)

「それで、俺は何をすればいい?」

 

 克人の問いに、あなたは異界の奥を指差した。

 

──まずは、お前自身の器を大きくする。

 

「器?」

 

──古式魔法を扱うための器だ。

 

 克人は僅かに眉を寄せた。

 

「それをどうやって?」

 

──戦う。

 

「……戦う?」

 

 あなたは頷いた。

 

──術理までは説明してやれん。身体で覚えろ。

 

「……そ(・)れ(・)が古式の機密か」

 

 いや、単に「習うより慣れろ」というだけの話なのだが……

 

 ふむ。

 だがまあ、まったくガイドが無いのも、それはそれで効率が悪いか。

 

──感覚的には、高地で低酸素トレーニングをするのに近い。

 

 現在はもっと効率的に低酸素トレーニングを行うツールが有る。わざわざ高地まで出向く必要はないため、こうした知識もあまり知られてはいないのだが、日常的に筋トレをしている克人(マチズモ)には通じたようだ。

 

「なるほど」

 

 克人はうなずくと、しばらく異界の景色を見渡した。

 現代魔法師である彼にとって、ここは何もかもが異質だろう。

 その異質な環境こそに意味がある、と思ってくれれば良い。

 

 彼は戸惑いを長く引きずることはなかった。

 

「分かった」

 

 克人は軽く肩を回して緊張を解(ほぐ)すと、一歩、前へ出た。

 

「何をすればいい?」

 

 よし。覚悟は決まったか。

 そうでなければ困る。

 

──まずは防衛してもらう。

 

 あなたはそう言いながら、地面に足で大きな円を適当に描いてゆく。

 

──この円から出ず、敵を追い出せ。

 

「敵は?」

 

──すぐに来る。

 

 言葉が終わるより早く。

 地面の向こうから、何かが這い出してきた。

 

 痩せ細った身体。

 異様に膨れた腹。

 棒切れを片手に握りしめて振り回している。

 そして、なにより飢えに濁った眼。

 

「……餓鬼(ガキ)、というやつか?」

 

 克人が呟いた。

 驚いてはいるものの、怯えは無さそうだ。

 

──ほう。分かるのか。

 

「歴史か何かで読んだ気がする」

 

 言われてみれば、中学の副読本あたりに掲載されていた気がする。

 おそらく平安時代あたりの絵巻だろう。

 餓鬼は仏教伝来以降、千年以上そのとおりに語られてきた悪魔だ。逆に現代になって新たに語られたことは数えるほどしか無い。外見も昔のまま、変わる機会も無かったのだろう。

 

──あれが敵手(あいて)だ。

 

 あなたが手を上げる。

 

──真(・)剣(・)に(・)や(・)れ(・)よ?

 

 餓鬼が一斉に駆け出した。

 

 克人は即座にCADを起動する。

 術式が展開され、【物理障壁】が迫り来る餓鬼たちを押し返した。

 

 一体。

 二体。

 三体。

 

 だが、数が多い。

 押し返しても、次から次へと湧いてくる。

 

「くっ……!」

 

 克人が歯を食いしばる。

 自身を中心とした球形の【物理障壁】を展開し、全方位を塞ぐ。

 

 だが、餓鬼の一体が死角から飛び込んできた。

 克人は咄嗟に身体を捻る。

 【障壁】は餓鬼の手の棒切れを砕いたが、更に反対側の餓鬼が突き出した爪が、【障壁】を超えて服を掠めた。

 

「……!」

 

 そのまま距離を取り、再び魔法を展開する。

 

 防衛。

 それ自体は、克人が最も得意とする戦い方だった。

 

 だが。

 

──それでは足りないことは、もう教えたはずだが。

 

 あなたが告げれば、克人が唸る。

 

 現代魔法の基盤となる自然科学は、あくまで法則の一つに過ぎない。

 それも発展途上の未熟な体系だ。

 あの模(・)擬(・)戦(・)で、そのことは十分に体験させたと思っていたのだが。

 

 やはり姿がある敵、それも人型となると、普段通りに相手をしてしまうということか。

 

──お前が止めているのは物(・)だけだ。攻(・)撃(・)を止めているわけではない。

 

 克人の目が細くなる。

 

──敵(・)意(・)さえあれば、その鎧は貫ける。餓鬼程(・)度(・)でもな。

 

「……」

 

──次。

 

 あなたが指を鳴らした。

 群れをなした餓鬼たちの姿が消える。

 

 代わりに現れたのは、巨大な鬼だった。

 巨大な金棒を肩に担ぎ、こちらを見ている。

 

「今度は一体か」

 

──ああ。だが、今のお前に防ぎきれるか?

 

 鬼が踏み込む。

 地面が揺れた。

 

 克人は【物理障壁】を展開した。

 

 直後。

 とんでもない轟音が大気を揺らす。

 【障壁】が大きく軋んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 二撃目。

 三撃目。

 

 【障壁】の情報結合があっという間に解けてゆく。

 

 克人は後退しながら魔法を重ねる。

 しかし、鬼の膂力は単純な【物理障壁】では止めきれない。

 

「なら──!」

 

 克人が身体強化を掛け、横へ跳ぶ。

 鬼の金棒が地面を砕いた。

 

 その隙を突いて、克人は距離を詰める。

 拳。

 蹴り。

 そして魔法。

 

 だが、鬼は倒れない。

 克人の呼吸が荒くなる。

 

──どうした?

 

「……これを、倒せというのか?」

 

──別に倒さなくても構わん。円から追い出せば、それでいい。

 

「魔法だけでは難しい」

 

──魔法だけ、と言った覚えはないが。

 

 常在戦場であるなら、勝手に自縄自縛になられても困るのだが。

 まあ、これが戦闘訓練だとハッキリ知らせていなかったあなたにも非はあるか。

 

──では、こうしよう。

 

 あなたが再び指を鳴らすと、何かが降ってきて地面に突き刺さる。

 

 剣。

 大刀。

 槍。

 斧。

 棍。

 盾。

 ナイフ。

 

──使えるものは何でも使えば良い。

 

 克人は一瞬だけそれらを見る。

 そして、大刀を手に取った。

 

「……なるほど」

 

 次の瞬間、鬼が襲い掛かった。

 

 克人は大刀を構える。

 正面から受けない。

 横へ流し、棍棒を躱すとそのまま踏み込んで、一振り。

 

 だが、浅い。

 鬼が吠え、振り返る。

 

 克人はさらに踏み込んだ。

 二撃。

 三撃。

 

 最後に喉元へ刃を突き込む。

 鬼の巨体がのけぞり、たたらを踏んでその足が円の外に出た。

 

──ま、良しとしよう。

 

 あなたが告げると、鬼の巨体は瞬時に消え去ってしまう。

 

 克人は大刀を下ろす。

 肩で息をしていた。

 

「……現代魔法だけでは、どうしても戦い方が限定されるな」

 

 所詮は百年も歴史のない技術である。

 世界中で開発競争が行われ、戦時下に急成長した技術とはいえ、限界はあるだろう。

 

──そもそも、なぜ現代魔法だけで戦おうとする。

 

「慣れているからな。手加減もしやすい」

 

 まあ、それはそうか。

 これまでは人間ばかりが敵だったのだろう──鳥獣駆除に派遣されるようなことも無いだろうし。

 それに普通に生きていれば、防衛戦力とは言え悪魔のような存在と出くわす可能性は低い。

 

 だが、これからはそうも言ってはいられなくなる。

 

「古式魔法師は、こういう戦いをするのか?」

 

──そもそも古式魔法は、CADのような道具が無いからな。

 

 あなたは答えた。

 古式魔法師にも杖や宝珠、護符といった道具が無いわけではないが、CADほど効率的ではないから、使うかどうかは術者の自由なところがある。加えて身体操作までもが魔道士の技術である以上、道具に縛られ戦術を限定する意味はない。

 

──魔法とは本来、埒外の法という意味だ。であるなら、魔法師同士の戦いは、お互いの法の押し付け合いだ。わざわざ相手の法に付き合ってやる道理はない。

 

 現代魔法は便利だが、そのあたりにどうも違和感が拭えない。

 まるで万人が一つの法に従うべきだ、とでも主張しているようだ。

 

 克人が自分の手を見る。

 

「現代魔法とは、ずいぶん違う」

 

 それはそうだろう。

 そもそもの在り方が違うのだ。

 

──現代魔法は、術式によって結果を再現しているな。

 

 あなたは続ける。

 

──だが古式魔法は、結果だけを見るものではない。

 

「では、何を見る?」

 

──物語だ。

 

 克人が顔を上げた。

 

「物語?」

 

 戦った理由。

 傷を負った理由。

 勝った理由。

 死んだ理由。

 

 あなたは克人の負った傷を見、わずかに曲がってしまった大刀を見た。

 

──そういうものが積み重なって器(・)が満ち、奇跡が生まれる。

 

 克人はしばらく黙っていた。

 

 まあ分からないだろうし、受け入れられないだろう。

 古式魔法師がそれらしく「奇跡」などと言ったところで、そのほとんどが魔術、下手すれば奇術(てじな)の類(たぐい)と思われているのだ。

 それはそれで構わない。

 別にあなたは、克人を古式魔法師として育て上げようとしているわけではないのだ。

 

 あなたの澄まし顔に何を思ったか、克人はそれ以上を尋ねなかった。

 

 

「次は何だ?」

 

 あなたは再び手を上げる。

 現れたのは、武士の姿をした悪魔だった。

 

──武士(モムノフ)。

 

 克人が構える。

 

──円から追い出すでも、倒すでも構わんが、今回は制限時間をつけよう。そうだな、一分で良いか?

 

「分かった」

 

 戦いが始まる。

 

 モムノフは先ほどの鬼よりよほど素早いし、何より武術の心得がある。

 克人は防壁を展開するが、モムノフは真正面からは来ない。

 

 槍を構えると、手足の妙で距離感を狂わせ、瞬時に死角へと回った。

 克人も咄嗟に大刀を振り、突き出された槍先を防ごうとする。

 

 だが、その突きはフェイントだった。

 瞬時に戻された槍は、今度は必中の一撃となって克人の胸を貫いた。

 

 まあ、最初から真(・)剣(・)は無理か。

 

 あなたは嘆息ひとつ、その場に崩れる克人を【サマリカーム(完全蘇生)】する。

 

 意識を取り戻した克人が、ギリギリで踏みとどまる。

 槍は既に、モムノフの手の内に引き戻されていた。

 

「……むぅ!」

 

──緊張感が足りないな。

 

「無茶を言う」

 

 あなたの言葉に冷や汗を流しながら、不敵に笑う克人。

 だが次の瞬間、その顔から血の気を失った。

 

 服に空いた穴に気付いたのだ。

 身体は癒やしたが、衣服までは直らない。

 

「おい。今……」

 

──ここでなければ死んでいただろうな。

 

「いったい、どういう──」

 

 ここは【異界】なのだ。

 物質(アッシャー)界とは根本的に違う世界である。

 その法則もまた、物理法則、自然科学に従うとは限らない。

 

──言わば夢の中のようなものだ。

 

 大怪我をしても死ぬことはないし、時間の流れも同じではない。

 ただし怪我をしても心配ない、などと気を緩め、自己認識を緩くしてしまえば、自我が溶け、この世界に飲み込まれることになる。確たる意思を持って戦わなければ、却って弱くなることもある。

 

──だから真(・)剣(・)に(・)や(・)れ(・)、と言った。

 

 なるほど。と克人はつぶやき、頷く。

 それからふと、何かに気付いたように顔を上げ、眉をしかめてあなたに問うた。

 

「……もしや俺の魔法の効果が弱いのも?」

 

──気合が足りんな。気合が。

 

 そう答えてあなたは笑う。

 

 嘘ではない。

 「これで防げるだ(・)ろ(・)う(・)」、程度の意識では効果は弱まって当然だ。

 ここで現代魔法に物質界と同じ効果を発揮させるには、その結果まではっきりイメージする必要がある。攻撃の一つひとつに対してだ。だから鬼の棍棒は何度か防げたが、餓鬼の数の暴力に圧倒されることになった。

 

 融通無碍(ゆうずうむげ)。

 意識、意気、因果の流れに停滞も断絶も作らず、矛盾も障害もなく溶け合う仏教の境地であり、東洋系の魔(・)道(・)士(・)、武芸の達人たちが目標とする領域とされる。そこまで至れば自らの術(わざ)を十全に機能させられるようになる。

 

 とはいえ、克人にそうなれ、と言うわけでもない。

 こう言ってはなんだが、そう器用なことができる男ではあるまい。柔よく剛を制す類(タイプ)ではなく、剛よく柔を断つ類の人間だ。意外と繊細なところもありそうではあるが、本人がそれを表に出すことを望んでいない。

 加えていくら【異界】でのスパルタ修行とは言え、本来なら何十年もかかる過程だ。数日に圧縮できるはずもない。

 

 ま、そのあたりはまた追々、としておこう。

 今は“習うより慣れろ”で身体に教えることが先だ。

 

 そのためには、もう少し本気になってもらわなければなるまい。

 どうしたものかと一瞬考え、そもそも彼が、あなたの指南をどう解釈していたかを思い出す。

 

──古式魔法師を相手にするなら、そんなはずがない、できるはずがない、という考えは捨てることだ。

 

「ふむ……」

 

──まあ、口で言われても分からないだろう。次は大陸系の古式魔法師の一派、六合大槍(ろくごうたいそう)の使い手を相手にしてもらおうか。

 

「ほう」

 

 明らかに克人の目の色が変わった。

 先ほどより積極性が増したように見える。

 今思えば、やらなければならないからやる、という義務的な意識が強かったのかもしれない。

 

 まあ、なんであれやる気になったのであれば、それで良い。

 これからやろうとしていることは、より凶悪な高高圧訓練(ブートキャンプ)だ。

 

 あなたがモムノフに触れ、「お前は六合大槍(ろくごうたいそう)の使い手・李(リ)書文(ショブン)だ」と告げる。瞬間、まとった甲冑が姿を消し、中国武術のくすんだ伝統服に変わった。兜の脱げた頭部は、凶相と呼ぶべき険しい面差しをしている。

 

 先程より幾分か長さも、太さも増した長槍を腰だめに構えた壮年の男性。

 威圧感は、かつてあなたが師事した頃と変わらない。

 克人が無意識に唾を飲んだ。

 

──気を抜くなよ?

 

 あなたはそう告げると、開始の合図をする。

 次の瞬間、李書文と名付けられたモムノフの槍が横薙ぎに、克人の骨を砕き、跳ね飛ばした。

 ああ、いわんこっちゃない。

 

 あなたは即座に【サマリカーム】を放ち、克人の命をつなぎとめる。

 跳ね飛ばされた先で、克人はCADを操作し、【物理障壁】を展開して態勢を立て直す。

 

『嚯(ほう)』

 

 モムノフが感嘆の息を吐くと、顎に手をやり興味深げに首を鳴らす。

 並の人間であれば、あの一振りで胴体を真っ二つにされていた。骨が砕ける程度で済んだのは、克人の鍛えられた肉体強度あればこそだ。

 その辺りに興味を持たれたか。

 あのクソ師匠なら「いい玩具を見つけた」くらいに思っていそうだ。

 とはいえそれは、あなたの蘇生手段(サマリカーム)あっての賜物なのだが。

 

 その蘇生手段にも問題はある。

 これは瞬時に肉体を完全な状態に戻し、対象の死(・)を無かったことにする権能だ。身命を賭した戦いの中では有用なのだが、その効果は少々強力すぎる。魂魄(たましい)が生死の境を彷徨うでなし、即死の一撃を受けても痛みは一瞬で終わってしまうのは、自身の肉体強度に危機感を抱かせるという目的には不向きかもしれない。

 だからといって他に方法があるわけでもないので、今回は諦めるしかないのだが。

 

 益体もないことに思考を費やしてしまった。

 その間にも克人は二度死に、その都度あなたは瞬時に蘇生させている。

 「諦めなければ死なない」という嘘(・)に気付かれても面倒なので、これは最優先事項だ。

 

 あなたは思索に遊ぶのを止め、再び克人に言葉をかける。

 意気込んだは良いものの、そもそもの実力不足はどうしようもない。

 

──実際には、ここまで強力な魔道士は、おそらくもう居ないはずだ。だが、その芸(わざ)の本質は残っている。

 

「本質……」

 

 古式魔法の“極意”とは、言わば神話伝承の再現である。

 自然科学が絶対の法則と思われるより以前、世界が神秘(ものがたり)によって支配されていた時代を再現する……ということは当然、自然科学の法則に縛られない。

 その分だけ負荷も大きければ、習得コストも異常に高い。

 現実として、その領域に到達した魔道士はごくごく限られる。

 が、全く存在しないわけでもない。

 

 そして悪(・)魔(・)とは、その神(・)秘(・)が当たり前だった時代の存在である。疑うこと無く、当たり前のこととして奇跡を起こすことができてしまう。

 

──いくら現代魔法で情報強度を高めたところで限界がある。ということは理解できたか?

 

「……ああ」

 

 いくらか悔しげに応える克人。

 

 まだ折れてはいないか。

 そうだ。それくらいでなくては困る。

 

──では、一旦修行を元に戻す。アレと戦うには、まだまだ器の容量(キャパシティ)が足りていない。

 

「なら何故やらせた」

 

──腑抜けのままでは時間の無駄だからな。

 

 あなたの言葉に克人は「むぅ」と唸る。

 自覚はあったのだろう。

 あなたも見抜くまで時間がかかってしまった。

 どうも彼(こいつ)は感情を押し殺しすぎる癖がある。重責を担う立場として身についたものなんだろうが、こちらで判断しなければならないのは手間がかかっていけない。

 とはいえ「思ったことは口に出せ」と言われて素直に応じるような性格でもない。

 面倒なことだ。とあなたは心の中でもう一度、大きくため息を吐いた。

 

 

 それからしばらくの間、ガキ、オニ、モムノフの相手を繰り返し、それなりに怪我を負いながら、意識的に肉体の情報強度を強化しながら戦うようになった克人に、ひとつめの仕上げをしようと宣言した。

 

 召喚したのは木端天狗(コッパテング)。

 鴉(カラス)のような濡羽の翼による飛翔能力、複数の飛び道具、錫杖、そして状態異常と多彩な攻撃手段を持つこの悪魔は、修験道場としての高尾山と縁深く、より伝承に近い力を発揮できる。

 

「小さいな」

 

 それは確かに。

 天狗よりも一回り小さいその見た目は、巨漢である克人と並べてみれば、大人と子供ほども違って見える。

 だが決して侮って良い相手ではない。

 

──オニとモムノフ、どちらが手強かった?

 

「確かにな」

 

 克人よりも大きなオニは、しかし金棒での攻撃ばかりだったので苦戦したのは短い間だった。克人と同じか多少小さかったものの、戦場で身につけた様々な武芸を使いこなすモムノフの方が、彼はよほど苦戦を強いられていたのだ。

 

──今回は時間無制限だ。コッパテングに一撃当てるか、あるいは地上に落とせば良しとする。良ければ始めるが、いいか?

 

 あなたの問いに、克人は頷き返す。

 慢心しているわけではなかろうが、なにか策でもあるのだろうか?

 まあ、それならそれでレベリングの手間が省けて良いのだが。

 

──では、始め。

 

 あなたが手を振り下ろすと同時に、克人はCADを操作した。

 

「む?!」

 

 何かしらの魔法を発動したのだろうが、うまくいかなかった。

 そんなところか。

 

 その間にコッパテングは悠々と飛び上がり、あっという間に十メートルほどの距離を取った。

 

 これは当分終わりそうにないな。

 あなたはあくびを噛み殺し、その場に寝転がった。

 

 

*   *   *

 

 

 どれだけの時間が経ったものか、克人自身にも分からなくなっていた。

 

 コッパテングが翼をはためかせれば、無数の羽が飛来し、ナイフのように切り刻まれる。

 防壁で防いでも、その弾雨は障壁周辺に舞い散って視界を惑わされれば、急降下してきたコッパテングのすれ違いざまの一撃が障壁をすり抜け、肩を打たれる。

 それをどうにか凌いでも、不可視の衝撃波によって足場を散らされ、態勢を崩される。

 挙げ句、距離を取って体勢を立て直そうとすれば、猿の如き叫び声によって身がすくまされる。

 

 障壁魔法が機能すれば、問題なく対処できる。

 だが、それをすり抜けてくる敵に、克人は為す術もない。

 必死に堪えながら、一瞬の好機を待つしかなかった。

 

 そうして対抗するように、複数の武器に移動系魔法をかけての目眩ましから、コッパテングの錫杖にも移動系魔法を重ねて態勢を崩させ、克人はどうにか執念の一撃を当てることに成功した。

 そして見るからに疲労困憊そのもので膝をつき、はいつくばった。

 

 コッパテングは「どうする?」と言った表情であなたを窺っている。

 ルールは一撃を当てることだ。

 克人はゲームをクリアした。

 

 あなたは身体を起こすと左手を上げてコッパテングを送還し、それからゆったりと拍手する。

 

──合格だ。

 

 克人は大きくため息を吐いた。

 

「……終わりか」

 

──最低限ではあるが、な。

 

 克人は荒い呼吸を繰り返している。

 あなたは、その身体へ手を向けた。

 

──これを飲め。

 

 差し出したのは、液体の入った小瓶。

 いわゆるソーマの雫である。

 

「ありがたい」

 

 克人は体を起こして一息つくと、疑うことなく飲み干した。

 

 次の瞬間。

 

「……!」

 

 身体の奥から力が戻ってくる。

 疲労が抜けていく。

 傷の痛みも、身体のこわばりも感じない。

 

「これは……」

 

──ここでは、そういうものも使える。

 

 ……ということにしておく。

 こうした品は自室に呆れるほどあるが、世に出せば間違いなく混乱の元である。溜まる一方なので、間薙家では修行場での応急処置の他、ゲームのし過ぎで眼が疲れたとか、書類仕事で肩が凝ったとか、わりとしょうもない理由で飲んでいた。

 

 克人は空になった器を見る。

 

「なら、最初からこれを使えば──」

 

──それでは何も学べなかっただろう。

 

「……」

 

──疲れた身体を休ませる。傷を癒やす。そのために周囲のものを取り込む。

 

 あなたは異界の大地を見渡し、それらしい説明をする。

 嘘ではないが、全てでもない。

 そんな話だ。

 

──それも修行だ。

 

 克人は眉を寄せた。

 

「取り込む?」

 

──ああ。

 

「何を?」

 

──気(キ)。息吹(イブキ)。オド。エーテル。プラーナ。まあ色々な呼び名があるが、生命の根源とされる力だ。一番最近に出来た呼び名では、MAG(マグ)とか、生体マグネタイトとか呼ばれていたな。

 

 克人が黙る。

 

──この世界には、MAGが満ちている。

 

 あなたは続けた。

 

──傷ついた体を癒やすもの。心身の疲労を補うもの。体細胞の化学反応が発見される以前、神の恩寵と言われたり、魂魄の力と言われたり、まあ様々あったがそ(・)う(・)い(・)う(・)も(・)の(・)だ。

 

「……」

 

──戦って、傷ついて、回復する。その循環の中で身体に覚えさせる。

 

 克人は自分の手を握った。

 

「つまり、俺自身がMAG(それ)を扱える器になるということか」

 

 そうだ。

 

「それが──」

 

──魔道士の格(・)だ。

 

 あなたは答える。

 

──霊格とも呼ぶ。古式魔法師が持つ、魔力の器だ。

 

「現代魔法師のサイオン量のようなものか?」

 

──例えるならな。

 

 完全に同じものではない。

 だが、理解するための入口としては、それで十分だった。

 

──霊格が高ければ、より多くのMAGを蓄えられる。

 

「そして、より強い古式魔法を使える」

 

──まあ、そういうことだ。

 

 克人はしばらく考えていた。

 やがて、一つの疑問を口にする。

 

「なら」

 

 克人があなたを見る。

 

「戦う必要はなかったんじゃないか?」

 

 ふむ?

 

「MAGを取り込むことが目的なら、戦闘以外でもいい」

 

 克人は言った。

 

「ただ傷をつけて、回復するだけでもいいだろう?」

 

 ああ、なるほど。

 もっともな疑問だった。

 あなたは頷く。

 

──確かに、それだけでもMAGは取り込める。

 

「なら──」

 

──だが。

 

 あなたは言葉を挟む。

 

──ただ傷をつけて回復するより、傷そのものに物(・)語(・)がある方が効率がいい。

 

「物語……」

 

──戦士の傷跡は名誉の証、という言葉があるな。

 

 あなたは烏天狗との戦いで傷ついた克人の身体を見る。

 

──そういう価値観は、世界中にある。

 

「……」

 

 その普遍的な価値観を土台にして、傷に意味を持たせる。

 それが。

 

──そうした、一種の呪術だ。

 

 克人は、自分の腕に残った傷を見る。

 やがて。

 

「傷そのものではなく、そこに込められた意味が重要なのか」

 

──そういうことだ。

 

 克人は黙って頷いた。

 

 その視線の先には、先ほどまで戦っていた異形たちの姿はもうない。

 ただ荒涼とした異界だけが広がっている。

 

 だが、その身体には確かに今日の戦いの痕跡が残っていた。

 それが、霊格を鍛えるための最初の一歩だった。

 




 感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。

 情報量を少し元に戻してみています。
 設定を書きすぎても眼が滑るし、といって書かないとクロスオーバーの面白みが減ってしまうし……
 というところで、九校戦編に備えて色々と実験中です。

 わりと唐突に李書文(神槍李)が登場していますが、彼はあくまでモムノフに李書文の物語(テクスチャ)を貼った存在で、本人ではありません。さまざまな物語に語られる李書文のイメージ(能力や人格)の断片を表演しているだけです。悪しからず。

 なお、即死→サマリカーム(死亡キャンセル)により「李書文の一撃に耐えた」という経験値(物語)を擬似的に稼いでいますが、耐えているだけなので、そこまで効率は良くありません。李書文も現代寄りの人物なので、神秘からの距離も遠いですし。
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