カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
-2か月前、夏-
「アチャー、やっぱダメね~。」
「強力な妨害思念を感じます。」
小狼のアパート、パソコンの画面を眺めてステラと林杏が言う。画面にはエラメッセージ
『NOT ACCESS SERVER ERROR』
「もうずっとこんな調子だ、柊沢と連絡を取ろうとすると、どんな通信も繋がらなくなる。」
同じようにエラーメッセージが表示されているスマホを片手に、小狼が言う。
「どうやら通信サーバーにまでマジックが掛けられているミタイネ。」
「通信の電波に魔法を通しているみたいですね、高等技術ですよこれは。」
その後ろに控えるウェイがしみじみと嘆く。
「やれやれ、時代も変わったものです、魔法もインターネットと融合する時代ですか。」
そう言いながらも器用にスマホを操作するウェイ、むろんエリオルとは繋がらないが。
「電話もダメ、ネットもダメ、手紙も押さえられるってコトは、私たちの動きも全部
把握されてるってコトね、ハッポーフサガリヨ。」
「おそらくは魔力を持つ者の動向を探られているのでしょう、そういう魔法陣を
使うものがいると聞いたことがあります。」
「これだけの魔力を持つ相手です、一筋縄ではいかない方のようですね、そのユナ・D・海渡さんと
いう方は。」
「だったら、直接行けばいいんんじゃない?イギリスに。」
さらっとそう提案したのは、魔法談議に入れず後ろで静観していた苺鈴だった。
「そう簡単にはいかない、そもそも今やチケットを取るにも通信機器に記録される、
それを察知されたら飛行機すら安全に飛べるとは限らなくなる。」
小狼が反論する。事故に見せかけて魔法で飛行機を墜落させる、強力な魔導士なら
そんな非道な業も不可能ではない。
「魔力を持つさくらや俺たちが、迂闊にイギリスに向かえば、それこそ柊沢に
会って相談してきます、って言ってるようなものだ。」
「私、魔力ないけど?」
苺鈴が自分を指さして言う。小狼が、ウェイが、ステラが、林杏が、目を丸くして吐き出す。
「「それだ!」」
「驚きですね、本当にわずかな魔力すら感じない、こんな人間が存在するなんて。」
海渡が苺鈴に手のひらをかざし、魔力感知の術を当てながら言う。
「人を珍獣みたいに言わないでくれます?」
ふくれっ面で返す苺鈴。ケロがいかにも知っとったで的な顔で続ける。
「ま、無いなら無いで役に立つこともあるっちゅーワケやな。」
「おかげで彼女から事情を聞くのも、日本へのチケットの入手も貴方に感づかれずに
出来たわけですよ。」
エリオルが笑顔で言い、続ける。
「私も、そして貴方も、彼女とは面識があったはずです。ですがお互い気にも留めなかった、
ある意味これは凄い事です。」
「ましてクロウの母方の直系の子孫なのに、ねぇ。」
スピネル(小)がエリオルに続きそう言う。むっ、とする苺鈴に、モモがさらに余計な一言。
「あなた、前世での行いが悪かったんじゃないのかしら。」
がたっ!と立ち上がる苺鈴、ケロとスッピーとモモを両手でかき集めるように鷲掴みにして
顔を近づけて睨み据える。圧縮されタテにカオが伸びる3人(匹?)
「うるさいわね、ぬいぐるみトリオに言われる筋合いは無いわよ!!」
「ま、まぁまぁ苺鈴ちゃん落ち着いて、役に立ったならよかったじゃない。」
さくらがなだめようとするが、この場合さくらでは火に油だ。
「魔力たっぷりのさくらには言われたくないわ・・・」
ジト目で返す苺鈴に、さくらは反論の余地をなくし、ただ苦笑いを返すのみ。
観月は危険はないと判断し、とりあえず事情を説明しに料亭に向かっている。
ただ、一人で行かせたのは明らかに失敗だっただろう、果たして今日中に帰ってこられるやら・・・
「さて、本題に入るとしましょう。」
その海渡の言葉に全員が注目する。なぜ彼はさくらの杖とカードを奪ったのか、彼のその
目的は何なのか、秋穂との関係は?さくらの夢の正体は?全員にとって興味は尽きない。
「まず、最初に言っておきます。そこにいる秋穂さんは、本物の『詩之本秋穂』ではありません。」
その言葉に全員が驚愕する。秋穂ちゃんが偽物?それは一体・・・
「みなさんは、こんな話を聞いたことがありませんか?」
海渡は語る。おとぎ話で、小説で、創作の番組にいたるまで、よく使われているファンタジーな話。
「その部屋に、空間に、世界に、『一人』しか存在できないお話を。」
主人公は、その空間に閉じ込められている。たった一人ぼっちで。
彼が外に出る方法はただ一つ、彼の『身代わり』となる人間を、この空間に引き込むこと。
一人が入れば、一人が出られる。そして新たに入った一人がその孤独の空間に閉じ込められる。
閉じ込められた一人は、あらゆる手段で外の人間をこの空間に引き込もうとする、そんなお話。
「なんか聞いたことある・・・何だっけ?」
「よくある話ですね、古今東西よく使われる話ですよ。」
さくらとエリオルの言葉に、海渡はひとつの本をテーブルの中央に置く。
「この本が、まさにそうなんですよ。」
-時計の国のアリス-
「これ、秋穂ちゃんが持ってた本だ!」
「この本が、その物語だってワケ?」
苺鈴の質問に、神妙な顔で答える海渡。
「いいえ、その本は本当に『人間の魂』を閉じ込める能力があるんです、中にいる魂と入れ替えて。」
「ええっ!?」
皆が一斉にその本から引く。海渡はその本を手のひらで抑え、続ける。
「4年前、秋穂さんの9歳の誕生日の時です。送り主不明のこの本、誕生日プレゼントとして
送られたこの本に、彼女の精神と魂は取り込まれました。」
「ですが、今の彼女には魂も精神も宿っている・・・まさか!」
驚愕するエリオルに向き、海渡は答える。その決定的な一言を。
「そう。今、『詩之本秋穂』さんの肉体と言う『入れ物』に入っているのは、別人の魂です。」
ひと呼吸おいて、続きの言葉を紡ぐ。
「彼女の名は、アリス。『時計の国のアリス』。」
言葉を失うさくら。じゃあ、今まで私が見てきた秋穂ちゃんは、本当の秋穂ちゃんじゃない?
人見知りで、丁寧で、歌が上手で、おしとやかなあの秋穂ちゃんが、本当の姿じゃないの?
海渡は語る、4年前のあの時の出来事を、そしてそれ以前の出会いを。
魔法使いの家系に生まれながら、魔力を持たなかった少女、詩之本秋穂。
そんな存在はその家において、大抵は『魔法具』として扱われる。魔力が無いならそれを利用して
都合の良い魔法を使って操る、または魔法の触媒として利用する、等々。
そんな詩之本の家に、強力な魔力を持つユナ・D・海渡はスカウトされた。秋穂を魔道具として
使用する『マスター』として。
「ですが私は、少しづつ彼女に魅かれていったのです。少なくとも『利用する』なんてことが
出来ないくらいには。」
自虐的な表情をする海渡に、全員が否定的な目を向ける。おかしいのは海渡じゃなくて
人をそんな風に扱う家の方だと。
そして運命の日、秋穂の9歳の誕生日。本家に呼ばれずに別棟で海渡と二人、ささやかな
誕生日パーティを開いていた最中にその本は届けられた。送り主は不明だったが、海渡は本家の
ささやかな娘に対する慈しみと信じて疑わず、その本を秋穂に渡してしまう。
パーティが終わり、秋穂は寝室に向かう、その本をもって、嬉しそうな表情で。
翌朝、彼女は豹変していた。元気の塊のようだった秋穂は、気弱な、そして内気な少女になっていた。
昨日までの記憶を丸ごと失って。
やがて彼女はその本に没頭し始める。ほとんどのページが白紙のその不思議な本、文字が書いてある
ページも海渡には読むことが出来ない。秋穂だけがそのページを読み取れた。
彼女の朗読するその本の内容に海渡は驚愕した。人の精神を入れ替える本、その本に宿る魂は
外に出ることを欲し、秋穂の肉体を奪い、秋穂の魂をこの本に閉じ込めてしまったのだ、と。
ただ秋穂に入っている魂自身もその自覚は無いようだ。時がたつにつれ、彼女は自分を『詩之本秋穂』だと
自覚し始めるようになる。
「私は激怒しました、おそらくはその本を送った『本家』に。」
竜の魔力を持つ海渡は、その怒りに任せ詩之本の本家を没落させる。事業に失敗し、魔術の禁忌を犯させ
社会からも、魔法協会からも切り離し、衰退の一途を辿らせるように。
同時に彼は秋穂を元に戻す方法を模索していく。今の秋穂の魂を本の中に返し、本の中の
秋穂の魂を取り戻すために。
それを成すには、人の魂を操る魔法が必要だ。しかし『魔力』と魂に通ずる『霊力』は全くの別物だ。
魔力で霊力を操るには、それに適した魔道具が必要となる、が、そんな魔道具は聞いたことも無かった。
「調べるうちに私は知ったのです、強力な霊能力を持つ兄と、クロウ・カードを使う妹の存在を。」
さくらを見てそう言う海渡に、さくらは、はっとして言う。
「私と・・・お兄ちゃん。」
こくり、と頷く海渡。懐からふたつのアイテムを取り出し、テーブルに置く。そして言葉を続ける。
「私は魔法協会から必要な道具を拝借しました。時間を操るこの時計と、魔力を本人の馴染の深い
アイテムに具現化する、この『夢の杖』を。
「それですべては合点が行きました。あなたはさくらさんがお兄さんの力をカードに変えることを期待して
その杖をさくらさんに与えたんですね。」
エリオルが問う。霊力を操る魔道具が無いなら作ればよい。それを成せるものに作らせればよい。
たとえその過程で、さくらがどんな目に合おうとも。
「そのために!さくらを利用したのか!!」
立ち上がり、机を叩いて激高する小狼。お陰でさくらは次々と自分の魔力をカード化し、その魔力を
高めていってしまった。それがさくら自身を不幸にするレベルまで。
「小狼君!待って。」
さくらが小狼をなだめる。さくら自身、自分の魔力が大きくなりすぎることで小狼を苦しめていることは
なんとなく察しがついていた。
さくらは海渡に向き直り問う。
「だったらなぜ、最初から相談してくれなかったんですか?」
さくらも、兄の桃矢も、そんな話を聞いたなら協力は惜しまなかっただろう。そうすればさくらが
クリアカードを次々に生み出し、魔力を増やすこともなかったはずだ。
「私は魔法協会から破門された身です、今でも彼らは私を追い詰め、奪われた魔道具を取り返し
私を断罪しようとしています。そんな私に協力すれば、貴方も罪を問われかねません、それに・・・」
ひと息ついて海渡は、ソファーに横たわる秋穂を見て、言う。さくらに背を向けて。
「私の計画に、『あの魂』を救うプランはありません。」
さくらは背筋に冷たいものを感じた。出合ってから今まで仲良くしてきた秋穂、一緒に料理して
一緒に山崎の嘘に騙されて、ケロとモモを見せ合って、授業でお互いを応援してきた。
その秋穂が、今度は本の中に閉じ込められることになるのだ、たった一人で。
「そんな・・・」
泣きそうな顔で、海渡に懇願するさくら。
「何とかならないんですか?それじゃあ今の秋穂ちゃんが、可哀想です!」
そのさくらに厳しい視線を向け、海渡が返す。
「本物の秋穂さんは、もう4年もその世界に閉じ込められているのですよ!」
返す言葉が無かった。『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』の物語でも
主人公アリスが異世界に囚われていた時間はそう長くない。それが・・・4年?
そしてもし助けなければ、これからもずっと・・・?
「ちょっとまてーい!」
割って入ったのはケロだ。彼は腕組みしながら海渡を睨んで言い放つ。
「そもそも証拠はあんのか?今の彼女と以前の彼女が別人っちゅー証拠が。」
「同感だな、お前の話には仮定が多すぎる。」
ユエがそれに続く。そんな二人にこう返す海渡。
「今の彼女には魔力がある、明らかに別人のレベルでね。」
「それだけでは証拠にはならないでしょう。」
エリオルが冷静に返す。海渡は夢の杖を手のひらに乗せ、言う、決定的な言葉を。
「その彼女の魔力をこの杖で具現化したのが、そこのモモなんですよ。」
「ま、そーゆーコトですわ。そして私はその『時計の国のアリス』の登場人物でもあるのよ。」
秋穂に寄り添うウサギのぬいぐるみ、本の中ではアリスを導く大ウサギ、言葉をしゃべる白兎。
秋穂の一部がその本のキャラクターである以上、今の秋穂がアリスであることは疑う余地が無い。
呆然とする一同。信じられない話ではあるが、疑う根拠もまた存在しない。
「秋穂さんは、さくらさんに似ていました。元気で、活発で、スポーツが得意で、そして真っすぐで。」
モモは知っている。海渡のさくらを見る目が、懐かしさと、そして憎しみの眼差しであることを。
本来なら秋穂が持っているべきものを、さくらは持っている。秋穂が失った、奪われた性格。
秋穂にもまた、同じ目を向けていた事。大事な少女の体と、その魂を本に押し込めた『アリス』への憎しみ。
「少し休憩しましょう。」
海渡は立ち上がり、ティーポットを持って台所に向かう。残された全員が、今聞いた難題に沈む。
そんな空気を察してか、モモがひとつ教える。
「この本、2年前から無くなっていたのよ。でも今年の1月、ここに家を再現したら出てきたの、
書斎の机の上にね。」
「え・・・家を再現?」
頭にハテナマークを浮かべてなくるが問う。
「さくらさん達なら気付いていたんじゃないかしら、この家は元々取り壊されて遊園地になってたの。」
「「あ!」」
さくらが、小狼が、そして苺鈴が発する。確かにそうだ、ここは一度遊園地になり、そしてクロウカード
『ナッシング』の騒動の舞台となった後、廃園になり取り壊されたハズだった。
「この時計の力よ。」
モモはテーブルに置かれた時計をちょんちょんと突き、示す。時間を操作できる魔法具、壊れたものを
過去の姿に再現できるアイテム。
それでかつての柊沢邸を再現した時、この本が自然にそこにあったと言う。
「私は、見たことがありませんでした。この本は。」
エリオルはそう答える。再現されたのではなく、おそらくは秋穂たちが来るのに合わせてここに
出現したのだろう。この世に偶然は無い、すべては必然だから。