魔法科転生NOCTURNE SS置き場   作:人ちゅら

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人修羅さんの知られざる(?)日常回、というかメガテン回。全4話予定です。



Side: メガテン
SS#027x1 都市の空隙


 八王子盆地の西の外れに、ぽつりと建ったアパートがある。

 一棟二階建て、各階六部屋ずつの集合住宅は、築五年ほどの新しいものだった。一高生とその家族向けにと建てられたものだったが、立地条件の悪さが祟ったのか、初年度から満室になることもなかった。

 

 そして今年度、かさむ維持費に音を上げた管理会社が売りに出したこのアパートを、奈良を本拠とする橘家のグループ関連企業が購入した。

 入居者は()()()()()のみ。

 

 

 人修羅(あなた)という存在が住処(すみか)と定めた場所が、通常空間のままであり続けられるはずがない。あなたが自身の在処と認めれば、そこは人修羅(カミ)(ましま)す【玉座】となる。マガツヒの満ちた【異界】化してしまうのだ。

 だからあなたは物心ついた頃には既に独り、里山に建てられた(やしろ)での一人暮らしを余儀なくされていた。

 

 幼くして半ば捨てられたような形であるとはいえ、あなたにとってもそれは都合が良かった。

 もう一度幼児からやり直せと言われても、精神は六十年を生きて孫まで持った老年のもの。また人修羅の権能はあらゆる対話(TALK)を保証する。生まれてすぐに泣き声一つ上げず、それどころか明瞭な問いを発する赤子など、二十一世紀の現代においてはただただ異常だ。こうした異常に慣れのある間薙家だからこそ、驚きの中にあっても無難な選択肢を採れたのだろう。

 

 幼い人修羅(あなた)が自儘に振る舞えば、いずれまともな人間は遠ざかり、面倒な人間ばかりが寄り集まってくることとなる。とはいえ今さら赤子や幼児のフリをすることもできない。故に隔離という選択は、()()と言えるかはともかく、()()な選択肢の一つであったことは確かだ。

 

 あなたの住処はあなたがいる限り、マガツヒが無尽蔵に補充され続けている。仲魔を召喚したところで誰にも迷惑がかかることはないし、連中も気まぐれに顔を出すことがあった。当初はあなたの世話役にと派遣された間薙家の家人や門人も、大気に満ちた高濃度のマガツヒや仲魔たちの悪戯(いたずら)に耐え切れず、すぐにお役御免となってしまう。

 以来、あなたは一日の半分を悪魔たちに囲まれて過ごしてきたのだった。

 

 

 だから「一人暮らし」と言ってもそれは()()()()()というだけで、そこで暮らす()()の数は、常に複数であり続けた。

 そしてそれは、転居した今も変わってはいない。

 

 

*   *   *

 

 

 2095年4月11日――月曜日・夜

 

「おかえりなさいませ」

 

 あなたが帰宅すると家憑き妖精のシルキーが手を止めて深々と頭を下げる。

 ひと目にはモスグリーンのメイド服に白のエプロン、頭には三角巾を結いた古めかしい装束が板についた妙齢の女性に過ぎない。だがそれで彼女を侮った人間は、高い授業料を支払うことになるだろう。人命の軽かった時代に生まれた悪魔は、総じて敵対者の生命をいとも容易く刈り取ってしまうところがある。

 

 だが、そんな彼女もあなたにとっては身内(かぞく)の一人だ。

 「うん」とも「む」とも取れない短い返事をすると、手にしたカバンを手渡して、いつもどおり私室に引っ込む……つもりだったのだが、忙しなく家事に勤しみながらも美しさだけは変わらない白磁の手指に茶封筒を差し出されてしまった。

 

ご当主(お孫さま)よりお手紙が」

 

 働かざる者食うべからず。

 あなたはそれを受け取ると、今度こそ私室に引っ込んだ。

 

 

*   *   *

 

 

 約一時間後。あなたは動きやすい普段着(ジャージ)を身にまとい、夜の吉祥寺駅に姿を現した。紙切れ一枚で押し付けられた実家の()()を、さっさと片付けてしまうためだ。

 

 

 今世紀初頭(ゼロ年代)の繁華街の賑わいを知るあなたにとって、今生の夜はあまりに人寂しい。

 とはいえこれは吉祥寺に限った話ではない。二十一世紀末の現在、()()()()()()という行動そのものが、かつてに比べて不要になっているという現実が有る。

 

 小氷河期と三次大戦という二つの大災害(カタストロフィ)は、世界人口を九十億から三十億まで激減させた。単純に考えても、実に三人のうち二人が死亡したという異常事態だ。それは圧倒的な人手不足という形で各所に現れ、否応なしに社会を崩壊させる要因となった。それまで多くの人間が分業することで支えてきた生活は、あっという間に瓦解したのだ。

 だが人間とは環境に適応する生き物である。当然こうした状況にも適応すべく対策を講じた。特に威力を発揮したのが計算機科学であった。戦争と現代魔法学という二つの要素に後押しされ、急速に発達した()()は、それまで惰性で続けられてきた事柄、特に人間の職人芸(マンパワー)に依存してきた諸要素に対し、高効率化というドラスティックな改革を提案した。

 

 

 徹底的に無駄を省いてゆく社会の再構築(リストラクチャリング)は、たとえば会社員が毎朝社屋に通勤して社屋で仕事をし、夜に退勤して帰宅するという働き方に対しても疑問を投げかけた。毎朝毎晩、満員電車に揺られて通勤する、体力も時間も全くの無駄、贅沢な浪費であると判断したのだ。

 

 無論、直接人間が集まることの全てが無駄ということはない。直接顔を合わせて話すからこそ成立する事柄も決して少なくはないのだ。信用、信頼といった一種の未来視について、人類は未だ直感に優る技術を発見できていない。故に営業職や管理職の人間は、これまでどおり毎日社屋に足を運び、取引先と顔を合わせることを必要とした。実作業を伴う開発畑の人間もまた、通退勤というタイムロスを許容した――彼らの一部はむしろ帰宅という行為をこそ無駄と切り離したがったが。

 しかして事務職の多くはそうした必要がないと判断された。彼らにはこれまで提言こそされながらも「実際的ではない」とされてきた在宅勤務(テレワーク)が適切と判断され、それが標準となった。これには通信網のセキュリティの向上と関連法案の整備が一気に進んだことと無関係ではない。かつて()()()()()()()()()などと呼ばれた日本であったが、大戦を経てそのあたりの認識にも大きな変化があったようだ。

 

 

 また街を歩く人間が減るということは、実店舗を常設する旧来型の小売業にも当然のように影響した。

 以前からドローンと受け取りポストの併用によって手軽になったネット通販に圧迫され、更には大戦下において一人暮らしや核家族のライフスタイルが鳴りを潜め、誰もが緊縮策をとったことで死に体となっていた彼らだったが、この変化が致命傷となった。

 小店舗のいわゆる個人商店という形態は姿を消し、商業ビルも空室だらけとなり、大型合併を繰り返したフランチャイズチェーンも熾烈な生存競争にやせ衰えてしまう。過渡期には日本各地でシャッター街が大量発生したという。

 

 そんな中でも変わらず出歩く人種がいた。

 学生である。

 生産力に直接寄与しない彼らは、急激な改革の流れの中で後回しにされてきた。無論、学校教育には一部変化があったものの、それらは教師たちの都合が大きい。実際、学生は一般学生、魔法科学生を問わず学校施設に通学し、クラス別に教室に集まってオンライン授業を受け、その日の課題が終われば下校するという前時代のスタイルを踏襲していた。

 彼らにとって、街を歩くことは生活の一部であった。そして代わり映えのしない学生生活の彩りとして、街での浪費はちょっとした娯楽だ。彼らの需要を見込んで、街は再建されていった。彼らが成人した後も、学生時分のスタイルのまま街を歩き、地元産業を支えてくれることを願って。

 

 政府のインフラ大投資によって復興に賑わった七十(2070)年代、景気を回復させた八十(2080)年代を経た2095年現在、多くの人々にとって街とは生活環境ではなく、そのものが娯楽施設のような認識となっていた。

 実店舗の多くは実際に手にとって見なければ分からない衣類や生活用品を展示したショールームや、あるいは広い空間を必要とするアミューズメントパークとなり、また彼らの需要を見込んだ外食産業が幅を利かせている。街を歩くということは今や必要からの行為ではなく、より娯楽に近いものへと変化していた。

 

 ただそれは学生という世代をボリュームゾーンとした設計だ。そのため彼らの活動時間から外れた夜の街は、メインストリートから追いやられてしまう結果となった。加えて戦前に比べて性に開放的な雰囲気が薄れ、水商売に対する風当たりが厳しくなったこともある。日中はまだしも、夜の街並みというのは往時に比べてずいぶんと寂しいものとなっている。

 もっとも、昔の実際を知る人間自体が、もう居なくなってしまったのだが。

 

 

 そんな寂れた夜の町並みを少し歩いて、あなたは目的のビルに辿り着いた。

 武蔵野市吉祥寺南町新エコービル。

 【境界化】の兆候があるため、要調査となった物件だ。

 

 

*   *   *

 

 

 祖父(まご)から託された仕事の内容は、【境界化】の兆候がある吉祥寺の商業ビルの調査。

 かつて帝都鎮護を標榜した古式魔法師の組織・ヤタガラス。その中枢で四天王の名を冠されたクズノハ一門からの依頼らしいのだが、人口過多な東京(こちら)で対悪魔を専門とする古式魔法師は常に人手不足のようで、本件についてもほとんど丸投げ状態のようだ。

 

 仕方がないので家を出る前に、軽く情報端末に任せて検索してみても、出てくるのは通り一遍の情報に過ぎない。

 

>『新エコービル』

>武蔵野市吉祥寺南町の旧吉祥寺駅(現在は廃駅)のターミナルに隣接した商業ビル。竣工は2070年。

>戦後復興期に取り残されまいと建設されたものの、複合的な事情により着工が遅れる。2068年から始まった鉄道網再編の波に取り残され、営業開始から一年と経たず大半のテナントが撤退、幽霊ビルと化した。

>近年では未成年者がバイクで乗り付け、空きテナントを集会場代わりにしているところが目撃されており、近隣住民からも()()()()()()()として避けられていた。そのため自治体に取締の請求が何度も出され、警察もパトロールを強化するなど一応の対応をしているものの、解散を命じればすぐに撤収するため名目に乏しく、現状、イタチごっこの様相を呈している。

 

 

 安定成長期(1970年代)から平成不況(二十世紀末)人口過密時代(二十一世紀初頭)にかけて都市部に建てられた多くの商業ビルは現在、相続者を失い、あるいは相続権を放棄されて更地となっている。それでも残ったものや、この新エコービルのように戦中戦後の再建期に建てられたものは、犯罪者が拠点(アジト)化して隠れ潜む、不法占拠者(スクワッター)が住み着くなど、()()()()()として問題になっている。

 

 そうした都市の死角では暴力行為や薬物の濫用、性行為など、()()()()()()がとられがちだ。そして人間の血肉が撒き散らされ、原始的な激情が発散される場は、即ちマガツヒが捧げられる擬似的な祭壇、MAG溜まりとなる。通常それらは徐々に拡散し、薄れて消えてしまうため、さほど問題にはならない。だが雲散霧消するよりも多くのマガツヒが溜まってゆけば、いずれ【境界化】を起こして悪魔を呼び寄せたり、更に偶然が重なることで【異界】と化してしまう。

 それは【異界】の管理者を標榜する間薙(かんなぎ)家としては、見過ごせる状況ではなかった。

 

 

 まあ実際は、東京進出の挨拶代わりといったところなのだろう。

 あなたにとっても約八十年ぶりの東京に、思い入れがないわけでもない。あの東道青波(ハゲじじい)の差金だろうと考えると蹴飛ばしてやりたくもなるが、件の手紙は祖父(まご)の手による正式なものだ。そういうわけにもいかなかった。

 

 加えてもう一つ。

 あなたの身中のマガタマ・公の加護(マサカドゥス)が「約定を守れ」「トウキョウを護れ」と震えていた。

 

 

――言われるまでもない。

 

 

 少し体を動かしておきたいと思っていたところだ。




感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
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魔法科世界、社会を掘り下げていくと、これが結構面白かったりします。
二次創作の原則として、原作の設定を極力肯定する形でアレコレ考えているわけですが、現在とのミッシングリンクを埋め合わせていくと、それだけで幾らでもノンフィクション風の物語になりそうな感じ。
作中ではわりと短絡的な帰結として書かれているものも、実際は七面倒な紆余曲折があったんだろうな、とか。
今回分でも手指に任せてキャビネット(個型電車)の歴史とかバイクの規制解除の話とかをつらつら書いてしまい、約5000字ボツにしました。

あ、新エコービルのモデルは『真・女神転生I』に登場した某幽霊ビルです。(まんまですが)
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