戦闘シーンって難航しますねん…
がんばるぞぅ!
サンドウォームを目視した直後ヴァレンシアは腰の銀剣を抜いた。
懐に抱えたリディアを抱き直しセシルへ視線を向ければ同様に漆黒の剣を既に構えていた。
初撃を与えるべく一足で接近し、セシルは黒い刃を振り下ろした。ガキンと鉄が交差したような激しい音が鳴る。
反動で浮いた剣の柄をきゅっと握り締め、左右に振って連撃を加える。仕舞いに真一文字に巨体を薙ぎ払いそのまま後退した。
弾いた際の振動が手に残っている。思いの外頑丈な表皮にセシルは顔をしかめる。痺れを拭おうと素早く手を振り再度握り込んだ。
暗黒剣はその強力な力を行使しても刃溢れなどに負けぬよう、通常の剣より頑丈に打たれている。腕に覚えのある騎士の連撃を受けてなお、その傷は浅く堪えている様子はない。
暗黒の力を纏わせてはいないとはいえ、この地域に巣食う他の魔物と雲泥の差だ。
その様子を隈無く観察していたヴァレンシアは、傍らに降り立った騎士に向け、眼前から視線を離さずに口を開く。
「手応えは」
「見ての通りまるでないですね」
「随分固そうな表皮で」
「この剣でびくともしないとは。
「は、違いない」
思わず鼻を鳴らして蠢く体躯をじろりと睨んだ。
「弱点を探すのがいいでしょうね」
「同感です。通常、どれだけ耐久性のある魔物でも粘膜に覆われた眼球などは防御出来ないことが多いですが···奴にはその眼球がない」
近付く巨体を目視し、構え直して悪態をついた。
「手練れと見受けた貴女も手こずるとは」
「買い被りです。私は奴と対峙したことはないのですよ。
皮肉げに吐き捨てリディアを降ろす。しばし待てと声をかけて。
「猛攻を仕掛けて様子を見ましょう」
二人、首肯し駆け出す。各々の剣を振りかざし切り上げる。鈍い音が鳴る。想定以上の硬度にヴァレンシアもまた、顔をしかめた。
左右から連撃を食らいつつもサンドウォームに動揺は見られない。依然ダメージは露ほども通っていなかった。弾ける程度の刃など恐るるに足らぬ、ということだろう。
その様に腹立たしく思いつつ検分を続ける最中、突如、サンドウォームがその身を捩った。どれほど身に刃を受けても微動だにしなかった巨体が、である。
ぐっと身を縮めるように頭部が後退する。
──効いた、のか?···いや、特別なことは何もしていない···。
挙動の不一致に訝しむ。
閉じられていた気味の悪い口がみしり、と音をたてて大きく開かれた。内奥がよく見える。辺りの空気がその口に吸い込まれていく。その吸引力に顔を強張らせた。
嫌な予感がする。
「何か来る!!!下がって!」
その声に騎士も同じく危険を察知したのだと理解した。
すぐさま身を翻し跳び退る。地を駆け距離を取る。ぽつんと立ち尽くすリディアを拾い抱え込み、向かい合った。
がばりと開かれた大口は轟々と渦巻く竜巻を吐き出していた。渦巻くそれにたちまち砂が巻き上げられ、一本の柱が立ち上る。そしてそれは、見ている間にも大きく膨れ上がり、迷いなくこちらを渦に飲み込もうと迫っていた。
遮るものは何もない。このままここに居ては直撃は免れない。離脱できるか、否、そんな時間はない。ましてやこの巨大な魔物を放っておくわけにもいかない。
──ならば、どうする。
逸る心中とは裏腹に、思考は加速する。
激突しダメージを負うのは必至、であればせめてそれを流し軽減させる。
風の動きを見ろ。影響を最小限に留めるために。
風は反時計回りに渦巻き上昇していく。その風に逆らえば、たかが人間の体重など容易く足元を掬われ宙に巻き上げるだろう。風に突撃などはもっての他。
回避に徹せねば。目的地は遥か先、このようなところで手間取るわけにはいかなかった。
騎士に顔を向ければ、騎士もまたこちらを見ていた。
「こっちに!」
左方へ駆ける騎士を追う。追尾するように竜巻はゆるりと方向を変えた。
じわりと汗が伝う。側面から感じる風圧が徐々に接近してくるのが肌を通じてわかる。
──逃れられない。
胸に抱いた少女を一層強く抱き寄せた。
「くるぞ!」
「ああ!」
声を上げて通告し、二人は砂地を転がった。自らの武器を地に深く突き刺して停止し顔を伏せる。腕に抱いた少女の顔を胸に押し当て自らを盾とするように。
直後、舞い上がった砂が嵐のように叩きつけられた。砂の飛礫が容赦なく飛来し、その激しさに唸る。浮き上がってしまいそうな体を無理矢理に地面に縫い付け、風が過ぎ去るのをただ耐えた。
風が通り過ぎたのは僅かな時間の出来事ではあったが、体感時間は短いといえるものではなかった。剣を掴んでいた腕はあちこちに擦り傷を作り、皮膚は赤くなってひりついている。出血まではいかぬものの、その激しさを物語るには十分だった。
髪は砂にまみれ酷い有り様である。
顔をあげた先の騎士は既に立ち上がり、さっと体の砂を払っていた。
鎧で全身を覆っているためか、皮膚へのダメージは見受けられない。強いて言うならば鎧の隙間に入り込んだ砂に四苦八苦して些か疲労しているくらいか。
起き上がり懐から這い出た少女は眉をハの字にきゅっと寄せ、赤く腫れた腕に小さな手を添えた。
「瞬く光よ、我らに慈悲を与えたまえ──ケアル」
柔らかい光が灯り、腕の傷を癒していく。
「···ありがとう、リディア」
ふ、と口許を緩め頭を撫でれば薄く頬が色づく。
再び騎士へと視線を戻せばそちらも片付いたのか、既に傍らに距離を詰めていた。
「一筋縄にはいかないものですね」
「全くその通りで。一気に方をつけるほうが得策かと」
今までで得た情報を手に、頭を働かせる。
通常の打撃では露ほどの効果しかない。けれどこちらの主力は剣を利用した近接攻撃。結局のところ、厄介なのはあの強固な皮膚で、あれを突破せずには攻略は不可能だろう。
こちらの戦闘力、今手元にあるもの。それらを鑑みて導き出せるものを。
「···属性攻撃ならダメージを与えることが出来るかもしれません。しかし闇雲に当てても無駄足になりかねない。より確実に、中枢まで叩けなくては」
「当てがあるので?」
「ええ」
ふむ、とセシルは唸る。思考にそう時間はかからなかった。
「ならば僕が時間を稼ぎましょう。その間に、リディアと連携を」
「了解」
頷きを返すと共に騎士は剣を握り直して駆け出す。
その背後でリディアに声をかけた。
「リディア、氷魔法の行使は可能?」
「できるわ」
「協力をお願い。合図はこちらから出す」
革袋を漁り、目当てのものを腰のベルトに挟み込む。少々邪魔ではあるがさして問題にもならないだろう。
リディアを一瞥後、素早く身を翻し一歩大きく足を前方へと踏み出す。自然腰を落とし前傾姿勢となった状態のまま、前足への体重移動に従い後ろ足を大地から解き放つ。
砂が舞う。速度を維持したままさらに足を速め加速する。
彼方にあった巨体がぐんと近づく。
周囲ではセシルが四方から黒剣を振りかざし翻弄する。
その時はた、と視線が一点に集中する。ヴァレンシアの目は、ある欠損を捉えていた。
「奴の手足を!」
それだけを口にし、迫る巨体を目前にして、跳躍する。そしてその頭部を踏み台にさらに上へと跳躍した。
急激に地上が遠ざかる。山の尾根をより近くに視認する。
空中で反転し、柄を逆手に剣を構える。その刃は地上の巨体を射程に捉えた。空を仰ぐ騎士が見える。
狙いを定め、迫り来る浮遊感を受け入れ自由落下に身を任せた。顔を打つ風が強まろうとも、その姿勢を保ったまま。
憮然とした面持ちで見上げていたセシルが我に返り、流れるような動作で剣を持ち替える。その漆黒の切先は、醜悪な砂虫の短い手足を悉く削ぎ落とした。
セシルの攻撃は目に見えての成果にはならぬものの、確実にそのダメージを蓄積させていた。太く厚く丈夫な体皮は打撃及び裂傷に強かった。しかしそれは、あくまで体皮の利点に過ぎない。
繰り返し行われた攻撃は、その中でも特に細い手足に対しては十分な防御力を発揮出来ず磨耗していた。もう一降りもすればぽっきり折れてしまうほどには。
自身が欠損していくのには堪えたのか、苦悶の声を上げた。その巨体を左右に揺り動かして暴れ、抵抗する。
しかしセシルは異にも介さずそれを躱し、さらに追撃を加えて周囲を駆ける。次第にサンドウォームの動きに精細が欠けていく。
サンドウォームには眼球が存在しない。つまりそれは視覚による情報の取得が叶わないことを意味する。
代わりに発達した聴覚で音を拾い、手足を駆使して砂を通して伝わる振動を感知し敵の位置を把握する。
索敵手段がひとつに絞られたことはサンドウォームにとって手痛い。常に移動し攻撃を加えるセシルを追えるはずもなく。
加えてその巨体故に動作が鈍い。対応が遅れるのは至極当然と言えた。
そしてそれは大きな隙となる。
光弾のように鋭く、ヴァレンシアの持つ銀剣が上空から頭部を貫く。
体重に重力をも加算したそれは鋼のような剛皮であろうとひとたまりもなかった。
「リディア!」
その言葉にリディアは詠唱する。
「
幼い声が響く。小さいながらも確かに魔力が練り上げられていく。
詠唱の最中、巨体を蹴落とすように足掛け再び宙へと躍り出る。今度はやや後方に、深々と突き刺さった刃を手にして。傷口から噴出する体液が辺りを汚した。
「──ブリザド!!」
詠唱完了の声と共に、ヴァレンシアは素早く腰に差していたそれを抜き取り露出した傷痕目掛け投擲した。
太陽の光を浴びて煌めく白い牙は的中し、内包していた冷気を放出する。発動した二つのブリザドに挟撃されサンドウォームは奇声を上げた。
鈍く身を竦める巨体目掛けセシルは駆ける。そして暗黒の力を纏わせた剣で首深くを突いた。巨体が激しく痙攣する。それを見届け、剣を抜き飛び去る。
砂漠の旅人を襲う脅威は動きを停止し、大きな砂煙を巻き上げて地に倒れていった。
* * *
踏み締める大地の音が変化する。踏み出す度に足元を汚していた砂は既に置いてきていた。
新しく現れた草の大地がその残骸すらも拭っていく。
長く一行を苦しめていた直射は陰り、緑の香りを運ぶ風が首元を通り過ぎる。
肺一杯に酸素を取り込んでも、喉は焼けず清涼感に包まれた。
見上げれば高い山脈が覆い被さっている。視線を前方へと戻せば、峡谷の先にぽっかりと空いた洞窟が一行を出迎えた。
逞しくも自らの足で歩いてきたリディアは、へたりと地面に座り込む。景観に変化のない場所をひたすらに前進するのは堪えるものだ。
暫しの休息ののち、一行は明るい地上に別れを告げ、湿気が多く日の光が届かない洞窟へと足を踏み入れた。
体を包む空気が、環境の変化を物語る。まるで別世界のようだった。
踏み入ってすぐに水の臭いが鼻先を掠めた。辺りを見渡せば岩垣を伝い緩やかに水が地面へと降りていくのがわかった。頭上からは水滴が一定の間隔をあけて滴っている。それらはより集まって水流を作り、次第に小川へと姿を変えて下降していく。小川はやがて足を取られそうなほどの大きな流れとなり、洞窟のさらに奥へと姿を消した。
これが、この場所が地下水道と呼ばれる由縁だとしみじみ感じ取った。
天然の水脈。あまり見かけるものがなかったものだ。
「·········、」
いつの間にか、じんわりとかいていた汗は冷えていた。
「ヴァレンシア?」
声をかけられはたと気付く。思いがけず気を取られていた。声をかけた当人は既に数歩先に立っており、リディアは首を傾げていた。
すまないね、と声をかけ歩み寄る。有事であるというのに時を忘れるとは。些か緊張感に欠けていた。
前方を歩く二人の背中を見つめ、木で渡された橋を渡りながらふと思う。実に豊かな水脈だ。長年をかけて流れたゆく水が岩を削り水脈を生んだのだろう。自然の力というのはこういうものだ。あるがままの姿を見せているように思う。
だからこそ、ここはなおさら心地がよいのだろう。
先に進む二人の声が聞こえる。
いや。はたと気付く。見知らぬ声がした。
次の橋の袂で立ち止まっている。
見知らぬ声。低くしゃがれた「老いた」声。
「私に手を貸してくれんか!」
そこに立っていたのは一人の老人だった。
立派な髭を蓄え、鮮やかな色のマントを羽織り、身の丈ほどもある杖を携えた老人。
彼の名は、テラといった。
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