魔法科転生NOCTURNE SS置き場   作:人ちゅら

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SS#062x2c 竜と竜殺し(3)

 それから、数日に一度、あなたは十文字(じゅうもんじ)克人(かつと)を伴い高尾山中の修行場に赴いた。

 そして克人は数え切れない戦いに身を置いた。

 

 群れるガキたちの無秩序な数の暴力。

 高威力、高耐久のオニの攻撃。

 モムノフの多彩な武芸。

 コッパテングの立体的な機動戦。

 

 一度倒せば終わり、という修行ではなかった。

 同じ相手でも条件を変えた。

 

 守る。

 倒す。

 耐える。

 見抜く。

 追いつく。

 

 そのたびに、克人は戦い方を変えていった。

 

 最初は現代魔法だけで戦おうとしていた。

 やがて武器を使うようになった。

 相手の動きを見るようになった。

 敵の力を警戒するようになった。

 

 そして。

 傷ついた身体を、異界に満ちるMAGによって癒やすことも覚えた。

 

──ようやくか。

 

 ある日の修行を終えた克人へ、あなたは告げた。

 

「何がだ?」

 

──やっと修行場(ここ)の律(ルール)を、お前の身体が受け入れたらしい。

 

 克人は自分の身体を見れば、目立った傷は既に消えている。

 

 本人に自覚などないだろうが。

 警戒心の強い克人は、当初この修行の中でも、いちいち自分の状態を意識していた。

 おそらく修行の成果を確認していたのだろうが、そうすることで自身の情報を無意識に強化し、傷ついた状態のまま固定していたことには気付いていない。

 

 それも戦いの中で完全に余裕を失い、色々と諦めたようだ。

 がむしゃらに戦う中で、戦士の物語を少しずつ身にまとい、伝承にある勇敢な戦士たちの逸話を少しずつ帯びていった。というわけだ。

 

 あなたが無言で頷く様を見、何を思ったか克人は拳を握る。

 

 以前なら、戦いが終わるたびに重かった身体が、今では以前ほど疲れていない。

 それどころか、【異界(ここ)】にいる間だけなら、力が増しているようにさえ感じる。

 

「これが霊格というものか」

 

──そうだ。

 

「どれくらい上がった?」

 

──間薙家(ウチ)の基準なら、五歳児くらいか。

 

「もう少し分かりやすく」

 

──国際魔法力評価に例えると、ランクC-(シーマイナス)程度ということになる。

 

「魔法師としての最低限、ということか」

 

 間薙家の基準もだいぶ可怪(おか)しいのだが、それを呑み込んでしまう克人の基準もどこかおかしい。

 ランクC-とは、魔法師としての入門者、つまり単系統のシンプルな魔法ならば使えるレベルである。それが五歳児からというのは、中学で初めて能力検査を受け、高校から本格的に教育が始まる現代魔法師の基準から考えても違和感があるはずだが……

 

 まあ、十文字家ではそのくらいから魔法の訓練を始めている、と理解しておこう。

 つまりはスタートダッシュの地点が十年は違う、というわけだ。そりゃ十五歳になって初めてCADに触れる非魔法師系の家庭の子どもが太刀打ちできるはずもない。

 

──その認識でいい。

 

 脳内で渋滞する指摘(ツッコミ)をすべて無視し、あなたは首肯し、続けて宣言する。

 

──次が最後だ。

 

 克人が顔を上げた。

 

「最後?」

 

 その通り。

 もとより克人は古式魔法師になるわけでなし。この修行も、十文字家の血に眠る力を制御する、そのための器を用意するものだ。

 器が出来、最低限【神降ろし(テウルギア)】を使っても命に関わらない状態になったのなら、あとは当人の努力次第となる。

 

 ぶっちゃけた話、そこまで面倒は見れない。

 先日シルキーに指摘されるまで失念していたのだが、古式魔法師が現代魔法師に、古式魔法の修行をつけるというのは非常に外聞が悪い。

 これが実家に知られれば面倒な(マズい)ことになる。

 と、今さらながらに気付いたあなたは、早めに切り上げるために修行内容をちょっと速成に寄せたところもあるが。

 

「何をする?」

 

 表情を引き締めた克人が、あなたに問う。

 

──お前の中に眠るものを呼び起こし、お前に最適化させる。

 

 最後は器そのものを自覚させること。

 それによって血に眠る悪魔の因子を潜在意識と結びつけ、権能をより具体的なものにする。

 

 古式魔法師ではない克人は、常に【神降ろし】を介さなければ血の力を使うことが出来ない。これはかつての【ペルソナ使い】が召喚機を使用し、自身のペルソナを表層意識に励起することで超常能力を行使したのと同じことだ。

 

「【オーバークロック】か」

 

──古式魔法では【神憑(がか)り】【神降ろし(テウルギア)】【同調(トランス)】【憑依(ポゼッション)】【ペルソナ】などと呼ぶことが多い。そもそもあれは、現代魔法ではBS魔法(ちょうのうりょく)の類だろう。

 

 古式魔法師の中にも、家伝の魔術として特異能力を血統で継承していく者たちがいる。

 第十研がどのような方法を用いたかは分からないが、十文字の血統にもそのような形で【オーバークロック】と名付けた能力を継承しているのだろう。恐らくその原型は、集合的無意識を通じて神話伝承の存在にアクセスする【ペルソナ能力】だ。

 

 集合的無意識にはこれまでの人類史の中、人々が紡いできた数多の物語が雑多に眠っている。その物語に接触、自身の霊体(からだ)に重ねることで、一時的に物語を再現する。それが【ペルソナ使い】を自称する古式魔法の一派である。

 しかし、この集合的無意識の領域──「心の海」とも呼ばれるそこ──に立ち入るには、相応の対価が必要となる。それがマガツヒ、MAG(マグ)というわけだ。

 

 

 これまでの修行で、克人は人類史における悪魔との戦いのいくつかを再現し、戦士としての物(・)語(・)を身に帯びるようになった。想定外だったのは、克人が自主的に古典的な戦闘の研究を行い、戦闘の歴史を模倣することで、その効率を上げたことである。

 

 結果として想定より早く、魔道士が──辛うじてではあるが──“覚醒者”と認められる程度まで、霊格を鍛えることが出来た。

 今なら、あくまで短時間という制限はあるものの、後遺症の心配なく【神降ろし】が行使できる程度には育った。

 

──その本質は、自身と縁深い超常存在の力を、一時的に借り受けることにある。

 

 その対価として必要なのが余剰MAG。

 これまで鍛えてきた霊格の、器の中身だ。

 

──人間は誰しも少量のMAGを保有してはいるが、それは生命維持や精神活動に回され、とてもではないがそれ以外のことに使える余裕はない。

 

 その余裕を作るのが、今までの修行というわけだ。

 

 あなたの言葉に克人は息を呑むと、これまでとは違う、圧を感じさせない弱々しい声であなたに尋ねる。

 

「もしその余剰MAG、が無い状態で【オーバークロック】を使い続ければ?」

 

──生命維持、精神活動に必要な分が削り取られることになる。

 

 身体的な抵抗力が弱まり、判断力や意志決定力が鈍り、進行すれば記憶障害などが表れ、病を患うようになり、終いには命を落とすだろう。

 それが古式魔法師であれば、早い段階で魔術を使うこともできなくなる。

 おそらくだが、現代魔法師であれば脳の魔法演算領域なる部位にも干渉し、魔法力が衰え、魔法が使えなくなるのではないだろうか?

 

「そうか」

 

 呟くように応えた克人の脳裏には今、誰か特定の個人が思い出されているのだろう。

 

 ま、誰かは聞かないでおく。

 部外者のあなたが知る必要のない話だ。

 

──古式と現代式とで、線を引いてしまった弊害だろうな。

 

 仕方がないとは思うが。

 育成速度や確実性で言えば、現代魔法師の育成手法のほうが圧倒的に優れている。素質さえあれば、道具を与え、技術を学び、反復練習で習熟する。それだけで魔術──彼らは魔法と呼ぶが──が使えるようになるのだ。幼い頃から命の危機を何度も迎え、それを乗り越えてようやく身につくのが一つ二つの魔術という古式とは比べるべくもない。

 だからといって全くの無駄でもないのだが。

 長い時間をかけて紡がれてきた叡智には、相応の深みもあるものだ。

 

 しばらくは目を閉じ、何かを言い募ろうとしては止める、を繰り返す克人。

 言っても仕方のないこと、あるいは口にしてはならないことが、ぐるぐると巡っているのだろう。

 ふと、あなたの内にあるサタン(悪魔)のマガタマが勝手に反応し、克人の声で囁きかける。

 

『治す手段はないのか』

『他の者をここに連れてくることは出来ないのか』

 

 それが克人の心を伝えたもの(ジャイヴトーク)なのか、それともサタンの見せる虚幻に過ぎないのか。

 弱味につけ込め、と囁きかけるマガタマを無視して、あなたはじっと次の言葉を待っていた。

 

 

「で、どうすればいい?」

 

 たっぷり時間をかけた後に出たその言葉は、元の力強いものに戻っていた。

 克人はとりあえず前に進むことにしたようだ。

 

 まあ、彼が意気込んだところで、次にあなたがしようと思っていることを考えると、多少は申し訳ない気もするのだが。

 

──何もしなくていい。

 

「何もしない?」

 

──むしろ、するな。

 

 あなたは克人の肩へ手を置いた。

 

──今から、意図的にその力を限界まで振り絞らせる。

 

「……!」

 

 克人の目が見開かれる。

 

「大丈夫なのか?」

 

──大丈夫かどうかは、お前次第だ。

 

「俺次第、か」

 

──ひとつだけ、助言しておこう。“無理に制御しようとせず、受け入れることだ”。

 

「それは、どういう……」

 

 戸惑う克人の声に黙して応えず、あなたはMAGを流し込む。

 目覚めを促す呼び声が、かつて巌(いわお)と称された身体を駆け巡る──

 

 

 克人が膝をつく。

 呼吸が乱れ、視界が歪む。

 音が遠ざかる。

 

 あなたの声さえ、もう聞こえはしないだろう。

 そして──

 

 ──意識が途切れた。

 

 

*   *   *

 

 

 次に目を開けた先にあったものは、荒野だった。

 

「……ここは?」

 

 空は薄暗く、まばらな雲に覆われている。

 大地にはひび割れが走り、遥か遠景まで何もない。

 

 風が吹いている。

 砂埃が舞う。

 

 見覚えはない。

 だが不思議なことに、どこか懐かしさを覚えてしまう。

 

「あれは……」

 

 前方を、人影が走っていた。

 克人は目を凝らす。

 

「……当、主?」

 

 十文字和樹(かずき)。

 間違いない。

 今や立って歩くだけで強化外骨格(エクソスケルトン)を必要とするはずの父が、在りし日の姿でなにかに向かって駆けていた。

 

「待ってくれ!」

 

 克人は追いかける。

 だが、距離が縮まらない。

 

「父上!」

 

 呼びかけても、振り返らない。

 その声が届いているのかすらわからない。

 ただひたすらに、駆けてゆく。

 

 克人は走る。

 走る。

 それでも追いつかない。

 

 容易く疲れることの無くなったはずの肉体で、それでも肩で息するほどに追いかけて追いかけて。

 やがて、前方に巨大な影が現れた。

 

 山のような身体。

 黒とも灰とも分からぬ色の鱗。

 そして、その身体の周囲に積み上げられた、数え切れないほどの黄金。

 

「……竜(ドラゴン)?」

 

 一尾の邪竜が、黄金の山の上でこちらを見ていた。

 まだだいぶ距離があるが、その眼がギラリと光り、克人を捉える。

 

 同時に。

 

「うわあああっ!」

 

 叫び声が聞こえた。

 竜の足元。

 そこには、人々がいた。

 

 父。

 弟妹。

 親衛隊。

 そして、見知った人々。

 

 彼らは皆、竜へ向かって攻撃を繰り出しているように見える。

 魔法で、武器で、あるいは投石で、果敢にも戦いを挑んでいるようだ。

 

 だが、言わずもがなその戦いは無謀だ。

 

 ただの一度、竜の尾が振るわれればそれだけで人々は吹き飛ぶ。

 父が【物理障壁】を展開すれば、どうにか防げることもある。

 だがそれで防いだとしても、障壁によって人々の攻撃も遮断されてしまう。

 そして攻撃のために障壁を消せば、うるさい羽虫を散らすように前足の爪が振り下ろされ、引き裂かれてしまう。

 

「やめろ!」

 

 克人が叫ぶが、それで竜は止まる道理もない。

 CADを操作しようとするが、どういうわけかCADが反応しない。

 

 跳ね飛ばされ、引き千切られ、全身を血みどろにした人々もまた、古い映画(ビデオ)の屍人(ゾンビ)のごとく立ち上がると、幾度となく立ち向かう。

 砕かれたはずの頭部も、折られたはずの腕も、目を離した隙に元通り。

 そして何度倒されても立ち向かい、何度でも致命傷を負わされ、倒れ伏す。

 痛みに声を上げ、苦しみに顔を歪めながらも、彼らは竜に群がり、攻めたてていた。

 

「やめてくれ!」

 

 克人は叫び、走った。

 だがその声は届かない。

 

 父も。

 弟妹も。

 親衛隊も。

 次々に蹂躙されていく。

 

 その光景を前に、克人の胸に何かが湧き上がった。

 

 怒り。

 焦燥。

 恐怖。

 そして。

 

 苛立ち。

 

「……どうして」

 

 どうして俺が、こんな物を見なければならない。

 

 そんな言葉が頭をよぎった。

 次の瞬間。

 

 黄金の一枚が、竜の爪によって踏み潰された。

 

 ──瞬間、過去が思い出される。

 

 十文字家次期当主として任されたこと。

 それは信頼の証だと思っていた。

 

 だが、その裏には重みがあった。

 面倒だった。

 何故、自分ばかりが背負わなければならない。

 

「……違う」

 

 克人は頭を振った。

 

 誰かの投げた石が黄金の山に当たり、高音を響かせてわずかに突き崩す。

 今度は父の姿が変わった。

 

 首都防衛に尽力した父。

 尊敬していた父。

 誇らしかった父。

 

 今の今まで果敢に戦いを挑み、みんなを守って父の姿が変貌する。

 病に侵され、魔法力を失いかけ、家族にとって重荷となった現在の父の姿に。

 

「違う!」

 

 克人が叫ぶ。

 だが、止まらない。

 

 また一枚。

 また一つ。

 

 大切だったものが、別の姿へ変わっていく。

 苦労しながら築いてきた二十八師族との関係。

 

 信頼していた人々。

 それらが、失敗への恐怖や、不信や、不安へと変わる。

 

 守るべき市民。

 彼らはいつしか、自分たちの利益を求めて群がる有象無象に見えた。

 

 共に汗を流した親衛隊。

 頼れる仲間だったはずの彼らが、迷惑ばかりを掛けてくる存在に見える。

 

 自分を慕ってくれる弟妹。

 可愛いと思っていた彼らの未熟さが、鼻につく。

 

「やめろ……」

 

 克人は耳を塞いだ。

 

「やめてくれ……」

 

 黄金が傷つくたび。

 思い出が汚されていく。

 

 大切だったものが。

 大切だったはずのものが。

 

 次々と「不満」に変わっていく。

 

 その光景を見ながら、克人はようやく理解した。

 

 これは竜が奪っているのではない。

 自分の中に、最初から存在していたものだ。

 

 竜が笑うように大口を開けた。

 

「「……俺の、心?」」

 

 それは自身の呟きか、それとも竜の惑わしか。

 だがその声は、どこか自身の声に似ていた。

 

 そのとき。

 竜の前に、巨大な人影が立ち上がった。

 

 父。

 弟妹。

 親衛隊。

 市民。

 

 これまで克人が守ってきた者たち。

 その影が、一つになっていく。

 

 腕が。

 脚が。

 胴体が。

 顔が。

 

 やがて一つの巨大な戦士となった。

 

 その手には剣。

 身体には鎧。

 

 そして。

 その顔は、誰でもあって、誰でもない。

 

「……何だ、これは」

 

 克人が呟く。

 

 戦士が剣を構える。

 竜もまた、唸り声を上げた。

 

 巨大な戦士が走り出す。

 竜が迎え撃つ。

 

 剣と爪が激突する。

 轟音。

 その衝撃で、黄金が舞い上がった。

 

 また一つ。

 黄金が傷つく。

 

 そして、また一つ。

 克人の記憶が、黒く染まった。

 




 感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。

 検査で悪いトコ見つかっちゃったので、ちょっと手術を受けにゃならんことになりました。
 なので、しばらくお休みをいただきます。
 このエピソードは次回で終わりなので、入院前までに間に合えば更新予約しておきますが、以降はおそらく11月くらいになるかと思います。
 それまでしばしの間、お待ちいただければ幸いです。
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