あした   作:雄良 景

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(幸村聖子の華麗なる王子様いじり)



 お昼休み。お弁当を食べる前に端末を覗けば、SNSに通知がたくさん。
 きっとみんな見たのだろう。そして、彼も。

 青い鳥のアイコンをタッチしてアプリを開けば、想像通り。


 ゆきむら:王子様ご就寝。


 鍵をかけたアカウントに悪戯心で載せた例のプリンセスホールド写真は、いたくフォロワーのお気に召したらしい。
 まあこのアカウント、ほとんどテニスメンバーしかいないからね。

「かわいーww」「性別逆転してんじゃん」「これは恥ずかしいww」「仲ええなあ!」「え、いいなー俺もやってみたい」

 面識のある面々が次々にコメントを送ってきている。うーん、面白い。実際面と向かって会ったらここまで気安く会話しないのに、SNSだとみんな、ポンポンコメントくれるんだよね。
 直接会った時もこれくらい話しかけてくれればいいんだけど、と思いながら読み進めていれば、数分前のコメントを発見。


 カルピン@猫垢:ちょっと意味わかんないんだけど! 早く消して


 思わず笑いそうになったのをグッとこらえる。端末見ながらニヤニヤしてたら気味悪がられるからね。
 それにしても、気づくのにだいぶ時間かかったなあボウヤ。おおかた、先輩に揶揄われてようやく気が付いた、ってところだろうか。
 そっと端末に指を滑らせる。同居人を怒らせたら生活がし辛いからね。ここは素直に詫びを入れよう。


 ゆきむら:お怒りかな? 君の体調を気遣って部屋に運んだだけだったのだけど。
      ちなみに昨日はホラー映画を見てみました。王子さまは退屈だったようで。


 ペタリ、1枚のブランケットを分け合いながら私に寄りかかって眠るボウヤの写真を付けて呟いておく。
 うんうん、あの格好の理由も載せたし、ホラーを怖がってたってことも言ってない。十分なフォローだね!


 たまたまみんな見ていたのか、次々にコメントが送られてきて―――――とうとう画面に着信通知が。
 うっかり小さく噴き出して、クラスメイトの邪魔にならないように人気のない階段まで移動する。


「―――――やあボウヤ。どうかしたかな?」


 楽しんでる? まさか、当たり前だろう!
 おかげで恵子ちゃんたちに弁明する時間が無くなった。これは後でボウヤに責任を取ってもらわなくては。





仕事開始(まずは知ってもらおうか)

 

 

 

 所変わって、旧校舎直通裏道。

 校長室でバイト許可申請(じかんつぶし)が終わり、私たちは校長先生からのアドバイスでこの秘密の裏道を通ることになった。

 この道は校舎の陰になっているうえ、なかなか獣道なので内部生でも知っている子は極僅か&知っていても通らないという穴場道だ。というかそもそも旧校舎に近寄る人がいないので、つまりはほぼ誰も通らない。おかげで部活生の目がある校庭側を通らずに旧校舎へ行くことができた。

 

 人が通らない獣道はなかなか障害物が多いが、幸いにも渋谷さんは思ったより運動神経がいいのかスルスルと進んでくれる。私? はは、今更獣道程度で困るように見えるかな。

 

 

「とりあえず、今回の旧校舎の依頼について説明する」

「よろしくお願いします」

 

 

 歩きながら説明をしてくれた渋谷さんの話を簡単にまとめれば、古い建物は危ないから旧校舎壊したい。というか不吉な噂多すぎてわが校の威信に関わる。なのにことごとく危ないことが起こるからちーっとも工事が進まない。だからなんとかどうにかしてくれ、という話らしい。

 

 

「依頼があったのが一週間前で、調査を開始したのが昨日、ですか」

「ああ、その間は事前調査を。当然だろう?」

「そうですね。それだけ慎重に事を進めてもらえるのは、いち生徒としても雇われた身としても安心します」

 

 

 と、そこまで話し終わったところでお目当ての旧校舎の裏側に到着した。人通りはないけど迂回コースだからちょっと時間かかっちゃうんだよな。

 それにしても、校舎裏も雰囲気があるなあ。うーん、不気味でもあるけどこう、桜と合わさってどこか趣がある感じ…実は嫌いじゃない。

 

 

「仕事の前に、聞きたいことがある」

「? 構いませんが」

 

 

 すたすたと車(今朝見たやつだ。校舎裏に異動したのか)に近寄りドアを開け放った渋谷さんが取り出したのは小さな機械。長方形の、長さは10cm前後といったところだろうか。

 

 

「それは?」

「ボイスレコーダー。昨日の怪談で、旧校舎の噂は出たか?」

「出ましたよ」

「覚えている限りでいいから録音させてくれ」

「ええ……構いませんが……」

 

 

 思わず曖昧な感じになってしまった返答に、渋谷さんの眉が動いたのが見える。

 

 

「何か」

「いえ、何も」

「……何か思ったことや気づいたことがあったら言え。たいしたことでなくとも、『素人に知識を教える』のは契約内だ」

 

 

 ふん、とため息をつくように鼻を鳴らした渋谷さんに、おや、と思う。言い方はそっけないが、これはもしかして気遣いだろうか。勘違いかもしれないが、それならお構いなくとくちを開くことにした。

 

 

「……まあ女子高生の怪談ですから、曖昧だし、拡張されたりねつ造されてたり、役に立ちそうもないよなあと思って。昨日といい、渋谷さんがどうしてそんなに知りたがるのが疑問でした。私の友人はこの学校を調べた時、噂は全部噂で裏が撮れたものばかり、何ら不自然な点はないと言っていたので……十分下調べしているらしい渋谷さんが今更何が気になるのかな、と」

 

 

 もうこの短い交流で噂話を真に受けるタイプだとはまったく、まっっったく思っていないので余計に違和感のようなものを感じてしまった。聞くだけ無駄ではないだろうか。

 割と歯に衣着せずにペロリと言い切った私に、渋谷さんはそんなことか、と鼻を鳴らした。……うそう。ついでにこの短期間で、このタイミングで鼻で笑うのが渋谷さんだなぁって思わせてくるっていう。影響力が強い人だなあ。

 

 

「もとから情報源としてはあまり期待していない。重要な情報がある場合もあるが……今回はただ、生徒たちにはどう受け止められていて、何と認識されているかがデータとして欲しいだけだ」

「ああ、納得しました。じゃあ渾身の演技力を持って語らせていただきますね」

「いや待てどうしてそうなる」

 

 

 普通でいいだろう、と少し困惑気味の渋谷さんに、サービスのつもりだったんですが、と返しながら少し笑ってしまう。この人、多分特定の物事以外に興味関心が低いだけで無感動ってわけじゃないんだろう。こういったちょっと年相応な反応を見れるとつい、笑ってしまう。

 冗談ですよ、といえば溜息を吐かれた。

 

 

「じゃあ、覚えてる限りですけど……」

 

 

 

 

 

 

「―――――なるほど。どうやら教師側が把握している内容と大差ないようだ」

 

 

 カチ、とレコーダーの録音を終了した渋谷さんは、確認するように呟いた。どうやら先生方にも聞いていたらしい。それから、こちらを見て「確認したいことがある」と言う。

 

 

「君の友人は旧校舎を調べたと言っていたな」

「ええ、私が転入するにあたってある程度調べてみてくれたみたいで」

「……その情報と、こちらが持っている情報をすり合わせたい」

「構いませんよ」

 

 

 了承すれば、渋谷さんが取り出したのは手帳型の…メモ帳? 促されてのぞき込めば、すべて英語でメモがしてあった。

 ……もしかして、渋谷さんは母国語が英語なのだろうか。流ちょうな筆記体で書かれたメモは、一面いっぱいに情報が書き込んであった。

 それを指でなぞりながら質問してきた渋谷さんに、蓮二から聞いた情報を反芻しながら答える。

 

 

「旧校舎が使用されていた間は頻繁に死人が出ていたということは?」

「聞きました。18年前までは1年にひとり、ふたりは亡くなっていたとか」

 

 

 これは異常な数値だろう。話を聞いたときはびっくりした。時代があったかもしれないが、学校がある種の聖域扱いされる中で度重なる死者、というのはかなり批判を受けたのではないだろうか。死因に学校の責任がなくとも、学校に死があったことが問題視されたはず。これだけ死者が出れば『いわく』がつくのも納得だ。……推測だが、新校舎が建てられたのは校舎の老朽化だけが原因ではないのだろう。

 

 

「旧校舎西側の取り壊し工事については」

「事故はあったが死人は無し。えーっと、原因は使用していた重機の整備不良で、そもそも工事はもとから3分の1だけ取り壊す予定だった」

「子供の死体が発見された件」

「営利目的の誘拐。犯人は逮捕済みで、まだ生きている」

「自殺したという教師」

「遺書があり、原因はノイローゼ。そしてノイローゼの原因は、確かその先生が担当していたクラスが学級崩壊があって…いじめられていた子が精神を病んで入院したことをPTA・学校・教育委員会に責め立てられたことだとか」

 

 

 ―――――ちらり、と渋谷さんがメモから目を離して私を見た。

 

 

「トラックの暴走」

「ああ去年の……運転手が飲酒をしていたことが原因でしたっけ」

「そう。この時はさすがに工事が中止された。校内で死人が出たため学校や業者への責任追及が激しかったのと、『旧校舎の呪い』だの『旧校舎の霊のせい』だのという噂が飛び交ったからだろう」

 

 

 そこまで言って、渋谷さんはメモ帳を閉じた。どうやら蓮二が持ってきた情報は渋谷さんのお気に召したらしい。

 

 

「ずいぶん情報通な友人だな」

「自慢の参謀ですから」

「君も分かっていると思うが、不吉と言うわりにどれも原因のはっきりした事件ばかりだ。統計から考えるのなら、僕はそんなに大した事件ではないとふんでいる」

「うーん、確かにタネが分かれば言うほど不吉ではないかもしれませんが、それにしては旧校舎というピンポイントな場所で良くないことが連続しますね」

「必然のような偶然はどこにでもある話だ」

 

 

 だからこそ『いわく』がついたのだろう、と確信に迫ったことを言ってみたが、そんな私のセリフをばっさりと切り捨てた渋谷さんは、「仕事に入る」と話を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

「まず設置していたマイクを回収してもらう」

「マイク…?」

 

 

 唐突にマイク、と言われてすぐに出てくるものと言えば、学校の集会などで使われるものやカラオケにあるものだ。もちろんまさか旧校舎でカラオケ大会をしたとは思っていないが……

 

 

「何に使っていたんですか?」

「……マイクは普通、音を拾うために使うものだろう」

「なるほど。ふふ、スピーカーと混同して『声を大きくするための機械』としての認識の方が強かったものですから」

 

 

 移動しながら指示されたことに首を傾げれば、少し呆れたような視線をいただいてしまった。そりゃそうですが。いや、正確には音を電気信号に変換する機械だけれども。確かに役目は『収音』だけれども。

 まあしかし、普段の使用用途が違えば認識も違ってくるものだろうからそこまで腹は立たない。

 

 旧校舎の横には開かれた校舎の窓の前にいくつかのマイクスタンドが設置されていた。マイクも想像していたようなハンドマイクと違い、太く、大きなもの。高そうだなあ…。これだけの機材、揃えるための資金はどこから来てるんだろう。渋谷さんに貢ぎたいパトロンとかかな。…冗談だけど。

 

 

「よく調査されていない幽霊屋敷(ホーンテッド・ハウス)に入るのは危険だ。だから最初は建物の外からできる限りの調査をする」

「ああ、それでカメラとマイク…あれ、でも今朝渋谷さんとリンさん? は校舎内に居ませんでした?」

 

 

 思わず思い出して呟けば、じっと無言で見つめられた。―――――ああ、なるほど。どうやらちょっと簡単ではない話題だったみたいだ。渋谷さんの目がまた私を見極めようとしている目になった。

 にっこり、できるだけ無害そうに笑っておく。他意はありません。害もありません。という涙ぐましいアピールだ。

 

 

「……条件がそろっていたからな」

 

 

 はぐらかすようなことを言って目をそらした渋谷さんに少し落胆する。どうやら詳しく話してくれるつもりは無いらしい。飲み込まれた言葉は彼にとって私が信用に足る人物だと確信されていないことの証明だ。

 

 

「ああ、大した事件じゃないかもって言ってましたもんね。じゃあ旧校舎は思ったより安全なのかな? 少し安心しました」

 

 

 まあ今回は追及せずにのっておくことにした。まだ出会って間もないのだから向こうが手札(カード)を見せたがらないのはおかしい話じゃない。しかも相手は今回限りの短期バイト。必要以上の交流は必要ないと思われている可能性が高いだろう。

 個人的には渋谷さんって面白いなあ、と思ってしまっているので、この調査中に少しは仲良くなれれば楽しいかな、と思っているのだが。

 努めて明るく笑いかけてみると、渋谷さんはまた私に視線を向けてからくちを開いた。

 

 

「あくまで僕の所感だ。いくら念入りに調査をしたとしても、幽霊屋敷(ホーンテッド・ハウス)ではいつ何が起こるかわからない。もちろんパターンもあるが…気は抜くな」

「それはもちろん。『用心に怪我なし』ですね。居安思危(きょあんしき)を心がけていきます」

 

 

 納得、といった顔で頷けば、…少し変な顔をされた。というより、一瞬動きが止まった?

 瞬きの間の違和感。本来なら気にも留めないようなことかもしれないが、こと渋谷さんにおいてはその反応を見てひとつ思い浮かぶことがある。

 

 

「渋谷さんは―――――」

 

 

 ―――――渋谷さんは、多分、あまり日本に馴染みがないのかもしれない。

 さっきのメモからして、育ちは英語圏なのではないだろうか。日本語はずいぶん流暢だが、今のリアクションは多分『用心に怪我なし』か『居安思危』が彼のライブラリに引っかからなかったということではないだろうか。

 必要な範囲が広いから多くを知っているけれど、その分必要じゃないところには手を伸ばしていないタイプだろうか。だから話の流れからニュアンスを感じとれても、言葉の組み合わせや―――――これはまだわかんないけど、たぶん音で聞いた漢字の組み合わせという面からはニュアンスを感じ取れていない、かな?

 

 もちろん、日本人でもこのふたつの(ことわざ)や四字熟語を知らない人は多いだろう。けれど……

 

 ……正直、わざわざ(ことわざ)と四字熟語を引っ張り出したのは渋谷さんの反応を見るためでもあった。絶対言わないけど。

 

 『渋谷さん帰国子女説』もしくは『渋谷さん来日外国人説』はかなり有力になったかな。

 だとしたら、出身はどこだろう。ラテン系? ゲルマン系? いや、顔の系統は割とアジアに近い…というか普通に整っているから分かりにくいな。でもヨーロッパとアジアのハーフとかが一番的を得てそう。

 

 

「………うーん、やっぱりなんでもありません」

「…なんだ。さっきも言ったが、」

「ああいえ、仕事中にする話じゃなかったので」

 

 

 けれど、ひょっこり顔を出した好奇心はきっちり握りつぶす。危ない危ない、探検気分で追及するところだった。

 人のプライバシーをアレコレ詮索するのは褒められたことじゃない。少なくとも彼は私に害をなそうとしていないのに好奇心で探るのは許されたことじゃないことくらい分かるとも。

 まあ、これから親しくなって本人が話してくれた時に許されるだけ聞けばいい。今、それが私たちの距離感において最も正しい選択だろう。

 

 

「マイク、分担して運びますか?」

「……ああ、君はマイクを運んでくれ。僕はスタンドを運ぶ」

「了解です。あ、そう言えばリンさんは?」

「リンは別件で出ている」

「なるほど」

 

 

 それでバイトが必要だったのかな、と思いながらヒョイヒョイとスタンドからマイク本体を回収していく。渋谷さんは話をそらしたことに突っ込まなかった。まあもともと仕事しに来てるからね。

 私の身長は175cmくらいで、女子はもちろん男子から見ても高めの部類に入る。体格はどう頑張っても腹筋は割れないし筋肉で太くなったりもしないしで細いまま(誠に遺憾)だが、それでも身長に見合うだけの腕の長さがある。おかげで複数台設置されていたマイクはすべて一度で回収できた。

 それなりに、しかし私にとっては負担にもならない重量のマイクを運びながら、両手にマイクスタンドを持った渋谷さんと車に向かう。

 開け放たれているドアを見ながら、もしかしてこの機材全部運ぶのかな~と考えていれば、振り返った澁谷さんがなんとも言えない顔をしていることに気が付いた。

 

 

「君は………いや、今朝から思っていたが、ちからがあるんだな」

「なんで言い淀んだんですか今」

「いや…」

 

 

 まあ聞かなくても言いたいことは分かる。さすがの渋谷さんも面と向かって『ゴリラか』とは言ってこなかったが視線が雄弁だった。

 自覚はあるとも。よく言われるし。ちなみにくちに出した仁王と赤也はしっかり〆たよ。

 

 

「渋谷さんを抱えて全力疾走くらい簡単にできますよ」

「…はぁ…頼もしいな。何か格闘技やスポーツでも?」

 

 

 笑って返せば、少し呆れたようなため息をつかれた。しかしそのまま話を掘り下げられたことに思わず目を丸くしてしまった。ちょっと予想外だ。「そうですか」とかで済まされると思ってたよ。

 

 というか、会話術的にそうやって掘り下げれば逆に相手から自分のことを聞き返される可能性が高くなるのは常識。だから必要以上に情報を落とさない渋谷さんが話を広げてきたことに驚いてしまったわけで。

 これは、私に心を開いてくれたのか、ただ単に私が思っているよりフランクでフレンドリーな人(当社比)なのか…。

 

 思わず目を丸くしたまま渋谷さんを凝視していれば、次第に渋谷さんの視線が揺れ、逸らされたのち、完全に体ごと背を向けられてしまった。

 

 

「………作業に戻るぞ」

 

 

 声は固い。怒っているかのようだ。けれど―――――

 

 

「フ、フフフ…」

「マイクを置いてください。旧校舎内に機材を運び込みます」

「渋谷さん」

「仕事をしてください」

 

 

 思わず笑いながら呼びかければ、そっけない塩対応。これは―――――まさか、拗ねてる?

 

 思うに、渋谷さんが滅多に自分から…いや、調査に必要な分はガツガツいく気もするけどそれとは別に、自分からコミュニケーションをとらないタイプだろう。よっぽど親しくないと雑談や世間話にものらないと見た。

 そんな人が、ちょっとした好奇心? で珍しく質問してみれば『えっ? 正気?』みたいなリアクションを返されたわけだ。あ~これは申し訳ない。それは私でも逃げる。

 しかも相手はその数秒前に『仕事に関係ない話はしません』みたいなことを言っていたという。そして自分が聞いたのは全然仕事に関係ない話。

 

 うーん、これどっちかなあ。うっかりポロっとこぼしちゃったのか、遠回しにこれくらいの雑談ならしますって意思表示をしてくれたのか。

 うんでも、どっちにしろ私の反応が間違っていたね。いや本当に申し訳ない。…笑ってないよ。本当さ。

 

 

「渋谷さん、渋谷さん」

「………何ですか」

「格闘技は護身術を嗜む程度ですが、スポーツは中学3年間テニスをやっていましたよ。パワーがあるのはそのトレーニングの結果かな」

「……そうですか」

「当時のチームメイトたちも相当とんでもないのばかりで、まったく手のかかるやつらでした。…少しだけお話ししませんか。もちろん、仕事の支障のない程度で。ね?」

 

 

 下手に出ながら誘ってみれば、振り向く顔。少し眉間にしわが寄っていて、怒っているようだけど、さて。

 多分、渋谷さんの中で私の好感度は低くなかったのだろう。だから多少の歩み寄り? を見せてくれた。そこに含まれた目的は分からないけど……そもそも私は、渋谷さんがオカルト業者だと気づく前までは『楽しそうだから話してみたいかも』と思っていたんだ。

 

 

「…そんなことをして何のメリットが?」

「私が嬉しい」

 

 

 切り返した言葉に、渋谷さんが少し呆気にとられたような顔をした。まあこんな事言い返されると思わなかっただろうね。

 ―――――実はここが賭けどころ。始まりは渋谷さんだとしても、ここまで推せばそろそろこのお喋りは『私のわがまま』となるだろう。

 気になるのは、『私のため』でしかなくなったそれに渋谷さんがどう動くか。

 

 

「荷物を運ぶ間くらいなら大丈夫でしょう」

「………」

「いろいろありますよ。チームメイトの話、学校の話、スポーツの話…あ、私ガーデニングが好きなんですが、その話もいいですね」

「………」

 

 

 いくつか候補を出してさらに切り込んでみる。渋谷さんが大きく息を吐いて背を向けた。おや、失敗かな。

 

 

「―――――話は荷物を運びながら。旧校舎内にベースを作る」

Yes,sir.(おおせのままに)

 

 

 あ、成功だった。ちょっとふざけた返答に、渋谷さんは何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

「ベースの設置場所はここだ。まず―――――」

「? はい」

「―――――いや。まず棚を設置する。それから、車から必要な機材を運び込む」

 

 

 澁谷さんに案内されて分解された棚を運び込んだのは比較的玄関に近い一室だった。特別教室だったと思われるそこは当時の机やら備品が残ったままだ。

 ……こういうのって備品整理しないのかな。今朝の下駄箱だって、さっさと処分してくれてたら危ない目に合わなかったっていうのに。『いわく』つきの学校の備品なんて障りたくないってこと? 怠慢か。

 まあ、今回は作業がしやすいからよかったけど。ひとりで少しモヤモヤしていれば、さっそく机の上に棚の骨組みを下した渋谷さんが今後の作業予定を説明する。一瞬の沈黙は謎だが、まあ気にしないことにした。

 

 

「そっちを持ってくれ」

「はい……っと、ここ固定しますね」

「ドライバーはそこに置いてある」

 

 

 骨組みを組み立てるというのは案外重労働だ。これはプラスチックじゃないので重量があるし、ズレると上手くハマらなくてやり直しになるし。

 さすがに組み立て初めは会話をする余裕もなく、ふたりもくもくと作業を続けた。

 

 

「―――――実はこういった組み立て作業、初めてなんですよね」

「…どうりで手元が危なっかしいと」

「あはは、でも(さま)になってきたでしょう? 物覚えはいいので」

 

 

 ひとつ、完成したパーツをあらかたチェックし、問題ないと判断したので次に取り掛かる。ちなみに渋谷さんはさすがに手際が良く、私の倍くらいのスピードで組み立てていた。

 ふむ、組み立てにも慣れてきた。…ここはそろそろ、雑談を挟んでもいいだろうか。

 

 

「こういったのは……どっちかっていうと指示を出すことの方が多くて」

「……経験則、実体験があった方が指示は出しやすいと思うが?」

 

 

 おお、のってくれた。少しの驚きと感嘆をばれないように控えめに浮かべた笑顔で誤魔化して、何でもないように会話を続ける。

 

 

「私もそう思うんですけど……友人たちがさせてくれないんですよね。危ないからって」

「過保護か?」

「やっぱりそう思います? 私は全然組み立てたりするの嫌じゃないんですけど……まあ、器用な奴が多いので効率が悪いわけじゃないし、じゃあいいかと丸投げしちゃってたんですけど」

 

 

 あ、会話途切れた。うっかり。次は何の話題にしようかと考えていれば、組み立て終わったパーツを置いた渋谷さんがこちらを見てくちを開いた。

 

 

「…友人、というのは、君に旧校舎の情報をくれたという?」

「ええ。正確には、部活動のチームメイトたちなんですけど」

「そう」

「―――――情報をくれたのは柳っていうやつなんですが」

 

 

 一瞬、また会話が途切れた。しかしわざわざ渋谷さんが話を広げてくれたのだからこのまま終わらせるのも申し訳ない。とりあえず、チームメイトの話をしてみることにする。

 

 

「いろんなもののデータを集めるのが好きなやつで…」

 

 

 まあ、話題に事欠かない友人たちだ。会話のネタには充分なるだろう。

 手を動かしながら、私の自慢の友人たちを渋谷さんに紹介することにした。

 

 

 







■ユーザー名:ゆきむら
 他も候補はいろいろあったけど、基本身内とテニス関係者くらいしかフォローしない身内垢なので識別しやすければいいかなってこの名前になった。
 身内垢とか言ってるが手持ちの垢はこれひとつ。フォロワーのメンツ的にあんまり趣味のガーデニングの話とか載せていいのか迷っているから趣味垢を増やすかもしれない。
 なお、ユーザー名については友人・妹から「もっとひねりはなかったのか」とそう突っ込みが来た。だってやだよ『神の子』とか自分でつけるの。分かりやすくていいだろ。
 投稿内容は割とマイペース。コメント返しもめったにしないし、人の投稿にコメントすることも少ない。ほとんど受け身。

■ユーザー名:カルピン@猫垢
 猫垢と言っているが基本フォロワーはテニス関係者ばっか。自分も他の猫垢をフォローしたりはしない。見はする。
 ただひたすら自分の愛猫の写真を上げるだけ。
 他人の投稿とかまったく気にしないから今回の騒動も気づくのが遅れた。
 慌てて幸村の投稿履歴を遡ったら、カルピンと遊んでる自分の写真とかが何枚か出てきておこ。
 電話でははぐらかされたから、返り次第問い詰める気でいたが、幸村はバイトで遅くなるうえに帰って来て早々テニスではぐらかされる。
 おそらく王子様が諦める方が速い。しかしこれを借りとして何らかの形で返してもらう気満々。
 ところで、王子様には幸村の投稿の中にたいそう気に入らないものがあったようだが……

■「ベースの設置場所はここだ。まず―――――」
 原作通り二手に分かれようとしたが、幸村は普通に使えるので一緒に作業した方が早いかなって思いなおした。
 別に、お話しする時間をちゃんと作ろうとしたわけじゃない。ないったらない。
 ……まあ、機材の撤収中や設置前なら、余計な音がデータに影響するわけじゃないから? 仕事に支障の無い程度なら多少の雑談は問題ないけど?

■たくさん情報をくれた柳
 実は進学先の決定に一枚かんでいる。幸村のために噂はぜーんぶ裏を取ったぞ!
 友人を作ろうと右往左往しているであろう幸村のことを考えてちょっと愉悦になってる。
 でもお前はお前のままでいいから他のやつに合わせて変えなくていいからな。蓮二との約束だぞ。(開眼)(本気)(拗らせ1号)


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