俺ガイル生誕祭ss置き場   作:あおだるま

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いろはす誕生日おめでとう。


一色いろは 
誕生日の一色いろはは、先輩に気づいてほしい。(一色いろは生誕祭2019)


 私、一色いろはの朝はルーティーン的に消化される。

 

 目覚ましで目を覚ます。顔を洗って歯を磨き、ハンガーにかけておいた制服を手早く着る。リビングでお母さんの作る朝ご飯を食べる。トースト一枚に目玉焼きをのせ、塩コショウ。トマトサラダを見て、つい笑みが漏れる。

 

 先輩、これ嫌いなんだよね。今度たっぷり食べさせてあげよう。

 

 洗面所に立ち、髪を整えて、最後にわからない程度の化粧と色なしのリップを塗る。確認で鏡の前でスマイル。うん、今日も平常運転。

 

 部屋に戻って昨日準備しておいた鞄の中身を確認し、一息。家を出るにはまだ少し早い。リビングでつまらないニュース番組がじゃんけんコーナーを始めたらいい時間だ。

 

 ニュース番組がつまらないって、いつからニュースはバラエティになったんだよ。なんて、先輩なら言うかも。

 

 玄関で右足から靴を履き、右足から家を出る。春らしく涼しい風が頬を撫で、柔らかい日差しが体を包む。駅までの道には散り始めた桜がまだ残っている。

 

 いろはっていう名前も、この季節の優しい色彩も、私は嫌いじゃない。

 

 いつもの電車にいつも通りの時間に乗って、ホームに降りる。駅のトイレで軽く歯を磨いて、時計をチェック。うん、いい時間かな。

 

 ゆっくりと駅から学校までの道を歩き、時折かけられる挨拶に返事をする。今となっては私もこの学校の生徒会長だ。男女ともに媚びすぎない笑顔を浮かべる。

 

 校門をくぐり、また時計を確認。よし、ぴったりだ。

 

 駐輪場をそれとなく見ると、いつも通り彼はだるさを隠そうともせず、猫背で昇降口に向かっていた。

 

 スマホの鏡アプリを起動して、最終チェック。オッケー、問題なし。

 

 早足で、しかしそれとなく彼の横に並び、私はいつものように彼に挨拶をする。

 

「おはようございまーす」

 

「うっす」

 

「相変わらず朝から腐ってますね、先輩」

 

「人を見るなり雑な罵倒してんじゃねえよ。せめてどこが腐ってるかくらい明言しろ」

 

「いやぁ、目とか根性とか性格とか魂とかですけど」

 

「魂が腐る?それはソウルジェムのことか?ソウルジェムのことなのか?」

 

 魔法少女になった覚えはないんだが……。先輩はいつも通り、気持ち悪いことをブツブツとつぶやいている。しかし、今はそんなことはどうでもいいのだ。先輩との朝の時間は限られてる。学年が違うんだから、教室まで一緒に行くことはできない。

 

 今日は、この日は、一番目にこの人に祝われたい。

 

 だから先輩。あなたはもっと先に、もっと早く、私に言うべきことがあるはずです。

 

「にしても、お前もいつも早いな」

 

「ふふーん。これでも生徒会長様ですからね。色々と先輩には思いもよらないような業務がてんてこまいなのですよ。本当は先輩と話してる暇もないほどに!」

 

 先輩の登校時間が早いせいじゃないですか。

 

 なんて、言えたら楽なんだろうな。

 

 先輩は私の言い訳に、ニヤリと暗い笑みを浮かべる。その笑い方は正直キモイです先輩。

 

「自分に様をつけるやつってアニメでも漫画でも小物っぽいよな」

 

「うるさいです。たてつかないでください。奉仕部の部費減らしますよ」

 

「別に大した活動してないから俺に痛手はないな」

 

「雪ノ下先輩の淹れる紅茶とか飲めなくなるかもですよ?お菓子減っちゃいますよ?」

 

「それもそうだな。ところでお前はそれでいいのか?」

 

「……は!?奉仕部のお菓子減っちゃったら私の分がなくなるじゃないですか!絶対だめです!」

 

「細かいところに気が付く癖に、肝心なところで抜け過ぎなんだよなぁ……」

 

 ため息交じりに先輩はつぶやく。まただ、また先輩のペースに巻き込まれた。先輩と話してると時間がどこかに飛んでっちゃう。

 

 自分をボッチなんて言うこの人と話してる時が、一番落ち着くのはなぜだろう。

 

 でも違うのだ。今日は。今日欲しいのは落ち着く時間じゃなくて、言葉。たった一言がとにかく欲しい。誰よりも早く、言って欲しい。

 

 あの、だから、私に言うべきこと、ありますよね。先輩。

 

 祈りが通じたのか、先輩は思い出したように口を開く。

 

「おー、そういえば――」「――は、はい!」

 

 はっ。つい食い気味に返事をしてしまった。まだ夏には程遠いが、急速に体に熱を帯びるのを感じる。違う違う。こうじゃない。いつもの一色いろははこうじゃない。余裕があってあざとく、計算された可愛さ。それが私のはずだ。頭を振って上った熱をはらう。

 

「なんですか?」

 

「い、いや、その、なんだ……あー、由比ヶ浜が言ってたんだがな」

 

「は、はい……」

 

「あ、あれだ。た――」「――よーーーーーーっす、いろはすとヒキタニくん、おはよー!」

 

 戸部先輩。あなたはいつか、私が必ず殺します。それとも今すぐ死にたいですか?

 

 バカでかい声であいさつしてきたのは戸部先輩だった。後ろには葉山先輩もいて、なぜか苦笑いを浮かべている。

 

「やあ、いろはとヒキタニ君、おはよう。職員室にちょっと用事があってね」

 

「いろはとヒキタニ君も朝早いねー。俺たち朝から部活でへとへとっしょ……」

 

「あ、そうなんですかー。大変ですねー。ところで職員室に用があるんじゃないんですか?」

 

「あ、そうだった。大会のことで顧問と話があんだよね。じゃ、ヒキタニ君また後で!隼人君いこ」

 

「ああ。……いろは」

 

 すれ違いざま、葉山先輩は耳元で確かにこうつぶやいた気がする。

 

 邪魔してごめんね。

 

 

 

 

 

 

 放課後。結局あの後は何事もなく教室に向かい、先輩とも何事もなかった。えーえー、別に何か期待してたわけじゃないですよ。物を貢いでもらいたいわけでも、好意を向けてもらいたいわけでもないですよ。

 

 ただ一言、祝って欲しいと思うのが、そんなに贅沢なことですか。

 

 教室に入ったらどうでもいい男子たちが寄ってきて、ポンポンと祝いの言葉を投げてきた。最近は相手にもしてないしすり寄った覚えもないのだけれど、なんでこう纏わりついてくるのだろう。まあこれも私の以前の振る舞いが原因なのだから、偉そうに彼らを批判はできないけれど。

 

 生徒会長になったことで私を目の敵にしていた女子たちの何人かも、祝いの言葉を並べてくる。男子たちと違ってこっちはどうにも気持ちが悪い。嫌いなら嫌い、気に食わないならそう言えばいい。彼女たちの行動には意思も目的も見えない。ただ漠然と大きなものや権力、有名人にすり寄っているだけのように感じる。

 

 多分、こんなふうに考えてしまうのは、奉仕部の三人を知ってしまったからだと思う。誰よりもはっきりとものをいう人。誰よりも優しくて、皆のことを考える人。そして、誰よりも自分のことを大切にしない人。

 

 本物を、見ちゃったから。でも私は本物には成り得ないから。だからこうやって彼ら彼女らを上から見下し、比べている私自身に、誰よりも偽物である私に、一番腹が立つ。

 

 

 

 奉仕部室前まで来た。今日は生徒会業務はない。というか、昨日死ぬ気で今日の分も終わらせた。期待してるわけじゃなくて、多分、あの人なら、結衣先輩なら私を祝おうとするだろうから。雪ノ下先輩なら一見嫌々、しかし結局はノリノリで結衣先輩の話に同意するだろう。

 

 そして、先輩も。

 

 だからこそ私は、先輩に先に、誰よりも先に祝って欲しかった。今から祝ってくれるのは奉仕部の三人であって、先輩じゃない。奉仕部は三人で一つで、完結しているから。私はそこに厄介になってる不純物でしかない。

 

 奉仕部の三人は好き。なによりも憧れた。でも仕方ないよ。

 

 私は、先輩だって大好きなんだから。

 

「失礼しまーす」

 

「うす」

 

 ドアを開くと、そこにはいつもの席に腰掛け、文庫本を読む先輩がいた。いや、それは正確じゃない。

 

 そこには、先輩しかいなかった。

 

「なん、で……」

 

「いやなんでっていわれても、一応俺ここの部員なんだけど……」

 

「だ、だからそうじゃなくて!なんで先輩しかいないんですか?雪ノ下先輩と結衣先輩は!?」

 

「俺たちはセットかよ。……あー、それはだな、まあなんか二人とも用事あるらしいわ。少し遅れるって話だ」

 

 ま、とりあえず座れば。先輩は文庫本に目を落としたまま、指だけで着席を促す。いつものぞんざいな態度に、今日は少しだけいら立ちが募る。

 

 言ってくれないんですか、それとも忘れてるんですか。

 

 椅子を音を立てて引き、乱暴に腰掛ける。その音に一瞬驚いたように先輩は視線を向けるけど、合わせてはあげない。悪いのは先輩なんだから。

 

 奉仕部室に沈黙が降りる。いつもは他の二人もいて賑やかだから、無言の奉仕部室は珍しい。つい、いつもはあまり見ることがない教室内の備品などに目が行く。紅茶、お菓子、マグカップに……結衣先輩が持ち込んだのかな?クマのぬいぐるみと、その横に控えめに置かれたパンさんのぬいぐるみ。うん、これは雪ノ下先輩のだ。そして……

 

 最後に、黒板前の机の上に立てかけられたそれを見て、息が詰まった。

 

そこには写真立てがあった。それも私が撮ったもの。真ん中に先輩が座って、その両隣に雪ノ下先輩と結衣先輩が立っている。確かにこう見ると七五三みたいだな、とあの時の先輩の言葉を思い出して乾いた笑いが出てくる。いや。

 

 乾いた笑いしか、出てこなかった。

 

「先輩」

 

「なんだ」

 

 まだ先輩は文庫本に目を落としたままだ。しかしそれでいい。

 

 こんな顔、見せたくない。

 

「先輩、これって本物だと思いますか?」

 

 暗号じみたセリフだ。何も知らない人なら何言ってんだこの女は、としか思わないだろう。先輩すらそう思っているかもしれない。

 

 でも、先輩なら、意味は分かるはずだ。

 

「……なんだ、藪から棒に。前俺が言ったことでからかおうってんなら――」「――私は、本物だと思ってます」

 

 ガリガリと頭を掻く先輩を遮り、今度は私が先輩を見ないように立ち上がる。その先にあるのはさっきの、彼ら三人が写った写真。私はそれにそっと手を触れる。

 

「もう一度聞きます。……これは、本物だとは思いませんか?」

 

 先輩の声は続かない。私は何を言っているんだろう。朝から先輩に会って、でも先輩は私を祝ってはくれなくて。奉仕部に来たら珍しく先輩しかいなくて、こんな場所で、奉仕部室で不純物の私と先輩二人きりで。

 

 感傷的になっているのは自分でもわかる。

 

 でも、気になっちゃったから。

 

 先輩は今度こそ文庫本から目を上げ、私へと向き直る。いつもの猫背は少しだけ伸ばされて、淀んだ瞳は深く私を見据えていた。

 

 ひるみそうになる。でも、出した言葉は引っ込められない。

 

 その視線を正面から受け止めると、なぜか先輩は自嘲気味に笑った。

 

「さあな。そもそもそれの定義すら誰が決めるもんでもねえし、各々が勝手に判断すればいいんじゃねえの」

 

 かわされた。いつものように。でもそうじゃない。

 

「私は、先輩の言葉が聞きたいんです。結衣先輩でも雪ノ下先輩でもなく、先輩の言葉が」

 

「それは俺の主観でしかないし、俺の主観を正しく言葉にできる自信は俺にはない」

 

「正しさなんてくそくらえですよ」

 

 言い切る私に、先輩は虚をつかれたように目を丸くする。

 

「私は、その先輩のどうしようもない、どうでもいい、どうにもならない、くだらない主観を聞いてるんです」

 

 そう。正しそうな答えも、客観的な正論も聞きたくなんてないんだ、私は。

 

「私にはこれが、奉仕部の三人が本物に見えます。正直これに憧れるし、妬けます。妬ましさMaxです。羨んでます。だって」

 

 だって。これを言ってどうする。こんなこと唐突に言っても多分、この人を困らせるだけだ。大好きなこの人を、困らせるだけだ。

 

 いや。私は思い直す。祝ってくれないこの人を、いつもはっきりしないこの人を。ボッチとか嘯くこの人を。

 

 ちょっとは困ればいいんだ。先輩なんか。

 

「先輩たちは三人で一つだから。この空間は先輩たち三人で完結してて、そこに流れる時間はとても優しくて、居心地がよかった……部外者の私にとっても」

 

 そう。だから私はここに居着いたんだと思う。本物を見たくて、それに少しでも触れたくて。

 

「私には、それが本物に見えました。三人で完結して、三人で依り合って、だからこそあなたたちの絆は深い。ええそうです。私の主観です。急に何勝手なこと言ってんだこの痛い女は、とか思われてもいいです」

 

 だってこの人は、自分のことは話さないから。いつも周りのことを考えて、周りのために自分を犠牲にする。多分、この人はそれが、自分を大切にしないことこそ、自分が持ち得る自分の価値だと思っているのだと思う。

 

 自分を大切にしないことが他人を大切にすることで、自分を無価値だと思っているから自分を大切にしない。そしてそれに価値を見出す。

 

 そんなの、いつまでも黙って見ていられるもんか。

 

 だから私は言うのだ。一色いろはは繰り返す。それに憧れた人間がいる。それを妬んで人間がいる。

 

 比企谷八幡は無価値なんかじゃない。

 

「私はあなたたちが大好きで、羨ましくて、妬ましい」

 

 だから、私にはあなたたちが本物に見える。

 

 嫌われただろうか。うざがられただろうか。大切な日で、嬉しいはずの日だったのに、とんだ災難だ。

 

 いや、誕生日だからこそ浮かれていただけかもしれない。一年に一度のほんの少しの非日常に、浮足立っていたのかもしれない。

 

 ま、どっちでもいっか。言っちゃったんだし。

 

 引かれてるんだろうな……。恐る恐る押し黙ったままの先輩の様子を窺う。

 

 しかし、彼は。

 

「……やっぱすげえな、お前」

 

 目を細め、優しく笑っているような気がした。自然と体から力が抜けた。

 

「あくまで俺の主観だが」

 

 先輩は少しの間目を瞑り、重々しく口を開く。

 

「本物であるかどうか、やはり俺にはわからない。しかし今は、まあ、本物であってほしいとは思っている」

 

「……なんですか、その煮え切らない答え」

 

「だから、お前はすげえって言ったんだ。いつだってはっきり口に出せる。自分の思ってることと目標を見据えることができる。他人に思いをさらけ出せる。助けが必要なら他人に頼ることができる」

 

 今度は先輩はため息を吐き、頭を掻く。

 

「正直、俺もお前が羨ましい。と、思わなくもない」

 

「……ほめ殺しとか、手が古いんですよ先輩」

 

「ば、お前が似合わず自己否定じみたこと言ってるからだな、それは俺のキャラであってキャラ被りはアニメにおいて致命的な……」

 

「わかった。わかりましたから」

 

 この人は、私のことを見てくれる。私のことを助けてくれる。私の成長を願ってくれる。私に本音を投げかけてくれる。それが改めてよくわかった。

 

 だから、あの二人がいない、今だけは。

 

 私は先輩の手を柔らかく握る。先輩は少し体をこわばらせるが、拒絶はしない。華奢に見えて、やはり女子である私の手とは違う。ゴツゴツしてて、でも細く、強い。

 

 その温度を感じながら、今度は心から笑えた。

 

「ありがとうございます。先輩」

 

「おう」

 

 先輩は手を振り払うことなく、詰まった距離が照れくさいのか、こちらを見ようとしない。手を握り返しても来ないし、ほとんど触れているだけだ。全く、この甲斐性無し……。

 

 でもしょうがないんだ。そんなところも好きだから。

 

 そして、一息ついたその時だった。

 

 視界の端に、ピンクの何かが映った。

 

 ん?ピンク?

 

 それを持っていたのは。

 

「……あれ?先輩ポケットからなんかでてますよ?」

 

「あ……う……これはだな」

 

 あからさまに慌てふためき、先輩はちらりと見えたそれをポケットの奥に押し込む。しかしもう遅い。

 

「なんですか、それ。先輩がピンクのもの持ってるって、正直ないんですけど……」

 

「アホ、俺のもんじゃねえ」

 

「えー、じゃあなんですか。普通に気になります」

 

「いや、その、あの、えーっと……」

 

 珍しく歯切れが悪い。いつも悪びれもせずに悪事をこなす先輩が、なぜここまでバツが悪そうにしているのか。

 

 気になる。かくなるうえは。

 

「あ、結衣先輩と雪ノ下先輩おかえりなさい」

 

「えっ」

 

「隙ありっ」

 

 ドアに向かって呼びかけるふりをすると、案の定引っかかった。私は先輩のポケットの中身を強奪する。

 

 ピンクのそれは、包み紙だった。

 

 彼に似合わない可愛らしいラッピングの袋に入ったそれは、察するに、多分。

 

「先輩、これって……」

 

「だから、まあ、なんだ」

 

 先輩は逆に私の手にあるそれをひったくり、咳ばらいを一つ。

 

「誕生日おめでとさん、一色」

 

「……おっせえんですよ、先輩のバカ」

 

 本物かどうかなんて、私には簡単なことだ。

 

 だって、その一言だけで、こんなにも胸がポカポカする。

 

 あれ、でも、ということは。

 

「っていうか、今プレゼントあるってことは、朝会ったときも誕生日だってわかってましたよね?」

 

「……そうだが」

 

「じゃあ!」

 

 つい語気が強くなる。だって、私はそれを、それだけを望んでたんだから。

 

「なんで朝言ってくれなかったんですか?……一番に言って欲しかったのに」

 

「いやだって、どうせお前誕生日ならプレゼントせびりに来るだろうし、その時でいいかなって……一番?」

 

「……い、いや、今のなし!なしで!」

 

「お、おう」

 

 ふー、あぶないあぶない。まだ私の気持ちをばらすには早い。

 

 告白するのは、やっぱり男の子からにして欲しいもんね。女の子としては。

 

 私はそのプレゼントをいじくり、先輩に問う。

 

「これ、開けてもいいですか?」

 

「やった時点でお前のもんだ。好きにしろ」

 

「また憎まれ口を……そんなこと言って箸にも棒にもかからないものだったら承知しません、か、ら……」

 

 言葉を失った。

 

 それはシュシュだった。白とパステルピンクの糸で構成され、ところどころにグリーンの葉っぱの飾り、ホワイトの小花、そして中央には無数の白いパールが散りばめられてある。

 

 そう、それは。

 

「……桜」

 

「まあ、一応お前の名前と季節にちなんで、だが。消え物のほうがいいだろうとは思ったが、まあ気味悪かったら無理に身に着けなくても……」

 

「いえ」

 

 声は震えてはいなかっただろうか。

 

「絶対、毎日つけます」

 

「……そ、そうか」

 

 だってこれは、証のようなものだと思ってたから。

 

 雪ノ下先輩のピンクのシュシュ。結衣先輩の水色のシュシュ。

 

 奉仕部は三人で一つで、彼女たちは二人で一つ。二人とも自分の趣味じゃない色を、お互いに着けてる。多分、それが意味するのは。

 

 私がもらったのは桜のシュシュ。これにどんな意味があるかはわからないし、意味があるのかさえ分からないけれど。

 

 でも、少しは自信を持ってもいいのかもしれない。

 

 だって私にもくれたんだ、先輩は。

 

 この部室の四人目にはなれなくても、先輩の一人目にはなれるのかもしれない。

 

 なっても、いいのかもしれない。

 

 そして部室にいつもの絶叫が響く。

 

「あっ、ヒッキー、もうあげちゃったの!?」

 

 結衣先輩が咎めるように口をとがらせていた。横では雪ノ下先輩が呆れたような目を先輩に送っている。

 

 そして彼女らの手にはビニール袋とケーキの箱が……

 

 え、ケーキ?

 

 結衣先輩に詰め寄られた先輩は、バツが悪そうに視線を逸らす。

 

「あー、すまん、ちょっとアクシデントがあってな」

 

「むー、みんなでお祝いするつもりだったのに……」

 

「まあ今回は仕方ないのではないかしら。プレゼントを買いに行くのに比企谷君に留守を頼んだのは私たちなのだし」

 

「う、まあそうだけどさー、でもせっかくいろはちゃんにスプライトしたかったのになぁ」

 

「由比ヶ浜、サプライズなサプライズ。いきなり炭酸さわやかにしゅわしゅわしてどうする」

 

「あ、そうか。今日買ってきたのもコーラだし」

 

「由比ヶ浜さん、そういう問題ではなくてね……」

 

 いつものように結衣先輩の斜め上の回答に、雪ノ下先輩はこめかみをおさえる。しかし今の会話には何か違和感がある。なんだろう。

 

 察するに三人は私の誕生日会をしてくれるらしい。それは分かった。ケーキとジュースを持ってるし、そうなのだろう。ありがたいことだ。

 そしてこの二人はプレゼントを買うために、奉仕部の留守を先輩に任せた。……逆に言えば二人はプレゼントを今日まで用意していなかった?

 

 そして、先輩は留守を任され、私にプレゼントをすでに渡している。

 

 つまり。

 

「せーんぱい♡」

 

「……なんだ、その気色の悪いにやけ面は」

 

「先輩『だけ』が私の誕生日を覚えてて、先輩『だけ』が私の誕生日プレゼントを用意してたんですねぇ」

 

 そうなのだ。そうでしかありえない。プレゼントを買ってない二人がプレゼントを買いに行き、先輩は留守を任された。ならそうでしかありえない。

 

 つまり、先輩は結衣先輩や雪ノ下先輩に言われたからじゃなく、自発的に私にプレゼントを用意していた。

 

 ふふふ。つい笑みがこぼれてしまう。

 

「ぐ……だってお前あざとくアピールしてたし……」

 

「いやー、しかもこのシュシュ、ラッピングに何のブランド名も店の名前もないですし、飾りも細かいですし、多分ハンドメイドですよね?わざわざ何日も前からネットで注文してたんですかねぇ」

 

 手に付けたシュシュを眺めながら、まだニヤニヤが止まらない。そんな先輩、想像したことなかった。これは、あれだ。先輩の好きなアニメで言えば。

 

 私は今日初めて、いつものあざとい私を、一色いろはを取り戻せた気がした。

 

「先輩も、お可愛い所あるんですねぇ」

 

「うるせ……ていうかなんでお前がそのセリフを」

 

「ヒッキー?」

 

「比企谷君?」

 

「……とりあえずすいませんでした」

 

 結衣先輩と雪ノ下先輩は、怖い笑顔を浮かべたまま何も言わない。非のないはずの先輩は即座に二人に頭を下げる。こんなあからさまに咎めるなんて、今年に入ってちょっと三人の関係が変わっているのかもしれない。私の知らない三人の関係が築かれているのかもしれない。

 

 でも、負ける気はしない。

 

「結衣先輩、雪ノ下先輩、お揃いですね!」

 

 雪ノ下先輩と結衣先輩は複雑そうに私の手のシュシュを見つめる。しかしお互いに顔を見合わせ、困ったように笑う。まるで小さい子の悪戯にしてやられたような、そんな顔。

 

「それ可愛いね、いろはちゃん!」

 

「似合ってるわよ、とても」

 

 前言撤回。一人目だけじゃない。

 

 奉仕部の四人目にだって、先輩の一人目にだって、なれるかもしれない。

 

 褒めてくれた二人のプレゼントを覗き、ケーキを食べてその教室で笑う。それだけのことがどうしようもなく、何よりも楽しい。だって。

 

 この部室も先輩も、私は大好きだから。

 

 終

 

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