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また更新再開しますので、気長にお付き合いいただけると嬉しいです。
水面から突出した二本の触手がくの字にぐっと後退する。直後、溜めの構えからしなるように射出された触手が襲いかかった。
近くにいたテラを引き倒して回避させ、ヴァレンシアも同様に回避する。足元の水が跳ね、テラの口からぶへあ!と悲鳴が上がる。
視界の端でリディアを庇って前に出たセシルが、剣で触手を弾き飛ばすのを確認した。
「失礼、テラ」
「大したことではない、むしろ助かったわい。それよりも······ヤツが来るぞ」
ゲホゲホと咳き込みながら身を起こすテラに手を貸し、手荒になってしまったことを謝罪すると否定と警戒の声が返る。
それに従い目を向ければ、オクトマンモスが第二陣の触手を大きく振りかぶっていた。
「左右から挟み込もう!」
遠くから呼び掛けるセシルの声に合意し、直後襲う触手を腰に携えた剣の抜きざまに弾き上げる。反動で一時空中でさ迷う触手の下へ潜り込み、待ち受ける本体へと
動きの鈍った触手には畳み掛けるようにテラの雷魔法が襲来し、大きな水飛沫を上げて湖に叩き付けられ沈んだ。
反対斜線で斬り結ぶセシルの傍らには肉塊と化した触手が次々と落ちゆく。
背後からはリディアが魔法を放ち、そのセシルを援護した。
しかしオクトマンモスは欠損を露ほども感じさせなかった。削るごとに精彩さを欠くどころか、より動きが洗練され一撃が重くなっていく。
一人に的が絞られそこへ一斉に複数本の触手が飛来し、攻勢に出ていたものが次第に回避や防御に転じ始めていた。
対し一行は、足元を水に覆われ元々身動きがし辛い状況にあるところに加え、水の抵抗によって疲労が蓄積されつつあった。
長期戦は悪手。誰しも脳裏に過ぎったことだった。
体力が底を尽きる前に、片付けてしまいたい。
······どうする。何か手を打たなければこの状況は打開されない。······どうする。
急激に思考が加速する。
「───雷魔法での一極集中攻撃だ」
言葉を発したのは黒き騎士だった。
騎士はうわ言のようにぽつりと呟いた後、目の色を変え、感情の篭った声で再度言葉を繰り返した。
「水中を根城にするモンスターだ、その性質上雷には弱い可能性が高い。見たところ、雷魔法を受けた後の触手は動きが鈍い。···実際水は電をよく通す!より強くダメージを与えられるんじゃないか!?」
「なるほどのう、確かに道理じゃ!···しかし、水に浸っておるのはこちらも同様。下手に放てばこちらもタダでは済まんぞい」
「···放つ時だけ水場から脱出できないか?ほら、貴女は砂漠で実際にそれだけの跳躍を見せてくれたではないですか」
「······可能ではあるでしょう、オクトマンモスを足場にすれば。ただしあれは子供を抱えての状態で、大の大人を複数人脇に抱えるには些かリスクが高い」
「···なら僕は殿を。単身であれば追うようにして回避出来るでしょう」
「······わかりました。ただし2人を抱えるとなると、あまり高さは望めないでしょう。貴方の剣を足場に借ります、斬り上げてくれますか」
矢継ぎ早に交わされる討論。
足元に広がる水は、それを掻き分けるごとに、攻撃を回避するごとに一行の体力を奪っていく。衣服は水を吸い、水圧は動きを阻害し、重く、鈍く、緩やかに行動を制限していく。
この均衡は長くは、保てない。だからこそ、発想の転換が必要だった。
簡単なことではない。ただ、時間があるわけではなく、長丁場になればなるほど不利になることは避けられない。少しでも突破の可能性があるなら、行動に移すべき段階になっていた。
オクトマンモスを支点に散開する。四方から攻撃を仕掛け、それと同時に即座に離脱した。
距離を取ったテラは目蓋を閉じる。両腕を前に掲げ、息を整え詠唱する。
「──暗雲に満つ数多の光よ」
ゆっくりとした詠唱に魔力が呼応する。
指先がパチリと弾け、指先から迫り上がるように光が伝播していく。
魔力の流れを感じたか、オクトマンモスがその巨体をゆるりと転回させた。ざばりと水を掻き分けて太い足が高く掲げられ、詠唱するテラ目掛けて振り下ろされた。
ガキィン!
すぐさま眼前に移動したヴァレンシアがそれを薙ぎ払う。追撃で振りかぶられた足も同様に、逆方向へと弾き返す。
「テラ、行きますよ」
こくりと首だけで肯定したテラは、緊張を隠せていなかった。それもそのはず、この後待ち構える行動は、彼にとって未知の領域だったからだ。
ゆっくり詠唱を続けるテラをヴァレンシアがひょいと抱え、駆け出す。その先に待ち構えるのは、剣を構え直した暗黒騎士。
「リディア!」
女の声に呼応して、女の背から少女が顔を出す。縄でしっかり固定されたリディアは頷き、手を高く高く掲げて詠唱を開始する。
そして構えたセシルの目の前で、2人を再度抱え直し、暗黒騎士を乗り越えるように跳躍する。ひらりと空中で姿勢を変え、前傾に構えられた暗黒剣の剣先に着地した。
「いけえっ!」
勢いよく切り上げられた剣先を足場にヴァレンシアが宙へ跳び上がる。そしてそれに続くようにセシルは自らの剣をオクトマンモスの足に突き刺し、足を伝って跳躍した。
「テラ、リディア·········頼む!!!」
その声を合図に、詠唱は終わりを告げる。
「遍く捉えて降り注げ──サンダラ!!」
練りに練って放たれた2つの雷撃は、眼下のモンスターへ降り注ぎ、大きな爆発を引き起こす。当然の事ながら、直撃を受けたモンスターはひとたまりもない。
凄まじい稲光と轟音と混ざるように奇声を発し、それは静かに動きを停止した。
「──よしっ!」
ぐっと拳を握り込む。即席連携の勝利であった。
* * *
空から降りてくる日差しを受けるのは、随分久方ぶりのように感じられた。
湿度の高い、暗い洞窟内での活動を苦とは思っていなかったけれど、いざ外に出てみると解放感を抱いていた。思いがけず外を恋しく思っていたのだろう。
そんな感想を抱いたのはヴァレンシアだけではなかったようで、他の面々も表情が明るくなっていた。
仕方がなかったとはいえ洞窟の宙を飛び回る羽目になり、出来れば二度味わいたくないものだ、老いぼれには刺激が強い!と顔色悪く喚いていたテラも、すっかりなりを潜め、安堵を浮かべている。
アトラクションのようにキラキラして楽しんでいたリディアとは真逆の反応だった。
またやって欲しいと脚にまとわりつく彼女を見たテラの顔は実に見ものだった。思わずセシルと共に吹き出す程には。
「この山を降りた先がダムシアンじゃ。ようやく、といったところじゃがの」
「確かに、色々ありましたからなあ」
「でも、楽しかったわ!」
「リディアは本当に逞しいな。······最近の子供はみんなこうなのか?妙に肝が座っ、て···」
「······ヴァレンシア?」
「······静かに、」
明らかに会話に花を咲かせ苦笑していたところで、不自然に会話が途切れる。ぴたりと話を止めて黙りこくるヴァレンシアに、セシルは眉を顰める。
ぎょろりと視線があらぬところを向いて停止した。
音がした。
空を裂く風切り音。通常自然では聞き得ない音。
急速に背筋が冷えていく。一足で地を蹴り駆け出した。後ろから何事か叫ぶ声が聞こえても、振り返らない。振り返る余裕もない。一刻も早く、それを確かめねばならなかった。
「──馬鹿な、」
彼女の目蓋がひくりと動き、徐々に目が見開かれていく。
視界を遮るものはない。だからこそ、それを目の当たりにしてしまった。
上空より飛来する
鳴り止まない爆撃音。衝撃の凄まじさに鼓膜がビリビリと震えている。
目的地であったダムシアン城が、猛攻撃を受けていた。
たちまち城は煙で覆われ目視できなくなり、天高く噴煙が舞い上がる。
「──なんてことだ······」
あっという間に駆け出したヴァレンシアに追い付いた彼らもまた、その光景を目に呆然と立ち尽くすしかなかった。
「あれは──赤き翼!」
目を離すことが出来ない。正しく「蹂躙」と言わざるを得ないそれから。
見ている間にも城壁は爆撃を受けて崩壊していく。
想定していたものが現実となってしまった。それは瞬く間に破壊の限りを尽くした。そして赤き翼はその特徴的な帆を翻し意気揚々と空の彼方へと飛び去ったのだった。
* * *
早く向かわねばと逸る思いとは裏腹に、足取りは酷く重かった。
そしていざ、それを目の前にすると如実に憂鬱な気持ちにさせられた。
もし、あの時正しく転移出来ていれば──。
そこまで考えて、脳裏に過ったそれを打ち消した。
今さら考えても仕方のないこと。ましてや、ああも上空から一方的に蹂躙されては、防御策などたかが知れている。
もはや隠す気もない堂々たる蹂躙に腹立たしく思うも、はるか上空の敵影に足場も何もないところから迎撃など出来るはずもなく。
ましてや爆撃の中を進むほど無謀にもなれず、立ち尽くしていた。
結果土煙が落ち着く頃には、荘厳たるかの城は跡形もなく、見るも無惨な瓦礫の山が積み重なっていた。
「·········行こう、」
変わらず足取りは重い。
だがそれでも行かねばならない。生存者がいるかもしれない。その一縷の望みにかけて。
城下町は荒れきっていた。民家は破壊され、逃げ惑ったのか至る所で民が倒れ伏している。
土と火薬と肉の焼ける臭い。思わず顔を顰めていた。パラパラと座り込んでいる生存者を確認出来るも、かつての商業国家として賑わったであろう様相は、見る影もない。呆然とした様子で街を眺めている生存者もいるほどだ。
「···突然、だった。あっという間に、みんな、破壊されて············ッ」
口にしている間に記憶が呼び起こされたのだろう。
声を震わせ、恐怖に言葉を失う姿はとても痛ましい。
一次処置としてポーションを渡したりケアルをかけ、また戻ることを約束して先へと進んだ。
辿り着いた城は廃墟と化し、静寂に満ちていた。その半分以上が爆風によって吹き飛ばされ、内部が丸裸となっていた。焼き焦げて欠けてしまった国旗が力無くはためき、国家の滅亡という現実を嫌という程見せつけた。
踏み入れた城内は惨憺たるものだった。
杜撰に引き裂かれ原型を止めない国旗。かつては煌びやかに荘厳たる様であっただろうそれはもはや見る影もなく。
白壁を汚す鮮血。折り重なるように倒れる骸。こちらを向く生気のない顔。
目撃したリディアが小さく悲鳴を上げる。口を手で覆い、言葉を失う少女を騎士は慰めるようにそっと胸に抱き込んだ。
横たわる人々に声をかけ続けるも、応答のあるものはわずかだった。怪我の様子を確認して一次処置を行い、持ち合わせのポーションを手渡す。そして最上階へと急ぐ。
全貌は掴めていない。速やかに現状の把握が求められた。
慌ただしく上階への階段を駆け上がる。
崩壊した城は最上階であるにも関わらず、陽の光が差し込んでいた。
その先で待っていたのは、蹲る人影と横たわる幾人かの影だった。
膝を付くその人影は彩り豊かな衣を身にまとった男のようだった。その傍らには壺が無造作転がっている。そして膝に抱えるように横たわる人物が視界に入った。
「おお·········おおお·········ッ、アンナー!!!」
咆哮にも似た悲痛な声を上げてテラは一目散に駆け寄った。
横たわる女性を抱き上げ、戦慄くテラを目撃し瞬時に察した。
彼女こそが、テラが探し求めていた実の娘であると。
真っ青な顔色の女性を直視してさらに声を震わせ名を呼ぶテラの横に素早く座り、首筋に指を宛てがう。片方の手は彼女の手に触れる。
熱を感じられない冷ややかな指先。混濁した瞳。死は既に彼女を蝕んでいた。
「······おのれッ、貴様、あの時の吟遊詩人じゃな!?許さぬぞ!!!」
憎しみに満ち満ちた声で吼えるテラは、傍らにいた男の胸ぐらを掴んだ。そして右の握り拳を男の頬へと叩き込んだ。
「テラ!!」
慌てたセシルがテラを羽交い締めにする。それでもテラは抜け出そうと暴れ回った。怒りに支配された彼は我を忘れて罵倒を浴びせる。
一方殴り飛ばされた男は床に倒れたままだ。寄って腕を引くとヨタヨタとした様子で起き上がった。
整った顔は血にまみれ、茫然自失と言わんばかりに表情が消えていた。
「アンナは······僕を、庇って···。壺の、回復薬を使っても、目を、覚まさないんだ······」
その言葉に真実を伝えることは憚られた。
回復薬が如何に万能なものであっても、死に足を踏み入れた人を取り戻すことは出来ない。
せめて今見えている怪我を治療しようとポーションを取り出し、はたと気付く。汚れていても見て取れる衣服の上質な生地。精悍とした目鼻立ち。もしや、と過ぎった
「もしや、貴方はダムシアン王家もしくは貴族に当たる方でしょうか」
いかにもと言うようにゆるゆると首肯が返る。
「僕は、ギルバート。ギルバート・クリス・フォン・ミューア。······ダムシアンの、王子です」