ハンターが飛び込んだ先がダンジョンなのは間違っているだろうか? 作:あんこう鍋
ベート・ローガは目的地もなく歩いていた。
時刻は正午を過ぎて数刻は過ぎており、所々に探索を終えた様子の『冒険者』の姿もちらほらと見える。平和な【オラリオ】の街の景色を流しながらもその思考は常に動いていた。
そもそもの事の発端は【怪物祭】に突如として現れた“未知の花形のモンスター”の調査であった。たまたま寝坊した上に暇そうなベートを見かけたロキは首脳陣のほとんどが外出している事から渋るベートと共に花の出てきた地下へと調査に向かった。
そして、流石の読みの深さと勘の良さに定評のある主神と言えよう、匂いに敏感なべートに追わせた場所にて、見事に件のモンスターを地下水路の先にて発見した。
ベートも移動中こそは正直に言えば面倒だと思っていたが戦闘となれば話は違う。以前に同僚のヒリュテ姉妹から“打撃による攻撃”の効果の弱さを耳にしていたのでちょっとした出費が出たものの、たやすく撃破に成功した。
だが、問題はそこからであった、匂いを頼りに更に先へ進むと気配と共に“先ほどと同じ匂い”を持った者を見つけ警戒を強める。その場に居たディオニュオスとフィルヴィス・シャリア。その組み合わせにロキ共々きな臭ものを感じることとなる。
此方も人の事は言えないが。なぜこのような場所に神が居るのか? このディオニュソスと言う神はロキ曰くワイン造りに長けた神であるらしい。その言葉にやや甘い香りを感じた自らの嗅覚が正常であると確認できた。ならばあの“花”の発生場所でさえも“匂いが残っていた”事実が目の前の神物とその眷属が“花”に関与している。そう思うのが自然というもの。
話を聞くと、ディオニュソスも己の眷属を“花”に殺害され、その真実を調べるための調査に赴いた結果――ロキとべートと鉢合わせしたと主張する。
ロキに目配せをすると、ロキ自身もそのディオニュソスの発言事態に虚偽の意思“は”感じないと言う。
その後、地上に戻った四人だが、ロキが更に詳しい情報を得る為にディオニュソスとの会見を希望し、その護衛を行おうとしたべートに対し、互いに腹を割って話したいと告げて一人、ディオニュソス達と共に街の雑踏へと消えていった。
おそらく、ロキにはロキの思惑があるのだろう。自由な行動が目立つがその“理由には意味がある”あの神はそう言う奴である。
――っと・・・・・・今朝から今までの事を思い出しながらもベートは目の前の光景に意識を戻す。
「どこかなー、ここですかー?」
多分、ペットでも探しているのだろうか? 目の前に獣人の少女が居る。少女はその頭部から生えているふさふさした耳をぴょこぴょこと動かしながらゴミ箱の中や植木の間などを熱心に観察している。少なくとも人間を探している動作ではないはずだ。ベートの常識はそう判断した。
そうとわかればそのまま通り過ぎればいいだけである。しかし、べートの中にある勘が囁く・・・・・・『この道を通るのはやめておけ』っと、ベートは考える。それは同時に目の前にいるどこにでもいそうな一般人に危険性を感じているのではないか・・・・・・っと、要するに“負けた気分”にさせられるのかと。無論、そのような事を受け入れる訳もなく、勘に背き、ベートはそのまま前進する。
それは選択肢の一つだった、ベートにはあのまま踵を返す選択もあった。そのまま進むという選択を選んだ時点でその責任はベート・ローガの物となる。
「おにーさん、おにーさん! そこの狼人のおにーさん!」
――故に彼は耳に入る少女の声をあえて聞き流した、厳密には無視したわけではないとベートは思う。少女のその言葉の条件の曖昧さに反応する事を保留している状態であると言い訳をしながら・・・・・・。
「そこの銀髪の長身の顔にイレズミをしている狼人のおにーさん! 話を聞いてくださーい」
・・・・・・かなり的確に身体的特徴を言ってくるが此処はオラリオのメインストリートの一つ、人々は行き交い稀有な事であるだろうが自分以外に条件が一致している人物もいるだろう。ベート自らに苦しい言い訳をしながらも声をかけてくる少女をさらに無視して歩を進めるが・・・・・・。
「【ロキ・ファミリア】の【凶狼】のベート・ローガのおにーさん~!」
おそらく【オラリオ】中を探し回っても一人しか該当しないであろう情報に現実逃避を止めて、ベートは嫌そうな顔のまま呼びかけてきた少女に向き直る。
「・・・・・・なんだよ・・・・・・つか、知ってるならはじめから名前で呼びやがれ」
遠目では見ていたが、幼さが目立つ少女であった。獣人であるのはわかるがこの様な人物に覚えのないベートは軽い困惑を覚えながらも少女を見る。少し癖のある長い黒髪に整っているがくりくりとした瞳の印象によって美少女と言うよりも可愛らしさが印象に残る。
「ほら、有名人だから名前まで言ったら迷惑かなーって」
「そう思うなら声をかける所から考えろ・・・・・・っで声をかけたんなら俺に用があるんだろ?」
「はい! お願いします人を探してるんですが手伝ってくれませんか!」
驚愕の真実にベートは顔が引き攣るを感じた。先ほどのゴミ箱の中や植木の間を見ていた行動が人探しであった事に・・・・・・逆に言えばそのような場所に出現か隠れる習性のある人物を探して欲しいという事だ。
「・・・・・・いや、俺は忙しいんだ・・・・・・すまねぇが力になりそうもない」
そんな怪しげな人間な上に厄介そうな事案に絶対に関わり合いたくない・・・・・・本心からそう思ったベートは少女から目を逸らしてやんわりと拒否する、最近は『便利屋』というトラブルメーカーも居るのだ。下手なことに首を突っ込まない方がいい。
「ロキさまが以前、ベートさんが街中をウロウロしてたら大抵は暇っておっしゃってましたよ?」
「なんでそんな情報を一般人に教えてんだ、あの馬鹿主神は!? って、ウチのロキと知り合いなのか?」
まさかの神物の名前に思わずツッコムが同時に疑問も覚えベートは少女に訪ねてみる。
「実は、この間死にそうな目に会ったの・・・・・・その時に・・・・・・以下中略、っという訳で手伝ってくれますね?」
「嫌に決まってんだろ? しかも俺の質問に答えてねぇし、なんだよ以下中略って説明する気ねぇだろ・・・・・・話は終わりだな、じゃあな」
「そう来ると思った! えいっ!!」
これ以上話すこともないとべートが背を向けた瞬間――少女は機敏な動きで、べートの背中に張り付く。突然の少女の奇行に驚いたべートが無意識に振り落とそうとするが、少女の次の言葉にその動きを硬直させる。
「いいんですか? 第一級冒険者が“子供”に怪我させちゃって!」
「てめぇ!? これが目的かよ! くそっ、離しやがれ!」
弱者を虐げる行為自体を嫌うベートには効果的であったのか、思うように動く事ができず見る見るうちに器用に上り詰めべートの両肩に足をかける・・・・・・所謂所の肩車の姿勢に落ち着く少女にべートも青筋を浮かべながらも首を回し睨みつける。
「さっきも言ったけど、この間死にかけたから、暴力を振るわない『冒険者』はすごく安全だとわかってるの!」
妙に自信満々に語る少女。確かに、理性と秩序を備えた人物であればそのような愚行を行う事はないだろう。ベートは少女の言葉に納得しながらも凶悪な笑みを浮かべ両肩に乗っている足を掴み・・・・・・。
「よぅし分かった! なら降りたくなるようにしてやるぜ! おらぁぁぁ!!」
そのまま、少女が落ちないように足を固定した状態で体全体で振り回したり、飛び上がったりする。しかし肝が据わっているのは少女の方もであった。匠に上半身を動かしてべートの動きに合わせて耐えている。とある『ハンター』がこの場にいればきっと「これは! 乗り攻撃の動きかな!」っと若干ずれた事を言っていた事だろう。
「ぴゃぁぁ!? いったい!? 着地の瞬間の衝撃痛い! ちょっと止めて! 腰とかお尻とか首とか痛いからぁ!」
「なら、とっとと諦めるんだなぁ!!」
「断固拒否します! 探すの手伝ってくれなかったら【凶狼】はか弱い子供に吠える人だって街中で言いふらしますよ!」
「おい馬鹿やめろ!? それはシャレにならねぇだろうが!」
まぁ、それでも暴れる長身の男性の肩の上、衝撃を緩和できない肩車された状態での着地や遠心力のかかった振り回しなどは少女の各部に確実にダメージを与えてゆく。
街中で肩車した青年とされた少女が騒ぐ光景・・・・・・他人から見ればその光景は“近所のおにいさんが子供と遊んであげている”であり、当人達の真剣さとは別に実に和やかな光景となっていた。
そんな攻防(?)をしばらく行ったあと・・・・・・そこには肩車したべートと肩車をされた少女がグロッキーになった姿があった。
「あっ・・・・・・頭振りすぎて頭痛してきやがった・・・・・・どうだ、降りる気になったか・・・・・・」
「ふふふ・・・・・・まだまだ余裕だ・・・・・・よぅ・・・・・・ウプッ」
「おい、それだけはやめろよ!? 取り敢えず降ろすぞ!」
振り回しすぎて色々とシャッフルしてしまい、青ざめた表情の少女が口元を抑える。その様子にベートも同時に青ざめる。頭上から吐瀉物が落ちてくると言うかなり嫌な未来を回避する為、ベートは急いで少女を地面に下ろすと近くにあったベンチに寝かせる。
「まずいな・・・・・・やりすぎたか・・・・・・まぁ、気分がよくなるまでいてやるか」
「ほんま最近のベートは、丸くなったなぁ・・・・・・いやぁ、ウチとしてはええもん見せてもらったからいいんやけどな」
「うっせぇ・・・・・・見せもんじゃねぇんだよ・・・・・・んっ!?」
体調を害した子供を放っておくなんて世間体の悪い事もできず、諦めた表情で突っ立ていたべートの背後からの知った声に、自然に返事を返しながらもその神物に急いで向き直ると、赤毛で糸目のよく見知った主神の姿があった。
「うぉ!? ロキ!?」
「しかも、“やりすぎた”んか? こんな幼女をぐったりさせるまで何をやったん?」
ニヤニヤと笑うロキにべートの顔を冷や汗が流れ落ちる。よりにも寄って見られたくない神物ナンバーワンのロキに見つかった事実にべートの中で嫌な汗も流れるのを感じた。そして大概悪い状況と言うのは続くものである・・・・・・。
「おや、べートにロキじゃないか・・・・・・どうしたんだい?」
「げぇ!? フィン!?」
金髪の小人族である、【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンと副団長であるリヴェリア。そして、ヒリュテ姉妹についてくる形のレフィーヤの五人が此方へと歩いてくる所であった。この状況をできるだけ知人に見られたくないと思っていたべートにとっては嫌なタイミングであった。
「チッ、べートをからかうんもここまでやな・・・・・・まぁ、さっきのは始終見とったからちゃんと分かっとるよ。最初に言ったやろ“丸くなった”って」
さらに嫌そうに歪む顔のべートの耳に入る程度の声量で呟くロキ。その言葉にベートの顔色が少し明るくなる。
「げぇ・・・・・・って、僕達の顔を見てそんな声を上げなくてもいいじゃないか・・・・・・本当にどうしたんだい?」
「・・・・・・おう、フィン。いやなんでもねぇよ、悪かった・・・・・・所でどこ行ってたんだ?」
「ダンジョンだよ。とはいえ・・・・・・今回はある事情ですぐに切り上げてきたんだ。ロキ、“花”の事で話がある。夜に時間をとってくれ。べート。勿論君もだ」
べートもフィンの様子と人数の割には異様に早く帰還してきた事からダンジョン内で何かしらのトラブルに遭遇したであろうと踏んでいた。
『花』という事はこちらも地下水路での出来事を報告する必要があるだろう。そこに関してはあまり気にしてはいない、大半がロキが勝手に報告してくれるのでそういう点では気が楽であった。
そうして話していると、幾分か顔色が良くなった少女が起き上がる。そして周りを見渡しティオネとティオナ。そしてレフィーヤを見かけるとすぐにベンチから降りて駆け寄る。
「ロキさまの所のお姉さんたち、おひさしぶりです!」
「あら? 貴女【怪物祭】の時の子じゃない! 元気だった?」
頭を下げる少女にいち早く気づいたティオネが声をかける。その後レフィーヤ。ティオナの順に思い出しそれぞれに話し始める。
「あん? おい、お前らこのチビスケと知り合いか?」
「そういえばべートさんは詳しくは知らなかったですよね。以前の“花”の一件で逃げ遅れた子がこの子なんですよ」
嗚呼――っと納得する、べート自体も報告では一般市民の子供が居たのは聞いていたが・・・・・・少女の死にかけたという発言はその時の事であり、確かロキがギルドまで送っていったというのも耳にしている。
「なるほど、理解したぜ。おいチビスケ、その人探しってのをそこにいる奴らに頼んだほうがいいんじゃねぇか?」
「人を探すなら高いところから見下ろす方がいいと思います」
「つまりこの中で一番身長の高い俺が適役って訳か・・・・・・くそ・・・・・・」
「って言うよりも。なんでべートとこの子が一緒にいるのよ?」
「それについては私が! 実はある用があってべートさんに話しかけたんですが。当然の如く無視をされまして。実力行使で抱きついたらべートさんもやる気になって、もう、すっごく激しく動かれてて、ベートさんも私の体の事を気遣いつつも無理矢理動くから腰がいたくなっちゃった・・・・・・止めてって言っても激しく動くからだよ」
ティオナの疑問に対して嬉々として意味深な意味に聞こえる答えを喋る少女。彼女が放った言葉は決して間違ってはいない。問題は受け取り側の心の汚さであり、彼女は清廉潔白な事しか言っていないのだ。だがそんな事情の知らない人間からすれば少女の言葉はどのように聞こえたのか? 発言が周りに浸透した瞬間、数人を除いたメンバーの場が凍った。反応様々な表情を各々張り付かせたまま全員の視線がべートに向かう。
「ベート・・・・・・アンタ・・・・・・最低ね」
「えっ・・・・・・嘘でしょ? ベート・・・・・・流石にそれは」
口を半開きにしてまるでゴミを見るような視線を向けてくるティオネと姉とは違って笑顔が引きつっているティオナ。
「待て、言いたい事はわかるが弁明させろ・・・・・・っていうか助けてくれ、ロキ・・・・・・」
圧倒的に不審者を見る目で見てくる同僚に即座に自己弁護を諦めたベートは、始終を見ていた主神に助けを求めるが、そこは“面白ければ細かいことを気にしない神々の一柱”である。無論の事ながらロクな事をしない。
「おう、わかったわ。確かに“街中であんなに激しい事されたら腰も痛くなる”わな・・・・・・こういうことやろ!」
「ロキ!? そんな・・・・・・べートさん! 不潔です!!」
ニヤニヤとしながらもロキの更なる爆弾発言もとい意味深な言葉に更に警戒が深まる。赤面した状態で半泣きのレフィーヤの言葉に、ベートは泣きそうな顔のまま喚く。
「違う! そうじゃねぇ!! 余計に場を引っ掻き回す気か!? 違うだろ!? お前ら二人して社会的に俺を抹消する気か!?」
そこに先程まで黙っていたフィンが『まぁまぁ』っと会話に入ってくる、冷静な団長の姿に事態の収束を感じ安堵のため息をつくべートだったが・・・・・・。
「まずは、会見からだね。責任は【ファミリア】で取らなければ民衆は納得しないから・・・・・・ねぇ、リヴェリア」
「フィンの言うとおりだ・・・・・・馬鹿者が・・・・・・せめて場所を考えろ」
「俺の信用のなさが半端ないんだが!?」
ついには頭を抱えて蹲るべートの完全敗北の瞬間をみて、少女とロキが同時に爆笑するのだった。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
いきなり笑い出したロキと少女を不思議そうに眺めていたが。始終を見ていたロキが説明しその説明が終わる頃には先ほどの空気は四散していた。
「べート、アンタがそう言うやつじゃないって信じてたわよ!」
「お前さっき人のこと“最低”ってゴミ見るような目で見ながら言ったよな?」
「あー、よかったぁ、ちょっと物理的に距離を離そうかなって迷っちゃったよ」
「ティオナ・・・・・・その言葉さえなかったら俺は傷つかずに済んだんだがな・・・・・・」
「良かったですぅ・・・・・・身内から犯罪者が出るかと思いましたぁ・・・・・・」
「地味にレフィーヤの言葉が刺みたいに刺さるな・・・・・・」
「ふふ、ちょっと“冗談”が過ぎちゃったね。僕もちゃんと信じていたよ」
「そうだな、フィン。少し戯れが過ぎたな・・・・・・」
「おい、フィン、ババアせめてそう言うならせめて視線合わせろ・・・・・・おい、そらすんじゃねぇ!」
酷い手のひらの返し様に青筋を浮かべ怒りに燃えるべート。信頼は積み上げるのは時間がかかるが崩れるのは一瞬と聞くが自身が体験するとなんと無情なことか。
「結局の所言うと、日頃のべートの行いが悪いっちゅう訳やな!」
「・・・・・・げふっ!?」
ロキの忌憚なき一言によって、べート青年の心に傷を残したものの、とにかく誤解が解けた事まではよかったが、問題は残っていた。
心底嫌そうにしているべートの姿にロキは苦笑いを浮かべながら案を出す。
「まぁ、今回は運が悪かったとしてこの子に付き合ったりや。ほな、おチビちゃん。ウチのべート貸したるから探してる人を一緒に探し? その代わりちゃんと、日が暮れるまでの家にかえるやで? 嫌そうな顔すんなやべート。たまにはええやろ?」
確かに妙に駄々をこねるのもあまりいい物ではない。人生諦めが肝心という言葉もある。無理矢理己を納得させたべートは自然な動作で少女を肩車して歩き出す。そしてロキやフィン達と別れて数分、重要なことを思い出し少女に尋ねる。
「そういえば、チビスケが探しているってのはどいつなんだ?」
「あっ。言ってなかった。えっとね、ハンターのおねえちゃん!」
「あの野郎かよ! 本当にロクでもねぇ事しかしやがらねぇなぁ!!」
それこそコレでもかと言いたげなくらいに嫌な顔をしながらも青筋を立てるという器用な事をしながらもベートは黙って当てなく探すしかないであろう。
『ハンター』その名称に即座に『便利屋』の顔が思い出され。べートの中にある嫌いな奴ランク上位にパイ・ルフィルの名前が上がったのだが、これは本人にしかわからないことであった。
とはいえ、何も策なしに探そうなどとはベートも少女も考えてはいない。特に『便利屋』として名高いパイを探す手掛かりとして情報を得やすいという利点がある。べートと少女はそれこそ道行く人に尋ねて回ったが・・・・・・これが骨の折れる作業であった。
「パイ? ううむ・・・・・・すまんが朝早くから何処かに行ったとしか分からぬな・・・・・・所で、現在『青の薬舗』でポーション五本購入の度に一本サービスする。というのをやっているのだが、これがそのチケットだ、うん? そうだ、この様な雑用とて立派な仕事だ、だからやっているのだよ、神自らな! っという訳で、よかったら立ち寄ってくれ」
っとパイが所属する【ファミリア】の主神に聞いたり――
「パイ? この前、肥料の事で手伝ってくれたけど、今日はみてないわね・・・・・・見かけたら今度うちの新作を送るって伝えてもらえないかしら?」
とある野菜作りに余念のない女神とか――
「パイ・ルフィルか? いや今日はウチの子との稽古の日ではないからな・・・・・・力になれずに、すまん」
髪型が若干愉快な武芸の神とか――神々だけならず、冒険者や一般人に尋ねるとその殆どが『便利屋』としてのパイ・ルフィルを知っていた。そして、二人はその『便利屋』の汎用性の高さを垣間見る事となる。
ダンジョン内の素材集めから始まり、特定のアイテムの納品や設備の修繕、溝掃除や屋根の修理。はては子守りの類すら請け負っているらしく。その仕事ぶりの受けもいいのだろう。関係者でもないのにほとんどの人間から「『便利屋』のよろしく伝えてくれ」と言付けを受けるほどであった。
「あいつ・・・・・・尻が軽すぎるだろ・・・・・・つか、いくら何でも声かけたほとんどの奴が知り合いだっていうのか?」
そう考えれば驚愕の事実である、ある程度の期間を冒険者としていれば自然と付き合いで顔を知っていく事はあるが、一般人、果ては多くの神々にまで顔を知られている上に関係が良好というのも稀有な例であるだろう。
少なくとも【ファミリア】の在り方を正しく認識しているべートにとっては、それがどれほど異常で困難な事か理解できる。
きっとあの能天気な間の抜けた顔に毒されたのだろう。日頃愉快そうに過ごしている『便利屋』の顔を思い出しながらベートは現状を再認識して疲れを自覚した。
「べートさん、お疲れみたいだけど大丈夫?」
「チビスケが俺に絡まなかったら疲れなかったんだがな」
「それに関しては運がなかったということで・・・・・・あっ、彼処にベンチがあるよちょっと座ろうよ」
べートの嫌味を軽くスルーしてベンチでの休憩を提案する獣人の少女。ベートも歩き疲れた訳ではないが精神的疲労も溜まってきているので、大人しく獣人の少女を地面におろして自らもベンチに座る。
互いに深く息を吐き、しばしの休息を得ようとするが、そこでべートは獣人の少女が浮かない顔をしている事に気付く。それなりの時間が立っているとはいえ、吐き気を催すぐらいに振り回した事を思い出し、気分が悪くなったのかと不安がよぎる。
――くぅ――
可愛らしい音が獣人の少女の腹部から鳴る。腹をさすり少女は呟く。
「・・・・・・お腹すいた」
「・・・・・・もしかして、昼も食べずに探してたのか?」
べートの危惧していた事ではなかった事に安堵しながらも、コクりと頷く少女。時刻も正午の短針が三回ほど回った頃である、成長期の子供にとっては空腹は辛いだろうが、下手に胃に物を入れると夕飯時につかえるかもしれない。そんな事を考えながらも視線を周りに向けるとクレープ屋の屋台が視界に入る。
【凶狼】とクレープ屋。この組み合わせを似合わないと真っ先に言うのはべート本人であるが、きっと彼を知る人間が十人いれば十人は似合わないと答えるであろう。
「腹減ってんならそこのクレープ屋で何か買って来るか?」
そう告げて小銭を少女に差し出すが、少女は首を横に振る。
「ううん、べートさんには今も付き合ってもらってるし・・・・・・我慢する」
遠慮と言うよりもそういう教育を受けているのだろう。しかし、べートからすれば腹を減らした子供を放置する方が気が良くない。舌打ちを打ってベンチから立ち上がると、見上げてくる少女に何処か気持ちの篭っていない声音で告げる。
「あー・・・・・・なんか、無性にあそこの甘味が食いたくなった。俺ひとりで食うのも気が引けるからチビスケ、お前も付き合え。いいか? 戻ってくるまで動くんじゃねぇぞ?」
少女の返事も待たずに大股でクレープ屋へ歩いてゆくべート。少女の側からは見えないのだが、かの【凶狼】が気恥かしさからくる羞恥に頬を染めながらクレープ屋に並ぶ光景があり、それをたまたま見ていた、とある【ファミリア】の【超凡夫】が驚愕の表情で頼まれていた買い物を一度地面に落とした上に同【ファミリア】で慌てた様子でその光景を口伝で広めたのだが、今回は関係のない話である。
そんなべートの背中を見つめていた少女・・・・・・そんな彼女の足元、どこにいたのか妙に毛艶のいい白黒のブチ模様の猫が足元に擦り寄っていた。
「あっ・・・・・・猫・・・・・・かわいい」
喉元を撫でられ機嫌よさそうに喉を鳴らした猫は唐突に獣人の少女の元を離れ、まるで少女を誘う様に路地の入口で立ち止まり、そして――
――みゃあ――
まるで「こっちにおいでよ」と言いたげに一声を上げこちらを見つめてくる。その姿に、早々にべートの言いつけを守らず猫の後を追いかけてゆく少女・・・・・・数分後、青筋を浮かべた【凶狼】がベンチに戻ると、そこには少女の姿はなかったのであった。
――――――――――――――
男達は【ファミリア】という居場所を失い、その身を堕ちる所まで堕としていた。
【ソーマ・ファミリア】この一年と半年で一気に【オラリオ】の中で急成長した【ファミリア】。彼らは元々はその【ファミリア】の所属しており、一人は“団長”の肩書きすらある人物であった。
しかし、それは過去の物であり、今やその姿を見る影もない・・・・・・。
もとより【ファミリア】を追放され、さしたる努力も行わずに一人は金勘定を、他の三人は同じ【ファミリア】の弱者から略奪を繰り返していたような輩であり、彼らの実力は『冒険者』の中でも低かった。
実力主義の『冒険者』に取って大きな価値とはそれぐらいのものであり、その価値すらも弱い彼らを受け入れてくれる【ファミリア】など【オラリオ】には存在しなかった。
――否、存在自体はしていたが、明らかに“駒”としか扱われなさそうなヤバそうな所とかを除いていった結果・・・・・・恩恵を失った一般人という立場でありながら自尊心だけは強い徒党となったのだ。
そんな経緯があり、浮浪者の様に見窄らしい格好となった四人の“元”冒険者は陽の当たる場所から隠れるように今日も路地裏でを転々としながら生活している。
普通であればそのような者に話しかけるような稀有な存在は居ないだろう・・・・・・そう、普通であれば・・・・・・。
――みゃぁ――
猫の鳴き声に反応し、無精ひげに死んだ目をした犬人の男が振り返る。
裏路地という環境上、道を熟知し近道として通行する人も多い。しかし、その日はその類の人物が通る日ではなかったようだ。振り返った男。元ソーマファミリアのカヌゥ・ベルフェイは黒と白のブチの入った猫とその猫を追いかけてきた少女と目が合った。
「おじさん、そこの浮浪者のおじさん。ちょっといいですか?」
少女の言葉に戸惑いながらも小さく反応する四人。この様な場所でこの様な怪しげな者に話しかけるなど・・・・・・不思議に思いながらも男達のひとり、割れて機能の半分も果たせていないメガネをかけた男。ザニス・ルストラが前に出て答える。
「なんだ小娘」
「人を探しているんですけど、『便利屋』さんって知ってますか?」
「便利屋? いや知らないな・・・・・・用がなければ何処かに行け・・・・・・」
鬱陶しそうに手を振るザニスに対して更に少女はその探し人の特徴を伝えるが・・・・・・それがいけなかった。
「そう言わないで、小柄で白髪の女の人なんだけど・・・・・・」
「「白髪・・・・・・の・・・・・・おん・・・・・・な? ぬほぉおぉぉぉぉぉ!?」」
“『白髪』『女』”ザニスとカヌゥは同時に思い出し忌々しげに吠える。その変貌ぶりにビクリっと肩を振りわせ困惑する少女。
「ええっ? どうしたんですか?」
「メガネがメガネの古傷が痛む・・・・・・カヌゥ・・・・・・覚えているかあの屈辱をぉ!」
「どういう事?」
血走った目で、メガネを抑えながら吠えるザニスを可哀想な物を見る目で見ながら、少女はまだ冷静そうなカヌゥに向けて声をかける。
「お前の今言った特徴の女の・・・・・・あの、クソ投げ女思い出してしかたねぇんだよ!」
「くそなげおんな?」
「ああ、嘗て【ファミリア】にいた頃に日課をしてたら急に後ろから・・・・・・まぁ、汚いものを投げつけてきた女が居たんだ」
「えっ? なにそれ、すごく怖い」
カヌゥが憤怒の如く怒りに震え力説する内容に、少女は一年半ほど前に奇っ怪な事件があったことを思い出す。
「っという訳で、チビ。お前に罪は無いが、ちょっとひどい目にあって貰おうという事なんだが・・・・・・」
「えっ! どういうわけ!? やだよ その人にされたんであって私は関係ないよ!?」
「その時に略奪してた小人も当たり前の話でチビだったしな!」
「今、略奪って言ったぁ! 私知ってるよ、それ悪い事だよね! って事はおじさん達は悪い人じゃない! そんな事してるから【ファミリア】に居られなくなったんでしょ!?」
「うるせぇ! おいこのチビを抑えろ! 口とか触んなよ俺ら汚ぇんだからチビに変な病気とかになったらまずいだろうが!」
妙に紳士的な部分もある小悪党じみたカヌゥ達三人に拘束され身動きが取れなくなってしまう少女。そこに片方のレンズが割れたメガネが本体である可能性を口にしたザニスが下卑た笑みを浮かべ近づいてくる。その姿に少女は悪寒を感じる。
「安心しろ、決して我らはお前のような小娘に社会的な制裁を受けるような如何わしい事はしない!」
路地裏で男三人に拘束されている少女とそれに近づく薄汚れた男・・・・・・そんな犯罪現場としか見えない構図であるにもかかわらず、ザニスはいけしゃあしゃあと告げる。この時点で社会的にアウトなのだが、それを気にする事なく男は懐からペンを取り出す。
「おい、ザニス・・・・・・そんなもん持ち出してどうする気だ?」
カヌゥが怪訝そうに尋ねる、ザニスと呼ばれたメガネはやや芝居がかった仕草でそれを掲げる。
「よくぞ聞いたカヌゥよ、コレはかの『万能者』が作成したとっても便利なペンだ。水に解けないという特性があり少量の血液をインク替わりにして書けるペンでな・・・・・・そして、今からこれで、小娘。お前の顔に“恥ずかしい落書きをする”!」
「「「「なっ!? なんだって!!」」」」
仲良く少女を含めた四人が同時に声を上げる。かなり間抜けな上に下らない内容だが、それ故に少女は問う。
「あの・・・・・・恥ずかしい落書きって・・・・・・どれだけ“恥ずかしい”の?」
「ん? それは・・・・・・はっ!?」
少女の問いにザニスはしばし考えるような仕草をするが、すぐに顔色を青ざめさせる。そのままカヌゥ達に手招きをし拘束を解かれた少女を置いて円陣を組んでこそこそと会話をしだす。
少女もその間に逃げればいいのについ“内容”が気になって大人しく待っている。円陣が解かれこちらに視線を向けるザニス達の表情を見て少女は逃げなかったことを後悔した。彼らの顔色は悪く、その目は予定外の家畜を出荷せざるを得ない憐憫を含めてなお無機質な物を見る目であった。
「すまない、小娘よ。とてもじゃないが口に出してしまうには色々と問題のある内容でな・・・・・・」
「うっ・・・・・・うん、じゃあやめよ? 今なら間に合うからね・・・・・・ヒッ!?」
もともと壁際だった少女にジリジリと近づくカヌゥ達、そして少女の両腕を再度拘束し、ザニスへと突き出す。
「しかしだ、しかしここまで来たからには引き返すことなどできぬ・・・・・・案ずることはない、たとえ口に出せずとも・・・・・・描くことはできる!!」
「やめてぇぇぇ! それ水で消えない奴なんだよね! そんなので書かれたら取れないんだよね!?」
暴れる少女だがその姿を見ないように顔を背けて悲痛そうな顔をするカヌゥ達。そんな顔するなら離して欲しいと叫ぶ少女の悲鳴が路地裏に響く。もはや混沌しかない路地裏。少女は不運にも“口には出せないが描くこと”はできる恥ずかしい落書きをされてしまうのを想像して半泣きの表情で首を振るう。
「暴れるでない! この先に新たなる芸術が誕生するかもしれないのだ・・・・・・はぁはぁ・・・・・・いかん、緊張で動悸が・・・・・・」
最早、己らがひどく馬鹿げた事をしているという自覚すらないザニス一行。ペンが血液を吸い込み、その先端が少女の肌に・・・・・・触れることはなかった。
「取り敢えず・・・・・・この状況見る限り、お前らが悪者って事でいいんだよなぁ?」
「・・・・・・いま世紀の革命が起きるかもしれないのだ。邪魔をす・・・・・・ひぎゅぅ!?」
その時、路地裏に怒気を含めた第三者の声が響き・・・・・・その人物によって、丁度中腰で尻を突き出すような姿勢であったザニスの尻を容赦なく下から蹴り上げられる。蹴られたザニスは白目を向いて数センチ浮き上がると泡を吹いて地に伏す事となった。
突然の襲撃者に気絶したザニス以外の三人が警戒するが、その人物の姿を見た瞬間に警戒から畏怖へと変わる。
「ひぇあっ・・・・・・!? ひひゃああっ!?」
ひとりが最早悲鳴にもならない声を上げる。しかしカヌゥにはその気持ちが痛いほど理解できた、それはダンジョンの中で化物に出会うような物であるだろうとも・・・・・・。
いや・・・・・・化物であるならば幾分かマシかも知れない。最悪死という逃避がそこにあるだろう。生に執着するが故に恐怖に塗られた思考は、死と言う逃避にすがる事案も確かに存在する。
矛盾を孕んだ恐怖。明らかに理性ある人間がその身を高みへの頂へと突き進んだ強者。目の前にはその強者がまったく似合わないクレープを持って無表情で蹴り上げた足を戻していた。
【凶狼】。べート・ローガ・・・・・・カヌゥ達は思う――“なぜ、こいつがこの様な場所にいるのか? ”っと、実際は失踪した少女を探しに来たのだが、事情の知らないカヌゥには理解できなかった。そして、少しでも安全に、無事にやり過ごす方法を必死に考えている間にも物事は進む。
思考に動きを止めるカヌゥと違い、取り巻きの二人はその間に行動を開始していた。一人は逃亡を図り、一人は無謀にも特攻した。
「いっ、行き止まっ・・・・・・!?」
だが――逃亡を図り背後を振り返った男は絶望をその顔に貼り付けながら声を上げる。此処は路地裏の狭い場所。弱者を逃がさぬ為に逃げ場のない場所を選んで来たのだ。退路が防がれている以上これ以上の後退はできない。
獲物を追う事に夢中で自らの現状すらも忘却したのだろう。狩る側が狩られる側になる。嘗てダンジョンで、【ファミリア】で見てきた“常識”とその末路を知るが故に、男は力なく座り込んだ。
そんな滑稽な行動の果ての姿にカヌゥは焦りを通り越して冷静になる。そして、潔い者も居れば足掻く者もいる。
「うあああああああああああああああああああっ!?」
それは特攻以外の何物でもなかった【恩恵】なき彼らの身体能力など高が知れている。そして、相手が全くと言っていいほど“手加減”をしている事も、“気絶”で済んでいるザニスの様子を見ても明らかである。
腰から抜かれたやや錆び付いたナイフ。今の彼にとってはそれだけが身を守るための牙であるのだろう・・・・・・とは言えど、どう頑張っても真っ向から第一級冒険者に勝てる理由もなく。カヌゥのやや上をベートの蹴りで吹き飛んでいく様をいっそ清々しい気持ちで見送るカヌゥ。
「あっ・・・・・・ベートさん・・・・・・」
少女が小さく呟く。その呟きを耳にした瞬間、カヌゥは触れてはいけない物に触れたのを理解した。
なぜ、かの【凶狼】がこの様な少女と一緒にいるのか経緯こそ分からないがカヌゥは心の底から思う。
(あのクソ投げ女の一件以降本気で運がついてねぇなぁ・・・・・・)
カヌゥは知らない。今回のこの一件もその“クソ投げ女”が関係している事を、その事実を知らない事はカヌゥ達にとっては幸か不幸か・・・・・・。
とは言え、この現状で弁明等出来る訳がない。明らかに少女に対して如何わしい事をしようとしている現行犯である。説得はおそらく無意味、抵抗は確実に無意味、命乞いは・・・・・・しようが、しまいが結果はそう変わらないだろう、カヌゥは静かに微笑み・・・・・・せめてもの自尊心を守る為、声の限り叫ぶ。
「何でだよっ、何でてめぇが、ココにいやがるんだよぉおおおおおおおおおおおおお!?」
顔面に向かって突きこまれた靴底をめり込ませながら、せめて少女を巻き込まぬよう自ら身を捩り壁に激突する。カヌゥは軽い抵抗を行った自らに満足していた・・・・・・そして――
「やっ、止めええええええええええええええええええええええええええっーーーー」
最後に残った無抵抗であろう仲間の悲鳴と鈍い音を子守唄にして薄れていく意識を確実に闇へと落とすのであった・・・・・・。
――――――――――――――
ベート・ローガは焦りが安心へと変わるのを感じていた。
少し薄汚れてはいるが。怪我のなさそうな少女の姿に心の中で安堵のため息を吐くと同時に怒りを覚える。
そもそも、たかだかクレープを注文して受け取る間の時間でさえもじっとできないのかと・・・・・・。
説教などすればそれこそ、小一時間ぐらいかかりそうな気持ちを抑え、同時に【ファミリア】のママと呼ばれているリヴェリアの気持ちも少し理解できてしまった。
「怪我は・・・・・・ねぇみたいだな」
見ればわかるがあくまで確認である。少女も立ち上がり頷き・・・・・・所在なさげに俯く。その姿にベートも説教する気分になれなかった・・・・・・ベートはうつむき気味に目をそらす少女の頭部に何も言わずに少女の手を置く。
「・・・・・・ごめんなさい」
素直に謝る少女に対して苦笑を浮かべるベートだが・・・・・・別に彼は“許した”訳ではなかった。
「所で・・・・・・言ったよな?」
「・・・・・・えっ・・・・・・んんっ!? いっ・・・・・・痛い! あのベートさん? すごく頭が痛いんだけど!?」
突然の頭部を押さえつけられたような・・・・・・少女にとっては未知の痛み・・・・・・ベートのアイアンクローに少女の頭蓋骨がミシミシと音を立て始める。そんなベートの表情はいっそ微笑みと呼ぶにふさわしく、どこまでも優しき笑みであり、そこに浮かぶ青筋が彼の怒りの程を示していた。
「戻ってくるまで、動くんじゃねぇぞ・・・・・・って、俺は言ったよなぁぁぁ!!?」
「あだだだだ!? ごめんなさい! 動いちゃいました! 反省してま・・・・・・音ぉ!? 音鳴ってる頭からミジミジって鳴っちゃいけない音がなってるぅぅぅ!」
握力だけで、本来滑る髪をものともせずに少女を持ち上げるベート。その姿明らかに絶賛、児童虐待中の光景であった。
それから、たっぷり5秒間の間折檻を行ったベートは少女と共に路地裏から出て先程座っていたベンチに腰掛け少しふやけたクレープを食べていた。未だに痛む頭をさすりながら少女は改めてべートに礼を言う。
「さっきはありがとう、ベートさん」
「・・・・・・ケッ、礼なんざどうでもいいから、さっさと食え」
口ではそういうモノの、べートの手には未だに食べかけのクレープが握られており、見る人が見れば少女の食べるスピードに合わせてゆっくりとした速度で食べていることが見て取れる。
横目で美味そうにクレープを頬張る少女を見て次に空を眺めると、やや、茜色の気配が近づきつつあった。もはやそれほどの時間も無いが、もとより人探しなど短時間でできる内容でもない。今にして思えば、この様な時間でゆっくりできたのも事実であり、案外ロキもその当たりを考えて今回の同行を命じたのだろうか。
(いや・・・・・・まさかな、もしそうならアイツに頭脳戦じゃ勝てる気がしねぇ)
食えない主神の顔を思い出しながらもクレープを片付けた二人は、再度、少女を肩車してオラリオの街を練り歩き・・・・・・結論から言えばパイに出会うことなく夕暮れの時刻まで過ぎていった。
少女の道案内の下、少女の家まで送り届ける。何故か後をついてきたブチ柄の猫と共に少女が帰宅し、その時にまさかの【凶狼】の登場に少女の母が驚愕したりとか猫を飼いたいとせがむ娘の駄々等など、細かい部分で色々とあったが割愛しておく。
その後、べートは本拠である『黄昏の館』に戻り、夕飯後の幹部達による会議が執り行われ。その内容は大まか“花”の事であった。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「さて、これから花の事を話すのだけど・・・・・・その前に、べート。結局あの小さなお嬢さんの想い人は見つかったのかい?」
執務室に集まった幹部達、主神ロキと、トップ3であるフィン、リヴェリア、ガレス。そしてアイズ、べートとヒリュテ姉妹あと、レフィーヤの九人が集まっていた。
そんな中で思い出したように訪ねてくるフィンにベートは頭を掻きながら答える。
「いんや、結局見つからなかったぜ・・・・・・しかも、その探し人ってのがあの『便利屋』でよ・・・・・・」
少しめんどくさそうに告げるべートの言葉。その中にある『便利屋』のワードが出た瞬間、ダンジョンへ潜っていたメンバー達が目を丸くして気まずそうにしている。
「・・・・・・おい、お前ら・・・・・・どうした?」
その様子にベートは嫌な物を感じながらも声をかける。するとフィンが珍しく、本当に珍しく言葉を選ぶようにべートに告げた。
「えっと・・・・・・落ち込まないでほしいのだが・・・・・・その・・・・・・えっと・・・・・・その『便利屋』なんだが・・・・・・ルフィル君は、その・・・・・・“僕達と一緒にダンジョンで『花』の対応”をしてくれていてね」
「・・・・・・は?」
フィンの言葉に全員に気まずそうな空気が流れる。長い間、オラリオの街を歩いて探した人物がダンジョンの中に居たわけであり。それはつまり、べートの行動そのものが無駄であったという事になる・・・・・・つまり――
「俺のやったこと無駄ってことじゃねぇぇかぁぁぁぁ!! クソがぁぁぁぁぁぁ!!」
本日初めての【凶狼】らしい叫びが黄昏の館に響き渡ったのであった・・・・・・。