青緑色の毛に覆い被さる枯草色の毛。矢先のような爪と立派な角を持つ【マルバロの森】の主、森狼───フォレストウルフ。
あたい達を前にしても唸り声ひとつあげず、じっとこちらを睨みつけている。
小鳥達も逃げる様子がない事から、あの森狼はあたい達に敵意を向けていない?
「......ペルル、まだ動くなよ」
「うん.....わかってる」
ラルムも森狼の様子が少し変だと感じ、小声であたいへ言った。本来モンスターと遭遇し、敵意があった場合はすぐに戦闘が始まる。でもあの森狼は睨みこそしているけど.....威嚇じゃなく観察のような雰囲気がある。そして───不思議な匂いがする。
「───あ!?」
「あ!?」
あたいが森狼から不思議な匂いを感じた瞬間、地面を蹴り森狼は逃げてしまった。あのまま戦闘していたら勝てたかわからないけど、大型モンスターがたいした強そうでもないあたい達から逃げるなんて.....そんな事もあるのね。
「なぁ.....今の狼、なんかおかしくね?」
「うん.....なんか不思議な匂いと雰囲気だった」
「「 .......... 」」
あたいとラルムは視線をあわせて、首を傾ける事しか出来なかった。フォレストウルフが発見されたという話は聞くけれど、戦闘になったという話はほとんど聞いた事がない。ここにいる相棒のラルムも発見こそしたらしいが戦闘したとは一言も言っていなかったし、気性は穏やかな方なのかな? それに、森の奥で暮らしているハズのフォレストウルフがこんな入り口付近にいるなんて.....散歩だったとしても警戒心が無さすぎない?
「もしかしたら、森で何か起こってんのかもな」
「え? 何かって何よ?」
「さぁ? 行ってみりゃわかるっしょ」
「何よそれ.....まぁ行くけれど」
こうしてあたい達は【マルバロの森】を更に進んだ。入り口付近でフォレストウルフと遭遇した事で気付かなかったけれど、動物やモンスターが今日はやけに近い。あたいも数える程度森に来た事があるけれど、こんなに入り口付近に動物やモンスターが居るのは始めて。やっぱりラルムの言う通り森で何かが起こっているのかしら?
「 !? この匂い.....水?」
「水? 滝が近いのか? それならもうそろ森の奥だぜ」
澄んだ水の香りが鼻孔に届くと、徐々に水音が聞こえる。緑の香りと水の香り、水音と囀ずりはあたいの中に湧いた微量の不安を綺麗に流してくれた。
「わっ!? 大きな滝じゃない! それに.....この辺りは緑も生き生きしていて綺麗ね!」
「この辺りで前に森狼を見たんだけどな.....さっきのヤツその辺に───居た居た」
フフン、とご機嫌な鼻唄を奏でたラルムは悪戯っぽい笑いを浮かべ茂みに隠れる。あたいも隣で隠れ、ラルムが指差す方向を見ると、そこにはさっき出会った森狼が身体を丸めて休んでいた。
「逃げられると面倒だし、寝落ちしたら角パクりに行こうぜ」
「それが安全ね....───って、それ危険なのあたいじゃない!?」
「あ、おいペルル声でけーって」
唸るように空気を吐き出す声が響き、あたい達は茂みの影で固まった。確かに今のはあたいの声が大きかった。でも元はと言えばラルムがあたいを危険な目にあわせるような作戦を考えていたのが悪い! もしあたいが近付いてフォレストウルフが起きたら、絶対にラルムは逃げる! 絶対に! そんな見え見えな作戦に乗るのは絶対イヤだし抗議した所で、結局あたいがフォレストウルフを起こしてしまった。のだけれど、視線こそ感じるものの敵意もなく動きもない。
「......ペルル、出るぞ」
「えぇ!? あたい食べられたくないわよ!?」
「いいから」
あたいの背にある大きなカバンを掴み、ラルムは無理矢理あたいを茂みから出した。勿論ラルムも一緒に出たけれど.....やっぱり戦うなんて無理よ無理! 怖いじゃない!
「ペルル、お前鼻いいんだしょ?」
「へ? う、うん。キュール族は嗅覚が鋭いわよ」
「アイツ.....お腹に子供いるんじゃねーの? 食べ過ぎにしては出すぎじゃない?」
「え.......、、本当だ。さっき感じた不思議な匂いは母親の優しい匂いだったんだね」
「無駄に戦闘しないためにこっち見て黙ってるのもそう言う理由か」
「そうみたいね」
お腹に子を持つフォレストウルフ。本来モンスターの繁殖期は気性が荒くなり危険度も増す。でもあの子は穏やかで、確りと状況を読み取り的確な判断をする。無意味な争いで万が一お腹の子を傷つけないよう、確りとした判断をするために自分に敵意がない事を最初にあたい達へ伝えるように、穏やかに。
「よぉ、母狼」
「うえっ!? ちょっとあんた、何やってるのよ!」
突然歩み寄るラルムの理解不能な行動にあたいは声を裏返し叫んだ。それでもラルムは止まらず、武器に手を伸ばすどころか武器を外して放った。こんな状態で襲われでもすれば致命傷なんて話じゃない! 最低でも武器は持っておくべきよ!
「お腹の子供はいつ産まれるんだ?」
歩みを止める事なく進んだラルムは既にフォレストウルフの前まで到着していた。未だ身体を丸め休んでいるフォレストウルフに視線を合わせるように、ラルムも膝を折り座り込んだ。
『........』
「あら? 近くで見ると美人さんじゃん。ペルルもこっち来て見てみろよ! わたしの次に美人だぜこの母狼」
「だ、大丈夫なの? そんな近くで」
「さぁ? 食われたら食われた時考えればよくね?」
「よくないわよ! それじゃ遅いから言ってんの!」
『........』
ほらほら見てる睨んでる! 絶対今フォレストウルフは『なんだこの冒険者、うるさいわね』って思ってるわよ! うるさいのよあんたは! ひとりで2人3人分うるさいのよ! 自覚して自重しなさいよ!
「今日はごめんね、お前の森を荒らすように踏み込んで。ごめんついでに少し休ませてくれよ、足が疲れたぜ」
ななな、なんでブーツまで脱いでんのよ!? 馬鹿なの!? あんたの頭は石ころでも詰まってるの!?
「ペルル、こいつは大丈夫だからこっち来いよ」
「じょ、冗談じゃないわよ! あたい食べられたくないし、食べても美味しくないんだからね!」
「いやどっちかと言えば
「はぁ!? はぁぁ!? 冗談じゃないわよ! あたいは食べられるために生きてるワケじゃないってば! そんなに食べられたいならあんたひとりで食べられなさいよ!」
「んじゃ、そうするぜ~」
「んなぁ!?」
ラルムはご機嫌に言い、身体をくるりと回しあたいの方向を見たかと思えば、そのまま身体を後ろへ倒しフォレストウルフの後ろ足へ頭を乗せた。
死んだ、食べられて死ぬ。あたいはそう思って疑わなかった。でも───フォレストウルフは寄り掛かるラルムへ太く大きな尻尾をまるで毛布のようにかけ、小さく息を吐き出し瞼を下ろした。
クローバーのシーツにフォレストウルフの枕と毛布......とても気持ち良さそうで、
「ちょ、ちょっと! あたいにもそれやってちょうだい!」
気が付けばあたいも駆け寄り、ふんわりと優しく柔らかいフォレストウルフに寄り掛かっていた。
暖かい陽射しと緑の香り、滝の涼しさも混ざり合い、あたい達はお昼寝してしまった。