いろはのプロポーズ大作戦、ですっ!   作:しゃけ式

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わたしのボタンですよ、それ! 1

 結婚式の披露宴会場。今は新郎新婦の二人の写真が一枚、また一枚とスクリーンに映されているため、会場内は全体的に薄暗い。わたしは沢山ある円卓の一つの前で、それをぼーっと眺めていた。

 

「やあ、いろは」

「葉山先輩」

 

 黒のタキシードをスマートに着こなす好青年。この人と会うのは何年ぶりかな。大学生の頃に何回か出会ったっきりだから、多分二、三年ぶりくらい?

 

「結衣のウェディングドレス姿、綺麗だね」

 

 ちら、と葉山先輩は壇上に目をやる。そこにはとても幸せそうな結衣先輩が新郎とスクリーンに映る写真を見て楽しげに談笑していた。

 

「ですね」

「……やっぱりいろは、ちょっと暗い?」

 

 わたしの顔色を覗いては、少し不躾なことを言ってくる。軽くため息をついた。

 

 

 

 そんなの決まってるじゃん。なんせ新郎は──

 

 

 

「新郎の比企谷、あいつもあんな風に笑うんだな」

 

 

 

「……ですね」

 

 先輩は大学三年生の夏に結衣先輩と付き合い出した。周りのみんなはやっとかと一様に口を揃えていたっけ。当然みんなから祝福され、そのまま仲を育んで三年後の今日、無事ゴールインしたというわけだ。

 

「いろはにはそういう浮いた話はないの?」

「何ですか、わたしのこと狙ってるんですか?」

「あはは、そうじゃないさ。ただ吹っ切れてるのかなって」

 

 ……余計なお世話です。どうせわたしは負けヒロインの一人で未だに先輩を思い続けていますよーだ。絶対に口にはしないけどね。

 

「まあ、ぼちぼちってところです! ほらぁ、この歳になるとやっぱり将来性? そういうのも気になるー、みたいな?」

 

 だからわたしは無理やり明るく振る舞う。

 葉山先輩はこういう()に弱い。乗ってあげるのが優しさとでも言いたげに、柔らかい笑みを浮かべる。

 

「そっか。失礼なことを訊いちゃったかな」

「大丈夫ですよ! 何なら葉山先輩でも……なんて!」

「生憎だけど、俺は誰とも付き合うつもりがないから」

 

 わたしに一線を引いて断る。別に本気で言ってないし何とも思わないけど。

 

 ……それにしても、先輩嬉しそうだなぁ。そんなに結衣先輩と結婚するのが嬉しいのかな。

 

 

 

 何でわたしじゃ、ダメだったんだろう。

 

 

 

「なあいろは」

「はい?」

 

 さっきよりは少し落ち着いた声色でわたしの名前を呼ぶ。真剣な話なのかな。

 

「俺ってさ、今はもう弁護士として働いてるわけなんだけどね」

「そうらしいですね。流石葉山先輩です!」

「職業柄か、相手が今何を考えているか何となくわかるようになったんだよ」

「……何が言いたいんです?」

「いろはは結衣に劣っていたんじゃないと思うよ」

「っ!!」

 

 思わずドキリと胸を鳴らす。わたしはぎゅっと自分の手を握り締めた。

 

「好きな人に告白ってしたことある?」

「……そんなの、他でもない葉山先輩(あなた)にしましたよ」

「好きな人じゃなかっただろ? 人の心を語るのは傲慢だろうけど、多分それは憧れだったんじゃないかな」

「……」

「いろはが本当に好きになったのは、比企谷だけだよ。だからこそ告白も出来なかった」

 

 ……そんなの、言われなくてもわかってる。だから今こんなに辛いんじゃん。

 

 

 わたしだって先輩の隣を歩きたかった。

 

 わたしだって先輩と手を繋ぎたかった。

 

 わたしだって先輩に愛されたかった。

 

 

 先輩への涙はもう随分前に枯れちゃった。だからこの場で泣かずに済んだと思えば、それも少しは意味があったのかな。

 

 

「いろは。どうしても比企谷と一緒になりたかったか?」

「……はい」

「好きだったから?」

「……だったじゃありません。今でもわたしは、ずっと、ずぅっと先輩のことが好きです」

 

 

 

「うん、そっか。じゃあやり直そう!」

 

 

 

 ……は? 葉山先輩は何を言ってるの? 雪ノ下先輩に振られたせいで頭おかしくなっちゃった?

 

「ごめんごめん、そんな顔になるのも無理ないよね。やり直そうっていうのは言葉通りの意味。比企谷と結衣、それにいろはにとってターニングポイントになった出来事をやり直そうって言っているんだよ」

「ごめんなさい、正直何一つ理解出来ないです」

「そうだな……、よし! じゃあ一つ俺の魔法(・・)を見せてあげよう!」

 

 葉山先輩はわけのわからないことを言いながらパチン、と指を鳴らす。大きな破裂音が披露宴会場に響き渡ると──

 

 

 

 ──その瞬間、会場全員の動きが止まった。まるで時間が流れていないかのように。

 

 

 

「え、ええ!? 何ですかこれ!? ふ、フラッシュモブ!?」

「あはは、何で新郎新婦じゃなくていろはにするのさ。彼ら彼女らは正真正銘止まっているよ」

 

 言いながら、葉山先輩は隣の円卓にいた人の肩をポンポンと叩く。案の定その人は微動だにせず、全く動かない。

 

 ……いやいやいや! 案の定じゃなくて! 何これ、どういうこと!?

 

「俺、最近妖精の力にも目覚めたんだよ」

「……今すぐ病院に行ってください」

「いやでも、事実時間は止まっているわけだしさ。別に嘘を言ってからかっているわけじゃないんだ」

「仮に葉山先輩が妖精だったとしても、それがわたしに何の関係があるんですか?」

「さっきも言っただろ? やり直すんだよ。あの頃の青春を」

 

 あの頃の青春、と言われて先輩との思い出が次々と浮かんでくる。

 高校生の頃の奉仕部。生徒会。そして卒業式。

 大学は同じところに入れたから、先輩と結衣先輩が一緒に入ってるサークルに参加して、海とか山とか色んなところに行った。

 

「ほら見てよ、今スクリーンに映っている写真」

 

 葉山先輩に促されてスクリーンに視線を向ける。そこには卒業証書が入った筒を持った先輩と結衣先輩と雪ノ下先輩、そしてわたしの四人の写真が映っていた。

 先輩の着ているブレザーに付いている二つのボタンのうち、上のボタンはなくなっている。その在処を示すように、結衣先輩は筒とは逆の手をぎゅっと握っていた。

 

「……これ、先輩の上のボタン。ホントはわたしがもらう予定だったんですよ」

「そうなの?」

「はい。いつだったか先輩に二人っきりで生徒会の仕事を手伝ってもらった時、冗談で言ってみたんです。『先輩が卒業する時は胸に一番近いボタンをください』って」

「そっか。じゃあいろはは優しいんだな。結衣に譲ってあげて」

 

 そう。わたしは本来もらえるはずだった先輩のボタンを結衣先輩に譲った。そのことは結衣先輩に伝えてないからあの人には今でも自覚はない。

 ただ嬉しそうにボタンを眺めたりする結衣先輩を見て、わたしは先輩に何でくれなかったのか追求するのをやめた。もしもそれで先輩が結衣先輩にボタンを返してって言うかもしれないこと思うと怖くなったんだ。

 

「うん、ならいろはの最初のやり直し先は比企谷の卒業式にしよう!」

「……お話はありがたいんですけど、やっぱりこんなの結衣先輩が可哀想です。もしもボタンが貰えたとしても、わたしは後々絶対に後悔すると思います」

「じゃあいろは、『ハレルヤチャンス』って言ってくれないかな? そしたら過去に行けるから」

「話聞いていました!? この流れは普通に行かないでしょう!?」

「大丈夫。今回は俺も特例としてついて行くから。向こうの世界の葉山隼人に乗り移るよ。……はぁ、また優美子の告白を断らなきゃならないのか……」

 

 そんなに嫌なら行かなきゃ、というかわたしに行かせなきゃ良いのに……。葉山先輩も行きたくなくてわたしも行くのを躊躇っている。誰も得しないじゃん。

 

「行きたくないって顔だね」

「……当然です」

「まあ一度だけさ。これは単なる夢だと思って戻ってみなよ。夢でくらい比企谷からボタンをもらっても罰は当たらない」

「……」

 

 わたしは無言で葉山先輩へ視線を刺す。だけど葉山先輩は何食わぬ顔でにこにこしていた。

 

「……『ハレルヤチャンス』、でした? 何だか古臭い合言葉ですけど」

「うん。お願いするよ」

「今回だけですからね」

「いろはさえ望めば俺からはまだ何回か機会を与えられるとは思うんだけどね」

「過去に戻るのは今回の一回きりです。……それでは」

 

 わたしは大きく息を吸って。

 

 

 

「ハレルヤチャンス!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はっ!?」

「会長、何寝てるんです! 送辞の原稿の最終確認は終わったんですか? 職員室に行くって言ってましたよね!」

「え、えっ? いや……その……」

「行ってないなら早く行ってくる!」

 

 ピシャン! と音を立てて締められるドア。ここは……生徒会室かな。周りをよく見るとそこは慣れしたんだ部屋だった。

 

 スカートのポケットに入ったスマホの電源を入れ、日付を確認する。七年前の三月二日。間違いない、先輩達の卒業式の日だ。

 

「本当に……過去に戻ってるんだ……」

 

 わたしは懐かしさで胸がいっぱいになる。こんなことあるんだ……。

 わっ、スマホも古いタイプ。確かこんなの使ってたっけ。

 

 ……あと、心做しかお肌も瑞々しい。知りたくなかったけど、わたしも老けてたんだ……。平塚先生もこんな気持ちだったのかな……。

 

「……で、俺はいつまで待たされるんですかね」

「へっ?」

 

 いつも聞いていた気だるそうな声。わたしは堪らず声の方へ視線を向けた。

 濁った目に不釣り合いな整った顔。困った様子でわたしを睨む男の子は──

 

 

 

「せせせ、先輩っ!? どうしてここに!?」

「いやお前どうしても何も、お前が呼んだんだろうが。送辞の原稿の確認をお願いしますぅ〜! とか言って」

「……うっわ先輩きもっ」

「泣くよ? 俺卒業式で泣いたこと一度もねえけど式の前に泣いちゃうよ?」

「ぷっ、あはははっ! 」

 

 今と変わらない、いつもの先輩。そんな微笑ましさにわたしは思わず笑ってしまった。

 過去に戻ってきたわたしからすると目の前の先輩は年下の男の子なんだけど、それでも先輩はやっぱり先輩だ。というか先輩が大人っぽすぎるんですよ。

 

「で、原稿」

「はい、えっと……。あ、ポケットの中だったんだ。どうぞ!」

「ん」

 

 中身も見ていない送辞の原稿をそのまま手渡し、先輩はそれに目を通し出す。

 ……真剣な眼差し。こうして見ると、やっぱり先輩ってカッコイイ顔してるんだよね。まつ毛も長いし、これで性格と目が腐ってなかったらもっとモテそうだなぁ。

 

「どした」

「え? いや、その……、なんとなく?」

「あ、そ。……ほれ」

 

 原稿用紙がピラッと差し出される。相変わらず読むの早いなぁ。デキる男って感じがして何かカッコイイ。

 

「良いんじゃねえの? これなら先生への確認も一発だろ」

「そうですか! いつもありがとうございます!」

「……んじゃ、俺はそろそろ行くわ。奉仕部に呼ばれててな」

「はい、ではまた!」

 

 先輩はのそりと立ち上がってドアへと歩き出す。

 

 

 

 奉仕部、ってことは。結衣先輩とも話すんだよね。

 このまま見送って、また後悔したくないもん!

 

 

 

「先輩!」

 

 わたしは考えるよりも早く先輩を呼び止める。先輩は少し面倒臭そうに振り返り、わたしを待った。

 

「約束! 覚えてますか!」

 

 いつもの可愛いアピールを捨て、感情丸出しで()()する。ちょっと恥ずかしい。

 

 

 ……って、あれ? 先輩、ちょっと気まずそうな顔?

 

 

「……ん、あ、ああ。あれな! 覚えてる覚えてるもうバッチリだわ。じゃあ俺行くから。別に忘れてなんかないからな」

 

 先輩に似合わないテンションでまくし立てるようにペラペラと言葉を並べて、先輩はわたしの返事も待たずに走り去って行った。

 

 

 

 ……今の、もしかして誤魔化された?

 

 もしかしなくても誤魔化されたよね!? わたしにボタンをくれるの、やっぱり忘れてるんじゃないの!?

 

 

 





3話までは連日更新です!

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