魔法科転生NOCTURNE SS置き場 作:人ちゅら
剣と爪がぶつかった。
轟音が荒野を震わせる。
巨大な戦士が剣を振るえば、邪竜がそれを迎え撃つ。
重々しい斬撃と、鋭い爪とが衝突する。
どちらも一撃で
それが衝突すればどうなるか。
大地は揺れ、甲高くも耳障りな音は衝撃波となり、剣風に体を持っていかれそうになる。
それらが吹きすさぶ都度、床へ散らばった黄金が弾け飛んだ。
そのたびにまた一つ、克人の中の
任されたことへの誇りが、責任への苛立ちへ。
父への尊敬が、重荷への憎しみへ。
積み上げてきた人間関係が、不信と不安へ。
守るべき市民が、利益を求めて群がる人間へ。
共に戦った親衛隊が、足手まといへ。
可愛がってきた弟妹が、未熟で鬱陶しい存在へ。
「やめろ……!」
克人は叫ぶ。
だが、戦士は止まらない。
邪竜も止まらない。
戦士が踏み込み、邪竜が尾を振る。
その都度、黄金が舞う。
そして、また記憶が黒く染まった。
「違う……」
克人は首を振る。
「俺は、そんなことを……」
思っていない。
そう言い切ろうとした。
……言い切りたかった。
だが、喉はそれを拒絶した。
飲んだ息を吐き出せない。
大気を震わす音にならない。
何故なら。
ほんの僅かでも、そう思ったことがあったからだ。
疲れていた時。
苛立っていた時。
誰にも弱音を吐けなかった時。
自分だけが背負わされているように感じた時。
ほんの一瞬、無自覚に、ではあったが──
「……俺の中に、あったのか」
克人は
巨大な戦士が克人を見た。
その顔には、いくつもの人の面影が重なっている。
父。
弟妹。
親衛隊。
市民。
見覚えのある顔が重なり合い、歪み、
「お前は……」
顔を上げた時、戦士は克人の前に立っていた。
足元には積もり積もった金貨の山。
背後には恐らく、あの邪竜がいる。
どうしてこうなったのか……
戦士は剣を腰だめに構える。
克人は、その姿を見つめた。
何者なのかは分からない。
ただひとつ。
こいつは自分の中から生まれたものだ──
それだけは、何故か理解できた。
自分が守ってきた人々。
彼らに感じていた責任感。
彼らから向けられてきた期待。
そして、それを背負い続けることで生まれた不満。
それらが混ざり合っている。
その視線には無責任な期待と願望。
我を救え。
我を守れ。
我を助け。
我が為に生きよ。
無垢純真な瞳が、克人の戸惑いを責め苛む。
故にこそ、目の前の戦士が恐ろしい。
戦士が笑顔で全身に力を込め、弾けるように踏み込んだ。
敵意もなく、それが当然であるかのように剣を振りかぶる。
克人は咄嗟に腕を上げる。
CADを操作する余裕もなく、自身の身体情報を強化して対応するしかない。
衝撃。
身体が吹き飛ばされ、地面を転げる。
「ぐっ……!」
巨体に似合わぬ身軽さで立ち上がったが、戦士は既に迫っていた。
背後で邪竜が唸った。
克人は思わず振り返る。
邪竜。
その周囲には、黄金がある。
自分にとって大切だったもの。
家族。
仲間。
信頼。
誇り。
責務。
それらが、黄金という形でここにある。
そして、それを戦士が傷つけている。
「……そうか」
克人は腕輪型CADに手を添える。
「お前は、全てを壊せというんだな」
戦士が再び襲い掛かる。
克人は【物理障壁】を起点に各種障壁を多重展開。
個々は短時間で消滅する障壁を、不規則かつ連続的に展開することで障壁が破られるリスクを最小化し、魔法現象を滞留させることで他の現代魔法の干渉をも抑制する。
十文字家のお家芸である【
今度は逃げない。
剣筋を迎え撃つように受け、障壁に角度をつけて受け流す。
弾かれた慣性を利用して次の斬撃を繰り出す戦士。
これも跳ね返す克人。
反跳により加速度的に早くなる戦士の連撃は、徐々にファランクスの生成速度に間に合い始める。
克人は財宝の中から一振りの刀を掴み、万が一に備え、構えた。
それから数合は耐え凌いだ障壁も、遂には打ち破られ、暴風のような戦士の剣が、克人の刀と打ち合った。
「俺は――」
だが、所詮は
戦士の技量に押さえ込まれ、鍔迫り合いになってしまう。
「これを守る」
だが克人も力で負けるつもりはなかった。
一歩前へ踏み出し、圧を返す。
戦士の剣をするりと下方に受け流し、懐へと踏み込んで横薙ぎの一閃。
何故か棒立ちのまま、戦士は腕を斬られた。
骨まで見えそうなほどの深い刀傷からは、しかし血が流れない。
代わりに傷口から、別の顔がのぞく。
弟。
妹。
親衛隊。
父。
その一つ一つが、克人へ向かって叫んでいる。
責める声。
縋る声。
期待する声。
助けを求める声。
「……!」
思わず克人の意識が取られたその隙に、戦士は片手で剣を振るう。
避けられない。
――その刹那。
邪竜が動いた。
巨大な前脚が上から振り下ろされ、剣を受け止める。
轟音。
黒い鱗が裂ける。
黄金が散る。
「……!」
自分に覆いかぶさるように前進した邪竜を、克人は仰ぎ見る。
邪竜は怒っていた。
傷ついた黄金を抱え込むように身体を丸めながら、その目だけを戦士へ向けている。
その姿を見て。
克人の中で、何かが繋がった。
守る。
奪わせない。
傷つけさせない。
そのために戦う。
それは自分がずっとやってきたことと同じ。
そのはずだ。
だが。
「……」
克人は、邪竜の姿を見る。
黄金を守っている。
確かにそう見える。
だが、それだけではない。
黄金を傷つけさせないために。
奪われないために。
誰にも触れさせないために。
邪竜は、すべてを自分の身体の内側へ抱え込んでいる。
その姿が。
どこか、自分自身に似ていた。
「……守る、ということは」
克人は呟く。
「全てを自分で抱えること……ではない」
言葉にしてみる。
しかし、どうにも収まりが悪い。
だが、間違っているとも思えなかった。
自分が次期当主として背負ってきた責務。
父から受け継ごうとしているもの。
家族。
親衛隊。
周囲から向けられる期待。
それらを守るために、自分が全部を背負わなければならない。
いつの間にか、そんなふうに考えていたのかもしれない。
だから疲れた。
だから苛立った。
だから、大切なものまで重荷に見えた。
「……そうか」
克人は刀を握り直す。
「俺は、守りたいのか」
それは変わらない。
不満がある。
苛立つこともある。
重いと思うこともある。
それでも。
「手放せるものではない」
戦士が動いた。
克人へ向かって、剣を振り下ろす。
克人は逃げなかった。
刀を構える。
「だから――」
一歩、踏み込む。
「俺は戦うのだな」
剣と刀がぶつかり、火花が散る。
戦士の力に押し込まれる。
それでも、克人は退かない。
「守るためなら」
刀を押し返す。
「傷つけることも」
戦士の剣を弾く。
「覚悟しよう」
その言葉に。
邪竜が振り向いた。
巨大な瞳と、克人の目が合う。
次の瞬間。
何かが、きれいに重なった気がした。
腹の底で、なにかが震えた。
それが伝わったかのように、大地が震え、空気が震える。
「――!」
克人の身体から、凄まじい力が噴き出した。
喉の奥から、声が出る。
声というより。
咆哮。
「GrrrrAAAAAAAAAAAR」
それは、人間のものとは思えない音だった。
それに応じるように、邪竜も長い鎌首を空へと伸ばし、
同じ咆哮を上げた。
瞬間、世界が震えた。
大気が震え、地が震え、荒野に砂塵が舞い上がる。
黄金もまた宙へ舞い、巨大な戦士の身体が揺らぐ。
「
克人の叫びに、邪竜の咆哮が重なる。
重い質量を伴う突風が、荒野を一直線に駆け抜けた。
巨大な戦士の身体が浮き上がり、巻き上げられた砂礫に撃たれると、千切れてゆく。
父。
弟妹。
親衛隊。
市民。
千切れた欠片がそれぞれの姿を形取り、やがてそれもバラバラの砂礫になって舞い散った。
静寂。
克人は、その場に立ち尽くしていた。
荒い呼吸。
震える身体。
倒れ伏して楽になりたかったが、何かがそれを踏み止まらせる。
背後の邪竜に視線をやると、彼は再び黄金の山へと身体を寄せて、覆いかぶさるように微睡んでいた。
大切なものを奪わせないように。
何一つ、外へ出さないように。
克人は、その姿を見つめる。
「……」
どういう状況なのか、未だによく分からない。
自分がこれからどうすればいいのか。
何を変えればいいのか。
答えは出ていない。
ただ。
なにかを守ることと、抱え込むことは違う。
それだけは、理解できた気がした。
* * *
克人が目を開ける。
「……ここは」
眼の前に広がるのは、見慣れてしまった異空間。
高尾山中にある修験道場だった。
身体を起こそうとする。
「……!」
激しい疲労が襲ってきた。
腕にも腹にも力が入らない。
どうにか首を動かして、自身の身体の状態を確認する。
まるで熱病にかかった時のような気だるさと、翌日の筋肉痛を予感させる痛み。
長時間の交渉事の後のような、肩から首、後頭部に重しでも乗せられたような圧迫感。
怪我こそ無いものの、満身創痍と言ってまず間違いない。
だが。
ひとつだけ、以前とは違うものを感じていた。
身体の奥に、何かがある。
静かに脈打つ力。
克人はゆるゆると自分の腕を動かし、手のひらを腹の上に乗せた。
「これが……」
【
その感覚を、今度ははっきりと理解できる。
そして、それを自覚した瞬間に気付く。
急速に回復していく自身の肉体。
あれほどの疲労感が、呼吸をするたびに抜けていく感覚がある。
大きく息を吸って、軽く腹に留めて。
それからゆっくりと吐き出してみる。
それだけで腕の気だるさが抜けていった。
もう一度。
今度は足の疲れが抜けていく。
「……ふむ」
呼吸を整える。
肩こりが抜け、頭の重しが取れたような気がする。
軽く身震いして姿勢を整え、それからゆっくりと起き上がる。
肩を回し、首を回し、手足の感覚を確認する。
問題なし。
「……これが【
自分でも、そう呼ぶべきものだと分かった。
おそらく完全なものではない。
まだ何かが足りない気がしている。
だが、確かに目覚めている。
──起きたか。
あなたの声に、克人が振り返る。
「シン」
──どうだった?
「……色々あった」
克人は少し考える。
そして。
「一つ、分かったことがある」
──何だ?
克人は、自分の手を見る。
「守るだけでは駄目だ」
──ほう。
「守りたいものがあるなら、それを傷つけようとするものへ、こちらから手を出す必要がある」
あなたは黙って克人を見る。
克人は続けた。
「ただ……」
そこで言葉を止める。
──ただ?
「守ることと、抱え込むことは違う気がする」
その言葉を最後に、克人は全身の力を抜いて、再び横になった。
まだ答えは出ていない。
だが、少なくとも。
自分の中に何が潜んでいるのか。
それを知ることはできた。
そして、それを受け止めるための、自分自身の器。
今回の荒行は、その最初の一歩だった。
感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
ということで、十文字君のブートキャンプはひとまず終了となります。
なんやかんやで無敵超人っぷりが上がり、より無理がきく体になってしまった彼が今後どうするのか。
そのあたりは、また別のエピソードで。
感想の方でジークフリートを出された方、半分正解です。
まあジークフリートなのか、ファフナーなのか……あるいはどちらもなのか。
どっちに転ぶかは今後の十文字君次第であります。
ということで前回もちょろっと告知しましたが、今月は手術入院のため、ひとまずお休みをいただきます。
たぶん来月には復帰できると思いますので、その折にはまたよろしくお願いします。