卒業式は滞りなく終わり、校門には卒業生でいっぱいになっていた。
にしても、先輩どこにいるんだろ。これだけ人でいっぱいだと見つけるのも一苦労だ。せめて先輩じゃなくても、知ってる人さえいれば……。
「あ」
思うのも束の間、早速一人知り合いを発見した。わたしは彼女のもとへ向かう。
「平塚先生!」
「おお、一色か。見事な送辞だったぞ」
いつもの白衣を纏い笑顔を浮かべる平塚先生。七年前の平塚先生と言うと、丁度今のわたしの三、四つくらい上かな。学生の頃は思わなかったけど、三十路ってほど三十路感がないのが凄い。
「口を開かなきゃだけど」
「何か言ったか?」
「いえ、何も。それより平塚先生、先輩見ませんでした?」
「お前が言う先輩と言うと比企谷のことか? 比企谷ならさっき奉仕部の部室で別れてから見ていないな」
やっぱり奉仕部。てことは結衣先輩とはもう顔を合わせたわけだよね。
「そ、その! 先輩って結衣先輩と二人きりだったりとかは……」
「いや、そんなことは特になかったと思う。あの場には雪ノ下も居たしな」
「そうですか……」
わたしは安堵してほっとため息をつく。
そっか、二人きりじゃなかったってことはまだ先輩は結衣先輩にボタンを渡してないんだ。
だって先輩、言ってたもん。
『何でブレザーのボタンが一つ無いか? ……あんま広めんなって言われてるけど、二人ん時に由比ヶ浜がくれって言ったんだよ』
嘘じゃなかったら、まだ先輩は
「にしても、この季節は辛い」
「何がですか?」
「いやな? 私はもうかれこれ十回弱は卒業生を見送っている訳だが……、この歳になるとやっぱり涙腺に来るものがあってな。おかげで発症していない花粉症を語る羽目になるんだよ」
「あーわかりますそれ! 二五歳を越えた辺りから急に涙腺緩みますよねー!」
「おお! わかってくれるか一色! そうなんだよ、若手の頃はまだそんなこともなかったのだが……、ん?」
そこで何かに引っかかったのか平塚先生が言葉を止める。
でもわかるなぁ……、すぐ泣いちゃうの。先輩が結衣先輩と結婚するって聞いた時はありえないくらい泣いたもん。
「……おい一色」
「はい?」
「なぜ一七歳のお前が私に共感出来る?」
「……あ」
「馬鹿にしているのか貴様ァ!!!」
「き、貴様って!? 生徒に対する言葉遣いじゃないですよ!?」
忘れてた、今わたしは高校生だった! ていうか平塚先生怒りすぎじゃない!? めっちゃ怖い!
「と、とりあえず失礼します!!」
幸い平塚先生は追いかけてくるほど怒ってはいないらしく、走ってその場を後にするとすぐに見えなくなった。
ホント、平塚先生の怖さは女性のそれじゃない……。あ、ダメ。これ怖くて泣いちゃうやつかも。今が一七歳で良かった。
疲れて足を止めると、今度は明らかに不自然な女の子達の集団がわらわらと蠢いていた。既視感のある光景。
確かこれは……。
「あはは、ありがとうみんな。祝ってもらえて嬉しいよ」
「葉山先輩が卒業しちゃうなんて……、私耐えられません!」
「私も!」
「あたしもです!」
葉山先輩に群がる女の子達。みんな涙目の熱っぽい視線で葉山先輩を見つめていた。
……うわぁ、モッテモテだなぁ。いつ見ても凄い。
「あ」
遠巻きに見ていると、わたしに気付いたのか葉山先輩と目が合う。意味ありげに笑ったってことは、やっぱり今は妖精(笑)の方なのかな。
「いろはー! 首尾はどうだいー?」
「わ、バカ!」
あんな状況でわたしに声を掛けたら周りのみんながなんて思うか……! あ、ほら! みんなこっち凄い目で見てるし!
「頑張ってくれよー!」
「もう! うるさいですよ葉山先輩! こっちはこっちでちゃんとしますから!」
言いながら、わたしはその場から早足で逃げ出す。あの人絶対わざとだ! あんな空気読めない人じゃなかったもん!
……そう言えば、葉山先輩言ってたな。また三浦先輩を振らなきゃなって。
あんな状況ってことは、もしかしたらもう振った後なのかも。だとしたら今は泣いてるだろうし、会いたくないなぁ……。
──なんて考えると出会ってしまうのはもうお約束ってやつなんだよね。目の前にいる人を見て、わたしは思わずため息をついた。
「うっ、ひっく……」
「……三浦先輩。どうしたんですか」
「……見てわかんないの。泣いてるだけ」
「そうですか」
校舎の裏。三浦先輩は誰も居ない場所で三角座りをして、一人涙を流していた。理由は多分予想通りだと思う。
「……隼人に振られた」
「いや、聞いてないですって」
「本当に好きだったんだけどなぁ……」
……そんなこと言われたら、ここから立ち去れないじゃん。早く先輩見つけなきゃなのに。
わたしは三浦先輩の隣に腰を下ろし、遠くを見つめる。わたしからは何かを話しかけるわけじゃないし、ただ隣に居るだけ。それだけだけど、居ないよりはましかな、なんて。単なる自己満足ってやつかな。
「あーしさ、本当はわかってたんだ」
「何がです?」
「付き合ってもらえないこと」
いつの間にか涙を止めていた三浦先輩は、過去を懐かしむかのように言葉を紡ぐ。一つ一つ、今までの恋心を整理しているように。
「……じゃあ、何で告白したんですか? 本当に好きなら振られたくないものじゃありません?」
「それ、アンタが隼人に告ったのは本気じゃなかったってアピール?」
「違いますよー」
「……ふふ、まあ何でも良いし。理由はこの気持ちに区切りを付けたかったからかな」
区切り。その言葉にわたしの胸は思わずドキリと鳴った。
告白しなかったから、告白出来なかったから。
わたしがいつまでも先輩のことを好きなのは、もしかしたらそのせいなのかな。
……ううん、なのかな、なんてあやふやなものじゃなくて。それは真実なんだと、わたしは実感した。
「それで正解ですよ、三浦先輩」
「正解?」
「引きずるのは、思ったよりも辛いですもん」
「何か今のアンタは歳上みたい。隼人に振られた者同盟の先輩?」
「あはは、不名誉極まりないですねー」
冗談も言えるようになってきたってことは、三浦先輩ももうそろそろ大丈夫かな。まだ元気ってわけじゃないけど、さっきに比べたらだいぶ明るくなってるし。
「……アンタもさ」
「はい?」
「選んだ選択に後悔はしないようにね。ちなみにあーしは今何一つ後悔してないし」
「……身に沁みますね」
まるで全部を見透かされているような忠言。先輩に想いを伝えろって言われてるみたい。
わたしは軽く息をついて立ち上がった。三浦先輩も特に止める様子はない。
「じゃ、わたしは行きますね」
「何しに?」
「何って、そりゃ……」
先輩を探しに。普通に答えたらそれだけ。
それだけ、なんだけど。
「後悔しない選択をしに、です!」
「良いじゃん。振られたら今度はあーしが慰めてあげるし!」
「振られませんよ! むしろあっちから告白させてやります!」
最後に交わした言葉。その温かさにわたしは目を細め、先輩のもとへと向かうのだった。