カードキャプターさくらSS「魔法の終わる日」 作:三流FLASH職人
ぽん、ぽんっ!
夏の青空に花火が響く。友枝町なでしこ祭、いよいよ開幕の時!
さくらはオープニングのマーチングを直前に控え、メンバーと共に緊張した面持ちで
その時を待っていた。
なにしろ彼女たち友枝中吹奏楽・チアリーディング合同のすぐ後ろには、全国に名をはせる
有名マーチングチームがずらりと並んでいるのだから緊張もひとしおだ。
そんな中、知世はさくらの至近距離まで来てビデオを構え、感動の瞳を浮かべている。
「ああ、これからさくらちゃんが大観衆の中、先頭を私の作ったコスチュームを着て
行進なさるんですね・・・感動ですわ~」
聞き捨てならない一言にさくらが固まる。
「え・・・知世ちゃんが、作ったの?コレ。」
マーチングのユニフォームは基本、派手である。それは友枝中も、他のチームも同様だ。
そんな中でも演奏する吹奏楽部のコスチュームはやや地味で、踊りを担当するカラーガードや
ドラムメジャーの衣裳は特に派手なのが一般的だ。
友枝中の場合、演奏陣は紫地に黄色のストライプ、カラーガードはワインレッドのフラメンコ風、
そしてドラムメジャーは白いシャツに黒のジャケット+赤蝶ネクタイ、下はラメの入った黒い長ズボン
頭には小さなシルクハットがピンで止められている。
ボーイッシュではあるが動きやすく、長袖長ズボンではあるが通気性もバツグンだ。
なるほど、よくよく見れば知世のセンスらしさが伺える。
「友枝町中の服飾店に手を回した甲斐がありましたわ~」
「と、知世ちゃん・・・」
そういえば今年のユニフォームはどこからか寄贈されたって話を聞いた気がする。
今日のこの日に備えてきたのはさくらたちだけでは無かったようだ。
「ワイも見とるで、がんばりや~。」
ケロはちゃっかり知世のハンドバッグの中に潜り込んで、顔だけ出して激励する。
「さぁみなさん、いよいよ本番です。この2か月の練習の成果、存分に見せてあげなさい!」
米田先生が全員にハッパをかける。
「「はいっ!!」」
皆が元気よく答える。やれる事はすべてやってきた、あとは本番あるのみだ。
「それじゃ最終チェックに入って、自分のやることをしっかり理解してね。」
各自が服装や楽器のチューニング等のチェックに入る。さくらもバトンの感触を確かめ
ホイッスルの試し吹きも行う。うん、問題なし。
いよいよ本番、整列する友枝中チームの先頭に立つさくら。
ひとつ深呼吸して前を見る、正面には良く知った顔がずらりと並ぶ。
お父さん、お兄ちゃん、雪兎さん、知世ちゃん、ケロちゃん、山崎君、奈緒子ちゃん、秋穂ちゃん、
そして、小狼君。
あと、そこかしこにビデオを構えた知世ちゃんのボディガードの皆さん。知世ちゃんってば・・・
『さぁ、それでは第3回、友枝町なでしこ祭、いよいよ開幕です!』
その場内放送が流れるのを合図に、さくらがホイッスルをくわえ、バトンを持つ右手を高々と上げる。
同時に後ろの演奏隊が楽器をすちゃっ!と構え、カラーガードが旗をびっ!とかざす。
さぁ、出発だ!
ピーッ、ピーッ、ピッピッピッ!!
さくらのホイッスル&バトンに合わせて全員が足踏みを開始する。
全員が一歩踏み出すと同時に、金管楽器が音楽を奏でる。
※TVアニメ「カードキャプターさくら、さくらのテーマI」
トランペットがメロディを奏で、ホルンが高らかに音を響かせる。パーカッションがリズムを刻み
ユーフォニウムやチューバーが重厚な音を染み渡らせる。
千春率いるカラーガードは情熱的に、そして妖艶に舞い、一糸乱れぬタイミングで旗を振り回す。
その先頭でさくらはバトンでリズムを刻み、皆を先導して行進し、皆の指揮を執る。
大事なのは笑顔を絶やさぬこと、その為には何よりこの行進を楽しむこと、それが米田先生の教え。
バトンを天高く放り投げ、側転からの宙返りで落下点に入り、見事バトンをキャッチする、
そしてそのまま行進を続けながら観客に敬礼、拍手喝采が沿道に巻き起こる。
「なに、あそこ凄いな、どこのチーム?」
「地元の友枝中?こんなに上手かったっけ。」
2番手以降の有名どころを見に来たマニアも、思わぬダークホースに注目する。
友枝中に合わせて移動しているのは最初は身内だけだったが、そのうち他の見物客も
友枝中を追いかけ始める。
こうしてゴールの友枝商店街広場まで、約500mの大行進が始まった。
夏の太陽は容赦なく照り付け、地面からの熱波がみんなの体力を奪っていく。
それでも、彼女たちにとってこの舞台は一生に何度もない『晴れ舞台』だ。
みんなが私の演奏を聴いてくれる、私の踊りを見てくれる、身内だけではない、
大勢の見知らぬ人が。暑いなんて言ってられない、気にもならない。
それを追いかける大観衆、ある吹奏楽好きは演奏に聞き入り、あるマーチングファンは
ガードの旗振りに熱い視線を送り、そしてあるビデオ撮影少女は先頭のドラムメジャーを追って歩く、
沿道もまた行進の列ができており、皆が一つの流れとなってゴールを目指す。
トロンボーンが銃剣のように天を差し吠える。アルトサックスが夏の日差しを受けて輝き
ガードの旗が行進に勇ましい華を添える、ゴールまであと少し。
やっと終われる、もっと続けたい。矛盾する二つの感情を全員が胸に抱き、ラストスパートをかける。
友枝商店街広場に到着、さぁ、いよいよフィナーレ!
縦列していた一行が方向を変え、横一列に並び、一歩また一歩と行進
「カンパニー」と呼ばれるフィニッシュに向かう。
ガードの千春ともう一人が旗を預け、行進の先頭に走り、さくらの前に出る。
さくらは再びバトンを高々と放り投げ、前の二人に向けてダッシュ、二人が組んだ手の上に乗り
そのまま二人に天高く放り投げてもらう。そして空中で見事バトンをキャッチ、
落ちてくるさくらを下の二人がしっかりと受け止める、間髪入れずさくらは地面に降り、
バトンをびっ!と皆の方にかざす。
その瞬間、最大の音を出していた演奏がきれいに止まる、一糸乱れぬフィニッシュが決まった。
大歓声に包まれる会場、祝福の拍手が鳴り響く。
さくらの知人も、吹奏楽部の身内も、見知らぬ大勢の観客も、惜しみなく絶賛の柏手を打つ。
全員が深々と一礼しそれに答える。達成感と疲労感、やり遂げた思いと終わりの未練。
みんな汗だく、そしていい笑顔で駆け足して退場する。
終了後の待機スペースには、チア部の先輩たちが飲み物を用意して待ってくれていた。
「お疲れ様、木之本さん凄かったわよ!」
「ガードも良かったよ~これは来年以降が楽しみねぇ」
「私たちも負けてられないわね、最終日見てなさい!凄い演技するから。」
コップに注いでくれたスポーツドリンクを飲み干すさくら達。玉の汗を光らせながら
先輩たちの絶賛に笑顔、涙する娘もいる。
「んもー、先生感動しちゃったわよ、ホントによかったわよみんな。」
米田先生が大声で吹奏楽部とチア1年を労う。皆で団結し、努力し、結果を出した。
去年のくやしさを思い出したか、吹奏楽部の2,3年の多くが涙する。
解散となった後、さくら達は友人たちに囲まれて祝福を受ける。
「ホントにかっこよかったですわさくらちゃん、これはビデオ編集が楽しみですわ~」
目を星印にしてうっとり語る知世に、秋穂が釘を刺す。」
「あ、あの、知世さん。明日は私たちなんですから、編集はそれ以降に・・・」
コーラス部は明日、最終日のラスト2の出番だ。ビデオ編集で夜更かしして
風邪でも引かれたら大事である。
「ま、よかったじゃねぇか、バトン頭に落とさなくて。」
「そういう桃矢が一番感動してたけどね~」
「ユキ!」
兄と雪兎の会話にも思わず笑みがこぼれる。奈緒子や他地区から駆け付けた利佳も
さくらたちに称賛を送る。
「そういえば、マーチングっていうのはねぇ・・・」
感動を阻止されてはたまらないと、千春が山崎にクローを極めて黙らせる。
「・・・あれ、小狼君は?」
そういえば小狼がいない。スタート地点では確かにいたのに。
「ああ、小狼なら、サッカー部の手伝いに、駆り出されてたわよ・・・。」
苺鈴がちょっと息切れしながら説明する。確かに午後の部にサッカー部主催の
リフティング大会が予定されている。
「え!?」
「あ、大丈夫。さくらの演技は、ちゃんと最後まで、見てたわよ、伝言よ。
『ホントにすごかった、それしか言えない』だって。」
「・・・そう、良かった。」
さくらは複雑な気持ちだった。本当なら、いの一番に小狼にここに来て祝福して欲しかった。
でも、どこか孤独なイメージのある小狼に男友達が出来るのは悪い事じゃない。
もしサッカー部に入部ともなれば、彼の運動神経ならレギュラーは間違いないだろう、
チームが活躍すれば、以前知世が言ってたように、チア部として応援する
未来もあるかもしれない。今日以上の演技を、小狼君の為に。
それに、明日は一緒になでしこ祭を回る約束をしている。今ここにいない埋め合わせは
きっと明日にしてくれるだろう。
「そういえばあの二人は?」
奈緒子が苺鈴に問う。わざわざ香港から、なでしこ祭を見に来た外国人2人。
「あ、ああ、ステラと、林杏なら、他のマーチング見るって、言ってたわ。」
今やマーチングは最高潮、全国の有名チームが次々と極上の演奏演技を披露している
悲しい事ながら、すでに友枝中の演技を覚えてる人は多くない。
ふと、知世が苺鈴に声をかける。
「苺鈴ちゃん、大丈夫ですか、どこか御気分でも・・・」
見ればあのタフな苺鈴が汗だくになっている、呼吸も切れ切れで、まるで全力疾走した
後のようだ。
「だ、大丈夫大丈夫。ちょっと人波にもまれただけよ。」
その時、会場の裏側の方向で、サイレンの音が鳴り響く、救急車の音だ。
「どなたか熱中症になられたんでしょうか。」
真夏の午前10時半。こういうイベントなら残念ながらよくある光景。
やがて遠ざかっていくサイレン音。
なでしこ祭初日、さくらとみんなの挑戦は、こうして無事、大成功に終わった。
充実感と達成感に満たされて帰宅したさくらは、疲労感からか夕食も取らずに
泥のように寝入ってしまった。父、藤隆が布団をかけ、ご苦労様、と声をかけて退室する。
そしてさくらは夢を見る-
オレンジ色の世界、みんながさくらに笑いかける世界、はるか向こうの十字架に
さくらの大好きな人が磔にされている世界・・・