太陽が眠り、月が起きる時間。寝起きの月がぼんやりと浮かぶ夜空の下をあたい達は歩き続け、薄い霧が辺りに漂う【リノーム平原】へと到着した。でも、今は岩陰に隠れた状態。その理由は【リノーム平原】を “略奪種” と言われている小鬼───ゴブリンが徘徊しているからだった。
相棒の冒険者、ラルムはゴブリンを見てどこか納得いかない表情を浮かべていた。
「どうしたのよ?」
あたいが小声で問い掛けるとラルムはクチを尖らせ、
「あれが略奪種だとか小鬼だとか言われてるゴブリン?」
と、答え首を
「そうよ、ほらあそこの岩に座ってる兜をしてないゴブリンを見てみなさいよ」
【リノーム平原】で一番大きな岩の上に座るゴブリンをあたいは指さした。他のゴブリンよりも更に小さなゴブリンで、鎧や兜を装備していない分その姿がよく見える。......よく見ると他のゴブリンより顔立ちがいいわね。
「うーん......確かに小鬼と言われればそうも見えるけどさ......アイツらは喋れるのか? 亜人だし言葉くらい理解できんだろ」
「え!? あ、ちょっと!?」
驚いた事にラルムは岩陰から走り出てゴブリン達が徘徊する平原へ迷い隠れる事なく向かっていった。森狼の時も相当だと思ったけれも、今回のは正気じゃないわよ! 冒険者として腕に自身があってもモンスターの群れに単独で突撃するなんて自殺行為もいい所だわ!
「よぉ、ゴブリンズ」
『ブゴ!?』
『誰だブゴ!』
『人間ブゴ!』
ほらほらほらほら見てみなさい! ゴブリン達が怒ってるじゃないの! え、これどうなっちゃうの? あたい知らないわよ!? どうなっても知らないわよ!?
「ゴブリンって “ゴブ” じゃなくて “ブゴ” なんだな......わたしはラルム、この先にあるルージオの街で冒険者をやってる! よろしくな!」
よろしくな、と言い握手を求めるように手を伸ばすラルム。もう無理。隣にいても理解不能な行動をするラルムだけれど、今回のは理解不能の範疇を飛び越えてるわ......腕を斬り落とされても文句言えないわよ本当に......ってそんなの見たくないわよ! もう! もうもう、もう!!
「ちょ、ちょっと待ちなさい! あたいの相棒に手───を?!」
「ん? なんだよペルル、顔真っ赤にして」
『ブゴ!? また出たブゴ!』
『今度は人間じゃないブゴ!』
『何族かわからないブゴ! でもアイツ、チビブゴ!』
『チビ族ブゴ! チビ族ブゴ!』
な、え、なんでゴブリンと握手してるのよ!? 相手はモンスターなのよ!?
「やーい! チビ族! チビ族やーい!」
『やーいブゴ! やーいブゴ!』
略奪種の小鬼なのよ!? そんな相手にあんたは......って、
「誰がチビ族よ! あたいはキュール族! 覚えておきなさい馬鹿ラルム!」
「あっぶ、ハンマー投げるなよ! 当たったら怪我じゃ済まないぞ!? 前らのせいで怒られただろ! どうしてくれるんだよゴブリン共!」
『オレ達のせいじゃないブゴ! ラルムのせいブゴ!』
『『『 そうだブゴ! そうだブゴ! 』』』
「うるっせー!」「うるっさーい!」
月夜にあたいとラルムの声が響き、ゴブリン達はおとなしくなった。
◆
「で、あんたは何でゴブリンと握手なんてしてたのよ? 下手するとその腕無くなってたかもしれないのよ?」
あたいが出た時には既にラルムと岩の上にいたゴブリンが握手をしていた。あたいは握手の邪魔をしたかったワケじゃなく、ラルムが攻撃されないか心配で......
「フムフム、花の蜜ってそんな使い方もあるのか!」
『そうブゴ、他にもコウモリの爪はワクチンの材料になるブゴ』
「へぇー、お前物知りだな! 名前は?」
『みんなからはアニキって呼ばれてるブゴ! だからアニキって呼んでくれブゴ!』
「お前ゴブより明らかに年下だろ? それでもアニキか。かっけーな! よっ、ゴブリンアニキ!」
心配で.........
「......って! なんで仲良くなってるのよアンタ」
モンスターと仲良くなる冒険者がどこにいるのよ! 森狼......の時はノーカンだとしても、今あたい達を囲っているのは小鬼、ゴブリンなのよ!? 下手に刺激して怒らせたら何をされるのか想像もしなくない、そんな凶悪危険な略奪種を相手に「よっ、ゴブリンアニキ!」じゃないわよ!
「んや、アニキがすっげー物知りでさ。ワクチンの作り方とか知ってるんだぜ? 頭悪そうな顔してんのに頭いいブゴ」
『頭悪いのは人間ブゴ! ゴブリンと言えば全部同じに見るブゴ!』
他のゴブリンとは顔立ちも違う、通称......自称? ゴブリンアニキは人間の方が頭が悪いと主張し、大きな耳の先を悲しそうに下げた。エルフ族も悲しい事があれば耳にそれが表れると聞いた事がある......ゴブリンも同じなのかしらね?
「わたしは頭いいぜ。アニキ達はいいゴブリンってわかったから、こうして話しかけてるんだし」
頬紅をつけたかのように、誇らしげに言うラルムはあたいをチラチラ見る。無性に腹が立つ顔をひっぱたいてやりたいけど、今はこのゴブリン達が気になる。
頭悪いのは人間......この “人間” という言葉にはあたい達も含まれてると思う。
「ねぇ、アンタ達は普段からこのリノーム平原にいるワケじゃないわよね?」
『普段はリビスコ洞窟にいるブゴ』
ゴブリンのアニキが赤い瞳で月を見たげて応答してくれた。下手な冒険者より会話は成立するみたいね。
「あたい達はそのリビスコ洞窟に用があるんだけど......今夜に限ってどうして平原に出て来てるの?」
『最近、冒険者が俺達の住処を荒らすブゴ! 毎晩毎晩、冒険者が洞窟に来ては何かを探してるブゴ!』
冒険者が毎晩......それってあたい達と同じ目的、リビスコ水晶を狙ってるって事かしら?
「アニキ、お前アニキなら俺じゃなくて “俺様” って言った方がカッコイイしアニキっぽくなるぜ? 言ってみ?」
『カッコイイ......俺様がカッコイイブゴ!?』
でもリビスコ水晶が目的ならゴブリン達には手を出さない......ワケないわよね。どこをどう見てもゴブリンは小鬼でモンスターだもの───
「おぉ! いいな! かっけーな! よっ! 俺様アニキ!」
『俺様がアニキブゴ! 俺様ブゴ〜!』
「───って、
ゴブリン達と一緒になってはしゃぐラルムの能天気さ。ゴブリン達も自分達の住処を冒険者に毎晩荒らされてるというのに、どうしてこう深く考えないのかしらね! 全く! ひとりで考えてあたい馬鹿みたいじゃない!
「まぁまぁ怒るなよペルル」
『ペルル怒った顔が俺様達に似てるブゴ。もしかしてゴブリンブゴ?』
「誰がゴブリンよ! あたいはキュール族だってば! 馬鹿ラルム!」
「わたしかよ! で、何をそんなに考えてたんだ相棒」
突然、真面目な表情と真っ直ぐな瞳に切り替えるラルム......この切り替えにあたいは結構弱い。
普段はふざけた言動とやる気のない瞳なのに、たまにこうして鋭く真っ直ぐな瞳に変わる......本能的な部分で “何か” を察知しているのか、森狼の時もそうだけれど、ラルムがこの顔つきになった時は頼りになる。
「あたい達の他にもリビスコ水晶を狙ってる冒険者がいる......ラルムが街でリビスコ水晶の話を聞いた時点で少なからずライバルがいるのはわかってた事。でも、おかしくない? アニキの話だと毎晩冒険者が洞窟に来ては何かを探してるって」
「何がおかしいの? ネミコ探してんだろ?」
「ネミコは探すほど隠れてないのよ。確かに昼間だと見当たらないけれど、夜は別」
「ふーん......つまりペルルは水晶、ネミコの他に何か目的かあるって思ってるのか。なぁアニキ、毎晩くる冒険者って洞窟の奥までくるのか?」
『来るブゴ。ネミコは洞窟の入り口付近にいるモンスターなのに、冒険者達はネミコを無視して奥まで来るブゴ。だから俺様達が外に出るんだブゴ! 洞窟の奥は俺様達ゴブリンの住処なのに冒険者が武器を持って歩き回るから、俺様は怖くないブゴよ? でも他のゴブリン達が怖がるからこうして外に避難してるブゴ。俺様は怖くないブゴ』
怖いのね。
でも怖いわよね......普通に生活していた場所に別種族が武器を持って現れる。そんなのあたいでも怖いわよ。
「アニキは偉いな。わたしなら怖くて一番に逃げちゃうぜ......で、冒険者はお前らを襲うのか?」
『............』
「......? どったのよ?」
「アニキ? どした?」
ついさっきまで元気が良かったゴブリンアニキが、耳を下げ肩を落とし、黙り込んだ。
あたい達はここで初めて “黒い結晶” の存在に触れる。それが、混沌と災厄を孕む “黒い結晶” だと理解するのは、まだ先になる。