憎い、嫌い、恨めしい
きれいなあの子が 妬ましい
さて、晴々とした朝が来た。
昨夜こちらにもたれかかったまま熟睡してしまったリョーマは、起こすのが忍びなかったので、そのまま彼の自室に運んで寝かせた。
それはそれは丁寧に―――――お姫様抱っこで。
悪意などはもちろん無い。朝食の沢庵に誓ってもいい。
だから、その姿でリョーマの父である南次郎に遭遇したのは偶然で、カメラを構える南次郎の前で一度動きを止めたのも、ぶつからないよう気を使っただけ。
故に、今朝がた起きてきたリョーマが南次郎にめちゃくちゃ笑われたのも、ただの健全な親子のコミュニケーションである。
「ねえちょっと!!」
「お先に失礼しま~す」
■
―――――そういえば、そろそろ委員会決めがあるころかな。中庭にあった空っぽの花壇は、美化委員になったら触れるだろうか。
ふと思い出したことについて考えながら歩く通学路。部活に入っていない幸村は、朝練のあった今までと比べればずいぶんと遅い時間に学校に向かっていた。そのことに寂しさを覚えることはあるものの、今ではこのゆっくりとした登校も楽しみとなっていた。
「うん、今日もいい景色だ」
なにせ、校庭を縁取るように植えられた満開の桜並木を、ゆっくり堪能できるのだ。
なんて美しいのだろう。
美しいものも植物も好きな幸村にとって毎朝見ていても見飽きない絶景。桜自体はまだ若く木の幹も細めだが、咲き誇る花びらたちは感嘆の息を吐くのに十分だ。
美化委員になって立海のように庭園を作るのも素敵だけれど、美術部に入ってこの美しさでキャンバスを彩るのも悪くない。ああ、やりたいことが沢山だ。
景観を幸せいっぱいに堪能していた幸村はそのまま―――――ふと。
木々の間に
■
「……桜の、樹の下には」
■
■
「
■
これは信じていいことなんだよ。何故って、
■
グルン、と昨日の記憶がめぐり始める。潜められた声。暗い室内。ゆっくりと紡がれる噂話。『自殺』『誘拐』『事故』『死亡』『死亡』『死亡』―――――
■
「桜の花が、あんなにも見事に咲くなんて、信じられないことじゃない、か」
■
―――――気づけば、目の前に旧校舎があった。
■
「あ、しまった……」
うっかり。というか、つい。昨日の怪談を思い出したからか、幸村は無意識に旧校舎の玄関前まで来てしまっていた。
さすがに物見遊山は不謹慎が過ぎるし、建物が古くて危ないから近づいちゃだめだと学校から言われていたので、これは大変よろしくない。
―――――よろしくない、のだが。
近づいたことではっきりと見えた旧校舎の全貌に、どうしても足が止まる。古い校舎は趣があり、満開の桜によく似合っていて、とても美しいのだ。
旧校舎の朽ちゆく美しさと、今こそが美の頂点と満開に咲き誇る桜の対比は素晴らしい。もっと言えば、長い時間をかけてたったひとつが朽ちてゆくのと、数多の花びらが頂点を過ぎればすぐに散り、けれどまた芽吹く循環の対比が味わい深くてとても好きだ。
「……ん? んー……」
じっくりと目に焼き付けていると、何となく、旧校舎に違和感を覚える。何か引っかかるような感覚。しかし何なのかがはっきり分からなくてもどかしい。
旧校舎の怪談を聞いたから過敏になっているのだろうか。―――――いや、違う。
「うん……?」
何が変なのかは分からないまま、あちこちに視線をやって―――――ひとつ。薄暗くてよく見えないが、校舎内、玄関のど真ん中に何かがあるのを見つけた。
腕時計を確認する。―――――チャイムが鳴るまで、まだ時間は十分にある。
■
玄関ドアの曇ったガラス越しによく目を凝らしてみれば、やはり玄関の中にはこの場に不似合いな物があった。
「あれって……カメ、ラ?」
おおよそ家庭用とは思えない、テレビ局とかにあるようなご立派な奴が、こっちにお尻を向けて設置されている。
ドアを押してみればカギはかかっていなかったので、少しだけ開けて隙間から覗いてみたが、見間違いではなくやっぱりカメラだった。
埃もかぶっていないきれいなカメラ。ごく最近に運び込まれたか、カメラだけきれいに手入れされているのか……多分、前者かな。
けれどなぜこんなところに、こんなカメラが……?
しかも電源入ってないかこれ。動いてる音がかすかに聞こえるということは、撮影してるってことだろう。
……解体途中の旧校舎に電気って通っているのか?
もしかして別に電力源があるのかと、ドアから離れ改めて周囲を見まわしていれば、玄関近くの木の陰に、車がとまっているのを見つけた。
ここまで近づかなければ気づかない場所だ。開けっ放しの車のドアから、はっきりとは見えないが、中にたくさんの機械が積まれているように見える。
―――――あ、渋谷さん?
いったい誰が何のために、と考えたところで、彼の事を思い出した。なんともまあ不審で不思議な渋谷さん。
昨日の放課後、渋谷さんや3人と別れた幸村は職員室に行き、ちゃんと教師に渋谷の身元を確認したのだ。
―――――あ、あ~~、あれだ、校長が旧校舎壊すために呼んだ、調査会社の……人、だな。
歯切れの悪さは気になったが、ともかく校長お墨付きの身分ということに安心。転校生かと聞かれて誤魔化したのは対応が面倒くさかったのだろうか、などとは思うものの、勝手に学校に侵入してきた不審者でないなら、それ以上は興味がないのでいいと納得した。
さて、ともかく幸村が知っている限りでカメラや車に関わっていそうなのは彼くらいだという話なのだが。
「そこにいるのは誰です」
うーんと首をひねっていれば、不意に男の人の声が聞こえてきた。それは校舎内からで、冷たく咎める音だった。
変わらず暗くてよく見えないものの、玄関ドア越しに、校舎内玄関スペースの奥に人がいるのがうっすら見えた。もしかして渋谷さん以外の調査会社の人だろうか。外から覗き込んでいたから不審に思われたのかもしれない。……まあたしかに不審だな。
「すみません。この学校の生徒です。」
逃げる―――――必要はないな。ただ弁明はいるだろう。中に入るため改めて開いたドアは思ったより立て付けが悪く、少しちからを込めて開ければ嫌な音をたてる。枠が歪んでいるのかもしれない。
直視してみると、男の人は晴れの桜並木より静かな月夜が似合いそうな美丈夫だった。……もしかして渋谷さんの働いている会社って、ルックス採用ある?
「……なぜ生徒がここに」
「登校途中に見慣れない車とカメラがあるのが見えたので、気になってしまって」
正確には好奇心で近づいたら見つけたのだが、わざわざ不利になる情報をいう必要もあるまい。
愛想よくにっこり答えた幸村に対し、美丈夫さんはしかめっ面だった。まあ仕事中に侵入してきた女子高生の相手は面倒だろう。しかも立ち入り禁止のはずの場所。どう見ても非は私にあるし、弁明して謝ってさっさと逃げよう。
「もしかして、調査会社の方ですか?昨日渋谷さんという方にお会いした時に、先生から旧校舎の調査に来ている方が居るとお聞きしましたが……お仕事の邪魔をしてしまったようですみません」
「………」
一転変わって申し訳なさそうな顔を作ってみると、美丈夫さんは少し驚いたような顔をして、それから少し沈黙を挟んだ。けれどすぐに小さくため息を吐かれる。
「そうですね、ここは現在校長からの依頼を受け調査中です。危険ですので以後近寄らないように―――――」
冷たくて威圧的な声と話し方だった。拒絶だな、と思う。まあ幸村には効かないのだが。
話しながらツカツカと近づいてきた彼は、しかし不意に体勢を崩した。
立ち眩みのようなその反応。転ばないようにか、とっさにつかまったのは真横にあった下駄箱。―――――しかしそれは、悪手であったらしい。
「な、」「え」
下駄箱が、倒れてきたのだ。
■
およそ6歩。幸村から下駄箱、美丈夫さんまでの距離である。普通に歩けば3秒程度のその距離は、しかし幸村が走れば1秒未満でたどり着く。
■
ズンッ!!
ハッとした美丈夫さんが動こうとするよりも早く。そして倒れ込んできた下駄箱が彼を押しつぶすよりも早く―――――伸ばした私の両手が、倒れてきた下駄箱を受け止めた。
「わ、」
下駄箱は見た目よりずいぶん重たかったが、上手く衝撃は受け流せたので怪我はない。ただ、積もっていた埃が舞って嫌に不快だった。
「あ、急に動くとよくないですよ」
「………そのまま、下駄箱を支え続けるつもりですか」
慌てて体勢を立て直そうとした美丈夫さんを止めれば、訝しげな声で返してきた言葉は皮肉のようだったが。でも意訳すればこちらを気遣っていると分かる。
お、割といい人かも?と思ったところで、更に聞き覚えのある声が場に増えた。
「リン、なにが―――――何があった……?」
―――――間違いない、渋谷さんだ。
■
「……なにがあったんだ」
「ナル、すみません。……いえ、私にも、……」
渋谷さんの声も、リンさん?というらしい美丈夫さんの声も、動揺と困惑が込められていた。こんな状況で申し訳ないが、なんだか面白い。
ところでナルって渋谷さんのことだろうか。あだ名?下の名前にナルってついてるのかな。
とりとめないことを考えながら腕と腹筋と足にグッとちからを込めて、支えたままだった傾いている下駄箱をもとに戻せば、ズンッと重たいものが地面に落ちる音が鳴る。あ、勢い付けすぎた倒れる倒れる……よしセーフ。
ぐらついた下駄箱を落ち着かせてから、ふたりの方へ振り返れば、見事なきょとん顔。持ち上げたわけじゃないから、そんな顔をされるほど重くはなかったんだけど。
「君は昨日の」
「渋谷さん、おはようございます」
「……ああ、おはよう」
声をかけてきた渋谷さんに挨拶をすれば、数拍遅れて返された。しかしすぐに、何があったのか説明を求められる。
隠す必要もないので簡潔に説明すれば、リンさんも「……間違いありません」と同意してくれた。
タメグチの渋谷さんに敬語のリンさん、ということは渋谷さんの方が上司なのだろうか。……未成年の年下上司、か。
「……なるほど。部下が世話になったようで。」
「いいえ。もとはといえば、私が仕事の邪魔をしてしまったようですから」
「ところで、ちょうどいい。君にいくつか聞いておきたいことがあったんだが。」
渋谷さんが?私に?昨日のことに関してだろうか。
まあ質問をされること自体は別にいいが、
「すみません、急ぎの内容ですか?済ませたい用事があるので、よければ放課後、怪談をするときにお願いしたいのですが」
「……ああ、それなら、その時に。」
「それじゃあ失礼します」
まあ用事なんてものはないが。安全確保安全確保。
■
「リン、何があった」
旧校舎から去っていく幸村の背中が見えなくなったあたりで、渋谷は再度リンに問う。
―――――事が起こる前、ふたりは共に旧校舎内に居た。しかし玄関先に何者かが居ることを
正直な話、リンはドアを開けて入ってきた女子生徒の姿を見た時、驚いた。
高い身長に、しなやかな体躯。緩いウェーブを描く藍色の髪に、ガラス細工のような瞳がついた繊細な
渋谷の顔に見慣れているリンをして、思わず美しいと思わせる人に出会ったことに、驚いた。
しかしそれだけだ。リンにとって目の前の女子生徒は仕事の邪魔に他ならない。さっさと追い出そうと思考を切り替えて。
めまいがした、のだと思う。
平衡感覚が揺らいだような気持ちの悪さに、膝の力が抜けてしまった。とっさに横にあった下駄箱を支えにしようとして―――――まさかその下駄箱が倒れるとは。
大きな木製の下駄箱が、姿勢を崩したリンの上に倒れればどうなるか。
けれどいつの間にか近づいてきた女子生徒が、その華奢な腕でいともたやすく下駄箱を支えてしまったので、リンは奇跡的に無事だった。
ただ、ものすごくびっくりした。
そうこうしているうちに渋谷が追い付いた、というのがリン視点の詳細な経緯である。
しかし渋谷が知りたがっているのはそんな一連の流れについてではない。
「少なくとも、
「ああ」
端的な
昨日、渋谷が唐突に「アルバイトを雇う」と言った。なんでも校舎にいた生徒の中に、都合の良さそうな人物がいたらしい。冷静で理性的で、頭も良いとみえる、アルバイトを探している生徒が。
その時に選考理由外の特徴として「容姿がいい」と投げられた言葉を、リンは印象深く覚えていた。
なにせ、あの渋谷である。
整った容姿をしている渋谷は、それに対して自覚的かつ他人の美醜に興味がない。その男が相手の容姿を評価する発言をするとあれば、彼を知る人間なら誰でも驚くに違いない。
リンは彼女がどんな人間で、アルバイトを探しているかどうかも知らないが、渋谷と面識があり、あのレベルの美貌を持っている生徒が複数居るとは思えない。
なのでアタリを付けたのだが……あの様子では、アルバイトとして雇うのは難しいのではないかと思う。
渋谷の言う通り賢く思慮深い子なら、リンたちの
となると、あとは渋谷の交渉技術次第になるだろうが。
まあ止めたところで聞かないだろうと、リンは結果を待つことにした。
■
旧校舎を脱し校舎へ向かう道すがら端末を確認すると、家族から体調を気遣うメッセージや雑談がいくつか届いていた。髪に絡まったほこりを払いながら、ひと言ふた言ずつ返信をする。
それから、カバンに端末を戻そうとして―――――少し考えて、柳のアカウントの通話アイコンをタップする。
「―――――おはよう、蓮二。ん、ちょっと確認したいんだけどさ……ああ、やっぱり知ってたんだ。そう、旧校舎の話。お前が何も言わなかったんだから、危険はないとは
蓮二いわく、旧校舎の噂のほとんどはただの噂話、実際にあった事件等も裏が取れたものばかりなので、現地の級友から聞く方が楽しいだろうと黙っていたらしい。
「うん、クラスメイトに誘ってもらって……そういえば不思議な人たちに会ったよ。まあ、不思議というか不審というか……さあ?誰だろうね。大丈夫、危ないことはしてないし、いざとなったら周りを頼るから。」
不思議で不審なふたりの男。それだけ聞くと何とも危険な雰囲気があるが、ただなんとなく、あの人たちを見ていると既視感を覚えるのだ。
まるで、あの日テニス部に赤くておバカな春一番が現れた時のような。もしくは、あの生意気なボウヤの目が、あの試合中に再び炎を灯した時のような。
そしてほんの少しだけ、あの日初めてテニスラケットを握った時のような。
「え?ああ……分かってるよ。ありがとう。」
些細な非日常に足が軽くなる。怪談話もいいけれど、やはり新たな出会いというのは楽しい刺激を与えてくれる。
「あ、そうだ。旧校舎の件、一応まとめて送っておいて。」
■
「あっ、幸村さんおはよう!」
「おはよう恵子ちゃん」
「ねね、今日のも幸村さん参加できる?」
「今日のもって、怪談?うん、大丈夫だよ」
「やった!」
教室に入ってすぐ、私に気が付いた恵子ちゃんが、挨拶とともにうれしいお誘いをしてくれた。
渋谷さんには、さも放課後の怪談には自分も参加する
「そういえば、今日は渋谷さんも来るんだよね」
「え?うん、昨日約束したから来てくれると思うけど……」
「楽しみだね」
「……ねえ、幸村さんって、渋谷さんに興味あるの?」
「うん?まあ一応……」
そわそわとしながら聞いてきた恵子ちゃんに、思わず首をかしげる。興味があるかと言われれば、もちろんある―――――いや、待てよ。
「そっかー!うんうんそうだよね!」
これ、勘違いされてないか?
冷汗が背を伝う。渋谷さん参加を確認したのは、昨日三人が渋谷さんをナンパ(仮)していたから「来てくれることになってよかったね」という意味で言っただけで、いや私も楽しみに思っているけど、興味というのもそういう系ではなく……
どうしよう。これって私が彼女たちの恋のライバルになってしまった、ということになるのかな?友情を築く前に泥沼になってしまうってこと?
慌てて弁明をしようにも、チャイムが鳴ってお開きとなってしまった。
■
スピーカーから流れる、放課後のチャイムを聞きながら呆然とする。
あの後、休み時間に何度か弁明を試みたものの、私の言い分は照れ隠しととられ失敗した。そもそも、今日に限って休み時間に何かと用事が入るせいで、あまり時間が取れなかったのも敗因だ。
加えて他ふたりにも誤解が広がっている気配がある。
結局放課後になるまで成果は無し。渋谷さんと合流する前までに誤解を解いて―――――
―――――誤解、といえば。
そういえば彼女たちは、渋谷さんが転校生だと勘違いしたままでは?
昨日の会話から、三人は彼を転校生だと思い込んでいるはずだ。けれど実際には、彼は既に社会人として働いていて、ここには仕事で来ているだけ。
―――――教えるべきか、教えないべきか。
私から見て彼女たちが渋谷さんに向ける感情は、ワンチャンあればラッキー程度にも見える。魅力的な異性への思慕というより、美しい人への憧憬だ。昨日こそ派手なリアクションをしていたが、一晩たった彼女たちの熱はなんだかさっぱりしている。
とはいえ、だ。あわよくばお近づきにと思わなくはないだろう。それなのに、実は渋谷さんが思っているより遠い人だった……となると落胆してしまうのではないか心配になる。
悲しませる役を買って出るのは気が進まないが、いつかはバレるであろう誤解を引き延ばしたところで、知った時のショックが大きくなるだけだろう。
さらに言えば、その時に私が知っていたとバレたら、信頼関係にヒビが入りそうだから、そこは回避したい。
やっぱり早めに教えてしまうべきか。
それはそれで、どう伝えるかが新たな悩みどころになる。なんだか私の方が渋谷さんのことをよく知っているんだぞ、というマウントみたいじゃないか?
それに、昨日の時点で渋谷さんが自分の立場を明言しなかったこと、そして先生方から旧校舎に業者が入る話が周知されていないことを踏まえると、彼について話すのは良くないかもしれない。まあ
―――――待てよ。
不意に湧いた疑問に思考が止まる。それは「そういえば」とか、「そもそも」とか、根本的な部分について。
■
そもそもあの人たちは、旧校舎の何を調べに来たんだ?
■
思わずじっと考え込んだ。
地質?倒壊の危険性?先生は彼らを「旧校舎の調査に来た業者」と言った。私はてっきり「解体のために呼ばれた業者」だと思っていたが……いや、「旧校舎を解体するための調査に呼ばれた」のは間違いないんだろう。問題なのは、旧校舎解体のために『何』を調べに来た業者なのか、という点だ。
なぜ旧校舎の調査に来た業者が、ひとりで本校舎をうろついていた?
なぜ偶然居合わせたはずの怪談に、あんなにも参加したがった?
特に怪談については、仕事先である旧校舎の話題が出ていたからだとしても、それなら「旧校舎の話を聞きたい」と言えばいい。わざわざ怪談に参加する必要がどこにある?教師や
たまたま話しているところに居合わせたから?ちょうどいい、聞けるなら生徒からでもいいと思ったのか。それなら解散になった時点で、次の約束などしなくてもいい。
日を跨いでまで参加したがったのがどうにも引っかかる。旧校舎の話が目的じゃなかった?ナンパという様子でもなかった。
それなのに、そこまでして何を知りたかった?何を聞きたかった?
違和感は多いけど、やっぱり旧校舎の怪談が目的だった可能性が一番高いんじゃないかと思う。
けれど―――――
校長のお墨付きならと、考えることをやめていた疑問点が顔を出す。
あのカメラ。あれも変だ。
テレビ局にありそうな立派なカメラだった。値段も性能も一般的なハンディとは比べものにならないだろう。私物、とは思えないから仕事用のカメラだということは分かる。ただ、それを何で旧校舎の玄関に置いていたのかが気になるのだ。
誰もいない旧校舎の玄関に、何を記録するために置いたのか。
あんなところにカメラを置いて、得られるものが何なのか。旧校舎の、いったい何を撮ろうとしていたのか。代わり映えのない映像、それこそ運よくば
―――――
■
まさか―――――彼らの目的は、旧校舎の
■
「―――――オカルト関係、か?」
乾いた唇を無意識に舐める。
「例えば」で「もしも」の話ではあるが、当たっているのなら、学校がオカルト関係者を正式に招待したことになるわけだが。
年頃の子どもとオカルトの掛け合わせなんて、とんでもない綱渡りである。
神社の神主や寺のお坊さん、あるいは教会の神父さまあたりであったら、文化に根付いた信用、ブランドパワーで受け入れられるだろうが、正直彼らはそうは見えない。
しかしそうなら先生たちから周知されていない理由は、生徒たちがうっかりはしゃがないようにと、あと保護者に話がいかないようにするためかもしれない。間違いなくクレームがくる。
―――――それにしても、困ったな。
私は彼らのことを面白そうと思ったけれど、ジャンルが悪かった。不用意に関わりすぎると
旧校舎の噂と美麗で年若いオカルト専門家のコラボなんて、退屈な日常にとびこんだセンセーショナルなニュースだろう。一気に学校中を駆け巡って注目の的になる。
そんな彼と関わりがあると知られればどうなるか。
この学校ではあまり知られていないが、私は学生テニス界ではまだ知名度がある。そして、私と立海テニス部をイコールで結ぶ人間は多い。
そんな中で彼らと関わるのはリスクが大きすぎる。この身ひとつでとれる責任の範囲じゃない。悪目立ちをして悪評を立てれば、何のために立海から出たのか分からないじゃないか。
そう考えれば、関わるのは控える方がよさそうだ。
もちろん渋谷さんがオカルト専門家という仮定が、考えすぎの可能性も十分にある。
けれどいつだって最悪は想定して判断すべきだ。やっぱり、今日の怪談は遠慮させてもらおう。
正直、恵子ちゃんたちも巻き込まれないように引き離してあげたいが、手持ちの
せっかく三人ともっと仲良くなれると思ったのに本当に残念だ。―――――けど、私はここで彼女たちを優先できない。
せめて渋谷さんについては、転校生ではないことと、旧校舎で作業をしている業者らしいってことは伝えておこう。仕事の邪魔にならないように気を付けた方がいいとだけ伝えておけば、基本善良そうな三人なら、深追いはしないだろう。
渋谷さんとの約束は……申し訳ないけど反故ということで。
「恵子ちゃん」
「あっ幸村さん丁度よかった、今日の怪談なんだけど、場所変えない?」
「そのことなんだけど……」
■
「―――――ちょっと」
■
―――――それは鋭く、切りつけるような声だった。
背後からかけられたトゲトゲしい声に振り返れば、そこにいたのはクラスメイトの黒田さん。
ぶ厚い眼鏡越しに見える目はグッと細められ、眉間にしわも寄っている。腕組みをして仁王立ちする姿はどうにも穏やかじゃない。
直接的に向けられた負の感情―――――彼女は、じっと鋭く私を睨んでいた。
「あ、黒田さん。さようなら」
「あなたたち、今何の話をしていたの?」
ミチルちゃんの挨拶を無視し、高圧的に問いただしてきた黒田さんにこちらも眉をひそめる。
まあ「ちょっと」と話しかけてきた黒田さんに「さようなら」と返したミチルちゃんも、皮肉的に聞こえてしまったかもしれないけど。でもそもそも黒田さんも最初から友好的とは言えない態度だ。
そんなことを考えていると、三人が気まずそうな顔でグッと押し黙っていることに気が付いた。
……なぜ、怪談の話だと言わない?
別にやましいことなんてしていないんだし、さらっと流していいはずだ。放課後に校舎に残ることを咎められると気にしているのか。けれど遅くなりすぎなければ問題ない。
もしかして渋谷さんが合流することについて知られたくない?でも三人は渋谷さんを転校生だと思っているから、学校の先輩と放課後に会うことを隠す必要は……競争率の心配か?
―――――いや、多分この雰囲気は、もっと楽しくない話だな。
三人は対応に困っている様子で黙り込み、よく見ればクラスメイトも、様子を窺うようにこちらに視線を向けている。明らかに黒田を中心に緊張感が漂っている様子に、もしかしたら内部進学組から敬遠―――あるいは、倦厭―――されている子なのかもしれない。
膠着状態のままよどむ空気に、仕方がないと腹をくくる。このまま沈黙を続けるのは時間の無駄だ。三人の前に出るように一歩黒田さんに近づけば、視線がこっちを向いて……彼女の目つきが一段と鋭くなった。
「たいしたことじゃないよ。私がまだクラスに馴染めていないのを心配して、一緒に怖い話をしようって誘ってくれただけ。」
一応、何か誤解を受けている可能性もあったので説明をしてみたが、正直は悪手だったらしい。黒田さんは痙攣するように顔のあちこちを震わせた。
「そうやって……!!」
―――――本当に、大失敗だったようだ。
絞り出したような声はぐつぐつと沸き立つように黒く淀んでいて、重くて低くて上ずっていて息苦しい。声ひとつにここまで感情を込められるかというくらい、疎ましい手触りをしていた。
きっと何かが許せなかったんだろう。何かが彼女の逆鱗に触れ、不愉快にさせてしまったんだろう。
けれど―――――
「何か―――――気に障ってしまったかな」
法や校則に触れることをするわけではあるまいし。理由も言われず理不尽に負の感情を向けられれば、こっちだって不愉快だ。
「君に、迷惑をかけたつもりはなかったんだけど……私、黒田さんに何かしたっけ?」
あくまで穏やかに問えば、黒田さんはぐう、と唸るように黙る。特に何もなかった?ただ気に障った?そんなワケないだろう、そんなに熱い視線を送っておいて。なら、この場で言えないことだった?
それとも、クチに出して認めたくないこと?
「心当たりはないんだけどな……あまり話したこともなかったよね?」
私にはなくても、君にはあるんだろう。私たちに―――――
理不尽な敵意を向けられて悲しむタチでもないけれど、はいそうですかと受け流してあげるほど寛容でもない。ましてや、それでも私を睨みつけている君が多少怯んだとて、憐れんでやるつもりはない。
追い込むように、ゆっくりと。敵意を返すのではなく下手に出た言葉選びで、加害者と被害者の立場を維持する。
黒田さんはすっかり黙ってしまったけれど、教室の空気は毒々しい。まあ言葉を選ぼうが謝罪ではない言葉を返した時点で、私が喧嘩を買ってしまった構図になっているので仕方がない。
―――――それにしても、不安げに黒田さんを見る顔が多いこと。まるで不発弾が目の前にあるみたいだ。やっぱり、何か厄介な特性のある子なんだろう。
私は多少溜飲が下がったからこれ以上刺激するつもりはないけれど……そうだ、この空気を利用して怪談を中止にできないだろうか。それができるなら一番いい。
「ねえ今日は、」
「幸村さん、いるかな」
なんで今来た。
■
3回のノック音と共に教室に入ってきたのは、来校者カードを首に下げた渋谷さんだった。律儀だなドア開きっぱなしだったのに。
いやそれ以前に、タイミングが最悪すぎる。
確かに放課後に教室集合と言っていたが、それにしたって今……今……?
いやそうか、黒田さんと私が
そう考えれば、渋谷さんは悪くな―――――くもないな?
だってドアが開いたままなんだから、室内の異様な雰囲気はなんとなくわかるだろう。これだけ人が残っていて嫌に静まり返ってるんだぞ。なんかあるなって分かるだろう。
しかも、一瞬スルーしたがこの人「幸村さんいるかな」って言って入ってきたか?この状況で、その顔で、しかも私を名指しして?
もしかして、今日って厄日だったのかな。
■
「どうりで今朝学校に来たら、頭が痛くなったはずだわ!」
―――――やっぱり、事態は悪い方に転がってしまった。
私相手に唸り黙っていた黒田さんが、昨日怪談が行われた事と、渋谷さんが今日の怪談の参加者であることを知ったせいで復活してしまったのだ。
やれ自分は霊感が強いから霊が集まると頭痛がする、怪談をすれば低級霊が集まり更に強い霊を呼ぶ、だから怪談なんて面白がってするな、除霊は私がしておく――――
……ああ、なるほど。こういうことか。
彼女が急に話しかけてきた理由は、私たちが怪談について話していたからだったわけだ。自分の
まあ敵視されていたっぽい理由はまだ不明だけど。
―――――それにしても、
名指ししてきた美人オカルト専門家(仮)な渋谷さん。
怪談話の関係者だと聞いて食ってかかる、悪い意味で有名人っぽい黒田さん。
更に遠巻きに見てくるクラスメイト。
混乱のままに、こっちを伺い見てくる恵子ちゃん、ミチルちゃん、祐梨ちゃん。
この混沌じみた現状、最後の3人以外なんかもう全部嫌だな。
しかも何を思ったか、渋谷さんは黒田さんの主張を論破し始めた。それも完全に正面から叩き潰すやり方で。
黒田さんは旧校舎に第二次世界大戦の霊が居ると主張している。看護婦や患者の姿を見たから、あそこには病院があったのだと。
しかし渋谷さんが、この学校が戦前からあることを指摘したことで、黒田さんの話に矛盾が出る。ご丁寧に「昔は医学部でも?」と付け足す彼の意地の悪さといったら。
―――――話を聞いていて気になったのは、
怪談にまつわる話、旧校舎の霊について。黒田さんは
まるで何度も演じた台本をなぞるように。
たいていの人は、「自分に見えているものは普通じゃない」と知れば、周囲の目を恐れてくちを
渋谷さんと話せば話すほど余裕がはがれていく黒田さんからは、他者評価に揺らがず自分を持つ気高さのようなものは感じられない。周りの様子が分からないような鈍感の可能性も高くない。必死に言葉を重ねる姿は、むしろ自分から暗いところに落ちていく、破滅者のようだった。
その必死さはどこから来るのか。自分は本物だと認められたい?受け入れられたい?
―――――渋谷さんはあまりに冷静に、いっそ冷酷に、黒田さんの主張を正論で叩き潰す。
彼は黒田さんが嘘をついていると思っているんだろうか。信じている眼じゃない。その上で虚言を受け流したりするのではなく、正面から仕留める対応はある種の慈悲なのかもしれない。
けれど、それは悪手でもある。
悪化しないといいけれどと思っていれば、渋谷さんと黒田さんの勝負は、追い詰められた黒田さんが「霊感のない人には分からない」と言い放ったことで終了したようだった。
いや、終了したというより……勝負あった、と言えるだろう。
少なくともこの状況で言うそのセリフは
黒田さんは、渋谷さんに負けたのだ。
■
―――――さて。正直私は黒田さんの現状や今後にさして関心はなく、私に面倒が来なければいいなとしか思っていない。仲良くない上に敵視されているのだし。
ただ、ひとつ。
「黒田さん、今日用事があるって言っていなかった?もう随分と時間が経ってしまっているけど、大丈夫?」
「は、」
―――――これ以上、自分を名指した相手と一緒に目立たれるのは困る。
■
唐突なセリフとタイミングだっただろう。自覚は十分にある。ついでに、彼女から用事があるという話はもちろん聞いてない。適当に言った出まかせだ。
けれど躊躇わなかった。だって機嫌が悪いから。
「幽霊云々については分からないけど、君がそれだけ言うのならもう怪談なんてしないよ。それでいいだろう?話はこれで終わり。黒田さんはどうぞ、自分の用を済ませに行っていいよ」
敵視してくる黒田さん。注目してくる周囲の視線。名指ししてきた渋谷さん。なにより、嫌な思いをさせてきておきながら、すっかり蚊帳の外にされた現状。
まったくもって、そう―――――不愉快。
「そ、う。……そうね……わかってくれたならいいの。それじゃあ、私、用事があるから……さようなら」
とってつけたような「君が言うのなら」という尊重の言葉。含まれた真意は「早くどっか行け」だったわけだが、本人もこの場が気まずかったんだろう、視線を彷徨わせたあと小さな声でそう言って、足早に教室を去っていった。
敵の排除と怪談のキャンセルをまとめて片づけられたので、多少溜飲が下がった気持ちで渋谷に振り返る。
「渋谷さん。そういう訳で怪談は中止になりました。3人ともごめんね、勝手に話を進めて。今度は別の遊びに誘ってくれると嬉しいな」
「え、う、うん!」
「大丈夫だよ、全然!!」
「う、うん、今度、また誘うね!」
どさくさに紛れてひとりで話を進めてしまったが、三人は許してくれた。まあドン引きされた可能性が高いけど……次は誘ってもらえないかもしれない。というかこの件で、クラスの子たちからも更に距離を置かれたらショックだ。最悪の未来を想像して幸村がややブルーな気持ちになっていると、一連の流れを黙って聞いていた渋谷がふう、と息を吐いた。
「……そう、なら仕方がないね。じゃあそれとは別に、幸村さん、君に話があるから少し一緒に来てもらいたいんだが」
いい加減にしろ。
出かかった罵倒を呑み込む。まだ三人の誤解を解けていないのに、よくも更に誤解されるようなことを言ってくれたな。いや、今朝『質問は放課後に』と約束したのだから、渋谷さんとしては当然の流れなのかもしれないが。
教室内に動揺が広がるのが分かって憂鬱だ。
渋谷さんは見目麗しい美男子。そんな彼に
「ああ今朝の件ですね、その節はご迷惑をおかけして申し訳ありません、場所を移動しましょう―――――三人とも、また明日」
もうダメかもと思いつつ、『そういうアレではない』っぽいことを言ってみたが、果たして効果があるのか。覚悟を決め三人を振り返れば、
「う、うん!いってらっしゃい!!」
「頑張ってね!!」
「応援してるね!!」
―――――それはもう、好奇心に眩く光る表情で。
やっぱりこの誤解って、もう修正不可能な感じなのかな。
―――――もう、もういいかな、もう。どうせそのうち興味もなくなるだろう、きっと。
教室中から向けられる視線にうんざりしながら、黒田さんのように荷物を持ってさっさと教室から逃げることにした。ちょっとだけ彼女に同情できたよ。
「付いてきてください」
渋谷さんを追い越し声をかける。目指すは一階特別教室前の廊下の突き当り。人通りがほぼなく、死角になる物陰があり、大きな声を出せば職員室にすぐ聞こえる都合がいい場所だ。
……ああ、はやく帰ってテニスがしたい。
■お姫様抱っこされた王子様
起きたら部屋で、うん?ってなった。父親に写真見せられながらゲラッゲラ笑われておこ。でも幸村が受け流すから更にムム!ってなってる。
■桜並木と旧校舎
コミック版の絵がとてもきれい。
写真、風景画など、芸術分野と相性がいい見た目。やべ~いわくばっかだけど。
■危機一髪の美丈夫
幸村のパワーを魅せつけたかったばかりに怪我を回避させられたお兄さん。
■「リン、なにが―――――何があった……?」
珍しいガチ困惑。
■逃げ村
幸村は渋谷を悪い人ではないと判断しているが、不審点が多いので信用はしてない。そして危機感もちゃんとあるので
■上司フラれそうだな~となっているリンさん
正直アルバイトとかいなくてもいい。いたら窓口業務任せられてコミュニケーションキャンセルできるから便利だろうとは思うけど、自分を含め問題点の多いチームだと自覚があるので、職場内の人間関係トラブる方がめんどくさい。
■サプライ~ズ(ピース)したらサプライ~ズ(!!?)された参謀
不思議?不審?いったい誰が??????待て聖子、そいつらは大丈夫なのか、聖子?????悶々とする羽目になった。
■ワクワク村
「不審~!でも絶対面白い~!早く私からの疑いを晴らして気兼ねなく楽しませて~!」というメンタル。
■誤解され村
幸村「渋谷さんオモロ。みんな渋谷さん来てくれるの楽しみでしょ?よかったね~」
三人「もしかして幸村さんも渋谷さんを……!?」
幸村「ど う し て」
■恵子ちゃんたち
イケメン目の保養~の段階でイケメン×美少女の可能性に沼ったので平和。ふたりがくっつかずワンチャン自分の方に来たら、それはそれでめちゃくちゃアガるとは思っている。恋ではない。
■渋谷さんの職業考察
一回気にしたら全部気になるくらい違和感がある男渋谷。幸村は怪談の影響もあって思考がオカルト脳になっている。あと渋谷さんたちがびっくりするほど怪しいので……
■いちばんたいせつななかまたち
いちばんたいせつなものを まもるため らくえんの そとにでた かみさまのいとしご
■ギスギス黒田さん
中学時代も仲間がモテるおかげで知らん女の子から嫌われることはあった。多分自分に非がないパターンだろとは思っている。余計に不愉快。ので反撃した。
霊感については嘘かなって気持ちが強い。幸村は本物の
■渋谷さんへの好感度
オモシロ~!という意味では高い。
ただ注目されているときに名指ししてきたり、そのまま幸村放置して黒田とレスバしたり、また名指ししたりと幸村の嫌なことばかりするのでぐんぐん下がってきている。