ハンターが飛び込んだ先がダンジョンなのは間違っているだろうか? 作:あんこう鍋
【オラリオ】の街・・・・・・その中になる『黄昏の館』にてベートが憤怒の叫びを上げる十数時間前の事・・・・・・パイ・ルフィルは宛もなくダンジョンに潜っていた。
ここは十八階層リヴェラの町である。安全圏である場所まで降りてきたパイは変な歌を口ずさみながら歩いていた。
『便利屋』としての仕事もなくかと言って、休息を取るほど疲れているわけでもない。上納金として【ファミリア】に献上している金額でファミリアの経済が潤っているのと主神の“悪い癖”を改善させた為に【ミアハ・ファミリア】団長のナァーザが言うには『資金稼ぎの為の手を打つぐらいの資金が集まった』との事だ。
あまり、自立を損なう程の過度の干渉を嫌うパイの性格を短い間と言えど知っている【ファミリア】の主神。ミアハと団長のナァーザは余裕のある資金源を確保してくれてパイに感謝した後、“コレまでの商品としてだけではなく概念すらも変える可能性のある新商品”の構想をパイに提示した。
その内容は確かに画期的であり、これまでに無い商品である事はパイですら理解できた。後の問題はその素材を集めて試作していくだけだがその考えも荒方は決まっているらしい。
以前は常に火の車のような経理だった為に、心に余裕のなかったナァーザだったが、最近は微笑む回数も増え、ダンジョンに潜れない自分に出来る事を見据え日々薬師として新しい事に挑戦している。
パイもその“新商品”の素材集めの手伝いを申し出たが、ナァーザからこれ以上の恩を受けると甘えてしまうのでこちらで時期が来れば冒険者を雇って依頼を出す予定であると・・・・・・最近は商法のやり方を変えて、ある方法を試してみた結果“売上が向上し、神ミアハの欲求も解消できる”アイデアによって金銭的な余裕が出てきたのが大きいだろう。
「歩いて~♪ 歩いて~♪ 飛び込む穴あれば入るのが・・・・・・・おや?」
そんな訳で、久々に暇になったパイが散歩感覚でダンジョンに降りてきたのだが、見知った人物を見つけたので声をかける。
「ハナーシャさんかな? どうしたのかなー?」
以前【ガネーシャ・ファミリア】に【怪物祭】の出し物のモンスターを捕獲している時に盛大な勘違いをして襲いかかった団員がいた。死角からの【アレ】を見事に回避した豪傑であり中々の実力者である。そんな彼を見かけ声をかけようとするが、ハナーシャの他にもうひとり猫人の女性冒険者が居る事に気づく。
黒髪でショートヘアーの活発そうな女性である。遠めだがハナーシャから女性へと何かを受け渡しているの様だ。
『冒険者』同士の干渉はあまり褒められた物ではない。知り合いではあるが、受け渡し現場を見ていました。とバカ正直に言う必要もないだろうっと思い。パイはその場から離れる猫人の女性冒険者を尻目にハナーシャに話しかけようとした所である事に気づき背後を振り返る。
そこには赤毛の若干目つきの悪い女性が顔を半分だけ覗かせていた。視線はばっちりとハナーシャをロックオンしており、パイの存在には気づいていない。
(えっ・・・・・・何このお姉さん。ずっとハナーシャさんの事ガン見してるんだけど・・・・・・ストーカーってやつかな? 怖い人って奴かな?)
まるで精巧な人形の様に瞬きせずに見ている不気味な女性に若干引き気味なパイだが、このまま放っておくのも後味が悪いので話しかけることにする。
「あのー。そんな所で何してるのかな?」
パイが赤毛の女性に話しかけた瞬間、今まで全く気付いていなかったのか視線をパイの方向に向けると、女性は驚いた表情をパイに向ける。その表情に可愛らしさを感じながらパイは言葉を続ける。
「なんかあのムキムキな人をしっかり見てたけど、あの人に用かな?」
「むっ・・・・・・ああ、そうなんだ。なかなか機会がなくてな・・・・・・」
急に話しかけたせいか少し戸惑いながらも赤毛の女性は答える。そんな女性の言葉になるほど・・・・・・っと言いながらも頷くパイ。
「つまり、お姉さんは恥ずかしがり屋さんなのかな、しかし、ハナーシャさんは知り合い多いのかな・・・・・・さっきも誰かに何か渡してたし」
したり顔で頷くパイに、見当違いな事を言われた赤毛の女性はやや不快そうに眉をひそめる。
しかし、数瞬してからパイの言葉の後半の意味を理解した赤毛の女性は潜めていた眉の力を抜きパイに尋ねる。
「いや・・・・・・そういう訳では・・・・・・んっ? なぁ、今何と言った・・・・・・えっと」
「ん? ああ、ごめんかな。私はパイっていうかな!」
言い淀む赤毛の女に今だに自己紹介をしていなかった事に気付いたパイが明るい声音で名を告げる。
「パイか・・・・・・私はレヴァスだ。所であの男・・・・・・ハナーシャが誰かと物資の取引をしていたみたいな事を言わなかったか?」
レヴァスと名乗った女性の言葉にしまった・・・・・・と言った表情を浮かべるパイ。とは言えど知ってる事などほとんどないので、そのまま先程見た現場の事を伝えると、レヴァスは表情を落胆させる。
「あっ・・・・・・あれ、レヴァス? どうしたのかな?」
明らかに気落ちしてしまったレヴァスにパイは声をかける。声を掛けられたレヴァスも若干しょぼくれており、理由こそ分からないがショックを受けたらしいことが受け取られる。
「実は、ハナーシャが持っている物を譲って貰おうと考えていたのだが・・・・・・上手くいかんものだ・・・・・・所で誰に渡したかとかわかるか?」
実の所レヴァスはかなり物騒な方法で“宝玉”と呼ばれるアイテムを奪う算段だったのだが、パイの言葉を聞いてその必要が無い事を知った・・・・・・までは良かったのだが問題はその受け取った相手である。
「誰かはわからないかな? 女性だったとは思うけど・・・・・・あれだったらハナーシャさんに直接聞いてみようか?」
「いや、大丈夫だ! あとは自分でどうにかできる。せっかく聞いてくれたのに悪いな」
気遣って提案するパイに、レヴァスは慌てた様子で告げる。実際に後ろめたい事をしようとしている訳なのであまり目立ちたくないという理由もあるのだが。
「えっと・・・・・・ごめんなさいなのかな。急に話しかけたら怪しいかな・・・・・・」
だが、パイの明らかに気を落した様子にレヴァスはさらに慌ててしまう。
「なっ、違うぞ!? 本当にそんなに重要な事ではないのだ」
「私には重要でもないのにしょんぼりする理由がわからないのかなぁ・・・・・・」
(メンドくさいなこいつ・・・・・・)
レヴァスの中で若干気が急いている為、微妙な苛立ちを感じてしまうが。元より善意で近づいてきた人間を相手に気の利いた言葉を告げれるほど彼女は器用なタイプではなく、余計に気を遣い悪循環を生む。
「あー、とにかく、大丈夫だ。物に関しては別の方法を試してみる。だからパイが気にする必要などないんだ! 本当だ・・・・・・ってなんだ!? いきなり・・・・・・はぁ!?」
そんな良くわからない状態でさらに二人を混乱させる出来事が起きる。突然の地響きと共にリヴェラの町。その生命線でもある水源の一つである池から、以前の【怪物祭】で戦闘を経験した“花型のモンスター”。食人花が大量に出現したのだ。
口を半開きにして怪訝そうな表情でその食人花の登場を見つめる二人。【怪物祭】以後の調査に関しては【ロキ・ファミリア】が主に未知のモンスターである食人花の調査を担当し、パイは【大陸】のモンスターの出現条件の調査を担当する流れになっていたが、まさかこちらに出てくるとは・・・・・・まさかのダンジョン内部の比較的中層かつ安全圏と呼ばれるこの場所に複数が出現するとはパイは思っていなかった。
とはいえ、あの食人花を討伐できる冒険者がリヴェラの町に居るかもどうかもわからない。パイは気持ちを切り替え双剣を抜刀させる。目指すは討伐対象・・・・・・っと駆け出す前に背後にいるレヴァスに声をかける。
「レヴァスは避難するかな! うおー! 成敗するかなー!!」
「おっ、おい待てパイ・・・・・・抜刀したと思ったらすぐに戻すのか!? いやそうじゃなくて・・・・・・行ってしまった」
双剣を抜いたまま走るのは危険と思ったのか・・・・・・ノリで抜き払ったはいいが、すぐに納刀してから食人花に向かって駆け出すパイを呼び止めようとするレヴァスだったがそれを聞くことなく突っ走ってゆくパイ。
「オリヴァスゥ・・・・・・あの馬鹿が、まともに仕事もできんのか・・・・・・」
現状に心当たりのあるレヴァスが下手人の名を憎らしげに呟く。計画が破綻した事を感じ痛む頭を抑える。そんな彼女の声も騒動とともに混乱する人々の悲鳴にかき消されるのだった。
――――――――――――――
フィン・ディムナは突然の襲撃に動じることなく指示を出していた。
朝から元気なアマゾネスのティオネとティオナ姉妹とレフィーヤからダンジョンの探索の誘いを受け、最近は事務作業ばかりだった事もあり快く承諾。リヴェリアも参加し五人で中層をメインに稼ごうと、その途中にあるリヴェラの町に立ち寄る事にしたのだが。物価の高いリヴェラの町では魔石の換金などで寄ることはあれどほかの用事では珍しい。特に今回は一泊宿で泊まる事を提案し折角なのでその金額もフィン自身が負担すると言った矢先にあれは現れた。
歴戦の猛者でもあるメンバーはともかくレフィーヤはやや困惑気味である。リヴェリアが愛弟子の場慣れしていない様子に、少し呆れたようなため息をつくのを苦笑しながら見ていたが、状況が状況なのですぐに気を取り直す。
強力なモンスターであるが武器を所持したティオネとティオナの二人が居れば十分に討伐可能だろうと、即座に二人に迎撃の指示をだし、魔力に反応すると報告を受けている事と増援を警戒してリヴェリアとレフィーヤは手元に残しながらリヴェラの町の統括であるボールスを経由して街の防衛陣を組んでいる所であった。
そして、そんな所には最近、必ずと言って乱入してくる奴が居る。というか彼女が居るところに乱が起きると言うべきか・・・・・・今回もその例に漏れる事がなかった。
「うおー! 討伐じゃー、狩猟じゃー! あっ、フィンさんに、リヴェリアさんに、レフィーヤじゃないかな! こんにちはかな! こんな所でどうしたのかな?」
最近は何処に出てきても驚かなくなってしまった神出鬼没な『ハンター』という娘。パイの姿にフィンも状況に似合わない苦笑いを浮かべながら返事をする。
「やぁ、ルフィル君。君は何処にでも居てるんだね。その格好を見るからにアレを討伐しに行くのかい?」
フィンの質問に急ブレーキを掛けながら止まったパイが少し考えるような仕草をした後に答える。
「そのつもりなのかな! もしかして手を出したらダメかな?」
パイの言葉に一回頷くとフィンは短い時間で思考を重ねてゆく。
今までこの階層で想定外のモンスターの襲撃で街が破壊された事は多くあっても、あのモンスターが出現したのは今回が初めてのはずだ・・・・・・町が壊滅したとしてもそこにいる冒険者が全滅する事がない以上、あれほど特殊なモンスターによる襲撃であるならば噂ぐらいにはなるだろう。フィンも冒険者としては長いし、情報が武器になると理解してからはその収集に余念がないという自覚はある。
ならば、今までの常識を一回外して思考した方が良い。少なくともあのモンスターは【オラリオ】の・・・・・・地上に出現したのだ。恐らく今頃はロキが護衛を連れて地下水路当たりを調査する為に行動しているだろう。ガレスかべート当たりを連れ添って行動している可能性が高い。出来れば身を危険にするような行動をとって欲しくはないがその自らの足で得た情報が貴重な場合も多く実際に助けられている身としては、ロキとフィンは主神と眷属と言うよりも一種のパートナーのような関係であるだろう。
そう考えれば、次はタイミングだ。何故、この時に出現させたのか。あのモンスターを持ち込んだ存在が居ると考えるのが普通だ。調律師と呼ばれる存在、未だ影すら掴めていないが警戒するに越したことはない。特に“何が目的かわからない”場合はなおさらである。
引き金となるような変わった事、その一つに【ロキ・ファミリア】の主力がこの階層に来た事だろうか? それとも別の理由・・・・・・それこそ目の前の『ハンター』が関連しているのか・・・・・・?
ここは、一つの賭けに出るか? フィンはそれぞれに不安要素を抱えている状態ではあるが、逆に言えばこちらにとっても相手の反応をみるチャンスでもある。そして、目の前にいる『ハンター』の実力を知る二人が現場にいるのだ。此処は攻勢に出る必要性もあると踏んだフィンは、パイに援助を要請することにした。
「いや、寧ろ現場に行って欲しい。ただ、あのモンスターの魔石は貴重な物で、できるだけ魔石を砕かずに倒して欲しいのと、出現のタイミングが余りにも不自然だ。調律師が操っている可能性が高い・・・・・・敵がアレだけだとは思わずに警戒して欲しいのと、その情報を先に向かったティオネとティオナにも伝えて欲しい。お願いできるかい?」
「なるほど、わかったかな! では行ってくるかなー!」
そう言って飛び出してゆくパイ。そのまっすぐに飛び出してゆく姿を見送りながらもフィンは厳しい視線のまま遠くで破壊活動を続ける食人花を睨むように眺める。軽く疼く親指の痛みを感じながらも、手早く各自に指示を出してゆくのだった。
――――――――――――――
オリヴァス・アクトは高笑いしていた。
眼前には破壊されてゆくリヴェラの町があり、それを壁の出っ張りで立ちながら見下ろしている。
オリヴァスは今回の襲撃の内容としてはある物を入手後の陽動を主に命じられていたのだが、彼はそれを実行できるほど我慢強い男・・・・・・っというか思慮深い性格をしている男ではなかった。
常日頃は悪のカリスマ的な知的な雰囲気をまとっている男であるオリヴァスなのだが、常常、気になることがある。先にとある物を奪取するために潜入してい、仲間と呼べるもう一人の存在だ。その人物は、不愛想かつ可愛げのない女性だがその肉体は実に欲情をそそるものであり。目の前にいられると男として目に毒な存在であった。
そんな中で常に知的な男で有り続けようとするのは結構辛いものがある上に、その女。獣のような眼力で常に見ており、正直そんな淫猥な視線を向ければどうなる事か・・・・・・考えるだに恐ろしい。
その、件の彼女が“例の物”を奪取し、そして襲撃と共に離脱という作戦であったのだが。この男はその作戦を真っ先にぶっ潰してしまったのだ。
この様なLv.2~3程度の実力者しかいないような町など徹底的に破壊してから探したほうが良い。と言う短略的思考の脳筋プレイに身を任せた結果。Lv.3何処かLv.6の強者がいる状態で作戦を実行してしまう。
禁欲と仲間内のイメージを維持する生活から一転、この場には自分一人しかいないという開放的な空間。男がその精神を開放する・・・・・・いわゆるところの“はっちゃける”と言う状態になるのも多少首をひねるだろうが、まぁ理解できない話でも無いのであった。
無論、オリヴァスの知る所ではないが現在、彼の元に二人のLv.5が接近しており・・・・・・実際の所は早々に離脱する状況なのだが、前記の通り笑っている程度に物事が見えていない男なのである。
「あーはっはっは!! 見ろぉ私は天才だぁぁ! ひゃっはー!」
しかも、この男の気分は先ほどの“はっちゃける”事で無駄に高揚しており、おまけに、仮面を被っているので正体を看破されることはないと思って思いっきり目立つ上に異様なテンションのまま行動をとっていた。そして、これだけ目立った行動をすれば・・・・・・無論居場所などすぐに特定される。
「ねぇ、ティオネ・・・・・・さっきから高笑いしてるあのオッサン。大丈夫かな・・・・・・その、頭とか」
「手遅れじゃない? それにしても多分、あれが調律師よ・・・・・・ね?」
「いやー、いくら何でもあんなに堂々としてないと思うかな・・・・・・でも、そうなのかな?」
現に若干巨大なモンスターに微妙に隠れて足元まで接近してされている事に気づかずに笑い続けるオリヴァスとそれを見ながら、三人の娘。ティオネ。ティオナ。パイの三人は食人花の触手の攻撃を回避しながらも呑気ともとれる会話をしていた。
正直にいえば、モンスターを倒すのは簡単であったのだが、調律師の存在を考えた結果、見つけた人物であるし、今だに仮面の男、オリヴァスには気づかれていない。では今のうちに強襲して大本を捉えた方が良いのではないか?
だが、そもそも調律師と言える人間があんな目立った行動を取るか? 同時に疑問を覚えた三人は現状も若干迷っていた。もしかしたら罠かもしれないし、相手の素性もわからないという状況が彼女達の判断を曇らせていた。
しかし、このまま黙って見ているだけでは被害が増えるばかりである、意を決し、ティオネとティオナはモンスターの駆除。調律師の討伐又は捕縛をパイが対応すると取り決め同時に行動を開始する。
さっそく壁をよじ登り始めたパイを視界の端で見送り。ティオネとティオナはお互いに武器を構え、食人花へと向かってその身を躍らせる。
「さて! 今度は大切にしないとね・・・・・・二代目【大双刃】の切り心地を試させろー!」
ティオナの快活な声が響き、空気を切り裂く音と共に振るわれた大双刃の斬撃が一体の食人花の胴体を切り離す。
その動作で、以前の愛用していた物と遜色のない一品に仕上がっている事を確認したティオナは満面の笑みで巨大な大双刃を振るってゆく。
そんな双子の妹の死角を潰すように動いていたティオネだが、ククリ刀で迫り来る触手を切り裂いているさなかに。小さな悲鳴に気づきそちらの目を向けると、黒髪の犬人の女性冒険者がカバンの中身をぶちまけて倒れているのが見えた。
「ちょっと! ここは危険よ、すぐに立ち去りなさい」
「ええっ!? もしかして【怒蛇】!? いや、その荷物が・・・・・・」
「荷物と命どっちが大切なのよ!」
「いや、えっと・・・・・・」
「――あ゛?」
短い問答の末、渋る犬人の冒険者を威圧するティオネ。その深層の化物のような気迫に涙目で逃げ出してゆく犬人の女冒険者に忌々しげに舌打ちを鳴らし、目の前のことに集中しようとした時、違和感に気づき勘を頼りにティオナへと声を張り上げ指示を出す。
「ティオナ! 一旦離れて!!」
ティオネの言葉に警戒度を上げたティオナは、頭上から何かが降ってくるのを感じて即座にその場を飛び退く。二人が十分に距離を取ったその目の前、先ほどの犬人の冒険者が散開させた荷物の中央に落ちた者が水音を立てて四散する。
ソレは悪臭を巻き散らかし、つい戦闘中であることを忘れ鼻と口を覆う二人。気のせいであろうか、食人花も臭気に恐れを感じたかのようにビクリッっと震え、その動きを止める・・・・・・。
何よりもの変化は落ちてきたソレに少しでも触れたくないと言いたげに急速な機動で動いた物体であった。翡翠の玉が散開した荷物の中・・・・・・巻かれた布を自ら抜け出し、食人花の一体へと近づき・・・・・・その内部へと侵食してゆく。
後に、わかった事だが、上に登っていった『ハンター』のせいで落とされた『こやし玉』を含めた荷物が、急速に形状を変えてゆく食人花をベースにしたような異形の存在が暴れる度に土がえぐられ――奇しくもそれのお陰で匂いの原因であるアレも泉に沈んだ――る、女性の形のような異形となったモンスターを睨みつけ戦闘に集中するアマゾネスの姉妹は武器を構えなおす。
「まぁ、多少変わった所でやることに変化はないわよね」
「むしろ、やっぱりあれかな、上から落ちてきたヤツ・・・・・・よほど嫌だったのかな」
明らかに不自然な存在である翡翠の玉だったが・・・・・・二人は思う。もし、あれに意志があると仮定するならば、あんな悪臭漂う場所など一秒でも早く逃れたくなる気持ちはよく理解できる。っというか、ヘタをすればアレに直撃していたかもしれないと思うと背筋に冷たいものを感じずにはいられなかった。
「「まぁ、どっちにしろ狩るんだけどね」」
同じタイミングで同じ言葉を発した双子は駆け抜け・・・・・・新たなる驚異となった変異体のモンスターに武器を振るうのであった。
――――――――――――――
フィン・ディムナは親指に感じる疼きに単体での行動を開始していた。
リヴェラの町での編成を完了させたフィンは指揮をりヴェリアに任せ、自身も食人花の暴れる区域へと駆けていた。その途中、とても奇妙な人物を見かける事となる。
それは全身をややチグハグな鎧で構成された冒険者であった。駆け出しからベテランになるまでの間、確かに装備一式を買い揃えられず、どこか継ぎ接ぎのような感じが残る装備に身を包む時期というのもあり、別にその事に関しては不思議はない。
問題はその装備が明らかに身体に合っていない上に即席感が半端ない。その上、なぜかフルフェイスヘルムは・・・・・・サイズ的にもかなりの大型である・・・・・・なにより、武器も所持していない状態でコソコソとした動きで戦闘区域に近づいているのだ。
怪しい・・・・・・怪しすぎる。フィンは歩の速度を落とし、その奇っ怪な格好の冒険者に声を掛ける。
「君、この先は見ての通り危険な場所だ・・・・・・そんな中を単体で行動しているのはどういうつもりなんだい?」
「エッ。ワタシアヤシクナイ。チョット、アソコニヨウガアルダケ」
カタコトでフィンの質問に答える不審者・・・・・・素顔を晒す危険性を考慮し急いで即席の変装を行ったレヴェスは背後から声をかけてきた小人族の青年の登場に肝を冷やす。
(なぜ、カタコト? やましい事を隠していることは確実か?)
(きっとすごく怪しい奴だと思われてるだろうな・・・・・・ってか誰だ?)
やや、俗世に疎いレヴァスは目の前の人物が誰なのか理解しておらず。その様子がさらにフィンの視線が懐疑的なものへと変わってゆく。
「僕の事を知らないみたいだね・・・・・・あと、そのヘルムの下の素顔を見せてくれないかい?」
せっかく、変装までして素顔を隠しているというのに、これでは無駄になってしまう。慌ててレヴァスは考える。デリケートかつ自然に聞こえる理由を・・・・・・そして、数秒もかからずに答えを導きだした。
「ジツハ、カオニ、ヒドイキズヲオッタ。アマリ、ミラレタクナイ」
(どうだ! 傷ならデリケートかつ人に見せたくない理由としては自然だ。さて、どう出る!)
「傷? ああそうか、それは配慮が足りなかったようだ・・・・・・っで? 君は一体何者だい?」
・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・センリャクテキテッタイ!」
・・・・・・・・・・・・長い。あまりにも長い沈黙がフィンとレヴァスの間に流れる。そして、その沈黙を先に破ったのはレヴァスだった。
「逃がすか!」
尋問からは逃れられないと悟ったレヴェスが取った行動は逃亡、それを追いかけるフィン。戦場とは関係のないところで無意味にハイレベルな追いかけっこが始まる。
「ヤメテ、オイカケテコナイデ、イヤラシイコト、スルツモリナンデショ? ウスイホンミタイニ!」
「人聞きの悪い事を言わないでくれないかな? 君が素直に質問に対して協力してくれればいいだけの話だったはずなんだけどね!」
「オシャベリナヤツダナ、ソンナンジャ、コンキヲノガス」
「こっ、婚期・・・・・・それに関しては。グウの音も出ない・・・・・・なっ!」
かなりの速度で走りながら会話と共に、気合の入った声と共に槍を突き出すフィン。その一撃を躱し槍の穂先を掴んだレヴァスの視界に映ったのは、いつの間に抜き放ったのか短刀と共に肉迫するフィンが逆手で固定された短刀を振りかぶる瞬間の光景であった。咄嗟に首を少しでも曲げ威力をそごうとするが、それは全く予想外の結果をもたらす。
刃が兜の壁面に触れ火花を散らせながらその硬質な素材に傷を付けてゆき・・・・・・そして、それは起こった。明らかにサイズのあっていない兜。そこに当てられた力は・・・・・・本来であれば内部に浸透するはずであったが、レヴェスの顔にあまりにも大きすぎたそれは。まるで冗談のように回転する結果となった、それには流石のフィンも驚き、一瞬動きが止まる。時間にして数秒の間、回転を続けた兜がその動きを止めたが・・・・・・前後ろが真逆となってしまい。妙に痛々しい沈黙が流れる。
「・・・・・・モウ! イツダッテ、アナタハソウ・・・・・・! げふっ!?」
取り敢えず黙らそう。フィンは間抜けな不審者の顔面・・・・・・兜の背面を拳の形に凹ませる程の拳打を叩き込む。確実に気絶させる目的で遠慮なく放たれた一撃にかなりの距離を吹き飛ばされてゆくレヴェス。
少しだけスッキリした表情で拳を眺めフィンは一人つぶやく・・・・・・その呟きには若干の驚きが含まれていた。
「指が折れた・・・・・・? そんなに硬い材質だったか・・・・・・」
鉄の塊を殴りつけたとはいえど、己の肉体の老いを少し考えてしまう四十代。すこし骨密度を考える食事も取らなかればと思いながら。殴りつけた不審者の方に視線を向けると、驚いた事に対したダメージもないのか壁に向かって飛び上がる瞬間であった。
確実に気絶させたと思っていた故に、油断という失態を行ってしまったフィンはすぐに追い掛けようとするが、距離が思った以上に離れていた事から追跡を断念したと同時に、兜を外した人物が顔に包帯を巻いていた事を視認していた。
「ふむ。怪我の話は本当だったのか・・・・・・」
どこか、申し訳なさそうに頭を掻いたフィンは、気持ちを切り替え食人花のいる区域に向かって駆け出す。そして、明らかに先ほどまでいなかった異形の存在に気づき、駆ける速度を速める。
やや、疼きが弱くなった親指の感覚に、安堵しつつも、フィンは一直線に駆けてゆくのであった。
――――――――――――――
ティオネとティオナと別れたパル・ルフィルは壁を登っていた。
壁の下では戦闘音が響き、その戦闘音を耳にしながらも調律師の対応の為に壁をよじ登っているパイ。
「はーっはっはっは!・・・・・・ん?」
今だにバカ笑いしているオリヴァスが事態の変化に気づいた時には手持ちの“調律した駒”の数が半分に減った頃であった。崖下に視線を向ければ、モンスターに果敢に攻めてゆくアマゾネス二人の姿が見える。恐らくLv.5はあるだろう。並の冒険者では苦戦を強いられる程の食人花が撃破されていく以上、この場に長時間居る事は危険と判断し離脱を考えるがそれを考えるのが遅すぎた。
「よっこいしょ。さぁて覚悟するかな!」
間抜けな話だが、この瞬間まで接敵に気づかなかったオリヴァスの目の前に壁を文字通り登ってきたパイと対峙する形となる。突然足元から登ってきたパイに驚き後ずさるオリヴァスだが、パイの姿をみて嘲るように笑う。
「ふはは! どんな者がきたかと思えばこんなチビのちんちくりんな小娘か! 舐められたものだなぁ・・・・・・!」
「舐める部分ならまだまだあるかな! Lv.1の低ステイタス。それが私なのかな!!」
「・・・・・・えっ・・・・・・なんで俺の前に来たの? いやマジで・・・・・・」
パイの返答に対して真顔で返すオリヴァス。巫山戯ているにしても何にしても底の見えない相手である。少なくともあの食人花を抜けてきたのだろうか、しかしソコで警戒をしないのがこの男の悪い所である。
「・・・・・・ああ、なるほど・・・・・・余りにも小さすぎて食人花が反応しなかったのか・・・・・・あっぶなっ!!?」
オリヴァスが神妙な声音で酷く失礼な事を呟いた瞬間、目の前にやや茶色がかった玉が投げつけられる。慌ててそれを掴んだオリヴァスはそれを投げつけてきたパイに向けて怒鳴る。
「何をする! 人が話している時に失礼ではないか! しかもなんだこの玉・・・・・・臭うぞ!?」
「やかましいかな! 貴方の方が失礼じゃないかな? 小さいとか言う人には『こやし玉』を頭から被ればいいのかな!」
憤慨するパイの気概にやや後ずさるオリヴァスだが、自尊心の高いオリヴァスはそれでもなお突っかかってゆく。
「だからって、いきなり投げつけてくる奴がいるか! それにこやし玉だと・・・・・・こやし? こやし・・・・・・なんてものを投げてくるんだ!?」
そこで、ようやく己の掴んでいるものの正体に気がついたオリヴァスが『こやし玉』を投げ捨てる。落ちた先が未だ“駒”の戦闘区域であった。やや良心が痛んだ気がしたが、そんなことよりも怒りに任せた暴言を吐き散らかす。
「汚らしいモノを人に向けるなど、チビかつ貧乳な女っけの欠片もないようなガキのような貴様にはお似合いだな!! いっそ童子に混じって土遊びにでも興じていればいいのではない・・・・・・がぁ!?」
暴言を吐くオリヴァスが言葉の途中で悲鳴を上げ、その身をくの字に曲げる。目にも止まらない速さで腹部に拳を突きこんできたパイの姿が、仮面の穴から見える。そんなオリヴァスから見て有り得ない攻撃を放った娘の表情は・・・・・・笑顔で青筋を浮かべるという中々に見られず・・・・・・そして恐怖を叩き込むには最も適した表情でもあった。
「この短時間で一度ならず数回も身長の事を言われるとは思わなかったかな・・・・・・よし、できるだけボコボコにするかなぁ・・・・・・」
「おまっ、本当にLv.1なのか!? 並の冒険者じゃ傷つけられない体を彼女に・・・・・・おうふぁ!?」
予想外の痛みに混乱するオリヴァスを更なる衝撃を襲う、それなりに身長の高いオリヴァスと低身長のパイ、そして怒りに任せた彼女の拳打の殆どは高低差的な理由によってオリヴァスの下腹部に集中した。
「悶絶させてやるかなぁぁぁぁぁ!! オラオラオラオラ!! 部位破壊かなぁぁぁぁ!!」
「らめぇぇぇ! 部位破壊はシャレにならないのぉぉぉぉ!!」
鈍く重さのある鉄の扉を殴るような・・・・・・おおよそ人体から発生してはいけない音を響かせながら殴り続けるパイ。何処とは言えないが色々と大事な部分が部位破壊させるかもしれない恐怖に局部を必死に防御するオリヴァス。
「どうしたのかな! こんなLv.1の低ステイタスのチビっ娘相手なのかな! 高笑いするといいかな!!」
瞳を紅く染めて更に殴る速度を上げるパイの猛攻に、オリヴァスは余裕なく涙目で耐えるしかない。一瞬でも防御をおろそかにすればどうなるか・・・・・・少なからず一部分の“部位破壊”は免れない可能性が高い。
全ては上手く行くはずだったと思いながらも悲鳴すら上げる余裕もなく長い時間を耐えつづける。終わりがいつ来るかわからない恐怖に耐えているオリヴァスに救いの手が差し伸べられる。
「オラオラオ・・・・・・――ッなんと!?」
一瞬感じた殺気に即座に回避行動を取るパイが先程まで居た所に、十八階層の天井に張り巡らされた水晶の塊が投げ込まれた。その衝撃で吹き飛ぶオリヴァスの首根っこを掴み頭部を殴りつけ気絶させたまま持ち去ろうとする全身を継ぎ接ぎの防具で固め、顔を包帯で巻いた人物の登場にパイが目を剥く。
「仲間が居たのかな!? 逃がさないかな!!」
土煙で視界が狭いものの今ならマーキング用の『ペイントボール』をぶつけられる距離である。『ハンター』あるあるの『出会い頭にペイントボール付けてなくて、逃げたモンスターを手がかりなしで探索しないといけない』状態にしないために投げようと構えるが、もともと足場の悪い場所・・・・・・水晶をぶつけられた衝撃で足場が陥落し、空を飛ぶ機能を有していない人間にとって重力に引き寄せられるしかできない。
「だぁぁぁぁぁ、『ペイントボール』真っ先にしておけばよかったかなぁぁぁぁぁぁぁ――」
『ペイントボール』。【大陸】などでは移動する大型のモンスターに対して目印の代わりになるアイテムであり、独特の匂いで方角を知ることが出来る便利なアイテムである。
基本的には出会った大型のモンスターにぶつけておけば間違いはないのだが、このアイテムにはぶつけてから特定の時間が経過すると効果が消えてしまうという弱点もある。
定期的に投げておけば問題はないのだが、狩りの最中だと時間の流れに鈍感になりやすく気がついたら効果時間が過ぎていたなども多い。
ちなみに余談ではあるが、『ハンター』あるあるで『大型のモンスターが飛び去った瞬間にペイントボールの効果が切れる』瞬間など実に残念な空気が『ハンター』達の間に流れるのだが・・・・・・これはある程度は皆が通ってきた道と言う物なのであった。
怒りでマーキングの事を忘れてしまっていたパイは、そのまま重力に導かれ泉へと着水し水温で頭を冷やしながらティオネ達と合流する。
岸に上がりお互いに無事を確認するとそこにフィン達も合流しているのが確認できた。聞けば、街の防衛の指示を行った後に此方へと増援に来ていたようだ。
そして、例の仮面の男であるオリヴァスを取り逃がしたパイだったが、フィンもまた例の仲間と思われる継ぎ接ぎ鎧の人物を相手していたが一瞬の隙を突かれて逃げられてしまったと、パイに報告する。
そんな、フィンも食人花の区域にたどり着いた頃にはほとんど戦闘終了間近の状態であり、後にティオネから報告に上がる“女型の食人花の変異種”の討伐も済まされていた。
どんどん、頼もしくなるファミリアの仲間に安心感を覚えつつも各員に労いの言葉を贈る。
「結局・・・・・・敵の正体もわからないままか・・・・・・とにかく全員が無事でよかった・・・・・・ティオネ、ティオナ。ご苦労様・・・・・・ルフィル君もお疲れだったね」
「くそー、もうちょっとで潰せる所だったのに!! あの仮面、次にあったら確実に潰すかな!」
今だに怒りに燃えるパイに下で食人花と戦っていたティオナが気になった事を尋ねる。
「ねぇねぇ、パイ。所で上から鉄の扉を殴りつけるような音が鳴ってたけど・・・・・・あれ何の音だったの?」
「相手の股間目掛けて拳打をお見舞いしてた音かな?」
「「「・・・・・・っえ?」」
全然予想していなかった答えにティオネとティオナ・・・・・・そしてこの場で唯一の男性であるフィンが同時に声を上げついでに若干内股になる。
「えっ・・・・・・股間? えっと・・・・・・冗談?」
どこか苦笑いのような表情のままティオナが再度訪ねるが、パイはいっそ清々しい微笑みで返事を返し、その言葉で更にフィンの内股の角度が更に深くなる。
「冗談な訳無いかな~次はぐちゃぐちゃに“部位破壊”確定コースなのかな!」
「「「・・・・・・ひぇ」」」
嘘偽りなく本気でやりかねない。っというかコイツならやる。穏やかな笑顔で語るパイの姿に怖気を感じながらも、こいつを怒らせたらダメだなと心に決めた三人だったのだった。
ちなみにリヴェリアとレフィーヤはやや離れた所にいた為にその会話を聞くことなく、それも含めてこのことは三人だけの秘密となるのだが・・・・・・これはあまり関係のない話なのであった。
――――――――――――――
レヴァスは憤慨していた。
床に転がしてある仲間――とは思いたくないが――オリヴァスの勝手な行動で計画が台無しになってしまった。例の物すら入手できず最悪この様な所で使い潰すわけにも行かった為に危険を承知で救出に向かったが・・・・・・出来るなら今すぐに処理したい気持ちであった。
大体あの様な高Lv.の冒険者の相手など万全でもないのに務まるわけがない。今回は運良く隙を見て逃げられたが、あれより長い間戦っていればと思うと背筋に冷たいものを感じるほどだ、思い出し背中を震わせながらも憤怒の表情のままオリヴァスを睨みつける。
取りあえずはアジトである此処はしばらくは安全であろう。問題はコレがある事でダンジョンに起こり得る“弊害が”どのような結果として地上に伝わるかがわからないという事だろう。
現在でも正常な状態とは言えないない、ダンジョンの正常な循環機構を無理やりせき止めている現状では、モンスターの行動に対する“異常”を察知すれば確実に調査目的の為に腕利きの冒険者達が出てくるだろう・・・・・・。そのぐらいの考えは誰だって出来る。問題は誰が、何時、来るかということだ・・・・・・レヴァスには逢わなければならない人物がいる・・・・・・せめてその人物に逢うまでは・・・・・・レヴァスは暗くなりそうな気持ちのまま呟く。
「アリア・・・・・・」
そして、そのつぶやきで目を覚ましたのか、やく立たず認定を受けてしまったオリヴァスがその上半身を起こす・・・・・・しばらく周りを見渡し、己の現状を確かめた後に此方へと視線を向ける。
謝罪の一つでもするのだろうかと、レヴァスが大して期待もしていない表情で黙ったままオリヴァスを見つめる。
「レヴァスよ・・・・・・」
「なんだ?」
「お前は胸はデカイが不愛想で、目付きが悪くて、言葉遣いが男っぽくて、ついでに言えば毎回、毎回、魔石ばっか食ってる面白みのない女だと思っていたが、その見識を改めよう。お前はいい女だな!」
「・・・・・・くたばれ、このクソ野郎」
悪い意味で期待を裏切らないオリヴァスに嫌悪感を強く出して吐き捨てるように告げるが。
「ふふ、今ならその程度の罵倒。むしろ心地よいぞ」
「・・・・・・」
気持悪い上に汚ない物を見る目でオリヴァスを見つめるレヴァス・・・・・・もう駄目だこいつ――っと諦めたように何処か虚ろな瞳でレヴァスは壁を見つめる。
そんなレヴァスの様子に気づかぬままオリヴァスはやや知的な雰囲気を纏いレヴァスに話しかける。
「まぁ、今のは冗談だ・・・・・・計画の時は近い、冒険者もギルドも無能の集まりではない近々――動くだろう」
「いや、お前があんな馬鹿な真似しなければこんな複雑な事にはならなかったんだがな?」
オリヴァスの予想に対して、その明らかな原因をやらかした事に対して追求しようと切り返すが・・・・・・
「三十階層でアイツを強奪され、頭に血が上っていた事は認めよう。しかし、あれは必要な行動であった・・・・・・」
「いや、お前があんな馬鹿な真似しなければこんな――」
「レヴァス・・・・・・その時はお前にも動いてもらう」
「いや、お前が・・・・・・はぁ、もういい」
恐ろしいぐらいに強引なスルーを敢行するオリヴァスについにはレヴァスも疲れた表情のまま何も言わなってしまった。
(何処かにいいこと無いかなぁ・・・・・・)
心の中でそう呟きならが、レヴァスは疲れた表情のままポケットに入れていた魔石をおもむろに口に放り込み咀嚼して飲み込む・・・・・・気のせいであるだろうが今日の魔石は若干塩気を感じる。
彼女の不幸な事は。先ほどの“落ち着いたオリヴァス”を基準にしており、実際“はっちゃけたオリヴァス”を見たことがなかった。
これがその後の不幸につながる事となるのであった・・・・・・。
――――――――――――――
神・ロキは呆れた表情で目の前の神物ディオニュソスを眺めていた。
リヴェラの町の騒動から数日が過ぎた『黄昏の館』でロキの対面に座る神・・・・・・ディオニュソスとその護衛フィルヴィス・シャリアが居る。
対するロキは、本拠でありながら護衛をつけておらず、見る者にとっては馬鹿にしているかのような笑みを浮かべている。
地下水路で出会い、べートから懐疑的な視線を受けていた神であり、ロキとしても信用に足るとも思えない神物でもある。
そもそも、彼が此処・・・・・・『黄昏の館』にいる理由は前回の短い会談の続きであると同時に新たなる情報を得たとディオニュソスから持ちかけられたものであった。
なにより、敵陣で護衛を付ける髪とその本拠に居る主神が“護衛をつけずに居る”それこそがロキの格が圧倒的に高く。この二柱の立場の強弱を示していた。
「二十四階層の調査・・・・・・か、おまん、ウチに対して何を期待しとるん?」
ロキの口調は軽いが、しかしその言葉は重く、堅い。極彩色の魔石と名付けられた特殊な魔石。“花”のモンスター・・・・・・食人花と名称されたモンスターから抜き取られた魔石が従来の魔石と違う。
それ事実は共通の認識として互いに共有しているが。ソレがなぜ二十四階層の調査に繋がるのか・・・・・・。ディオニュソスの調査の結果だとは言うが、大規模なモンスターの発生に極彩色の魔石が関与する可能性がどれほどあるのか。
利用されるほど気に入らない事はないロキにとって、人情に訴えるやり方など愚策でしかなく利点を提示できないディオニュソスの説明に乗り気になれないでいた。
「無論、調査の協力さ・・・・・・此方側でそのような所に出せる戦力がなくてね・・・・・・」
「そっちの眷属の不幸は聞いた・・・・・・可哀想やとは思うが・・・・・・ウチらこき使う理由になると思うか? ん?」
「ロキ。君は眷属を失ったこの痛みに共感してくれないのかい?」
ディオニュソスの情に訴えるような言葉に、ロキの目元が不機嫌そうに歪む、先程とは違う明らかにドスの入った声でディオニュソスへと向けて言葉を発する。
「おどれ、勘違いすんなや? そういうならや、“うちの眷属もそうなる”危険性も含めて協力要請しとるんよな?」
「それは・・・・・・確かに・・・・・・しかし・・・・・・っ!?」
言い淀むディオニュソスに薄く開いた眼光で睨むロキ。その眼光にディオニュソスはたじろき、護衛のフィルヴィスすらも無自覚に構えようとする。
「残念やけど、うちに取って旨みが少なすぎるわ・・・・・・今回の件は断るちゅう訳で」
二人の行動を見て、これ以上の会話に意味を感じれなくなったロキは早々に話を切り上げようとするが、それをノックの音と共に入室してきたべートによって塞がれる
「おい、ロキ・・・・・・残念だがそういう訳に行かねぇみたいだ」
「んんっ? べートにレフィーヤ? どういうことや?」
「さっき、門番をしてる奴から知らせが来た。アイズがどういう訳か・・・・・・例の二十四階層へ向かったらしい・・・・・・おまけに救援の要請付きでだ」
「ほん? ・・・・・・おまんの仕業っちゅー訳ではないわな?」
「誓ってその様な事はない・・・・・・」
「・・・・・・ふん。ええわ、ならすまんが、べート。レフィーヤは急いで向かって貰ってもええか? 最近のアイズたんは随分頭も柔らかくなってるからなー。念のための救援要請やと思うんやけど急いだほうがええやろ?」
「それならば、私からはフィルヴィスを同行させよう、君の所の【凶狼】には劣るが【千の妖精】と同じLv.3だ。これは私の少ない誠意だと思って欲しい」
無表情から虚を突かれたような表情でディオニュソスを見つめるフィルヴィスの様子に“演技”ではなさそうだと考えたロキは、その案を受け入れ。準備も早々に三人の冒険者はダンジョンへと潜るのであった。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
【ロキ・ファミリア】でそのような会話がなされていた頃。レヴァスは本当に疲れきっていた。
(はぁ・・・・・・癒しが欲しい)
彼女の心の中にあるの言葉はただ一つであった。眼下のひしめき合うモンスターの大群を眺めながら、あのリヴェラの町の騒動から早数日が経ちそろそろこの、モンスターの大量発生を眺めながら歩を進める。
これだけ外見的な異常が発生しているのだ、レヴァスの勘では遅くてあと数日、早ければ今日にでも調査の為の徒党を組んだ冒険者が二四階層を訪れるであろう。
レヴァスはそれを撃退する側である。本来であれば指定の場所にて待機していないとならない立場ではあるのだが、彼女が現在、私的な理由でそこよりも二階層上層・・・・・・二十二階層へと足を運んでいた。
ここ数日のストレスが酷く、もうあのバカという名のオリヴァスと同じ場所で空気を吸うのも嫌だと思い、移動してきたのだ。
動きのない冒険者達を警戒し。やる事といえば魔石をかじるぐらいである。ちなみに始めの方はオリヴァス相手に意識の改変を要求したが聞く耳を持たずにとうの昔に諦めていた。そんなレヴァスがその人物を見つけたのは本当に偶然であった。
娘は白髪と紫のまん丸とした瞳。体格には恵まれなかったようだが、それでも独特の魅力を感じさせる娘・・・・・・本来で可愛らしい印象を他者に与えるであろうが意思の強そうな瞳が娘のあり方を表しているように見える。
ダンジョンの地面に体育座りで魔石をポリポリとかじりながらブツブツと呟いている自分とは違うという事を嫌でも感じさせられてしまう。
時折放たれる溜息がよりいっそう自分のイメージとはかけ離れている。その姿を見られたくないと言う気持ちで移動しようとするが、どうやら決断が遅く、手を振りながら此方へと走ってくるパイに自然と動けなくなってしまう。
力のない笑みを浮かべ頷くレヴァスへと近づいたパイは疲れきったレヴァスに驚いたものの特に遠慮することなく話しかけた。
「レヴァス。いったいどうしたのかな? 元気ないかな?」
「・・・・・・パイか? お前は元気そうだな。いい事だ」
パイの前ではとレヴァスは本来の鋭い眼光を向けるが、“先ほどの姿を見ていた”パイはそのまま続きを伺う。
「なんだか、溜息ついて悲しそうだったから声をかけたけど、ひょっとして一人で居たかったかな?」
「・・・・・・済まない、そういうわけではないのだ。ただ、同僚のいい加減さに疲れてきてな・・・・・・落ち着く為に一人でいたんだ」
「同僚さんかな? んっー、もしよかったらを話聞くかな? 話してみるとスッキリする事もあるかもかな?」
「・・・・・・なに? いや、しかし、その・・・・・・では、愚痴になるが聞いてくれるか?」
再度体育座りをしながらレヴァスはポツポツと語りだす。
「実はある計画を実行しようとしてたんだがな、同僚の奴の“要領”が悪くてな“情報”は穴だらけ、“貴重なアイテム”を持っているであろう目標が所持していると思われてたアイテムは他の冒険者に渡っている。さらにその受け取ったであろう冒険者を特定する前に、その同僚が勝手な事をして場所は乱れてしまった上に・・・・・・アイテムを紛失してな・・・・・・私の計画を邪魔しただけではなく、帰ってきたらよく分からないことを言う。せめてと、協力の強化を提案したが、聞く耳ももたん・・・・・・」
「うわぁ・・・・・・ひどい話かな・・・・・・しっかし、その同僚さんも酷いことするかな! せっかくレヴァスが計画した物をぶち壊すとか! しかも貴重なアイテムを紛失してのもその人が勝手をしたからなのかな?」
「そうなんだ、物事にはタイミングというのがあるだろ? あのバカはそこの所を全然理解していない・・・・・・むしろ嬉々としてぶち壊しに来てるんじゃないかとさえ思える・・・・・・なにより――」
語れば出てくる、出てくる・・・・・・この数日だけでストレスが溜まりに溜まったレヴァスはとにかく確信に触れない程度にオリヴァスの奇行に対する愚痴を語る。その時間、時計の短針が三回ほど回った頃にようやく途切れ・・・・・・それを聞いていたパイなどその苦労話の内容に本気でドン引きしていた。
「――ふぅ・・・・・・すまんな落ち着いた。そういえば、パイはどうしてこの場所に?」
「うっ・・・・・・うん。ユクモの姉さん並の貯めっぷりだったかな・・・・・っと、実は、二十五階層に行こうかなって来たのかな!」
「二十五階層? ふむ・・・・・・それなら今日はやめておいたほうがいい、二四階層にてモンスターの大量発生が起きている。危険だから近づかない方がいい」
「えっ? そうなのかな・・・・・・じゃあ今日は戻ろうかな・・・・・・」
パイの目的地を聞いたレヴァス。彼女としても自分に関わりのない者ならともかく、多少縁のある人物を危険とわかっている場所へと送りたくはないという気持ちはある。素直に帰還してくれると言うなら余計な心配もせずに済むだろう・・・・・・っと心の中で安心する。
「ふふ、そうするといい。そうだ、よかったら十九階層の出口まで送っていこう。それなりにダンジョンでの経験もあるからな、道案内は慣れたものだ」
なおかつ、十八階層まで送っておけばわざわざ戻ってくる理由もないだろう。それにパイが地上へ帰還すれば高確率で二十四階層の異常も冒険者達の耳にも入るだろう。レヴァスはそこまで考えた後の提案だったのだが・・・・・・。
「いいのかな! ありがとうなのかな! レヴァスはいい人かな・・・・・・所でそれって魔石かな? 遠くから見たら齧ってた見たいだけどおいしいのかな?」
パイの屈託のない笑顔を向けられ、ひどくレヴァスにとっては不可解な罪悪感を感じる。その理由を理解できないままに自然に思考だけが廻る。かなりの距離があったはずだが、魔石を齧っている現場を目撃されてしまったようだ。
「・・・・・・いや、はっきり言ってマズイ。私は・・・・・・少し特殊でな詳しくは聞かないで欲しい・・・・・・あと普通の人には毒だから食べるんじゃないぞ?」
自身も苦しい言い訳であると理解しているが、レヴァス自身はパイに対して知られたくない気持ちが強く。その意思を感じ取ったのかパイもその事に関しては何も言わなかった。
――しばしの時間、沈黙が流れ。ふとパイが思い出したかのように小さく声を上げた。不思議に思いレヴァスがパイへと視線を向けると・・・・・・いままで何処に持っていたのかかなり大きめのバスケットとか水筒を取り出しているパイの姿があった。
「じゃあ、私のお弁当一緒に食べるかな? ちょっと長く篭るつもりだったから、多めに作ってきたから量は十分にあるかな!」
「いや、それよりもどこから取り出した!? それに・・・・・・いいのか? その・・・・・・気持ちは嬉しいが」
「いいの、いいの! はら座った座った!」
「待て待て、壁を傷付けておくのが先だ・・・・・・うまそうだな」
パイがバスケットの蓋を開けるとそこには主食のサンドウィッチを基礎にして多くの副菜で彩られた料理の数々が鎮座していた。
試しに、黄色がかった物を挟んだサンドウィッチを頬張ってみるとほのかな甘みと嫌にならない程度の辛味・・・・・・外見ではわからなかったがコクのような物も感じる。
「それは、特性のたまごサンドなのかな! あえて裏ごしした卵と荒く潰した卵をまぜて粉にしたチーズとマスタードを混ぜたソースを使った一品なのかな・・・・・・ってすごい勢いで食べてるかな!?」
パイに言われ、我に返ったレヴァスは両手でサンドウィッチを掴み一心不乱に口の中に入れ、食事を楽しんでいた自分に驚愕していた。今までの食事(魔石)とは全く違う概念に理解が追いつかず、欲望のままに行動していたのだ。
「・・・・・・ああ、あまりに旨くて、つい我を忘れてしまった・・・・・・こんなに旨い物を食べたのは初めてだ・・・・・・ちょっとまて、なぜ泣いてる?」
「違うのかな・・・・・・あんまりにもレヴァスが不憫で・・・・・・いいかな! もっと食べていいかな! 年頃の娘が魔石ばっか齧ってたらダメかな、ほら唐揚げとかもあるよ!」
なにやら盛大な勘違いをされているような気がしたが、気にせずに勧められた料理を口に運びその度に感動するレヴァス。みるみる内に血色は良くなっていくレヴァスを慈しむように眺めながらもパイは再確認する。やはり料理は最高であると。
しかし、楽しい時間と言うのはあっと言う間に終わってしまう物。空になったバスケットの容器を見つめるレヴァスの瞳には深い悲しみが宿っていた。
むしろ、そこまで露骨に残念そうな表情をするレヴァスにパイは更に涙を浮かべそうになる。今までどんな食生活をしてきたのか・・・・・・最早、欠食児童に少しでもいいものを食べさしてあげたいと思う、気前のいいおばちゃんのような気持ちを覚えるパイ。
その後、レヴァスがまるで捨てられた犬のような表情をしていた為・・・・・・弁当を作る約束をして――その瞬間、明らかに顔色が明るくなったのだが――レヴァスの案内の下、パイは十八階層の手前まで戻ってきていた。
レヴァスと別れ、リヴェラの町に戻ってきたパイだったが若干の欲求不満を感じていた。いつもは立ち寄らないような酒場に立ち寄ったのも後に思えばそういう気分だったのだろう。
若干薄暗い店内の光源は小さなランプのみであり、雰囲気作りとしてはなかなか落ち着いた感じはするが。しかし多くのテーブル席に据わっているローブの集団の存在が若干気になるくらいだろうか。
とは言えど荒くれ者も多いリヴェラの町ならば正体を隠そうとするのは特別不思議なことでもないかもしれない。そう思い直し、酒場のマスターから注文を聞かれる。いつもならオードソックスまたはおすすめで通すのだが、今日のパイはバカみたいな冗談を言いたい気分であった・・・・・・強いて言うならば、絶対に酒場で置いていなさそうな物を注文する。
「じゃが丸君抹茶クリームバジルソースDX~パフェ仕様~を貰えるかな!」
ありえない。普通であれば冗談だとひと目でわかる注文になぜか先程まで座っていた客が立ち上がりフードを取る・・・・・・そして、ある一人の水色がかった美女と呼ぶに相応しい女性の姿をみたパイは間の抜けたような表情を浮かべる。
「?? あれ・・・・・・?」
「貴女が協力者ですね・・・・・・えっ!? パイ!?」
「アスフィ!? どういう事? 協力者って?」
困惑するアスフィとパイ。やく一年半ぶりの再会となったが更に困惑することが起きる。
お互いに注目していた為、さらに入店してきた人物に気づかずに、その人物も注文を聞かれると奇しくもありえないであろう注文を返す。
「じゃが丸君抹茶クリームバジルソースDX~パフェ仕様~で・・・・・・」
バカみたいなネーミングの物を短期間に二回も聞いたアスフィは彼女にしては珍しく困惑した表情で、状況を飲み込めてないパイと、無表情ではあるがパイの存在に驚いているアイズを交互に見つめる。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「なるほど・・・・・・ようやく理解できました・・・・・・本来の“援軍”は【剣姫】。貴女なのですね。そしてパイは冗談で言った注文がたまたま合言葉であったと・・・・・・どのような偶然が重なればこうなるのか・・・・・・」
混沌と化した状況をようやく整理できたアスフィは小さくため息を吐く。相変わらず色々とやらかしている様で安心していいのか呆れたらいいのか・・・・・・友でもあるパイの行動には驚かされるばかりであった。
アスフィ自身はヘルメスの護衛の任が多い為に【オラリオ】に滞在していない期間も多く。噂には『便利屋』の情報は耳にしていたし、その『便利屋』がパイである事も知っていた。再開にこれほどの時間がかかったのは単純にタイミングとすれ違いが発生しただけである。
とにかく。現状の確認の為の話し合いにアスフィを含めた【ヘルメス・ファミリア】と援軍のアイズ・ヴァレンシュタイン。そして何故か部外者であるはずのパイがいるのだが、それは【剣姫】である、アイズの一言が原因であった。
「パイは十分に戦力になる。純粋な剣技での模擬戦じゃ今だに私の勝率も低い・・・・・・」
第一級冒険者のお墨付きではあるが【ヘルメス・ファミリア】の数名は懐疑的な視線をパイに贈る。少なくとも、この【オラリオ】にとって実力こそ全てである。Lv.5という強者の証を持つアイズの存在は心強いが、パイはLv.1でありしかも『冒険者』としては無名に近い。意見を鵜呑みにするのは危険と感じるのは当然のことであろう。
その理由も察することのできるアスフィにとっても不安定要素を外してしまいたいと考えてしまう。【ヘルメス・ファミリア】の戦闘面での強みは緻密なチームワークであり。どうしてもアイズやパイには独力による戦闘力を期待せざるを得ない。
しかし、ならばとも思える部分もある。先のとおりパイはLv.1である。そんな低Lv.の人間が何故リヴェラの町に居るのか。普通に考えればLv.が低くても複数人の徒党を組んでこれば多少の無理が効くのでそういう点では不思議はない・・・・・・しかし、そうでないとすれば?
「パイ、貴女に確認したいことがあります。“ここへは何人で来ましたか?”」
「んー? えっと、二十二階層まではソロだったかな。そして十九階層の入口に引き返すときは二人かな。そのあと別れて今に至るかな?」
(なんとも判断しにくいですね・・・・・・嘘をつく理由もない。しかし俄かに信じがたい・・・・・・団員達を納得させられる材料にはなりませんか・・・・・・)
何処か興味を失ったような団員達の視線に気づいたアスフィもまた話を盛ったのではないかと考える。常識で考えればLv.2がパーティーを組むことが前提の狩場をソロでなんて有りあるわけがない・・・・・・っと。
「ちなみに、今までで一番深くまで潜ったのは二十七階層かな・・・・・・って信用ないって顔かな」
「ごめん、パイ。私の言葉だけじゃ信用してくれないみたい」
「仕方ないかな! 実力重視、見たものしか信じない。これは基本かな! この場合はアスフィ達のほうが正しいかな」
笑いながらも、あっけらかんとした言い方で告げるパイに、アスフィも申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
「アスフィもそんな顔しないで欲しいかな・・・・・・所でその犬人の人に・・・・・・・ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかな?」
「ルルネですか・・・・・・? 構いませんが」
「ありがとうかな。ねぇ、少し前にここで【ガネーシャ・ファミリア】のハナーシャさんから何か受け取ってたけどあれってなんだったのかな?」
知り合いなら聞きづらいが、それがほとんど赤の他人なら遠慮なく聞くのがパイという人間である。しかし、その言葉を聞いた瞬間、ルルネと呼ばれた少女はひどく狼狽したように身じろきをすると冷や汗を流し出す。
「見られていたのですね・・・・・・何時もの事ながら脇の甘い・・・・・・そのモノが原因で現在我々がここに居るのですよ」
「どういうことかな?」
アスフィの説明に疑問を覚えたパイだはその答えはルルネ本人から語られる。
「実は、アレがなんなのかは知らないんだ・・・・・・中身を見ないことが条件だったし。なにより彼処にいたなら・・・・・・ん? よく見たら君は彼処であの花のモンスターと戦ってなかった? 【怒蛇】と【大切断】と一緒にさ」
ルルネのその証言で数人のパイを見る目が変わる。二つ名が【剣姫】に劣らない者であるのが要因だが、アスフィはルルネに続きを促す。
「うん、確かにそうだよ・・・・・・その特徴的な装備だったから、今まで忘れてたんだけど・・・・・・その時の戦闘の巻き込まれて荷物を紛失しちゃって・・・・・・」
「それを元に少しばかり【ファミリア】のある事を暴露するとその時の依頼人に脅されてしまいまして・・・・・・本当に・・・・・・はぁ・・・・・・」
“ある事”も気になったが。結局ハナーシャが何を渡したのかが分からずじまいとなった。パイとしてはもし今でも入手可能ならレヴァスにでも持っていこうと思っていたのだが、それも叶わないと知る。
「つまり、ルルネさんがやらかしたせいで無茶苦茶な依頼を泣く泣く受けなくてはならなくなった訳かな?」
「ええ、その通りです。そう。そこにいるルルネのせいで」
「やめて! 反省してるから、欲に負けて小遣い稼ぎしようとした事も含めて反省してるから!」
頭を抱えてテーブルに突っ伏すルルネ。そんな彼女をちらりとアイズは見るとそのまま視線をアスフィに向け、そして口を開く。
「彼女、ルルネの証言もある。確かにパイはLv.は低いけど腕は立つから、連れて行っても問題はないはず」
「【剣姫】はそう言いますが、肝心のパイはどうしますか? 正直に言えば殆ど孤立して戦ってもらうことになると思いますしこの様な依頼の場合、危険度も高い場合が多い。ここで引いても咎めません・・・・・・ただこの場での情報は秘匿としてもらいたいですが」
アイズの証言と、何よりルルネの証言。少しの逡巡こそあったがアスフィは最後の確認としてパイに参加の意思を尋ねる。
「もちろん行くかな。少なくともあの花のモンスター相手だったら問題なく戦えるかな」
「わかりました・・・・・皆、異論はありませんか・・・・・・では、出発しましょう」
力強いパイの返答に大きく頷き、強い視線のまま周りを見渡しながら言葉を告げる。誰もが否定の意思が無い事を確認し立ち上がる。
立ち上がったアスフィに続くように席を立つメンバーを背にし歩き出す。目指すは二十四階層であり、その先につながる場所への不安を抱きながらも【万能者】はその足を進ませるのであった。