セイントシンフォギアXD   作:アンドロイドQ14

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77話 争いの犠牲者

市街地

 

 ベルゲルミルが出現したが、王虎は変化に気付いた。

 

奏「…ん?何だか恰好がこの前と少し違わないか?」

 

王虎「それもそうだろう。完全体に近づきつつあるかも知れん」

 

 そこへ、通信が入った。

 

了子『最悪ね…まさか、このタイミングで進化しているだなんて』

 

王虎「やはりか…」

 

奏「進化だって?」

 

了子『ええ、ベルゲルミルは霜の巨人、極寒の北極で力を溜めて、成長したみたいね。流石は氷に包まれし巨人の国、ヨトゥンヘイムの住人といったところね』

 

奏「そんな単純な……」

 

了子『聖遺物や哲学兵装というものは複雑な存在に見えて、存外そういった概念に忠実なものよ』

 

奏「なんにしても」

 

アイザック「絶体絶命ではないぞ。俺達もいるからな」

 

奏「ああ。だけど、あんなのが相手じゃ、ブリーシンガメンを使うしかないだろう」

 

了子『それは』

 

アイザック「暴走した場合は俺と王虎が止める!聖闘士を甘く見るな!」

 

了子『あなた達がいてもとても許可できないわ。シミュレーション上ですら、正常な起動率はまだ50%未満なのよ?』

 

王虎「リスクを恐れて平和を護れるものか!時にはリスクを覚悟の上でやらなければならない事だってある!」

 

了子『でも、4人の回収を急いだほうがいいわよ』

 

王虎「それもそうだな。奏、俺が4人を回収する。アイザックはアルカノイズを!」

 

アイザック「わかった!」

 

 3人の中で最も落ち着いている王虎が司令塔となり、2人に的確な指示を出して指揮をとっていた。

 

奏「王虎、まだなのか!?」

 

王虎「4人も抱えているんだ…。どうしてもスピードが落ちてしまうんでな…。それに、奴は奏やアイザックの方へは向かわんようだ」

 

 実際、ベルゲルミルは本部と眠っている4人を抱えている王虎の方へ向かっていた。

 

アイザック「俺はアルカノイズを倒し続けなければならん。ベルゲルミルは奏が戦わなければならないようだ」

 

奏「(通常のギアではどうにもならないし、ここはブリーシンガメンを使うしかないな…!)」

 

 そうしている間にも、ベルゲルミルは進んできていた。

 

奏「それ以上進ませるか、このデカブツが!ここであいつらに何かあったら、翼に合わせる顔がないんだよ!だから止める…、例え…あたしの命に代えても!」

 

 そこへ、了子からの通信が来た。

 

了子『奏ちゃん、聞こえる?』

 

奏「了子さん?」

 

了子『仕方ないわ、ブリーシンガメンの使用を許可するわ』

 

奏「いいのか?」

 

了子『王虎君は4人の回収で戦闘はできないし、アイザック君はアルカノイズを倒し続けるので手が離せない。このままではどちらにしても全滅よ。それなら、少しでも可能性が高い選択に賭けましょう』

 

奏「…待ってました!」

 

了子『私達全員の命を、あなた達に預けるわ。必ず負の感情、暴走の衝動に打ち勝って。いいわね?』

 

奏「ああ、わかってるさ。ブリーシンガメン…あたしに力を貸せ!!うおおおおおーっ!」

 

 ブリーシンガメンを起動させた際、ベルゲルミルは炎に怖気づいていた。しかし、奏は再び暴走の衝動に呑まれてしまった。

 

奏「ぐあああああっ……」

 

王虎「やはり、また暴走の衝動が……!」

 

了子『奏ちゃん!?やはりまだ』

 

奏「うわあああああーっ!!」

 

 

 

???

 

 再び奏の影が現れたのであった。

 

奏の影『…本当に懲りない奴だよ』

 

奏「うる、さい…お前は、あたしじゃ、ない…。昔の、あたしの、心を、真似してる、だけ、だろうが……」

 

奏の影『どうかな?だが、嘘を言ってないのはわかってるだろう?』

 

奏「うるさい!早く、力を、貸せ…ブリーシンガメン……」

 

奏の影『あんな化け物相手になんで身を晒さないといけないのさ?』

 

奏「当たり前だろう…仲間の……ためだ」

 

奏の影『知り合ったばかりの奴等の仲良しごっこにほだされたか?』

 

奏「あいつらは…翼の、大事な仲間だ…。なら、あたしの仲間でもあるんだよ!」

 

奏の影『翼、翼、翼!全く、お前はそればっかりだ。あいつこそが、お前の苦しみの元凶だろう?』

 

奏「違う!」

 

奏の影『違うものかよ。思い出せ、お前があいつをどれだけ憎んでいたかを。羨んでいたかを』

 

奏「そんなのは…昔の話だ。今は、違う……」

 

奏の影『人間が、お前が、そんな簡単に変われると思っているのか?ずっと抱え込んだ苦しみが、憎しみが、捨て去れるとでも?どれもこれも、あいつのーー翼のせいだというのに?』

 

奏「うるさい、黙れ!」

 

奏の影『覚えているんだろう?あの時、あいつが、どんな顔をしたかを』

 

奏「やめろぉおおおっ!!」

 

 否応なしに奏は昔の事を思い出さされたのであった。

 

奏『あれは…厳しい訓練と薬物の投与でガングニールとの適合を試みていた頃。あいつは、大人の後ろであたしを見ながらずっと震えてた。そして、あたしが復讐のため、死に物狂いで手に入れようとしている力を、あいつは何の苦労もなく手に入れやがった。あたしが、血反吐を吐きながら苦しんでいる時、あいつは、あたしを憐れむような目でずっと見てた!』

 

奏「気に入らないんだよ!その憐れむような目が!そんなにあたしが怖いかよ!風鳴翼、お前を見てるとむしゃくしゃする!あたしの方が、ずっとノイズを殺したいと思ってるのに!どうしてあたしよりも、あいつの方が!」

 

奏『だからあたしは諦めなかった、あたしは、あたし自身の力でガングニールをもぎ取った!』

 

奏の影『思い出したか?』

 

奏「ああ…思い出したよ。あの時のあたしがどれだけ翼を憎んでいたか、羨んでいたか」

 

奏の影『そうだ。お前はお前自身の力で装者となった。そこに、風鳴翼は必要ない。むしろ、その存在こそが、お前の憎悪を掻き立て、足を引っ張っている。思い出しただろう?風鳴翼はお前の敵だという事を。助ける価値などない、焼き尽くすべきモノだという事を』

 

奏「ああ…確かに憎かった。羨んでいた…。でも、それだけじゃなかった」

 

奏の影『何?』

 

奏「邪悪な感情を上書きして、うまく誤魔化そうとしたみたいだけど…装者になれたのはあたしだけの力じゃない!ガングニールとの適合を試みた時…あたしが血反吐を吐き、意識が朦朧とする中、確かにあたしは感じた。あたしの手を握る、あの優しい温もりを」

 

 ガングニールとの適合を試みていた頃の奏は翼を憎んでいただけではなかったのであった。

 

奏「忘れてたまるか!ノイズに家族を殺され、その憎悪だけで生きていたあたしを救ってくれたのが、翼だったんだ!それだけじゃない!あたしが装者になれたのも、翼がいたからなんだ!忘れるもんか!あの手の温もりを、翼の温もりを!翼はあたしを憐れんでなんていない!ずっと、あたしの事を心配してくれてたんだ。そうだ、あの時、翼に触れた瞬間からあたしの世界が始まったんだ!」

 

奏の影『そうだとしても、お前がこれから救おうとしているのは別人だ!お前の言うその翼は既に死んでいる!』

 

奏「知ってるさ、そんな事は。でも、同じなんだよ。あの時ー翼の手を握った時の温もりは間違いなく、あたしの知ってる翼だった。翼は、やっぱり翼なんだって!」

 

奏の影『なっ!?』

 

奏「度の世界に生まれようと、誰と一緒に歩んでいようと、翼はどこまでも翼だ!!だから…あたしはもう迷わない!相手が何であろうと、どんなに強かろうと、何度だろうと、やってやるさ。例えそれがあたしの中の醜い心でも、どんな手強い怪物が相手であろうとな!!あたしと翼の邪魔をする奴は、全部ぶっ潰してやる!」

 

 

 

市街地

 

 自分の心の闇に勝った奏は単独でブリーシンガメンの制御に成功したのであった。

 

奏「おおおおおーっ!」

 

了子『奏ちゃん!?』

 

王虎「成功のようだな」

 

アイザック「さあ、存分に戦え!」

 

奏「ああ!待たせたな、ベルゲルミル。今度こそ、決着をつけるとしようか!」

 

 桁外れの防御力を誇る分裂増殖型のアルカノイズはアイザックに任せ、奏はベルゲルミルと交戦した。

 

奏「はあああーっ!」

 

 イグナイト並の戦闘力になっている上、業火を操るブリーシンガメンの力にベルゲルミルは押されていた。

 

錬金術師「バカな!?天羽奏がブリーシンガメンを起動しただと!?偶然ではなかったのか!?」

 

 

 

特異災害対策機動部二課

 

 奏の戦闘の様子は了子も驚いていた。

 

了子「凄い…完全に二つの聖遺物を使いこなしているなんて。それどころか、進化したベルゲルミルを圧倒してすらいる。なんて力なの?他の装者や聖闘士達の助けもなしに、たった一人で……。いいえ、あの子は、1人きりなんかじゃなかったわね…。そうでしょう、翼ちゃん……」

 

 

 

市街地

 

 ベルゲルミルは圧倒されていた。

 

奏「形勢逆転、って奴だな……。こいつでとどめだぁーっ!」

 

錬金術師「そういうわけにはいかない」

 

 錬金術師が邪魔しようとしたが、ちょうど分裂増殖型のアルカノイズを倒し終わったアイザックが加勢した。

 

錬金術師「まだ生き残っていた聖闘士までいたとは!」

 

アイザック「どこまでも貴様らの思い通りに事が運ぶと思ったら大間違いだ!」

 

錬金術師「聖闘士、天羽奏…。貴様らがここまでやれるとは、誤算だった」

 

奏「翼を返せ!」

 

錬金術師「そういうわけにはいかない。彼女には、まだ果たしてもらわないといけない役目がある」

 

奏「返さないっていうなら…。力づくで取り戻すまでだ!」

 

アイザック「ダイヤモンドダストォ!」

 

 アイザックの放ったダイヤモンドダストに対し、錬金術師は慌てて分裂増殖型のアルカノイズを召喚して盾代わりにしたが、その際に錬金術師も左腕が凍傷にかかったのであった。

 

錬金術師「ベルゲルミル以上の凍気がこれほどのものとは…!今日のところは引き上げさせてもらう」

 

 錬金術師はベルゲルミルを逃がしたのであった。

 

奏「(ベルゲルミルを逃がした?くそっ…せっかく追い詰めたのに)」

 

錬金術師「二課は壊滅した。聖闘士がまだ残っていたという誤算はあれど、もはや我々を止める事は不可能だ。それでもまだ抗うというのなら、来るがいい」

 

奏「当たり前だ!」

 

 錬金術師も撤退したのであった。

 

奏「くそったれ…」

 

 

 

特異災害対策機動部二課

 

 その後、3人は戻ってきた。

 

王虎「それでどうなんだ、みんなの様子は?」

 

了子「どうやら『永遠の子守歌』はまだ未完成のようね。これならまだ目覚めさせる事が可能だと思うわ」

 

奏「ふう…、なら一安心だな」

 

了子「いえ、そう楽観視もできないけどね」

 

奏「なんでさ?」

 

了子「脳に浸透したアルモニカの干渉波を中和するには、かなりの時間がかかりそうなの」

 

アイザック「ならば、中和装置の音波を強く浴びせるなり、俺と王虎が膨大な小宇宙を送り込めばできるのではないのか?」

 

了子「乱暴に中和した場合、通常の脳波にも影響が出かねないし、小宇宙を使って起こすというのも同じ聖闘士以外の人間には非常に乱暴なやり方よ。そこは、慎重にやらないとね…(とはいったものの、思ったよりも紫龍君と氷河君にはアルモニカの干渉波が浸透していないわね。これも、小宇宙って力のお陰かしら…?)」

 

奏「そうなのか…でも、時間をかければなんとかなるんだろ?」

 

了子「ええ。けれど、私達にはその時間が残されていない」

 

奏「どういう事だ?」

 

了子「今の段階でもこれだけの効力を発揮しているという事は、子守歌の完成は目前だと考えられるわ」

 

奏「それこそ、了子さんが作った中和装置で対抗できないのか?」

 

了子「それは難しいわね…。確かに急造だったとはいえ、今の完成度の子守歌を限られた範囲内で中和するのがやっとだったのよ。完成した子守歌が世界に流された場合、おそらく、今の中和装置では防げないわ」

 

奏「そんな…どうにか」

 

アイザック「ならば、流される前に奴等を叩き潰せばいいだけの事だ」

 

了子「小宇宙で叩き起こすのといい、流される前に叩き潰すのといい、聖闘士はメチャクチャ脳筋ね。でも、できればそうした方がいいのは間違いないわ。アルモニカがあるのは、北極基地。おそらく衛星を利用して全世界に流すつもりね」

 

奏「それじゃあ、衛星を破壊するってのは?」

 

王虎「どの衛星を使うのかわからんぞ。そうだったら、防ぎようがない」

 

アイザック「だからこそ、流される前に北極へ行き、叩き潰せばいいだけの事だ」

 

奏「やっぱりか…」

 

了子「そして現状、それを成し得るのはあなた達3人よ」

 

奏「あたしら、だけ……」

 

王虎「弱気になるな。紫龍はこういった事も想定してライブラの武器を俺達に持たせたんだ」

 

アイザック「今度は俺達が奴等に逆襲する番だ」

 

了子「幸い、北極へ渡る手段はグラード財団に手配していたから、そっちは無事よ。そして、あなた達用のアルモニカ対抗装置はなんとか用意するわ」

 

奏「ああ、頼む」

 

了子「出発には間に合わないと思うけど、紫龍君達が」

 

???「俺達がどうしたのか?」

 

 声をかけたのは紫龍と氷河であった。

 

了子「ちょ!?いつの間に!?」

 

アイザック「お前達、もう起きたのか!?」

 

氷河「ああ、もう大丈夫だ」

 

了子「呆れたわね。当分は起きないと思っていたけど、短時間で起きてしまうなんて…」

 

紫龍「俺と氷河はアルモニカの音を聴いた際、小宇宙を最大まで燃やして抵抗していたんだ。恐らく、それによって俺達はただの睡眠で済んだのだろう」

 

奏「これで5人で行けるな」

 

了子「ちょっと、あなた達が起きたなら、響ちゃん達が起きたら」

 

氷河「元の世界へ避難しろというのか?それはできない相談だ」

 

紫龍「翼は俺達の仲間だ。その仲間を見捨てる事はできん」

 

了子「全く、途方もないお人好しね」

 

奏「まあ、仲間は多い方がいいじゃないか。それと、起きたら2人に伝えておいてくれよ」

 

了子「なにかしら?」

 

奏「翼は必ずあたしらが助けて、無事返すってさ」

 

了子「わかったわ」

 

 それからしばらくした後、辰巳が来たのであった。

 

奏「あんた達が送ってくれるのかい?」

 

辰巳「ああ、そうだ」

 

 辰巳は紫龍と氷河を見て驚いたのであった。

 

辰巳「し、紫龍!氷河!ゆ、幽霊でも見ているのか!?」

 

氷河「何を言っているんだ?ちゃんと足があるぞ」

 

紫龍「王虎やアイザックから並行世界の事を聞いてないのか?」

 

辰巳「へ、並行世界…。そうだった!すっかり忘れてた!」

 

了子「グラード財団が支援してくれて助かったわ」

 

辰巳「お嬢様は星矢の療養に付き添っていて来ていないが、事前に二課からの要請は聞いておられた。だから、我々に命じて準備を進めてくれたのだ」

 

奏「あたしらの世界の沙織さんとは会った事はないけど、向こうの世界と同じように気前がいいな!」

 

アイザック「さて、俺達も聖衣を積み込んだりして支度でもしてくるか」

 

王虎「この戦いは世界の命運をかけた大一番だ。負けるわけにはいかないぞ」

 

 王虎の言葉に一同は頷いた。

 

了子「ええ、お願いね」

 

氷河「了子さんはまだ眠っているみんなを起こしてほしい」

 

紫龍「それができるのはあなただけだ。互いにやれることをやるしかない」

 

了子「…そうね。奏ちゃんは本当に頼もしくなったわね。まるで別人みたい」

 

奏「な、なんだよ、気味悪いな。いつもは甘ったるい喋り方で茶化すのにさ」

 

了子「あら。私の素直な感想よ。あっと、いけない。これを忘れちゃダメね。はい、ブリーシンガメン」

 

 了子は奏にブリーシンガメンを渡し、紫龍達にも小型化したアルモニカの中和装置を渡した。

 

了子「腕輪のアタッチメント側に小型化したアルモニカの中和装置を組み込んだわ」

 

紫龍「その上、俺達の分まで渡してくれるとは」

 

了子「前回の子守歌の出力程度なら、中和してくれるはずだわ。でも、もし、永遠の子守歌が完成してしまったら、防ぐ事はできないから注意して」

 

奏「ありがとう、助かるよ」

 

了子「それともう一つ。翼ちゃん用のものもね」

 

奏「ああ、必ず渡してみせる」

 

了子「あなた達にしてあげられるのは、ここまでね。私はここでみんなの覚醒を促しながら、子守歌への対抗装置の強化設計も進めるわ」

 

氷河「響達の事を頼む」

 

了子「ええ…。それに関して、少しだけよい知らせだけど。例のEUチームで中和装置の製造を進めてくれる事になったわ。私が設計する端から、ユニット単位で組んでくれるそうよ」

 

奏「本当か?」

 

了子「正直、子守歌の完成に間に合うかは微妙なところだけど、何もしないよりはいいでしょう?」

 

奏「あたしらが失敗したら、そいつが最後の希望になるわけか……」

 

了子「縁起でもない事言わないの。本当に保険の保険程度の代物なんだからね?あなた達に…この世界の未来を託したわ」

 

奏「…ああ。必ず止めてみせる!翼が命をかけて護ったこの世界を、むざむざ終わらせるわけにいかない!」

 

紫龍「よし、行くぞ」

 

 一同は待機したのであった。

 

 

 

ロイバルト北極基地

 

 了子の予想通り、アリシア一味も支度をしていた。

 

アリシア「間もなく、天羽奏と聖闘士2人が乗り込んでくるはず。警戒を最大になさい」

 

錬金術師A「はっ、承知しました」

 

錬金術師B「しかし、よもや天羽奏がブリーシンガメンを制御し、聖闘士2人がまだ残っていたとは、手痛い誤算でしたね」

 

アリシア「いいえ。天羽奏と聖闘士の事は2次的な問題にすぎないわ。我々の真の誤算は、櫻井了子という存在…。」

 

錬金術師A「あの櫻井理論の提唱者の」

 

錬金術師B「そして、シンフォギアの産みの親」

 

アリシア「まさかあの短時間でアルモニカの情報にまで辿り着き、断片的とはいえ対抗措置をとってくるとは…」

 

錬金術師A「まさに鬼才というべきでしょうな」

 

アリシア「ええ。彼女さえいなければ、今頃は天羽奏と残りの聖闘士も永遠の眠りについていたでしょう」

 

錬金術師B「では今一度、二課を襲撃し、櫻井了子を抹殺しますか?」

 

アリシア「いえ。もはや、それには及ばない。それよりも先に永遠の子守歌を完成させれば済む話」

 

錬金術師A「では…」

 

アリシア「あまり手荒な真似はしたくなかったけど、仕方ないわ。風鳴翼をここへ」

 

 配下は翼を連れて来た。

 

翼「くっ…放せ」

 

アリシア「意外と元気そうで安心したわ」

 

翼「いまさら、私に何の用だ?二課の攻撃に備えて人の盾にでもしようというのか?」

 

アリシア「残念ながら、二課からの助けは来ないわ」

 

翼「何だと…?」

 

アリシア「いえ…正確に言えば来るでしょうね。天羽奏と仲間の聖闘士が、3人でね」

 

翼「奏と仲間の聖闘士が…なぜ3人で!?」

 

アリシア「教えてあげる義理はないけど…まあいいわ。他の装者と聖闘士は、私達の襲撃で既に行動不能に陥ったの。だから、仮に救出に来られるとしても、天羽奏と仲間の聖闘士たった3人。無論、あなたが見捨てられていなければ、の話だけど」

 

 実際は紫龍と氷河はアリシアはおろか、了子の予想よりも早く起きており、5人で向かう予定になっていた。

 

翼「バカにしているつもりか!」

 

アリシア「別に。事実を教えてあげたまでよ」

 

翼「(まさか、紫龍達がやられた…、いや、そんなはずはない)ならば、ついでにもう一つ教えてもらおうか。平和な世界を作ると、お前は言った。なのになぜ、こんな無道な真似をする?真に平和を願うなら、別の力の使い方もあっただろう」

 

アリシア「あなた達のように、国連や各国政府に協調しろと?」

 

翼「それには限らないが、それもまた一つの手段だろう」

 

アリシア「無理ね。あなたと私では、平和の定義が根本的に異なるわ」

 

翼「平和に定義の違いなどあるものか。人々が遍く幸福に満たされる世界、それこそが平和だろう?」

 

アリシア「幸福ね…。ねえ…あなたは、かつて存在したシリウス交響楽団の事を知っているかしら?」

 

翼「……ああ(とはいえ、二課との通信で聞いたくらいだが……)」

 

アリシア「どの程度知っている?」

 

翼「紛争地域で人々を笑顔にするために活動していた楽団であり、そして紛争に巻き込まれ大半が命を落とした、と」

 

アリシア「ええ…そう知られているわね」

 

翼「実際は違ったというのか?」

 

アリシア「いいえ。概ねは合っているわ。紛争が人々の心を覆う闇ならば、闇の中でも強く輝くシリウスのように、少しでも闇の中を照らしたい。人々の悲しみと苦しみを音楽で癒やし、笑顔にしようと考え、それを実践していたのがかつてのシリウス交響楽団だった」

 

翼「紛争に巻き込まれ、仲間を失った事は同情に値する。いつの世も、戦争が生み出す、悲しい犠牲者だ。だが、なればこそ。お前は仲間の遺志を受け継ぐべきではないのか?」

 

アリシア「そうね……楽団がただ紛争に巻き込まれたのであったら、私もきっと、そうしていたでしょう」

 

翼「何?」

 

アリシア「危険な紛争地帯を渡り歩いての興行だもの。いつ戦闘に巻き込まれて命を落とすかも知れない。その程度の覚悟は当然、みんなできていたわ」

 

翼「では、なぜ…?」

 

アリシア「戦争の犠牲者?あの悲劇はそんな簡単な言葉では片付けられない。あなたは、人間の醜さを何もわかっていない」

 

翼「何を言っているんだ…?」

 

アリシア「事件当時はコラテラルダメージなどと、事故、やむを得ない犠牲だと言われ、片付けられた…。だけど…真相は違った。私達楽団のメンバーは、囮にさせられたのよ」

 

翼「囮…だと…?」

 

アリシア「あれは、政治的に仕組まれたものだった。人々を救いたいという私達の想いを、戦争の道具にした。そして、私達の犠牲を利用してさらに多くの人の命を奪った……」

 

翼「まさか…国際世論を味方につけ、相手陣営への報復の大義名分を得て、紛争を拡大させた…そういう筋書きか?」

 

アリシア「ええ、そうよ。平和を願う私達の想いは、戦争を求める権力者の野心という炎にくべられる絶好の薪だったのよ。列強政府も、国際世論も、その道化芝居を薄々察しながら、あえてそれに乗り、支援したわ。当時幼かった私は、激化する紛争から危険だと言われ、最後の演奏には参加しなかった。その結果、私以外の楽団メンバーは、家族は、戦争の道具となり、全員死んだ」

 

翼「……」

 

アリシア「気付いたのよ。この世界に人間がいる以上、決して争いはなくならない。平和な世界など訪れない。だったら…全ての人間を消せば、世界は平和になる。楽団の…みんなの遺志は、唯一の生き残りの私が継ぐ」

 

翼「そんな事ができるわけ」

 

アリシア「できるわ。そのために今まで準備をしてきたのだから。あなたを攫ったのも、その計画の一端」

 

翼「まさか、背後の楽器が?聖遺物…あるいは哲学兵装なのか?」

 

アリシアだとしたら、どうするというの?」

 

翼「そんな事、させはしない!」

 

 翼はギアを纏った。

 

アリシア「ふふ……そう、それでいい」

 

 すぐさまアリシアはアルカノイズを放った。

 

アリシア「さあ、聴かせてごらんなさい。あなたの歌声を。そして、光栄に思いなさい。世界平和の礎となる事を!」

 

翼「戯言を!」

 

 アルカノイズを蹴散らしながら翼は考えていた。

 

翼「(恐らくは、あの楽器に何らかの。あれさえ破壊すれば、奴等の計画を未然に防ぐ事ができるはず)邪魔をするなぁっ!」

 

 アルモニカを破壊するためにアルカノイズを蹴散らして進もうとした。

 

アリシア「見事なものだわ。それだけの負傷を抱えても、そこまで動けるとは。でも、流石にこれ以上、無暗に暴れられるのは困るわね」

 

 アリシアはアルモニカの音を流した。

 

翼「くっ!こ、この音楽は、あの時、の…?(ならば、イグナイトで振り払う!)」

 

 翼はイグナイトを発動させたが……

 

翼「これで…うっ!?か、身体が……動かない……」

 

アリシア「もうすぐ計画は最終段階へ移行する。あなたの発する、そのフォニックゲインによってね」

 

翼「なに?それはどういう」

 

 そんな中、翼はアリシアの真意に気付いた。

 

翼「(こいつ…私の歌を。フォニックゲインを、利用していたのか!?)」

 

アリシア「唄うのをやめようとしても、もう遅い。このアルモニカは、対象の中枢神経を麻痺させるだけが能力ではない。さあ…あなたには最後の力を振り絞ってもらうわ」

 

 アルモニカによって翼はアルカノイズに囲まれている幻覚を見てしまい、そのアルカノイズを倒し続けていた。

 

アリシア「ふふ…踊り続けなさい、在りもせぬ敵を相手に、夢の中で。唄い続けなさい、籠の中の金糸雀よ。その喉が張り裂けるまで」

 

 

 

北極

 

 その頃、北極へ向かっていた輸送機にアルカノイズが襲い掛かってきた。

 

奏「来たか?」

 

パイロット「ああ。前方からアルカノイズ多数接近。護衛機が攻撃を開始した」

 

アイザック「こっちにはあとどれくらいで来る?」

 

紫龍「わかった。護衛機は牽制攻撃だけで下がらせるんだ」

 

パイロット「だが、護衛の意味が…」

 

奏「連中に生半可な攻撃は通用しない。少しの間、敵の一部を引き付けておいてくれれば充分さ」

 

パイロット「しかし当機が墜とされてしまうぞ?」

 

氷河「ならば、俺達が打って出よう」

 

王虎「ハッチを開けてくれ」

 

パイロット「……了解」

 

 パイロットがハッチを開けてから奏はギアを、紫龍達は聖衣を纏った。外では、空中型アルカノイズがたくさんいた。

 

奏「こりゃまた、随分な団体さんおいでなすったな。だが悪いが、こんな所で道草食ってるわけにはいかなくてね。このまま突っ切らせてもらう!!」

 

 紫龍達がいた事もあり、アルカノイズは全滅した。

 

奏「なあ、敵基地までの距離はあとどれくらいだ?」

 

パイロット「およそ40kmだ」

 

奏「じゃあ、あたしらはここで降りる。もう大丈夫だから、引き返してくれ」

 

パイロット「わかった。幸運を祈る!」

 

奏「ありがとな」

 

紫龍「行くぞ!」

 

 奏達は輸送機から飛び降り、雪原に来たのであった。

 

奏「しっかし…。ギア越しでもこんなに寒いとはね。こんな夏真っ盛りじゃ、雪原でもクリスマス型ギアになれないし、こりゃあ、ギアが解除されたら凍死待ったなしだな…。紫龍達は大丈夫か?」

 

王虎「ああ、寒くはない」

 

氷河「俺の故郷はロシアだし、修行していた場所も極寒の地のシベリアだ」

 

アイザック「だから、北極でも大した事はない」

 

奏「ほんと、こんな寒い中でも薄着で平気な聖闘士は化け物だな。とはいえ、まさかブリーシンガメンで焚火ってわけにもいかないしな」

 

アイザック「俺達の力はそういった事のために使うべきではない」

 

氷河「(俺の場合は瞬間冷却機代わりにされてるけどな…)」

 

奏「さて、無駄口はこれくらいにして、基地に向かわないと」

 

 そう言ってると、分裂増殖型のアルカノイズがうじゃうじゃと出てきた。

 

奏「…やれやれ。人気者はつらいね。降りて早々、こんな大勢で歓迎会を開いてくれるとはね!」

 

王虎「こいつらは装者の攻撃では倒せないアルカノイズだ。ここは俺達に任せて、先へ行け!」

 

奏「ああ、わかったよ。時間との勝負だからな!」

 

 アルカノイズの相手を紫龍達に任せ、奏は先へ進んだ。

 

奏「こちら奏。了子さん、聞こえてるかい?」

 

了子『こちら櫻井了子よ。まだ何とか聞こえてるわ』

 

奏「無事、北極に着地した。紫龍達がアルカノイズで足止めを食ってしまったけど、これから敵基地を目指す」

 

了子『了解よ。基地の方角にマーカーが表示されるよう端末に設定しておいたから、迷う事はないと思うわ』

 

奏「助かる~!」

 

了子『けど、基地に近づくと通信は使えなくなるから気を付けて』

 

奏「ああ、わかってる」

 

了子『早速、紫龍君達も足止めされてしまって心細いと思うけど…頑張ってね』

 

奏「ああ。次に入れる連絡が良い知らせになるように祈っててくれ」

 

了子『頼んだわよ、奏ちゃん』

 

 そうしている間に妨害電波の範囲に入ってしまった。

 

奏「言ってるそばから妨害電波の範囲に入ったか。意外と広いな。これで、紫龍達が来るまではあたし1人きりか……。なんて、浸ってる場合じゃないね。永遠の子守歌ってのが完成する前にアルモニカを叩き潰さないといけないんだからな。このまま一気に基地まで殴り込みをかけてやる!(待ってろ、翼。必ずあたしが助けてやるからな)」

 

 

 

ロイバルト北極基地

 

 その頃、基地の方では…。

 

錬金術師A「アリシア様」

 

アリシア「……ええ、来たようね」

 

錬金術師A「はっ。装者1名と聖闘士4名が基地近傍に上陸した模様です。聖闘士に関しては周囲警戒用のアルカノイズを全て回して足止めしていますが、装者はこちらに向かっています」

 

アリシア「(聖闘士が4人?まさか、未完成だったとはいえ永遠の子守歌を聴いても眠らなかったとでもいうの…?)」

 

錬金術師B「装者の方はガングニール、天羽奏と推測されますが」

 

アリシア「でしょうね」

 

錬金術師B「いかがいたしましょう。ベルゲルミルを向かわせますか?」

 

アリシア「いえ。その必要はない。彼女がその力を、余すところなく絞り出してくれた。」

 

錬金術師A「それでは」

 

アリシア「ええ…。永遠の子守歌はたった今、完成した」




これで今回の話は終わりです。
今回はブリーシンガメンの完全制御とアリシアの過去の詳細が明らかになるのを描きました。
紫龍と氷河が普通に起きたのは、聖闘士星矢でしばしばある『小宇宙を燃やせば何とかなる』展開のノリである上、初期のアルモニカの弱い音を翼がイグナイトで弾いたのをより強力にしたようなものだと思ってくれればいいです。
双翼のシリウスでクリスマス型ギアになろうとしない事については、例え雪原にいてもこの時期は夏真っ盛りでクリスマスシーズンじゃないという解釈で描きました。
次はいよいよ最後の戦いとなります。

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