その訃報が私のもとに届いたのは、私が大学で講義を行っている最中だった。
ハウスキーパーを頼んでいる佐田さんから、電話が入ったのだ。
余程の事が無ければ、職場に電話を入れないように頼んでいたため、緊急の用事だと確信し、生徒の子たちには申し訳ないが、講義を中断して私は自宅に電話を入れた。
「あ、もしもし。奥様ですか。お嬢様が...お嬢様が...」
その声はとても慌てている様子だった。
「落ち着きなさい。明日奈がどうかしたのですか?」
私は、佐田さんを落ち着かせるため、少し強い口調で続きを促す。
「お嬢様が...自殺を図って...亡くなられました...」
その内容は、私の想像を遥かに超えるものだった...
私は、慌てて自宅に戻った。
そこには...既に息を引き取った明日奈がいた...
「明日奈...明日奈...返事をしなさい。こんな冗談、許しませんよ?」
冗談だと思いたかった...。
でも...どれだけ待っても、明日奈から返事が来ることは無かった。
ふと、気が付くと明日奈の部屋に見知らぬ少女がいた。
佐田さんから話を聞くと、明日奈の学校の友達の様で、明日奈の様子がおかしいことに不安を感じて、ここまで来てくれたのだそうだ。
既に、警察も救急隊も入っていて自殺として処理されたらしい...
私は、気を失いそうになるのを懸命に堪え、その少女に帰宅を促した。
少女も、かなり落ち込んでいたが、ここでやれることは無いと考え直したようで、素直に帰っていった。
そうこうしている内に、夫の彰三が、息子の浩一郎を連れて、慌てて帰宅してきた。
「明日奈...。...何でこんなことに...」
帰ってすぐに、明日奈の遺体に駆け寄ると、夫は、泣きながらそう言って明日奈の亡骸を抱き締めた。
何でこんなことに...
本当に...何でこんなことになったのだろうか...
ここ最近、娘の明日奈とは良い関係とは呼べない状態だったのは理解している。
それでも、明日奈の将来を思えばこそ、ああして明日奈に辛く当たっていたのだ。
明日奈は、親の欲目を抜きにしても、容姿に優れ、勉強も運動も、それ以外のものも含め、教えられたことは、すぐに出来る...本当に神に愛された様な娘だった。
本人が望めば、どんな望みでも叶うのではないか...
そう思わせる程に、明日奈と言う存在は優れていた。
とは言え、そのためには、今のうちに下地を作っておく必要がある。
どんな才能も、努力なしに開花することは無いし、その才能を開花させるのには、環境も重要なファクターとなる。
これは、私自身の経験から導き出された結論だ。
私は、そのためにこそ明日奈に厳しく当たった。
そして、明日奈の才能を開花するのに邪魔なものは出来るだけ排除してきた。
特に、異性関係は問題だった。
昔から異性関係に溺れて才能のあるものが落ちぶれていくと言うのは、良く聞く話だからだ。
だから、彼...『桐ヶ谷和人』と言う少年の存在を知った時は、本当に目の前が真っ暗になった。
よりにもよって、明日奈が落ちぶれていく可能性を作った原因である、あの忌まわしいゲームで出会った恋人だと言うではないか。
ただでさえ、あのゲームのせいで勉強は遅れたと言うのに、その上男まで作ってしまう...
私は、明日奈の将来が心配だった。
これだけの才能に恵まれた人間が、成功しないなんて間違っている...
だからこそ、桐ヶ谷君と別れるように言い付け、もっと将来性のある学校へ転校させようとしたのだ...
でも、私がそれだけ心を傾けて心配していた明日奈の将来は...
他ならぬ明日奈自身の手によって、幕を閉じる事となった...
本当に、何でこんなことになったのだろうか...
私が、そんなことを考えていると、佐田さんが警察から預かったと言う遺書を渡してきた。
その内容を見て、私は愕然とした。
そんなに、その少年に傾倒していたの?
恋人を追って、自分の輝かしい未来を閉ざすなんて...
「なんて愚かなことを...」
「お前!?...なんてことを言うんだ。」
夫が、私の呟きを聞き咎めて怒鳴る。
「本当のことでしょう?恋人の為に、明日奈はその輝かしい未来を自分から閉ざしたのですよ?これが愚かでなくてなんなのですか?」
「確かに、明日奈のしたことは愚かしいことだ。それは認めよう。しかしな、娘の死に対して、出てくる言葉がそれとは、お前は本当にこの子の母親か?」
「何を言うのよ。明日奈はあれだけの才能を持った子だったのですよ?私は、あの子の将来を思えばこそ...」
「お前の、その考えが明日奈を自殺に追いやったと、なぜわからない。明日奈の遺書を見て、何故、明日奈の思いに気付いてやれないんだ...お前がそんな事だから明日奈は...」
「二人とも、落ち着いて。まずは冷静に話し合おう。」
だんだん、口論が激しくなってきたのを見かねて、浩一郎が止めに入った...
結局、私も夫も互いに譲らず、そのまま気まずい空気の中、私たちはそれぞれ別の部屋で夜を明かした。
それから、数日、私も夫も葬儀に関する事務的な話以外で口を開くことは無くなり、ほとんど家庭内別居のような状態となった。
明日奈の葬儀の当日...私は、驚くべき光景を目の当たりにした。
明日奈の葬儀に、本当に大勢の人たちが参列したのだ。
まるで、大会社の会長が無くなったのかと言いたい程の人数だった。
学校の生徒たちだけでなく、多くの大人達も参列していた。中にはそれなりの会社を経営していると言う人までいた。その全ての人が明日奈の死を悲しんでいた。
一体、明日奈はどこでこれだけの人脈を作っていたのか...
明日奈...貴方は一体どんな人生を歩んできたの?
私は、今更ながら明日奈がしてきたことも、明日奈がしたかったことも、明日奈の思いも、何も知らない自分に気が付いたのだった...