カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
「来たようですね、その時が。」
カーテンの閉め切られたその薄暗い部屋、中心には魔法陣。西洋のそれと
東洋の風水版の模様が入り混じったその中心に立ち、ユナ・D・海渡は薄い笑いを浮かべ
そう呟く。
「ようやく、ねぇ。」
兎のぬいぐるみを模した魔法生命体、モモがそれに相槌を打つ。
そして両名とも、後ろを振り向く。ソファーの上に横たえられている一人の少女を。
「ええ、ようやく、です。」
決意と、力と、覚悟を備えた言葉でそう返す、彼らしくない感情のこもった言葉で。
彼は眠る秋穂を見る。愛情と、そして憎悪をないまぜにした目で。
「では、行ってきますよ、待っててください、秋穂さん。」
その部屋にあった魔法陣がすっ、と消える。特定の人間の魔力、霊力を感知するための魔法陣が。
代わりに秋穂の眠るソファーの下に魔法陣が現れる、そして秋穂は横たわったままふわりと浮き
まるで無重力空間にいるように空中にとどまる。傍らには本が不規則にページを揺らしながら
漂っている、『時計の国のアリス』が。
海渡がきびすを返し玄関に向かう、モモもそれに続く。目的の物、それを手に入れるために、
最強の魔術師がついに動く。
「みなさん、今日は本当によく来てくれました。」
墓の前、木之元撫子はその存在(幽霊?)に似つかわしくない笑顔で、来訪者に頭を下げる。
「これは・・・奇跡か!?」
老人の真喜が目を丸くして、驚いた表情でそう呟く。なつかしいその姿、我が孫娘が
当時そのままの姿でこちらを見ているのだから。
「お久しぶりです、おじいさま。」
そう言って一歩、真喜の前に踏み出す撫子。しかし墓の段差に足を引っかけ、ぐらぁっ、と
バランスを崩す。両手をばたつかせ、必死に体制を直そうとするが・・・
「ふ、ふあぁぁぁっ!」
べしゃっ。顔面から地面に落ちる撫子。全員が心の中でツッコむ。幽霊が段差につまづくな!
「あいたたた・・・」
顔面を抑えながら立ち上がる撫子。痛いんかい!とまたも心のツッコミ。
ぷっ、と笑ったのは園美だ。そこからさらにお腹を抱えて笑い出す。
「まったく、変わらないんだから・・・相変わらずドジねぇ。」
藤隆は桃矢を抱えたまま、さくらに向き直り、一言。
「こういう人なんですよ、撫子さんは。」
「ほ、ほぇ~」
天然な人だとは聞いていたが、聞きしに勝るキャラクター。その姿はいつも写真立てで
見ているが、会ってみるとイメージが全然違って見える。
「今日は、最後のお別れに来たの。」
その撫子の言葉に、周囲がはっ、と覚醒する。10回忌、ひとつの区切りの年。
これが夢でないとするならば、撫子は亡くなってから10年、成仏せずに幽霊として
この世に居続けたことになる。
「おひとりずつお話をしたいんですが、いいかしら?」
笑顔で、しかし真面目な表情でそう告げる撫子。皆は顔を見合わせ、藤隆に判断を仰ぐように
注目する。
「わかりました、では、お爺様から。」
そう決めたのには理由がある。ほんの1年ほど前、藤隆は撫子の霊と遭遇したことがある。
それはが柊沢エリオルから返された魔力のせいであることは知らなかったが、とにかく
彼にとってこれは初めての経験ではなかった。そして知っていた、桃矢も、さくらも
そういった経験があったことを。
ならばその経験のない真喜を優先するべきだろう、という藤隆の配慮。真喜を残し、
他の面々は墓から少し離れた場所に移動する。
真喜との話は5分ほどだった。遠目に見ていても痛々しかった、その厳格な老人は
涙を流し、嗚咽を漏らし、撫子に抱き着いていた。まるで子供のように。
そんな真喜を撫子は優しく慰める。お先にお待ちしていますから、またいつか会いましょう、と。
次は園美。かつて憧れていた女性との邂逅、届かなかった思い、その先にある自分の人生。
後悔が無いと言えば嘘になる、妥協に流されて彼女は今の人生を手に入れた。そして彼女は今も
撫子の影をさくらに追い求めている。
そんな彼女に撫子は諭す。貴方はもう少し、貴方の娘の方を見るべきです、と。
次に知世。撫子は感謝と笑顔を向ける。娘と仲良くしてくれてありがとう。でも貴方は
もっと自分を出していいのよ、と。
「私は、さくらちゃんの撮影こそ生きがいなのですわ~」
そう返す知世にさすがの撫子も困り顔、でっかい呆れ汗が顔の横を下にスライドする。
その後も一人ずつ、参列者と会話を交わす。他の親族はもちろん、知世のボディガード達すら
一人ひとりに、感謝と別れの言葉を告げる。
あと残りはさくら、桃矢、そして藤隆。しかし桃矢は未だに気絶したままだ。
「お兄ちゃん!起きてよ、お母さんだよ!」
さくらは桃矢を揺り動かすが、反応が無い。せっかくのこの機会、撫子と話すチャンスを逃させる
わけにはいかない。
「仕方ないわね、ほら。」
園美が桃矢の腕をを肩にかついで起こす。反対側を藤隆がかつぎ、二人で桃矢を支えて墓に向かう
さくらもそれに続く。
「さくらさん、お先にどうぞ。」
そう藤隆に促される。それはさくらに気を使ったように見えるが、藤隆の『最後は私ですよ』という
決意でもあった。それを察してさくらは撫子の前に出る。
「・・・お母さん。」
「うふふ、大きくなったわね。嬉しいわ。」
未だ信じられないといった表情のさくらに、撫子は柔らかい笑顔を向ける。
「いい縁に恵まれたのね。前にあった時よりずっと奇麗になってるわ。」
「ほぇ、縁?」
きょとんとするさくらに、撫子は顔を近づけ耳元で囁く。
「(いい人がいるんでしょ?そういう顔してる。)」
いい人?一呼吸おいて、さくらの脳裏に浮かぶ小狼の顔。
「ほ、ほえぇぇぇぇっ!!」
ぼふっ、と赤面して硬直するさくら。そんなさくらをぎゅっ、と抱きしめる撫子。
「ごめんなさいね・・・私、お母さんらしいことは、何一つできなかった・・・」
感極まってさくらにそう告げる。わずか3歳の娘を残して逝った母、その無責任さを
今更のように娘に吐き出す撫子。
「そんなことない!」
さくらは撫子の胸から顔を上げ、はっきりそう告げる。
「お母さんがいたから、みんな幸せなんだもん!知ってるよ、私を頑張って生んでくれたんでしょ?
いつも見てたよ、お母さんの写真、お父さんの写真立ての写真。あんな人になりたいって
ずっと思ってた・・・」
最初は毅然としていたさくら。しかし言葉を紡ぐたび、少しずつ涙声になっていくのが分かる。
その顔、その温度、その優しさ、記憶には無いけど確かに「想い」は伝わる。
「私が風邪をひいた時も・・・見守ってくれたよね。お母さんは・・・ずっと、私の・・・」
そこまでが限界だった。さくらは撫子の胸に顔をうずめ、涙を流す。
母との邂逅に、今日会えた奇跡に、かすかな思い出に、ほどなく訪れる永遠の別れに。
さくらが離れた後、藤隆が桃矢を連れて行こうとするが、撫子はそれを制する。
「桃矢君とはしょっちゅうお話してるし、もうお別れも済んでるわ。最後は・・・あなた。」
そう言って藤隆を呼ぶ。桃矢を園美とさくらに任せ、前に進み、撫子の前に立つ。
妻の前に。
「お元気そうで。」
「撫子さんも。」
何故か他人行儀な会話で始まる夫婦。
「私は、ねぇ、元気といっていいのかしら?」
「その笑顔で十分ですよ、撫子さん。」
にっこりと笑う二人。ふと、撫子は夫に寄りかかる、藤隆は妻を抱きとめる。
ほんのわずかなタイムラグもなく、二人は求めるままに抱き合った。夫婦、そんな二人の絆は
10年という時を昨日のように縮める。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私、何もかもあなたに押し付けて・・・」
息子、娘、親戚との確執、そして『二人でいる幸せ』すらも置き去りにして彼女は逝った。
その後悔を吐き出す、大粒の涙を流して、嗚咽と共に。
そんな撫子を優しく撫でる夫、そしてこう返す。
「ありがとう。」
その言葉の意味を知っている、木之本藤隆という人間の人柄が、その言葉の意味を雄弁に語る。
私と出会ってくれてありがとう、私を好きになってくれて、私と結婚してくれてありがとう、
二人の子供を生んでくれて、様々な人との縁をくれて、貴方との楽しい時間をくれてありがとう、
そして今ここに来てくれて、妻として縁者たちに私の顔を立ててくれて、娘のさくらに
母親の愛を伝えてくれて、本当にありがとう。
さくらは抱き合う二人を見て、すごいな、と思った。
心から通じ合うふたり、それはまるで絵画のようなその光景。暖色と寒色が合わさって
名画になるような。ああ、これが夫婦なんだな、と。
いつか、私と小狼君もあんなふうになれるだろうか、さくらは心にじわっとした
温かい感動を感じていた。
「私も、あなたと出会えて幸せだった。」
未だ涙目で夫を見る妻。そして彼女は最後の言葉を愛する人に伝える。
伝えたかった言葉、彼女を10年もの間、現世に縛り続けていたその思いを、無駄とわかっていても。
「でも、どうかこれ以上、私に縛られないで。貴方はあなたの幸せを・・・」
その問いに藤隆がどう答えたか、それは二人にしか分からない。
ただ、その問いに答えた後、彼女も藤隆も笑顔だったのは確かだ。悲しみの無い満面の笑顔。
少しおいて、藤隆がさくらを呼ぶ。え、いいの?という顔をして二人に向かうさくら。
「じゃあ、さくら。お願いね。」
「私は目を閉じて、耳を塞いでいますよ。」
その二人の言葉が、さくらは理解できない。ほぇ?と返すしか・・・。
「いつもやってるじゃない、ほら、それ。」
言ってさくらの首元を指さす撫子。ん?と首元をさぐる。喪服の下にはいつも身につけている
ペンダント、今年になって手に入れた鍵、夢の杖。
「え・・・」
「さぁ、気配を読んで。」
「・・・あ!」
言われて気づく、カードの気配。私以外には感じられない、様々な現象を起こす、封印してきた物
クリアカード!
「レリーズ」
囁いて鍵を杖に変える、うしろの皆に見えないように。そして杖を撫子に向け、言う。
「主無き者よ、夢の杖のもと、我の力となれ、固着(セキュア)。」
その瞬間、撫子の体が蒼く輝く、そして足元から少しずつ霧散していく。
「お母さん!」
撫子はさくらの頭をぎゅっと抱きしる。
「長い事この世にとどまるとね、悪い霊がついて、私も悪くなっちゃうの。だからさくらに
送ってもらえて、私はとても嬉しい。」
さくらを離し、一番の笑顔を愛娘に向ける。そのまま上半身まで霧散し、光に消える撫子。
その粒子の一部が、さくらの杖の前に集まり輝く。そして一枚のカードとなる。
それを手に取り、カードを見る。母に似た女性が描かれたそのカードを
「スピリット(霊)・・・」
「やれやれ、やっと終わったか。」
後ろで桃矢の声。あれ、目が覚めたんだ。
「桃矢君は、知っていたんですか?」
「ん。母さんとはちょくちょく会ってたからな。」
首をコキコキ鳴らしながら立つ桃矢。どうやら気絶してたのではなさそうだ。
そしてさくらを見て、イジワルそうに言う。
「しかし、珍しくユーレイを見てビビらなかったなぁ♪」
その言葉に、さくらの表情がさーっ、と青くなる。
「ほ、ほえぇぇぇーーーっ!あれって幽霊さんだったのーーーっ!!!」
「何だと思ってたんだよ。」
「ほ、ほえーっ!どうしよう、幽霊さんだよ、会っちゃったよ、どうしようどうしよう・・・」
狼狽えるさくらを見て、周囲から笑い声が起こる。
「やっぱりさくらちゃんはふんわりで、素敵ですわ~」
知世が言う、今更のさくらの認識に、かつて小狼の好意に全く気づかなかった頃のさくらを
思い出して。
「撫子は、最後に私たちをより強く引き合わせるために、来てくれたのかも知れんな。」
真喜がしみじみ呟く。もともとこういう法事は故人を悼むとともに、その縁者が顔を合わせる
大事な機会でもある。
そんな人達の『縁』を、より強めるためにここに現れ、一人一人と話をしたのだろう。
木之本藤隆の妻として。
「さぁ、ささやかな食事を用意してます、いきましょう皆さん。」
藤隆は前を向く。立派な妻に恥じないように、前を見据え、皆を先導する。
秋晴れの空、風は優しく体を撫でる。彼らにとって、今日は忘れられない日になるだろう。
料亭の一室、料理が並べられたテーブル、その周囲に大勢の人間が横たわっている、眠っている。
料理にも、お酒にも、ほぼ手を付けていない状態で。
上座の藤隆も、桃矢も、園美も、知世も、ボディガード達も、真喜も、そしてさくらもこんこんと眠る。
そのさくらの際に立ち、一枚のカードとペンダントを手にした男が佇む。
「ご苦労様でした、木之本さくらさん、そして、木之本桃矢君。」
うすら寒い笑みを浮かべ、ユナ・D・海渡はそううそぶく。
その手にあるカードは、さきほど封印したばかりの『スピリット』のカード。
「やれやれ、すっかり悪役よね~、料理に睡眠薬まで仕込むなんて。」
モモが呆れ声で言う。いくらさくらや桃矢に睡眠魔法が効きづらいからって、と。
「ずいぶん待ちましたよ、このカードを手に入れるまで、ね。」
魂を操る、その力の基礎をもっていた人物、木之本桃矢。
クロウ・カードを受け継ぎ、強力な魔力でカードを生み出す能力を持った、木之本さくら。
この二人の存在を知り、彼は確信した。私の目的にはこの二人の力が必要だ、と。
さくらに夢を通じて『夢の杖』を与え、ユエに与えた桃矢の力が回復するのを待った、
その時が来れば、きっとさくらが桃矢の力をカード化するだろう。
その目論見は見事当たった。ただ、それまでにさくらが夢の杖で自分の魔力を
願望に変えてカードに具現化したせいで、さくらの能力はずっと底上げされていた。
このままでは彼女は魔力で不幸になる、それは避けられないだろう。
しかしそれは彼女の問題だ、私には私の目的がある、気の毒には思うが
利用させてもらったことに対する後悔はない、例え悪魔に身を落としても、目的を達成する。
「これはもう、返してもらいますよ、木之本さくらさん。」
眠ったままのさくらに夢の杖をかざし、そしてきびすを返して部屋を、料亭を出ていく海渡。
ようやく、ようやく悲願が叶う。彼の歩みは自然と早くなる、家路への歩みが。
「待っててください、秋穂さん。きっと、きっと救い出して見せます!!」