カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
城を抜け、砂漠を潤し、山を駆ける。広大な『時計の国のアリス』の世界を
さくらカードを実体化させながら、次々と走破していくさくらと小狼。
森で追いかけてくる狼の群れをメイズ(迷)で振り切り、激流の川をフリーズ(凍)
で止める。ミニチュアの館が現れればリトル(小)で入り、出たらビッグ(大)で元に戻る。
巨大な振り子ハンマーが行く手をさえぎれば、ループ(輪)で反対側に来ないようにして抜け、
突然の地震はウッド(木)で止め、空から複数の太陽が照り付けた時はクラウド(雲)で涼を取る。
詩之本邸。アリスの本がまた1ページめくれる。もう残りわずかだ。
映し出された新たな立体映像に見入る一同、その中で柊沢エリオルだけは相変わらず
訝し気な顔を隠さない。
「どうするつもりです・・・彼らが実体化したなら、それはもう人間でも動物でもない。
彼らはいわばUMAに相当する存在、カードであることを捨てて彼らが現代社会で
生きていく方法など皆無です。」
確かに、今は情報化の時代。インターネットの地図で家や景色すら表示できる時代だ。
ましてや海渡が使っていたように、魔力のある存在を感知する魔法すら存在する。
エリオル達がかくまうにしても限度がある、カードは53枚もあるのだから。
ごちるエリオルに、なくるが能天気に提案する。
「じゃあさぁ、この本の世界で暮らせばいいんじゃない?広そうだし。」
「え?」
きょとんとするエリオル、その隣で観月がぽんっ、と手を打つ。
「名案よ、それ。」
そう言って海渡に向き直り、問う。
「この本って、中に魂がいないと維持できないんでしょ?確か。」
「え、ええ、確かにそうですが・・・」
「なら好都合じゃない?あのカード達がこの中で暮らせば賑やかになるし、秋穂ちゃんも
この中にいなくて済むかも。」
時計の国のアリス、魂を閉じ込める本。逆に言えば中に魂が無いと存在できない本とも言える。
カードから実体化した53もの魂があれば、あえて秋穂の魂を留めようとはしないかもしれない。
エリオルは呆然とした表情で立ち上がる。肩を落とし、ジャケットがそこからずるっ、と
ズレて落ちそうになり、止まる。
「この世に偶然は無い、すべては必然、だとしたら・・・」
天才魔導士クロウ・リードが生み出した生きたカード達。
若き天才ユナ・D・海渡が齢を重ねて生み出した魔法の本の世界。
クロウカードはさくらカードとなり、さらに実体を持つ生物や道具となった。
彼らは自分たちが生きていける世界を必要としている。
そして『時計の国のアリス』は生物の魂を必要としている、魔導士が作ったふたつの存在は
お互いがお互いを必要として引きあったのか、木之本さくらと李小狼、そして詩之本秋穂という
存在を結び目として。
「ほらほら、詮索は後!いよいよクライマックスっぽいわよ。」
苺鈴が言う。本が最終章のページを開く。そこに映されたのは、大量の歯車が構成する館。
さくらと小狼はついに最深部にある建物に到着する。それは時計の形をした館。
館にも、周囲の庭にも、無数の歯車が絶え間なく動き、時を刻む音を奏でる。
「ここが・・・最深部。」
「ああ、間違いない。」
さくらと小狼が顔を見合わせて頷く。道中でモモに聞いた『時計の館』。
「ここに、秋穂ちゃんが・・・アリスさんがいるのね。」
モモに振り返ってさくらが問う。モモはビデオカメラを構えたまま、こう返す。
「そうよ~、でも中に入る前に、もうひと試練あるかも~」
「それは、どんな試練だ?」
小狼が問うが、当然モモが正解を教えるわけもない。手の平を上に向け、首を振る。
「とにかく行こ!小狼君。」
さくらがはやる気持ちを抑えられずに庭の入り口の門扉に向かう。頷いてあとを追う小狼。
鋳造の門のハンドルを手にかけ、回す。そして扉を開くさくら。
と、その瞬間、ガチン!という音と共に全ての歯車が停止すると、突然逆回転を始める。
「な、何!?」
「さくら!」
さくらに駆け寄り、その手を取る小狼。その瞬間周囲の景色がぐにゃあぁっ、と歪み、消失する。
しっかりと手を繋いで、周囲の状況に警戒する二人。
少しの間の後、再び景色がぐにゃっと歪み、現れる。
そこは・・・緑の平原だった。
風は心地よく、遠目には宙に浮かぶ大地と、その上に鎮座する城。遠方には鳥の群れと、
それに交じる1羽の巨大な鳥。
「さくら、ここって・・・まさか。」
さくらは目を点にして、顔をさーっ、と青くする。信じたくない現実、
「ほ、ほえぇぇぇぇっ!振り出しにもどっちゃったあぁぁぁぁっ!!」
時計の館の前、モモがため息をついて、一言。
「はい、2週目がんばってね~。」
「はぁ~、また1からやり直しかぁ。」
しょんぼりとうなだれるさくら。小狼はそんなさくらを叱咤する。
「しょげててもしょうがないだろ、とにかく行くぞ。さぁ、フライ(翔)を!」
「う、うん・・・。」
仕方なく、といった表情でホルスターからカードを取ろうとする。が・・・
「え!ない・・・フライさんのカードが、というか使ったカードがみんな無いよ~!」
「なんだって!?」
よく見れば、はるか遠方で飛んでる大きい鳥はさっき実体化したフライだ。
カードを消費した状態で、文字通りスタート地点に戻されるという理不尽、なんという無理ゲー。
「なんか、前もあったけど・・・やり直すのって疲れるよね。」
「え、前?」
「ほら、小学生の時。なんども同じ日をやり直した事あったでしょ・・・あ。」
「・・・あ。」
さくらは残った7枚のカードを扇状に広げ、そしてその中に件のカードを見つける。
ここに戻されたのは『時計の館』の力。なら、このカードを使えば・・・
モモは時計の館の前で、リクライニングチェアーに座ってチョコをつまんでいる。
「さてさて、あの状態でまたここに来るのに何日かかるかしら~」
ムグムグとチョコを頬張るモモの背後で、声。
「ただいま。」
ぶはぁっ!とチョコを豪快に吐き出すモモ。振り向けばそこにはさくらと小狼、そして
ローブに身を纏った一人の老人が立っている。
「ど、どーやって!?」
さくらと小狼は平手でその老人を差す、笑顔で。彼の手柄だ、と。
老人は門扉のドアノブに触れ、その仕組みを調べている。
「なるほどな。主(あるじ)様、先ほどはこのノブを左に回しましたな。」
「う、うん・・・」
「このノブ、どうやら左方向、つまり時計と逆に回すと時間を戻される仕組みのようですじゃ。」
「じゃあ、右に回すと時間が進むのか?」
「左様。この門扉にはそもそも鍵などありませぬ、ただ押せば・・・ほれ。」
普通にぎぎぃっ、と開いていく扉、さくらも小狼も目が点になって呆れる。
「他にも時間を進めたり、戻したりする仕掛けがありますな、どれ・・・」
老人はそう言ってその身を輝かせると、ひとつの巨大な歯車に変身する。その中心に顔だけ
のぞかせながら、周囲の歯車にガキンとはまる。
「これで大丈夫ですじゃ、もう時間を操作されることはありますまい。」
歯車の中央の顔がにこりと笑う、なかなかにシュールな光景だが、とりあえず助かった。
「ありがとう、タイム(時)さん。」
「じゃ、私が案内できるのはここまで。あとはあなたたちで何とかしなさいね~」
モモはイスに座り直し、テーブルの上のチョコをつまんで言う。なるほどそこはモモの本来の
居場所とでも言うように、モモのサイズに合わせたくつろぎ空間が構成されている。
「うん、ありがとう、モモちゃん!」
律義に礼を言うさくら。さぁ、いよいよ二人に会える!
門扉を抜け、庭を駆け、館の入り口のドアを開ける。中は、廊下。
白と黒のタイルが交互に、チェック模様に並んでいる。さくらはその廊下に見覚えがあった。
そう、未来に言った時に通った『時の回廊』、あの通路にそっくりだったから。
悲しい記憶を思い出し、小狼の手を取り、ぎゅっ、と握る。さくらの不安を察し、その手を
力強く握り返す小狼。
二人は歩く、その廊下を。周囲には時計の歯車と、それが刻む針の音。
やがてひとつのドアに突き当たると、それを慎重に押し開く二人。
ぎぃぃっ、と鈍い音を立てて開く扉、そこは広い部屋、地面に白黒のタイルが並べられ
8×8のマス目を刻んでいた。そのいくつかには、黒と白の駒、チェスの駒だ!
「兵士(ポーン)、bの8へ!」
女の子の声、上から聞こえる。それを見上げる二人。そこには、二人のよく知る少女が
まるでビーチバレーの審判が座るような、高い高いイスに腰かけていた。
「秋穂ちゃん!」
さくらは叫ぶが、秋穂はさくら達を一瞥すると、興味なさそうに再び視線を前に戻す。
真っ白なそのイスの下、チェックのタイルには、チェスの駒。
白いポーンが一歩前に動き、そこにいる黒のナイトを倒す。
ドクン!と心臓の音のような嫌な響きがする。その方向を見上げると、ちょうど秋穂と
向かい合うようにして黒く高いイスがある。そこに座っているのは、秋穂と同じ金髪の少女。
胸を抑え、苦しそうな表情。それでも彼女は足下のコマに指示を出す。
「クィーン(女王)、bの8!」
黒のクィーンが白のポーンを倒す。と、またドクン!という心音のような音。
見上げるとコマを取られた秋穂が苦しそうに胸を押さえている。
「はぁ、はぁ・・・」
苦しそうに息を継ぎながらも、秋穂は眼下のチェスの配列を見て次の一手を思案する。
「さくらさん、李さん・・・どうしてここに?」
「「え?」」
呼びかけに二人が同時に反応する。見上げた先は黒いイスに座っている金髪の少女。
こちらに気づいて声をかけてきたようだ。
「私です、秋穂です・・・あ。」
言ってなにかに気づいたようにしょげかえる少女。自分の言ったことが間違いであるように。
「そうか、彼女がアリスなんだ。詩之本の体の中にいた・・・」
小狼の言葉にさくらも頷く。彼女は9歳の時から本物と入れ替わり詩之本秋穂として
存在していた、元々はモモと同じこの世界を維持するための魂。
「え・・・何故それをご存知なのですか?」
「あ、まぁ、色々あってね。」
苦笑いでさくらが返す。
「ビショップ!eの5!」
秋穂の声が二人の会話を中断する。白いビショップが黒いルックを倒す。
ドクン!
その音と同時に、アリスが顔をゆがめ、胸を抑える。
「アリスちゃん、どうしたの?」
その問いには答えす、アリスはうつむいたまま胸を抑え、絞り出すような声で言う。
「いやだ・・・負けたくない。この世界にいたい、帰りたくない!」
そして盤面を見下ろし、駒に指示を出す。
「クィーン!dの3へ!」
再びクィーンがナイトを倒す。またドクンという音、そして苦しそうに胸を抑える
白いイスの上の秋穂。
「今更、よく言うわね・・・貴方が私をここに閉じ込めておいて。」
さくらは二人を交互に見上げ、心配そうな表情をする。
「ど、どうしたの二人とも。なんか苦しそうだよ、どこか痛いの?」
その隣で小狼が説明する、驚愕の表情で。
「あのコマを取られるたびに、取られた方の魂が削られていってる・・・」
「ええっ!?」
「たぶん、負けたほうはこの世界に存在できなくなるんだ。」
ふたりをちらりと目にして秋穂が言う。
「正解よ。負けたほうは元の世界に戻されるのよ、『詩之本秋穂』としてね。」
「え?どうして・・・」
さくらにも、小狼にも分からない。秋穂もアリスもまるで『元の世界に帰りたくない』
と言っているようだ。
ただひとつの心当たり、アリスの魂をクリアカード『スピリット』で戻した時
秋穂の魂は帰ってこなかった、アリスの魂もまたしかり。
両者が『帰りたくない』と思っていたから帰ってこなかったと言うことなのか?
「どうして?どうして帰りたくないの?海渡さん待ってるよ!」
そのさくらの言葉に、ふたりはびくっ!と反応する。秋穂は怒りの目で、アリスは
悲しげな眼をして。
「ふん!」
そっぽを向いてそう吐き捨てたのは秋穂だ。
「私は『魔法具』なのよ。あの日も彼は私にこの本を与えて、ここに私を閉じ込めた、
4年間もね!」
「え・・・違うよ秋穂ちゃん!海渡さんはそんなつもりじゃ」
「違わないわ!この本を作ったのがアイツだっていうのは分かってるんだから!」
彼女は誤解している。しかしそれも無理もない事、海渡に贈られた本に閉じ込められ
その本を作ったのもまた彼であること、詩之本家の『魔法具』である自分ととそれを使う
『マスター』の関係であること、その判断材料ならどう考えても彼女は海渡に弄ばれている、
という結論にしか行きつきようが無い。
「私は・・・海渡さんに必要ないと判断されたんです。」
アリスが顔を抑えて、涙声で語る。アリスが秋穂と入れ替わってから、海渡は何とか秋穂の魂を
取り戻そうとしていた。それは言い換えれば、アリスの魂を本の中へ追い返そうと
していたと言うこと。
それは海渡に恋していたアリスにとっては耐え難い行為、彼の自分に対する『拒否』。
そんな過程を経てこの本に再び押し込められた彼女には、今更海渡に会う気が起こらない、
心の奥底の恋心は少しも萎えてないないのに。
「違うよ、ふたりとも誤解してる!」
さくらは叫ぶが、二人は魂を削るチェスを続ける。これに勝てばもう辛い現実に戻らなくて済む、
その思いに呪われ、ただ勝つために心をすり減らしていく。
「さくら、止めるぞ。」
「どうやって?」
小狼はさくらのホルスターを取り、2枚のカードを手にする。
「このチェス、どうやら東洋魔術のものらしい。なら同じ術式で止められるハズだ。」
2枚のカードを放り投げ、さくらに発動の言霊を教え、唱和しつつ杖を打ち下ろす。
「「陰と陽を溶け合わせ、融和せよ!ライト(光)、ダーク(闇)っ!」」
カードが輝き、やがて二人の成人女性の姿を取る。二人は宙に浮かび、まるで泳ぐように
お互いを逆さに見ながら回転をはじめ、やがて白と黒の演舞、陰陽紋太極図となる。
その力を受け、足元のチェスの駒も、その下の盤面も、白と黒の色を失い、まるでガラスのような
透明な色になっていく。
そしてそのまま消えて行くチェスの駒、そしてふたりが座る背の高いイスもまた消え、
それにより秋穂が、アリスが、ふわりと地面に着地する。
「・・・消えた?」
呆然と周囲を見渡す秋穂。地面に降りたことで初めてさくら達と同じ高さの目線になる。
「あなたたち、あの娘の知り合い?」
アリスを差してそう問う秋穂にさくらが答える。
「うん、貴方を・・・ううん、ふたりを連れ戻しに来たの。」
「え・・・私も、ですか?さくらさん。」
不思議そうに答えるアリス。彼女はモモ同様もともとここの住人だ、一時期幸運にも
秋穂の体を得て外の世界を体験できた。そしてさくらと出会い、様々な楽しい体験をした。
でもそれは本来なら『あっち』の秋穂がするはずの経験。それを奪った自分には
ただでさえ戻る資格はない、まして自分は好きな人に拒絶されここに来さされたのだ。
「秋穂ちゃん、アリスさん、ふたりは同じ『詩之本秋穂』さんなんだよ。」
その肉体と魂を持ち、本人として生まれた秋穂。
海渡に想われ、その秋穂への思いを具現化して生まれたアリス。
人を想う存在と、人に想われる存在、どっちが偽物なんてない、二人とも本物なんだよ。
ただ思いがすれ違い、食い違ったために遠ざかってしまった、そんな二人。
だけど、二人の心は固く閉ざされ、さくら達の説得にも応じようとはしなかった。
何よりさくらと小狼が相思相愛なのは見て取れたから、それが余計に二人の心の傷に
痛みを与える。自分にだって好きな人はいる、しかし私たちはその人に拒絶された存在だから。
二人の悲しみは理解できる。でも今のさくらも小狼もそれを乗り越えるアドバイスは思いつかない。
ただ辛いよね、と思う。好きな人に思いが届かないことの辛さ-
と、さくらのカードホルスターが輝き、中から2枚のカードがゆっくり出てくる。
さくらと小狼の前で停止する、まるで使ってもらえるのを待つかのように。
-アロー(矢)-
-ホープ(希望)-