カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
「ふぅ・・・」
借り住まいのマンションの一室、明かりが消された部屋でひとつ息をつく少年、李小狼。
扉は閉ざされ、カーテンも閉められ、その部屋に明かりは無い。
ただ、足元の魔法陣だけが青く輝き、少年の顔を下から照らしている。
そしてその周囲には、無数の精霊が漂っている。あるものは成人女性の姿、あるものは少女の姿、
あるいは小動物、剣や天秤などの道具など、多種多様な精霊たちが、小狼の周りに浮かび
彼から発せられる魔力を吸い込み、そして消えていく。
さくらカード。小狼がさくらから奪ったカードの精霊、あの日から小狼には義務ができた。
この精霊たちが存在し続けるための魔力を供給し続けるという義務が。
そのため彼の放課後は、彼自身の魔力を高めるための儀式と精神集中に費やさなければならない、
今の彼に、普通の中学生の放課後は望むべくも無かった。
高位の精霊、ライト(光)とダーク(闇)が、おつかれさま、と小狼を労い、そして消える。
最後に残った一体、ホープ(希望)が小狼に寄りかかり、額を小狼の胸に当てて感謝を示し、
すっと後ろに飛ぶ。タンスの上に置かれたくまのぬいぐるみに向かい、吸い込まれるようにその姿を消す。
消える魔法陣、小狼は部屋の電気をつけると、ようやく日常的なマンションの部屋がそこに戻った。
「お腹、空いたな・・・」
魔力のオーバーワークは肉体に過度の負担を強いる、かつての雪兎=ユエがそうであったように、
人として魔力の回復を図るなら、まず肉体を万全のコンディションにする必要がある。
よく食べ、よく眠る。今、彼にできることはそのくらいしかなかった。
以前は自炊が当たり前ではあったが、今はもう料理をするのもおっくうだ。余裕のある日は
まだ出来るが、今日はどうももう限界のようだ。
今夜はコンビニの食事でいだろう、汗を拭き、服を着替えて外に出る。
帰り道、すっかり暗くなった夜道を歩く。と、彼の耳に聞きなれた声が漂ってくる、
知ってる声、いつも聞いてる男子の声が、少し離れた公園から聞こえてくる。これは・・・
「イチ・ニ・サン・シ、イチ・ニ・サン・シ、イチ・ニ・サン・シッ!」
公園にはふたつの人影があった。ひとりは声の主、クラスメイトの山崎貴史、
その声に合わせて踊っているのは、彼の幼馴染でさくらの友人の三原千春。
そういやマーチングのオーディションが近いはずだ、二人ともそれぞれのクラブの後
こんなところで練習してたのか、と感心する。これはさくらも大変だな、と。
いつまでも覗き見るのはよくない、心の中でがんばれよ、とエールを送って去ろうとしたその時、
千春の言葉が小狼の足を止める。
-うん、今回は・・・負けたくないから、『さくらちゃん』に-
「それにしても、ずいぶん頑張るねぇ、今回は。」
天真爛漫な表情でタオルを渡す山崎に、千春は少しためらいながらこう返した。
「うん、今回は・・・負けたくないから、『さくらちゃん』に。」
え?という表情で固まる山崎。どちらかと言うと競争意識はあまりない性格だと思っていただけに。
そんな山崎を見つめて、千春はこう続ける。
「だって・・・そうでしょ?5年生の時の劇はさくらちゃんと李君が主役だった、それはいいわ。
でも6年の時、本当は山崎君が王子様のはずだったのに・・・直前でケガしちゃって、
また李君に主役を取られちゃったじゃない!」
しばし沈黙の後、千春は続ける。
「私・・・楽しみにしてた。山崎君の王子様、本当だよ!」
自分がお姫様役ならなお良かった、という贅沢は心に押し込める。
「だから、その分も私が頑張るの。今年は私が主役になって、マーチングの先頭を切って踊るわ、
去年の山崎君の分まで!」
その後の二人の会話は聞いていない。多分山崎がおちゃらけた言動で千春を和ませ、
軽いツッコミの後、練習を再開したんだろう。だが、小狼にとってそんなことはどうでも良かった。
マンションまで逃げるように走り帰ると、部屋に入って弁当を放り出し、ベッドに突っ伏す。
胃の中に鉛を流し込まれたような自己嫌悪、不快感、焦燥感、そんな感情に押しつぶされて
食欲は完全に失せてしまっていた。
去年のなでしこ祭の練習期間、さくらはナッシング(無)のカードの災いに巻き込まれた。
その災いは学校にまで及び、対処のため周囲にいた生徒たちをスリープ(眠)で眠らせた。
その際に山崎は左手を巻き込んで倒れ怪我をし、主役の座を断念せざるをえなかった。
そして交代要員として白羽の矢が立ったのが小狼だったのだ。
あのときスリープを使ったのは他ならぬさくらだ、あくまで自分たちの都合で。
魔法の事が周囲にバレるのを恐れるあまり、クラスメイトにケガを負わせ、出るべき舞台に
出られなかった。そして今この時までその傷を心に残している。
そんな事実を突きつけられ、小狼の心は痛んだ。
-このことをもし、さくらが知ったら-
オーディション当日。夕闇に染まる校舎、その3階で小狼はクラスメイトの柳沢奈緒子と日直の仕事に
追われていた。クラスの一人が他校とのトラブルを起こしたらしく、担任の先生が対応に当たる都合上
日直の二人は抜けた先生の穴埋めに奔走していた。
ようやく目途もつき、日誌を抱えて職員室を後にし、二人で廊下を歩く。
と、奈緒子がふと中庭を見て足を止める。
「あ、やってるやってる。ほら李君、オーディションやってるよ。」
「え、もう?」
中庭でチア部一年生の7人が行進し、バトンを振り、踊る。
その際を各部の先生と部長が真剣な表情で審査している。なるほど、オーディションの真っ最中のようだ。
「今から行ってももう間に合わないね~、このさいここで見ていこうか。
「ああ。」
二人並んで窓から眼下の踊りを見る。素人の小狼から見ても、やはりさくらと千春の演技は
一歩抜けているのがよくわかる。
小狼は複雑だった。本来ならさくらを応援したいところだが、先日の一件もあって、今年は三原に、という
気持ちも強かった。なにより去年の件が魔法に起因しているだけに。
踊りも終盤に差し掛かろうとした時、奈緒子が思わぬ言葉をよこす。
「こりゃあ李君、今年は残念だったねぇ。」
「・・・え?」
「千春ちゃんすごいわ、正直さくらちゃんと比べても完全にレベルが一段階上だよ。」
「そうなのか?」
柳沢も小学校時代はチア部所属だった。素人には分からない明確な差があるのだろう。
小狼は残念な気持ちと、ほっとした安心感を同時に胸に抱える。
「まぁ、しっかり慰めてあげなさい、それは李君の役目だから。」
そう言って日直の仕事に戻る、少し片づけをすれば仕事は終わる、二人ともチア部に合流できるだろう。
「それでは、今年のドラムメジャー担当を発表します。」
採点表を手に、米田先生が一年生と吹奏楽部員を前にして言う。
小狼や奈緒子、合唱部の知世や秋穂、ラクロス部の練習を終えた山崎もそこに駆け付け、発表を待つ。
「木之本さん、しっかり頼むわね。」
周囲に起こる拍手、祝福。
そんな中、小狼と奈緒子だけは意外な表情を隠さなかった。思わず奈緒子を見る小狼。
彼女はうつむいたまま、小声で呟く。
(ウソ、でしょ・・・?私にはわからない中学生レベルでさくらちゃんが上回ってた?
でも、そんな・・・自信無くすなぁ・・・)
どうやら見当違いな評価だったらしい、小狼ははっ!として千春を探す、あれだけ頑張って
決意をもって臨んでいただけに、その落胆はさぞかし大きいに違いない・・・
「おめでとう、さくらちゃん。本番頑張ってね~」
・・・え?
当の千春は、悔しさも残念さもみじんも見せず、にこやかにさくらを祝福していた。
それは表情を隠すというレベルではない。演技で決定的な失敗をして「仕方ない」という
感情の在り方でもない。まるであの夜の特訓も、断固たる決意も無かったかのように
わずかな暗い影も見せずにさくらに接している。
母と、4人の姉と、元婚約者の苺鈴という女系家族に囲まれて、女性の表情を見る目には
自信があった。それだけに今の三原千春のその表情、態度には不思議な違和感があった。
結局、さくらを祝福することも忘れ、小狼は帰宅する。
そして、日課の魔力供給を済ませ、今日もコンビニに夜食を買いに行く。
その帰り道、彼はまた二人を目にする。同じ場所、同じ時間、先日とは真逆の感情を抱いた彼女を。
「どうして!どうしてよ!!私は全力で、完璧にやったつもりだったのに・・・
また、またさくらちゃんに・・・」
千春が山崎に抱き着いて、人目もはばからずに泣き叫んでいる。山崎は優しい表情でその頭をなでる。
「私は、私たちは脇役だっていうの?どうしていつもさくらちゃんと李君ばっかり・・・
うわあぁぁぁぁん!」
その光景を見て、小狼は背筋が凍り付くのを覚えた。そう、今のような態度こそ、あの時見た三原の
決意に相応の態度なのだ。なのに何故、さっきはさくらに対してああもにこやかでいられたのか・・・
帰り道、小狼は思う。何かがおかしい、三原のあの態度の違い、柳沢の評価と先生や部長の評価の差、
さくら、魔法、カードの精霊、色々な思いがぐるぐると小狼の頭を回り巡る。
何か、この違和感を埋めるピースが何か足りない。ただ、嫌な予感だけが小狼の中で大きくなっていく。
マンションに到着し、玄関に入ろうとした小狼は、後ろからの声に呼び止められる。
「こんばんわ、君も夜食の買い出し?」
すらっとした華奢な体つき、薄紫色の髪型に眼鏡、その手には食料を山ほど抱えて微笑む青年。
-月城雪兎-
クロウ・カードの守護者、ユエの仮の姿であり、かつてさくらと小狼が惹かれた青年。
「どうしたの?難しい顔してるよ。」
「い、いえ・・・何も。」
「当ててみようか。多分、さくらちゃんのコトでしょ。」
「は、はい・・・」
クスクスと笑う雪兎。どうもこのヒトがいると調子が狂う、とため息をつく小狼。
この穏やかな人があのユエと同じ人とはどうしても思えない。あの最後の審判を戦った・・・
小狼の全身に電撃が走った、気がした。最後のピースを見つけた、見つけてしまった。
ユエ、最後の審判、それを乗り越えたさくら、その先にある最後のピース、それはさくらの言葉。
-私と『なかよし』になってほしいな-