俺ガイル生誕祭ss置き場   作:あおだるま

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戸塚彩加
誕生日の戸塚彩加は、その日女の子になった。(戸塚彩加生誕祭2019)


 

 僕は自分の見た目が嫌いだ。

 

 細い足が嫌いだ。薄い胸板が嫌いだ。折れそうな腕が嫌いだ。白すぎる肌が嫌いだ。

 

 何より、男らしくない顔が嫌いだ。

 

 僕と初めて会う人はほぼ確実に僕を女の子と間違える。別にそれに文句があるわけじゃない。僕だって僕みたいな人がいたら、絶対女の子だと思っちゃうから。それは仕方ないことだ。

 

 でも、ふと寂しくなることがある。

 

 男の子たちと遊ぶことは昔から普通にあった。でも、どこか腫れ物に触るように扱われていたのを感じていた。男の子同士のバカな遊びや無茶な遊びには、それとなく自分は外されていた。修学旅行で風呂に入っても、みんな僕とは目を合わせない。

 

 女の子たちから昔から慕われていた。その理由は――こういう言い方はとても失礼だと思うけど――僕の見た目だと思う。可愛がられた、とでも言えばいいだろうか。動物を愛でるように。マスコットキャラではしゃぐように。でも、僕は男だ。彼女たちには混ざり切れない。身体能力も、興味も、食べたいものも、彼女たちとは隔絶している。

 

 男の子にも女の子にも愛され、そして本質的に誰よりも孤独。それが18年生きてきた、『可愛い』戸塚彩加の真実だ。

 

 そんなことを今更考えてしまったことには、理由がある。

 

「なあ、あの子可愛くね?うちの大学にあんなのいたっけ?」

 

「お前声かけて来いよ」

 

「やだよ、あんなの絶対彼氏持ちだろ」

 

「ヘタレが、なら俺が……」

 

 周りから明らかに僕に向けた声が聞こえる。だから嫌だったんだ。サークル棟のドアを見ると、ガラス部分が反射して僕の姿を映している。

 

 そこには、女の子の僕がいた。

 

 違う違う違う。これは全然僕の意思とかそういうことじゃない。ましてや趣味なんかじゃあるはずない。違うから、無理やりやられただけだから。

 

 

 事の発端は、午前中にテニスサークルでの練習が終わり、サークル棟でお昼を食べていた時だった。

 

 

「……ていうかさいちゃん、君ほんとおかしくない?」

 

 同じテニスサークルの女子が、お昼のスタミナ丼を食べていた僕に話しかけてきた。彼女は新歓で酔った男子に僕が女子と間違われて絡まれていたところを、平手打ちで助けてくれたことがある、なかなか男勝りの女の子だ。少しおせっかい焼きが過ぎるのが残念だけど。

 

 いきなり変人呼ばわりはさすがに酷いと思う。僕が軽く抗議すると、女子が激しく首を横に振る。

 

「いやいやいや、あんだけ汗かいたのに他の男子どもと違って全然臭くないし、ていうかなんかオレンジみたいな香りするし」

 

「あ、それ私も思ってた。さいちゃんいつもいい匂いするよね。肌なんかスベスベだし、髪もサラサラ。しかもこの白髪地毛なんでしょ?」

 

 僕の髪に別の女子が触ったことをきっかけに、僕の周りに人だかりができる。主に女子の。男の子なら嬉しい場面なのかもしれないけど、全然嬉しくない。なんか髪勝手に結われてるし、動物のように頭を撫でられている。こんなの断じて男子に対する態度じゃない。こういうことにも流石に慣れてるから、本気で怒りはしないけど。

 

「あ、ていうかさいちゃん、今日誕生日だよね?」

 

 え、何で知ってるんだろう。件の僕を助けてくれた女子の言葉を、少し不思議に思う。

 

「普通にメアドに『509』って入ってたし」

 

 なるほど、灯台下暗しだ。ちなみに彼女には新歓の件で危なっかしいと言われ、メアドを交換させられた。今時メールとは古風な人だ。

 

「え、そうなの??じゃあお祝いしなきゃ!さいちゃん午後予定大丈夫だよね?」

 

 別の女子がパン、と手を叩き、さも当然のように僕に予定を聞く。いや、今日はちょっと。

 

「ふーん、なに?誕生日に予定あるんだ。さいちゃんもそう見えてしっかり男だねぇ」

 

 僕が渋ると、件の女子がニヤニヤと僕を見てくる。違う、そういうのじゃないから。一人の男の子との約束だから。

 

「男の子ぉ?ますます怪しいじゃん。さいちゃん私たち女子とは結構遊ぶけど、新歓のことから男子とはちょっと距離あるでしょ?」

 

 そしてこの人は、結構言われたくないことをズバズバという。

 

「あはは、別に私たちはさいちゃんで遊べるしいいんだけどさ、さいちゃんが男の子と二人でいる所あんま見たことないから、余計ね」

 

「あー、そういえばそうだね。こんなかわいいさいちゃんが、誕生日の予定を空けてまで二人で会う男子……それってもしかして」

 

 ち、違うから!八幡はそういうんじゃないから!

 

「おおっと、八幡、君?聞いたことない名前だけど、もうこの時期に既に呼び捨てですかぁ。なるほどなるほど」

 

 ぐ腐腐……。どこからか高校の時によく聞いた笑い声が聞こえた気がする。キマシタワーという声が聞こえた気がした。なにも来てない。何一つ来てないから。

 

「それじゃ、そんなテニス用ジャージで行くのは失礼だよねぇ」

 

「そうだねぇ。男の娘ならちゃんとおめかししていかないと」

 

「あ、私着替えの予備置いてあるからそれ使っていいよ」

 

 ちょっと?今余計なこと言ったの誰?

 

「じゃ、さいちゃん、いこっか」

 

 件の女子はとてもいい笑顔で僕の肩を掴む。強い。力が強い。しかも気づけば僕は女子一堂に囲まれ、ぐ腐腐……ぐ腐腐……という笑い声に取り囲まれていた。あ、やばい。

 

 食堂には、僕の叫び声とスタミナ丼だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 そして、現在。僕はもう一度自分の姿をガラス越しに見つめる。

 

 春らしいベージュで、レディースらしいかなりロング丈のステンカラーコート。インナーにはグレーのパーカー。ボトムスには色落ちした細身のジーパン。靴は女物の黒いパンプス。なぜか持たされた白いハンドバッグ。髪は纏められ、顔には軽く化粧。あの、自分で言うのもなんだけど、

 

 だめだ、これ女の子だ。

 

 着替えようにも、さっき来てたジャージは問答無用で備え付けの洗濯機で回されてしまっている。うぅ……ひどいよぅ……女の子って、やっぱり怖い。

 

 でも。僕はかぶりを振る。流石にこれはない。駄目だ。こんな僕が横に居たら八幡に迷惑かけちゃう。男子に頼めば誰か普通の服くらい持ってるだろうから、貸してもらおう。約束の時間に間に合わなくなっちゃうからそのまま来たけど、八幡にはちょっと待ってもらおう。

 

 そう思い、踵を返した時。後ろから声がした。

 

「君、今ヒマ?」

 

 さっき僕を見て話していた男子の一人だった。僕は少し慌てる。大学に入って声をかけられることは無くはなかったけど、やっぱり慣れるものじゃない。

 

「見たことない顔だけど新入生?よかったらうちのサークル寄ってかない?」

 

 いや、僕待ち合わせしてますから……・

 

「なに、僕っ娘?」

 

「うわ、ほんとにいるんだ。でも可愛いからいーじゃん。可愛いは正義だから」

 

 駄目だ、話が通じない。

 

 いこいこ。彼らはそう言って僕の背中を押してサークル棟の中に入っていこうとする。話を聞いてくれる気はないみたいだ。強引なのはそうだけど、そもそも僕男の子なんだけど……

 

 でも約束があるのは事実だ。僕が改めて彼らの誘いを断り勘違いを正そうとすると――

 

「あの」

 

 僕の声は後ろから遮られて声にならなかった。呼び止められて彼らは振り向く。

 

「そいつ俺の連れなんで、離してもらってもいいっすかね。……あの、後で飯奢るなり代返するなりするんで。即物的なのがいいなら土下座も靴舐めも余裕なんですけど」

 

 濁った瞳の彼がいた。

 

「八幡!」

 

「おう、戸塚」

 

 僕はとっさに八幡の後ろに隠れる。僕を誘った男二人は八幡の発言に若干引いているのか、八幡に苦笑いを向けている。

 

「いや、ごめんね。別に取って食おうってわけじゃないんだ。ただあんまり可愛くて、しかも見たことない子だったからさ」

 

「そうそう。しかも僕っ娘だし僕っ娘だし僕っ娘だし」

 

 いや、だからさっきから二人目の人怖いよ!?男だから。男だから『僕』は正しいから。二人組はまだ引く気がないのか、その場から動かない。

 

「いや、確かにこいつが天使も顔負けなほど可愛いうえに性格まで天使で、俺が常にその笑顔に癒されててそれこそ高校の時から求婚していて、しかも僕っ娘なのはただの事実です」

 

 いや意気投合しちゃったよ!しかも二人ともそこまで言ってないし!ほら、また引いちゃってるよ二人とも。八幡の早口に。

 

 八幡は二人を手招き、耳打ちしようとする。二人は怪訝そうな顔をしながらも八幡に耳を寄せる。八幡のつぶやきは後ろにいる僕にも聞こえてしまう。

 

「だが、男だ」

 

「う、嘘だろ……」「余計いいじゃん」

 

 ちょっと待って、だから二人目おかしい。

 

 

 

 

 

「いきなりごめんね、八幡」

 

「別に。あいつらも本気でお前をどうこうしようとしてたわけじゃねえだろ。人の目が多いこんなとこでナンパするくらいだ。それに……女の方がやっぱり怖かった」

 

「……ほんとごめんね」

 

 あのあと、騒ぎを聞いたテニスサークルの女子たちが駆け付け、男二人をサークル棟の奥に連れて行ってしまった。なんのお話をするのだろうか。ぐ腐腐と笑う女の子たちに何をされるのだろうか。やっぱり女の子って怖い。

 件の女子は僕の横の八幡を見て何かを期待する目を送ったかと思うとウインクをしてきた。だ、だからそういうのじゃないから!

 

「ま、とりあえず飯でも食うか」

 

「あ、うん。いいよ。どこにする?」

 

 一応スタミナ丼を頼んではいたが、結局女子たちに連れていかれて半分以上食べられなかった。テニスをしたし今までの騒ぎでちょっとお腹もすいた。

 

「サイゼか、もしくはなりたけだな」

 

「八幡、高校生の時から何も進歩してないよ……」

 

「な、なにを、この二つから卒業するのが進歩だというなら俺は進歩なんぞしなくていい。一生ラーメンとミラノ風ドリアだけでいい」

 

「……まあ、別に僕も嫌いなわけじゃないけど」

 

「よし、今日は戸塚の誕生日だから好きなもの食っていいぞ。サイゼかなりたけか、さあどっちだ?」

 

「誕生日の僕の選択権、あまりに狭すぎないかな」

 

 二択が千葉過ぎる。

 

 

 

 

 

「ふー、美味しかったねぇ」

 

「ミラノ風ドリアの味は365日変わることは無い」

 

 流石に半分ほどはスタミナ丼を食べた後だ。僕はサイゼを選んだ。

 

「なんで八幡が誇らし気なのかよくわからないけど。次、どこ行く?」

 

「おー、そうだな……あ、ゲーセン寄っていいか?」

 

「別にいいけど、本当に高校生の時と変わんないね八幡」

 

「ばっかお前高校三年生なんてほぼ高校生じゃねえだろ。学校と予備校と家の三角形を移動するだけの毎日だぞ。俺は一年間高校生をやってねえんだ。よって高校生から進歩していないわけじゃない。Q.E.D.」

 

「屁理屈すぎるよ八幡」

 

 彼は同じ大学に進んでも、高校生の時から本当に変わらない。

 

「でも僕音ゲーとかほとんどやったこともないよ?」

 

「ん、じゃあどうする?メダルゲーかなんかやっとくか?」

 

「……ううん、いいや。八幡の後ろで見てる。やりたいゲームあるわけじゃないし」

 

「そうか?悪いな、後でなんか埋め合わせするわ」

 

「別にいいよ」

 

 

 

 

 

「す、すごいね八幡」

 

「そうか?俺よりうまい連中なんていくらでもいる。材木座とか比べ物にならんぞ」

 

 ゲーセンに着き、八幡のやる音ゲーを少し見学する。ちょっと僕にはあれより上というのが想像できない。円形のタッチパネル?ボタン?を高速で押していく八幡の姿すら、何がどうなっているのかわからなかった。

 

「で、どうする?なんかやりたいもんあるか?」

 

「別に、特にはないけど……僕ってほら、どちらかと言えば体動かす方が好きだし。ゲームってあんまりやったことないんだよね。ゲーセンも来ないし」

 

「そうか。でも戸塚の誕生日だし、俺だけ楽しんでなんもやらんってのはな。ほんと、何でもやりたいのあれば付き合うぞ」

 

 あ、一応まだ僕の誕生日だったことは覚えてたんだ。まあ誕生日だからって変に凄い気合い入れられるよりはいいけど。八幡なら僕のためとかいって何をしてもおかしくない。

 

 その時、僕の目に一つの機械が止まった。

 

「あ、八幡。あれは?」

 

「……ダンス、か」

 

 そう。僕が指したのはダンスのゲーム機。なんかさっき女の人が彼氏さんらしき人とやってるのを見て、楽しそうだなと思った。女の人も慣れてるわけじゃなさそうだったけど楽しそうだったし、僕でもやれそう。……正直八幡がやってた音ゲーみたいなのはハードルが高い。かといってクレーンゲームなんかは流石にやったことあるし、僕はあまり好きじゃないから。そこまでしてあれで欲しいものもないし。

 

「いいだろう、やろう」

 

「じゃ、お金入れるね」

 

「いや、ここは俺が出す」

 

 別にいいのに。誕生日だからと譲らない八幡に、仕方なく僕が折れる。

 

 

 

 

 

 そして、30分後。

 

 僕と八幡は、今だにダンスゲームのパネルを踏み続けていた。女物の靴が邪魔すぎる僕は、もうそれを脱いでいた。汚れた靴下で借り物の靴を履くのは流石に申し訳ないので、靴下も脱いだ。その瞬間ギャラリーから「おおっ!?」という歓声が上がった気がする。でも大丈夫。大丈夫ったら大丈夫。僕は男の子だから。

 

「や、やるね、八幡。全然運動なんかしてなさそうなのに、無理しないほうがいいんじゃない?」

 

「ぜえ、ぜえ、今日は、お前が満足するまで、付き合うと決めてる。お前が、ぜえ、終わるまで、ぜえ、やめる気はない」

 

 君がっ、謝るまでっ、殴るのをっ、止めない!八幡はついでのように、意味不明なことを息を切らしながら、それでも笑って言う。

 

 八幡は、変なところで意地っ張りだ。誕生日の僕にサイゼとなりたけの二択を迫ってきたくせに、急に誕生日だからと、こんな無茶なことを言ってきたりする。

 

 チラリと横を見る。八幡の顔はこれ以上ないほど歪んで、汗だくで、脚なんかもうガクガクだ。運動不足が受験と大学生活で不健康が極まった八幡は、周りには綺麗には見えないだろう。正直僕が見ても、ぐちゃぐちゃの顔はお世辞にも格好いいとは言えない。

 

 でもそんな彼を見て、僕はやっぱり思うのだ。

 

 八幡は、やっぱり格好いい。

 

 

 

 

 

「さ、流石に疲れたな」

 

「いや、明らかに運動不足だよ、八幡。もうちょっと体動かさないと体に毒だよ」

 

 僕は河原に横たわる八幡に、彼の好きなマックスコーヒーを差し出す。ダンスの後もレース、シューティング、メダルゲームを楽しみ、結局クレーンゲームもやった。どれもとても楽しかった。僕の横にいる八幡は、なぜか男の子たちから睨まれてたけど。

 

「ゲームより楽しいなら喜んで運動するんだけどな」

 

「そういうのはちょっとは運動してから言おうよ……ゴールデンウィークもゲーム漬けだったんでしょ?」

 

「う、いや、まあそうだけど」

 

 八幡は急に言葉を濁す。この様子だとゴールデンウィークは本当に、ゲームしかしていなかったんだろう。呆れるとともに、八幡らしいと少し安心する。

 

 お昼に待ち合わせたときも、ご飯の時も、さっきのゲームセンターでもそうだ。八幡は高校生の時から、少しも変わらない。

 

 彼は僕とは違う。曲がらないし、いつも格好いい。

 

 そんな男の子っぽい彼が、男の子らしく格好つけて生きる彼が、少し妬ましい。

 

『可愛く』ある戸塚彩加は、彼が妬ましい。

 

「八幡は、格好いいよね」

 

 気づけば、いつか言ったようなセリフが口をついて出た。昔はもう少し純粋な気持ちで言えていたと思う。しかし今、僕の言葉から出た言葉は、そうではない。

 

 八幡は呆けたように僕の言葉を咀嚼し、苦笑交じりに言う。

 

「いや、俺ほど格好が悪い人間そうはいねえだろ。格好つけようとしてもつかないって相当やばいぞ。本当のイケメンは格好つけようとしなくても格好いいからな。こないだも――」「そういうことじゃなくて」

 

 大きな声が出た。朝から僕は少しおかしい。女装のせいでセンチメンタルになっているのは、本当だろう。

 

 大切な日。僕の誕生日。それを祝ってくれる格好いい男の子に、僕は僕自身に対する疑問をぶつけずにはいられなかった。

 

「僕、自分のこういう見た目、あんまり好きじゃないから。格好いい八幡がちょっと羨ましいよ」

 

 あはは。つい乾いた笑いが漏れる。

 

 八幡は格好いい。本人は格好つけてるだけだ、なんていうけど、僕から見ればそれだってもう格好いい。格好つけてるって自分を自分で見つめることは、僕にはできないから。僕の僕に対する評価は、いつだって他者の評価だから。

 

 『可愛い戸塚彩加』は、そうやってつくられたから。

 

「そうか」

 

 八幡は僕の唐突な言葉に、驚くわけでもなく応える。

 

「ちなみに、俺は戸塚が大好きだぞ」

 

「は?」

 

 彼は僕の話を本当に聞いていたのだろうか。思わず訝し気な視線を送る僕に、彼はさらに大真面目に続ける。

 

「戸塚は可愛い。それは事実だ。その辺の女子よりはるかに可愛い。言うまでもないことだ。会った時も言ったが、可愛いし優しいし天使だし結婚したい。すべて俺が思っていることだ。嘘はない」

 

「ちょ、ちょっと八幡……」

 

 流石にそこまで言われると恥ずかしい。というか、八幡は本当に僕の性別を理解しているのだろうか。彼の言葉は、その真剣そのものの表情は、とても嘘に見えないのだ。本気で僕を可愛いと思い、本気で僕と、その……け、け、けっこ、ん……したいと思っているように聞こえる。別に僕はいいけど……って、そういうことじゃなくて!そ、そんなことありえないけどね!!

 

 思わず黙り込む僕に、八幡はため息交じりに続ける。

 

「戸塚自身がそんな『可愛い』自分をどう思うか、俺にはわからん。自分で自分の外見が嫌いだというなら、そうなんだろう。俺にはわかりようもないが、そんだけ男離れしてれば、その苦労は俺程度には計り知れないものだろう」

 

 彼は分かっている。僕の苦悩も、その悩みも。それを僕は分かる気がした。彼なら『わかった気になってるだけだ』とでもいうのだろう。

 

 でも、それでも。彼は僕をわかっているのだ。

 

「確かに俺が最初戸塚の外見に驚いたのは事実だし、今でも可愛いと思う。それは本当のことだ。マジ戸塚可愛い。男じゃなかったら今すぐ告ってフラれてる。むしろ男でも今すぐ告ってフラれたい」

 

 あれ?なんか今不穏な言葉が聞こえてきた気がするんだけど。

 

 至って真面目な顔でそんなことを言う八幡は、しかし笑ってこんなことを言う。

 

「でも、それだけじゃねえだろ」

 

 そんなことない。

 

 出てきたのは、否定だった。可愛いだけ。それが僕に与えられた、僕の存在価値だった。誰もがそう言って、僕をその枠に押し込もうとした。僕は可愛いだけの存在であるべきなのだ。

 

 彼はそれを違うと言う。

 

「お前は、戸塚彩加は、一人でいる俺にいつでも話しかけてくれた。俺が悩んでいたらそれとなくその悩みを聞こうとしてくれた。頼み事をすれば嫌な顔一つせず引き受けてくれた」

 

 思わず視線が下を向く。それは、なんとなく八幡を放っておけなかったからだ。別に僕は皆を特別扱いできるわけじゃない。皆が思ってるほど、僕は天使でもなければ、いい人でもない。

 

「別に、それでいいだろ」

 

 でも、彼は言う。

 

「誰にでも優しい人間なんて存在しねえよ。俺がここまで言うのは、お前だからだ。戸塚彩加って人間を少しばかり知った気になって、知りたいと思った。その俺だからこんなことを言える。お前以外の人間なんて、俺は小町以外大体どうでもいい」

 

 なんでもないように、八幡は笑う。

 

 でも、いいのだろうか。皆が求めていたのは優しい僕だ。天使と称される僕だ。性差など感じさせない僕だ。

 

「戸塚は天使だ。それはまがうことない。戸塚は優しくて、綺麗で、優しい。俺は知っている。それに救われたことだって一度や二度じゃない」

 

 つい、顔が下をむく。僕は僕がそこまで言われていいほど立派な人間じゃないと、知っているから。

 

 僕はそんなに立派な人間じゃない。立派で、皆のためにあろうとしただけの、ただの凡人だ。

 

「でも、そんなわけねえんだ。それだけなわけがねえ」

 

 でも、それは彼に、比企谷八幡に否定される

 

「お前は意外と負けず嫌いだ。さっきのゲーセンだって、単純に負けたくないから俺より長く踊ってみせようとしただけだ。自分をいじってくる女子が苦手だ。自覚してないかもしれないが、女子への態度は結構ぞんざいだぞ、お前。自分の見た目にコンプレックスがある。まあ、その見た目ならそれは仕方ねえか。それに……今みたいに結構面倒くせえことを、うだうだと考えてる」

 

 な。八幡は同意を求めるように発し、頬を赤らめ、そっぽを向く

 

「可愛いだけじゃねえ。充分めんどくせえ男だよ、お前は」

 

 僕の友達は、そうやって普通に、友達にするように、僕に笑った。

 

 そして僕は思い出す。

 

 

 八幡は、僕の憧れだった。

 

 

 誰に何を言われても自分を変えなくて、孤独な自分を恥ずかしがってない。人のために動くことを厭わない。そしてそれを何でもないことだと思ってる。八幡は平気な顔で無茶なことをして、それを周りに悟らせないようにしている。

 

 そんな彼を、僕は格好いいと思った。

 

 それに比べて僕はどうだろう。彼に会うまで、僕はこの外見にいつも振り回されて、自分の意思なんて持ってなかった。女の子の前でも男の子の前でも、『戸塚彩加』として可愛く生きてきた。この見た目の僕に求められてるのは、可愛く、控えめで、優しく、真面目。そんなふわふわした幻想だけを周りから求められていたから。

 

 ううん。違う。求められてると、自分で決めつけたから。

 

 でも彼は違う。八幡は可愛いとか結婚してくれとか、口では言う。でも僕は八幡のその言葉が、嫌だったりはしなかった。八幡は一度でも『可愛くない』僕を笑わなかったし、ただの友人として僕を頼ってくれた。

 

 彼はいつでも、僕を一人の男の子としてみてくれた。絶対僕に『可愛くあること』を押し付けなかった。

 

 

 今日だってこんな格好をしてる僕に、彼は何も言わなかった。

 

 

「八幡、今日の僕の格好、どう思う?」

 

 だからこそ、思わず聞いてしまう。なにも思ってないのか、何も感じないのか。

 

「めっちゃ可愛い。今すぐ抱き着きたい付き合いたい結婚してほしい」

 

 試しに聞いてみた問いには、ひどい答えが返ってきた。

 

「でも、戸塚。お前はそれ以前に、俺のめっちゃ少ない友人だ」

 

 あきれるまでもない。彼はこと友人関係に関しては、嘘をつかない。数少ない彼の友人である僕には、それがわかる。

 

「めっちゃって、そんなわざわざ強調しなくても……それにいくら八幡だって、僕の知らないこと、あるよ?」

 

「え、まじか。なんだそれは。まじでなんだ」

 

 ふふ。ばーか。八幡の困惑振りを見て、僕は一生、その想いを教えてやらないことに決める。

 

 初めて、八幡に勝ったような気がしたのだ。

 

 ふっふっふ。

 

「知ってた?八幡。僕意外とお酒も強いんだよ?」

 

「な、何!?ちょろくお持ち帰りされるところまで戸塚たんだったのに……で、でも俺も弱い方じゃない!今度飲み比べでもするか」

 

「ふふ。まだ未成年だよ、僕達は。お酒は新歓の時に飲まされただけ」

 

 しかし、これが藪蛇となる。八幡の目が一瞬にして淀み、光が失われる。

 

「は?誰だお前に酒飲ませた挙句ホテルにお持ち帰りしてあんなことやこんなことをしようとしたバカ野郎は。さっきの奴らか?それなら俺が今すぐに戻って生まれてきたことを後悔させて――」

 

「ちょ、ストップストップ!僕に飲ませた人たちは僕より先に潰れちゃったし、それに僕男の子だから!」

 

 新歓の話だ。断り切れずお酒を飲んだ僕より先に、皆がドロップアウトした。女子たちはそんな男子たちを見て文句を言いながら後片付けをしていたが。やっぱり女子は強いのだ。

 

「……あのな、戸塚。この世には男でも構わん奴、男じゃなきゃダメな奴、戸塚なら男でも関係ない奴の三種類の男が居るんだ。ちなみに俺は当然三番目だ」

 

「いや、この世の男の人みんなそんなんじゃないよ!?僕普通に女の子が好きだし!」

 

 何その地獄の三択。僕は思わず自らの体を抱く。でも。

 

 つい笑みが漏れる。彼となら、そんなのも悪くないかもしれない。

 

「今度八幡の家でどっちが先に潰れるか勝負するのもいいかもね」

 

「いや、だから未成年なんだけど俺ら」

 

 八幡は意外とヘタレで、常識人だ。僕はそんな彼を今は知っている。

 

 だから、今なら言えるのだ。

 

「男同士の秘密だよ?」

 

 人差し指を立て、僕は笑う。八幡はその瞬間、なぜか顔を真っ赤にした。そんな彼を見て、僕は思う。

 

 

 彼も意外と、格好良くはないのかもしれない。

 

 

 




戸塚あああああああああああああああああああああああああああ

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