カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
「さぁて、待ちに待った編集タイムですわ~♪」
なでしこ祭が終わった夜、大道寺家のシアタールームで、知世は恍惚の表情で
数枚のディスクを準備していた。
昨日のさくらのマーチング、知世本人はもちろんのこと、自分のボディガード達にも
ビデオを持たせ、様々な角度からさくらの演技を撮影させていた。
今からそれを吟味編集し、さくらのマーチングPVを作り上げる、知世の至福の時間が
やっと始まるのだ。
まずは自分の撮影ビデオを一通り見て、メインの編集の流れをイメージする。
続いてボディガードたちの撮った絵、左右から、後方から、逆光から、ドローンを使った空撮、
それらをどのタイミングに差し込むか、イメージしながら脳内でPVの流れを作り上げていく。
そして最後のディスクを挿入する、これまでに無い試みを企画したその一枚。
「さぁ、いよいよ楽しみにしていた1枚、良い絵が撮れているといいですわね~」
それはボディガードの中でも1番の撮影技術を持つ人にお願いした、ちょっと違った視点の映像
『さくらちゃんの演技を見る李君を追いかけてくださいな。』というもの。
うまく編集できれば、このPVを見るさくらちゃんと李君がどんな顔をするか、とても楽しみだ。
「・・・なんですの、これは。」
愕然とする知世。そこに映っていたのは知世の想像とは程遠い、小狼達の『奮闘』だった。
「では、説明してもらおうか、李小狼。」
ユエが小狼を見下ろして問う、厳しい表情で。
「まぁ落ち着けやユエ、小僧にしたかて考えあってのコトやろ。」
夜、月城家の部屋。ピリピリした空気の中で、成体のケルベロスとユエが小狼を問い詰める。
先日のなでしこ祭の最終日、泣きながら家に帰ったさくらはそのまま
布団に突っ伏して泣き、そのまま寝入ってしまった。
心配したケロはユエに相談する。連絡を受けたユエは怒りをあらわにして小狼を呼びつけた。
雪兎からさくらを任せられながら泣かせるとは何事か、と。
「まぁせやけど、説明はしてもらうで小僧。お前、さくらに何言うたんや?」
ケルベロスの質問に小狼は少しためらいながら答える。
「やたらと魔法を使うな、そう釘を刺した。それだけだ。」
「さくらが魔法使おうとしたんか?」
「ああ、一緒に空を飛びたいって。」
その説明を聞いてケロとユエが、ん?という表情をする。
「何や、それだけかいな。」
「飛んでやればいいだろう!」
その言葉に黙り込む小狼。
「なんや、女心の分からんやっちゃなぁ~、そのくらい融通効かせや。」
その言葉にユエもこくりと頷く。
小狼は分かっていた。この二人に今のさくらの状態を『危機』と認識させるのは難しいと。
彼らはさくらの魔力を吸ってこそ存在できる魔力生命体なのだ。さくらの魔力が増すことは
彼らにとって喜ばしい事ではあれ、困ることではないのだから。
押し黙る小狼にユエが話す。
「言い訳があるなら聞こう・・・雪兎がそう言っている。」
あ、という表情で顔を上げる。彼も聴いていることが小狼の認識を変える、この場に自分の
考えを理解しうる『味方』がいることに。
以前はユエになっている時は雪兎の記憶は飛んでいた。しかし全ての事情を知った現在
表向きが雪兎、ユエのどちらであっても「裏の人格」のほうも意識を共有できるように
なっていた、というよりユエが意識的に調整しているのだが。
「さくらの魔力が、さくらを不幸にし始めている、その可能性がある。」
「何!?」
「なんやて?」
小狼は持ってきたカバンを開け、1冊の古い本を取り出す。古い外国の文字で書かれた
その本には、クロウ・リードの名がある。思わず釘付けになるユエとケロ。
「李家に伝わる本、苺鈴に持ってきてもらった。見るなら・・・覚悟してほしい。」
そう言ってしおりの挟んだノートを渡す。が、ユエやケロにとってクロウの手記なら
読まないという選択肢はありえなかった。ページを開き目を走らせるユエとケロ。
数分後、そのノートを置いて固まる二人。
「こんな・・・クロウにそんな悩みがあったというのか・・・」
「アイツはいっつも一人でおった。人間嫌いやと思とったんやが、こんな事情があったんかい・・・」
愕然とした表情をするユエとケロ。
クロウの不幸、有り余る魔力が彼の深層の願いを勝手に叶える現象、魔力のオーバーラン。
知識の探究が趣味だったクロウの願いは、彼の魔力によって全て解き明かされてしまう。
結果、彼の望む『理論を解き明かす』過程を全て魔力に奪われてしまう。
例えば、今でいう運動量保存の法則。この世の運動はすべてが過去からの連動であるという理論。
その始まりはビッグ・バンという宇宙誕生の爆発から、と言われている。
この世の全ての出来事も、生命の進化も、人間の思考さえも、すべてはそこから続いている
一つの流れである、という理論。
クロウは己の周囲に起きる全ての出来事さえ、魔力による連動の計算によってそれを理解し得てしまう。
つまり、未来すら魔力で読めてしまうのだ。
彼にとって偶然という言葉は無い、すべては必然だ。落としたグラスが必ず割れるように。
そんな彼が誰かと一緒に居られるはずなどない、その人間の思考、願い、性癖から死期に至るまで
勝手に理解してしまうのだから。
「案外、クロウの奴も寂しかったんとちゃうか?せやからワイらやカード達を作ったんか・・・」
ケロが寂しそうにつぶやく。長くクロウといながら、彼の孤独に気づけなかった自分を悔やむ。
「なら、今の主、さくらの望みは一体何だ!」
ユエが絞り出すように言う、それに答える小狼。
「なかよしに・・・なる、ことだ。」
がくっ、とケルベロスがずっこける。
「ええ事やないんかいっ!」
「・・・普通に過程を経てなら、と言っている、雪兎が。」
ユエが雪兎の代弁をする。魔力で他人に好意を強要するような所作など、本当の『なかよし』ではない。
何より、もしさくらがその事実を知ったら、自分の周囲にいる『なかよし』な人達が、
普通に仲良くなったのか、魔力で洗脳して仲良くなったのか分からなくなる。
優秀な自分よりも常にさくらを優先する知世、娘以上にさくらにぞっこんな知世の母・園美、、
最初はカードを奪い合う仲だったのに、今や恋心を抱き抱かれる小狼、父や兄、クラスの友達、
そして思い人を奪われたにもかかわらず親友になった苺鈴・・・
さくらが自分の魔力の暴走を知った時、それらに対してほんとうの『なかよし』を信じられるだろうか。
「さくらの魔力を必要とする二人には悪いと思っている。だけど俺は、これ以上さくらが
魔力を強くするのを見過ごすわけにはいかないんだ。」
「解決方法は、何かあるのか?」
ユエの問いに小狼は言葉を詰まらせる。
「今は、とにかくさくらの魔力を抑えるしか方法が無い。柊沢なら何か知ってるかもしれないが、
連絡が取れない。」
「八方ふさがり、やなぁ・・・」
「本人のいない所でコソコソやってたってしょうがないだろ!」
いきなりの声、振り返ると廊下側に一人の男が立っていた。
「桃矢!」
「勝手に上がらせてもらったぞ。たく、さっきから聞いてりゃ揃いもそろって・・・全く。」
言ってユエの前に歩いていく桃矢。
「さくらの魔力が大きくなって困る、だがさくらの魔力が無くても困る、お前らはそうなんだな。」
こくりと頷くケロとユエ。続いて小狼の方に向き直り、言う、厳しい目で。
「で、お前はどうしたいんだ?」
「お、俺は・・・決まってる。さくらを救いたい!」
決意の目で返す小狼、だが桃矢はあきれたようにそっぽを向き、こう続ける。
「じゃあさくらが救われれば、お前は不幸になってもいい、とでも言うのか?」
あ、という表情を一瞬見せるが、すぐにこくり、と頷く。
「だ・か・ら・ガキだっつーんだよお前は。自分に酔ってるんじゃねぇ!」
思わぬ厳しい口調に小狼も少し引く。
「お前は何か?小説や漫画の登場人物かよ。お前の人生はさくらの為に投げ捨ててもいいような
薄っぺらいもんなのか?」
「雪兎も、それはいけない、と言ってる。」
ユエがまたも雪兎の代弁をする。
「お前の将来を考えろ。お前はどんな人間になって、さくらとどう付き合っていくのか、
どんな人生を送っていくのか、そんなことを考えられねーんじゃ、誰も幸せにできねぇよ。」
こんな話をする桃矢には裏の事情があった。家で聞くさくらと父の会話、所用で小狼が
クラブに入らず、放課後を楽しめてない事、故にさくらのチア部が彼を応援できない事。
桃矢にはすぐに予想がついた。あのガキはさくらの近くにいたくて日本にきたんじゃない、
さくらに起こる『何か』を取り除くために日本に来たことを。
いつも張り詰めて、何かに追い立てられている顔、真面目そうな性格にも関わらず
赤点を取るほど日常生活が追い詰められている事、彼に起こる全てが雄弁に語っていた、
さくらの為に、と。
そこに李小狼という一個の人間の存在は無い。さくらの為にのみ在る小説の活字のような存在。
「ま、ここまで言っても分かんないなら、お前は本当にただのガキだ。そんな奴にさくらは
任せられねーな。」
さくらはあれから小狼に会ってない。何度もスマホを手にしては、発信ボタンを押せないでいた。
友枝中の運動部が好調なこともあり、チア部の活動も忙しい。そんな活動に忙殺されている間は
あの夜の事を忘れられる。
しかし今日はそうはいかないだろう。山崎の所属するラクロス部の応援、友人の小狼が
来ないはずはない、会いたいけど会いたくない、そんな気持ちがさくらを沈ませる。
案の定、多くの友人と共に小狼はスタジアムに姿を見せる。菜穂子や苺鈴、ステラに林杏。
知世だけはチア部の至近距離から、嬉々としてさくらにカメラを向けているが。
さくらは小狼を見る。目が合う、どちらともなく視線を外す。もやもやする、晴れない気持ち。
小狼とのすれ違い、なんで小狼君はあんなに怒ったんだろう、なんで私は彼を怒らせたんだろう・・・
試合が始まり、千春が目いっぱいの応援を披露する。その隣でさくらは冴えない表情で踊る。
小狼もさくらの方は見ずに、顔を伏せる。繋がらない心、通じない気持ち。
やがて試合が終わる。小狼はスタジアムを出て、外でさくらを待つ。
が、チア部が服を着替え、ミーティングが終わって解散となった時点で知世にこう言われる。
「今日はさくらちゃんを貸してくださいな。」
語気は柔らかいが有無を言わせぬ知世の目。その圧に押されて、仕方なく引き下がる小狼。
解散するさくらに知世が近づき、こう告げる。
「さくらちゃん、これから少しお時間を頂けますか?」
「え・・・な、何?」
「このあいだのマーチングのビデオ編集ができましたの、是非さくらちゃんに見てほしいですわ♪」
大道寺家のシアタールーム、その映像を見てさくらは愕然とする。
小狼を追いかけていた映像。だが小狼は見物人を離れ、変身を解き、さくらのよく知る精霊へと変わる。
「ミラーさん・・・な、なんで?」
その後の映像も衝撃的だ。小狼が、苺鈴が、ウェイ、ステラ、林杏が走る。手に『封魔』と書かれた
お札をもって。
さくらを中心に三角形を描き、発動させる。そしてまた走る、悲壮な表情のまま、懸命に駆け、発動。
そして最後には力尽き、倒れる。やがて救急車で搬送される小狼。
「ウソ・・・そんな。」
小狼とデートし、喧嘩別れしたのはこの翌日のことだ。さくらには今、はっきりと小狼が
魔法を使うことを拒んだ意味が理解できた。理屈ではない、小狼の性格を考えるなら。
「一度、李君とじっくりお話をしたほうがいいと思いますわ。」
知世の提案にこく、と頷く。
さくらはスマホを取ると『小狼君』の画面を呼び出し、迷わず発信ボタンを押す。
「あ、もしもし、小狼君。あのね・・・」