拝啓、結婚式で血反吐を吐きそうなわたし。わたしは今、若い力を存分に使って走り回っています。
「い、いろはちゃん足速すぎ……!」
「案外鬼ごっこ楽しいですね!」
「はぁ、はぁ、待ってぇ〜……」
荷物を置いて旅館の前に集まったサークルの面々が向かった先は広い芝生。散見する人達は男女でバドミントンや親子でボール遊びなど、見るからに楽しそう。
そしてわたし達がしているのは鬼ごっこ。一周回っていかにも大学生っぽい。
ちなみに鬼は結衣先輩含む五人。二十人くらいいるサークルメンバーから無作為に選ばれた。ちなみに先輩は鬼じゃない。
「結衣先輩が遅いんですよー!」
「そんなこと言ったってぇ〜……!」
「ふ、そんなことじゃ先輩にも逃げられますよ!」
「そ、そんなことないし! 絶対に逃がさないもん!」
「じゃあわたしは先輩と愛の逃避行をしてきますねー!」
「鬼ごっこだからでしょ!? いろはちゃん今日どうしたの!?」
結衣先輩は息を切らしながらツッコミを入れる。
今日どうしたの、に対して未来から来ましたなんて言ったらどう反応するのかな。イタズラ心が顔を覗かせるけど、言っても信じてもらえなさそうだから飲み込む。変に混乱させるだけだしね。
さて、先輩はどこにいるのかな。結衣先輩を撒いた辺りでぐるりと草原を見渡すけど、先輩の姿は無い。いつもの影の薄さを発揮してるのかなと目を凝らして探してみる。
「……いない」
本当にただの草原だから遮蔽物がないにも関わらず、先輩が見当たらない。
……もしかして。
わたしはさっきスマホでこっそり撮っていた部屋割を確認する。
先輩の部屋は、三〇一号室。
周りのサークルの人達を横目で確認しながら、わたしはさっきまで居た旅館へと向かった。
三〇一号室に着く。幸い抜け出したのは誰にも見られた様子は無く、すんなりと部屋の前へ辿り着けた。
ふう、と息をついて身体を落ち着かせる。何となく気配のするドアの向こう側に向かって、わたしはコンコンとノックした。
「せんぱーい。居ますかー?」
返ってくる言葉は無い。念の為もう一回ノックしてみるけど、やっぱり変わらない。予想外れてたのかな。居ると思ったんだけど。
「……鍵とか、開いてたりしないかな」
思いついたことを呟いて実行に移す。ドアノブに手を掛け下に降ろすと、何の抵抗もなくガチャリと鳴った。
先輩、案外不用心だな。わたしはゆっくりと音を立てないように中へ入った。
「お邪魔しまーす……?」
そろりそろりと部屋に入るけど、先輩の姿は無い。もしかして部屋間違えた? でもあのキャリーバッグは先輩のだし……。
先輩の部屋は六畳一間の和室で、奥に丸いテーブルを挟んで椅子が二つ並んでいる。何となく落ち着いた雰囲気はまるで先輩のよう、なんて。
「……え、もう布団敷いてるんだ」
奥の方には綺麗に敷かれた布団があった。休む気満々じゃん、合宿なのに。
……あの布団は、先輩が寝た物。枕も当然そうだろう。
「……ゴクリ」
いやいやいや、何考えてるのわたし。そんなのまるで変態だよ。布団に入って匂いを嗅ぎながら枕に顔を埋めるなんて。結衣先輩じゃないんだから。
……でもほら、シュレディンガーのいろはってね! 先輩が見てないならわたしは変態じゃない! いただきます!!!(意味深)
わたしはふんふんと鼻歌なんて歌いながら布団の中に入ってうつ伏せに寝転がる。やっば、これ寝ちゃいそう……あったかい……。
「……お前、何してんの?」
「何ってそんなの、寝てるんですよぉ〜……」
「うつ伏せで寝るのは身体固まるからあんまり良くないらしいぞ」
「でもその分匂いがダイレクトに来ますし……、ん?」
わたし誰と話してるの? バッと起き上がって声のする方を向く。
そこには案の定、先輩が怪訝な顔をしてこっちを見ていた。
「……お前」
「皆まで言わないでください! わかりました、わかりましたから!!」
「変態のすることだろ、それ」
「バカ!!! 先輩のバカ!!! 言うなって言ったのに!」
「……悩みがあるなら聞くぞ?」
「何ですか急に優しくしてわたしを落とそうって魂胆ですかそうはいきませんよなんせわたしは変態ですからね!!!」
「自虐風は新しいな」
ああもう、何でこんなタイミングで帰ってくるの!? おかげでわたしが変態みたいに思われたとかもう最悪!
「あとその布団、まだ俺寝てないからな」
「死体蹴りどーも!!!」
ホント良い性格ですね! 今回はわたしが全部悪いんですけど!!!
「ていうか先輩何で居なかったんですか! そのせいでわたしこんなことしたんですから、これって実は先輩が悪いんじゃないですか!?」
「単に自販機に行ってただけだ」
「なら鬼ごっこに参加してなかった理由は!?」
「呼ばれてないからな」
「あっ……」
「何察してんだよ。……未成年のお前に良いことを教えてやる。二十を超えたら人間後は老いるだけだ。鬼ごっこなんざした日にはひたすら吐き続ける自信がある」
「身に染みていますよ」
今のわたしの身体は十九歳だから全力疾走をしても余裕だったけど、これがリアルのわたしなら絶対グロッキーになってる自信がある。若いって良いなぁ……。
「……で? お前は何で俺の部屋に居んの? 鬼ごっこ呼ばれてないのか?」
「先輩じゃないのでそんなことはありませんよ! わたしが来た理由は……」
……あれ? わたし何で先輩のところに来たんだっけ? 会いたかったから?
「うん、会いたかったからです!」
「良いか一色、ぼっちは引かれ合うとかあれ嘘だからな。ぼっちはぼっちで同族嫌悪をする。んで普通の人間はぼっちに会いたくなるなんてことは絶対にない。つまりお前は嘘をついているということだ」
「何ですかその悲しい理論……」
「わかったらとっとと鬼ごっこに戻れ。俺は寝る」
「……あ! そうだ思い出した!」
「……一応聞いてやるよ」
そもそも何でわたしがこの日にタイムスリップしたのか。そんなのただ一つで、結衣先輩と急接近するのを止めるためだ。
今日の夜。偽葉山に言い寄られたところを、先輩がいつものように助ける。自らが悪役になって、結衣先輩へ一縷のヘイトも向けさせない、まるでヒーローのような自己犠牲。
……ただ、そこでわたしはあることに気付く。
──先輩に助けさせないのなら、誰が結衣先輩を助けるの?
「……あーもー!」
「?」
「先輩、今日の夜は寝かせませんからね!」
「は?」
「この部屋だと狭いので先輩がわたしと結衣先輩の部屋に来てくださいね! 異論は受け付けませんよ!」
ずっとわたしの目の届く距離に結衣先輩を置いて、万一抜け駆けをして先輩の部屋に行こうとした時に声を掛けられることも考えて先輩も部屋に置く! これなら距離も近付かせずに結衣先輩を守れるでしょ!
ホント、手のかかる人なんだから!
「いや、普通に行かねえけど」
「……来ないなら外堀から埋めていきますので」
「何の? ねえ何の? 俺怖いんだけど」
「わたしの両親は勿論、先輩の家族には小町ちゃんから。大学は……サークルの女の子達かな」
「行く行く超行くからやめろ」
「たまごクラブ買っておきますね」
「平塚先生愛読のゼクシィ飛ばして? やだこの子何する気なの怖い」
ちなみにリアルでは興味本位で買って死にたくなったことがあります。絶対言わないけど。
結衣先輩と結婚した先輩には、絶対言わないけど!!!
お前ら『アトラスモス』なんて絶対に検索するなよ!!!
『アトラスモス』だぞ!!! 絶対にしてはいけないぞ!!!
絶対に検索してはいけない言葉は『アトラスモス』だからな!!!!!