カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
「ふぅ・・・これでよろしいですかな?」
トントンと自分の肩を叩く初老の紳士、偉望(ウェイ・ワン)。その足元には、
まるでイモムシのごとく地面に突っ伏している者が4名、いずれも魔導士としては高位の、
紫や銀色のローブを纏った若者たち。
後ろ手に魔力による拘束の呪を手錠のようにはめられ、うつ伏せに倒れてその紳士を睨(ね)めつける。
イギリスのロンドン、魔法協会本部。その地下の広い部屋、主に魔法の儀式や実験、
または実戦などの場として使われるスペース。
その正面の机には、いかにも年経た魔法使いというい風貌の老婆が、やれやれとため息をつき
書類にペンを走らせる。、
「魔道具『夢の杖』および『輪廻の時計』を魔導士ユナ・D・海渡に譲渡した事を認む、と。
これでよろしいですね、ウェイ。」
その書類を差し出す老婆。
「結構でございます、ライマー・D・シュタイフィーネ会長。」
うやうやしくそれを受け取るウェイ。その光景に地面に倒れたひとりが怒りの声を上げる。
「か、会長!待ってください、そんなことを認めたら・・・」
「お黙り!」
老婆が一括して若者を黙らせる、杖をどん!と地面に打ち付け、続ける。
「自分から言い出しておいてそのザマは何だい!それでよく『D』の称号を名乗れたものだよ。」
ぐっ、とうめいて顔を伏せる若者、アイン・D・スティ。魔法協会の若き精鋭の一人であり、
最高位の『D』の称号を与えられ、次代のリーダーとして期待された人物。
また、協会から魔道具を盗んだユナ・D・海渡を敵視する派閥の一人でもある、倒れている
他の3人も彼ら同様、海渡を断罪しようと敵視していた高位の魔術師。
彼ら4人の魔力なら、後ろ手に拘束している呪などテイッシュのように破ることが出来るはずだ。
しかし今はそれが出来ない、ウェイに腕をひねられ、腕の腱を伸ばされ、体術で組み伏せられた状態で
仕掛けられた呪は、はずそうとする以前に腕がつって動かせず、痛みで魔力の集中もままならない。
今朝がた魔法協会を訪れた来客、それは香港で名うての魔道の名家、李家の頭領の女性、李夜蘭と
その執事の老人ウェイ、そして夜蘭の弟子の王林杏とステラ・ブラウニーの4名。
彼らが求めたのは、ユナ・D・海渡への敵対行為の終了と、そのために彼が盗んだ魔道具の所有権を
海渡に移すこと。むろんその真意は秋穂や、その友人である小狼やさくらに魔法協会との確執を
生まないための配慮。
それは無論、海渡を敵視するアイン達には受け入れられるものではなかった。相手が香港を代表する
魔術師ということが逆に彼らに蛮勇を誘発する、自信家にありがちな自惚れ。
魔術の世界は実力が全て、要求を通したいなら実力を示せ、我々と戦って勝ったなら
その要求を聞き入れてやろう、と自信満々に対決を挑んできたのだ、負けることなど微塵も考えずに。
で、今この状況。4対4のはずが、最初に出てきたウェイに4人まとめてねじ伏せられて
あえなく要求は通されたわけである。
隅のソファーには中国式の魔術の衣裳を纏った李夜蘭が無表情で鎮座している。
傍らにいる林杏とステラは出番が無い事にほっとしつつ、迂闊にウェイの相手を引き受けた4人に
同情の目を向けている。
「あ、あなた、一体何者なの?」
倒れている4人のうち唯一の女性魔導士がウェイに問う。それはせめて自分たちをこんな惨めな目に
合わせた人物が、それ相応の者であってほしいという慰め。
「わたくしは会長とは魔法学校(マジックアカデミー)の同期でしてな。」
そのウェイの言葉に、4人は少し溜飲が下がる気がした。この会長と同期の人物ならそれなりに・・・
「もっとも会長は首席で卒業されましたが、私は途中で強制退学でしたよ、魔力不足でね。」
4人の表情が絶望に代わる。彼らもまたアカデミーを首席や次席で卒業した優等生であり、
その自負もある。それがはるか昔とはいえ、魔力不足による落ちこぼれ相手にこの体たらくとは。
彼らは知らない。かつてウェイがその結果にどれほど屈辱を感じ、どれほどの努力と研鑽を経て
今の強さを身につけたか。魔法で足りない分を鍛えた肉体や技、心理学や洞察力で補い、
悔しさをバネにしてここまで上り詰めたのかを。そういったことを理解するには、4人はまだ若かった。
そしてそんな彼の経験が、クロウカード争いに敗れた小狼を立ち直らせ、魔力を持たない苺鈴の
良い指針となったのだ。
「(まぁ、あの子たちにはいい薬になったでしょう、感謝しますよ)」
会長がそっとウェイに耳打ちする。最近の彼らの増長ぶりには彼女も手を焼いていたらしい。
ウェイは微笑みで返すと、夜蘭に向き直り、報告する。
「では奥様、終わりました。御足労をかけて申し訳ございませんでした。」
うやうやしく一礼するウェイに対し、無表情ながら少し嬉しそうな色を浮かべ、立ち上がる夜蘭。
その横で林杏とステラが何かに期待する眼差しでウェイを見る。それを察してウェイが続ける。
「どうですかな、せっかくイギリスまで来たのですから、みなさんで見聞を広められては。」
要するにせっかく来たのだから観光していこうと言うことだ。夜蘭は手持ちの扇子を口に当て
やれやれ、という表情で告げる。
「いいでしょう。」
やった!と飛び跳ねる林杏とステラ。
部屋を出る直前、ようやく枷を外し立ち上がったアインがウェイを呼び止める。
香港に帰る前にもう一度勝負しろ、と食ってかかる彼の要求を、ウェイは笑顔で了承した。
3日後、再勝負でも全く歯が立たず、再びねじ伏せられるアイン達。
後に彼らはウェイに弟子入りし、自らを鍛えなおす。そして27年の後にその実力をもって
人々の知らない世界の危機を救う英雄になるのだが、それはまた別のお話。
季節は流れ、冬。
友枝町にもちらちらと雪の舞い踊る、そんな寒い日のこと。
「おーい桃矢ー、こっちこっちー」
オープンカフェに立つ雪兎が手をぶんぶんと振り、親友を呼ぶ。そこに小走りで駆けてくる桃矢。
「どうしたぁ?ユキ、いきなり呼び出して。」
またなんか企んでるのか?といった表情で雪兎を見る桃矢。
「うん、紹介したい人がいるんだ、桃矢に。」
「紹介したい奴・・・?」
いぶかしがる桃矢。と、彼は雪兎の後ろに隠れている人間に気が付く。雪兎にひしっ、と
しがみ付く少女に。
「うん、ぼくの妹!」
「はぁ!?」
雪兎に妹?そもそもこないだ人間になったばかりの雪兎に肉親はいないはずだが・・・
いぶかしがる桃矢の前に、雪兎は後ろの少女の背中を押し、立たせる。
「ほら、挨拶して。」
その姿を見て桃矢が、げっ!と固まる。大人しそうな整った顔立ち、薄緑がかった長い髪には
見覚えある濃緑のリボン。
「月城、鏡(つきしろ、かがみ)と申します、はじめまして、桃矢さん・・・」
顔を赤らめながら頭を下げる鏡。桃矢は頭を抱えて特大のため息一つ。
「はじめまして、じゃねーだろ・・・」
どこからどう見ても彼女はクロウカード改め、さくらカードのミラー(鏡)だ。
彼女だけは本の中で生きていくことを選ばなかったらしい。よく見れば、さくら達が本から
帰ってきた時に持っていたネックレスを首に巻いている、どうやらペンダント部分に
化けていたようだ。
どーすんだよこれ、といった表情で雪兎を見る桃矢。
「まぁ、これからいろいろ大変だから、協力よろしくね、桃矢♪」
桃矢が見抜いてることを見越した上で理解を求める。彼女は普通の人間ではない、さくらが
ケロを隠して居候させてる苦労を桃矢も請け負うハメになりそうだ。
と、雪兎のスマホが鳴る。電話を取って二言三言話し、切る。
「ごめん桃矢、急用ができたから、あとよろしくねー。」
そう言って名前のごとく脱兎する雪兎。とりつくシマも無くふたりきりにされてしまった。
今の絶対嘘電話だろ、と毒づく桃矢の横で、鏡は人差し指を胸の前でちょんちょん合わせて
桃矢のアクションを待っている、赤い顔で。
桃矢はやれやれ、という顔をしてひと息つくと、鏡の頭にぽんっ、と手を置く。
「んじゃ、そのへん散歩でもすっか。」
「は・・・はいっ!」
嬉しそうに桃矢を追いかける鏡。桃矢はまたややこしい事態になりそうだ、と頭をかく。
でもまぁ、それも面白いかもしれない。
ホールに響く美しい合唱の声。春の音楽発表会、現在は友枝中学コーラス部の演唱中。
歌の区切りの部分で一人の少女が前に出る、そしてそこから切なく、悲しい歌詞を紡ぐ大道寺知世。
彼女のソロが終わるころ、入れ替わりにひとりの少女が前に出る。そして前任の悲しい歌から
まるで立ち直るような力強さで歌い上げる、人間の強さを感じさせる声量、歌詞で。
詩之本秋穂。かつてこの体を奪っていたアリスが入部したコーラス部、本人はむしろ運動系の
部活に入りたかったところだが、入ってしまったものは仕方ない、やるなら徹底的に、と考えた彼女は
先輩の米田歩や、その母で吹奏楽部顧問の米田先生(元オペラ歌手)に師事し、歌唱力を
鍛えに鍛えていった。その結果、まだ2年にして知世と双璧の戦力として抜擢されるほどになる。
その歌を観客席の最前列で聞きながら、じんわりとした感動を噛みしめるユナ・D・海渡。
彼女は帰ってきた。自分の恋心を受け入れてくれた、アリスと共に。
そして昔から変わらぬその行動力で毎日をたくましく生きている。その歌唱力、コミュ力、
そしてそれを生み出す人間力。
「魔法具?そんなちっぽけなもので括(くく)るような人じゃないですよ、秋穂さんは。」
ヒザの上に乗せているウサギのぬいぐるみに語る。ねぇモモ、と。
やがて合唱が終わる。万雷の拍手が会場を包む、海渡は席を立ち、帰途に就く。
彼女の為においしい紅茶を淹れる為に。そして話そう、今日の合唱の事を。
二人きり、で。
『次は友枝中、チアリーディング部による演技です!』
夏の日差しが照り付けるグラウンド、さくら達チア部のメンバーがフィールドに出る。
フィールドの外には、ユニフォームを身にまとった友枝中ラクロス部の一同が拍手する。
その選手のひとりをちら、と見るさくら。昨年冬から入部した小狼がそこにいる。目が会い、微笑む。
よし、出番だとテンションを上げるさくら。すぐ横では千春が同じように山崎を見て
にこっ、と笑顔を見せる。
中学生ラクロス関東大会決勝のハーフタイムを使った応援合戦、先に対戦相手の頼位南中の
応援が終わり、友枝チア部の番が来た。
昨年のラクロス全国覇者である頼位南中に前半1点ビハインドで折り返している友枝ラクロス部。
去年はワンサイドゲームで惨敗した相手に、ここまで善戦できている要因の一つが、抜群の運動神経と
格闘技経験を生かしてフィールドを駆ける新戦力、李小狼の存在であった。
決して大きくないその体躯で、巧みに小回りを利かせディフェンスをすり抜け、ポイントゲッターの
山崎たちに的確なパスを出す。その活躍は見る者にとって、さくらならずとも輝いていた。
特別な力を持つがゆえに『仲間と競い、共に戦う』ことが出来なかった小狼。しかしアリスの
本の世界で魔力を無くした小狼は、その枷を外された。彼は魔力と引き換えに『少年の青春』を
手に入れることが出来たのだ。
そして今、さくらはそんな小狼に勇気と応援を送るため、フィールドに立つ。
魔力を失ったさくらは、もうその魔力で他人を魅了する心配はない。小狼を、友枝中ラクロス部を
奮い立たせるのは純粋な自分の、自分たちの演技。
小狼君が頑張っている、そんな小狼君に何かをしてあげられる、そんな誇りと嬉しさを胸に
さくらは踊り、舞う。夏の太陽に汗をきらめかせて。
-フレー、フレー、ト・モ・エ・ダッ!-
「で、結局負けたんやからなぁ。」
『まぁ仕方あるまい、相手は全国屈指の強豪だ。李小狼が入ったからと言って、劇的に
差が埋まるものではないだろう。』
ケルベロスとユエがノートパソコンの画面を通して話している、さくらが留守の時は
わりとお馴染の日常。
以前と違うのは画面の向こうでユエが茶菓子をつまんで食べていることだ。こっち側の
ケロも負けじとクッキーを頬張って返す。
「しっかしお前、そんなに食って家計は大丈夫なんか?ゆきうさぎもめっちゃ食うのに・・・」
『ああ、鏡(かがみ)が食べ物を倍に増やしてくれるので問題はない。』
その言葉にぶふぉっ!とクッキーを吐き出すケロ。
「なんやてぇ、それはズルいで!つかワイにもちょい寄こせや!」
赤いおはぎを頬張るユエに抗議するケロ。どうも木之本家は洋菓子がメインなので、
和菓子メインの月城家のおやつが美味しそうに見えて仕方ない。
そんな講義をさらっと流して、お茶をすすりつつ続けるユエ。
『で、主(あるじ)は今日、李小狼と逢引きか。』
「普通にでーとって言わんかい!まぁ小僧も大会が終わって部活も休みやし、ええんちゃうか?」
『そうか・・・』
それだけ言って茶を飲み干し、ふぅ、とひと息ついて遠くを見るユエ。
「なんや、いきなりたそがれてからに。」
『いや・・・主が魔法を使えなくなって、我らの日常はこのままこんな感じでずっと続くのかと
思ってな。』
「なんや、そんなこと心配しとったんかい。」
その言葉に無言でケロを見返す、画面越しに。
「ええか、さくらは運命に導かれてワイと出会うたんや、そして様々な経験や出会いをして
立派なカードキャプターになった。」
一度言葉を区切って、こう付け加える。
「その『縁』が、そーかんたんに切れると思うか?」
『・・・どういう、ことだ?』
「さくらの魔力は完全に無くなったワケやないやろ。今はまだ普通の人並みやけど、いつかまたさくらは
魔法を使い、カードを追いかけるようになる!あの本も、中のカード達も待っとるコトやしな。」
後ろ手に指さす先、引き出しの中の2冊の本、クロウカードの本と時計の国のアリス。
そこにはカード達との約束、いつかまた会う、その為には魔力が必要なのだ。
さらにその際にある数枚の透明な『クリアカード』。彼らもまた、主の復活を心待ちにしているのだから。
『なんだと!それは・・・いつのことだ!』
守護者として聞き捨てならないその話に、思わず声を荒げるユエ。
「さぁな、それはワイにも分からん。もしかしたら明日かもしれんし、50年先かもしれん。
それでも必ずその時はくるで。なんつってもさくらは・・・」
-カードキャプターさくら、やからなぁー
カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」
-Fin-