星の漂流者   作:4j

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深奥の異形

奥へと進むにあたり、道中の景色には変化が表れ始めていた。

広大な空間を渓谷の水流に挟まれ比較的なだらかな道を通ってきたが、次第に道幅は狭くなりゴツゴツとした岩肌の目立つ空間へと移り変わった。

渓谷はさらに深く抉るような峡谷へ変貌を遂げ、低くなった頭上の岩盤から滴る水が地面に落下して洞窟内に反響する。体感温度も一段と下がり、肌を冷気が包んで些か寒く感じるほどだった。

辛うじて中まで届いていた日光も今は薄れて暗闇が占めるようになり、テラのファイアが光源として大いに活躍した。

 

──道中がこれでは、普段から人が立ち入らないわけだ

 

足場の悪い岩場を、踏み所を間違えぬよう慎重に歩きながらヴァレンシアは嘆息する。

よたよたと足元を気にしながら歩くリディアの手を握り、この足場の悪さでは、幼子など到底寄り付くはずもないと加えて納得する。

 

ダムシアンの商船やホバー船が移動手段として主流になる訳である。

浅瀬を渡るそれは暗く湿気て見通しの悪い洞窟とは異なり、見晴らしがいいうえに乗船してしまえばあとは船頭が目的地まで運んでくれる。おまけに体力のない幼子や老人も、労せず大勢を一度に運ぶことができる。どちらを選択するかなど、一目瞭然だ。

そのおかげで一層ここには人が寄り付かなくなり、魔物が住み着いてしまったのだろう。

 

かつては、これでも往来には使用されていたに違いない。

途中で休息をとった穴蔵には、魔物の侵入を阻む結界が張られていた。

テラ曰く、長い年月を経てもなお効力の衰えぬ一級品。古より旅人を加護してきた力ある魔導師によりもたらされた安寧。彼は魔術の素晴らしさが何たるか、と熱く語った。

 

時代が移り変わるごとに、技術は発展と衰退を繰り返す。

文明とはそのようなものであると、彼女は知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先を進む一向の傍らを、不意に強く涼やかな風が過ぎ去った。

風が勢いよく髪を巻き上げ、視界いっぱいに広がり乱れる。遮るそれを手で掻き寄せ、咄嗟に目を守るようにガードする。

風の激しさにリディアの悲鳴が漏れる。その声に繋いでいた手をより強く握りしめた。男性陣のどよめく声も遠く聞こえる。それほど突発的なものだった。

じっと踏ん張りそれに耐え、ようやっと収まった風にやれやれと髪の乱れを整えた。

 

良好になった視界の先に、一筋の光が差した。

人工的でない、久方振りの光に一行の足取りは軽くなる。駆け抜けた先で、突如空間が開けた。

 

 

ぽっかりと開いた穴のように、高く高く岩肌は離れ、岩壁が酷く遠い。

出口と見間違うほどに、洞窟内部とは思えぬ開けた空間がそこにはあった。

 

そればかりか一行は囲まれるそれに驚かされた。

 

 

「道が…ない…!?」

 

 

眼前に広がるのは見渡す限りの水面(みなも)であった。その上に浮島のように洞窟の出口が繋がっていたのである。

この水脈を流れる水がより集まって大きな湖となり、辺り一面に広がっている。

向かって正面でそれがぶつりと途切れ、水平線を一直線に描いている。そこに向かって水はうねり、音を立てて飲み込まれていく。

叩きつけるような轟音がぽっかり空いたその空間に響き、他に例えようのない音は、否応なしにそこに何があるのかを語っていた。

 

そこにあるのは、全貌の見えない巨大な滝であった。

その事実に口の端が震える。

 

 

「…夥しい魔力がここまで届いておる。ヤツの力は未だ衰えておらぬようだ」

 

 

一同が黙り込むなか、テラの冷静な言葉が溢される。

一体、どこに。

囁くような声に、ふむ、と眼鏡の位置を整えたテラは眉をしかめた。嫌な予感はひしひしとしている。

 

──この下じゃ

 

思わず顔がひきつった。

 

 

「滝の下…!さらに下があるというのですか…!」

 

「そうとも。滝を下った先のさらに奥にヤツはおる。しかし一度下ってしまえば──そう容易くは戻って来れん」

 

流れは速く荒々しいものへと姿を変えていた。一見穏やかなようで力強いそのうねりに踏み入れれば最後、脚は流れに身を奪われバランスを崩して落下し、そのまま滝壺に呑まれるだろう。

 

滝口より先には闇がどこまでも広がっている。滝を下るというのは生易しい。崖から転落するのともはや相違ない。

陸地から下を覗き込むことは叶わない。滝口は目と鼻の先だ。この滝がいかほどの全長であるのか知ることが出来ない。

 

滝口から直線に垂直に滝が続いていればいい。突出する岩肌があれば着水も叶わず、肉を抉り反動で投げ出されるだろう。回避したとて空中では何度も躱せるものではない。体幹を崩せば持ち直すことは難しいだろう。

 

水深の深いところに着水できればいい。水に叩きつけられる衝撃は免れないが、一命は取り留められる。かといえ深すぎる滝壺も注意しなければならない。着水後、水の抵抗を受け浮上できずに溺死する可能性も否めないからだ。

対し着水地点が岩場で浅ければ、岩にぶつかる衝撃で骨身は砕け、物言わぬ骸と成り果てるだろう。

 

(目測がつけば難なく降りれそうだけど…)

 

如何せん、下の様子が確認できない以上、平行線だ。

ましてや老若男女集っているのだ。楽観視はできない。

 

 

「…どうする」

 

「どうするもなにも、ここを下る以外に方法はないのでしょう?」

 

 

一応の問い掛けも意味を成さなかった。

否応なしに決断を迫られていた。

 

嘆息し、各々が動き始める。

ある者は荷の紐を固く絞め直し、ある者は髪を結い、ある者は自らの武器をより強固に身に纏った。

その支度の最中、ヴァレンシアはふと浮かんだ疑問を口にする。

 

 

「ところでセシル。貴方のその鎧、滝壺に飛び込むには些か不自由では?」

 

 

鎧は重厚な見た目の通り、重い。

ヴァレンシア自身、鎧を頭のてっぺんから足の先まで纏った経験はなかった。とはいえ、金属を主流にしたそれで全身を覆うのは、相当な重量であることくらい予想できる。

そんな純粋な問いに、表情の読めない騎士の兜がこちらへ向く。笑うように息を吐いたセシルは、指先でコンコンと自らの鎧を叩いた。

 

 

「バロンの騎士は常日頃鎧を着用した訓練を欠かさない。実地で何が起こるかわかりませんから。水中への転落も想定して訓練しているんですよ」

 

 

苦ではないと答える騎士に、不要な杞憂であったと得心する。

あらゆる状況への対処。様相は変われど一国の軍備を担う部隊。それも随一の戦力と吟われる部隊では、なるほど気構えから整っているというわけだ。

場所が変われば思考や価値観などに変化が表れる。衣食住はその最もたる一例であった。

 

 

「僕が始めに行きます。次にテラ。リディアはヴァレンシアと一緒に。…ヴァレンシア、殿(しんがり)は頼みます」

 

 

支度を整えたセシルが端を発する。それに異論はない。

ちら、と見上げるリディアと目が合う。不安げな顔をせる少女に、頷きを返した。

腰の剣帯を押さえザブザブと音をたてて脚が水を掻き分ける。

難なく歩む鎧の背中が停止する。跳躍の後その姿が水面の向こうに消えた。

器用にローブを体に巻き付けたテラもまた後を追って姿を消した。

 

視認し、リディアの前で膝を折った。脇に手を入れ小さい体をひょいと持ち上げる。

胸元に体を固定し具合を確かめ、問題ないことを確認する。

 

 

「…さて、行こうかリディア」

 

 

その声に胸元の生地がくしゃりと握り込まれる。

 

 

「…怖い?」

 

 

視線を落とし、俯く少女を見下ろす。

沈黙の後、リディアは顔を上げた。

 

 

「…怖いわ。けど、お姉さんが守ってくれる。だから、大丈夫」

 

「……信用に(あずか)り光栄だよ、小さな召喚士」

 

 

ふ、と息が溢れた。そこにはゆるりと弧を描く笑みがある。

 

 

「なあに心配ないさ、君の信用は裏切らない。なにせ──」

 

 

そしてふわふわと柔らかい髪を撫で、冗談めかして笑い、地面を蹴った。

 

 

「──慣れてるからね」

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

結論として、滝下りは成功した。

水深に驚き慌てる場面もあったが、概ね問題なく、怪我もなく無事に全員が到達した。

 

しかし満場一致の意見で一時休息をとった。

それもそのはず、全員が頭から足の先に至るまで水浸しになっていたからである。

怪我からは守れても濡れた衣服と肌に当たる冷気でたちまち身体は冷え、容赦なく体温を奪ううえに肌に貼り付く衣服が動きを阻害していた。

 

そして休息もほどほどにと進行を再開して暫く。

 

 

「…どう思いますか」

 

 

先頭を行くセシルが静かに口を開いた。何のことだと返すテラの言葉を受けて、セシルは立ち止まった。

 

 

「向かってくる魔物の数が、あまりにも少なくはありませんか」

 

 

抜いたままの剣を引っ提げ、振り向いた騎士の顔色は窺えない。だが、纏う空気はピリピリとした緊張感を孕んでいる。

ふむ、と髭を触る賢者も思い当たる節があるようで肯定した。

実際、襲い来る魔物はいつの間にか随分少なくなっていた。滝を下った前後ではそれは特に顕著になった。

 

生き物の気配がない。

格好のえさとひっきりなしに姿を見せていた魔物がまるで見当たらない。

一行が発する音と水が滴り流れる音、自然に発生するもののみ何もない。

その異様な状況は気味悪くすらあった。

 

 

このような光景が思い至る要因は多くない。

 

ひとつ。外敵あるいは自然の摂理により元いた生命が根絶やしにされ、土地が荒廃し生命活動が困難になった場合。

ふたつ。過酷すぎる環境ゆえに生命が根を降ろせなかった場合。

みっつ。圧倒的強者の発する圧力あるいは瘴気などに害され臆し、数多の生命が既に逃走している場合。

 

 

「──どうやら、辿り着いたようじゃな」

 

 

重々しい声に一同は正面を見据える。

長く歩んできた道は分かたれていた。その一方を選び取り、時には壁に阻まれ引き返しを繰り返してきた。

そのなかで自然とひとつの道へ集約していった。

最後に残ったこの道の先に、それはあった。

 

地下水脈の最奥、開けた場所に揺らめく大きく口を開けた湖。

そこに近付く気配を察してか、水面が激しく波立つ。

水飛沫が高々と立ち上ぼり、遂にその姿が顕になった。

 

澄んだ水と清涼感溢れる空気とは裏腹に、湖を這う巨躯。蠢く数多の毒々しい触手。

ギョロリと見開かれた二つの眼球。食い破られてはただではすまないだろう鋭く尖った歯が剥き出された。

 

 

名を、オクトマンモス。

一行の姿を確認し、()の異形は咆哮した。

 

 

 

 

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