ハンターが飛び込んだ先がダンジョンなのは間違っているだろうか?   作:あんこう鍋

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現在あとがきとか使ってなにか遊べないかと模索しています。


『実家のような安心感とは程遠い帰還なのかな?』

 ヘファイストスは美の女神に頬ずりされている『ハンター』を半眼のまま眺めていた。

 

 本日は【ロキ・ファミリア】の遠征当日であり。朝には遠征に同行する椿達とも挨拶を済ませている。たまたま見かけたヴェルフも例のベル・クラネルと三人でダンジョンに篭るらしい。

 

 そして、目の前のパイがもっちり、スベスベの肌を堪能されている現状はきっとパイの望んだ物ではない。そもそもパイはフレイヤに用などなく、時間が空いたので【ヘファイストス・ファミリア】の取引ついでに武具を覗きに来た時に捕まり、現在ヘファイストスの執務室にて呆れ顔のヘファイストスに眺められながらの羞恥プレイを続行中であった。

 

 バベルにある【ヘファイストス・ファミリア】の商品ブースを眺めていたパイを“どこから覗いていたのか”探り当てたフードで姿を隠していたフレイヤに捕まっている姿をたまたま見ていた、ヘファイストスが己の執務室へと押し込んだのが――つい先ほどの事、すごく嫌そうにフレイヤの頬を両手で押しているパイの様子を“飼い主に抱っこされるのを嫌がる猫のようだ”っと感じながらもヘファイストスは口を開く。

 

「フレイヤ・・・・・・貴女、随分と変わったわね」

 

「あら? ヘファイストスにはそう見えるかしら?」

 

「・・・・・・ええ、貴女の眷属に今の絵面が見つかったらと思うと怖い程度にはね」

 

「それはともかく、いい加減離すかなー!」

 

「そうね、下手にその子を怒らせて【アレ】を投げられたりしたら困るわ」

 

「・・・・・・そうね。そろそろ止めておくわ」

 

 最近、【オラリオ】の一部で“危険物認定”となってしまった【アレ】のワードに真顔に戻りパイを離すフレイヤ。神すらも恐れさせる存在へと昇華した【こやし玉】の危険性は今後のオラリオの水面下で確実に広がっていくであろう。

 

 やっと離れた、フレイヤに鼻息荒く憤慨の意を示しているパイとそんな彼女をにこやかに眺めるフレイヤ。確実にそんなパイの反応も面白がっているフレイヤに――ついついため息が漏れてしまうヘファイストスであったが、そんな彼女の執務室のドアからノックの音が聞こえそちらに振り向く。

 

(誰かしら・・・・・・特に面会も無いはずだけど・・・・・・って言うかこの状況をあまり見られたくはないけど、仕方ないわね)

 

 ヘファイストスはタイミングの悪さに痛む頭を抑えつつ「どうぞ」と声をかける。開かれたドアの向こうに居たのは己が【ファミリア】の眷属ではなく、オラリオ最強の座を有している猪人の【猛者】。オッタルが少し気まずそうに入ってきた。

 

「あら、オッタル・・・・・・どうしたの?」

 

「・・・・・・フレイヤ様。先程御報告に戻るとアレンが慌てた様子でフレイヤ様の事を探していましたが・・・・・・なるほど、そういう事でしたか」

 

「・・・・・・あっ」

 

 どうやら、何かの予定を入れていたのに自由に行動していたらしいフレイヤ。護衛の為の猫人の青年は急遽いなくなった主神を探しているという内容であった。

 

 きっと、突発的な行動をして眷属を困らせたのであろうとヘファイストスは踏んでいたが――

 

「だって、パイが下に居てるってわかったから飛んできちゃった・・・・・・てへ」

 

 ――突発すぎる上に、幼稚な理由にヘファイストスはさらなる頭痛を感じ手のひらで額を抑える。っと言うよりも何処でパイの存在を察知したのか・・・・・・これ以上聞くと色々と余計な頭痛の種が増えそうなのでスルーする事にしたヘファイストスは、さっさとこの主神を連れて帰れ。っといった視線をオッタルに向けると度々こういう事もあるの軽く頷くとフレイヤの手を引いてドアに向かって歩き出す。

 

「てへ、ではありません。他のファミリアに迷惑を掛けて・・・・・・では、ヘファイストス様・・・・・・失礼させていただきます」

 

 そう告げると、フレイヤの手を引いて立ち去ってゆくオッタルを眺めながら、ヘファイストスは思う。アイツ、あんなキャラだっけ? っと以前のような――いっそ無機質じみた、人間味を感じられない――人物とは思えないほどに人間性溢れた・・・・・・っと言うか苦労人じみた人物ではなかったはずだ。

 

「随分と【猛者】も変わったわね・・・・・・」

 

「そうかな? オッタルさんは私が出会った時からあんな感じだったけど・・・・・・前はどんな感じだったのかな?」

 

「フレイヤ一筋のイエスマンね。もうガッチガチのお堅い武人だったわ。それに、パイ。貴女何をしたの? あのフレイヤがあそこまでデレデレするなんて・・・・・・天界でもそうだけど、多分下界に降りて初めて見るわよ?」

 

 数多くの人物が『ハンター』と関わり“変化”している事に気がついていない、無論その中にはヘファイストスも含まれている。

 

「さぁ~・・・・・・例の一年半前から目をつけられていたらしいかな・・・・・・でも、なんでなのかは本当にわからないのかな・・・・・・」

 

 思案顔で唸りながら答えるパイに嘘をついていないと判断したヘファイストスはソコで、考えを一旦切り替える。

 

「そう。所で、話は変わるんだけど・・・・・・貴女の友人のベル・クラネルなんだけどね・・・・・・」

 

「ベル? ベルがどうしたのかな?」

 

「最近、ヴェルフが専属契約を交わしたのと、よくパーティーを組んでダンジョンに潜っているらしいわよ」

 

「ああ。今日も三人で潜るって言ってたかな。一応十一階層に行くって言ってたから念の為にアイテムを幾つか渡しているかな」

 

「そうなの? ひょっとして『インファイトドラゴン』対策かしら?」

 

 ダンジョン上層での事実上の階層主と呼ばれる強力なモンスターが浮かぶ。ヴェルフもステイタス自体は問題なく、今まで背中を預けられる仲間が居ない故の浅い階層での孤独な狩りをしていた現状を見ていた親としては、素直に子に友人が出来た事を嬉しく思っていた。

 

「そうそう、ベルは十二分に二人のフォローが出来る程度には実戦慣れしてるから大丈夫だと思うかなー」

 

「そうね。そしてまた、話は変わるのだけど・・・・・・ヴェルフから面白い物を預かってるんだけど、気にならない?」

 

「なになに! 気になるかなー!」

 

 瞳を輝かして食いついてくるパイに微笑みを浮かべながら物置から一つの軽鎧を取り出す。それを並べていくとパイがある事に気づく。

 

「ヘファイストスさん。コレ随分小さい人を基準に作られている防具だけど・・・・・・」

 

「そりゃあ、そうよ。コレはヴェルフが貴女用に作った試作の防具なのだから・・・・・・名前は『猫鎧《ニャンチュウ》』らしいわよ?」

 

 どこからか青い猫のダミ声が聞こえそうな名前と相変わらずのネーミングセンスにパイの表情が若干ひきつる。そして、その部分部分に施された仕組みに驚きの声を上げる。

 

「うわぁ! これって【大陸】の装備に近い構造してるかな!? ひょっとしてヴェルフが独学でここまで再現したのかな?」

 

「そうなのよ。使用感とかは度外視で作ったみたいだから、まずはパイに見て貰おうってね。製作者本人には許可を貰ってるから忌憚のない意見を貰えると嬉しいわ」

 

 そこで、ヘファイストスは思い出してしまった。これはヴェルフがこの鎧を持ってきたときの事・・・・・・今から数時間前の話である。

 

 

――――――――――――――

 

 

「ヘファイストス様、少しよろしいですか?」

 

 ドアのノック音と共に掛けられた声にヘファイストスは書類から顔を上げる。入室の許可を告げると何やら大きな包に入った物を背負ったヴェルフが入室してくる。

 

「朝早くからどうしたの? それに・・・・・・それは?」

 

 ヴェルフの持ってきた物に興味を持ったヘファイストスが見つめる中、ヴェルフはその包を解いてゆく。そして出てきたのは随分と小柄な人間用の鎧であった。

 

「新作・・・・・・と言うよりも試作の品です。新しい機構を使って造ってみました。トビ子の口伝だけで作ったので未だ荒いのは理解していますが、自分でもうまくできたと思うのでヘファイストス様に見てもらおうと思いまして・・・・・・」

 

 そう言いながらも、仮止めで組み立てられた軽鎧を形作ってゆく。関節部などに従来の機構とは違うやり方で取り付けられており、ヘファイストスの興味を持った部分をヴェルフに尋ね、その度にヴェルフが説明してゆく。

 

「これ、もう少し手直ししたら十分に使えそうだけど。名前は付けてあるの?」

 

「ええ、この鎧の名前は【猫鎧《ニャンチュウ》】と名付けました。今のところはパイの専用装備って感じです」

 

(そんなネーミングだからヴェルフの装備って売れないのよね・・・・・・腕はいいのに)

 

 相変わらずのヴェルフのネーミングセンスにヘファイストスは小さくため息を吐く。とはいえ、本来は技術的にも小型化は難しく、それが新しい機構となればなおさらでもある。ヘファイストスはヴェルフの鍛冶師としての腕が更に磨きがかかった事に驚く。

 

 そして、聞きたいことを訪ね切ったヘファイストスは、ヴェルフの貪欲なまでの鍛冶技術に対する、知識欲を司る原動力が気になり尋ねてみる。

 

「ねぇ、ヴェルフ。貴方・・・・・・どうしてコレを作ろうと思ったの? 確かに鍛冶師の業と言えばそれまでだけど、貴方の腕なら別に新技術に手を出さなくてもいいんじゃない?」

 

「あー・・・・・・えっと、俺自身もどう言っていいのかわからないんですけどね・・・・・・」

 

 ヘファイストスの質問に、何処か気まずそうな態度を取るヴェルフ。言葉の続きを待つヘファイストスを見つめ、意を決してヴェルフは後頭部をガリガリと強めに掻くと真剣な表情で告げる。

 

「実は、俺には認めて欲しい人がいます。その人は、立場も鍛冶の腕も遥か高みにいる。それでも、俺はその人に認められたくて、隣に立ちたいと思ってしまった。だから、俺だけにしか出来ない方法も手を伸ばして・・・・・・この【オラリオ】で俺にしかできない物を創り出した時。この想いを伝えようと・・・・・・それが俺の原動力です」

 

 ヴェルフの告白にヘファイストスは自らの頬が赤くなるほどの・・・・・・その情熱的なまでの想いを向けられている相手に一種の嫉妬心すら感じた。

 

「そうだったの・・・・・・それで、その子ってのはどういう人なのかしら?」

 

「どういう人・・・・・・そうですね。友人思いで、友人のダメな所を叱咤し、きちんと自立させようとする意志の強い女性です・・・・・・人望も高く、媚びない高潔な精神に惚れ込みました」

 

「・・・・・・ちなみに、もしよ・・・・・・もし、聞いても大丈夫なら、どこの【ファミリア】の人なの?」

 

「ここです。【へフィストス・ファミリア】に居ます。いえ・・・・・・“ヘファイストス・ファミリア”にしか居ないんです」

 

 ヘファイストスは考える。【ヘファイストス・ファミリア】にいる“友達思い”で“媚びない高潔な精神”を持っている“女性”・・・・・・。ヘファイストスには全然心当たりがなく。誰なのか本気ではわからなかった。

 

 いや――っとヘファイストスは考え方を改める。そこはもっと視野を広げるべきではないかと、友達思いというのは、仲間思いとも取れるし。依頼者との鍛冶師としての関係とも取れる。つまり、“作りたい相手に自らの最高の物を妥協すること無く作れる女性”である可能性。そこでヘファイストスは一人の眷属の存在を思い出す。

 

 椿・コルブランド。【単眼の巨師】の二つ名を持つ【ヘファイストス・ファミリア】の団長のしてLv.5の冒険者である。確かに、作品に対して厳しい彼女は高潔な精神を持ち合わせ。一度使い手として、認めた相手には気を許す傾向にある。あのさっぱりとした性格は良くも悪くも気持ちがよく。なにより男が喜びそうな物も“持っている”

 

 椿とヴェルフ、日頃は椿からヴェルフにちょっかいを出してよくヴェルフから鬱陶しそうにされていたが・・・・・・あれは、よくある嫌よ嫌よも・・・・・・と言うやつだったのだろうか。

 

「もしかして・・・・・・その気になる人って片目を隠してたり・・・・・・してないかしら? あと、その、(胸が)大きかったりする?」

 

 気恥かしそうに尋ねるヘファイストスにヴェルフが一瞬だけ動揺するが。すぐに立て直し、こちらに視線を向け、目を合わせて言う。

 

「はい、その特徴の人ですね・・・・・・まぁ確かに大きい(女性にしては高身長と言う意味で)ですね」

 

 自らの予感が、的中して少しばかりしょげるヘファイストス。しかし、直ぐに顔を上げてほほえみを浮かべる。自らの子供の幸せを望まぬ親などいない。ヘファイストスはヴェルフの思いを応援する事にした。

 

「いいんじゃない。確かに立場(団長と平団員)の違いはあると思うけど、ヴェルフがその時が来れば・・・・・・きっと(椿なら)応えるわ」

 

「本当ですか、それは! 今、ヘファイストス様が言ったこと、嘘ではないですよね?」

 

「ゑ? ・・・・・・ええ、嘘じゃないわ」

 

 ヘファイストスの言葉に食い気味に反応するヴェルフ。その行動にやや困惑しながらも肯定するヘファイストス・・・・・・そして、嬉しそうな笑顔を浮かべたヴェルフが退室する間際、後ろを振り返り男らしい笑みを浮かべ宣言する。

 

「それでは、仲間のベル達を待たせているんで俺はこれで失礼します。・・・・・・それと、これだけ言わせてください。俺が、想いを告げる時、その眼帯を外して貰いますから、覚悟しておいてくださいよ」

 

 そう言って扉の向こうに消えるヴェルフ。そこでヘファイストスはヴェルフのセリフに違和感を覚える。

 

「・・・・・・ん?」

 

 さきほどヴェルフはなんと言った? 『眼帯を外して貰います』・・・・・・眼帯を外す? なにより『貰います?』。まるで、目の前の人物に告げる様に告げられた言葉に、ヘファイストスは数秒じっくりを考えて・・・・・・

 

「・・・・・・うん゛?」

 

 その時になって、ヘファイストスは重要なことに気づく。ヴェルフは一度たりとも“想い人”の名前を言っていない。

 

 なにより、ヴェルフは人とは言ったがソレが“団員”だとは一言も言ってはいない。眼帯をつけていると“確認”したのは自分であり・・・・・・それは自分、ヘファイストスにも適応される。そして、“ヘファイストス・ファミリア”に“しか”居ない存在。それは・・・・・・【ヘファイストス・ファミリア】を“形作るために”絶対に必要な“存在”である事・・・・・・つまり――。

 

「――――――うう゛んっ―――!!?」

 

 ここまで来て、色々と繋がった事でヘファイストスは猛烈な恥ずかしさを覚える。あのヴェルフのベタ褒めの数々。そして、友達思いと評された意味の理由も思い出す。

 

 友神とはヘスティアの事だ・・・・・・っと、確かにあの駄女神を世話し、かなりの優遇を図った、これは他人から見ても自分の行いを客観的にみても、そう評価されてもおかしくない。そのうえ、確かに自立させる為に甘えさせない程度の物件を買い与えた・・・・・・ヴェルフの言葉に何一つ間違いなどなかった。

 

 別の子に対する惚気けた話だと思って聞いていたら、実は自分に向けての恋慕であったなど、笑い話でしかない。そして、その熱烈な想いに気づかずにOKサインを出したのは紛れもなく自分であり、そして、それほどの強烈な熱を持つ青年の真摯な言葉が“嘘ではない”と理解してしまう。

 

 神・ヘファイストスはその後一刻の間その髪と同じぐらいに顔を赤く染めて、羞恥と嬉しさに板挟みにされながらも、執務室の床を転がり続けるのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 ヘファイストスはその時の事を思い出して、今だに頬に熱が篭もりそうになる。だが、無理やり煩悩を振り払いどうにか冷静になる。

 

 未だ、桜色に染まる耳元を気にするが、装備を試着して動作を確認しているパイがそこでようやくヘファイストスの様子がおかしい事に気づく。

 

「うーん、ならこの部分がちょっと、動かした時とかに引っかかると思うかな・・・・・・後は――ん? ヘファイストスさん? 顔赤いけど、どうしたの?」

 

「なっ・・・・・・なんでもないわ。それよりももっとパイの意見を聞かせて」

 

「・・・・・・? えっとね、後は・・・・・・」

 

 執務室にしばらくの間ヘファイストスとパイの会話が響き・・・・・・その意見が後に、この防具に更なる進化を遂げさせる事になるのだが、それはまだ先の話なのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 フレイヤは少年の戦いを見届けていた。

 

 神の鏡。遠くの光景を見る鏡、本来は特殊な使用許可がなければ神ですらも使えない奇跡。しかし、その鏡に映された内容は酷い物であった。

 

『うっしぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!? こっ・・・・・・怖いぃぃぃぃいぃぃ!!』

 

 出会い頭からの逃走。仲間を見捨てることをしない所は実に評価出来る所ではあるが、これは酷い。

 

「ねぇ、オッタル・・・・・・」

 

「私も驚いています・・・・・・話では勇猛果敢に戦ったと耳にしたので、丁度いい個体を強化しながら稽古をつけたのですが」

 

「“強化種”だから・・・・・・って訳じゃなさそうね・・・・・・あっ、こけた」

 

「まるで、喜劇のように全員どこかしらにぶつけましたね」

 

 暫く観戦していると、突然の光に直視こそ避けたものの、しょぼしょぼする瞳で見続けていると、その場所に【ロキ・ファミリア】の【凶狼】と【剣姫】が現れ、【剣姫】が加勢しようとするのを【凶狼】が止める。

 

『――それに、今回はたった一匹なんだろ? 楽勝だよなぁ! だろ? ベル!!』

 

 【凶狼】の飛ばした激に力強い笑みで返す少年。その姿を見つめながらフレイヤは呟く。

 

「べート×ベル・・・・・・有りね!」

 

 その言葉をしっかりを耳に入れながらも。オッタルは主神の言葉を無理やり聞き流した。

 

 その後も、現地で増える観客と共にフレイヤとオッタルもノリノリで観戦を続ける。時に「惜しい!」だの「そこよ!」など聞こえもしないのに叫ぶ主神と“強くしすぎたミノタウロス”に内心ドキドキかつ冷や汗もののオッタル。

 

 完全に野次馬と化したフレイヤ・・・・・・そして、勝負はクライマックスへと向かい。

 

『潰れろぉぉぉぉぉ―――!!』

 

 気迫を込めて吠えた少年の一撃により、ミノタウロスはその身を爆散させる。途中で若干見苦しい部分もあったが、少年は見事に壁を越えたと言えるであろう。

 

「はふぅー、すっごい戦いだったわぁ・・・・・・」

 

「ええ・・・・・・見事でした」

 

「応援しすぎて、喉が渇いたわ・・・・・・」

 

「では、お茶にしましょう・・・・・・直ぐにご用意いたします」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 神の鏡を閉じて、フレイヤとオッタルがその場から離れる。

 

 もし、そのままダンジョンの中を見ていれば更なるものが見れていた事を彼女は知らない。

 

 ダンジョン六階層。バベルに来たついでにダンジョンへと潜った『ハンター』の下に彼女の因縁の相手がその姿と咆哮を“異界の地”に響かせることになるとは・・・・・・想像にすらできていなかったのだった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 パイ・ルフィルは目の前の現実に混乱していた。

 

 前回の二十五階層から数日ぶりのダンジョンの中・・・・・・場所は六階層の途中。先程まで居たヘファイストスの執務室での要件を終えたパイはそのままの足でダンジョンに潜っていた。

 

 不思議とモンスターの出現が少ないが、何処か少しピリピリした空気を感じながらもやや警戒した状態で階層を順調に降ってゆく。

 

 そんな中、六階層のひらけた場所に立ち寄ったパイは目の前に“見覚えのある”蜃気楼じみた空間の歪みを見つけ・・・・・・そこから現れた存在に驚愕する。 

 

 とは言えど、先日の【怪物祭】で突如として前ぶりもなく現れた【青熊獣《アオアシラ》】の存在から、いつかはこうなる事も予測の範囲では考えてはいた。

 

 それと同時に『コイツ』が現れた事の方が混乱する要因となり、その因縁の深さに自然に眉間に皺が寄るのを自覚していた。

 

 緑の濃さがやや深い翡翠の鱗に覆われた強靭な四肢、肩と背には黄色がかった色彩の硬質さを思わせる鋭利な刺の様に見える逆だった鱗が張り巡らされている。警戒色を思わせるコントラストはそのままその獣の危険性を示すように、その獣の歩を進める度に強者の風格を出してゆく。

 

 【雷狼竜《ジンオウガ》】。それは巨大なイヌ科の動物を思わせるフォルムを宿した大型のモンスターである。本来は高地に生息し滅多に麓に降りてくることはないらしいが、パイが子供の頃、天災と呼ばれる古龍がユクモの地に住み着いた為に雷狼竜が麓へと降り、その個体はユクモ村の専属ハンターとなった女ハンターによって討伐される事となる。

 

 そして、その後、事件の元凶であった古龍すらも討伐したユクモ村の専属ハンターは英雄の一人となった訳だが・・・・・・その後から結構な頻度で雷狼竜が【渓流】に出てきたりしている。

 

 パイ自身は幼少期の因縁と“新人時代の頃に真っ先に埋め込まれたトラウマ”によって雷狼竜が酷く苦手な存在であった。苦手意識もあるが、タイミングや行動がどうもしっくりこず、かなりの頻度で攻撃を受けてしまう相手・・・・・・要は相性が悪いのだ。

 

 しかし、彼女が『ハンター』である以上、戦う理由がある。なにより、このような浅い階層でコイツを放置することはできないと武器を抜き払う。

 

 彼女が狩りを行うには十分な理由があり目の前には狩るべき対象がいる。『ハンター』に取ってこれ以上の理由は必要ではない。

 

「来いよ、ワンころ・・・・・・一年半ぶりにハンターに戻ってやるかな!」

 

 ――奇しくも、師弟共に同じ日に――パイ・ルフィルの“冒険”もまた、誰も知らない所で静かに始まった。

 

 雷狼竜は開戦と同時に咆哮を上げる。空気を震わせ無防備にその空気の振動を至近距離で生身で受ければ三半規管が麻痺しまてともに動く事が出来なくなる。『ハンター』の基礎知識としても咆哮が行われた場合はすかさず耳を守る事を基礎中の基礎として教わる。

 

「うっ・・・・・・るさいかなぁぁ!」

 

 腰を屈め耳を閉じ、咆哮をやり過ごすがそれでも感じる鼓膜の痛みを無視し、雷狼竜へと駆け出すパイ。背中のオーダーレイピアを抜き払うと同時に横回転を加えながら独楽のように回転切りを放つ。鱗と刃が擦れるたびに巻き散らかされる火花を横目に追いながらパイは軽く舌打ちを打つ。

 

 軽く、刀身へと視線を向けるとソコには微細な刃こぼれが確認できた。向こうから持って来たアイテムも長いオラリオ生活で消耗したものも多い。回復剤などはポーションで代用が効くが他の消耗品なども正直な所で言えば心もとない。

 

 その中で地味に困ったのが砥石の存在であった。【ヘファイストス・ファミリア】に通う口実の殆どがオーダーレイピアの研ぎ入れの作業であった。切れ味が鈍りそれを無視して使い続ければ、それだけで武器の寿命が減ってしまう。特にモンスターなどの生き物を切る際などは特に重要な要素となる。

 

 そんな中で持ち合わせていた砥石を切らしてしまったパイにとって、多少面倒でも鍛冶師による刀身のケアは必須であったし、この世界の砥石では【大陸】の砥石ように短い時間での切れ味の回復は望めない。ヴェルフに頼んで定期的に研ぎ上げてもらってはいるが、向こうの砥石が特別だったのかヴェルフ自身も骨の折れる作業であるだとボヤくほどであった。このような事になるのならば節約していけば良かったなどと今更に後悔し・・・・・・これから行われる戦闘に不安を感じるが無い物ねだりが許されるような状況でもなかった。

 

「――っ!?」

 

 パイが少し目を反らした瞬間を狙ったかのように雷狼竜の巨体が殺気をまき散らしながら突撃してくる。跳躍しながらもその太い腕と、鋭利な爪でパイを切り裂こうとするが、パイは即座に横に転がりながら回避行動と取る事でどうにか紙一重で避ける。しかし、姿勢を戻し顔を挙げた先にあった光景は大きな肉球がチャーミングな凶器が振り下ろされる瞬間だった。

 

「――あっぶねぇ!?」

 

 大きく跳ぶ回避方法では遅い・・・・・短い間に察したパイが、転がるよう回避するが、そのパイがいた場所に振り下ろされた前足の一撃が背に生えていた羽の部分を捉え引きちぎってゆく。その破片を見て顔を青ざめさせるパイ、少しでも回避が遅れていれば危険であったと感じさせる攻撃に心臓がドキリとするのを自覚する。

 

「グルルル・・・・・・」

 

「あっぶなー・・・・・・って背中の羽ちょっとちぎれたかな」

 

 しかし、回避だけならば妙な自信がパイにはあった。無駄に新人時代にこいつにボコボコにされてはいない。

 

 とはいえ、回避し続けてても勝負は終わらない、むしろモンスターの狩猟は時間が経てば経つほど対応されてゆき不利となる場合が多い。

 

 短期決戦が最も最適である。パイは雷狼竜へと駆ける。雷狼竜と小さなハンターはその立ち位置を変えながら互の牙を突き立ててゆく。

 

 時に飛び上がり、切り付け、あるいは殴られを繰り返す。大振りな攻撃のタイミングに合わせて無理矢理相手の懐に入り込んだパイが、雷狼竜の腹を切りつけた時に違和感を感じる。

 

 そして、さらに数分の攻防の末、パイがある事に気づく。

 

(おかしいかな・・・・・・? 超帯電状態にならないしその兆しもないかな・・・・・・なるほどかな、電光虫がこっちに居ないからかーあれ? って事は私のだいっきらいなあのビリビリは無いってことかな)

 

 【超帯電状態】。雷狼竜特有の行動であり、遠吠えと共に周りにいる電光虫から発電した電気を纏った状態を指す。身体能力などの上昇や肉体の活性化による行動パターンの変化等。パターンが変化するのがパイが、目の前のモンスターが嫌いな理由の大きな要因であった。

 

 ニヤリッとパイは笑みを浮かべる。勝率が格段に跳ね上がった事に気づいたパイは、今まで回避につぎ込んでいた神経を幾分か攻撃に向かわせる。

 

「はぁ――! 行くかなぁぁぁ、いつもよりぃ――」

 

 そう声を出した瞬間、パイの動きが加速する。強烈な回転をかけ、自らを独楽に見立て、相手の脇腹に横振りの斬撃を当てる。

 

「――余計に多くぅぅぅ――」

 

 更に、急激な方向変化を加えて再度、雷狼竜の右の後ろ足に切り込んでゆく。その動きは上から見れば、独楽遊びの一種にある、独楽同士を弾く遊戯のように見えるであろう。

 

「――回っているのかなぁぁぁ!!」

 

 気合を入れた斬撃を雷狼竜へと叩き込み綺麗に急停止を決めるパイ。

 

 【血風独楽】と呼ばれる『ハンター』の狩技のひとつ。自らが独楽の用に回転しながら斬りつける技であり。三回の方向変換を可能としており相手の追従を許さない高速の攻撃方法となっている。

 

 そして、そのパイを視界に入れる為に動いた雷狼竜よりも早く、その顔面に刃を叩きつけるパイ。顔面に受けた衝撃によろめく雷狼竜に向かって跳躍し、そのまま、雷狼竜の背後へ飛びながら宙を舞うような紅と蒼の剣線が雷狼竜の背を切りつけ鮮血が舞う。

 

 雷狼竜は背後に回り込んだ気配を頼りに振り返るが、振り返った雷狼竜の行動を読んでいたかの様、ベルに渡して置いた物とは別の『閃光玉』が暴力的と表するに相応しい光量を発生させる。

 

「ガッ!!?」

 

 振り向きざまの無防備な瞬間、網膜へと突然に焼き付けられた暴力的な光に雷狼竜の視界は白く濁され、怒り狂った雷狼竜は手当たり次第に暴れだす。パイは乱れた息のままポーションを服用しポージングを決めながら体力を回復する。しかし、それが悪かった。

 

「へへっ! 目の前でいきなり光ってびっくりしたかな・・・・・・! へっ? おわ、馬鹿いま動けな・・・・・・にゃぐはぁ!?」

 

 それは不幸な出来事・・・・・・という名の自業自得であった。視界が遮られデタラメに動く雷狼竜の大振りな攻撃である、宙返りからの尻尾を叩きつける動作が、まさかのポージング中であった無防備なパイに直撃した。頭部を尻尾に打たれその衝撃で鼻から鮮血が吹き出し、その衝撃のまま吹き飛ばされた先の壁にぶつけられたパイ。しかし、なまじ頑丈であるのが『ハンター』である。すぐに起き上がり頭を振りながらも剣を構えようとするが・・・・・・。

 

「ぬぉぉぉぉ!? ゆっ・・・・・・油断したぁ・・・・・・あれ・・・・・・目の前がゆらゆらするかなぁ・・・・・・」

 

 視界がボヤけてはいるが、目の前の存在の動きは分かる、視界が回復した雷狼竜は首を振りながらも、明らかにこちらを認識している。追撃の可能性が十分に考えられるが、思うように動かない身体に焦りのみが募る

 

(――あっ・・・・・・これは、あかんやつかな?)

 

 覚悟を決めて目を閉じて全身に力を入れる。

 

「間に合えぇぇぇぇぇ!」

 

 知った声が耳に届き、パイの身体が何かに押され・・・・・・否、抱かれた状態で飛んだ。

 

 それ以外の衝撃も痛みも来ない。恐る恐る瞳を開けると目の前にはにはパイがよく知る、白い髪をした少年が安堵の表情を浮かべていた。

 

「危なかったな、トビ子! ベルが急に飛び出すからびっくりしたぞ」

 

「でも、ナイスでしたよベル様! パイさんも大丈夫ですか?」

 

 赤い髪の青年・・・・・・そして見覚えのあるハンマーを持った少女がそれぞれの愛用の武器を構えて立っていた。

 

「・・・・・・ベル? リリルカも・・・・・・ヴェルフも・・・・・・」

 

「リリ! ポーションをパイさんに渡して」

 

「ミノタウロスの時は直ぐにやられちまったからな・・・・・・頼りないだろうが、援軍に来たぞ! トビ子!」

 

「はい!? ミノタウロス!? どういうことなのかな!? 皆、十一階層に行ったんじゃなかったのかな?」

 

「それだけ話せたら、結構大丈夫そうですね。パイさん、取り敢えずコレを飲んでください」

 

「へっ・・・・・・ああ、うん。ありがとうかな、リリルカ」

 

 突然現れたベル達に驚くパイだったが。リリルカから手渡されたポーションに口を付け飲み干す。

 

 ミノタウロスとの激闘を繰り広げた、九階層からの帰り道。ポーションで体力等を回復させたベル達が帰還しているさなか、突然ベルが異変に気づき駆け出した。

 

 突然の行動に驚き、ベルの後を追いかけたヴェルフとリリルカが見たのは、見知らぬモンスターに追撃をされそうになっていたパイであった。

 

 “見知らぬモンスター”。ベル達にとっては雷狼竜はパイの描いたイラストのみであり、現物は見るのは初めてであったが、目の前のモンスターがダンジョンの少なくとも六階層に存在し得ないモンスターである事は、瞬時に理解できた。

 

「って、そんなことよりも、ベル! 危ないかな!! モンスターの目の間にいきなり飛び出すなんて・・・・・・」

 

 若干の混乱から落ち着きを取り戻したパイがベルに叱責する。

 

「僕たちは冒険者です。守られる存在じゃないんですから、自己責任でやりました」

 

 だが、そんなパイの叱責に対して、ベルが返した言葉にパイは己の間違いに気付く。

 

 パイの視界にはこの【オラリオ】で“守りたいと思っていた”仲間がいた。

 

(いつの間にか、皆を見下していたのかな?)

 

 それは違うとパイは否定する。彼らは守るべき対象ではないと、共に戦える仲間なのだと・・・・・・。

 

 だが、それと同時に、どこかで『ハンター』と『冒険者』が違う存在であると、そう考えている自分が居た事を今になって自覚した。

 

 そして、同時にそれがどれほど目の前の彼らを・・・・・・『冒険者』を侮辱していたかも理解する。彼らは『冒険者』である。自業自得、実力主義、その世界で生きる彼らと【大陸】の『ハンター』。お互いに知恵と武力を持って戦うという点に置いて、さしたる違いなどはない。

 

 そこに、どれほどの差があるというのか・・・・・・目の前の弟子は『冒険者』であるが、パイが育てた『ハンター』の卵でもある。

 

 ――【大陸】のパイ・ルフィルと言う『ハンター』は臆病である。だから、常に安全圏を超えた行動を取ろうとしない――

 

 ――【オラリオ】のパイ・ルフィルと言う『冒険者』は、常に未知に飛び込む自由な人間であった。――

 

 ――【大陸】のパイ・ルフィルと言う『ハンター』は狩りをする度に窮屈さを感じていた・・・・・・自らの殻を破ることなく、何かを喪う事を恐れていた――

 

 ――【オラリオ】のパイ・ルフィルと言う『冒険者』は新しい環境で、“自分を見つめ直すには十分な時間を経た”――

 

 ――パイ・ルフィルは『ハンター』であると同時に『冒険者』である。そして、この場には他にも『仲間』がいる。――

 

 ――今が、今までの自分を超え、変える時だと・・・・・・今までの“常識”が塗り替えられていく感覚に・・・・・・パイは高揚してゆく奥底に沈めていた【狩猟本能】を解き放ってゆく――

 

「こいつは雷狼竜! 【大陸】のモンスターかな! 攻撃手段は上からの手での叩きつけ、跳躍からの突進、普通の突進、バックステップからの尻尾の一撃には絶対当たらないこと! なにより息を吸い込む動作がでたら耳を塞いで、咆哮がくるかな・・・・・・さて、いくよ!」

 

 パイは“仲間”へと短く雷狼竜の攻撃モーションの説明だけを行い、全員が武器を構え・・・・・・そして、同じタイミングで放たれた言葉がダンジョンに響く。

 

「「「「ひと狩り行こうぜ!」」」」

 

 その“セリフ”と共に散開してそれぞれに雷狼竜へと向かって駆け出す。まずはベルが雷狼竜へと真っ直ぐに駆けてゆく。その接近に気づいた雷狼竜が小柄な獲物を叩き潰そうと腕を振り上げ、振り下ろすが、ベルは巧みな体術によって、紙一重でその一撃を回避すると同時にその腕の関節の裏側へと【影刃】を叩きつけるように打ち込む。

 

「やぁ!!」

 

 靭帯に衝撃が走り思わずたじろく雷狼竜の後ろ足、その最も鍛え用のない部分、前足の鋭い爪の生え際・・・・・・そこ左右に散ったヴェルフとリリルカがそれぞれの武器が振り上げられる。

 

「ちょっとは痛い目をみるといいですよ!」

 

「俺の友人に痛い目を見させたんだ! お前も痛い思いしろ!」

 

 そう力強く言う二人のハンマーと鍛え上げた太刀がそれぞれ風を切る音と共に振り落とされ――

 

「ぎゃぁわぁぁぁ!?」

 

 ――肉を潰す音と共に悲鳴を上げる雷狼竜。その攻撃に激怒したのか咆哮を発する為に大きく息を吸い込む。その動作をみた全員が即座に口を半開きにして、耳を防ぐと同時に、空気を震わせる膨大な声量がパイ達に襲い掛かる。

 

 空間を暴力的なまでに震わせるほどの声量に全員の顔が苦痛に歪むが・・・・・・その瞳にさらなる戦意を滾らせ己が倒すべき敵を見つめる。

 

 全員が安全な位置をキープしながらも雷狼竜へと牽制と注意を引くように立ち回ってゆく。

 

 多くの冒険者の牽制に雷狼竜が目移りしている隙にその視線を避けるようにパイがこっそりと近づき、地面に『落とし穴』と呼ばれる罠を設置する。展開後の罠がその上に立っていた雷狼竜の真下。急に地面に大きな空洞が発生し、雷狼竜がその穴へと落ちる。

 

 そして、這い出そうと暴れる雷狼竜の頭目掛けて近づいたベルとパイが、左右から双剣の乱舞による斬撃の舞をお見舞いする。

 

 ベルが嘗てのミノタウロスに放った物とは比べ物にならない程の精度となった乱舞攻撃はパイの乱舞と遜色なく、左右対称に同じ動作の斬撃に堪らず悲鳴を上げる雷狼竜。しかしパイ達の猛攻はこれでは終わらない。

 

「とりゃぁぁぁぁ! ジャンピングからの嫌がらせの始まりかなぁぁぁ!」

 

 そして、『落とし穴』から這い上がり、雷狼竜が体勢を立て直そうとした時、その背に即座に背後に移動していたパイが飛び乗る。背中の違和感から振り落とそうとする雷狼竜にしがみつきながら腰からハンターナイフを取り出しその背中に突きこんでゆく。

 

 そして、暫しの攻防が繰り広げられ、遂に雷狼竜が痛みにたまらずその体を地に伏せた。

 

「みんなぁぁぁ! 今がチャンスかなぁぁぁ!」

 

 その瞬間――パイを除く全員が雷狼竜の頭部へと殺到し己の技量のすべてを込めて斬撃と打撃を加えてゆくが、雷狼竜も黙ってはいない。痛みに耐えて立ち上がり、全身を振るように暴れる。その雷狼竜の抵抗にリリルカとヴェルフが吹き飛ばされるが、ベルだけがその攻撃を躱し、そして、そのままの勢いで回り込んだ先、狙った訳ではないだろうが雷狼竜の背後の尻尾へとその黒き刃を振り下ろす。その刃が綺麗に尻尾の真ん中・・・・・・脊髄まで達するがその次の瞬間、刃から小さな異音が発し――

 

 ――キィン――

 

 それは【影刀】の刀身が砕ける音であった。突然の相棒の紛失に、ベルは一瞬だけ驚きに表情を歪めた物のベルの中にある狩猟本能が視界に入った物を捉えていた。ヴェルフが吹き飛ばされた時に落とした太刀。ベルは転がるように太刀の前に向かうとソレを拾い“相棒”が切り開いた傷跡へと寸分違わぬ斬撃を放ち――見事に雷狼竜の尾を切断してみせた。

 

 痛みに転がる雷狼竜と、振り落とされたいたパイが同じタイミングで立ち上がる。雷狼竜と正面から視線を合わせ・・・・・・交差する視線がこの戦いがもう長くないことをお互いに悟らせる。

 

 雷狼竜がその四肢に力を蓄えパイへと突撃を行う。決死の行動に対してパイはその足で地を蹴り雷狼竜の目の前で跳躍する。

 

 【天翔空破断】。パイが扱える双剣の狩技の中で最大の威力を誇る狩技であり、もっともスキは大きいが当たれば高威力の技でもある、“切り札”である。

 

 飛び込んできたパイに顔面を斬りつけられ、思わずひるむ雷狼竜の最後に見たものは、宙に浮かんだ狩人の瞳とその手に握られた蒼と紅に光る剣の双刃を叩き込む瞬間であった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ベル・クラネルはその瞬間に心が震えるのを感じていた。

 

 雷狼竜に吹き飛ばされ、直ぐに立ち上がれずとも、ベルは雷狼竜をその目で追っていた。その雷狼竜へと飛び上がりながら斬撃をお見舞いしたパイが、そのまま高く跳躍し雷狼竜の頭部を回転しながらも、落下の衝撃を乗せた一撃で雷狼竜の額を叩き割った瞬間を―― 

 

 綺麗に着地したパイの背後、その必殺の一撃を受けた雷狼竜は、最後の抵抗に頭を上げようとしたものの、直ぐに力尽きその体を地面へと倒れさせる。

 

「・・・・・・これが・・・・・・ハンター・・・・・・」

 

 ベルは思わず笑みを浮かべる・・・・・・いままで話に聞くだけの物が現実の光景としてその目に焼き付けた瞬間――少年の心にあたらなる情景が生まれたのであった。

 

「いやぁ、本当に助かったかな! ありがとう、ベル! リリルカ! ヴェルフ!」

 

 お互いに防具もボロボロであるが元気な様子で駆け寄ってくるパイに三人は痛む身体をポーションで直しながらも合流する。

 

「所で、改めて聞くけど、皆なんでこんな所に? 確か十一階層に行くとか言ってなかったかな?」

 

「ええ、実は・・・・・・」

 

 時間帯的にもこんな浅い階層にベル達が居る事に疑問を覚え、訪ねたパイにベルが説明する。

 

「なるほど・・・・・・よく勝てたねぇ・・・・・・」

 

「僕もそう思いますよ、パイさんがインファイトドラゴン用にってアイテムポーチを預けてもらってなかったら危なかったかもしれません」

 

「なんというか、絶妙な戦い方だったけどなぁ・・・・・・最後一歩手前を除いてだけどな」

 

「そうですね。ベル様は道具も魔法も使い分けて強敵を見事に打倒しましたよ」

 

「ただ、貸していただいたアイテムも殆ど使い切ってしまいました・・・・・・」

 

「命あってのって事だからそこは気にしていないかな。寧ろ、妙に渋って怪我した時の方が怒るかな」

 

 パイの気遣いにベル達も笑う。そして、腕をぐるぐると回しながら、パイは雷狼竜へと近づく、察したベルもそのあとに続き、二人で黙々と雷狼竜を解体し始める。

 

 自然にモンスターの解体を開始する二人にヴェルフとリリルカはドン引きしている。魔石などを回収する時と同じような光景なはずなのに何故か生々しく感じるのはなんでだろうか。

 

 剥ぎ取りを終えて・・・・・・本来ならば、『ハンターズギルド』の分までも取りきりアイテムポーチへと詰め込んでゆくパイ。ホクホク顔の彼女はふと、雷狼竜の爪の間に何かが挟まっているのを見つけ、それを確認すると突拍子のない奇声を上げる。

 

「もあぁぁぁぁ!!? これは! 『ドキドキノコ』じゃないかな! いや、これは確かにドキドキノコだぁぁぁ!!」

 

「ええ? あの、もしかしてそのドキドキノコって・・・・・・パイさんの世界の『モドリ玉』の材料じゃ」

 

 以前に調合の手ほどきを受けていた時に耳にした記憶を掘り起こして尋ねるベルに、嬉しそうに頷くパイ。

 

「もしかしたら! 私は【大陸】に戻れるかもかなぁぁぁぁ!!」

 

「「「・・・・・・ふぁ?」」」

 

 突然の出来事にベル達からは間の抜けた声が漏れるのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 『現在調合中。邪魔するべからず』と書かれたドアをミアハとナァーザ怪訝そうな表情を浮かべてが眺めている。

 

 ダンジョンから急いで帰ってきたと思えば。張り紙を即座に作り部屋に引きこもったパイにミアハとナァーザは顔を見合わせる事しかできなかった。

 

「なぁ、ナァーザよ。何か心当たりがあるか?」

 

「パイの事ですよね・・・・・・私は無いです・・・・・・」

 

「そうね、あの子にしては珍しいわね」

 

「「「うーん?」」」

 

 そしてしばらくすると、パイの私室から奇声が木霊し、ミアハとナァーザがその声にビクリッっと肩を震わせる。そして、ドアが開け放たれパイが高々と丸い何かを掲げて高らかに叫ぶのだ。

 

「モドリ玉ができたかなぁぁぁぁ!! これで帰れるかもなぁぁぁ!!」

 

「・・・・・・おうっ?」

 

「・・・・・・むぅ?」

 

「パイが帰るですって・・・・・・そう、寂しくなるわね」

 

「「「・・・・・・んっ?」」」

 

 その時になってパイ、ミアハ、ナァーザは自らの本拠に全くの招かれざる客が居る事に気がつき、その客から即座に距離を取った。

 

「「「びっくりしたぁ!? アンタどこから出てきたの!?」」」

 

 脈略もなしに突如『青の薬舗』に出現したフレイヤの存在に全員が同じ言葉を同じタイミングで叫ぶ、その言葉に「あら、辛辣ね。さっきから居たじゃない」と悪そびれもせずに告げるフレイヤ。

 

「いや、フレイヤよ・・・・・・むしろなぜそなたがここに居るのかって事が問題なのだがな・・・・・・しかも護衛もなしに」

 

「ミアハも心配性ね。外にアレンを連れてきているから大丈夫よ。所でパイ。さっきの話だけど、本当?」

 

「フレイヤさんの言う本当ってのは、帰れるって事かな? 確証はないけどね。やってみる価値は十二分にあるとは思うかな」

 

「・・・・・・流石にあと九十年ぐらいこっちに居てもいいのよ?」

 

「超、高確率で死んでる未来しか見えないかな?」

 

 流石は不死の存在スケールがデカすぎて対応に困るパイ。フレイヤも流石に冗談よ。とは言ったもののどこかその表情に陰りが見える。

 

「んー・・・・・・取り敢えず、今からみんなに挨拶を済ませてこようとは思ってるかな。流石に何も言わずにってのもアレだし」

 

「そうね・・・・・・私の所はいいわよ、パイ。またね」

 

 そう言って、青の薬舗から出て行くフレイヤ。なぜここに居たのかという疑問は晴れないままであったが、パイは気にせずに『モドリ玉』をアイテムポーチに仕舞い込み【オラリオ】の街を駆け出すのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 そして次の日。

 

 『ハンター』を見送る為に数多くの人々がミアの好意によって貸切となった『豊穣の女主人』へと集まった。その中心ではパイが『モドリ玉』を持って各自お世話になった人々と仮初である別れの挨拶をしていた。

 

 『モドリ玉』がその効果を発揮するか決まっていない今、お互いにヌカ喜びもできない。しかし、“もしちゃんと戻れた場合”のことも考え、形式場だけでも挨拶を行っていた。【ミアハ・ファミリア】のミアハとナァーザとは昨晩のうちに話し合っており。ここでは軽く会話したのみであるがお互いに笑顔で別れられる。そうパイも思っている。

 

 【ロキ・ファミリア】からはロキ直々に見送りに来ていた。パイと知り合いの団員の殆どが遠征に向かっており、彼女自身がそれを望んだ結果でもあった。

 

「ほな、一応は“またな”パイ! ほんで向こうに帰れたら。例の件、頼んだで?」

 

「わかったかな! ロキさんも元気で! アイズ達には悪いけどよろしく伝えて欲しいかな」

 

「まかせぇ!」

 

 お互いに簡単な確認を済ませ別れる。パイは次に【ヘファイストス・ファミリア】の関係者へと向かう。椿もまた【ロキ・ファミリア】の遠征に同行しておりその姿は見られなかった。

 

「ヘファイストスさん。ありがとうございましたかな! 最初の会えた神がヘファイストスさんで良かったかな!」

 

「そのあたりは、持ってきてくれた素材で十分にお釣りが来るわよ・・・・・・向こうに帰っても元気でね、パイ」

 

「お前は相変わらずだな。トビ子。とにかく、ありがとうな、お前がベルやリリルカと引き合わせてくれた気がしてならねぇ・・・・・・元気でな」

 

「それは違うかな! ヴェルフは鍛冶師として顧客を見つけただけかな! 全部ヴェルフの努力の結果なのかなー! あと例の物は自由に使ってくれたらいいかなー!」

 

「・・・・・・おう、ありがとうな! じゃあ、またな、トビ子」

 

 そして、【ソーマ・ファミリア】のリリルカとソーマも見送りに来ており、パイも二人に挨拶をする。

 

「リリルカ! ソーマさん! お見送りありがとうかな!」

 

 パイの言葉に二人はそれぞれに笑顔で頷く。

 

「パイよ、お前のおかげで酒造りと同じぐらいに楽しみもできた・・・・・・ありがとう」

 

「パイさんは【ソーマ・ファミリア】の恩人ですしね・・・・・・向こうでもお元気で・・・・・・」

 

「なぁに! 一度こっちに来れたんだから、とっとと原因探してまた遊びに来るかな!」

 

 どこかしんみりとした雰囲気をぶち壊すように明るく笑うパイに二人もまた笑い彼女と別れる。

 

 『豊穣の女主人』のメンバーも仕事の合間に別れの挨拶を済ませてゆく。

 

「あー。せっかくパイと友達になれたのに・・・・・・向こうでも元気でねぇ!」

 

「シルも元気でかな、あまりベルをいぢめちゃダメだからねー」

 

 抱きつくシルの背を叩きながら別れると次にリューが近づいてくる。

 

「パイ、短い間でしたが、貴女と働けて楽しかった・・・・・・機会があればまた会いましょう」

 

「リューはもっと笑顔になれば可愛いと思うのに・・・・・・まぁ、そこがリューらしいかな! またね!」

 

「・・・・・・貴女のそういう所は・・・・・・その、気恥ずかしい」

 

 パイの裏表のない言い方にリューは顔を赤らめそそくさと仕事へと戻っていった

 

 他にもアーニャ、クロエ、ルチア・・・・・・最後にミアとも簡単な別れの挨拶を済ませてゆく。

 

 パイが周りを見渡すと出会った全員ではないが、色々な人々が彼女の為に見送りに来てくれる。それだけでパイは自分の行動に間違いがなくそれを誇りに思えていた。

 

「ハンターのおねえちゃん!」

 

「おおっ! おチビちゃん。とお母さんかな・・・・・・怪物祭以来かな!」

 

「怪物祭の時は本当に娘がお世話になりました」

 

「いいってことよー!」

 

「ねぇ、おねえちゃん・・・・・・次はいつ帰ってくるの?」

 

 獣人の少女の言葉にパイは一瞬困ったように眉をひそませる。

 

「実の所、私にもわからないかな。ちょっと場所が遠くてさ・・・・・・まぁ、頑張って来れるようにはするかな!」

 

「ん・・・・・・わかった」

 

 悲しげに耳を垂れさせ俯く少女。その頭を撫でながらパイは笑顔を浮かべる。

 

「大丈夫かな! 多分会えるかな! 私は勘がするどい『ハンター』なんだからね!」

 

「・・・・・・うん! またね、おねえちゃん!」

 

 そして、『便利屋』のつながりで多くの神と別れの挨拶を済ませてゆく、この【オラリオ】の街でであった人々。その中で最後に【ヘスティア・ファミリア】の二人が待っていた。

 

「ヘスティアもありがとうかな!」

 

「なに、トビ子君には何だかんだで色々として貰ったからね・・・・・・良くも悪くもね」

 

「あはは・・・・・・んっ? その用紙はなにかな?」

 

 ヘスティアが胸に挟み込んだ紙を見たパイが尋ねると、ヘスティアはどこか呆れを含んだ苦笑を返し「見たら驚くよ・・・・・・何も言わずに見てくれると嬉しいね」と言うと、パイへ用紙を見せる。それはベルのステイタスの写しであった

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

 

力  :SS 1011 →:SS 1091

 

耐久 :SS 1093 →:SS 1098

 

器用 :S  971   →:SS 1012

 

敏捷 :S  989  →:SS 1029

 

魔力 :S  994  →:SS 1024

 

 

《魔法》

 

【ファイアボルト】

 

 ・速攻魔法

 

 

《スキル》

 

【狩人之心《ヒト狩リ行コウゼ》】

 

 ・モンスターとの戦闘時の【経験値】の取得上昇。

 

 ・パーティを組む事でステイタスの上昇。

 

 ・笛を吹くと体力を微量回復することが出来る。

 

 

【狩猟】

 

 ・ドロップアイテムをモンスター死亡時一定時間以内“剥ぎ取る”事ができる。

 

【調合】

 

 ・素材と素材を組み合わせることで別の物を作ることができる。

 

 ・一定の確率で【もえないゴミ】を生成する。

 

 

【憧憬一途《リアリス・フレーゼ》】

 

 ・早熟する。

 

 ・懸想が続く限り効果持続。

 

 ・懸想の丈による効果向上。

 

 

【怪物狩人《モンスター・ハンター》】

 

 ・モンスターと戦闘時ステイタス補正。

 

 ・【ハンター】と行動時ステイタス上昇。

 

 ・パイ・ルフィルを師と想う限り効果持続。

 

 ・特定の狩技を使用可能。

 

 

 

 ベルに発現した新たなるスキル。【牛恐怖症《オックス・フォービア》】に変わる【怪物狩人《モンスター・ハンター》】にパイは瞳を見開きそのままベルに視線を向けると、ベルは気恥かしそうに小さく笑う。

 

「なぁにコレ・・・・・・パイ、理解できないかな・・・・・・しかもコレ、ヤバくない?」

 

「気持ちはわかるけど察してくれよ・・・・・・君だけなんだぜ? 見せるのも・・・・・・本当は機密なんだから・・・・・」

 

 パイは【情景一途】の欄に指を指す。ヘスティアも諦めたのかそこに関しては最低限のこと以外は何も言わずにさらっと流す。

 

「なにより、この【怪物狩人】・・・・・・妬けちゃうぜ、あんだけ酷い目に逢ってるのに、実はベル君はドがつくほどの被虐趣味があるのかって思ってしまうよ」

 

「はっはっは、何を馬鹿な・・・・・・もしそうならそれ以上に先輩ハンターからいぢめられてる私とか超がつくほどのドMって事になるかな」

 

「ちょっと待て、気のせいか、なんかイジメられているの発音がおかしくなかったかい?」

 

「気のせいかな・・・・・・しっかし。“モンスターハンター”ねぇ・・・・・・おめでとう、ベル! そんなベルにはお祝いが必要かな!」

 

 パイは少し考えた後に屈託のない笑顔のままベルへと近づく、キョトンと首を傾げるベルの前に立つと、パイはおもむろに背負った愛刀をベルへと差し出す。いつかのベルの故郷で行われた記憶が不意にベルの中で思い出された。あの時は無様に地面へと落としてしまった剣をベルは力強く握り受け取る。

 

「【影刀】が折れちゃったからね。ちなみに、本当は武器をあげたりとかはしちゃダメなんだけどね・・・・・・本当に強くなったかなベルは・・・・・・だから、私からの餞別かな」

 

 パイの言葉を聞いた瞬間、ベルの表情が歪んだ、何かを堪える様に歯を食いしばるがそれも無駄と理解したのか俯き・・・・・・地面に雫を落としながらも震える声のままパイへと礼を言う。

 

「パイ・・・・・・さん、いえ、僕が強くなれたのはパイさんや皆さんのおかげです! 本当に・・・・・・ありがとうございました!」

 

 ベルの涙ながらの言葉にその場にいた皆がパイとベルを見守る。ほぼ一年前から始まった短い間の師弟関係。その深さは当事者にしか理解できない物であるだろう。

 

「男の子がこんな事で泣かないのかな! 笑うといいかな! 笑うといいかなー!!

 

「グスッ・・・・・・そう、ですね・・・・・・はい、もう大丈夫です。では、パイさん」

 

「・・・・・・うん。じゃあ、皆! “行ってくるかな”!」

 

 せーのっ! っと掛け声を出しながら【モドリ玉】を地面に叩きつけると緑色の煙幕がパイを包み込み、その煙が四散する頃には『ハンター』の姿は【オラリオ】から消えたのであった。 

 

 

――――――――――――――

 

 

 我らの団のハンターは苦戦を強いられていた。

 

 相手は【千刃竜《セルレギオス》】空中からの襲撃とその鋭利な鱗による【裂傷】が厄介な飛龍型の大型のモンスターである。黄土色のギザギザな鱗と赤いトサカが特徴であり、怒ると全身の鱗が逆立つ。飛ばれた時の飛龍対策である、彼のアイテムポーチの中にあった『閃光玉』が無くなってからそれなりの時間が経っている上に、我らの団のハンターの攻撃を警戒してなかなか上空から降りてこないのも厄介な要因である。

 

(やっぱり、G級の千刃竜は強いな!)

 

 羽を震わし投げナイフのように飛ばしてくる龍鱗を匠に回避しながらも我らの団のハンターの中に焦りが生まれつつあった。そしてその焦りの隙をついて千刃竜の接近を許してしまう。

 

 愛用の太刀では対処しづらい近距離まで来られたら出来る対処も少ない。我らの団のハンターはダメージを覚悟し少しでも威力を減らそうと体勢を変えたその時・・・・・・視界の端に見知った空間の歪みを発見する。

 

(あの歪みは・・・・・・まさか、例の失踪事件の・・・・・・こんな時に!)

 

 先日の空間の歪みに引き込まれた【雷狼竜《ジンオウガ》】の一件は『ハンターズギルド』に報告を受けて対応が急がれていた。その場に居たユクモのハンターなど調査隊の到着の遅さにお冠であったそうだ。

 

 そして、それは逆に言えば向こうからも何かが来る可能性もあるという事、新たなる驚異に我らの団のハンターはその顔に緊張を走らせる。

 

 ――しかし――その歪みから現れた者は。未知のモンスターなどではなく・・・・・・“数ヶ月ぶりに見る”馴染みのあるハンターであった。そのハンターは【オラリオ】から『モドリ玉』で帰還した先で真っ先に落ちた先。千刃竜の背にまたがる形となった。

 

「きょえ・・・・・・?」

 

 突然の重みに千刃竜から間の抜けた声が砂漠に響く。

 

「へっ・・・・・・? ――ほわぁ!?」

 

 瞳をパチクリとしながらもパイは周りを見渡し、最後に自分の乗ったモノを見て悲鳴を上げる。

 

「・・・・・・えっ・・・・・・トビ子ちゃん?」

 

 我らの団のハンターは信じられない物を見たように探し人であった少女を呆然と眺める。

 

 砂漠の風が砂塵を巻き込み二人と一匹を撫でる。空気が凍ったかのように誰もが動かない。だがそんな時も時間にして半秒もなかった。

 

「きょえええええええ!!?」

 

「うわぁぁぁぁ!? なんでぇ!? 千刃竜!? なんでぇ!?」

 

 我に返り暴れだすに状況がまったく分からずにしがみつくパイ。コントのような光景に我らの団のハンターは困惑しながらもパイに告げた。

 

「ええええええ!? いや、取り敢えず、トビ子ちゃん! そいつを落として貰える!」

 

「ふぉぉぉぉ!? 帰ってきて早々のまさかのハンティングなのかなぁー!!」

 

 ハンターナイフを取り出し、一心不乱に千刃竜の背中を突くパイ。こうして、多少のドタバタがあったものの、パイ・ルフィルという『ハンター』件『冒険者』件『便利屋』の少女は無事に【大陸】へと帰還したのであった。

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