魔法科転生NOCTURNE SS置き場 作:人ちゅら
白衣の男だったものが、ぐらぐらと揺れている。
首が座っていない。
筋肉の制御が破綻している。
――
魂が悪魔の側に寄りすぎて、肉体が振り回されている。
まるで糸が足りない
――借り物の名で
召喚されたのは、この地に因縁を持つドウマンという
――だが相性が
人を出自に持つ悪魔は、
精神が同調すれば、たやすく肉体を奪われてしまう。
護摩壇が崩れ落ち、炎に包まれている。
飛んだ火の粉が鳥居までもを巻き込んで、今や炎の門のような有り様だ。
その向こう側で白衣の男だったものが、不自然に体を揺らしながらゆっくりと近付いてくる。
手遅れだろうな。
とはいえ確認は必要か。
――お前の名は?
「……………」
返答は無い。
名乗る名が無いのか、名乗る気がないのか。
それとも名が分からないのか。
――食事は
「不要」
これは材料にならんな。
質問を変えよう。
――何を望む?
「クズノハに復讐を。
これはまた大きく出たな。
復讐はよい。
魔の王というのも古式魔法師らしい妄言だ。
だが、大崩壊を再びとは何事か。
もう一度あの
――そうか。
やはり呑まれている。
もはや人間ではないな、これは。
不規則に揺れる身体の上で、ぐらぐら振り回される頭部は、かつて見た
厳しい現実との戦いに
彼女に希望
ああ、嫌だ。
今あなたの視線の先でうごめくそれは、もちろん先生とは別物だ。
降りているのはドウマンなる怨霊に過ぎないし、逃げたくなるような現実を突きつけもしない。
冷静になれ、とあなたは自戒する。
あれはただ、かつて魔法師だった残骸に、別の原理が上書きされたものだ。
肉体は維持されているし、記憶も断片的に残存しているかもしれない。
だが、それらは連続性を持たない。
意思決定の系が、断絶している。
つまりそれは、つい先程まで生きて在った、意志ある個人ではない。
ただの
魂を蝕まれたものが人に戻るには、神をも殺す精神力が必要になる。
……無理だな。
「……おぉ、まさか……」
視線が合った、気がした。
腕を不格好にゆらゆらと振り、足をズルズルと引きずりながら、
喉から漏れた音は、いかなる故か。
「呼び戻す」
はっきりとそう告げた。
それは発声器官の偶然の一致か。
はたまた残滓の再生か。
「呼び戻す」
繰り返される言葉は、リズムも、テンポも、強さも、何ひとつ変わらない。
ただ過去を再生しているだけなのだろう。
「呼び戻す」
あなたが一歩、間合いを詰めると、
敵意。あるいは恐怖。
否、むしろ焦燥か。
なんであれ、区別する意味はない。
「かえれ」
「かえれ」
「かえれ」
男だったものが繰り返す言葉を無視して、あなたは視線を逸らし、あたりを見回す。
【境界化】によって
歪みの中心は何処か。
【境界化】の礎となっているもの。
礎石となって周囲の位相を歪ませている、流れを生み出す
それが存在する限り、この【境界化】は維持される。
――上手く隠したな。
だが鳥居も、護摩壇も、供物とされた少年少女も、瓦礫で作られた
どれもただそこに存在するだけで、何も発していない。
【境界化】には何の意味も持たない、ただの
この領域の
「かえれ」
「かえれ」
「かえれ」
音だけが増殖してゆく。
男だったものは、もはや肉体の肺機能を無視して、空気を震わせ音を生み出していた。
それはいつの間にか髑髏の前に
手指で触れようとしているらしいが、まるで上手くいっていない。
――ああ、これか。
髑髏の下に、階下へと垂れ下がるか細い流れがあった。
その先にある
遠くで何か、小さな物がパタリと倒れた
吊り下げられた蜘蛛の糸の如き流れが、重さに耐えきれなくなったようにプツリと切れた。
それに連動するように、男だったモノも崩れ落ちる。
同調が途切れ、形を維持できなくなっている。
「―――――」
絶叫するように大きく口を開け、両目から血涙を流す。
だが、それだけだ。
その身は人であったことすら保てず、まるで乾いた岩のようにひび割れ、崩れ落ちる。
崩壊。
もはや音すら残らない。
* * *
悪魔に魂を売り渡した男が
最初に訪れたのは静寂だった。
護摩壇の残骸が崩れ落ち、鳥居のようだった丸柱が倒れても無音。
炎はまだ燃えている。
だがそこに焼け爆ぜる音はない。
熱を感じることもない。
まるで映像を見ているように。
それはただ網膜に映る光でしかない。
歪んだ空間を表す陽炎のような大気の揺れも、もう感じない。
先程までの景色が、
集められたマガツヒが、その意思を失って薄れてゆく。
この領域の支配が失われていた。
床が軋み、重さが戻る。
多くの人の老廃物が混ぜられたような、形容しがたい悪臭が鼻を突く。
あたりを見回せば、倒れ伏した裸の少年少女たち。
そして殴打され、息も絶え絶えな制服の男たち。
その中に、かすかになにが燃えた香り。
パチパチと爆ぜる音。
ゴウゴウと燃え盛る音。
だがそこには崩れた護摩壇もなければ、焼け落ちた鳥居もない。
それらはあちら側に持ち去られ、取り残されたのだろう。
ここにあるのは、ただの現実。
エレベーターは動かない。
ひび割れたコンクリート。
焼け焦げた壁面。
誰も居ない、都市の空隙。
外に出ると、夜気がわずかに冷たい。
東京は、何事もなかったかのように生きていた。
光。
交通。
人の気配。
それらはすべて、今夜の出来事とは無関係に存在している。
あなたはバイクに手をやり、ヘルメットをかぶる。
振り返る必要はない。
妄執の彼岸、夢の一夜は、終わっていた。
* * *
「おかえりなさいませ」
あの後、依頼完了をクズノハの出先へと連絡し、供物とされた人々の回収を頼んでおいた。
死なないように【
「お疲れ様でした」
あなたが帰宅すると家憑き妖精のシルキーが手を止めて深々と頭を下げる。
「お風呂の用意はできています」
「うん」とも「む」とも取れない短い返事をすると、シルキーは風呂に入るよう促された。
あの場の臭いが残っていたのか。
あなたは脱いだジャージの臭いを嗅ぎ、顔をしかめて洗濯機へと放り込む。
後日、ヤタガラスの人間が白衣の男の実家から事情聴取したところによると、男は婚約者と死別して狂を発したらしい。遺体を盗み、何処へやら姿をくらましたのだとか。
男が何を思っていたのかは、もうわからない。
あなたはその手紙を折りたたむと、くずかごに放り投げた。
感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
([ここすき]もチェックしてますんで、感想書くほどじゃないなーという方も、いいなーと思ったところでポチポチやってもらえれば幸いです)
「借り物の名で逸話を盗む」というのは、ここで現れた怨霊ドウマンが本物の蘆屋道満ではないにも関わらず、ドウマンと名乗ることで式神使い=悪魔召喚師のスキルを得たことを意味しています。
自身の能力や名を借りる悪魔の能力が似ているほど、世界を騙して一時的に能力を強化することが出来ますが、世界を上手く騙しすぎることで世界が誤認し、名を借りた悪魔に自我を奪われてしまうケースもあるので、これは一種のギャンブルです。
(本作における悪魔の「進化」ロジック)