カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
「ほぇ~、終わったぁ。」
テスト用紙が集められ、机に突っ伏すさくら。1学期最後の難関、期末テストの
最後の教科がようやく終了した。
「さくらちゃん、お疲れ様。」
知世が余裕の表情で笑顔を見せる。成績抜群の優等生にとってそのイベントは
通常授業とそう変わりないものかもしれない。しかし、さくらにとっては・・・
「大丈夫かなぁ、もし万が一、赤点だったら大変だよぉ~」
不安げに呟くさくら。友枝中では平均点の半分を下回ると『赤点』となり
追試、夏休み中の補習授業、そしてクラブ活動参加への制限もかかる、
マーチングでドラムメジャーを務める以上、赤点で練習参加が出来ないなんて事態は
絶対に避けたいところだ。
「大丈夫ですわ、さくらちゃんなら。」
「そうだといいけど・・・あーもう、数学と英語が不安だよぉ~」
本来大の苦手の算数(数学)と、普通の学校より外国人が多い友枝中において
英語の得点は特に気になるところだ。
翌日、廊下に張り出される成績表、成績優秀者から順に名前が羅列された表の前で
生徒たちが自分の名前を探して賑わっている、その中にさくらと知世もいた。
「あった!あったよ~、良かったぁ~。」
215人中142位木之本さくら 402点。しかしさくらの安堵は順位でも点数でもない。
赤点を一教科でも取ったものは張り出された成績表に名前が載らないのだ、
ここに名前があるということは、無事赤点を回避できたということになる。
「よかったですわね、さくらちゃん。」
「ありがと。知世ちゃんはどうだった?」
笑顔で祝福する知世に」さくらが問う。
「おかげさまで、無事満点でしたわ。」
知世が指差す先、成績表の端っこの方、3列目に『1位 大道寺知世 500点』の文字。
知世含め全問満点は計7人、最高の中学生活スタートダッシュが切れたようだ。
「ほぇ~、やっぱりすごいね、知世ちゃんは。」
「ちなみに、山崎君も満点でしたわよ。」
確かに、7列目に『山崎貴史』の名前もある。飄々としていながら何かと万能な山崎である、
他にも友人たちの名前を見て回る。60位三原千春、72位柳沢奈緒子、146位詩ノ本秋穂・・・
「・・・小狼君の、名前が無い。」
さくらの言葉に思わず振り向く知世。まさか、赤点?彼が・・・?
小学生の時は、国語こそ手こずっていたが、他の教科は成績優秀だった。その小狼の名前が
ここにないということは、やはり・・・
「やっぱり、国語がダメだったのかなぁ。」
「大丈夫でしょうか、あまり悪いと香港に強制送還なんてことにならなければいいんですが。」
はっとするさくら。そういえば小学校の時も通知表を異常に気にしていた。もし成績が悪ければ
母親に相当怒られそうな家庭であったから。
「ふぅ。」
ため息をついて椅子に腰を下ろし、教科書を取り出す小狼。赤点を取ってしまった以上
追試を受けねばならず、それをパスできなければ夏休みには補習が待っている。
彼のやらなければならない事の為にも、それは避けなければいけない。
赤点教科は2つ、国語と社会。どちらも日本と香港では内容に差があり、向こうで習った知識は
ほとんど通用しない。
それでも小学校時代はなんとかついては行けていた。しかし中学校に入ってからは
国語のわび・さびや日本史の戦国武将など、日本人としてはある程度の基本的知識を
前提としての授業に理解が追い付かなくなって来ていた。
加えて毎日の魔力供給とそのための精神集中、儀式の労力が堪えている、予習も復習もあまり
出来ずに、そのまま寝落ちする日さえあるほどだ。
かくして小狼はさくらのサポート以前に、自分の問題を解決しなければならなくなった。
お昼休み、いつものメンツが集まってお弁当を広げる中、小狼だけは早々に食べ終え、
教科書を広げて真剣な眼差しで文字を追っていた。心配そうなさくらが声をかける。
「ねぇ小狼君、何か手伝えることがあったら言ってね。」
「大丈夫だ、勉強は自分で理解してこそ身に付くものだからな、心配かけてすまない。」
「う、うん・・・」
「それにしても、李君がまさか2教科赤点とはねぇ~」
国語と社会で満点だった柳沢がしみじみと呟く。秋穂がそれを聞いて一言。
「実は私も、その2教科は赤点のボーダーライン上でした・・・。」
やはりその2教科は外国暮らしが長い者にとっては鬼門のようだ。
海渡という優秀な家庭教師がいなければ、秋穂も赤点回避は困難だったかもしれない。
「しかし知世さんと山崎さん、全教科満点なんてホントすごいです!」
目をうるませ、二人を交互に見て秋穂が言う。
「いやぁ、ボクはヤマが当たったのが大きかったけどね。」
「私も似たようなものですわ。」
そんな二人に千春がツッコミを入れる。
「知世ちゃん、全範囲を完璧に理解するのをヤマとは言わないわよ。」
同じクラスだけに知世の優秀さは否応なく理解している千春。なにしろ先生が
残り時間を気にして授業をしている時、当てられるのは高確率で知世になるほどだ。
「そうそう、ヤマといえばねぇ・・・」
「勉強している人の集中力を乱さないの!」
山崎のボケを千春が阻止する。山崎の語りは小狼も興味津々なだけに、今は控えておくべきだろう。
「ふーん、小僧が赤点をなぁ・・・」
「そーなのよ、らしくないっていうか、ちょっと心配。」
事の次第をケロと相談するさくら。
「まぁ心配ないやろ、あの小僧はマジメだけが取り柄やから、追試までヘタはうたんわ。」
「だといいけど・・・何かしてあげられないかなぁ。」
「さくらはクラブが忙しいやろ、小僧の勉強に付き合ってやれる余裕はないハズやで。」
「うっ・・・」
マーチングの練習はまだまだ継続中だ、未だ完璧にはほど遠いレベルにあり、他人の心配を
している余裕はさくらには無かった。
「そうだ!前みたいにミラー(鏡像)さんを使えば!」
さくらの提案に、冷徹に返すケロ。
「ほぉ~、ミラーにドラムメジャーを譲るんかい。」
「そ、そうじゃなくて・・・私はクラブ出て、ミラーさんが・・・」
「小僧と仲良く勉強するんかい、まぁさくらがそれでいいんやったらええけどな~。」
「そ、それは・・・絶対に嫌。」
言って自分の提案が無意味なことを知る。
「は、はぅ~・・・」
「ま、小僧を信じてやるこっちゃな。アイツにも試練は必要やろ、人生いろいろやからなぁ。」
さくらが夕食に降りている間、ケロはこっそり電話をかける。
「あ、ユエ、ワイや。実は小僧がなぁ・・・」
「ふむ、赤点か。まぁ無理もない、いくら真面目な彼でも、今の状態ではな。」
ケルベロスもユエも、小狼の事情は理解している。さくらカードの力を奪ったが故の
日常の時間と精神を削り取られている生活、13歳の少年には楽なわけがない。
「ほんでなぁ、よかったらやけど、ユキウサギの奴に協力を頼めへんか?」
「雪兎に、か。いいと言ってるぞ。」
「早っ、返事はやっ!!」
電話の向こうでユエと雪兎が入れ替わる。
「ようするに、家庭教師をすればいいんだよね。」
「ああ、たださくらや兄ちゃんにバレんように頼むわ。小僧にもプライドがあるからなぁ」
「桃矢にバレたら関係も悪化するかもしれないしね。うん、分かった。」
「・・・兄ちゃんと小僧の関係、これ以上悪ぅなるんかな?」
翌日の夜、小狼の暮らすアパートで、小狼の向かいに座っている2名と1匹。
正面の男をジト目で睨む小狼。
「あははは、ごめんね小狼君。桃矢はどうにもカンが鋭くって・・・」
小狼の正面に座るさくらの兄、桃矢は意地悪く目をニヤつかせながら彼を見下ろす。
「よう赤点男、それでさくらと付き合おうとか、ずーずーしーにも程があるな。」
「ぐ・・・」
横でケルベロス(成体)が頭を抱えて大きなため息ひとつ。
「で、他の教科はどうだったんだ?」
「ん!」
3枚のテスト用紙を桃矢に突き出す。英語、数学、理科。最上段に輝く『100』の文字。
「へ~ぇ、やっぱり優秀だね。他の2教科も赤点って言っても、ボーダーギリギリだし。」
「ちっ、相変わらず可愛げのねー奴だ。」
居住まいを正し、小狼に向き直る桃矢。
「おめーがだらしねーと、さくらの練習に身が入らねーからな、さっさとやるぞ。」
え?という表情を隠さない2人と1匹。無視して教科書を広げる桃矢。
「さくらと父さんには外泊すると言ってある、時間を無駄にするなよ!」
「・・・はい。」
毒舌ではあるが、今は桃矢も小狼に協力すると言っている。その意気は無駄に
するべきではない、今は素直に従い、教科書を見る小狼。
「あーゆーのを、ツンデレって言うんだよ♪」
横で雪兎がケロに耳打ちする、くっくっく、と笑うケルベロス。
「聞こえてるぞ!デレてねぇよ、こんなガキに。」
桃矢が小狼を気に入らないのは出会ってからずっとだ。しかし勘のいい彼には
コイツがさくらの為にずっと身を削っていることはなんとなく分かっていた。
それはこの部屋に入って確信に変わる。隠れているつもりだろうが、さくらカードの精霊の
気配がそこらじゅうにアリアリだ。
そして、それはさらなる事態の深刻さを悟らせる。
「じゃあ俺たちは帰るが、ちゃんと言った課題やっておけよ!」
はい、とうなずく小狼。2人と1匹(小さくなった)がアパートを出る。
と、桃矢が小狼のほうに引き返し告げる、雪兎とケロに聞こえないように。
「さくらは、もう『はじまっちまった』んだな?」
びくっ!と体を強張らせる小狼、うつむいて返す。
「はい!」
「・・・そうか。」
それだけを言うと、桃矢はきびずを返し、雪兎たちの方に向かう。
そして追試の日、放課後の2時間、赤点の生徒は教室に集められ、追試を今、終えた。
「あ、小狼君、追試どうだった・・・?」
教室から出てきた小狼に、さくらが声をかける。
「ああ、採点まで終わってる、大丈夫だったよ。」
ほっ、と胸をなでおろすさくら。外国人である小狼の日本での生活が酷なものに
ならないといい、という心配から解放され良かった、と思う。
そういえば、中学生になって再会してからは、思ったより一緒にいられる時間が少ない。
クラスも違うし、クラブもある。カードの騒動の時以外は積極的に二人でいることは
あまりなかった。
「ね、私も今クラブ終わったし、一緒に帰ろ!」
そうだ、もうすぐ夏休み。小狼君も補習を回避できたし、私もなでしこ祭以降は
そう忙しくはない、もっともっと一緒にいる時間が出来る。
そんな夏の日常を想像してテンションが上がるさくら。
「あ、ああ。」
照れながら返す小狼、その笑顔は小学校の時に何度も見た、さくらの無邪気な笑顔。
久しぶりに小学生時代を思い出し顔を赤らめる。
そんな赤面は夕焼けの紅がうまく隠してくれた。小狼の赤面も、そしてさくらの
赤くなった頬も・・・。