カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
そこには、白と黒のタイルがチェック柄に2列並んで、遥か向こうまで宙に浮かんで
真っすぐに続いている。
タイルの外は下。霧に包まれてどこまで落ちるかすら分からない。まるで雲海の上に浮かぶ
板の道のように、その幅1mほどの足場の上にさくらと海渡は立っていた。
「ここは?」
後ろを振り返れば、足場はもうない。先に進むしかなさそうだ。
さくらと海渡は一歩踏み出す。その時二人は理解する。進んだのは「距離」ではなく「時間」。
歩くほどに二人の時間が進んでいくのがわかる、もし魔法や車などで猛スピードで進んだら
自分の老化すら自覚するだろう。
「これは・・・時間の回廊とでも言いましょうか。」
「うん、先に進むたびに、自分の時間が進むのが分かる。」
自分の手をじっと見て、やがて決意する海渡。
「2072年に着く頃は、私はもうお爺さんですね、これは。」
そう言って歩みを速める海渡、たとえ自分がどうなろうと、彼にとって迷いにはならない、
さくらを置いて、すたすたと進む。さくらが追いかけようとした時、その姿が霧に消える。
「え、あ!海渡さん、待って!!」
小走りに追いかけるが、海渡の姿は見えない。進むごとに変化する自分の体を恐れ、歩みを止める。
と、タイルの道の際に、下に降りる階段がある、いつの間に・・・
「こっちに行ったのかな?」
さくらは恐る恐るその階段を降りる。霧に包まれた『下』へと。やがて足元しか見えなくなり
さらに降りて霧の下へと抜ける。
-そこにあったのは、友枝町-
「さくら!起きんかーい!」
「ほぇ!?」
目が覚めた。いつものベッド、ケロに怒鳴り起こされるいつもの朝。
服を着替えて荷物をまとめ、階段を降りる。テーブルにはいつもの藤隆と桃矢、
そして写真立ての中の撫子。
「今日から高校生ですね。」
そうだ、今日から私も高校生。さすがにお兄ちゃんももう私を怪獣とか言わない、
そりゃそうだ、もうお兄ちゃんも社会人なんだから。
「行ってきます。」
笑顔の二人に見送られ家を出る。そしてさくらは目にする、耳にする。非日常を。
「きゃあーっ!」
「来た来たーっ!」
「さくら様よ、さくら様がご登校ですわ。」
「「おはようございまーす!!」」
「今日も素敵ねー♪」
「そりゃそうよ、なんてったってさくら様ですもの。」
「こっち見たわ、あはぁ、嬉しい♪」
「ほえっ!?」
戦慄するさくら。なんと家を出た道路に大勢の人が待ち構えていた。彼らは全員が
さくらに好意と、憧れと、恋慕の瞳を向けている。
「な、何?なんなの・・・」
大勢に囲まれ、詰め寄られる。その異様な空気に背筋が寒くなるさくら。
よく見るとそれは知らない人もいるが、大半はさくらも知る近所の人達だ。
分からないのは彼らの態度だ、老若男女の別なく、さくらに上気した意志を向ける。
「わ、私、学校行かなきゃ・・・どいて下さいっ!」
不気味な怖さに怯え、人をかき分けて駆け出すさくら。「どいて」の一言に
まるでモーゼのように道を開ける人の海。
走ってる最中も、四方からさくらを称賛する声と、好意の圧が押し寄せる。
知らない、こんな世界は知らない。まるで世の中全員が知世ちゃんになったような、
いや、それ以上に強く、おぞましさすら感じる好意を、全ての人間がさくらに向けてくる。
走り、校門をくぐり、教室に入る。そこにいたのは知世、奈緒子、千春、山崎、利佳、
おなじみの面々と、そして新たなクラスメート。
彼らはさくらを待ち構えていたように、ドアの周りを取り囲み、さくらを包囲する形で
一斉に唱和する。
「「おはようございます、さくらちゃん」」
「ひっ!!」
思わず悲鳴を上げる。皆も同じだ、知世も、利佳も、奈緒子も、山崎すらも、まるでさくらしか
見えてないと言った表情を向け、囲む。
「み、みんな・・・何か変だよ。」
冷や汗をかきながら一歩引くさくら。
「何がですの?あ、いえ。そもそもそんなことどうでもいいですわ。それより今日も
本当に可愛いですわ~♪」
知世が答える、どこか朦朧とした目で、頬を染めて。まるで恋する少女のように。
「ホントホント、さくらちゃん素敵ねー。」
同じ表情で、奈緒子と利佳がうなずき合う。その横では山崎が普段閉じてる目を開いて
さくらに熱い視線を送る。
「え、あ・・・山崎君?そういう目は千春ちゃんに・・・」
「なんで?」
真顔で答え、千春を見る山崎。千春も顔を見合わせ、ふたりして頭でハテナマークを作る。
「山崎君なんかどうでもいいわよ、それよりさくらちゃん、今日もホント美人ね~。」
そう返す千春。さくらは自分の血の気がさーっ、と引く音を聞いた。
授業が始まり、知らないはずの高校生の勉強を進める。何も頭に入っては来ない、
代わりに来るのは先生からすら向けられる好意。怖い、怖いよ。なんなの一体・・・
放課後のチャイムと共に、さくらはまた皆に取り囲まれる。怖い、誰か、誰か助けて!
そこでさくらは、ひとつの失念していた事を思い出す。いつも私を助けてくれた存在を。
「ねぇ!小狼君は、小狼君はどこ?」
そのさくらの言葉に、全員がきょとんとした表情を向ける。知らないの?と言わんばかりに。
やがて知世がさくらに向き、言う。
「李君なら、東京タワーですわ。ご存知かと思っていましたが・・・」
「・・・え?」
東京タワー?どうしてそんな所に。あそこに就職でもしたのかな・・・
「まぁでも仕方ないわよねぇ。」
「うんうん、さくらちゃんを独占しようなんて、許せないよねー。」
「まぁ当然の処置だよね。」
「・・・ねぇ、何それ、なんの話?」
さくらが千春たちに詰め寄る。が、彼女らはさくらとの距離が近づいたことを喜ぶばかりで
周囲も「いーなー」と声を出すだけだ。
駄目だ、ここにいても何もわからない。そう判断したさくらは教室から飛び出す。
東京タワー、あそこに小狼君がいる。行くんだ、今からでも。
「フライ!(翔)」
カードを使うでもなく、ただそう叫ぶ。さくらの背中に翼が生え、虚空に舞い上がる。
オレンジ色に染まる空と、世界。
空を飛んでいても届いてくる、下界にいる人たちの私への好意、まるで影絵のような人々が、
口を三日月のようにゆがめて笑っている。
誰も私が空を飛んでいることに驚かない、そもそもそんなことに興味も無い、それが分かる。
彼らの興味はひとつ、私への・・・
思考を振り払い、怖気に耳を塞ぎ、飛ぶ。地平の向こうに見える東京タワーへ向けて。
その天頂部分のアンテナ、一本の線が伸びている、その一番上に、一本の横線が入っている
まるで東京タワーの一番上に、十字架が記されているように。
人がいる、あの十字架に磔にされている。誰かが。
さくらはそれが誰なのか知っていた。夢で見ていた。でも、それが逆夢であることを信じ、飛ぶ。
しかし近づくにつれてその期待はどんどん崩れ落ちていく。さくらの顔がこわばり、震え、
嗚咽と涙が漏れる。距離がゼロになった時、わずかな希望も絶望へと変わる。
「いやあぁぁぁぁぁぁーーーっ!!!」
東京タワーの天頂で、磔にされている少年、李小狼。
目は光を失い、体にはわずかな温もりも維持していない。
死んでいる、さくらの愛しい人が。さくらが誰より好意を向けてほしかった、大事な人が。
「どうして、どうして、どうしてっ!」
小狼の目の前に浮いたまま泣き崩れるさくら。
「そりゃあまぁ、さくらちゃんは『みんなの』さくらちゃんだからね。」
その声、知ってるその声、知ってる人。下から聞こえた、涙をぬぐい、さらに溢れる涙を拭いて
下を見る。
「・・雪兎さん。」
展望台の上に立ち、さくらを見上げる雪兎。かつてユエと対峙したその場所に笑顔で立っている。
その際からひょっこり顔を出すケロ。
「せやせや。なのにあの小僧ときたら、さくらの『いちばん』になろうやなんて、
とんでもないやっちゃ。」
うんうんと雪兎も頷く。
「どうして?雪兎さん、私の『いちばん』の人がきっと見つかるって・・・小狼君がそうだって聞いて
応援してくれたのに・・・」
雪兎とケロが顔を見合わせ、やれやれ、と言う表情でさくらを見る。
「何言うとるんや、さくら。そもそもさくらの願いやったやろ。みんなと『なかよし』に
なりたいっちゅうのは。」
「さくらちゃんは魔法でその願いを叶えたからね、世界人類の『いちばん』でなくちゃダメだよ。」
「え・・・そんな。私そんな願いを叶えたの?」
「さくら自身がやったわけやないけどな、さくらの体から溢れ出る『魔力』がそうさせたんや。」
「そんな!勝手だよ。私はそこまで望まないよ!」
「魔力っていうのは、そういうものなんだよ。その人の心の中にある願いを叶えてくれる、
素晴らしい力なんだ。」
雪兎が笑顔でそう答える。素晴らしい力?これが?
さくらは目の前の小狼に視線を戻す。現実は変わらない。彼が死んでいるのも、
下界の人々が、さくらに理不尽な好意を向けているのも。
「このため、だったの・・・だから小狼君は私が魔力を強くするのを、止めたの?」
思い出す。なでしこ祭の時、一緒に飛びたいといった自分の愚かさを。
知世の家で見たビデオ、懸命に結界を張り、自分の魔力を封じてくれていた小狼たちの奮闘を。
世界が壊れてしまった、私が壊してしまった。
そして、愛する人も、私のせいでこんな目にあってしまった。
さくらは小狼に近づき、すがりつく。すでに体温は無く、異臭すらするその躰に。
「ごめん・・・小狼君。私、バカだよ、世界一の・・・バカだ。」
魔法を使った、魔力を高めた。その結果がこれだ。そして今この時も、魔法を使って飛んでいる。
どれほどバカなんだろう、私は。
さくらは小狼にそっとキスをする。そして離れ、彼に正対し、涙を流して、告げる。
「ごめんね、ありがとう。」
さくらは魔法を解く、東京タワーの天頂で。
せめてこの愚かな魔法使いが落ちて死ねば、少しは彼の魂が浮かばれることを祈って-
薄れる意識の中、さくらはその手を誰かに捕まれる、そして声を聞く。
-無敵の呪文はどうしたのよ!-