魔法科転生NOCTURNE SS置き場 作:人ちゅら
>生前の行いからのイメージによって、後に過去や在り方を捻じ曲げられ能力・姿が変貌してしまった怪物。生前の意思や姿、本人の意思に関係なく、風評によって真相を捻じ曲げられたものの深度を指す。
( ref. TYPE-MOON wiki )
あなたの【眼】に映るのは世界の記憶。
呼び出された
* * *
1990年・東京。
バブル景気の狂騒の余韻と、忍び寄る終末の気配が混ざり合った奇妙な熱に浮かされていた時代。
代々木公園の木々は都会の排気ガスにさらされながらも、どこか禍々しさを感じさせる深い緑を湛えている。九月の湿った風が、クズノハ傍系の探偵事務所で「外部協力員」という名の雑用係を務める▓▓の頬を撫でた。
「▓▓、歩くのが遅いですよ。それとも、加齢で足腰に来ているんですか?」
前を歩く女――
▓▓は使い古されたトレンチコートの襟を立て、自嘲気味に口角を上げた。
「……生憎と、魔力の方は二流ですが、体力だけは人並みにあるつもりですよ。所長」
宮條。二十五歳。
かつては▓▓が呪術の基礎を教え込んだ弟子でありながら、今やクズノハの直系に近い血筋と圧倒的な魔力を背景に、若くしてヤタガラス直属の探偵事務所を構えるエリートだ。三十二歳になり、いまだに陰陽法師の端くれを齧るだけの▓▓とは、天と地ほどの開きがある。
今回の任務は、代々木公園一帯で観測された“磁場の乱れ”の調査。
ヤタガラスの観測班によれば、【異界】からの浸食の予兆があるという。
「ここですね」
宮條が足を止めたのは、鬱蒼と茂る森の奥、一般の利用者が立ち入ることのない未舗装のエリアだった。
彼女は懐から護符を取り出し、空間を撫でるように振る。
淡い光が走り、不可視の結界が一時的に無効化された。
その先にあったのは、不自然なまでに直線に並べられた石の配置――古い祭祀の跡だった。
「ただの古跡……いや、少し質が違いますね。▓▓、貴方の専門でしょう。どう見ます?」
宮條の傲慢な命令に従い、▓▓は膝をついて石の表面を撫でた。
その瞬間、彼の指先に焼けるような熱が走る。
(……これは!?)
石の裏側、土に埋もれた部分に刻まれていたのは、クズノハの正史には残されていない、▓▓の家系――「蘆屋道満」の末流にのみ伝わる禁忌の紋章だった。
それは魔を払うための儀式ではない。魔を呼び込み、己の肉体を依代として「完成」させるための、悪魔の召喚陣だ。
「……どうしました?」
宮條の不審げな声。
▓▓は瞬時に判断した。彼は血に染まった指先を隠し、表情を殺して立ち上がった。
「いえ……。単なる土着の精霊を慰撫するための古い社跡のようです。魔力の残滓も微弱。調査の必要はないでしょう。空振りですね、所長」
宮條は鼻で笑い、興味を失ったように背を向けた。
「ふん、相変わらず無能ですね。期待した私が馬鹿でした。戻りますよ」
彼女の背中を見送りながら、▓▓はポケットの中で震える拳を握りしめていた。
彼の中に、今まで経験したことのない黒い歓喜が渦巻いていた。
* * *
その夜。▓▓は再び代々木公園を訪れた。
昼間の結界を密かに破り、石陣の中心に立つ。彼は古い
それは秩序を乱し、混沌を招く反転の呪言。
大気が凍りついた。
都会の騒音が一瞬で消え去り、耳を劈くような静寂が訪れる。
石陣の中央から、泥のような黒い影が這い出してきた。影は形を成し、山羊の頭と巨大な翼を持つ異形の姿――「悪魔」へと変貌する。
『……求めたな、哀れな器よ』
悪魔の声は、直接脳内に響いた。
▓▓は恐怖に震えながらも、目を逸らさなかった。
「俺に力を……宮條やクズノハの連中を見返せるだけの力をくれ」
『ククッ。お前の中には千年前から続く深い呪いが眠っている。お前の先祖、道満が抱いた嫉妬、怨嗟、執念。それこそが、最強の魔力の源泉だ』
悪魔が▓▓の額に手を触れる。
脳が沸騰するような痛みに、▓▓は絶叫した。
『その感情を解き放て。怒り、嫉妬、憎悪……それらを燃料として燃やせば、お前は無双の力を得る。さあ、私を受け入れろ』
▓▓の意識は深い闇へと沈んでいった。
次に目を開けたとき、彼の瞳には赤い光が宿っていた。
手にした古びた数珠が、どす黒い魔力を放って唸りを上げている。
「……これが、力か」
彼は笑った。
腹の底から突き上げてくる万能感に、涙を流しながら笑い続けた。
* * *
それからの二年間、▓▓は別人のような活躍を見せた。
ヤタガラスを騒がせていた未解決事件を、彼はたった一人で次々と解決していった。
強力な悪魔を召喚し、一瞥するだけで呪い殺す。その魔力の出力は、クズノハ直系の四天王にも匹敵すると噂されるようになった。
「……素晴らしい成果ですね、▓▓。君の昇進を、ヤタガラス上層部も検討しています」
探偵事務所のデスクで、宮條が書類に目を落としながら言った。
その声には、かつての侮蔑はなく、代わりに隠しきれない「恐怖」が混じっていた。
彼女には見えていたのだ。▓▓が力を発揮するたびに、その肌が不自然に青白くなり、周囲に漂う空気が腐敗した臭いを放ち始めていることに。
「……そうですか。それは光栄だ、宮條所長」
▓▓の声は、低く、擦れていた。
彼は机の上に置かれた灰皿をじっと見つめている。
彼の脳内では、常に悪魔の囁きが響いていた。
(殺せ……。こいつも、お前を馬鹿にしていた。この女の誇りを踏みにじれ……)
「▓▓? 聞いているんですか?」
「ああ、聞いている。……だが、最近は少し、血が足りない気がしてね」
▓▓が顔を上げ、宮條を睨みつけた。
その眼孔は真っ赤に充血し、殺気が物理的な圧力となって部屋を支配する。
宮條は思わず椅子を引いた。彼女の持つ高い霊感が、警鐘を乱打していた。
(この男は、もう人間ではない……!)
▓▓の力は、負の感情を触媒にしていた。
成果を上げれば上げるほど、彼はより深い憎悪を必要とした。かつて自分を蔑んだクズノハの体制、自分を顎で使った上役、そしてこの才能ある若き弟子。
彼の心は、
* * *
1992年・東京吉祥寺。
70年代にテナントの大量退去の後、長年の閉業状態で廃墟同然だったエコービルの周辺で、不可解な連続失踪事件が発生していた。
だがヤタガラスから宮條に下された真の指令は「現場の調査」ではない。
暴走した外部協力員・▓▓の
深夜のビル、コンクリート剥き出しのフロアで、二人は対峙した。
「……残念ですよ、▓▓先生」
宮條は、かつて師と仰いでいた頃の呼称を口にした。
その手には、クズノハに伝わる霊剣が握られている。
「貴方は力を得すぎた。そして、その力の代償に魂を売り渡した。今の貴方は、退治されるべき『悪魔』そのものです」
▓▓は狂ったように笑い声を上げた。
「退治? クソったれの血筋に守られてきたお前に、俺が殺せるか? 俺は、お前たちが恐れる『闇』そのものを手に入れたんだ!」
▓▓が印を組む。
彼の影から、かつて契約した山羊頭の悪魔が姿を現した。
宮條の剣から放たれた清浄な光の刃と、▓▓の放つどす黒い呪力が激突し、ビルの窓ガラスが全て粉砕された。
戦いは熾烈を極めたが、その決着は呆気ないものだった。
宮條が渾身の力で放った封印術を、▓▓は左手一本で受け止めた。
彼の皮膚は硬質化し、爪は鋭く伸びている。
「……魔力の『質』が違うんだよ、宮條」
▓▓は宮條の首を掴み、空中に吊り上げた。
「お前が誇り、守ってきたこの国も、クズノハも、もうすぐ終わる。東京は
「……う、あ……」
宮條の瞳から光が消えていく。
▓▓は彼女を、足元に広がる魔法陣の中央へと投げ捨てた。
そこは、さらなる強大な悪魔を召喚するための、生贄の祭壇だった。
「食え。お前の好物だろう。高貴なクズノハの血だ」
床から無数の触手が伸び、絶叫を上げる宮條を闇の中へと引きずり込んでいく。
彼女の魂が、肉体が、悪魔の糧となって消えていく。
静寂が戻ったビルの中で、▓▓は一人、血塗られた自分の手を見つめていた。
もはや、人間としての感情は残っていない。
あるのは、満たされることのない空腹感と、迫り来る終末への期待だけ。
「……これからは、ドウマンと名乗ろうか」
彼は、かつて自分を縛っていた▓▓という名を捨てた。
1999年、東京。
ヤタガラスが守り続けてきた平穏が崩壊するまで、あとわずか。
無辜の怪物は、暗闇の中からその時を待っている。
* * *
手触り、息遣いすら感じられた
もはや未来に生きることを許されない。
過去に
感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
([ここすき]もチェックしてますんで、感想書くほどじゃないなーという方も、いいなーと思ったところでポチポチやってもらえれば幸いです)
この回だけ、友人が書いてくれたものに多少の加筆修正して、お出ししています。
そのため普段とイメージが違うかも知れません。
道満(道摩)法師、地元では親しみやすい法師としての伝承が残っていたりして、現代のエンタメに伝わる悪名の多くは江戸時代の創作だったとする説もあります。【無辜の怪物】はその辺にもかかってます。
ちなみにこの悪霊も▓▓も、蘆屋道満とは全くの無関係です。▓▓は先祖が道満の末裔を勝手に自称してただけだし、悪霊もそれに乗っかっただけの怨霊の寄せ集め(スペクター)です。
エクソシストの記録で悪魔がサタンだルシフェルだとやたらビッグネームを僭称するのと同じ手口。
▓▓表記なのは、悪魔化して名を変えたことで存在が変質し、過去を失ってしまったためです。
都市伝説なんかでも幽霊の生前の名前とかでっち上げだったりしますが、同じ現象ですね。悪魔化(=伝承化)した際に過去が消えてしまうわけです。
悪魔に魂を売り渡すとこうなるぞー!
……というサンプルケース。