きゅっ、と   作:まなぶおじさん

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後編

 キメキメの私服を着込み、鼻毛が出ていないか厳重にチェックし、母から「迷惑かけるんじゃないわよ」と笑われながら、赤坂はせっつかされるように家から出る。

 8時20分。

 これから自分は、9時までに交差点前へ到着しなければならない。歩いて10分、走って5分ほどか。

 いくら頭の悪い自分でも、十分に間に合うことぐらいは理解できる。できるのだが、「先に着いていないだろうか」という不安がいつまで経っても解けない。

 だって数分後には、人生初のデートが始まってしまうから。

 そのデート相手は、他でもないあの桜庭委員長なのだから。

 委員長はとても生真面目で、成績優秀で、無遅刻無欠席を貫く模範生徒だ。1時間前に待ち合わせ場所で待機していたとしても、何ら不思議ではない。

 本当は自分だって、8時までに交差点前で待ち合わせをしておきたかった。

 けれども自分は、当日になって何度も幾度もファッションチェックを重ねてしまった。

 その結果が8時20分。大きなタイムロスを食ってしまった。

 

 何ビビってるんだ

 

 舌打ちしながら、赤坂は住宅街の中を突っ走る。これ以上、委員長を待たせるわけにはいかないから。

 走って数分、体に熱が籠もりはじめる。今日は嘘みたいに晴れ渡っていて、それだけ気温も高い。お陰で汗も流れ出しそうだ。

 ムチャクチャに走っているせいで、呼吸がすぐに乱れ始める。間もなく肺がいやいやを起こし始めて、それに絶えきれずにペースを落としてしまう。こんなにも運動をしたのは、いったい何時ぶりだろうか。

 そんなふうに必死こいたからか、間もなく交差点が目に入ってくる。決して悪くない視力を駆使してみれば――委員長はいない。

 安堵の溜息が漏れる。ゾンビのようにふらつきながら、待ち合わせ場所に到着した。

 

 ふう。

 

 とりあえずは、不義理な事態は避けられたらしい。時刻も8時25分を差していて、安心のあまりか体の力が抜けきってしまった。

 もう一度だけ周囲を確認したあとで、電柱に背を預ける。少しでも体力を回復させる為だ。

 呼吸を整えながら、改めて腕時計を見つめる。8時27分。

 さすがに早すぎたのかもしれない。車が通り過ぎるばかりで、人が一人も通らない。

 そうして、8時35分になる。家族連れが目の前を横切るだけで、委員長の姿はまだ確認できない。

 さらに、8時50分になった。犬を連れたおばちゃんが交差点を渡りきる。

 そして、8時55分になって、

 

「あ、待った? ごめんっ」

「お、おお」

 

 そしてようやく、会いたい人がここまで駆けつけてくれた。

 ――かなり走ったのだろう。体全体で息をしながら、眼鏡を整え始める。肩にまでかかっている髪を手で払いながら、「けほんっ」と軽く咳をして、

 

「……待った?」

「あ、いや、いまきたところ」

 

 思わず棒読み気味になってしまった。

 それでも委員長は、安心したように胸をなでおろしてくれた。

 

「本当にごめんね。その、準備に手間取っちゃって」

「そうなんだ。まあ俺は、気にしてないからさ」

「そっか……」

 

 生真面目な委員長は、あまり表情を変えたりはしない。今もそうだ。

 ――けれども、いまの服はとてもカジュアルだ。制服ではない白いシャツを、スカートではない紺色のデニムパンツを軽く着こなしてしまっている。

 正直、とてもどきりとした。

 

「え、えと」

「お、おう」

 

 そして委員長は、気恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。

 教室では絶対に見られない顔を目にして、赤坂の息が止まりそうになる。これが本当に委員長なのか、これが委員長なんだよな、矛盾の思考が回り始めた。

 そして、そんな時間が数秒、数十秒ほど経って――

 

「あ、あの」

「は、はい」

 

 委員長とは、一回りほどの身長差がある。

 

「その」

「うん」

「――この服、どうかな? 似合って、るかな?」

 

 だから委員長は、どうしても上目遣いにならざるを得ない。両足なんて、おびえるように縮こまってしまっていた。

 そんな委員長のことを目の当たりにしてしまえば、自然と握りこぶしができてしまう。胸が張り裂けそうになってしまいそうになる。

 だから言え、言うんだ。本心本音を。

 

「……すごく」

「うん?」

「凄く、すごくいい。うん、かわいい」

 

 そんなことしか、自分は言えない。

 

「……そっか」

 

 それでも委員長は、安心したように笑ってくれた。

 

「――うん。じゃあ行こうか、水族館に」

「だな」

 

 そうして、赤坂と委員長が共に歩みだす。

 

―――

 

 そうして無事に、水族館までたどり着いた。

 

「着いたね。……わ、変わらないな」

「だなー」

「うん。じゃあ、行こうか?」

「……そだね」

「? どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

 

 たぶん自分は、けっこうひどい顔をしているのだと思う。

 ここに着くまで、委員長と手を繋ぐことが出来なかったから。スキンシップの一つもこなせなかったから。

 水族館に着くまで、そりゃあ雑談の1つや2つは交わした。けれどもデート特有の動作は一切こなせていない。それもこれも、本番になってビビってしまったせいだ。

 聞こえないように、そっとため息をつく。

 こんなことで、委員長と結ばれるのかなあと思う。

 このデートで、少しでも進展できればなあと思う。

 腕を、軽く一回りさせる。

 デートは始まったばかりだ、きっと良いことがあるだろう。そう信じながら、自分は水族館の入り口をくぐり抜けていって、

 

 そこは、子供の頃とまったく変わってなどいなかった。

 

 思考の海から、記憶が少しずつ浮いて出てくる。入口付近にはタコが泳いでいて――委員長が「おお」と声を出す。更に進んでいけば、大量のウニが転がっていて――委員長が、「へえ」とじっくり観察し始める。照らされた水槽に、委員長の真顔が映し出された。

 生き物たちは今もなお、この水族館の中で生きている。対して赤坂は、委員長は、ずいぶんと変わってしまった。

 あの頃はわあわあと騒ぎながら、二人して笑顔で海の生き物を眺めていた。それが今となっては、委員長の背中を見ているばかり。

 横並びになって、生き物めがけ無邪気に指差すことなんて到底できそうにもない。委員長と隣同士になった時点で、恥ずかしくてたまらなくなるだろうから。

 

「あ、くらげ」

 

 そうして委員長は、水槽に手を添えながらでクラゲを見上げる。

 その横顔は青く淡く染まっていて、どこか遠くを見つめているように思う。近づけば消えてしまうような、触れればいなくなってしまうような、そんな気がしてならない。

 これも、恋煩いというやつなのか。

 

「……綺麗だな」

 

 その時、俺は小さく呟いていた。お前のほうが綺麗だよ。

 

「――なに?」

 

 死ぬかと思った。

 委員長が、狙いすましたかのようにこちらを見つめてきたから。

 

「え。な、なにかな?」

「いま、何か言った?」

「い、いやぁ?」

「そう?」

 

 そうして、委員長の関心がクラゲへ戻っていく。

 溜息。

 何をそんなヘタれてやがるんだ。恋ってやつは、クサいくらい大胆になるべきモノだろうに。

 それが出来れば苦労はしない。

 だから自分は、委員長の横顔を後ろ斜めから覗き見ることしかできない。

 

「ふう」

 

 やがて、委員長がクラゲから身を離した。

 

「ねえ、赤坂」

「うん?」

「こんなことを聞くのもあれだけれど……その、楽しんでる?」

 

 委員長が真顔で、けれども不安そうな声を口にした。

 その質問を前に、心の中で己を恥じる。委員長に気を遣わせてしまうなんて。

 

「あ、ああもちろん。いいよなクラゲ、見てて楽しいよな」

「そう? なら、良いのだけれど……」

「ああ。気にしないでくれ」

「わかった。じゃあ、次、いいかな?」

「ああ」

 

 そうして、委員長が次の水槽へ移動し始める。

 ――だめだな

 意識しすぎて、デートそのものをまるで楽しめていない。こんなことでは、いつか委員長の機嫌を損ねてしまう。

 落ち着け。

 委員長とは、何も赤の他人というわけじゃない。幼馴染という関係があるから、多少気安く接してしまっても良いはずなのだ。

 

「委員長」

「なに?」

 

 委員長がくるりと振り向く。子供の頃とは違う瞳が、赤坂のすべてを射抜いた。

 ――だめだな。委員長のことは、もう女にしか見えない

 

「あ……委員長は、どんな魚が好きなんだ?」

「うーん、そうね」

 

 委員長が口元に手を当てながら、ゆったりとした角度で天井を見つめ始める。

 無表情のまま考え込んで、「そうだなあ」と一言呟いて、

 

「ふぐ、かな?」

「お。可愛いよな」

 

 委員長が、ぴくりと動きを止めた。

 

「ね、ねえ」

「うん?」

「――何が、可愛いって?」

 

 赤坂は半ば反射的に、

 

「え。ふぐだけど」

 

 瞬間。委員長が、ふうっと息を吐いた。

 

「……そう、そうだよね。じゃあ、次に行きましょう」

 

 質問を締めた後に、委員長は水槽へ歩み始める。淡々と。

 ――何だ、いまの反応。

 考え込む。なにかおかしいことを言ったか。委員長に対して、知らず知らずのうちに失言を、

 あ。

 可愛い発言だ。

 それをふぐに言うのではなく、委員長を選択することが正しかったのか。

 一見すると気安いにも程があるが、いまはよりにもよってデート中だ。異性のことを笑顔にすることこそが絶対に正しい。

 しまった、と思う。

 緊張しているな、と思う。

 気まずさを尾に引きながら、赤坂は委員長の背中をそっと追っていく。

 

 □

 

 それからというもの、委員長とは無事平穏に水族館を歩き回った。真顔のまま。

 

 色とりどりの魚を見て、赤坂と委員長は「へええ」。エイが横切って、赤坂と委員長は「すごいね」「うん」。イルカを目の当たりにして、赤坂と委員長は「いいね」「そうだね」。色気も何もあったものではなかった。

 先程の失敗を、いつまでも引きずるつもりはない。ただビビりすぎるがあまり、気の利いた一言を口に出来ないのだ。

 委員長の方も、時おり赤坂へ目線を向けてくることがある。その無表情な目つきは、何かを求めているかのようで――ただの自意識過剰だ。優等生ぶった理性が、そうやって赤坂を押し留めてくる。

 完全に怯んでいた。

 このまま進展しないものかと、半ば諦めていた。

 

「――あ」

 

 その時だった。委員長の弾むような声が聞こえてきたのは。飛び跳ねるような足音が響き渡ったのは。

 委員長は既に水槽の前で立ち尽くしていて、腰を少しだけ屈めて、まるで触れ合うようにして手をガラスへ添えていく。その横顔は、まだ無表情。

 あっけにとられていた赤坂も、委員長のあとを追う。ここまで委員長を虜にしたものは何なのかと、水槽の方を見て、

 そいつは、いた。

 子供の頃が、フラッシュバックした。

 またたく間にそいつから、アザラシから目が離せなくなる。

 広々とした空間の中でのんびりとしていたはずのアザラシが、赤坂と委員長の視線に気づく。そしてそのまま、軽々と手を左右に振るうのだ。

 

「わぁぁ……」

 

 思わず委員長のことを見た。だってその声は、あまりにも女の子だったから。

 

「あっ、きたっ」

 

 忙しなく、水槽めがけ視線を移す。

 アザラシは飛び跳ねるようにして、赤坂と委員長めがけ近づいてくる。どこか遠くに見えたアザラシも、今となっては目と鼻の先だ。

 窓ガラスに触れていた委員長の指先に、アザラシの鼻が重なり合う。それが嬉しかったのか、委員長は「わぁ」と感情を漏らした。

 ――対して赤坂は、ただただ口を閉ざすしかなかった。だって桜庭委員長が、ひたすらなまでに笑顔をこぼしていたから。

 だから、

 

「……かわいい」

「え?」

「委員長」

「え」

 

 だから、本心本音が口から溢れ出てしまった。

 その本心本音はとてもぎこちなかったけれども、生真面目で、成績優秀で、無遅刻無欠席を貫く委員長はぜんぶ読み取れてしまったようで、

 

「あ……そ、その……」

 

 どうしようもなくなったらしく、血が抜けたかのようにうつむいてしまった。

 アザラシが、窓越しの委員長のことをぺしぺし叩く。赤坂は、委員長とアザラシのことをただただ見つめることしかできない。

 そして、アザラシと目が合った。あまりにもあまりな状況なせいか、口元が変なふうに曲がってしまう。

 そしてアザラシは、「ん」と委員長めがけ首を曲げ始めた。

 対して赤坂は、お前は本当にアザラシなのかと疑い始めた。

 けれど、まあ、この場を何とかできるのは自分しかいないのだ。

 だから赤坂は、緊張だの建前だのを「好き」で押し殺しながら、委員長めがけ歩み寄っていって、

 

「委員長」

 

 委員長が、びくりと震えた。

 

「アザラシも可愛いし、桜庭の方がもっとかわいい」

 

 恥ずかしいことを言った自覚はある。けれども、どうしても口にせざるを得なかった。

 

「……ほんとう?」

「ほんとう」

 

 好きな人の笑顔というものは、それだけの力があるから。

 ――後はもう、勢いに乗るだけだった。

 赤坂はそっと、委員長の隣に立つ。委員長が、不安そうな顔つきになる。それでも拒絶の言葉だとか、そんなものは未だ飛んでこない。

 アザラシも、なんとなく「やったな」と言いたげな表情をしている。もしかしたらオスなのかもしれない。だから赤坂は「ひひひ」と笑ってみせる。

 その時、自分の右手に熱が生じた。

 本能的に手を見やってみれば、白い手が赤坂の指と絡み合っている。その事実にびくりとして、どきりとしながら委員長の顔を見つめてみて――

 

 あざらしへ目を逸らしている委員長の横顔は、すっかり赤く染まっていた。この手をかたく握りしめながら。

 

 思う。察せてしまう。

 たぶん委員長も、自分と「同じこと」を考えているのだと思う。そうでなければ、デートのお誘いなんて引き受けてくれるはずなど無いだろうから。

 こうして確信出来るのも、何はともあれ背が伸びたからだ。この年頃になると、やはりどうしても色沙汰には敏感になってしまうものだし。

 ――そうか。

 ようやく、自分の置かれている現実というものが理解できた。だからもう、悩むのはやめにしよう。

 

「桜庭」

 

 桜庭委員長が、「あ」と声を漏らす。

 赤坂は、あざらしの方を見ながら、

 

「かわいいな」

「……うん」

 

 赤坂は、あざらしの方を見やりながら、

 

「ほんとう、かわいいな」

「……うん」

 

 赤坂は、桜庭を見つめて、

 

「ずっと前から、可愛いって思ってたんだぜ」

「……そう」

 

 そうして桜庭は、音もなく、赤坂へ身を寄せた。

 

 □

 

 水族館の空気を久々に堪能した後は、桜庭とともに昼食を共にした。無論、自分の奢りと主張しながら。

 けれども生真面目な桜庭は、昼食を食べ終えた後で「本屋に行くわよ」と強制連行。赤坂の抗議は当然否決され、押されに押されて一冊の欲しい漫画をプレゼントされた。その時の桜庭の顔は、「これでおあいこでしょう?」を全面的に主張していたものだ。

 それからは、もういいやと割り勘で行動することにした。思いつきで甘いものを口にしてみたり、公園のベンチでのんびりと語り合ったり、水族館へ思いを馳せたり、肩と肩を抱き合ってぎこちなく時間を過ごしたりと、ほんとうに色々なことをした。

 

 そうして気がつけば、時刻は午後の五時。

 空はいつものように夕焼けに染まっていたが、いつもよりむなしく見えている。たぶん、桜庭がいるからだ。

 いつまでも一緒に居たかったけれど、いつまでも女の子を外に出すわけにはいかない。だから赤坂の方から「帰ろう」と言って、桜庭も「うん」と返す。

 帰路についてから、互いに一言も話さない。けれども、手と手だけは決して離したりはしなかった。

 無言の足音だけが、あかね色の世界に反響する。

 離れたくないと、赤坂は何度も思考する。

 それでも交差点に着いてしまえば、桜庭とは別れなければならない。そういうものだった。

 

「……桜庭」

「うん」

「今日は、楽しかった」

「私も。……いっぱい、話したね」

「そだな」

「……あざらし、可愛かったね」

「ああ、可愛かった」

「えと。あざらしのぬいぐるみ、大切にしてるからね」

「そうなのか? へへ、やったぜ」

「今度、何かお礼するね」

「いいっていいって、漫画も買ってもらったし」

「それは奢ってもらった分」

「いいって」

「だめ」

「いやいや」

「だ、め」

「……へい」

 

 そして、会話が途切れた。

 相手がどんなに好きな人だろうとも、会話はいつか尽きる。そうなってしまえば、明日にでもまた会えば良い。

 けれども、手は中々離れない、離したくない。ここで別れてしまったら、二度と会えなくなるような気がするから――そんなことないのに。

 委員長の顔を、見やる。

 委員長は、気まずそうに苦笑いする。つられるように、赤坂も同じような顔をしてしまった。

 一台の車が、交差点を横切っていく。

 こうして立ち止まって、いくつ過ぎたのだろう。そろそろ暗くなってきたのだから、委員長を返さないといけないというのに。

 名残惜しかった、もっと一緒にいたかった、このまま夕飯を共にしたかった、そしてそのまま一緒に眠りたかった。

 ばかだなあと、ため息をつく。

 

「桜庭」

「うん」

「そろそろ、帰ろうか」

「そうだね」

 

 そうして今度こそ、手と手が離れ離れになって、

 

「赤坂」

「うん?」

 

 口と口が、一緒になった。

 

「――またね」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かばせた桜庭は、逃げるようにして交差点の向こう側へ行ってしまった。

 しばらくは、呆然としていたと思う。

 やがて赤信号になって、赤坂は、「はあ」と溜息をついて、

 

「……またな」

 

 高校生になって数ヶ月が経つが、これほどまでに満たされたことなんてなかった。

 だから、家に帰られる。ひとときの別れをを受け入れられる。

 

 だから赤坂は、交差点を背にして家に帰っていくのだ。また、桜庭と会う為に。

 

―――

 

 月曜日――

 ようやくの放課後を掴み取って、赤坂はうんと背筋を伸ばす。週明けの授業ほど、こうもやってられないものはない。

 赤坂のようなクラスメイトは他にも沢山いて、「だりー」だの「かえろーぜー」だの「平日へらねーかなー」といった愚痴が教室から絶えない。女子も似たようなものだ。

 ――だからこそ、委員長の姿がより目立って見える。

 月曜だというのに、委員長は変わらず生徒会のためによく働いている。授業で当てられた時も淀みなく返答できていたし、休み時間においてもノートへ釘付けになっていたりして、本当にスキというものがない。

 だから余計に、「あの日」のことを夢みたいに思うのだ。

 自分の手のひらを見る、委員長の横顔を見つめる。ヒエラルキーの差を自覚しているからこそ、先週を思い出しては苦笑い。

 そして、己が唇を指先で触れる。

 なんだか恥ずかしさが湧いて出てきて、そろそろ帰ろうと踵を返し、

 

「ねえ」

 

 鋭い声が、赤坂を捕まえた。

 

「帰るの?」

 

 振り返れば、委員長と目が合った。

 珍しいと思ったのだろう。クラスメイトの数名が、委員長と赤坂を様子見している。

 

「うん、まあ」

「そう」

 

 そうして委員長は、「なんと」机の上のノートを片付け始めた。

 赤坂も、クラスメイトも、「え」という顔をしたままで固まる。

 

「じゃ、帰りましょう」

「え……」

「どうしたの? 帰らないの?」

「い、いや……勉強は?」

「? 帰ってからするけど」

「そ、そうなん?」

「そうよ。……それとも何、一緒はイヤ?」

 

 首を、左右に振るう。

 

「でしょ? じゃ、一緒に帰りましょう」

 

 そのとき、クラスメイトの一人が「なあ」と声をかけてきた。

 委員長は特に臆することもなく、「なに?」と返事をする。

 

「い、委員長、もしかして赤坂と?」

 

 委員長が、「ふう」と溜息をついて、

 

「彼とは幼馴染よ。一緒に帰って何が悪いのかしら」

 

 たったそれだけで、クラスメイトは納得するように沈黙した。

 

「ま、まあ、そういうことさ」

「そ、そおかあ」

 

 それ以上の追求なんて、特に飛んできたりはしなかった。

 そもそも委員長とやり合ったところで、ズタボロにされるのは目に見えているから。

 

 そうして赤坂と委員長は、教室から出る。委員長が、後ろ手で引き戸を閉める。

 

「委員長」

「さ、帰りましょう?」

 

 委員長は相変わらず真顔だ。なぜなら生真面目で、成績優秀で、無遅刻無欠席だから。

 

 けれども委員長の手は、赤坂の指をきゅっと絡めとっていた。

 だから赤坂も、委員長と共にこれからを歩むつもりでいる。




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
これで、アザラシメタルな恋愛はおしまいです。
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