以前書いたものを見返しながら執筆していたものの、あれやこれやと構想が膨らんでしまった……
部屋を退出し、思考を巡らせる。
大戦。思い返すだけで辟易する。人間という種族は戦と縁が切れないらしい。
富を得るために略奪し、老若男女善悪問わず命が奪われる。片方に敵意がなくともそれは発生し得る。
嫌なものである。
眉間に寄った皺を揉みほぐして目を開けば、幼い少年が薬を抱えて走っていた。
「パロム、走ると落とすよ」
「姉ちゃん」
幼き白魔道士の片割れが足を止める。小柄な体で両手いっぱいに薬品を抱えるのは見ていて落ち着かない。
ひょいとつまみ上げ数個受けとる。
「ポロムはどう?」
「···よくねえ。薬を飲んで回復してもすぐ行っちまうんだ。気持ちはわかるんだけど」
パロムの顔が心配そうに歪む。
大人達に囲まれ、なまじ力があるが故に大人にならざるを得なかった幼い子供達。
天才と持て囃され、子供らしからぬ環境に身を置き続けるもの。
「魔法」という実力主義と身を守るために必要を迫られる世界情勢を思うと、憐憫を禁じ得ない。
そっと思考に蓋をする。今はそのことを考えても何の解決にならない。それよりも、この子供を励ましてあげたかった。
「···こっそりスリプルをかけてからベッドに運んでしまおうか」
片目を瞑り悪戯っぽく笑ってみせれば、パロムはきょとりとしたかと思うと途端に名案だと顔を輝かせた。
茶色く柔らかな髪を撫で、ポロムを探しに歩き出した。
* * *
バロンの襲撃を経て、即座にミンウは様々な施策を行った。
デビルロードの封鎖に始まり、各国への封書の送付など多岐に渡る。
そしてこの事態が早急に対処しなければならないことだということも重々に理解していた。
ヴァレンシアは重厚な扉を押し開ける。
そこには国の重鎮である魔道士達が集っていた。
「それでは始めよう」
全員が着座したのを確認し、ミンウは口を開いた。
中央の卓上には世界地図が広げられている。
こうして会合は始まった。
クリスタルを保有する四大国家には、それぞれの特色がある。
魔道の先駆となった魔法国家ミシディア。
武術に特化した僧兵率いる宗教国家ファブール。
代々神官が守護し緑豊かな水の都トロイア。
楽に秀で通貨をもたらした商業国家ダムシアン。
地図上に土石が置かれる。そしてバロン国には駒が設置された。
「なぜ、バロンはクリスタルの強奪を考えたのでしょう」
駒を見つめながら黒魔道士は口火を切った。
「バロンはクリスタルを保有していません。今まで虎視眈々と狙っていたのでしょうか」
「いや、それは考えにくい」
バロンとの通商を担当する臣が険しい顔で首を振った。
「バロン王が骨を折って得た国交だぞ?」
その反論に同意するように唸り声が返る。
ミシディアでは見慣れているが、世界規模で観測すると、魔道士は貴重な存在である。魔力を変換し顕現する魔道士や召喚士はその特殊性故に畏怖の念を抱かれていた。
悪意ある者に利用されることも少なくなく、迫害を受ける時代もあった。そのため魔道士の多くは庇護を求めミシディアに赴き、召喚士は村で隠匿することを選んだ。
その現状を憂いたのが当代バロン国王である。
即位後注力した結果ミシディアと良好な国交が可能となり、十数年前に証としてデビルロードが開通。
ミシディアの魔道士がバロンに渡り、白魔道士団と黒魔道士団が設立した。
故に、それらを全て蔑ろにした今回の襲撃は違和感がある。
漸く築いた信頼関係を無に帰す行為だ。
賢王とも吟われる当代バロン王の命を受けたとはにわかに信じがたい。
であるならば。尚更理解に苦しむ。
「赤き翼の独断か?」
「いや、その隊長らしき騎士が我欲で動くにはリスクがある。国交断絶は直ぐに国王の耳に入るだろうからな」
「国王の代替わりの線は」
「可能性として考えられなくはないが、即位したのなら式典は開催するだろう。そのような情報はない」
「······王の乱心とか」
「想像することしか出来んな、」
仮説を唱えては否定され露と消える。
バロンの襲撃理由は憶測が飛び交い、全くもって収拾がつかない。
一向に進展のない話し合いを前に、ミンウはひらりと片腕を上げる。話し声はぴたりと止んだ。
「意見を述べよ。クリスタルの守護のため、早急に動かねばならぬ」
ふむ、と一同は声を洩らした。
バロン王国は飛空挺団赤き翼を有する軍事国家。バロン八軍団の一つに数えられるそれは他の軍団に追随を許さない。遥か上空からの攻撃が可能という強みがあるために。
次点の竜騎士団は飛空挺団発足以前は揺るがぬ戦闘力を誇り「天駆ける稲妻」と称される程であった。しかし発足後でも十分戦闘力足り得る。
──この世界のパワーバランスはどうなっているんだ。
国力の方向性は様々とはいえ、空撃可能の利点は覆せない。苦く笑う他ない。
様々な意見が飛び交う中、するりと挙手した。
「どの国でも脅威になるでしょうが、多方向から鑑みるにダムシアンの守護が不足すると考えます」
理由は三つ。
初めに、ダムシアンの防衛力。
ダムシアン王家ミューア一族は代々から続く吟遊詩人の血筋。竪琴を片手に奏でる旋律は守護と癒しを与え、敵をも迎撃するという。
それは対人攻略の場合は有効であろうが、バロンに空爆を受ければひとたまりもないだろう。
もっとも、これに関してはどこの国でも言えることだが。伊達に唯一の空軍を有してはいない。
次にバロンからの距離。
クリスタル保有国の中でバロンから最短距離に存在するダムシアン。
なぜ先にミシディアを選択したかは甚だ疑問だが、近距離から襲撃する方が素早く遂行でき、準備する時間を与えずに済む。
最後にダムシアンの貿易状況。
商業国家の名の通り、非常に交易が盛んなダムシアン。そこを抑えることで各国への交易をストップさせ、影響を拡大させること可能である。
加えて交易のために所有するホバー船は奪取出来れば儲けものだろう。
ふむ、とミンウは髭を撫でた。
「確かにダムシアンが標的とされた場合、打撃は大きい。して、お主ならどうされる?」
目を細め、尋ねる。
ヴァレンシアの答えは最初から決まっていた。
「戦力を有さないダムシアンは、すぐさま陥落するでしょう。艦隊を前にあまりに無力すぎる。可能であれば、私を転移魔法で送っていただきたい。今回の襲撃のように交渉を持ちかけてくるならば、それまでに時間を稼げるでしょう。情報も得られるかもしれません。加えて、防御魔法に長けた白魔道士を数名同伴させていただきたい。怪我人が出た場合も対処可能でしょう」
「お主も今のミシディアの状況は分かっておろう。白魔道士数人を割けるだけの余裕はないぞ」
「ええ、理解しています。理解した上で進言します」
正面から見据え、口を開く。
「私は流浪の身。故に外から見た視点は持ち合わせています。そこから言わせていただくなら、バロンがミシディアに再度攻め込む可能性は低いでしょう。彼らはクリスタルの強奪に力こそ入れるも、国や国民への危害もそこそこに撤退した。被害状況を見るに最大の目的は既に果たされた後。こちらで防衛に当たるより出向いた方が得策かと」
再度長老は唸る。
しんと静まり返る。反論はなかった。
「······よろしい。皆も異論はないようだ。力を貸して欲しい、旅人よ」
「勿論です」
これにて会合はお開きとなった。
* * *
夜、ヴァレンシアは貸し与えられた部屋を出て長老の自室へと向かっていた。
部屋から灯りが洩れていたのは確認済みである。
石畳を踏み、目的の扉の前に立つ。
「失礼、ミンウ殿はおられますか」
「···入りたまえ」
許しを得て扉を開けば、長老は文机に向かっていた。
机の上には魔石が置かれている。
「何用ですかな、明日は出立であろうに」
「ひとつ、頼みがあって参りました。···魔道書を数冊拝借したく」
「魔道書?」
怪訝そうな顔をして、ミンウはヴァレンシアに向き合った。
「お主、魔法は···」
「はい、現状まだ使えてはいません。けれど、原理は異なれど使えるはずなのです。事実過去に私は行使している。可能性があるならば、励み続けたいのです。それに万が一ということもある。行使出来るに越したことはありません」
実際、黒魔法は遠距離攻撃を可能とする。
剣に武器に戦う身としては、中近距離には対抗出来ても遠距離は攻撃を回避もしくは防御をした上で接近する必要がある。
ポーションやエーテルが切れた時の回復魔法の有用性は言わずもがなである。
「···相分かった、持って行きなされ。勤勉なものには応えねばの」
「感謝します」
微笑むミンウから書籍を受けとる。
念には念を。
自分の戦力増強を図れるなら大いに価値がある。
──あのときやっておけばなどという後悔は御免だ