カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
「・・・あれ?」
朝、目覚めたさくらは、何故か悲しみの感情と共に、涙を流していた。
何か、何か嫌な夢を見ていた気がする。とても悲しく、切ない夢。
でも・・・その内容を思い出せない、唯一思い出せるのは、度々聞くその声、その台詞。
-お前はもう、戻れない-
「おー、やっと起きたかさくら・・・どないした?」
ケロがさくらに問う。さくらの表情を見て取って、怪訝そうな顔で。
「あ、おはようケロちゃん、なんだか嫌な夢を見たような気がするの、
でも・・・思い出せない。」
何故だろう、昨日マーチングをやり終えて、充実感に満たされていたはずなのに
こんな沈んだ気分になるなんて。
「まー、それはええとして、ゆっくりしててええんか?」
「え、何が?」
「今日は小僧とデートやなかったんか?一緒になでしこ祭回るってゆうとったやないか。」
言って時計を差し出すケロ。それを受け取り、さくらの顔が見る見る真っ青になっていく。
「ほ、ほえぇぇぇぇぇっ!!!」
木之本家に響く恒例の騒音、そして振動、どっすんばったん!
怪獣さながらのドタバタで階段を駆け下り、父、藤隆の焼いたホットケーキを口に詰め込み
紅茶でのどに流し込む、思わずムセるさくら。
「いってきまふー!」
「行ってらっしゃい、気をつけてね。」
そんなさくらにも平然と対応する藤隆。中学生になって回数が減った光景だが
完全に抜けるほど一気に成長するはずもない。相変わらずですね、とだけ呟いて
食器を片付けにかかる。
一方、2階ではケロが専用スマホで電話をかけていた。送信相手は『李苺鈴』。
ピッ!
『もしもし、ぬいぐるみ?』
「ちゃうわ!史上最高にかっこええさくらカードの守護者、ケルベロスやっ!」
『はいはい、それはもういいから。家の前まで来てるわよ、もう。』
「いよっしゃー!ほな、いこかーっ!!」
お邪魔しないようにと知世に釘を刺され、今日はさくらに同伴できないケロ。
しかし、なでしこ祭の出店に美味いモノが多数あるなら行かない理由にはならない。
いつもなら知世と食べ歩く所だが、今日は知世は夜のコーラス部のステージ準備のため
付き合えない。交渉の結果、今日は苺鈴に『さくらと小狼の邪魔をしない事』を条件に
同伴の約束を取り付けていた。
「よっしゃー、食って食って食いまくるでぇーっ!!」
言って2階のさくらの部屋の窓から猛然と飛び出す、おった!小娘や・・・ん?
「げぇーっ!」
驚愕して固まる。てっきり小娘一人かと思ったら、傍らにもう二人おるやないかーい!
マズイ、ワイの正体がバレる、ぬいぐるみのフリせな!
固まったケロは、そのまま放物線を描き、地面にべしゃっ、と落ちる。
痛みを必死にこらえ、ひたすらぬいぐるみのフリをする。早よせぇ小娘、誰かが2階から
わいを放り投げた設定にして回収せんかい・・・ん?
「ぷくくくく・・・あはははははは」
腹を抱えて笑っている苺鈴。その横で黒髪ショートカットの少女が、うわぁ痛そう、という
表情でケロを見ている。
と、首根っこをつかまれ、ひょいと持ち上げられるケロ。目の前には金髪碧眼の少女。
「ヘェ、コレがクロウ・カードの守護者ネェ、なかなかキュートね。」
「へ?」
元々目が点なケロがさらに目を点にして、間抜けな表情で返す。
「あははは、ゴメンゴメン。二人とも知ってるのよ、さくらやあんたのこと。
叔母様、つまり小狼のお母さまの弟子なのよ、この二人。」
「ステラ・ブラウニーよ、よろしくネ、ケルベロス!」
「王林杏です、ご噂はかねがね李さん達に聞いております。」
ステラがウインクして、林杏がお辞儀して自己紹介する。
「なんや、ワイは痛い思いをし損かーいっ!」
言って苺鈴を追い回すケロ。
「そういうことは、もっと早よ言わんかーい!!」
追いかけられついでに、なでしこ祭会場に向かう3人と一匹。その先の商店街にはすでに
大勢の人がごったがえしていた。
「お待たせ、小狼君!ごめんなさい、待った?」
待ち合わせの自販機前のベンチに座る小狼に言う。二人きりの待ち合わせでさくらが
小狼より先に来れたためしがない、今日こそは、と思っていたが寝坊には勝てなかった。
「いや、今来た所だ、気にするな。」
小狼らしい返事が返ってくる、その返事を聞いてさくらは思う、ホント紳士だな、って。
きっと彼なら何分待たせても同じことを言うだろう、そんな私への気遣いと、そんな人と
付き合えていることを意識して思わず頬が赤くなる。
「じゃあ、行こうか。」
ベンチから立ち上がる小狼。ここはまだ人が疎らだが、少し歩くとなでしこ祭のエリアに入る、
すでに人混みが出来ており、突入するには少々の気合が必要だ。
「待って!」
さくらが小狼を止める。どうした?、と返す小狼。
さくらは少しおねだりをするような目で小狼を見つめ、そしてポケットから3枚の
カードを取り出す。
「ね、なでしこ祭、一緒に上から見てみない?」
さくらが手にしているのはクリアカード、フライト(飛翔)、ミラー(鏡像)、
そしてルシッド(透過)の3枚。
以前、ミラーのカードを入手した時、それでフライトをコピーして一緒に空を飛んだことがあった、
あの時の楽しさが忘れられないさくらは、それで空からなでしこ祭を一緒に見てみたいと思っていた。
ルシッドで姿を隠せば他の人に見られる心配もない。
「ダメだ!!」
さくらの予想以上に厳しい剣幕で小狼が拒否する。思わぬ態度に少しおびえた表情を見せるさくら。
「あ・・・すまない。でもむやみに魔法を使うのは、良くない。」
思わず語気を強めたことを反省する。しかしそれも仕方のないことだ、つい昨日、小狼は
他の4人と、さくらから漏れ出る魔力を抑えるために奮闘したばかりだ。
魔力を使い果たし、暑気に当てられ、救急車で運ばれるほどに。今朝も点滴を受けてなんとか
病院を抜け出してきたばかりなのだ。
そんな事はつゆ知らず、魔法を使うというさくらに少し腹が立った気持ちもあった。
魔法は使うほどに本人の魔力を底上げする、魔法を使えば使うだけ、さくらは破滅に
確実に近づいていくコトになるのだ。
「あ、ゴメン・・・そうだよね、やっぱ。」
少し困り顔で、それでも笑ってさくらが返す。さくらにすれば今回のデートの
ひとつの目玉として『小狼との空のランデブー』を楽しみにしていた。
それだけに小狼のこの反応は残念だった、さくらは半分納得しながらも、半分はこの
ナイスアイデアへの未練を断ち切れないでいた。
そんなこともあって、最初はぎこちなく始まった二人のデートだが、祭りという
イベントの中ではそんな気持ちは結構簡単にほぐれていく。
路上のジャグリングショーで昨日のバトンさばきを思い出したり、大食い大会に何故か
参加している苺鈴の服の中からこっそり料理を飲み込んでいく黄色い生き物を見つけたり
例によって出店している桃矢に「中にユキがいるぞ」とだまされて入った先がお化け屋敷だったり
利佳と寺田先生にばったり会って、両者の関係を知らない小狼が空気を読めずに
かつての恩師と長話になりかけたりしているうちに、夏の陽も西に沈みかけていた。
「そろそろだな、行こうか。」
「うん、まずは奈緒子ちゃんの演劇だね。」
夕方からは立て続けに舞台でのショーが予定されている。友枝中はまず演劇部の公演、
ふたつ挟んでコーラス部の合唱、そしてチアリーディング部の演技でフィナーレとなる。
奈緒子がシナリオを書いた演劇は本当に良い出来だった。自分たちも去年ここで演じたが
さすがに中学生の演技力に比べると自分たちはまだまだ大根役者だったな、と思う。
コーラス部の合唱、ソロパートを務めるのは、昨日までさくらが指導を受けていた
吹奏楽部顧問の米田先生の娘、米田歩(3年)だった。知世のソロが透き通るような美声なのに対し
歩の歌は力強く、魂に響くような熱があった。さすが元オペラ歌手の米田先生の娘さんだ。
再び合唱に入った後、再度ソロになる、出てきたのは・・・なんと秋穂だ。
『Even if you dislike me, I think of you・・・』
なるほど、英語の歌詞の部分。イギリス生活が長かった秋穂は、英語の発音ならお手の物だ。
それでこの抜擢となったらしい、恥ずかしがり屋の秋穂が皆の前で懸命に歌を紡ぐ。
『Let me fall to hell before you become unhappy・・・』
その歌詞を聞いて、小狼が少し悲しそうな顔をしたことに、さくらは気づかなかった。
いよいよグランドフィナーレ、チア部2,3年によるチアリーディングの演技。
さくらは小狼を残し、舞台裏に駆け付けて先輩の衣裳や照明の手伝いをする。
千春や他のチア部1年も皆揃っている、本当は来なくてもいいよ、と言われてたのだが
やはり同じ部員として何か役に立ちたい、という思いが彼女たちを集めた。
そして始まる演技。バトンを、リボンを、ポンポンを、そして同じ部員すらも華麗に振り回し、
踊り、駆け、飛ぶ。優雅に、美しく。
マーチングのガードやドラムメジャーすら比べ物にならない見事な演技、そのダイナミックで
美しい演技に会場中が驚嘆のため息を漏らす。
演技が終了した時、それは大喝采に代わっていた。
さくらも、千春も、他の1年も思う。来年は自分たちがあの舞台に立つんだ、と。
夜も更け、祭りが終わる。
さくらと小狼も帰路を歩く、さっきまでの舞台の数々、そして昨日のマーチングなど
話題は尽きない。
だけど、さくらにはたったひとつ、心残りがあった。
意を決し、小狼の方に向き直る。手に3枚のカードを持って。
「ね、やっぱりダメかな・・・?」
そのカードを見て小狼は固まる。今朝、さくらが提案した空飛ぶランデブー。
さくらはずっと心に残っていた、今日は絶対に一緒に飛びたい、と。
小狼はさっきの秋穂の歌う歌詞を思い出していた、例え貴方に嫌われても、私は・・・
「いい加減にしろ!」
語気を強めて怒鳴る小狼、はっ!と硬直し、まばたきも忘れて小狼を見るさくら。
「魔法を何だと思ってるんだ、そんな目的の為に使っていいものじゃないんだぞ!!」
今回は怒りは無い、しかし語気を強めないわけにはいかなかった。例えさくらに嫌われても。
「・・・『そんな』、目的?」
さくらの目が潤む。二人で楽しい想いをすることを『そんな』と称されて愕然とする。
心が冷えていくのを感じた。今日の楽しかった出来事も、昨日のマーチングの充実も
目の前の男の子に対する恋心さえも・・・その熱を失っていく。
「・・・じゃあ」
やっとそれだけを絞り出して、さくらは逃げるように駆け出す、涙を道標のように落としながら。
小狼は追わない、追えない。自分にその資格は無い、彼女を泣かせてしまったのだから。
さくらが木之本家に駆け込むのを見送って、きびすを返し、歩く
。
胸をかきむしられるような焦燥と、悲しさと、喪失感を胸に抱いて・・・