「そういえば、屋上庭園だが、幸村を懐かしむテニス部員が美化委員に多数立候補したようでな」
昼休み、そんな情報を落とした柳に、他メンバーはああ、と少し前まで通っていた校舎の見慣れた庭園を思い出す。
屋上庭園とは、立海大附属中学校の屋上にある、美化委員が整備している庭園である。
在学時は美化委員に所属しガーデニングを好んでいた幸村が、それは熱心に世話をしていたため、立海レギュラー陣からしてみれば非常に慣れ親しんだ場所であった。
「赤也も美化委員になったらしい」
「あいつ花の世話できんのか」
ずいぶんな言いようだが、丸井の言うことももっともである。あまり向いているとは思えない後輩が、きちんとあの庭園を守れるのだろうかとは、全員が思ったことだ。
しかし柳曰く、どうやらほかの委員たちから熱心にフォローをしてもらいながら、まずは適量の水やりを練習しているらしい。
そして、水やりの後に写真を撮って、毎回幸村に送っているそうだ。
―――――立海大附属中学校の男子テニス部であるならば、あの庭園にいる幸村の姿を見たことがないものはいなかった。
楽しそうに花々を見る姿。太陽の光が差してきらきらと光る瞳が、柔らかくほころぶ。そんな姿が、みんな好きだった。
あの人が愛したものに触れたかった。あの人が愛したものを守りたかった。
あなたに笑っていてほしかった。
そんな健気な後輩に、全員がつい、頬を緩ませてしまう。
「柳生にも送っているらしいぞ」
付け足された情報に仁王の目が見開かれる。幸村同様外部進学をした相棒の名が出たからだ。
幸村とは違い、医学部進学を目指した外部進学を行った柳生。どうやらそのことを、後輩はずいぶんさみしく思っていたらしい。
かまって欲しがりが、一生懸命邪魔にならないちょっかいを覚えたようで。
「俺もかまちょしに行くかの」
所変わって、旧校舎へ続く裏道にて。
校長室で
この道は木々の陰に隠れているうえ、ほぼ獣道なので、内部生でも知っている子は極僅か&知っていても通らないという穴場道だ。
というかそもそも旧校舎は立ち入り禁止なので使う人がいない。おかげで部活生の目がある校庭側を通らずに、旧校舎へ行くことができた。
獣道にふさわしくなかなか障害物が多いが、渋谷さんは思ったより運動神経がいいのかスルスルと進んでいた。私?はは、今更獣道程度で困るように見えるかな。
「とりあえず、今回の旧校舎の依頼について説明する」
「よろしくお願いします」
歩きながらの説明を簡単にまとめれば、古い建物は危ないから旧校舎壊したい。
というか不吉な噂多すぎるからどうにかしたい。
なのにことごとく危ないことが起こるからちーっとも工事が進まない。
だからどうにかしてくれ!という話らしい。
「依頼があったのが一週間前で、調査を開始したのが昨日、ですか」
「ああ、その間は噂についての下調べをした。当然だろう?」
「そうですね。それだけ慎重に事を進めてもらえるのは、いち生徒としても雇われた身としても安心します」
と、そこまで話したところで、お目当ての旧校舎の裏側に到着した。う~ん迂回コースだからちょっと時間かかっちゃうんだよな。
それにしても、旧校舎は校舎裏も雰囲気があるなあ。不気味さが味を出している。
……ブルーシートがなければなあ。
「仕事の前に、聞きたいことがある」
「? 構いませんが」
改めて旧校舎を眺めていれば、そう声をかけられた。
そばにあった車―――今朝見たやつだ。校舎裏に移動したのか―――から渋谷さんが取り出したのは小さな機械。長方形の、長さは十五センチ前後といったところだろうか。
「……ボイスレコーダー?」
「昨日の怪談で、旧校舎の噂は出たか?」
「出ましたよ」
「覚えている限りでいいから録音させてくれ。」
「ええ……構いませんが……」
思わず構わなくなさそうな返答になってしまったので、渋谷さんが訝し気になった。いや、まあ、それはそう。
「何か」
「いえ、何も」
「……何か思ったことや気づいたことがあったら言え。たいしたことでなくとも、『素人に知識を教える』のは契約内だ」
ふん、とため息をつくように鼻を鳴らした渋谷さんに、おや、と思う。言い方はそっけないが、これはもしかして気遣いだろうか。勘違いかもしれないが、それならお構いなく、とくちを開くことにした。
「……まあ女子高生の怪談ですから、曖昧だし、拡張されたりねつ造されてたり、正確性に欠けるでしょう。
昨日といい、渋谷さんがどうしてそんなに知りたがるのか疑問でした。私の友人がこの学校を調べた時、噂の元ネタは裏がとれたものばかり、何ら不自然な点はないと言っていたので……十分下調べしているらしい渋谷さんが、今更何が気になるのかな、と」
もうこの短い交流で噂話を真に受けるタイプだとはまったく、まっっったく思っていないので、余計に違和感を覚えてしまった。聞くだけ無駄ではないだろうか。
割と歯に衣着せずにペロリと言い切った私に、渋谷さんはそんなことか、と言った。
「もとから情報源としてはあまり期待していない。重要な情報がある場合もあるが……今回はただ、生徒間の噂をデータとして集めたかっただけ。」
「ああ、納得しました。じゃあ渾身の演技力を持って臨場感たっぷりに語らせていただきますね」
「いや待て、どうしてそうなる」
普通でいいだろう、と少し困惑気味の渋谷さんに、サービスのつもりだったんですが、と返しながら少し笑ってしまう。
疑問が解決してすっきりしたので、つい軽口をきいてしまった。この人、多分特定の物事以外に興味関心が低いだけで、無感動ってわけじゃないんだろう。こういったちょっと年相応な反応を見れるとつい、微笑ましさを覚える。
冗談ですよ、といえば溜息を吐かれた。
「じゃあ、覚えてる限りですけど……」
■
「―――――なるほど。どうやら教師側が把握している内容と大差ないようだ」
カチ、とレコーダーの録音を終了した渋谷さんは、どうやら先生方にも聞いていたらしい。それから、こちらを見て「もうひとつ」と続けた。
「君の友人は旧校舎を調べたと言っていたな」
「ええ、私が転入するにあたって、ある程度調べてみてくれたみたいで」
「……その情報と、こちらが持っている情報をすり合わせたい」
「構いませんよ」
了承すれば、渋谷さんが取り出したのは手帳。促されてのぞき込めば、すべて英語でメモがしてあった。
……もしかして、渋谷さんは母国語が英語なのだろうか。書きなれた雰囲気の筆記体で、一面いっぱいに情報が書き込んであった。
私も端末を取り出して、送ってもらった情報を確認する。
「旧校舎が使用されていた間は頻繁に死人が出ていたということは?」
「聞きました。18年前までは1年にひとり、ふたりは亡くなっていたとか」
これは異常な数値だろう。話を聞いたときはびっくりした。時代があったかもしれないが、学校がある種の聖域扱いされる中で度重なる死者、というのはかなり批判を受けたのではないだろうか。
死因に学校の責任がなくとも、学校で死があったことが問題視されたはず。これだけ死者が出れば『いわく』がつくのも納得だ。……推測だが、新校舎が建てられたのは校舎の老朽化だけが原因ではないのだろう。
「旧校舎西側の取り壊し工事については」
「事故事実。けが人は出たけど死人は無し。えーっと、原因は使用していた重機の整備不良で、要するに業務上のミス。そもそもその工事では、もとから三分の一だけ取り壊す予定だった。」
「子供の死体が発見された件」
「営利目的の誘拐。犯人は逮捕済みで、まだ生きている。」
「自殺したという教師」
「遺書があり、原因はノイローゼ。遺書には、担当していたクラスが学級崩壊していて…いじめられていた子が精神を病んで入院、責任を追及されて追い詰められたと書かれていたと」
―――――ちらり、と渋谷さんがメモから目を離して私を見た。
「トラックの暴走」
「ああ去年の、工事中のトラックが校庭に突っ込んできた……運転手が飲酒をしていたことが原因」
「そう。この時はさすがに工事が中止された。校内で死人が出たため、学校や業者への責任追及が激しかったのと、『旧校舎の呪い』だの『旧校舎の霊のせい』だのという噂が飛び交ったからだろう」
そこまで言って、渋谷さんはメモ帳を閉じた。どうやら蓮二が持ってきた情報は、渋谷さんのお気に召したらしい。
「ずいぶん情報通な友人だな」
「自慢の参謀ですから」
「君も分かっていると思うが、不吉と言うわりにどれも原因のはっきりした事故事件ばかりだ」
まあどれも穏やかではない話が続いているので、感覚として不吉、というのは間違いないかもしれない。
ただ、原因ははっきりしている。呪いだなんだと怪談話になってはいるが、事件事故があったという事実以外は、噂の域を出ない。
たまたま手ごろな、ちょうどいい場所にあった、ちょうどいい舞台装置。あるいは、人為的な過失による風評被害、というか。
「統計から考えるのなら、僕はそんなに大した事件ではないとふんでいる」
「うーん、でもやっぱり気になるのは、旧校舎というピンポイントな場所で良くないことが連続していることですかね」
「必然のような偶然はどこにでもある話だ」
やっぱり連続すると気になるよなあ、なんて私のセリフをばっさりと切り捨てた渋谷さんは、「仕事に入る」と話を切り替えた。
■
「まず設置していたマイクを回収してもらう」
「マイク?」
唐突にマイク、と言われてすぐに出てくるものと言えば、学校の集会などで使われるものやカラオケにあるものだ。もちろんまさか旧校舎でカラオケ大会をしたとは思っていないが……
「何に使っていたんですか?」
「……マイクは普通、音を拾うために使うものだろう」
「なるほど。ふふ、スピーカーと混同して『声を大きくするための機械』としての認識の方が強かったものですから」
移動しながら指示されたことに首を傾げれば、少し呆れたような視線をいただいてしまった。そりゃそうですが。いや、正確には音を電気信号に変換する機械だけれども。確かに役目は『収音』だけれども。
まあしかし、普段の使用用途が違えば認識も違ってくるものだろうから、そこまで腹は立たない。常識って人によって違うよねって話だし。
旧校舎の外周には、いくつかのマイクスタンドが設置されていた。きちんと校舎の窓が開けられていて、内部の音が拾えるようになっている。
そして当のマイクは、想像していたようなハンドマイクと違い、太く、大きなもの。高そうだなあ。これだけの機材、揃えるための資金はどこから来てるんだろう。渋谷さんに貢ぎたいパトロンとかかな。……冗談だけど。
「よく調査されていない
「ああ、それでカメラとマイク……あれ、でも今朝渋谷さんと助手のリンさん?は校舎内に居ませんでした?」
そういえばと、思い出して呟けば、じっと無言で見つめられた。―――――ああ、なるほど。どうやらちょっと簡単ではない話題だったみたいだ。渋谷さんの目がまた私を見極めようとしている目になった。
にっこり、できるだけ無害そうに笑っておく。他意はありません。害もありません。という涙ぐましいアピールだ。
「……条件がそろっていたからな」
はぐらかすようなことを言って目をそらした渋谷さんに少し落胆する。気になるが、どうやら詳しく話してくれるつもりは無いらしい。飲み込まれた言葉は、彼にとって私が信用に足る人物だと確信されていないことの証明のように思えた。
「ああ、大した事件じゃないかもって言ってましたもんね。じゃあ旧校舎は思ったより安全なのかな?少し安心しました」
まあ追及せずにのっておくことにした。まだ出会って間もないのだから、向こうが
個人的には、渋谷さんって面白いからこの調査中に少しは仲良くなれれば楽しいかな、と思っているのだが。
努めて明るく笑いかけてみると、渋谷さんはまた私に視線を向けてからくちを開いた。
「あくまで僕の所感だ。いくら念入りに調査をしたとしても、
「それはもちろん。『用心に怪我なし』ですね。
納得、といった顔で頷けば、……少し変な顔をされた。というより、一瞬動きが止まった?
瞬きの間の違和感。本来なら気にも留めないようなことかもしれないが、こと渋谷さんにおいては、その反応を見てひとつ思い浮かぶことがある。
「渋谷さんは―――――」
―――――渋谷さんは、多分、あまり日本に馴染みがないのかもしれない。
さっきのメモからして、育ちは英語圏なのではないだろうか。日本語はずいぶん流暢だが、今のリアクションは多分『用心に怪我なし』か『居安思危』が彼のライブラリに引っかからなかったということではないだろうか。
必要な範囲が広いから多くを知っているけれど、その分必要じゃないところには手を伸ばしていないタイプだとしたら、話の流れからニュアンスを感じとれても、言葉の組み合わせや―――――これはまだわかんないけど、たぶん音で聞いた言葉に漢字を当てはめること、その組み合わせから意味を察することが苦手、かな?
もちろん、日本人でもこのふたつの
……正直、わざわざ
『渋谷さん帰国子女説』もしくは『渋谷さん来日外国人説』はかなり有力になったかな。
だとしたら、出身はどこだろう。ラテン系?ゲルマン系?いや、顔の系統は割とアジアに近い…というか普通に整っているから分かりにくいな。でもヨーロッパとアジアのハーフとかが一番的を射てそう。
「うーん、やっぱりなんでもありません」
「……なんだ。さっきも言ったが、」
「ああいえ、仕事中にする話じゃなかったので」
けれど、ひょっこり顔を出した好奇心はきっちり握りつぶす。危ない危ない、探検気分で追及するところだった。
人のプライバシーをアレコレ詮索するのは褒められたことじゃない。少なくとも彼は私に害をなそうとしていないのに、こっちが好奇心で探るのはマナー違反だね。
まあ、これから親しくなって本人が話してくれた時に聞けばいい。それが私たちの距離感において最も正しい選択だろう。
「マイク、分担して運びますか?」
「……ああ、君はマイクを運んでくれ。僕はスタンドを運ぶ」
「了解です。あ、そう言えばリンさんは?」
「リンは別件で出ている」
「なるほど」
それでバイトが必要だったのかな、と思いながらマイクをスタンドから回収していく。
私の身長は175cmくらいで、女子はもちろん男子から見ても高めの部類に入る。体格はどう頑張っても細いまま―――腹筋は割れないし、手足も筋肉で太くなったりしないし―――だが、それでも身長に見合うだけの腕の長さがある。おかげで複数台設置されていたマイクは抱え込むように持ち上げれば、すべて一度で回収できた。
それなりに、しかし私にとっては負担にもならない重量のマイクを運びながら、両手にマイクスタンドを持った渋谷さんと車に向かう。
開け放たれているドアを見ながら、ようやくはっきり視認した車内の機材たちに、もしかしてこれ全部運ぶのかなと考えていれば、振り返った渋谷さんがなんとも言えない顔をしていることに気が付いた。
「君は………いや、今朝から思っていたが、ちからがあるんだな」
「なんで言い淀んだんですか今」
「いや……」
まあ聞かなくても言いたいことは分かる。見た目に似合わず異様にちからがあると言いたいんだろう。視線が雄弁だった。
自覚はあるとも。よく言われるし。
「渋谷さんを抱えて全力疾走くらい簡単にできますよ」
「……はぁ。頼もしいな。何か格闘技やスポーツでも?」
笑って返せば、少し呆れたようなため息をつかれた。しかしそのまま話を掘り下げられたことに、思わず目を丸くしてしまった。
ちょっと予想外だ。「そうか」とかで済まされると思ってたよ。
というか、会話術的にそうやって掘り下げると、相手から自分のことを聞き返される可能性が高くなるのは常識。だから必要以上に情報を落とさない渋谷さんが話を広げてきたことに驚いてしまったわけで。
これは、私に心を開いてくれたのか、ただ単に私が思っているよりフランクでフレンドリーな人(当社比)なのか…。
思わず渋谷さんを凝視していれば、次第に渋谷さんの視線が揺れ、逸らされたのち、完全に体ごと背を向けられてしまった。
「………作業に戻るぞ」
声は固い。怒っているかのようだ。けれど―――――
「フ、フフフ…」
「マイクを置いてください。旧校舎内に機材を運び込みます」
「渋谷さん」
「仕事をしてください」
思わず笑いながら呼びかければ、そっけない塩対応。これは―――――まさか、拗ねてる?
思うに、渋谷さんは滅多に自分から……いや、調査に必要な分はガツガツいく気もするけどそれとは別に、自分からコミュニケーションをとらないタイプだろう。よっぽど親しくないと雑談や世間話にものらないと見た。
そんな人が、ちょっとした好奇心?で珍しく質問してみれば『えっ?正気?』みたいなリアクションを返されたわけだ。あ~これは申し訳ない。それは私でも逃げる。
しかも相手はその数秒前に『仕事に関係ない話はしません』みたいなことを言っていたという。そして自分が聞いたのは全然仕事に関係ない話。
うーん、これどっちかなあ。うっかりポロっとこぼしちゃったのか、遠回しにこれくらいの雑談ならしますって意思表示をしてくれたのか。前者っぽいなあ、後者なら逃げないだろう。
うんでも、どっちにしろ私の反応が間違っていたね。いや本当に申し訳ない。……申し訳ないと思っているよ。本当さ。
「渋谷さん、渋谷さん」
「………何ですか」
「格闘技は護身術を嗜む程度ですが、スポーツは四歳の時からテニスをやっていましたよ。パワーがあるのはそのトレーニングの結果かな」
「……そうですか」
「中学のチームメイトたちは癖が強くて、まったく手のかかるやつらでした。旧校舎の情報をくれたのも、その内のひとりなんです。
……少しだけお話ししませんか。もちろん、仕事の支障のない程度で。ね?」
下手に出ながら誘ってみれば、振り向く顔。少し眉間にしわが寄っていて、怒っているようだけど、さて。
渋谷さんが多少の歩み寄り?を見せてくれた目的は分からないけど、せっかくこちらのプライベートに興味を持ってもらったのだから、楽しくお話ししたいのだけど。
「…そんなことをして何のメリットが?」
「私が嬉しい」
返した言葉に、渋谷さんが呆気にとられたような顔になった。まあこんな事言い返されると思わなかっただろうね。
―――――正直これは賭けだ。話を振ってくれたのは渋谷さんだとしても、ここまで押せばそろそろこのお喋りは『私のわがまま』となるだろう。
気になるのは、『私のため』でしかなくなったそれに渋谷さんがどう動くか。
「荷物を運ぶ間くらいなら大丈夫でしょう」
「………」
「いろいろありますよ。チームメイトの話、学校の話、スポーツの話…あ、私ガーデニングが好きなんですが、その話もいいですね」
「………」
いくつか候補を出してさらに切り込んでみる。渋谷さんが大きく息を吐いて背を向けた。おや、失敗かな。
「―――――話は荷物を運びながら。旧校舎内にベースを作る」
「
あ、成功だった。ちょっとふざけた返答に、渋谷さんは何も言わなかった。
■
「ベースの設置場所はここだ。まず―――――」
「? はい」
「―――――いや。まず棚を設置する」
渋谷さんに案内されて組み立て式の棚パーツを運び込んだのは、比較的玄関に近い一室だった。特別教室だったと思われるそこは当時の机やら備品が残ったままだ。
……こういうのって備品整理しないのかな。今朝の下駄箱だって、さっさと処分してくれてたら危ない目に合わなかったっていうのに。まあ処分するのにもお金がかかるだろうし、そういうところで止まっているのかも。
拠点を築くにあたって活用もできているから、プラスマイナスゼロとみてもいいけど……にしても机が大きくて頑丈だなあ。技術系の教室だったのかも。もしくは理科室?
「棚ができたら、車から必要な機材を運び込む」
教室内を見回してから、机の上に棚の骨組みを下ろした渋谷さんが今後の作業予定を説明する。一瞬の沈黙は謎だが、まあ気にしないことにした。
「そっちを持ってくれ」
「はい……っと、ここ固定しますね」
骨組みを組み立てるというのは案外重労働だ。これはプラスチックじゃないので重量があるし、ズレると上手くハマらなくてやり直しになるし。
さすがに組み立て始めは会話をする余裕もなく、ふたりもくもくと作業を続けた。
「―――――実はこういった組み立て作業、初めてなんですよね」
「…どうりで手元が危なっかしいと」
「あはは、でも
ひとつ、完成したパーツをあらかたチェックし、問題ないと判断したので次に取り掛かる。ちなみに渋谷さんはさすがに手際が良く、私の倍くらいのスピードで組み立てていた。
「こういったのは……どっちかっていうと、指示を出すことの方が多くて」
「……経験があった方が指示は出しやすいと思うが」
おお、返事がある。いや無視されるとは思ってなかったけど、つい。
驚きと感嘆を、ばれないように笑顔で誤魔化して、何でもないように会話を続ける。
「私もそう思うんですけど……友人たちがさせてくれないんですよね。危ないからって」
「過保護か?」
「やっぱりそう思います? 私は全然こういう作業、嫌じゃないんですけど……まあ、器用な奴が多いので、全部任せたって問題がないし、じゃあいいかと丸投げしちゃってたんですけど」
あ、会話途切れた。うっかり。次は何の話題にしようかと考えていれば、組み立て終わったパーツを置いた渋谷さんがこちらを見てくちを開いた。
「……友人、というのは、君に旧校舎の情報をくれたという?」
「ええ。正確には、部活動のチームメイトたちなんですけど」
「そう」
「―――――情報をくれたのは柳っていうやつなんですが」
一瞬、また会話が途切れた。しかしわざわざ渋谷さんが話を広げてくれたのだからこのまま終わらせるのも申し訳ない。とりあえず、チームメイトの話をしてみることにする。
「いろんなもののデータを集めるのが好きなやつで……」
まあ、話題に事欠かない友人たちだ。会話のネタには充分なるだろう。
手を動かしながら、私の自慢の友人たちを渋谷さんに紹介することにした。
■屋上庭園
ぼくたちのかみさまがあいしたらくえん
■かまちょ
あなたの選択を尊重したい。それはそうとしてさみしいに決まってる
■裏道
旧校舎行きたいんですけどぉ、生徒たちに悪目立ちしたくなくってぇ
→変な騒ぎを起こしてほしくない校長と利害の一致、保健室の裏口から行ける裏道情報をゲット
■すっきり
ずっと気になってた怪談参加希望の謎が解けてめちゃくちゃすっきりした幸村、よろしい
気分が良すぎて渋谷にダルがらみした幸村、大変よろしい
■一人少年探偵団・柳
幸村のためなら校長の口座預金まで調べるぞ♡
しかしまさか自称霊感少女がいることまでは分からんかった。分かってたら注意喚起してた。
■力持ち村
幸村は背は高いけど華奢な印象を持たれやすいので、大荷物とかを軽々持ってるとビビられる
■お互い探り探り
幸村的には、仲良くなりたいな~お話ししてもいいかな~どこまで許されるかな~のチキンレース。渋谷さんは割と幸村のペースに乗せられているところがある。
正直彼も認める柳の情報収集能力のおかげで、幸村の過去(人間関係)に興味を持っている。
■「ベースの設置場所はここだ。まず―――――」
原作通り二手に分かれようとしたが、幸村は力持ちだし、一緒に作業した方が早いかなって思いなおした。それだけ。
■たいせつななかま
正直自慢したいだけなことはある。だってたからものだから。