カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
どさ、どさっ!
閉じられたアリスの時計の本の横、突然空中からさくらと小狼が出現し、
そのまま尻もちをつく。
「さくら!」
「さくらちゃん、李君!」
「木之本さん、大丈夫?」
居並ぶ面々が二人を心配する。さくらはお尻を抑え、さすりながら立ち上がる。
「あいたた・・・あ、帰ってこれた!」
周囲はまだ薄暗い。日の出前の早朝、さくら達が本に突入してからほぼ半日。
と、さくらの持っていた星の杖が光り輝く。しばらく光を発した後、そこから2筋の
光が分離し、ふたりの守護者が姿を現す。
「ケロちゃん、ユエさん!良かった。無事に戻れた!」
ふたりは一息置いて、さくらの方に向き直る。
「ああ、ま、さくらとワイの実力やったら当然やな!」
きっちりユエと小狼を抜いて自慢するケルベロス。その頭上に小さな光が灯る、
それはすぐに形を成し、ケルベロスの後頭部に落下する。
ごいんっ!
不意打ちを食らって突っ伏すケロ。落ちてきたのは知世がモモに貸したビデオカメラだ。
「な、なんやワイ・・・こんなんばっかや。」
後頭部を抑えてごちるケロ。そのビデオを知世が回収して微笑む。
「これは視聴が楽しみですわ。」
そのセリフにはっ!と反応するケロ。
「しもた!ワイそん中でずっと杖やないかーっ!」
笑いに包まれる一同。ケロだけはさくらに今からもっかい行こうで、と無茶振りをする。
「そうだ、詩之本は!?」
小狼の言葉に、全員が一斉に秋穂の眠るアウトドアチェアーに注目する。
傍らでは海渡が心配そうにその表情を覗き込んでいる。
「起きません、眠ったままです。」
「そんな!どうして・・・」
確かに秋穂の魂は戻ってきたはずだ。なのにどうして起きないのか、もしかすると
秋穂とアリスが合体したことが何か悪い影響を与えてしまったのか・・・?
観月が秋穂をじっ、と見る。そして指を一本立てて、にっこり笑って言う。
「やっぱりここは、王子様のキスで起こすべきじゃないかしら?」
周囲が一斉にえっ!?という反応をする。お約束だけど、それで本当に?
そういいつつも、周囲が海渡に注目する。
「え、私・・・ですか?」
「あんた以外に誰がいるのよ!」
苺鈴がぴしゃりと一言。他のみんなもうんうんと頷く。
みんなが注目する中、顔を赤らめた海渡が秋穂を覗き込む。彼女は穏やかに寝息を立て
無防備に唇を少し開けている。まるでキスされるのを待つかのように。
ごくっ、と生唾を飲み込み、一歩引く海渡。しかし後ろを見れば全員が『行け!』と
圧をかけてくる(特に女性陣)。
はぁ、とため息一つついて、海渡が秋穂に顔を近づける。一同興味津々で注視する。
特にさくらと小狼は学芸会で身に覚えのあるシーンを思い出し、並んで赤面しながら
次の展開を待つ。
やがて海渡の顔が秋穂に重なり、唇が触れようとしたその時!
「あーーーっもう!、あなたたち、空気を読んで消えなさいよーーーっ!!!」
秋穂が突然叫ぶ、真っ赤な顔で。さくら達を見ながら、普段見ない怒りの表情で。
その抗議に全員が、あっ、という表情をする。一息置いてばたばたと家の裏に引っ込む面々。
観月だけは笑顔で、ごゆっくり、という表情でひらひら手を振って退散する。
家の反対側に集まると、やがて一同は笑いをこらえきれずに吹き出し、大笑いする。
「あはははは・・・良かった。」
「起きてたんだ、やるわねー詩之本さん。」
「まぁ今回は撮影は控えておきましょう。」
ひとしきり笑い、さくらと小狼は顔を見合わせ、言う。
「良かったな。」
「うんっ!」
朝日が昇る。詩之本邸を、海渡と秋穂を、黄金色の朝日が照らす。
やっと会えた、やっと戻ってこられた、ようやく気持ちが通じ合った。
魔法に翻弄され、紆余曲折を経た二人が今、唇を重ねる。澄み渡る朝日の中で-
テーブルの上に、海渡がお茶とお菓子を置き、皆を見て一言。
「本当にお世話になりました。みなさんのおかげです。」
「ありがとね、さくらさん、みなさん。」
秋穂も続く。アリスの時とは若干違った物言いに違和感があるが、これが本来の
秋穂なんだろうと皆が顔を見合わせて頷く。
テーブルの傍らには『時計の国のアリス』の本。秋穂はそれを取り、さくらに差し出す。
「じゃ、これ。モモが言ってた通り、あなたに預けるわ。」
「いいの?」
「うん!ただしその中に行くときは声かけてよね。」
「もちろん!」
本を受け取り、胸に抱えて笑顔のさくら。この本の中にはカードさん達と、彼らが暮らす
世界がある。いつかまた行く世界が。
柊沢エリオルが、ふとさくらを見て驚く。そして立ち上がり、言う。
「さくらさん!あなた・・・まさか!?」
「ほぇ?」
エリオルはさくらに近づき、手をかざして続ける。驚愕の表情で。
「魔力が・・・失われています。」
「「ええっ!?」」
皆が驚く。しかしケルベロスとユエだけは平静を保っている。ケロがさらに一言。
「さくらだけやない、小僧もやで。」
「え、あ・・・俺も?」
小狼が自分の両手を見て固まる。一息置いて宝玉を取り出し、精神集中するが
宝玉は光らず、剣も出なかった。
呆然として顔を見合わせるさくらと小狼。ふたりに手をかざし、海渡が告げる。
「完全に失ったわけではなさそうですね、普通の人なみの魔力まで落ち込んでいます。」
一体なぜ、という一同に、ユエが解説を与える。
「カード達に魔力を、命を分け与えたのだ、失われて当然だろう。」
え?という表情のさくらと小狼。逆に知世や苺鈴、なくるや観月は、あ、そうか、という表情。
「命を・・・与えた?」
「お気づきにならなかったのですか?」
「さくらと小狼の魔力を得て、あなたたちの子供になったのよ、あのカードたち。」
「「え・・・ええーーーーーっ!!」」
さくらと小狼の驚き声がハモる。なくるが「子だくさんね~」とからかうと
おなじみ瞬間湯沸かし器のように居並んで赤面する二人。
「あ!ということは・・・」
エリオルがケロとユエを見る。彼らはさくらの守護者、さくらの魔力が糧であり、生命エネルギー。
特にユエは自分で魔力を生み出せない、さくらの魔力が失われれば・・・
「んー、ワイらか?心配ないで。」
ケロ(小)がお菓子を頬張りながら返す。ユエがそれに続く。
「主(あるじ)と李小狼の魔力で変化したのは、何もカード達だけではない、ということだ。」
言ってテーブルからチョコをひとつまみ取り、その口に放り込む。
「ふむ・・・『食べる』という感覚も悪くないな。」
その光景を見てエリオルが固まる。引きつった表情で辛うじて絞り出す。
「ユエが・・・物を食べた!?しかも、エネルギーを魔力に・・・?」
「そのようだな、私もケルベロスと同じ、主の魔力に頼らなくても存在できるようだ。」
ユエが返す、そして立ち上がり、さくらと小狼の前に立つ。
「だが、本当に驚くのはここからだ。」
ユエの言葉に体を硬直させるさくらと小狼。隣りではケロがむっふっふ、という顔をして
次の展開を待つ。
ユエはふたりに背中を向け、体を青白く輝かせる。そして羽根を丸める。
それはいままで何度も見た、ユエが雪兎に戻る時のアクション。
だけど、今回はいつもとは違っていた。羽根はユエを包まずに、その背中の何もない空間を
包み込む。まるで背中に繭(まゆ)かランドセルでも背負うかのように。
そして一層まばゆく輝くと、その羽根をほどく。その中にはひとりの青年、華奢な体。
端正な顔に眼鏡をかけた、さくらのよく知る人物。
「雪兎さん!」
「分離・・・した???」
次々起こる理解を超える現象に凍り付くエリオル。もともと表と裏の存在であるユエと雪兎が
別々の存在としてそこに立っている。もはやエリオルにいつものクールさは無く、引きつった顔と
頭の上のハテナマークが彼のキャラを完全に変えていた。
雪兎は居ずまいを正すと、さくらと小狼に向けて一歩踏み出す。そしてふたりをじっ、と見る。
「雪兎・・・さん?」
「あ、あの・・・」
じっと見られて硬直するさくらと小狼。雪兎はふたりを見るその表情が、徐々に崩れていく。
そして雪兎は前方に倒れ込み、がばぁっ、とさくらと小狼に抱き着く。
「ありがとう、ありがとう・・・ありがとおぉぉぉっ!!」
突如、号泣する雪兎。ふたりも、周囲の人間もそのリアクションに固まる。ケロとユエを除いて。
「ほ、ほえええっ!?」
「ど、どうしたんですか?」
雪兎は泣きながら、二人に言葉を紡ぐ。感謝の言葉を。
「僕は、僕は・・・人間になれたんだよ、ふたりのおかげで・・・ありがとう、ありがとうっ・・・」
「「えええっ!?」」
「ずっと・・・ずっと、コンプレックスだったんだ・・・僕が、人間じゃないことに・・・
子供の頃なんて無くて、僕のお爺さんとお婆さんなんて、本当はいなくて・・・」
月城雪兎。クロウカードの守護者ユエの『表の顔』として、この世界にその存在を許された
偽りの存在。やがて来る『最後の審判』の為に、さくらのそばに居るための『作られた』存在。
いつも明るく笑って、悩みなどおくびにも見せず、そこに居ただけの人形。
さくらの魔力が少なくなった時は、その存在さえ消えかけ、桃矢の力をもらってようやく存続を
許された希薄な存在。
そんな彼の心の闇、それは人間への憧れ。ずっと決してかなわないと思っていた願い。
そんな彼の願いは、さくらと小狼によって叶えられた。カード達と同様『想い合う男女』の魔力によって
彼は人間としての肉体と、存在と、そして寿命を与えられた。
「あ・・・」
さくらは気づく。そんな雪兎の悩みに、そしてそれを解消してあげた自分たちの功績に。
「・・・よかった。」
さくらはかつて海岸で小狼に話したことを思い出していた。自分じゃ雪兎の力になれない、
彼の悩みを解決してあげられない、そもそも雪兎は私なんかに自分の悩みを見せたりしない。
そんな私が雪兎の願いを叶えられた、雪兎にいっぱいいっぱい大切なものをもらったさくらが
初めて雪兎に恩返しができた。そんな思いがさくらにその答えを返させる。
「私、ずっと思ってたの。雪兎さんには貰ってばかりで、なんにもかえせない。そんな自分は
やっぱり子供なんだ、って。」
「・・・え?」
「だから嬉しい。私が雪兎さんの役に立てたことが。」
「俺も同じです。」
小狼が雪兎にそう語る。雪兎はふたりから離れ、小狼の方を見る。
「貴方の泰然自若とした態度は、いつも見習うべき自分の手本だと思っていました。
そんな貴方のお役に立てたのなら・・・俺も、嬉しいです。」
彼にはそういう見本とも言うべき人間がいた。李家の執事である偉(ウェイ)。彼はいつも
泰然自若としてにこやかな笑顔を絶やさなかった。だがそれは齢を重ねた彼だからこそだと思っていた。
だが、小狼は自分とそれほど変わらない年齢でそれを成す人物に出会う。そう、雪兎だ。
桃矢との喧嘩を自然に止め、さくらへの想いにいち早く気付き、いつも笑顔で応援してくれた。
自分自身の存在のあやうさ、儚さを常に隠して明るく振る舞うその存在は、魔力の魅了を抜きにしても
小狼に『尊敬できる人間像』を見せてくれていた。
雪兎は眼鏡をはずして涙をぬぐうと、さくらと小狼を交互に見つめ、もう一度言う。
「本当に、ありがとう。僕は今日、本当に生まれることが出来た。」
その言葉に笑って頷くさくらと小狼。今、二人ははじめて雪兎と同じ目線で相対できた気がした。
ふと、雪兎はさくらの胸にかかるネックレスを見る。これは・・・
後ろにいる桃矢をちらりと見る。彼も雪兎が人間になれたことを喜んでくれている、
ただ、このネックレスは・・・
「ねぇさくらちゃん、そのネックレス、僕にもらえないかな?」
突然の雪兎の提案、彼がさくらに何かを求めるのは珍しい。ただ、このネックレスを
ホープにもらった時こう言われていたのを思い出す。
-それを必要としている人がいます、その方に差し上げて-
「いいですよ。」
さくらは笑顔でそのネックレスを外し、雪兎に手渡す。
「ありがとう!」
そう言ってネックレスを受け取り、ちらっと桃矢を見て笑う。桃矢は普段見せない思わせぶりな
雪兎の表情に、頭にハテナマークを浮かべている。
「ふぁ、さすがに徹夜は疲れたわ。帰って寝ましょ。」
そう提案したのは苺鈴だ。そういえば夕方からアリスの本に突入し、今は早朝。
みんな眠気も疲れもピークに来ている。
「そうね、幸い今日は日曜だし、ゆっくり休みましょ。」
観月の言葉で、その場は解散となる。と、苺鈴は桃矢と共に帰ろうとするさくらに尋ねる。
「ねぇさくら、これで本当に良かったの?魔力を失っちゃって。」
さくらはその言葉に笑顔で返す。
「うん、苺鈴ちゃんも言ってたじゃない。」
そう言って一呼吸おいて、力強くこう続ける。
「翼が無いなら走っていくよ、行きたいところまで!」