あした   作:雄良 景

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 神さまは不平等だ。何が天は二物を与えずだ。
 どうしてあの子は。あの子ばっかり。
 私が欲しかったものばかり持ったあの子が嫌い。






さっそく波乱万丈(落ち着く時間が欲しい)

 

 

「よーいーしょっと……よし、終了」

「運び込むのはな」

 

 

 両手に抱えた機材をベースの机におろして一息つけば、すぐさま鋭く切り込みが来た。鋭利だなあ。

 機材運搬の間ちょこちょこ話し続けた結果、渋谷さんから遠慮が解けて消えた気がする。これ親しくなったって言う? いや、うーん、まあいいけど。

 

 

「分かってますって。にしても、こうもたくさんの機材が並ぶと壮観ですね…これは?」

「サーモグラフィ。温度変化をチェックするためにある。霊が現れると温度が低下するんだ」

「ああ、あの。へえ、実物を見たのは初めてだな…。―――――あ、テープレコーダーだ。久しぶりに見た」

「基本的に霊障というのは機材と相性が悪い。影響を受けやすく、記録できないことが多い。その中でも、これは確率だが、CDやデータベースに直接入れるよりテープレコーダーのようなフィルムの方が記録に成功しやすいんだ。まあ必ず使うというわけではないが」

「逆に相性がいいんですかね」

 

 

 ポロリとこぼせば、渋谷さんはキョトンとした顔をした。おや幼い。は赤外線カメラと、高感度カメラ。暗部を撮影するのに使う。と締めくくった澁谷さんは設置した機材をチェックするために背を向けた。

 しかし、確かに素人だから教えてくれとは言ったけど、存外丁寧に説明してくれたなあ。いくつかは「別に知らなくていい」とか言って切って捨てられると思ってたのに。律儀か。

 

 

「よし、続きをしましょうか。次は何をすれば?」

「校舎内の各教室の室内気温を計測してきてくれ。デジタル温度計が向こうのテーブルにあるだろう」

「計測地点は入り口ですか? それとも中心?」

「……そうだな。なら…四隅と中心を。黒板に対して右をA、左をB、反時計回りに残りをC、D…中心をEに区分して調べよう」

「専用の様式はありますか?」

「温度家のそばに旧校舎の間取りを確認したセクションペーパーがあるはずだ。そこに書き込んでくれ」

 

 

 …セクションペーパー? あ、方眼紙か。あんまり聞かない言い方だな…。

 かといって無駄に質問量を増やすとさすがに不機嫌になっちゃうかな。うーん、あえて不機嫌にさせるのも別に…いや、これで関係が気まずくなったらその後が面倒だな。でもほとんど説明を受けてないド素人だからできることもあるわけで…それをふいにするのはもったいないかも?

 

 ―――――いや、だめだ。強制労働ならまだしも、これは給料が出る(しごと)なのだから。

 

 

「じゃ、いってきます」

「………」

「? 渋谷さん?」

「……いや、何でもない」

 

 

 この人よく言葉の飲み込むよなあ。そのうち追求してみようか……なんてね。

 さて、仕事仕事。ひとりで回るのは少し思うところがあるけど、慎重そうな渋谷さんがひとりで行かせるってことは大丈夫―――――と思っておこう、うん。

 何かあったら労災出してくださいね、渋谷さん。

 

 

 

 

 

 

 結果として、特に異常を示した数値はなかった。

 

 

「強いて言えば1階の奥の部屋の温度が低いが……」

「うーん、そこらへんはちょうど日の当たらない場所なので別におかしいていうほど低いわけじゃないですもんね……」

 

 

 霊はいないってことかな? と呟けば、渋谷さんはすぐに「まだわからない」と切って返してきた。いわく、霊はシャイだと。………シャイ。霊が。

 

 なんだろう、ホラー映画とか見てると逆に自己主張が激しいタイプだと勝手に思ってたから、すごい違和感。これがギャップ?

 あとなんか渋谷さんがシャイって言うのもちょっと違和感…? どことなくユーモアを感じる、ような…?

 

 

 内心で首をひねっていれば、渋谷さんは続けざまに「心霊現象は部外者が来ると一時的に治まるのが普通なんだ」と説明してくれた。

 

 

「部外者、っていうことは、霊にはテリトリー意識があるんですか?」

「おおよそは。死後、現世にとどまっている理由がそれに近いだろう。例えば家、人物、関係性……それが『執着(テリトリー)』となり魂を縛るという説がある。逆に、その説では一般的に言う『浮遊霊』の類は記憶が薄いのか何か道を見失ったのか、自意識や反応が薄いとされているな。執着するものがないから留まらない。しかし道を失っているからどこにも行けず、なのに自意識(きおく)がないから霊媒のようなコンダクターの声も届きにくい」

 

 

 僕はこの説は非常に有力なものだと思っている。と言った渋谷さんに素直に感心した。この人本当に、業者というより研究者で、マニアっぽい。

 それにしても、面白い説だ。…いや、浮遊霊からしてみれば不幸なのかもしれないけど、聞いてる分には講義を受けてる気分で興味深く、面白みを感じてしまうのは無理もない。

 

 

「浮遊霊になるのは何か条件があるんですか?」

「例えば?」

 

 

 切り返し早くないですか。というかここで質問で返すの? 渋谷さんそれ癖になってるならやめた方がいいよ。って言っていいのかなこれ。

 

 

「そうだな、例えば『自分が死んだという自覚がない』もしくはそれを忘れてしまっている? それから~…『死因がショッキングすぎて一周回って無気力になった』とか、あ、『心を守るために記憶が消えた』なら生きてる人間でもあり得ることですよね。あとは、生前から『ものすごく強固に自分の殻の中に閉じこもって周りに干渉せず干渉させず』なタイプだったとか?」

「―――――ふうん」

 

 

 そこで会話が終わった。

 

 

 ―――――終わったのだ。

 

 

 この人、聞くだけ聞いて特に意見も感想も答え合わせもせずに考え事を始めたんだけど。え? 正気? さすがの私ものちょっと思うところがあるかな?????

 じっと渋谷さんの顔を見ても何の反応もない。ちょっと距離を詰めてもピクリともしない。……鼻がくっつくくらい近づいても気づかない。

 

 心ここにあらずとばかりの集中度で考え事をしているようだ。

 

 これは仕方ない。考え込むタイプはこうなったら手に負えない。だからそ~っ両手を上げて―――――

 

 

 

 バチンッ!!

 

 

「っ!!?」

「はい渋谷さん、指示をくださいね。次の私のお仕事は何ですか?」

 

 

 

 ―――――渾身の『猫だまし』をしてみた。

 

 渋谷さんはまさに猫のような動きで飛び上がった。え、何そのリアクション。面白すぎでは?

 思わずウズウズッと好奇心がうずいたが、何食わぬ顔で仕事を求めれば、まあ恐ろしい顔で睨まれた。

 

 

「―――――1階と2階の廊下に4台、玄関に1台。暗視カメラを設置しろ」

 

 

 声ひっく。ああだめだ笑うな幸村聖子。ここで笑うと渋谷さんの機嫌がマントルを超えるぞ……うん、でも分かってきた。露骨なリアクションを見られたのが恥ずかしかったんですね。で、恥ずかしさが苛立ちになったと。

 

 

「早くいけ!」

 

 

 はいはい仰せのままに。……ふふ、やっぱり渋谷さんは楽しいな。

 え? マイクの件でバカにされた仕返し? まさか、そんなことないさ。……あはっ!

 

 

 

 

 

 

「終わりましたよ渋谷さん。具合はどうですか?」

「問題ないだろう。設置が終わったのならもう今日は帰っていい」

「了解です。……それにしても、ゴーストハンターって言うよりテレビ局って装備ですよね。想像してた霊能者とはちょっと違うんだなあ」

「霊能者じゃない、ゴーストハンターだ。一緒にするな」

 

 

 カメラを設置し終えたころには渋谷さんの御機嫌も元通りだった。ので、ちょっとした雑談を挟んだら飛び込んできた否定。え、違うの?

 まあ確かに例のTさんみたいに「破ァァアアーーーッ!!」ってタイプには見えないなあ。霊能者って言われたらそんなイメージだし。

 

 

「あ、もしかしてタイプ的には『研究者』ですか?」

「………『検証者』という表現も当てはまるかもな。まあそういったものだ」

 

 

 まあまあ納得したように頷いた渋谷さんは、私がとったデータを見ながら「明日の放課後もできるだけ早く来い」と言って背を向けた。わあ淡白。そういうのは顔見て言おうよ渋谷さん。まあ、いっか。

 

 じゃあ、と渋谷さんに声をかけようとしたら、急に本人が振り向いた。はて、何か伝え忘れだろうか。

 

 

「さようなら」

 

 

 ………えっ。

 

 

 え、いま渋谷さんが「さよなら」って言ったの?

 まってこの人ほんとに面白いな。

 

 

「ええ、また明日」

 

 

 やばいなこのバイト本格的に楽しくなってきた。とりあえず声も顔もにやけないようにだけ気を付けて、逃げるように旧校舎を出る羽目になったことを報告します。

 危ない危ない、大笑いするところだった。

 

 

 

 

 

 

 帰宅してバイトの話をしたらボウヤの機嫌が死ぬほど悪くなったんだけど。

 ほんとこの居候先も面白いね。ボウヤそのドスの利いた声どこから出してるの?

 

 

「ちょっと聞いてんの」

「待って笑いすぎてお腹痛いんだ」

「そのまま筋肉痛になれば!!」

 

 

 

 

 

 

 次の日登校すれば、まあ当然のように恵子ちゃんたち3人に質問攻めされた。勢いが……すごい……囲まれて、逃げられない。完璧なコンビネーションだ……。

 まあでも、ミチルちゃんと祐梨ちゃんとの壁がどことなく薄くなった気がするからプラマイプラス? 渋谷さんにはちょっと感謝してもいいかもしれない。

 

 

「あ、そうだ。あのね、渋谷さん転校生じゃないそうだよ」

「「「 えっ!? 」」」

「校長の依頼で旧校舎の調査に来た業者さん」

 

 

 詳細は話さない方がいいかもしれないけど、この誤解は解いておいた方がいいだろう。流すようにぼかして伝えれば、3人は目を見開いて驚いた。

 

 

「そうなんだ……残念だね、幸村さん」

 

 

 ―――――うん?

 

 

「そう、だね?」

 

 

 ―――――あ、

 

 まって。そうだ。そうだ―――――私、まだ誤解されたままなのか!

 あーっ適当に返事をするんじゃなかった…3人の顔が、なんか、キラキラしてるような……私全然残念じゃないんだけど?

 

 だめだ。今度こそ誤解を―――――

 

 

 

「ちょっと、幸村さん」

 

 

 

 ―――――解かなくちゃ、いけないのに。

 

 

「あの人、霊能者なの? 旧校舎を調べに来たって聞こえたけど」

 

 

 へえ、昨日の今日でよく話しかけてこれたね、黒田さん。若干腰が引けてるように見えるけど、案外度胸があるなあ。そこだけは評価してもいいよ。褒めてないけど。

 

 

「彼の仕事は『検証』・『調査』だよ。少なくとも、君が想像しているような『お祓い』・『退治』ではないと思うけど。あくまで旧校舎を解体するのに旧校舎を調べに来ただけ」

 

 

 それにしても、相変わらず睨まれてるなあ。―――――うっとおしい。

 黒田さんはずっとギラギラして目で私を睨んでる。心なしか昨日より鋭そうだ。

 

 申し訳ないけど、私は君のことが好きじゃない。そして、私は結構自分本位だ。自覚がある。だから―――――気に入ってる人に気に入らない人間が近づくのはシンプルに嫌。それが、迷惑をかけられそうならなおさら。

 

 

「彼は校長の依頼で来た業者だよ。そしてその事務所の所長だ」

 

 

 『紹介してほしい』? 『霊能力があるから役に立てる』? ああ、どうでもいいよそんなこと。

 

 

「君は昨日散々、渋谷さんに霊能力をアピールしてたじゃないか。必要だと思ったら直接君に声をかけるだろうさ。それでも声がかからないのなら、彼の仕事に君は必要ないということだ」

「っそんなのわからないじゃない! 私が居れば、」

「そうだね、分からない。けれど、必要かどうかを決めるのは責任者である渋谷さんだ。渋谷さんは現時点で君に声をかけてない。それが今のすべてじゃないかな」

「あなたじゃ話にならないわ! 私が、私が―――――」

 

 

 

「―――――『私が』、何?」

 

 

 

 君はずっと、自分の事ばかりだね。その思考自体は別に嫌いじゃないよ。ただ、君が嫌いだ。

 

 

「一応言っておくけど、彼は正式な仕事で来ているのだから、営業妨害はしないでね―――――それから」

 

 

 これは、言わなくていいことかもしれないけど。たぶん、彼女を深く傷つけるかもしれないけど。

 それでも私は君が嫌いだし、そもそも突っかかってくるのは君だ。そっちが何もしなければ、私だって自分から嫌いな人間に話しかけたりしないのにさ。

 

 

「目立ちたいのか知らないけど、私を巻き込むのはやめてくれ。君の自己中は不愉快だ」

 

 

 自分が居ればどうにかなるというのなら、さっさと除霊なりでもすればいいじゃないか。昨日できるとか言ってたしさ。

 

 

 そこまで言えば黒田さんは数歩後ずさり―――――それでも私を睨みつけてから自分の席へ帰っていった。

 

 ふん、と小さく鼻を鳴らす。客観的に見れば言い過ぎかもしれないけど、彼女に優しくする理由が私にはない。

 ああ、気分が悪い。

 

 

「幸村さん、大丈夫?」

「あ」

 

 

 ―――――やってしまった。

 ドバっと背中に冷や汗が流れた。やばいやばい。

 

 

「あ、ああ、大丈夫だよ。ありがとう」

 

 

 声は引きつっていなかっただろうか。ああ、思い切り3人の前で黒田さんに口撃してしまった。うわあ、引かれてないかな…

 

 

「あいつ中等部のころからアブナイって言われてたんだよ」

「うん、あたしも黒田さんも内進組なんだけどさ、ずっと『私には霊能力があるの』って言ってて…」

「すぐ怒るから怖くてさぁ…言ってることもわけわかんないし。あっ、でも今の幸村さんのはスカッとしちゃったなぁ!」

 

 

 パッと明るい笑顔で恵子ちゃんが笑ってくれる。よかった、引かれてないらしい。

 にしても、この様子だと彼女の自己主張に周りはフラストレーションが溜まってるってことかな。まあ昨日の様子を見る限り上から目線で説教臭くマウントとってくるタイプみたいだから、周りからしたらウザったく思うか。

 3人が代わるがわる教えてくれた情報によると、少なくとも1年以上あんな感じってことだよね。

 

 

 ―――――彼女の霊感が本物なのかは分からない。正直興味もない。けど、昨日の様子からして『ごっこ』だろうなあ。あれだけ渋谷さんに論破されてたし。

 ま、赤也も昔「俺幽霊見たんスよぉ~」とか「ぶっちゃけお化けとか出てもワンパンキルよゆーでしょ! マジ俺の方が強ぇーわw」とか調子に乗ったこと言ってたし(そして散々仁王と丸井にからかわれて泣いてた)。それに近い感じなんだろう。つまりただの妄言。

 

 ただ気に入らないのは、彼女が私に敵意を向けてくること。それが気に入らない。そしてその気に入らない人間に巻き込まれること。ほんとうに、嫌。

 

 

「―――――さ、もうすぐチャイムが鳴るかわ座ろうか」

 

 

 どれくらい嫌って言うと、話題に出るのも嫌。

 

 

 

 

 

 

 放課後、制服からジャージに着替えて旧校舎に向かえば、渋谷さんは車の中で機材とノートパソコンをいじりながら作業をしていた。

 

 

「こんにちは」

「ああ、―――――」

「……なにか?」

「いや、何でもない」

 

 

 また飲み込んだ。うーん、どうしようかな、突っ込もうかな。……正直、昨日のリアクションからしてなんとなーく何を飲み込んだのかは検討が付いてるんだよなあ。

 多分突っつくのは楽しいだろうけど……

 

 

「何か進展はありましたか?」

「いや、昨日集めたデータのチェックをしたが、特に異常は見られない。霊がいないのか今は息を潜めているのか…どちらにしろ、やはり危険性は低いだろう」

 

 

 まだもうちょっと大人しい優等生でいようか。

 渋谷さんのパソコンに表示されているデータ値を見せてもらいながら説明を聞いていれば、ふと足音が聞こえてきた。

 

 

「―――――渋谷さん、お客様みたいです」

 

 

 

 

 

 

「へえ! いっぱしの装備じゃない」

 

 

 

 やって来たのは若い男女がひとりずつ。……知らない人だな。見た目からして、教師には全く見えないけど。関係者だろうか。

 …この機材を見ての感想がソレなら、ふたりはこの調査が何かを知っている? なら調査の進展を確認しに来たのだろうか。それにしても、第一声の感じが悪い。声には見下したような色が見て、こう言ったら失礼だろうけど、嫌みな女の典型例みたいだ。

 

 

「子供のオモチャにしては高級すぎるカンジねぇ」

「…あなたがたは?」

 

 

 鼻で笑ったような声。『子供のオモチャ』? 分かりやすいくらいの嫌みだ。

 ―――――もともと今朝の黒田さんのせいで、あまり機嫌がよろしくなかった。追い打ちをかけるような嫌みに思わず眉が上がる。

 

 しかしさすがの渋谷さん。さらりとした声とポーカーフェイスでの対応に、相手の女性は少し笑みを浮かべて自己紹介をしてきた。

 なるほど、この程度の嫌みはどうってことないと。お見事。

 

 

「アタシは松崎綾子。よろしくね。ボウヤの名前は?」

「あなたのお名前には興味ないのですが」

 

 

 前言撤回。嫌みには嫌みを返すタイプだった。

 ひくり、と松崎さんとやらのくちの端がひきつる。自己紹介してそんなこと言われるとは思わないだろうしね。ははは、面白くなってきた。

 

 

「おキレイな顔だからって随分生意気じゃないボウヤ」

「おや。僕の顔がキレイだと?」

「なによ」

「いいえ、趣味は悪くないんだな、と」

 

 

「「 ぶはっ 」」

 

 

 ―――――名も知らない男の人とハモりながら吹き出してしまった。

 いや、でも、これ仕方なくない???? 思わず男の人と目が合った。そっちの坊主は良い性格してるな、と目で言われた気がしたので、そうでしょう、と頷いておく。男の人はニンマリと笑う。あ、この人多分楽しい人だ。

 

 

「なっ、なっ、っこの……!! とんだナルシストね! いいわよ、あたしだってアンタの名前になんか興味ないわ! あんたなんて『ナル』よ『ナル』! ナルシストの『ナル』!!!!」

 

 

 わあ、松崎さん大噴火。―――――それにしても、『ナル』。それって渋谷さんのあだ名じゃなかったっけ。すごい偶然だな。……さすがに元の『ナル』の語源はナルシストじゃないだろうし。……違うよね?

 渋谷さんもさすがに驚いたのか、ギョッとした顔をして松崎さんを見てた。その顔はどっちだろう。そんな失礼な理由であだ名をつけたことか、偶然にも自分のあだ名と合致していることか。

 

 なんにせよ、氷の面のだった渋谷さんの表情が崩れたことに松崎さんはいたく満足したらしい。高笑いしながら「かわいいじゃない、ねえ、ナル!」と煽り始めた。うーん、自分が有利になると調子に乗るタイプか…可哀そうに。相手が渋谷さんじゃなければ、まだ傷は浅かったと思うけど。

 

 一歩、渋谷さんから離れる。

 

 

「―――――松崎さんは『同業者』ですか?」

「ま、そんなところかしら? アタシは巫女よ」

「へえ」

「………なによ」

 

 

 え、巫女? 思わず松崎さんの顔をまじまじと見てしまった。巫女って言ったら神社仏閣に居るような巫女さんを想像するんだけど―――――あんまり見えないな。

 その場の視線が無言で自分に集まった上に、渋谷さんも含みを持たせたような相槌を打ったものだから松崎さんの不快ボルテージが上がったのが見て取れた。声が3オクターブくらい低くなってる。

 この先を想像すると少し松崎さんが哀れにも思うけど、まあ最初に仕掛けたのは松崎さんで。好感度はかなり低いのでフォローする気はありません。

 

 

 渋谷さんは恵子ちゃんたちに見せていたものの10倍くらい輝く微笑みで、松崎さんに吐き捨てた。

 

 

「巫女とは清純な乙女がなるものだと思ってました」

 

 

 ―――――分かったことがある。渋谷さんはどうやら嫌みに使う笑顔を作るのは苦でないらしい。まあ輝かしいことで。…本当に物理的に輝いて見えてきたな。

 しかし笑顔に対して雰囲気は冷気を感じくらい冷たい。離れてよかったよ、ジャージだけだと厳しかった。

 ちなみに私は今回は吹き出さなかったが、男の人はずいぶんとツボが浅いらしい。腹を抱えた大爆笑。

 

 

「ああらそう見えない!?」

「少なくとも乙女と言うにはお年を召されすぎと思いますが」

 

 

 ありゃ、年齢の話を出しちゃうか。相手への有効打の見分けが鋭いなあ。

 

 

「あっはっはっはっは!! それに清純というには化粧が濃い!!」

 

 

 図星か怒りかですっかり言葉が出なくなってしまった松崎さんに、男の人は追い打ちのような援護射撃を浴びせてきた。わあ、デリカシーが死んでる。同情はしないけど、さすがに女性の年齢や容姿について言及しすぎるのは……この手の話題は過ぎるとこっちが悪役だ。まあ特に庇うつもりはないけど。

 

 図ったのか図らずか渋谷さんの援護をした形になった男の人に、それでも渋谷さんは容赦しないらしい。

 

 

「あなたは? 松崎さんの助手ではなさそうですが」

「はは、冗談だろ?」

 

 

 今この場で完全に松崎さんがヒエラルキーの最下層に堕とされたことを理解した。うーん、自業自得かな? まあケンカを売る相手は見極めた方がいいですよ。特に渋谷さんみたいなのは相手取るにはリスクが高すぎるんですから。

 

 

「俺は高野山の坊主で滝川法生ってんだ。おっと、名前には興味がなかったか?」

「高野山では長髪が解禁になったんですか?」

「はん、破戒僧じゃない」

「だーっ! 今は山を降りてんだって!」

「経歴詐称じゃないですか」

「えっ、あーっ、言葉の綾みたいなもんだよっ」

 

 

 キレッキレの渋谷さんに、今度は松崎さんが援護射撃を繰り出した。まあ間違いなくさっきの仕返しだろう。おそらく男の人、滝川さん? も理解したのか、『今度はそっちがタッグ組むのか』! という顔になった。しかし残念。おふたりが勝手に援護しただけで渋谷さんはどっちとも組んだつもりはないと思いますよ。

 ついでに、私だけちょっと蚊帳の外になっていたので参戦してみた。経歴詐称は犯罪ですよ、お兄さん。うん、そんな『裏切ったな』みたいな顔されても、ねえ? だってあなた、松崎さんがご機嫌に話してるとき私たちも含めて割と見下した顔してたでしょ。見えてましたからね。

 

 

「とにかく! 子供の遊びはここまでよ。こっからはお姉さん(・・・・)に任せない」

 

 

 分かりやすいくらいさっきの渋谷さんのセリフを意識してるな。

 松崎さんは、渋谷さんには負けたが自分を笑った滝川さんに一撃を与えたことで調子が戻っちゃったらしい。また見下したような声で、「校長はあんたじゃ頼りないんですってよ。いくら何でも17じゃあねえ」と笑った。

 そして滝川さんも「そーそー! 渋谷なんてぇ一等地に事務所を構えてるってんで信頼してたのに、所長があんな子供じゃサギだって言ってたぜ」と笑った。

 

 

 ―――――ああ、嫌な話だ。ほんとうに、気分悪いな。

 

 すう、と表情が抜け落ちるのが分かる。「あの校長も大ゲサよねえ」と続ける松崎さんから、体ごと視線をそらした。

 振り向きざまに一瞬見えた滝川さんの、目を見開いた顔は少し気になったけど。

 

 

「渋谷さん、今日は何をしますか?」

 

 

 渋谷さんはちらりとこちらに視線を向けた後、反応がなさ過ぎて手の打ちようがないな、と呟いた。

 松崎さんの大きなひとり言を無視する形になったけれど、松崎さんが何かを言う前に滝川さんが渋谷さんに話しかけた。

 

 

「そーいやボウズ、名前はなんてんだ? オニーサン(・・・・・)は興味あんだよなぁ、な・ま・え」

「渋谷一也といいますが」

「ふん、聞いたこともないわ。三流じゃない」

「おっと、俺は松崎ナントカなんて名前も聞いたことないぜ」

「あーら勉強不足じゃないかしら!」

 

 

 喧々と続くふたりの喧嘩。けど―――――

 気のせいだろうか。……今、滝川さんに、フォローされてた……?

 

 確証はないが感じる違和感に、思わず考え込んでしまう。彼の中で何があったのか、と視線を向けてところで―――――その背後に、見たくもないものが入った。

 

 

「ああ―――――いや、そうかこれは」

「どうした」

「すみません渋谷さん。……面倒ごとを、呼んでしまいました」

「何……」

 

 

「ああ!」

 

 

 ―――――歓喜に震える声が響く。見れば、見たくもなかった……黒田さんが、松崎さんと滝川さんに話しかけていた。ああ、本当に、今日こそ厄日か?

 

 

 

 

 

 

「よかったわ、旧校舎は悪い霊の巣で私困ってたんです!」

 

 

 こちらからふたりの表情は見えないが、どことなくに気が固くなった気がする。対して黒田さんはなんとも幸せそうな顔だ。――――その目が、一瞬私をとらえて、悦に歪む。

 

 

 ―――――ほら、どう?

 

 

 そんな、顔だ。ああ、気分が悪い。

 

 

「……あんたが、どうしたって?」

「私霊感が強くって、それですごく悩まされ―――――」

 

 

 

「自己顕示欲」

 

 

 

 はは、お見事松崎さん。……渋谷さんも言わなかったよ、そこまでは。

 

 松崎さんにかぶせるように霊感アピールを始めた黒田さんは、松崎さんの冷たい声にかぶせ返され止められた。

 そして松崎さんは、さっきまでとは考えられないくらい冷たい声で黒田さんを切り捨てた。

 刃のように鋭い切りくちで黒田さんを傷つける松崎さんは、いっそ感情を感じさせないほど固い声だった。―――――このリアクションを、私は理解できる気がする。

 ああでも、そうだと言うのなら。松崎さんは本物なのだろうか。……いや、判断材料が足りないな。

 

 滝川さんは松崎さんの物言いに呆れたような溜息を吐いていたけれど、松崎さんを止めはしなかった。…あれだけ仲が悪かったのに? 話に割り込みそうな滝川さんが。

 

 

 あまりにも冷たい物言いに、どんどん黒田さんがうつむく。―――――同意してくれると思った? 彼女はこの人たちを本物だと思って来たのだろうか。本物に認められれば満足できると思ったのだろうか。馬鹿だなあ、本物なら、なおさらバレるだろうに。それとも、偽物だと思ったからノってくれると思った? ……自分と同じように。

 

 

「面倒ごととは彼女か」

「はい。今朝、渋谷さんは霊能者かと聞かれたので誤魔化したんです。けど『霊感がある自分は役に立つはずだ』と紹介を迫られて」

「断ったんだな。が、それでは引かなかった」

「そう。そして、まあ、私もちょっとカッとなりまして。言い合いのようになり…」

「『できるのなら除霊すればいい』、とでも言ったか?」

「その通りです」

 

 

 うかつだった。あの場でもっと穏便にお引き取り願えばよかった。昨日の今日で気が立っていたからって、自制せずに好き勝手した結果がこれだ。やりくちを間違えた。選択肢を誤った。ああ、くそ。まさかこんな形で人に迷惑をかけるとは。調子に乗っていたのは、私だ。

 

 

 

「―――――だったら!! その子はどうなのよ!!」

 

 

 噛みつくように、黒田さんが私を指さした。視線が私に集まる。―――――そうだな、自己嫌悪は後だ。

 

 ゆっくりと、腕を組む。重心を、片足へ。それだけで傍目から見れば尊大な態度に見えるだろう。

 

 

「どうもなにも、私はアルバイトさ。校長先生から許可ももらっているから、私がここにいることは何らおかしいことじゃない。―――――君と違ってね」

 

 

 ゆっくりとした動作は余裕がある、と認識されやすい。一種のポーカーフェイスだ。

 今ここで必要なのは、黒田さんを反論の余地なく撃退すること。……今後の対策は後で考えるとして、今は早くこの部外者を追い出さなくてはいけない。

 

 

「なによ―――――なによ! なんでアンタばっかり(・・・・・・・)…っいつも、アンタばっかり(・・・ ・・・・・・・)!!!」

「黒田さん、言ったよね。君が必要なら声がかかるはずだって。勝手なことをして仕事で来ている人の営業妨害をするなって。同じことを2回も言わされるのは好きじゃないんだけど―――――」

 

 

 黒田さんは息荒く睨みつけてくる。獣みたいな目だ。けれどそんなもの、痛くもかゆくもない。

 

 

「君の自己中は不愉快だ」

 

 

 しいん、と場が静まる。あーあ、これはさすがの渋谷さんにも引かれちゃったかな。

 でも黒田さんがここに来た一端は私にあるようなものだから、後片付けはしっかりしとかないと。

 

 黒田さんは少しうつむいて、むっつりと黙り込んで、そうしてポツリとこぼした。

 

 

「アンタ、本当に嫌い」

「奇遇だね、そこだけは気が合ったみたいだ」

 

 

 嫌みを返してみたんだが―――――黒田さんはまるで聞こえていないかのように無反応で、代わりに松崎さんを睨みつけて「私を馬鹿にしたこと、今に後悔するわニセ巫女。霊を呼んでアンタに憑けてやる」と吐き捨て去っていった。

 

 

 

 

 

 

「―――――あ、あ~~、そういや嬢ちゃん、会話からしてこの学校の生徒か? 着てるジャージは違う学校みたいだけど」

 

 

 黒田さんが去っても場はどこか気まずげな雰囲気が残っていた。ま、頭おかしそうなのと態度でかいのの喧嘩なんて面白いものじゃないしね。しかも私も黒田さんもお互いに強い口調で言い合ったから、引かれたかもしれないな。

 しかし、空気を換えることを狙ってかすぐに滝川さんが当たり障りのなさそうなことを聞いてきた。おや、やっぱりフォローしてくれてるのかな? うーん、根は面倒見がいいと見た。

 で、私の格好についてか。まあ違う学校の名前入ってるジャージだからね。深緑のそれを少し引っ張ってみる。

 

 

「中学の時の指定ジャージなんです」

「ほお? ああ、旧校舎なんて汚れるもんな。使わなくなったやつの方がいいか」

「まあそれもあるんですけど―――――実はうちの学校、いまだに指定体操服がブルマなんですよ」

「「 はあ!? 」」

 

 

 ペロリとこぼせば、松崎さんまでも食いついてきた。うんうん時代考えろって話だよね。でもこんな田舎じゃ、止むに止まれぬ事情がありまして。

 

 

「元PTA役員の団体と、毎年大ぐちの寄付金をくれる老人会の方々から『伝統が』『風習が』ってクレームが入るみたいで。老いた害悪とはよく言ったものですね」

 

 

 田舎じゃ一般世論より強い人がいるのだ。こればっかりは学校単体ではどうしようもないうえに、教育委員会もうかつに手を出せない。なにせ地域の有力者ばかりだ。

 それでも、世間一般から廃止されて10年以上たっているってのに。

 

 

「さ、渋谷さん。仕事をしましょう。結局今日はどうします?」

「……そうだな、怪談に出てきた人影があったという教室に機材を設置してみるか」

「ああ、2階の1番西側ですね、了解です」

 

 

 ふたりとの話は簡潔に切り上げ、渋谷さんと仕事の打ち合わせをする。意識を切り替えてさあ仕事だ、と機材を持ち上げたところで、またもや来客が到着した。…一気に来てくれればいいのに。ちょこちょこ作業を止められるのはストレスだ。あ、どうやら今度は校長もご一緒の様子。

 

 

「やあ、おそろいですなあ。実はもうひと方お着きになりましてね、ジョン・ブラウンさんです。まあ仲良くやってくださいよ」

 

 

 今ひと悶着あったばかりですが。本人たちの性格的に壊滅的そうですが。……とはさすがに言わないけれども、校長先生はずいぶんと人を集めたな。巫女に、坊主に、ゴーストハンターに、今度は感じの良さそうな美少年か。うーん、偏見だけど、聖職者かな? 外国人だし。……それにしても、なんか、顔がいい人が多くないか? まさか校長の趣味じゃないよな。

 ブラウンさんはにっこりとわらって深く頭を下げてくれた。おお、礼儀正しい―――――

 

 

「もうかりまっか」

 

 

 わあ。

 

 

「ブラウンいいます。あんじょうかわいがっとくれやす」

「その、ブラウンさんは関西の方で日本語を学んだようで…」

 

 

 大人ふたり組は早々に決壊した。校長は逃げるように帰っていったが、ブラウンさんは『おおきにさんどす』とまた頭を下げていた。うーん、方言にはびっくりしたけど、態度を見れば好感度高くなるな。この人もしかしたらこの場で1番まともなんじゃないか?

 

 

「…ブラウンさん? どちらからいらしたんですか?」

「へえ、ボクはオーストラリアからおこしやしたんどす」

「おいボウズッ! たのむからその変な京都弁やめてくれっ!」

 

 

 さすがに渋谷さんも善人オーラが溢れるブラウンさんをこき下ろす気はないらしく、いくらか柔らかい口調で話しかける。おお、レアだ。

 それにしても大人たちは笑いすぎでは? 「せやけど丁寧な言葉いうたら京都の言葉とちがうのんどすか?」と純真な顔をしているブラウンさんに、これ以上大人が失礼なことを言わないように先回りすることにした。なにせまともそうで、すごい善人オーラを感じる人だ。多分ジャッカルに近い。それに、彼には笑われる謂れはないだろう。

 

 

「ブラウンさんは京都の言葉が丁寧語だと思ってたくさん勉強されたんですね」

「へえ、郷に入らば郷に従えて聞ききましてん。失礼のあらへんように一番丁寧な言葉を習うたつもりやったんどすけど」

「とても素敵ですね」

「そ、そうですやろか」

 

 

 ほわ、と嬉しそうに笑ったブラウンさんに、ようやく大人たちも笑いが収まってきたらしく、息を整え始めた。遅い。

 

 

「説明すると、京都の言葉は方言なんです。イギリス英語やアメリカ英語みたいな違いというか…現代日本では『訛り』になるんです」

「そうやったんどすか……あのボクはあんさんらに不快な思いをさせてもうたのでっしゃろか」

「いいえ、まったく」

 

 

 おっと、そこだけは否定しておかなくては。少し不安そうなブラウンさんの言葉に素早く否定を入れておく。まったく、いい大人が腹を抱えて笑うからこんな誤解がされるんだ。

 

 

「そもそもブラウンさんは丁寧な言葉だと思って勉強されたんでしょう? それに、京都の言葉だって立派な日本語ですよ。特に京都では誇る人も多いでしょう。―――――日本人なんてほとんど片言の英語もしゃべれない人が多いのに、ブラウンさんはすごく流ちょうな日本語ですよね。尊敬します」

 

 

 あなたたちのことですよ、おふたりとも。ぴったりと息を潜めたあたりでふたりとも母国語の人に笑われないような英語喋れるわけじゃないでしょう。それがひとの日本語は笑うのだから、どっちが笑い者なのか。

 

 ブラウンさんはほんの少し頬を染めて、控えめに頼みごとをしてきた。

 

 

「そやったら、その、ボクの言葉変やったら教えてもらえまへんか。ちょいとでもええさかい」

「喜んで」

 

 

 あ、即答しちゃった。……そっと渋谷さんを窺ってみたけどどうやらお咎め無しのようだ。これはブラウンさんが渋谷さんのお眼鏡にかなったのかな?

 

 

「えっと、あんさんらとは仲良うさせていただきたいんどすけど、あんさんらは全員霊能者どすか?」

 

 

 言い終わって、ブラウンさんはちらりと私を見た。あ、その場で添削していいのこれ。肝が据わってるというか、器が広いというか。

 

 

「『あんさんら』は『みなさん』に直す、くらいでいいんじゃないですか? せっかくの京都弁ですし、程よく残しましょう。親しみもわきますから」

 

 

 というかシンプルに京都弁のブラウンさんが癒される。いいなあ、今日疲れることばっかだったから、ちょっとすっきりしてきた。

 

 渋谷さんはブラウンさんの質問に、ちょっと苦笑いして「そんなものかな。…君は?」と聞き返した。

 わ、やっぱりブラウンさん渋谷さんに気に入られただろこれ。私には「一緒にするな」って言ったのにこれだもん。すごいなブラウンさん。

 

 

「へえ、ボクはエクソシストいうやつでんがなです」

 

 

 ―――――ふと、空気が少し張り詰めた。エクソシスト…悪魔祓い? へえ、初めて本物を見たなあ。あれ、本物なのかな? …まあいいか、癒されるし。

 それにしても、私以外の3人の、ブラウンさんに向ける空気がちょっと鋭いなあ。

 

 

「相槌や返事は『へえ』より『はい』の方がいいかと。それから、『でんがな』はない方が自然かな」

「えっと、はい。なるほど…」

 

 

 空気なんて気にしないのでサクッと添削すれば、ブラウンさんは素直に受け入れてくれる。人間ができてるなあ、すごい勢いで株が上がっていく。

 

 

「エクソシストということは、ブラウンさんはカトリックの司祭以上、ということかな。ずいぶん若い司祭だね」

「はい、ようご存じで。せやけどボクはもう19です。若ぅ見られてかなんのです」

 

 

 わあ年上だった。ええ…向こうの人って老け顔なんじゃないの? こんな……童顔……真田の立場がないな。

 ちなみにブラウンさんには指でオッケーマークを付けておく。添削しすぎるとブラウンさんのせっかくの癒し効果が半減しちゃうからね。すごい、自分好みに美少年をカスタマイズしてるぞ私。

 

 

 

 

 

 

 さて。じゃあ仕事に、と渋谷さんと私、そして心を開いてくれたブラウンさんがベースに向かえば、なぜか松崎さんと滝川さんがついてきた。なんで? 寂しがり屋か。

 

 

Come to think of it, I didn't hear your name. (そういえばお名前を聞いていませんでした。)Can I ask you (お聞きしても)?」

It's Seiko Yukimura.(幸村聖子です。) I'm younger, so (私の方が年下なんですから、)you can take it easy.(もっと気軽に話してください)

 

 

 私とブランさんは大人ふたりに構わず会話をすることにした。……本当は日本語でたくさん会話した方が彼の練習になるのだろうけど、遠いオーストラリアから来たのなら故郷の言葉の方が会話がしやすいのではないかというお節介だ。

 ただ、「Won't you speak for a minute(少しだけお話しませんか)?」と話しかければブラウンさんは少しリラックスした表情になったので、やっぱり安心するのだろう。うん、ちゃんと勉強しててよかった。私もイギリスやシンガポールに行ったときは日本語で話してくれた現地人に安心したなあ。味方感があるのかな。

 

 

If I said that, (それを言うのなら、)you are supporting (あなたは私の日本語の勉強を)me study Japanese, so(サポートしてくれているのですから) it's equivalent to a teacher.(私の先生のような人です。) Please be easy on me.(あなたこそ気軽にしてください)

 

 

 おっと意外、頑なだなあ。

 

 

Since I am(私だって)able to practice(こうして英語の) my English in this way.(実技訓練ができていますから、)You are equivalent to my teacher.(あなたも私の先生ですよ。) so(つまり)……we'er equal.(私たちは対等だ)

 

 

 歩きながら手を差し出せば、ブラウンさんはすぐに意図に気づいてくれたらしい。柔らかい嬉しそうな微笑みで、その手を取ってくれた。

 

 

I want you to introduce yourself again. (もう一度自己紹介をさせてほしいな。)I'm John Brown. (ボクはジョン・ブラウン。)Please call me John.(ぜひジョンって呼んで。) I want to be friends with you.(君と友人になりたいんだ)

That's a strange chance, too.(奇遇だね、私もそう思ってたんだ。) I'm Seiko Yukimura. Call me "Sei". (私は幸村聖子。セイって呼んでよ。)That's what my Singaporean friend calls.(シンガポールの友人がそう呼ぶんだ)

 

 

 歩きながらの握手はすこし難しいが温かく、私は癒し系の友人をゲットした。

 

 

 

 

 

 

 ベースの道中はジョンとの話が弾んだが、渋谷さんは咎めなかった。やっぱりこの人ジョンの事気に入ってるな。

 ちなみに大人ふたりは随分とまじまじ私とジョンを見てきたけど、特に何も言われなかったし、視線にも剣呑なものはなかったので気にしなかった。

 会話は楽しかった。ただ、さすがにベースに着けば私もジョンもおしゃべりを止め、仕事モードに入った。うん、ここで察してくれるなんていい友人だ。

 

 ちなみにベースに所狭しと並んだ機材を見た松崎さんと滝川さんはギョッとしていた。まあそうだろうなあ、壮観だし。

 けどジョンはそこまでリアクションがなかった。うーん、海外じゃあまり珍しくないのかな。

 

 

「じゃあ2階に機材運びますね」

「ああ。…それから、例の教室の真下、1階の1番西にも設置してくれ」

「了解です、ボス」

 

 

 増えた仕事に、人使いが荒いなと苦笑いしてしまう。パソコンに向き合った姿を見れば手伝う気は全くないことが察せられるわけで。まあそれが私の仕事だからいいんだけど。

 

 

I’ll help you.(手伝うよ)

It's okay. it's easy.(大丈夫さ、すぐ終わるから)

 

 

 ひょいひょいと機材を持てば、ジョンが手伝いを申し出てくれた。ありがたいけど、そこまで大変じゃないから断る。ジョンはちゃんと仕事で来ているんだから、本業に集中してもらわないとね。

 

 

「持っていけ」

「インターカム?」

「そう」

 

 

 ぽい、と渡されたのはコンパクトなインターカムだった。通称インカム。つまり通信機。渋谷さんの耳にも同型があるから、連絡無線か。使い方を軽く説明した渋谷さんは、くるりとまた背を向けてしまった。ま、人もいるし仕事中だからね。特に私も雑談するつもりはなかったけど、……なんか渋谷さん、ちょっと雰囲気固いな? まあ面倒ごとがたくさん起こったから仕方ないかな。一端は私も担っちゃってるし、ここは素直に反省します。

 

 

「行ってきます」

「―――――ああ」

 

 

 渋谷さんに声をかければ、そっけないが返事を返してきた。―――――そっけないが返事が返ってきた。わあ。雰囲気固いと思ったのは気のせいだった? いやそれにしても、やっぱり楽しいなこの人。

 

 

「あ、ちょっと! ひとりで出歩くんじゃないわよ!」

 

 

 「Be careful.(気をつけてね)」と手を振ってくれたジョンに手を振り返しベースから出れば、なぜかギャンギャンと怒った松崎さんが着いてきた。いわく、まだ安全じゃない、こんなボロボロな建物で女の子がひとり歩きするなと。……ええ~? 松崎さんも根はお人好しタイプ? 態度の悪い人が実は味方側なんて展開は滝川さんの二番煎じですよ。

 

 

 

 






 ■妙に親切な渋谷さん
   知らんかもしれんが、短期バイトだと思ってるのは幸村だけなんやで

 ■よく黙る渋谷さん
   答え合わせはしないけどそのうちくちに出す

 ■幽霊のテリトリー意識
   ありそうだよねって。

 ■あはっ!
   公式。絶対使いたかった。

 ■不機嫌な王子様
   今日も帰ってくるの遅いと思ったらバイト? 俺とのテニスより楽しいわけ?

 ■誤解
   解けない

 ■おこ村
   そのうち鎮まる

 ■目を見開いたりフォロー?するぼーさん
   この人人間関係系の察しの良さ1級くらいあると思ってる。目ん玉かっぴらいた理由はおいおい。

 ■原作麻衣ちゃんの代わりにすごい頑張ることになってる松崎さん
   ごめんね

 ■反省村
   後々反省会をするよ

 ■唐突なブルマ
   体型良くないと着れない体操服。趣味です。
   初見は「この学校正気か」ってドン引きした幸村さんですがすぐに順応して「化石だと思ってたよ」って着用した写真をツイッターに載せたところ、「いくら鍵つきとはいえ軽率にそんな写真を載せるな」と各方面からお怒りを受けた。ついでに撮影者の王子様も怒られた。解せぬ。アメリカ育ちからしてみれば大した露出じゃない。
   それもあってのろうがい発言。ブルマのせいで怒られた。

 ■圧倒的聖人美少年
   立海の良心は柳生とジャッカルだが柳生はちょっと似非紳士なところがあるので実質ジャッカルオンリー。
   まおー属性は生粋の良心には優しい。ジョンのおかげでメンタルリセット!

 ■笑う大人
   ほんと、外国で外国語喋ろうとするその度胸だけでもすごいと思うので、ちょっと変だなって日本語を笑うような人にはならないように心がけています。良い子は笑っちゃだめだよ。

 ■えいごいっぱい
   ちゅうにびょうだからすごいたのしかった。

 ■シンガポールの友人
   勝手に友人を作るよ。絶対外国旅行したことあるでしょ幸村家。



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