カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
-これは、夢?-
久しぶりに見る夢。大きな歯車と、その上に立つフードを被った人、
その向こうに、大きな大きな・・・真っ黒い蛇のような生き物が浮かんでいる。
たぶん、竜。そう呼ばれる現存しない生き物、それらがこちらを向いている。
フードを被った人がふと、身をひるがえし背中を向ける。そして竜に向かって
歩いていく、空中を、まるでそこに道があるかのように。
ふと、その人のフードが取れる、そのまま風に任せてフード全部が脱げ、空を舞う。
その中にいた人、男の子。私のよく知っている、私の大好きな人の後ろ姿。
彼はそのまま竜の頭に乗る。ダメ、そっちに行ってはいけない。
竜の遥か後ろ、遠くに一つの縦に伸びる線、柱。いや、行かないで!
彼から離れたフードがふわりと舞い、さくらのすぐ後ろに飛んでくる。
そのフードの中には、いつのまにか別の人。さくらのよく知る娘がいつのまにか
そのフードを纏っていた。
黄金色の髪、胸の前でくるくる巻きにした髪型、柔らかで、寂しそうな、まるで
秋に揺れる稲穂のような金色の髪、彼女の名前をそのまま光景にしたような、髪の毛。
ふり向くさくら。彼女はそのフードを纏ったまま、歯車の動く下へ落ちていく、ゆっくりと。
少年は竜に乗り、ゆっくりと昇っていく。柱に向かって、その頂上にある十字架に向かって。
ダメ・行っちゃだめ!いや・・・行かないで!
前方の昇っていく少年に、後ろの落ちていく少女に、さくらは呼びかける。
と、少年がさくらの方を振り向く。少女がさくらを見上げる、そして二人は同時につぶやく。
-お前はもう、戻れない-
-あなたはもう、戻れません-
悲しい夢を見て、目が覚める。
「夢・・・」
さくらは泣いていた。どうしてなのかは分からない、ただ、大事な大事なものが無くなる、
そんな喪失感に満たされて。
むくりと上半身をベッドから起こす。夢、だよね。うん、夢だ。夢でよかった・・・
外を見る、まだ朝は早く、景色も薄暗い。時計を見る、朝の5時半。
前を見る、小さな星のペンダントが宙に浮いている。これは・・・夢の杖?
さくらは静かにそのペンダントを手にする。呼んでいる、そんな気がして、静かに呟く。
「レリーズ。」
ペンダントが杖へと変化する。その杖を取り、目の前の虚空に掲げて言う、封印の言葉を、
生気のない、悲しい声で。
「主無き者よ、夢の杖のもと・・・わが力となれ、固着(セキュア)」
杖の先に光の粒子が舞い、やがてひとつのカードとなる。ふわり、とさくらの
目の前に舞い、止まる。それを手に取り、名前を見る。
「フューチャー(先)・・・」
さっきの夢で見たフードを被っている、少年とも少女とも分からない人物が描かれたカード。
そのカードはどこか寂し気で、そして・・・少し怖かった。カードそのものよりも、
これを使った結果が。
「うーん、こら・・・スッピー、そのたこ焼きはワイのや・・・」
場違いな寝言が聞こえた。と、さくらは現実に引き戻される。
ケロちゃんの寝言、自分の部屋、ベッド、ようやく夢から現実の日常に戻った気がする。
「ありがと、ケロちゃん。」
起こさないようにそう囁くと、ベッドから起き出し、服を着替える。
今日は特別な日、さくらにとっても、木之本家にとっても。
「もう10年ですか、早いものですね。」
さくらの父、藤隆が車を運転しながら、桃矢とさくらに話す。
今日はさくらの母、撫子の10回忌。母と繋がる人々の、ひとつの区切りの日。
車は走る、郊外にある彼女の墓へ。それぞれの思いを乗せて。
お供えの花をヒザに乗せたさくらが、藤隆と桃矢に問う。
「ねぇ、お母さんってどんな人だった?」
彼女が無くなったのは、さくらがまだ3歳の時。母の記憶は、その笑顔しか無い。
「そうですねぇ・・・明るくて、いっしょにいるだけで楽しくなる人でしたよ。」
「少なくとも怪獣じゃあなかったなぁ。」
感慨深く答える藤隆に対し、桃矢はさくらを茶化す。
「お兄ちゃん!」
「ははは、今日はいろんな人が来るから、聞いてみるといいですよ。」
やがて車は秋の空の下、郊外の墓地の駐車場に進み、止まる。
車を降りたさくらを迎えたのは、いつも見ている黒髪の少女と、その母親。
「知世ちゃん。」
「おはようございます、さくらちゃん。」
「今日も可愛いわねぇ~、さくらちゃん、こんにちは。」
相変わらず母娘そろってさくらに夢中である。周囲にいるボディガード達も
サングラスの下で、やれやれ、という表情を隠す。
「園美さん、よく来てくれました。」
「ふ、ふん。そりゃまぁ、撫子の10回忌ですもの、私が来ないとでも?」
藤隆に斜に構えながら園美が返す、さすがにさくらの手前、藤隆とやり合うわけにはいかない。
「父さん、ひいお爺さんも見えてるよ。」
桃矢が後ろを指さす。そこには撫子の祖父、さくらと桃矢の曽祖父である老人、雨宮真嬉。
「おっと、いけない。挨拶してきます。」
「私も行くよ。」
さくらと藤隆は真喜のもとに向かう、さくらはこの老人が好きだった。避暑地でお世話になり
その後も度々さくらに世話を焼いてくれてる、前には小狼も紹介し、歓迎してくれた。
「お爺様、よくお運びくださいました。」
「ああ、車に長い時間乗るのはしんどいがな。」
素っ気ない返事を藤隆にした後、さくらを見てその表情を和らげる。
「おお、さくらちゃん、こんにちは。元気だったかね?」
「はい、お爺様もお元気そうでよかったです。」
花が咲いたような笑顔でさくらが返す。雨宮コーポレーション会長の気難しい老人も
その笑顔の前では、ただの好々爺になってしまう。
「それにしても園美君、『あれ』はまた来ないのか。」
真喜の問いに、園美は申し訳なさそうに答える。
「はい、今はニューヨークに・・・」
園美の夫、つまり知世の父であり、大道寺グループの総帥でもある人物。
世界中を飛び回り、こういった身内の集まりに顔を出すことはまずない。
そのため、さくらも桃矢も面識は全くなかった。
「まぁよろしいんじゃありません?仕事バカは放っておきましょう。」
園美の提案に誰も逆らわない。真喜は次にさくらに問う。
「そういやさくらちゃん、あの彼。そう、李小狼君だったかな、彼は元気かね。」
「あ、はい。実は今日も誘ったんですけど・・・『身内の集まりに出るべきではない』と。」
「ははは、彼らしいな。」
本音を言えば、さくらは小狼には来て欲しかった、ふたつの意味で。
ひとつは、親しいお付き合いをしている少年の、身内への紹介。もちろんさくら自身が
そんな恥ずかしい事は出来ないだろう。が、小狼なら例えこの場にいても、ちゃんと礼を尽くした
挨拶ができるだろう、そういう意味で小狼は、さくらよりはるかに大人びている所があった。
もうひとつ、今朝見た夢と、朝一番で封印したカードの事。こちらは魔力に関する問題だけに
小狼以外に相談できる人間は限られている。出発前、ケロに事情を話し、ユエと小狼に
相談するようお願いはしてきたのだが・・・
「さて、みなさん揃ったようですし、いきましょうか。」
藤隆が手をたたいて皆を先導する。彼を先頭にぞろぞろと参道を歩き、向かう。
ほとなく『木之本家之墓』と掘られた墓石の前に到着、桃矢が水の入った桶から柄杓で
水をすくって花瓶に注ぎ、残りの水で墓を清める。
さくらはその花瓶に花を活け、揃える。母の名前でもある撫子の花を一番目立つようにして。
そして藤隆は線香に火をつけ、最初に墓の正面に立つ。
「撫子さん、今年もみんな集まってくれましたよ。」
今年も、という言い方には少々の理由がある。藤隆と雨宮家や大道寺家の仲は
決して順風満帆というわけではなかったからだ。
箱入り娘の撫子をさらった男として、藤隆は両家から好ましく思われていなかった。
3年前、真喜はさくらと出会い、そして知る。藤隆と撫子の時間が幸せな時間であったことを。
以来、命日にはわだかまりを消して会うようになっていた。それも今年で3年目。
もうこの二人にぎこちない感情は無かった。
そのことを撫子に報告する意味も込めて、藤隆はそう言って手を合わせる。
そして次に長男の桃矢が墓の前に立つ。次に控えるさくらはいち早く桃矢の異変に気づく。
桃矢は、ふらっ、とヒザを折ると、そのままその場に前のめりに倒れる。
「お兄ちゃん!」
「桃矢君!」
両脇にいたふたりが桃矢を支えようと手を伸ばす、が、間に合わない。
そのまま墓の根元に倒れるかと思った時、ふっと別の『手』が、桃矢を『正面』から支える。
その人物は、そのまま桃矢を抱え上げると、桃矢を藤隆に渡す。
まるで小さい頃に、母親にだっこされた幼子を、父親に渡すように。
ゆるくウェーブのかかった長い髪の毛、清楚な白い顔に微笑みを浮かべるその女性。
さくらも、藤隆も、真喜も、園美も、知世も、ボディガード達も、はっきりと目にする、
そこにいる『はずの』人物、そこにいる『はずの無い』人物。
誰も声が出ない、ただただ呆然とその人物を見るしかできない。藤隆は気絶した桃矢を抱えて
やっと一言を絞り出す。
「撫子・・・さん。」