あした   作:雄良 景

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 幸村聖子はテニスが好きだ。
 コートに響くインパクト音、踏み込んだ靴底のこすれる音。
 それがたまらなく愛おしい。

 幸村聖子には類稀なる才能がある。
 それはテニスが(・・・・)幸村をたいそう愛した証左。
 ―――――けれど、天上から与えられる愛は平等でなければ、次第に不満が出るものなのだ。

 それでも幸村はテニスが好きだ。
 大好き。愛している。魂のかたち、我が人生。
 けれど指さし、誰かが言う。

「お前なんか―――――」

 ―――――それでも幸村は、テニスが好きだから。






五つ目の黒

 

 

 

「かいだんばなし(・・・・・・・)?」

「そうそう!今日の放課後みんなでやろーと思ってるんだけどさ、幸村さんも、どうかな?」

「かいだん(・・・・)って、怪談(こわいはなし)のことだよね?ミチルちゃんたちが構わないのなら、是非」

「やった!」

 

 

 春うららかな4月の某日、ゆっくりと流れ始めた新しい日常。唐突ではあったが、そんな嬉しいお誘いがあった。

 入学当初から何度か話しかけてくれていた子、ミチルちゃんに誘われたので、幸村は喜んで応じることにした。

 

 中学を卒業し、私は東京某所にある私立校に入学した。立海を離れた理由は、治療は終了した病気の経過観察。

 というのも、私が罹患したあの病気はギラン・バレー症候群によく似た(・・・・)自己免疫性の末梢神経疾患。―――――つまり、既知の疾患の診断基準には完全に当てはまらず、原因や病名が確定していないため、再発の有無を含めた定期的な経過観察が必要とされているのだ。

 

 ―――――と、いうのが表の理由。

 裏の理由は、準優勝の汚名(・・・・・・)へ向けられるヘイトを後輩たちから逸らすこと、である。

 

 準優勝だって十分に誉れある功績ではあるが、あの大会の決勝戦で最後に私が敗北し、結果として立海が優勝(さんれんぱ)を逃したという事実は変わらない。

 多くの人はそうではなくとも、その一点で心無い言葉をかけてくる訳知り顔の他人はいるもので。

 ましてや決定打が女の部長(・・・・)だという事実は、そんな有象無象が石を投げるにはもってこいの的となる。

 

 前提として、幸村は国際連盟が発行するライセンスを取得しているために、学生テニスの国内公式試合はオープンカテゴリー(・・・・・・・・)で参加することができる。

 まあ実態としては女性選手が男性選手に混ざって競技に参加する形になっているが、ともかく、正式な権利を持って出場をしてる、のだが。

 病み上がりで、女で、なのに部長で。詳しくもない声の大きいだけの愚か者は、ああだこうだと騒ぎ立てる。同情?忖度?そんな生ぬるい実力でライセンスを取れるわけがないのに―――王者立海大付属の部長になれるはずがないのに。

 なんて、そんな正論は彼らには通用しないのだ。耳が詰まっているのかな。

 

 だから通院をきっかけにした。理由はどうあれ自分が立海から離れれば、連中はありもしない裏事情を推察したくなる。そうすれば、少なくとも視線は後輩たちから離れ、ほとんどが私、そして私と同年代の部員たちに移るだろう。

 それが、最後に私たちが後輩たちへしてやれることだと、みんなで決めた。

 

 さて、そんな覚悟を決め愛すべき友人たち、そして家族と離れ新天地へ来たはいいものの、その新生活において実は重大な悩みができた。

 

 それは、クラスメイト達にどこか遠巻きにされているということ。

 つまり―――――友人が、できない。

 

 

 

■

 

 

 

 この学校は中高一貫校なため、多くの生徒は中学部からの持ち上がりである。よって、高校からの入学者は少なく浮いてしまうのは想定していたが、正直、ここまでとはさすがに。

 コミュニケーションが下手な方ではなかったと自任していたために、ショックは大きく焦りも顔を出す。

 

 ―――――いや待てよ、よく考えてみれば、私が関わってたのって基本テニス部か?

 

 ふと、そう思い至った。もしくは委員会仲間ばかりだったかも、しれない。

 事務連絡とかも、基本的には同じクラスのテニス部が教えてくれたし、こっちから話しかける話題が特になければ、関わることも少なかった……ような、気がしてきた。

 もしかして私、部活仲間でも委員会仲間でもない友達が、ほぼ居ない?

 

 まさかの気づきである。つまり、同コミュニティという前提があってのコミュニケーションばかり経験していたわけだ。前提が異なれば、かかわり方にずれが出るのも当然である。

 しかしだ。原因の一端をつかんだので改善をこころがけ、こちらから積極的にアクションを起こそうにも、なぜか話しかけただけで畏縮されてしまう問題が残った。

 ちょっとした世間話。話の流れにそった話題振り。どれも、変なことはしていない、と思いたいのだが、ぎこちない態度で手短に返されるばかりで手ごたえがない。

 ―――――嫌がられている、のであれば、こちらとしてもこれ以上追いかけるのは申し訳ない。

 

 恥を忍んで蓮二に相談してみたが、「時間が解決してくれるだろうから、お前が何か変わったり無理をする必要はない」と言われるばかりで。

 というか一緒に悩んでくれたのは玉川とジャッカルだけだった。ほかのメンツは蓮二と同じことしか言わない。

 

 そんなことで途方に暮れていた私に、唯一積極的に話しかけてくれていたのがミチルちゃんだった。どれほどありがたかったか。

 だからこそ、この怪談はチャンスだ。メンバーはミチルちゃんと仲のいい女の子ふたりを交えた4人。これを機に友達になれるかもしれない。

 

 まさかテニスや委員会のつながりがないと、ここまで人と関わるのが下手になってしまうとは。というか今まで周りに支えられすぎてたのかも。自分の不出来をフォローしてもらえるのはありがたいが、それに自覚的でなかったのはいけないことだ。

 

 ―――――ふと、ずっと昔、まだテニスを始めて間もない頃を思い出す。

 あの頃は、周囲から頭一つどころではなく(・・・・・・・)とびぬけていたために、いつも孤立してしまっていた。

 正確にはテニス関係者から、だが。むしろ当時は、テニスに関係ない人とじゃないと、まともにかかわれないほどだったかもしれない。

 ……けれどそうだ、あの時も、真田がずっとそこにいたっけ。

 

 贅沢になったと思う。友が、仲間が、そばに居なくてはさみしいなんて。それでも一度知ったぬくもりは恋しいし、自分への理想として人間関係は良好でありたいとも思う。

 

 と、いうわけで。作るぞ、友達!

 

 

 

■

 

 

 

―――――そうやって悩む幸村は気づかない。

 

 

「やっぱ幸村さんめっちゃキレーだよねえ」

「あれで勉強も運動もできるんだからヤバいよね……」

「近づいたらお花のいいにおいがした。美人は体臭も美人だ……」

「同じ人類?」

 

 

 ―――――そんな声は聞こえていない。

 

 

 

■

 

 

 

「でね、女の人はおまわりさんを連れて公衆トイレに戻ったんだって……」

 

 

 ―――――小さな声で話す恵子ちゃんの声が、暗い視聴覚室に響く。

 照明はすべて落とされ、遮光カーテンがひかれた部屋の中は真っ暗だった。室内にある光源はミチルちゃんが一人一本ずつ用意してくれた小さなペンライトのみ。それも手元を薄ぼんやり照らす程度の光量しかない。非常事態には役に立ちそうもないけれど、怪談をするにはぴったりだった。

 

 ひとり、ふたりと語っていく内容を聞きながら、よく聞く都市伝説だなと思う。特別何かを期待したわけではなく、こんなものでいいのかと安心したのだ。

 それに、緊張している皆がかわいらしくって、微笑ましい気持ちにもなれる。

怪談といえば部活メンバーとしたことしかなく、男たちの野太い悲鳴に比べればなんとも穏やかである。

 これが俗にいう女子会ってやつなのかもしれない。なんだか妹が増えた気分だ。……ところで、友達ってどうやったら「成る」んだろう。改めて考えたことなかったな。「友達になろう」って言うの?

 

 

「ひゃーっ、やっぱ暗いと雰囲気あるよね……じゃあ次、幸村さんね」

「ん?ああ、私の番だね」

 

 

 ひとりで考え込みすぎていたようで、ミチルちゃんに声をかけられてハッとする。最初に「怪談を話すごとにライトを消す」とルールを説明されていた通り、恵子ちゃんのライトは消えていた。

 さて、3番目は私の番。話す怪談はすでに決めていた。地方紙にも載ったらしく柳が気にしていて、仁王が拾ってきた話。

 仲良くなれるかの瀬戸際だ。ここはひとつ気合を入れて頑張ろう。

 

 

「うん、ちょうどいいのがあるよ。私の体験談じゃなくて、拾った話……そう、『これは友達から聞いたのだけど』ってこと。

 ―――――それじゃあ、『十九地蔵』」

 

 

 それはとあるふたつの村のお話。語り継がれる奇妙な言い伝え、川へ行ったとある兄弟。

 ―――――そうして真実は明るみに。

 それは染みついた怨恨の業。地蔵が建てられ月日が流れ、隠されていた古い記録しか残らないまでになったとしても、消えぬ遺恨は手を伸ばす。この恨みを晴らさずにいられるか、なぜ許せようかと嘆いて呪う。

 

 

「ほんとう……恨みなんて買うものじゃあないね。」

 

 

 ―――――よし。これはなかなか、いいんじゃないか?

 内心満足に頷いたところで、三人からのリアクションがないことに気が付いた。暗闇にライトがふたつだけ浮かび、シーンと静まり返っている。

 あ、ライト消してない。思い出して自分の分のライトを消せば、息を飲む音が三つ聞こえた。……え?

 

 

「う、うっわあああコッワ……いや内容も怖いけど幸村さんの語り方が怖い!雰囲気すごすぎ!」

「す、すごい、背筋がぞわぞわする……」

「あー待って無理怖いって……人に優しく生きていきます……」

 

 

 わっと三人が一気に話し出す。ネガティブ、な言いようではないから、大ウケだったということでいいんだろうか。

 安堵のため息を吐きそうになって、ぎりぎり飲み込む。静まり返った雰囲気に、もしかしてスベッたのかと冷や汗が出ていたのは、プライドにかけて秘密にしよう。今日イチ怖かった。

 

 

「頑張った甲斐があったよ。じゃあミチルちゃん。どうぞ、最後」

「こ、この後に話すのハードル高くない?……んんっ、じゃあ幸村さんもいるし、旧校舎の話にするね」

「旧校舎?旧校舎って、グラウンド横にある、あの半分崩れてる木造のやつだよね。存在は知ってたけど……そんないわく(・・・)付きだったんだ」

 

 

 思いがけない身近な存在に、声を出してしまった。アレが旧校舎だということは知っていたけど、こんな状況で名前を聞くとは。先生方から『危ないから近づかないように』と言われていたのもあって、背景みたいなものだと気にしていなかった。

 でも旧校舎って、たしかに怪談話の、特に学校の怪談系では定番かも?古びた建物なんだから本当に居ようが居まいが噂にはなりそうだし。あるあるってわけか。

 

 ―――――なんて甘く見ていたこともありました。

 

 旧校舎のいわく(・・・)は思ったよりヤバかった。家鳴りを足音と勘違いしたり、なんてレベルじゃない。

 端的に言って、死にすぎ(・・・・)だ。

 過去の事件については知らずとも、去年起きた事故については、進学前に調べていたので知っている。真偽不明の中に真実が混ざると信憑性がグッと上がるのか、妙にうすら寒い気分になった。

 いったいどうなってるんだ?呪われていると言われても納得のラインナップだぞ。

 まさか今まで気にしていなかったあの旧校舎が、誘拐、自殺に死亡事故……地域では有名な、いろんな意味での事故物件、というものだったとは。

 進学先選択に助力してくれた蓮二を思い返す。聞いてないぞ!

 

 

「ど、どうだった?」

「……うん、すごく怖かったよ。ミチルちゃん、話すの上手だね」

 

 

 本当に結構怖かった。

 

 

 

■

 

 

 

 さて、語り終わったミチルちゃんがライトを消すと、この場は本当に闇に飲まれた。真っ暗闇の中から三人の強い緊張が伝わってきて、これからが今日のメインだと、旧校舎の話でちょっと崩れたメンタルを整えなおした。

 

 始まる前にミチルちゃんから説明されたのは、今回の怪談のメインは話し終わった後(・・・・・・)、ということ。

 まず、ひとり一本ライトを持つ。怪談を一つ語り終えるごとに、そのライトを一本ずつ消していく。そしてすべて消えた暗闇で参加者の点呼をとる。―――――そうすると、その場には誰も知らない『誰か』がひとり、増えているらしい。

 かの有名な百物語の簡易版だ。いや、本物の百物語は確か『百話語れば本物の“怪”が現れる』というものだったはずなので、どちらかというとオマージュ、かな?

 まあそういった細かいことはいいだろう。もとより求めているのは、ほんのちょっとのスリル。ささやかな肝試し。リスクのない非日常。

 本格的な儀式なんて必要ない。「おもしろかったね」「怖かったね」と笑い合える思い出になればそれでいい。

 

 ―――――話を戻すと、つまり点呼の時間である。

 

 

 

■

 

 

 

 「いち」祐梨ちゃんが言う。

 

 「…にぃ」恵子ちゃんが遅れて続く。少し緊張しているらしい。声が強張っている。

 

 「さん」私の番。雰囲気があるおかげでドキドキと心臓が高鳴った。独特の空気が、この時間をいっそう楽しいものにしてくれる。

 

 最後のミチルちゃんはかなり緊張した様子で、生唾を飲み込む音が聞こえる。ひどく怯えている、というより、最後という緊張と興奮がせめぎ合っている感じかな。つまりはそう、楽しんでいる。

 震えた唇が最後のカウントを終える。「し」

 

 

 もちろん何も起こらない―――――

 

 

 

■

 

 

 

「ご」

 

 

 

■

 

 

 

「―――――………え?」

 

 

 

■

 

 

 

「「「 いやぁぁあああッッ!!! 」」」

 

 

 ―――――起こらない、はずだろう!?

 

 

 真っ暗闇に三人分の悲鳴が響く。待て―――――待て、待て待て待てありえない、四人しかいない部屋でどうして五人目が?ミチルちゃんたちのイタズラじゃない。女の子の声じゃない(・・・・・・・・・)!

 嘘だろう本当に何か(・・)が出たっていうのか?何故、誰?誰が、何で!

 

 混乱する頭の中でかろうじて冷静な部分が、怯えて飛びついてきた祐梨ちゃんごと、左右にいたふたりを引っ張って背中に隠す。机にぶつかった音がしたけど許してほしい。だって声は私の正面(いりぐち)から聞こえてきたから。

 

 点呼を取っていた時とは比べものにならないくらい心拍数が上がっている。三人の悲鳴と暗さで相手の動向がつかめなくて、必死に意識を研ぎ澄ませる。

 この間およそ三秒。冷や汗が垂れる中、必死に暗闇を睨み付け―――――

 

 

「っうわ、」

 

 

 部屋が一気に明るくなった。

 部屋の照明が点けられたのだ。暗闇に慣れていた目には眩しすぎて、とっさに目をつむって…………うん?

 

 待てよ、何か(・・)……おばけ(・・・)が、自分で明かりをつけたってこと?

 消すのはともかくつけるのは、聞いたことないな。

 

 違和感に無理やり目を開いて、声の聞こえた出入口を確認すれば―――――そこには見たことのない男の子がいた。

 

 

 ………足、あるよなあ。

 

 

 

■

 

 

 

 男の子は黒髪に真っ白な肌、おまけに真っ黒なスーツ姿で、シャツまで黒いという、重たくて無機質な印象のある出で立ちだったが、どこからどう見ても生きている人間、に思えた。そうにしか見えない。

 

 

「……失礼。今最後に『ご』って言ったのは、あなたですか?」

「そう。……悪かった?」

 

 

 いまだ混乱している三人を庇いながら一応確認してみれば、男の子はそっけない表情のまま、悪気のなさそうな声で肯定する。いたいけな乙女四人を恐怖のどん底に落としたとは思えない顔である。

 ああうん、悪くはないけど、いや、正直悪い、と言ってやりたくなるくらいのことを、されたのだけれど……趣味は悪いな、と思わずため息を吐いた。

 

 

「なーんだぁ!腰が抜けるかと思ったあ」

「あ、みんなごめんね、いきなり引っ張って……机にぶつけたよね?痛くない?」

「あっ!ううん、大丈夫!」

「うん、庇ってくれてありがとう……」

「心臓は止まるかと思ったけど……」

 

 

 吐き出すように大きな声を出したミチルちゃんにハッとして、手荒な真似を謝れば、三人とも優しく許してくれた。

 

 

「驚かせて申し訳ない。明かりが点いてないんで、誰もいないと思ったんだ。そしたら声がしたから、つい……」

「えっ、そんなぁ!いいんです♡転校生ですか?」

「……まあ、そんなもの」

 

 

 貼り付けたような微笑みで、相変わらず思ってもいなさそうな「申し訳ない」を重ねる男の子に、ようやく彼の姿をしっかり確認できたらしい女の子たちの顔が、ぱっと明るくなった。

 真っ先に明るく返事をした祐梨ちゃんなど、すっかり乙女の顔である。

 まあ確かに、しっかりと見れば男の子の顔がとても整っているのがすぐにわかる。そんな異性から一見優しげな薄微笑みを向けられたとあれば、彼女たちが浮足立つのも分からなくはない。

 貼り付けたような、という感想も私個人のものでしかないし、みんなはそう感じなかったのだろう。私も、イタズラ(・・・・)されたせいで疑って見てしまっているのかも。

 

 ―――――いやでも、みんなすごいな。さっきまであんなに怯えていたのに、うっとりした顔になっている。

 寄せ集めた怪談話より、降って湧いた美形の方が、よっぽど魅力的な非日常、か。

 

 

「え~♡何年生ですかぁ?」

「……今年で十七」

「じゃ、あたしたちより一年先輩ですね!」

 

 

 ミチルちゃんが会話に混ざった。はしゃぐふたりの質問に答える男の子は、一見温和そうに見える。

 

 

「こんなところで、君たちは何を?」

「あたしたち怪談してたんです!怖い話!」

「ふうん……仲間に入れてもらえるかな」

 

 

 祐梨ちゃんは嬉しそうに快諾した。だろうね。

 男の子は渋谷と名乗った。渋谷さんは「怪談好きなんですか?」と聞かれて、「……まあ」と微笑む。嬉しそうな声がわっと上がる。

 ―――――うん、うん。なるほど。

 

 

「―――そういえば、視聴覚室には何かご用事があったんですか?」

「―――ああ。少し、……テープのダビングをしたかったんだ」

 

 

 とつ、と静かに問えば、同じように返される。三人はその用事とやらの手伝いを申し出るが断られ、それより怪談をしてほしいと求められていた。

 それにミチルちゃんが「それなら……」と席に着こうとした、が。

 

 

「うーん、楽しそうなところ申し訳ないけど、そろそろ帰らないと先生に怒られるんじゃないかな」

「えっもうそんな時間!?」

「うっそお」

「ほんとだ、……あ、あのうセンパイ……」

 

 

 水を差して申し訳ないけれど、時計を確認してもらうことにした。すでに怪談を始めて一時間ほど経過していおり、放課後に学校に残るにしても、これ以上長くなると日も落ちる。

 さすがにこれ以上はよくない、というのは理解してくれたらしい三人は、ショックを受けた様子ながらも、しかしめげずに、代わりに明日の放課後に約束を取り付けていた。

 

 本来の用事(・・・・・)がある渋谷さんを置いて、私たちは廊下に出る。といっても3人はそのまま玄関に向かい、私は職員室に向かうのでその場でさらに別れるのだが。

 ―――――ああ、そうだ。

 

 

「渋谷さん。まだ校内に残るなら、来校者用の許可証(ゲストパス)を貰ってきた方がいいですよ」

 

 

 そしたら私もここまで悩まなくて済むので。

 

 

■

 

 

 

 渋谷は、ひとりだけ違う方向に向かって行った少女を見送った後、まだ近くでこちらをうかがっていた他の三人に声をかけた。

 

 

「……ねえ、彼女は?」

「へ?ああ、幸村さんですか?」

「へぇ、幸村さんって言うんだ」

 

 

 さきほどより少しぶっきらぼうになった渋谷に、しかし気にした様子もなく答えたのは恵子。しかし渋谷の反応には全員がハッとした顔をした。

 

 

「……あのぉ、もしかして、幸村さんのこと気になります?」

「………ああ、そうだね。少し気になるかな」

 

 

 探りを入れるようなミチルの問いかけに、渋谷は問いに含まれた意味に気づいていないのか、幸村が去って行った方へ視線を向けたまま答える。

 その答えに三人はパッと顔を見合わせた。

 

 

 

■

 

 

 

「イケメンと美人とか最高じゃん」

「ひゃーっ!」

「えーっ、す、すごい、ドラマみたい!」

 

 

 

■

 

 

 

「あのっ、私たち応援します!!」

「え?」

「幸村さんって幸村聖子(せいこ)さんっていうんですけど!」

「頭良いし運動できるし、美人だし優しいし!」

「えーっとえーっと、あっ、あとバイト探してるって言ってました!」

「「「 絶対いいと思います!! 」」」

「あ、ああ、そう。ありがとう。」

「はい!!」

「また明日!明日もちゃんと幸村さん誘いますから!!」

 

 

 考え込んでいた渋谷は、いきなり爆発したようにテンションを上げた女子高生たちに思わず怯んだ。どうやら三人は、渋谷が恋愛的な意味で幸村に興味を持ったのだと思ったのだ。対して渋谷は、何故三人のテンションが上がったのか、理解できない様子だった。

 

 ―――――渋谷が幸村を気にしているのは、彼女がずっと渋谷のことを警戒していた(・・・・・・・・・・・・・・・)からだ。

 

 彼女は常にこちらを監視していた。渋谷の動き、三人との会話、些細なところまでつぶさに観察し、見極めようとしていた。

 害はないと判断されたのか直接追及されることはなかったが、少なくとも三人のように渋谷を好意的には見ていない。

 しまいには、ゲストパス(・・・・・)を勧められたのだ。

 

 賢い(・・)あの女子生徒が自分の仕事(・・)の邪魔にならなければいい。あるいは―――――

 

 そんな思惑あっての質問が突飛な勘違いを受け、次々に幸村の情報を押し付けられ、ついでに謎の応援までされ。

 満足げに去っていく3人の背中を見送りながら、渋谷は呆然とした表情で黙り込んだ。なんだったんだ、いったい。

 

 

「―――――さて。」

 

 

 まあともかく、目的を達成することにしよう。意識を切り替えた渋谷は、さらりと机を撫でた。

 

 

 

■

 

 

 

 ―――――最初に覚えた違和感は、浮かべている微笑みが貼り付けたようでうすら寒いな、と感じたこと。

 転校生かと聞かれて「そんなもの」と濁し、学年を聞かれて「今年で十七」と歳を答えるという妙な曖昧さ。

 

 学校なのに制服を着ていなくて、スーツを着ているが教師ではない。年齢を考えれば教育実習生ではなく、なのにおそらく転校生でもない。

 そんな人がなぜ校内にいるのか、疑問に思うのは当然だろう。

 先生や生徒の関係者という可能性もあるが、それだとダビングのために視聴覚室へひとりで来ているのは変だ。多分あれは嘘。

 

 何より変だったのは、怪談に参加したがったこと。―――――だって彼、ミチルちゃんたちに話しかけられるのを面倒くさがっていたのに。

 

 貼り付けた微笑みは適当に誤魔化してかわすため。一見温和そうに対応していたが、よく聞けば返答自体は淡白だ。

 悪人が猫をかぶっているというより、人付き合いを好んでしないタイプが無理をしているようだ、と感じたのはあながち外れていないと思う。

 そんな人がわざわざ怪談に参加を?無理してでも参加したいくらいに怪談が大好き、という可能性はなくもないが。

 

 本当の目的を果たすために、私たち――あるいは、この学校の生徒と接触しようとしていて、怪談への参加はその口実……なんていうのは考えすぎだろうか。

 

 しかし私が「怪しい」と言っても、受け入れてもらえなさそうなところが厄介だったなあ。多分、あの状態の女子高生にはパッションで負けるもの。

 

 だから観察して、考えて、考えて、警戒した。

 

 なんとなく見えた性格的に素は不愛想っぽかったから、微笑みは処世術で、ぼかした物言いは会話が広がるのを面倒くさがっただけ……かも?と思えた。

 けれど、登場時のおちゃめ(・・・・)と、なぜか積極的に怪談に参加したがる謎がノイズで結論を出せない。

 これで渋谷さんが普通の男子高校生ならナンパかな?って思えるのに、そうじゃないから面倒だ。実はすました顔の下ではしゃいでたりしないかな。あるいは、何も考えてなさそうな無責任っぽさがあれば、好奇心かなと警戒値を下げられるのに、どう見たって真逆だし。

 

 個人の感想として悪い人ではなさそうだ、とは思ったものの、不審者ポイントが高すぎて困る。だから大人に確認するのが最善だろうと判断した。先生が把握している人なら最低限信用ができる。知らない人だったら不審者報告にもなるし。

 

 渋谷さんが安全だと確証が持てないので、空気に水を差して解散を促した。時間が時間だったのは事実だから違和感もなかっただろう。三人を残して離脱するわけにはいかなかったし。

 あーあ、せっかくミチルちゃんたちともっと仲良くなれると思ったのに、とんだイレギュラーだったよ。

 

 

「―――――失礼します、1年F組の幸村聖子です」

 

 

 

■

 

 

 

 ガタンゴトンと電車に揺られ、ほんのちょっと寄り道をし、ようやくたどり着いた居候先。

 石造りの階段の先にある大きなお寺。少し遅くなったなと門の前まで進めば、そこに立つ人影に気づいた。

 

 

「―――――遅かったじゃん」

 

 

 おや、と少し驚く。門の前に居たのは居候先の家主の息子―――――越前リョーマ(・・・・・・)だった。

 時計を見てみると、確かに普段より一時間半ほど遅い帰宅になったけど、家主である越前南次郎には連絡を入れているし、そもそもまだ完全に日の落ちる前なので、咎められるほどではない。

 

 

「逆に、君はずいぶんと早いじゃないか、ボウヤ」

 

 

 まだ部活をやっている時間帯だろうに、なぜこの子がもう家に帰っているのか。

 テニスウェアを着てラケットもある。テニスをする準備がバッチリ、といった感じだけれど、今日は何か約束をしていたっけ、と少し悩んだ。私がテニス関連の約束を忘れるだろうか。

 

 

「今日、コート整備で部活なかったから。あんたと昨日の試合の続きしようと思ったのに、あんた全然帰ってこないし。親父に聞いたら遅くなるって連絡来たっていうし。正確な時間が分かんないから入れ違いそうでどこにも行けないし。何のために早く帰ってきたのさ。最悪。」

「………ふ、ふふふ、」

「………なに笑ってんの」

 

 

 なんと、まあ。この王子様は勝手に決めて勝手に怒っていただけらしい。ここまで自己中なふくれっ面をされると、思わず笑いがこぼれてしまう。

 ―――――ねえ君、そんなに私とのテニスが楽しみだったの。

 

 

「悪かったよ。実は今日、クラスの子と怖い話をしてきたんだ。案外面白かったよ。」

「へえ、アンタも意外とそーゆーのやるんだ」

「いつも思うんだけど、君や周りの彼らは私のことを何だと思ってるのかな」

 

 

 演技でもなく心底意外だ、という顔をされればさすがにムッとする。

 まったく女の子ひとり捕まえてなんだと思っているのか。君たちのところの不二ならともかく、私はあんまりそんな要素ないだろう。

 「私だって、ただの女の子らしく女子会に興じることだってあるさ」と―――怪談が女子会に分類されるかは微妙だが―――言えば、キョトンとしていたリョーマの顔が、イタズラっぽい笑顔に変わった。

 

 

「ふぅん、じゃあ『女の子らしく』怖がったりしたの?」

「怖がるに男も女もないだろう。……まあどうだったかは、君の目で確認してもらおうかな?」

 

 

 私をからかうなんて10年早い、とカバンから某レンタルショップの袋を出せば、会話の流れから中身が何かは察したのだろう。リョーマの顔が苦いものになる。

 

 

「―――――もちろん、テニスの後にね」

 

 

 ただしその苦い顔は、それよりテニスがしたいという意思表示だということは知っている。

 

 

 

■

 

 

 

 テニスでかいた汗を流して夕飯もろもろを済ませ、集合したのは私の部屋。流石に居候の身で夜遅くにリビングのテレビを拝借するのははばかれたので、使うのは私物のノートパソコンである。

 ちなみに、居候云々については南次郎さんたちから「気にするな」とは言われているものの、まあ気になるものは仕方ない。リョーマは「アタマ固(か)った」と呆れたように見てきたので、頬をつねってやった。

 

 

「ボウヤ、怖くなったら縋り付いてきてもいいよ。抱きしめてあげようか。」

「冗談」

 

 

 そういえばこの子はアメリカ育ちらしいけど、日本のホラーに耐性はあるのかな。ふと、彼が今まで触れてきたホラーとの違いに思い至ったが、面白そうだからいいかとスルーした。でも乗り気で鑑賞準備してるから、案外平気なのかも。

 

 

 

■

 

 

 

 ―――――平気じゃなかったらしい。

 

 ふたりの目の前では、日本ホラーらしい、にじり寄る恐怖が再生されている。流石大ヒットホラー作品。結構怖いぞ。

 横目で確認すれば、少し青ざめた顔のリョーマが頬をひきつらせて固まっていた。……やっぱり日本製はちょっと辛いらしい。肝試しとかは平気そうだったのになあ。

 

 正直怯えてることに気づいた当初は「いつまで強がりが続くかな~」みたいなイタズラ心があったが、ここまで必死にこらえられると、ちょっとかわいそうというか、心配というか。だってまったく、私が虐めているみたいじゃないか。

 なんでこう、私の周りには手のかかる子が多いかなあ。

 

 

「ボウヤ」

「! ……なに、幸村サン。もしかして怖くなっちゃった?」

「―――――ああ、そうだね、実は少し」

「は?」

 

 

 強がる軽口に便乗してやれば、とんだ間抜け面をいただいた。笑わないようにポーカーフェイスを心がけ、冷えないようにと羽織っていたブランケットの片側、リョーマの方を広げてみせる。

 

 

「少し怖くて、ちょっと寒いんだ。君が良ければこっちに来てくれないか」

「………まあ、それくらいなら、別に?」

 

 

 もにもにと入ってきたリョーマの肩を抱くようにブランケットを羽織りなおして、再び画面に目を戻す。ナマイキでも、なんだかんだ手のかかるところが可愛いんだよなあ、とこっそり考えた。

 画面の中で女性が悲鳴を上げる。隣のボウヤとの距離が少し縮まる。

 

 

「こういうのを見るの、久しぶりなんだよね」

「へえ」

 

 

 ぽつりとつぶやいたのは独り言か、話しかけたつもりだったのか、自分でもわからなかった。隣からの返答はそっけない。

 ―――――実を言うと、彼に言った「怖い」というのは、まんざら嘘ではない。私だって人並みにこういった類のものに恐怖を感じたりするのだ。……いや、他人よりもう少し、怖がりかもしれない。

 ただ、立海では主に赤也が、ここではリョーマが、自分より怯えている姿を見せてくれるから、相対的に冷静になれるだけで。あと、あんまり人に弱点になるようなところを見せたくないから素知らぬ顔をしてみたりしているだけで。

 

 怖がりなのを知られるのは別にいい。ただ、怖がっているところを見られるのは嫌なのだ。さらに言えば、それに対して過剰に気を使われるのも好きじゃない。めんどくさいと言われればその通りなのだが、まあプライドの話である。

 

 今日の怪談も、女子高生のオアソビ程度だったから余裕があった。もし本格的なものだったらダメだっただろう。だから渋谷が来たときは、心臓が止まるかと思った。

 

 隣のぬくもりは、まだ顔は青いけど、さっきよりは平気そう。

 視線は画面のまま、少し体重をかけて隣に寄りかかる。視線を感じたけど、気づかないふり。

 

 

「……で? 久しぶりのホラーの感想は?」

 

 

 気を紛らわせるためかなんなのか、時間差で話に乗ってきたリョーマ。

 大ヒットホラー映画の感想。怖かったとか、どこそこのシーンの演技がだとか、たぶんそういう話をするものなんだろうけど。

 何よりも先に、反射のように。

 

 

「君とテニスがしたくなった」

 

 

 

■

 

 

 

 ねえ、君もそうだと言ってよ越前リョーマ(おうじさま)。

 

 

 

■

 

 

 

 すっぽり、片腕に収まる小さな熱源。さっきまで、ネットを挟んで戦っていた相手。

 あたたかい。……生きてる。そう、唐突に思った。

 

 ―――――小さな体だ。成長期に入ったのか、初めて会った時より背は大きくなっているけれど、それでも私よりずいぶんと小さくて細い。

 

 この小さい体が、私のテニスを打ち破ったのだと噛み締める。

 熱い体だ。ポカポカとしていて、春の芽吹きを与えてくれるような、夏の刺す日差しのような温かさを、この体は持っている。

 

 ―――――君は私の何だろうか。

 

 あの時感じたのは苛立ちだった。焦りだった。そして恐怖だった。

 けれどうつくしかった。

 

 この子のテニスはうつくしい。うつくしい、人を魅了するプレーだ。

 人を惹きつけてやまない、自由で、どこまでも自分に正直なテニス。

 テニスの王子様。誰もが目を離せない。

 

 うつくしい、いのちだ。この子のいのちは、こんなにも尊くて、うつくしい。

 

 ―――――誰にも言ったことはないけれど。私が神の子と呼ばれるのなら、あの試合で、この子はきっと、私の天使だった。

 負けた屈辱。忘れていない。たくさんの負の感情があった。でも、焼き尽くすような炎があった。

 愛していたはずのものを魅せつけられた。

 目が離せない、輝きを知った。

 

 もう一度体重をかけなおす。じっと見つめてくる視線はまた無視した。ゆっくりと瞼を落として、静かに、息を吐くように話しかける。

 

 

「……今度は、試合映像とかを借りてくるよ。ネットで探してもいい。ねえ、テニスを見よう。」

 

 

 ホラー映画も悪くないけど、やっぱり私たちの間にはテニスがある方がずっと『らしい』と思うんだ。

 この子といると、血が騒ぐ。テニスがしたいと本能が訴えてくる。

 それなのに、なんだか、とても穏やかな気分になるときがある。

 テニスという、私と彼の一本のつながりが生み出すこの空気が、私は存外好きだった。

 

 だから、やっぱりテニスを見よう。テニスをしよう。多分私たちの関係は、そっちの方がずっと生きてるって感じがするんだ。………なんてね。

 

 

 

■

 

 

 

 体重をかけてくる幸村サンの顔をそっと覗いてみる。瞳は閉じられていて、長いまつげが影を作っていた。

 どっかのおとぎ話に幸薄いオヒメサマとして出てくるような美貌(つくり)のくせに、中身はてんでちぐはぐな人。強くて、したたか、強引で、いじわる。あと、たぶん、優しくて―――――うつくしい。

 

 幸村聖子の存在を初めて知った時、こんな人が恐れられているのかと拍子抜けした記憶がある。だってまるで強そうに見えない。細いし、背は高いけど、女の子らしい女の子って感じだったから。立海の人たちがいつも守るようにそばに居たから余計かも。

 でも、対峙すれば分かる―――――彼女がなぜ恐れられるのかを。

 

 凪いでいるようで、ゾッとするほど煮えたぎる、蹂躙者の目。

 

 本能がヒエラルキーを理解した。それでも負けるつもりなんてさらさら無かった。

 けど実際試合をすれば、強いなんてもんじゃない。あれは恐怖……いや、畏怖ってやつかな。入ってはいけない領域に足を踏み入れた感覚。絶対的で神々しい『最悪(ナニカ)』のナワバリを、知らずに侵してしまったような絶望感。

 

 ―――――誰にも言ってないことだけど。

 うつくしい、と思った。

 

 『神の子』なんて大層な二つ名で呼ばれる理由がよく分かった。あの人のテニスは、膝をつきたくなるような威圧感があって、許しを請いたくなるような絶対感があって、何より―――――うつくしいから。

 だからあんな恐ろしいのに、みんな、どこか尊いものを見るようにあの人を見る。あんまりにもうつくしいから。

 だから残念だった。この人が笑っていないのが、残念だった。この人が試合を楽しんでいないのが、たまらなく残念だった。

 

 こんなにうつくしいんだから。もっと、楽しめばいいのに。楽しそうに、笑ってテニスをすればいいのに。きっとこの人なら、がむしゃらにボールを追いかけて泥だらけになっても、楽しくてたまらないって顔で笑っていれば、きっとどんなものよりも、うつくしいと思うのに。

 そう思った。

 

 ―――――次はテニスを見よう、と幸村サンは言う。

 この人は、たぶん無自覚だけど、たまにこうして俺とテニス以外のものを共有しようとする。

 理由はわからない。何を望んでいるのか、何かを試しているのか。

 そのくせ、結局言い出しっぺが「やっぱりテニスがいい」と言う。そりゃそーじゃん。アンタ、テニスがないと生きていけない人だもん。

 

 

「いいよ。俺もそっちの方がいいし」

 

 

 うつくしいひとだ。この人は、いじわるだったり怖かったりするけど、こころも、いのちさえもうつくしい人だ。

 

 ヒトの体に体重を乗せてくる幸村サンに、こっちからも体重をかけてみる。この人の体温は俺より少し低い。そういえばこの人は、いっときテニスが二度とできなくなるかもしれないような、大病を患っていたのだったと思い出した。その治療の仕上げのために、あんなに大切にしていた立海から出てきたのだ。

 普段はそんなことをちっとも感じさせないから忘れていた。けれど思い出すと、急にこのぬるさ(・・・)が、あの人のいのちの残りのような感じがして、バカみたいだと分かっているのに不安になった。

俺の体温が移ればいいのにと、もう少し体重をかけて、覚えた恐怖を押し付ける。

 

 こんなに儚い。こんなに消えてしまいそう。なのに、テニスをするときはあんなに眩しくて力強い。

 

 例えば俺への敗北。例えば合宿での試合。例えばW杯。大会後の幸村サンは少しずつ変わっていったように見える。それとも、元のありのままの姿に戻って行っているのかな。

 どんな理由でもいいけど、ただ、この人は、そうしてとうとう―――――テニスを楽しんでいる姿を見せてくれた。

 

 あの時の驚きと、それから、やっぱりなという納得。

 

 この人は俺のテニスを、人を惹きつけるテニスだと言う。

 でも、この人の方がよっぽどだと思う。ネットを挟んで見るたびに、目の前に火花が散ったみたいに、視界がちかちかする。あまりの眩しさに目がくらむ。

 ―――――ほら、やっぱり、すごくうつくしい。

きっと俺より100倍くらい厄介だ。みんな目が離せなくなると、思う。

 

 ―――――うつくしい人だ。うつくしい、いのちだ。

 こんなうつくしい人に初めて勝ったのは俺なのに、この人が一番うつくしくなった姿を初めて見たのが俺ではないことについては、ぜんぜん納得いっていない。

 やっぱ手塚部長スゲーって思ったけど、それはそれだし。

 だからその分、たくさん見ようと思った。絶えさせまいと思った。そのために、見つけたこの人をウチに引っ張りこんだんだから。

 立海って野良試合禁止らしいから、ちょうどよかったかも。言わないけどね。

 

 ウトウトとしてきた意識のまま幸村サンによりかかれば、寝るの、と声が降ってくる。いつの間にかホラー映画は気にもならなくなっていた。

 部屋に、と言ってくるこの人に、ここで寝ると言ってやれば、苦笑いしたような息遣いが聞こえてくる。

 この人が、俺みたいなワガママに案外優しいと最近気づいた。ストイックで厳しい癖に、なんだかんだ言って甘やかしてくれるところがある。

 

 ちろ、と一瞬だけその困ったような顔を盗み見て、そのまま睡魔に任せることにした。きっと、「さて、どうしたものか」って悩むんだろう。

 それでいい。俺は、このうつくしい人を困らせるのが、実はちょっと好きだったりするから。

 

 

 

 







■病気の経過観察
 祝・完治だけど立海を離れてもらうために病気を使いましたごめん幸村。

■ヘイト管理
 幸村がいくらめちゃ強だとしても、女の子になると倍目立つので、こう。
 女体化したせいですが、女体化した幸村が見たくなっちゃったんだから仕方ない。
 石を投げる的としてデカくなりすぎ、と判断しての離脱。信頼する仲間たち(どうきゅうせい)は共犯者。すべては未来(こうはい)を守るため。後輩たちはこのことを知らない。
「幸村先輩が治療?を頑張ってるんだから、俺らもがんばるぞー!」「おー!」

■友達ができない
 珍しい編入性がとんでもねえ美人だったもんだからみんなドキドキしてる。あと1週間もしたら態度が緩和されるので時間の問題というのは間違いではない。間違いではないが電話先は8割くらい「有象無象の為に幸村が自分を変える努力を……?そんなもの必要ないが……?」と思ってる。
 だって彼らにとって幸村はありのままが最も美しく魅力的な存在なので……

■怪談経験
 仲間たちとは何回かやった。毎回赤也がめっちゃでかい声でビビるのでほぼ赤也ビビらせ大会。柳生が意外と上手い。

■旧校舎と蓮二
 柳は旧校舎のいわくについて軽く知っていたが、まあ向こうで友達から初聞きするのも青春だなって教えなかった。幸村は一緒に進学先調べてくれた柳から何も聞いてなかったから蓮二!!?ってなった。

■「多分どこかで聞きかじったか信憑性のないネットの記事から拾って来たんだろう」
 ナチュラルに失礼。

■「ご」
 しぬかとおもった しんぞうとまるかとおもった
 守らなきゃいけない子たちがいたからギリなんとかなった

■渋谷さん
 イケメンだなあとは思ったし悪い人じゃなさそうだけどそれ以上に不審すぎるん。マジで3人に近づかないでほしいのに3人はメロメロだし渋谷さん(ふしんしゃ)は距離詰めて来るし結構困ってた。も~~~~~おともだちチャレンジしてたのにも~~~~~!!
 渋谷さんも目的(・・)のために表情筋ムキムキさせてにこってしてたのに、なぜかすればするほど警戒してくる美人が居て困ってた。

■君とテニスがしたくなった
 仲間とも違う、ある種絶対切れない繋がり。君はちゃんとネットの向こう側(そこ)に居て。

■生意気なおうじさま
 へ~強豪校の部長女の子なんだ→あれが?強そうに見えない……→とんでもねえバケモノじゃん
 病気のことも軽く聞いてるのでたまにちょっと心配にはなる。幸村が100%全力でテニスを楽しんでる状態で試合がしたい。ぜったい楽しいし、きっとめちゃくちゃきれいだと思う。
 恋ではないけど、テニスの女神さまは幸村と瓜二つだったりして、と思ったりはする。

■頂上組
 健全に良好


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