カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
昼休み、いつものメンツのお弁当の最中、柳沢奈緒子は一枚のプリントを
眺めながら、しみじみと呟く。
「九州の仙空中学に四国の黒花小学校、関西のKUGハイスクール、北関東の社会人チームの
香芝に東北の仙台錦付属中・・・今年も全国の有名どころがうじゃうじゃだねぇ。」
「「はぁ~」」
同時にため息をつくさくらと千春、奈緒子が見ているのは今年の『なでしこ祭』の
開幕マーチングパレード、その参加チームの一覧だ。
「そんなにすごいチームが来るのか?なでしこ祭に、わざわざ全国から。」
小狼の質問に知世が答える。
「ええ、ああいう『演奏系』のクラブは、発表の場をいつも探してますから、
わたくしも小学校の合唱部時代から、結構あちこちに遠征してましたのよ。」
はー、という表情で秋穂が続ける。
「そんなチームのトップを切って、友枝中が演奏するんですか、大変ですねぇ。」
2年前から始まったなでしこ祭のマーチング、初年度は地元の学校だけで
つつましく行われてきたが、噂を聞き付けた2年目、つまり去年から全国の有名チームが
多数参加する目玉イベントになってしまった。
おかげで昨年、友枝中吹奏楽部はそのレベルの差をまざまざと思い知らされる結果に
なってしまった。そこで今回、吹奏楽部は演奏に集中し、チア部に踊りを担当してもらうことで
少しでもレベルアップを果たそうと、今回の依頼となったのである。
となれば、当然チア1年生、中でも先頭を進むドラムメジャー候補のさくらと千春が
相当なプレッシャーを感じるのもやむなき事態であろう。
「私としては好都合ですわ。今回コーラス部はチア部のひとつ前の出番ですから、
さくらちゃんがチア部で出場なら、その雄姿を撮影するは難しいですもの。
初日なら日程もかぶりませんから、思う存分さくらちゃんの雄姿を撮影できますわ♪」
「あはは・・・ぶれないね知世ちゃんは。」
冷や汗を流しながら答えるさくら。
「さくらちゃんが先頭を切ってバトンを振り颯爽と行進・・・想像しただけでドキドキですわ~」
「はーい、それじゃ今日はここまで。各自本番のリズムをしっかりつかんでおいてね。」
今日の吹奏楽部との合同練習がようやく終わる、チア一年生の7人はそれぞれが『チューナー』
というメトロノーム機能を備えた電子機器を渡される。
とにかく暇さえあれば本番の演奏のリズムを体に染み込ませろ、ということだ。
ドラムメジャーは普通の演奏であればコンダクター(指揮者)の役割も果たす。
もしドラムメジャーがリズムを崩せば演奏全体がなだれをうって崩れる羽目になる、責任は重大だ。
「今のところは木之本さんと三原さんが一歩リードだけど、他のみんなも諦めずに
ガンガン追い込んでね、少しでもいいマーチングにしたいから。」
笑顔でプレッシャーをかける米田先生、元オペラ歌手だった彼女の声は優しくも魂に響く、
今や一年生全員がさくらたちと同じプレッシャーを感じていた。
「「はいっ!!」」
全員が元気な返事を返す。米田先生はよろしい、では解散と告げてその日は終了となった。
「はいあかん、ズレとるで~」
チューナーを凝視していたケルベロスがさくらの動きにまったをかける。
「はう~、難しいよぉ」
「1曲は5分くらいやろ、最初の1分でもう1拍子早くなっとるで。」
体内時計を演奏曲に合わせるための自主練、物事に積極的な性格のさくらは
どうしても自然にハイペースになってしまうようだ。
「どうする、もっかいいっとくか?」
「う、うん、頑張る!」
「ほないくでー、3・2・1・ハイ!」
「(いっちにぃさんしっ!いっちにぃさんしっ!!)」
心で数を数えながらリズムにあわせて腕を振るさくら。
ピッ・ピッ・ピッ・ピピピピピピッ・・
カッ・コッ・カッ・・・コッ・・・カッコッ・・・
チクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタク
そ~れぇデワアスノおてん~キデス・・・
「ほぇ?」
「おいいっ!いきなり乱れとるやないかーいっ!」
「じゃなくて、何このリズム・・・?」
「ああ?な、なんやこれぇっ!?」
部屋中から不規則に音がする、リズムを刻む。時計から、テレビから、スマホから
借りてきたチューナーからさえ不規則な音が乱れ飛ぶ。
「ケロちゃん、これ・・・」
「またなんかの気配を感じるんか?」
「うん!封印解除(レリーズ)!」
胸の鍵を杖に変え、構える。さくらにしか感じない魔力を、気配を頼りに探す。
「そこっ!主無きものよ、夢の杖のもと我の力となれ、固着(セキュア)!」
アタリを付けたのはいつもの目覚まし時計、それに夢の杖を打ち下ろす。
と、その時計の脇に一つの台形が現れる、中央には左右に触れる針。
「メトロノーム?それに・・・封印出来ない、どうして?」
「動きを止めんとアカン・・・わけでもなさそうやなぁ、動いてへんし。」
確かに、そのメトロノームは静止し、規則正しく針を動かしている。ただし音はしていない。
代わりに部屋中には先ほどからの不規則なメロディが躍っているが。
「あーもう、なんやコレ!気が変になりそうや!」
「待って!これって・・・」
さくらには既視感があった。普通の方法で封印が出来ないカード、過去にもあった。
例えば名前を当てる、力比べに勝つ、格闘技で勝利する。相手の得意な分野で勝つことにより
自分に従うカード達。そしてこのカードの得意なことは・・・
そのメトロノームは一定のリズムで左右に揺れる、そしてそのリズムはさくらの
良く知っているリズムだった。
「そうだ、これは、さっきまで私が練習していたマーチングの曲のリズム。」
周囲の音があまりにも不規則に響き渡るため気付きにくいが、そのテンポは確かに
さくらが練習していた曲のテンポだった。
夢の杖を胸に当て、バトンの動きでメトロノームに合わせて杖を振る。
周囲の雑音に惑わされないように、メトロノームの針に動きを合わせる。
いっちにっさんしっ、いっちにっさんしっ、いっちにっさんしっ・・・
さくらの動きが完全にメトロノームとシンクロする。もう乱れない、完全な一体感がある。
と、その時、メトロノームが輝き、光の粒子となってさくらの杖に吸い込まれていく。
そして1枚のカードとなって、さくらの目前にはらり、と落ちる。それを手にするさくら。
「律動(Rhythm『リズム』)・・・」
「なんや、周囲の音ものうなっとるで。そのカードの仕業だったんやなぁ。
「うん、どうもそうみたい。」
自分のカードのホルスターを取り、そのカードを仕舞うさくら。
「なんや、使わんのかさくら。それ使えば練習になるやろ。」
「うん、それはダメだよ、みんな魔法なしで練習してるんだから。」
さくらは先ほどの『律動』とのシンクロに少し怖さを覚えた。自分でも不思議なくらい
リズムに乗れたその動きは、練習の成果とはまた違う不自然さを感じた。
「それもそうやなぁ、魔法をそういうコトに使うのはたしかによーないわ。」
二人は偶然、同じカードのことを思い出していた。クロウ・カードだった頃のダッシュ(駆)。
魔法の使用は時として不公平を生む、それで不利益を被る人間がいるならそれを使うべきではない
そんなことを学ばせてくれたカードの事を。
「まぁ誰かさんは、ケーキが少ないとか言って魔法で小さくなってたけどね~」
少しイジワルな表情でケロを見るさくら。ケロがぎくっ、と硬直する。
「ま、まぁ人生いろいろやでぇ~。さ、寝よ寝よ。」
ごまかして布団に入るケロに続いてさくらも布団に入る。
まどろみの中でさくらは、ひとつの事を考えていた。
『魔法って、どの程度までなら使っていいんだろう・・・』
やがて眠りに落ちるさくら。そして夢の中、ひとつの言葉が頭に響く。
-お前はもう、戻れない-