おっさんは二人まとめて(笑)
その日...クラインはいつもの如く、平日の昼間から、エギルの店を訪れていた。
「よう、エギルの旦那...ウィスキー、ロックで頼む。」
(またか...)
その様子を見たエギルの顔には、呆れと、同情の表情が浮かんでいた。
クラインは、恐らく他の店でも酒を飲んでいたのだろう...
顔を赤くし、呂律も怪しかった。
「金はあるのか?」
もともと、ツケで飲むことが多かったクラインだったが、ここ最近はずっとだ。
SAOからのよしみと、キリト達の死を受け入れられていないクラインを心配して、しばらく見守っていたが、一向に立ち直る様子の見せないクラインに、エギルも少し苛立ってきていた。
「そんな固い事言うなよ。俺と旦那の仲じゃねえか...」
軽口をたたくクライン。
「親しき仲にも礼儀ありって言葉...知ってるか?」
クラインの言葉に迫力ある顔でジロリと睨むエギル...
「こ、今度、纏めて払うよ。」
その迫力にたじろぎながら、そう話すクライン。
「ハァ...」
エギルは、溜め息を付きつつ、注文されたウィスキーを出しながらクラインに話しかけた。
「ここ最近、ずっと平日の昼間から酒飲んでるよな?お前、仕事は大丈夫なのか?二ヶ月ちょっと前に昇進の話が出てるとか言ってただろ?アレはどうなったんだ?」
そう...クラインはキリトの事故があった日の数日前に自身が勤める会社で昇進の話を受けていた。
もともと、後輩の面倒見が良いクラインは上司の信頼も厚く、SAO事件に巻き込まれていなければ、もっと早く昇進の話は出ていた位だ。
その日の帰りに、誰かに聞いてほしかったクラインはダイシーカフェに寄って、エギルに話していたのだ。
「あぁ...その話か...」
言い辛そうに、声のトーンを下げエギルから目を反らしながら、
「その話は断った...」
「はぁ?」
その返答に、驚きながら聞き返すエギル。
「断ったって...なんでだ?」
「.........。」
エギルの問い掛けに、しばらく無言で葛藤するクライン。
やがて、観念したのかポツリポツリと、今の自分の気持ちを話始めた。
「...キリト達があんな事になって...俺はもう...なにもかもどうでも良くなっちまった...」
「お前...いや...まずは話してくれ。」
その無気力で疲れきった顔に、一度は何かを言おうとしたエギルだったが、まずはクラインの話を聞くことにした。
「昇進の話を聞いたときな...そりゃあ嬉しかったよ。上司が俺の事を認めてくれたんだからな。」
「.........。」
「でも、その直後にあんな事になっちまった...」
「.........。」
「なんでだ?なんでアイツが...アイツらがこんな目に会わなきゃならねぇんだ?あの世界で、誰よりも苦しんで...死に物狂いで生き抜いて来たアイツらは、誰よりも幸せにならなきゃいけなかった...違うか?」
だんだんと、声を荒げてくるクライン。
「そうだな...多分...最前線で戦い続けていた攻略組の大人達のほとんどがそう願っていただろうな。」
クラインの言葉は、エギル自身も思っていた事だ。
何より、大の大人である自分達が、子供に命を掛けさせなければならない状況に、不甲斐なさを感じていた。
それでも、キリトとアスナに頼らざるを得なかった...
キリトにはその圧倒的な戦闘センスを...
アスナには指揮能力とカリスマ性を...
二人ともが、攻略組の要だったのだ。
「ようやくだ...ようやくあのデスゲームをクリアして...アイツらが幸せになれるって時によぉ...なんで...なんでこんなことになっちまったんだ...」
「クライン...」
「そう...考えてたらな...なにもかもどうでも良くなっちまったのさ...」
そう言って、一気に酒を飲むクライン。
「だいたい、リズ達も薄情じゃねえか。アイツら皆、キリトのやつのことが好きだったんだろ?なのに、もう何事も無かったかの様に振る舞ってよ?アイツらにとっちゃ、キリトやアスナの事なんてその程度の人間だったのかよ。」
酒を一気に飲んだせいか...酔いが一気に周り、普段のクラインなら絶対に言わないだろうリズ達の態度に文句を言い始めるクライン。
「おい...それ以上言うんじゃねえ。」
いくら酔っぱらいの言動とは言え、流石にその言葉は受け入れられず、エギルはドスの利いた声でクラインを嗜めようとする。
しかし、酔いの回ったクラインは、気付かずに続けた。
「アスナがいなくなって、学校でモテてるって言ってたからな...いい気になってるんだぜ?きっと...」
ドカッ!!
その言葉を言い終わる前に、クラインはエギルに殴られて吹っ飛ばされていた。
「な、何しやがる!エギル。」
それで、少し酔いが覚めたのか、エギルに抗議するクライン。
だが、エギルは圧し殺した声で、クラインを批難した。
「お前...今、自分が何を言ったかわかってるのか?」
「え?」
「リズベット達が悲しんでないだと?イイ気になってるだと?てめぇ...言って良いことと悪いことの区別も付かねぇのか?」
そう言ってクラインの胸ぐらを掴むと、
「リズベットはな...お前なんかよりずっと悲しんでる...考えてみろ?好きな人と、親友を同時に失ってるんだぞ?」
「.........。」
「それでも、気丈に振る舞ってる。周りを暗くさせないために...何より、キリト達の為にだ。その気持ちが今のお前にわかるのか?ええ?」
「.........。」
エギルの言葉に何も言えなくなるクライン。
「それに比べてなんだ...お前は。黙って聞いてりゃ、大の男がぐじぐじと...お前にリズベット達を批難する資格なんてこれっぽっちも無ぇよ。」
うなだれるクラインをそう言って突き放すエギル。
突き飛ばされ、床に座ったままクラインは、呟いた。
「わかってるさ...本当は、わかってるんだ。そんなことは...でも俺はもう...どうして良いかわからねぇんだ...幸せになって欲しかったアイツらが不幸になって...俺はもう...どうしたら良いか...」
「.........ハァ。」
クラインの独白に少し冷静さを取り戻したエギル。
溜め息を付いて、先程の怒りを逃がし、クラインに話しかけた。
「......お前自身の幸せは考えないのか?」
「え?」
「アイツらに幸せになって欲しかった。それは良い。俺だってそうだった。でも、お前自身はどうなんだ?」
「.........。」
「アイツらの事に囚われすぎてるから、肝心な事を忘れるんだ。」
「忘れてる?」
「リズベット達が、前を向いて生きてる理由だよ。キリトの葬儀の時、リズベットが宣言していただろ?」
その言葉に、クラインは思い出す。
ー私は、私はあの二人の後を追ったりしない。私の命は、あの城で、あの二人が命を懸けて救ってくれたものだもの。精一杯生きて、幸せになって、そして...あの二人を悔しがらせてやるんだからー
泣きながら宣言していたリズベット...
ああ...そうだ...なぜ自分は忘れていたのだろう。
この命はキリト達が繋いでくれた物なのに...
何故考え付かなかったのだろう...自分の幸せを...
自然と涙が溢れてきた。
「ハハハッ...情ねえな...俺って...年下の女の子にすら当たって...結局、俺が一番弱かったのか...」
「そうだな。」
「ただ...やっぱり。俺は、アイツらに幸せになって欲しかったな。」
クラインの呟きに、エギルは少し前にリズベットから聞いた話をすることにした。、
「そう言えば、この間の集まりで、リズベットとシノンが、不思議な夢を見たそうだぞ?」
「夢?」
突然何を言い出すのか?クラインは混乱した。
「なんでも、夢の中でキリトとアスナが別の世界に転生して生きてるんだとさ。二人とも変わらず仲睦まじく暮らしてるそうだぞ?その夢をリズベットとシノンが同時に見たんだそうだ。不思議だろ?」
「ハハハッ。なんだそりゃ...でも...そうだな...そうだと良いな。」
ようやく笑顔を見せたクライン。
そして、立ち直ったクラインは店を出ることにした。
「すまねぇ。エギルの旦那。今まで迷惑かけた。」
「そう思うなら、ツケ払ってくれ...」
「お、おぅ。今度な。」
「それと、リズベット達に謝っておけよ?皆、心配してたんだからな。」
「ああ。それじゃあ、俺行くわ。」
「はいよ。頑張れよ。」
「ああ。」
店を出たクライン。
「まずは、迷惑をかけた人たちに挨拶にいかないとな。」
キリトとアスナの死から二ヶ月...
クラインはようやく、その現実を受け入れ前に進むことになるのだった。