ハンターが飛び込んだ先がダンジョンなのは間違っているだろうか?   作:あんこう鍋

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エピソード1の後編にあたります。

合計45000字を超えたので分割しました。

またのんびり更新します。


ハンター短編エピソード2

『ポッケの兄さんも言ってたかな。【アレ】だって時には役に立つのかな?』

 

 

 ある程度の品質と供給を維持すると言うのは簡単な事ではない。それが鮮度を維持する物であるならば尚更である。

 

 おまけにそれが、傷みやすい物であるならば尚更であろう、それが可能なのはあくまで供給する場所が身近であるからであり、それなりの広大な土地が有るからでもある。

 

 しかし、品質の向上となると別の話になる。試作の段階で土に養分を与え、慣らし、育てる内容・・・・・・野菜に適した環境を作らなければならない。

 

「困ったわね・・・・・・」

 

 【オラリオ】の街、そこのそこに美しい娘がいた、見るからにおっとりとしていて、口では困ったと言いながらもその娘の放つ雰囲気がそこまで深刻そうなイメージを他者に与えない。そんな娘であった。

 

 彼女の名前はデメテル。【オラリオ】の農作物を一端に背負う【デメテル・ファミリア】の主神である。

 

 彼女の悩みはもっぱら農作物の事であり今回もその例から外れてはいなかった。【オラリオ】でデメテルの野菜に文句を言うような人は居ない物の、彼女自身はもっといい方法を探してたまにオラリオの街を散策しながら考え事をしていた。今回も収穫なく終わるはずであった散策であったが、知神の営む『青の薬舗』に見慣れない物を見つけ、足を止める。

 

「なにかしら・・・・・・依頼箱?」

 

 デメテルが不思議そうに小首をかしげながら依頼箱と書かれた箱を眺めていると、『青の薬舗』からこの依頼箱の設置者である娘、パイ・ルフィルが扉を開けて出てくる。

 

「あらっ、可愛らしいお嬢さんね。」

 

「むむっ!? 貴女は見たところ神様・・・・・・貴様も巨乳かぁぁぁぁぁ!!」

 

 唐突に怒りの声を上げるパイに状況を正しく認知していないのか「あら?」っと言いながらも微笑むデメテル。

 

「この世界は残酷なのかな! なんでこんなに乳が溢れているのかな! ぐちぐじでやるぅぅぅ!!」

 

 ついには『落ち込む』格好のまま物騒な事を叫びだすパイ。

 

「もう、そんな事言っちゃダメよ。ほら 泣かないで」

 

 怒り出したと思ったら突然泣き出すパイに、少しばかり困惑したものの、デメテルは持ち前の大らかさで対処する、純白のワンピースが地面に触れ汚れるのも構わずにパイの高さまで膝を付けその頭を優しく撫でた。

 

「なっ・・・・・・なんという圧倒的母性!? 私が・・・・・・この私が、まるで子供扱いとな・・・・・・!? はぁ、いきなりごめんなさいかな。私はパイ・ルフィルかな。【ミアハ・ファミリア】に所属してる冒険者なのかな、ちなみに低身長だけど今年で十八歳なのかな!」

 

「えっ・・・・・・貴女、10歳ぐらいじゃ・・・・・・? あっ、ごめんなさいね、私はデメテル。【デメテル・ファミリア】の主神よ」

 

 そこでようやく、お互いに誤解が解けて、遅まきながらの挨拶が行われ、ついでにと、デメテルは依頼箱についてパイに訪ねてみた。

 

「依頼箱は『便利屋』っていう私の副業に欠かせないものかな、“困り事”があるとここに困っている内容を名前を書いて入れてくれたら私が直接、解決する為に動くのかな!」

 

 ふんすっ――っと鼻息を慣らし無い胸を堂々とそらして言う、パイにデメテルも噂で聞いていた『便利屋』の存在を思い出す。常に斜め上の発想と方法で物事を解決しているらしい・・・・・・とも、そして現状“困っている”自身の状況を考えても彼女に相談する事もいいのではないか? 

 

「ねぇ、パイ・・・・・・貴女って、農業の知識とか豊富かしら?」

 

「昔、知人の兄さんに畑の事はしこたま詰め込まれたから自信はあるかな?」

 

 その言葉を聞いて、もしかしたら新しい発見があるかもしれない。デメテルは早速紙とペンを取り出して依頼の内容を書き記してゆくのであった。

 

 

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 ■ 依頼主:母性の塊の様な女神   ■

 ■【依頼内容】           ■

 ■『【オラリオ】の野菜を更に美味し ■

 ■ くしたいのだけど、今以上に畑の ■

 ■ 土壌を良くする方法が浮かばない ■

 ■ の『便利屋』さんならいい方法を ■

 ■ 知ってるかもと思って依頼させて ■

 ■ 貰ったのだけど、貴女の知ってい ■

 ■ る良い“肥料”とかは無いかしら』■

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 次の日、特に急ぐ依頼もなかったので早速【デメテル・ファミリア】の畑に趣いたパイ。元気かつ大切に畑を耕し、作物の選定などを行われている。それを行う人々の表情は活気に満ち溢れながらもどこか慈しみをもった瞳で野菜一つ一つに愛情を持って接しているのが見て取れる。

 

 この主神にこの眷属有り。まるでそんな言葉が脳裏に浮かぶぐらいに朗らかでゆったりとして空間がそこにはあった。

 

「おはようかなー! すいませーん、デメテルさんに呼ばれてきたパイ・ルフィルって言うかなー『便利屋』がきたかなー」

 

「おおー、お前さんが例の『便利屋』さんかい、デメテル様なら向こうの畑にいるよー」

 

「ありがとかな! おじさん!」

 

 パイの声に比較的近くにいてた男性が返事を返してくる。その返事に礼を言いつつも男性の指差していた方向に歩いてゆくと。数分もせずに目的の人物を発見した。

 

「おーい、デメテルさーん。肥料になりそうなものを持って来たかなー」

 

「もう? 早いのね、偉いわねー」

 

 そういって、頭を撫でてくるデメテルにどこか複雑そうな表情を浮かべながらも、パイは続いて言う。

 

「それで、その土壌を改良したい畑って此処のことかな?」

 

「ええ、まずは試作しないと使えないし、ちょっと離れた所に作ってるのよ」

 

「なるほどなのかな。では、本題に入るね、コレはどんな畑に使っても効果のあるある物をさらに凝縮した物かな、扱いには十分な注意が必要な物・・・・・・下手にさわると危険なものだからね」

 

「ええっ・・・・・・わかったわ。出して頂戴・・・・・・こっこれは!?」

 

 念入りな注意にその額に一筋の汗を流したデメテル、パイが左の腰につけていたポーチから取り出された物を見て、珍しく、ほんとうに珍しい事にデメテルの表情が驚愕に染まる。

 

「【コレ】を今から肥料として使用するかな」

 

「感じるわ・・・・・・まるで大地のエネルギーを蓄えたような物・・・・・・見た目、色共に堆肥であることは明白・・・・・・でもこれほどの物を私は見たことすらないわ」

 

「流石はデメテルさん、違いがわかる女神かな。そう、ポッケ村の畑の最強方法!『モンスターのフン』をつかった土壌改良が私の提案する方法なのかな!」

 

「わたったわ・・・・・・じゃあそれを・・・・・・パイ?」

 

 『こやし玉』に手を触れようとする。デメテルにパイはそっと手の平を突き出して止める。笑みを浮かべデメテルを見つめるそのパイの瞳をみた瞬間デメテルは彼女の決意を悟ったのだ。

 

「こういう汚れ仕事は私の専売特許かなー! 鍬よし! 『こやし玉』よし! いざ、土壌改良かなー!」

 

 そう叫びながら畑の四方に『こやし玉』を投げてゆく、パイ。猛烈な悪臭が畑を覆い、異臭に気づき避難をはじめる眷属達を横目で見ながらデメテルは直ぐに視線を目の間の少女に戻す。即座に鍬で土を耕すパイの動きには無駄がなく、そこかしらに巻き散らかされたアレと土を混ぜ合わせてゆく。デメテルには理解できた、土がさらなる養分の元を受け入れてゆくのを、更に土壌が良くなっていくのを、なにより、一人の少女が・・・・・・それはもう、酷いという状態を遥かに超えた状態になってもなお、鍬を振るう行動を止めない事実にデメテルの瞳から知らずに涙が溢れた。決して異臭で目が染みたからではない。

 

「ポッケ村での地獄の日々を思い出すかなぁぁぁぁ!!」

 

 パイのやけっぱちな叫びがオラリオの郊外に響く。栄養豊富なアレが土に混ぜてゆく。

 

 時は経ち、日が茜色に変わる頃。全身をくまなく念入りに洗ったパイとデメテルの姿が堆肥を織り交ぜられ、耕された畑にあった。初めにあった強烈な悪臭は時間と共にだいぶマシになり、原因を知った【デメテル・ファミリア】の団員達も危険が無いと知り、各々の作業へと戻っていた。

 

 少女の精神衛生上の犠牲――半分は自業自得ではあるが――により、この畑はより良い作物を作る事が出来るであろう。デメテルには確信めいた物を感じていた。

 

「とりあえず、数週間もすれば、土に馴染んでくるからそこから作物を植えたらいいと思うかな」

 

「ありがとうね、パイ、貴女の服も・・・・・・責任をもって処分しておくから」

 

「替えの服を持ってきてて良かったかな・・・・・・ポッケの所じゃ速攻で近場の川にダイブして汚れ落としてたからなぁ」

 

 【大陸】にある【雪山】に近いポッケ村。雪解け水で作られた川などもう凍えるような寒さのはずだが、毎回こやしに塗れながら、畑仕事を強制でさせられていた『ハンター』駆け出し時代だった頃のパイにとっては汚れを落としたい一心でよく川にダイブしていた。

 

 ポッケ村の村人達も気にしないから温かい湯で洗って欲しい。っとパイに伝えてはいたのだが、当時のパイは良識を弁えており、迷惑を考えてそのような行動をとっていた・・・・・・実際は、その村の専属ハンターが“前例を作っており”文字通り感覚が毒された村人たちの本音の善意であったと気づいたのは彼女がバルバレでそれなりに経験を積んだ後の事であったのだが・・・・・・。

 

 昔の事を思い出しながらパイとデメテルは【デメテル・ファミリア】の本拠へ歩く。夕闇が迫る中、デメテル・ファミリアの本拠で別れた二人。

 

 そしてこの話から数年後、デメテルの求める最高の農作物がオラリオの街に流通する事となる。

 

 これは、本当に珍しい【アレ】が人の役に立つ事例として【オラリオ】の歴史の中で静かに名を残す事となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ナァーザさん、おクスリを作るのはいいけど、迷惑考えようよ。えっ? 私ほどじゃない?』

 

 木漏れ日の差し込む建物がある。外見は限りなく廃墟であり冬場になればすきま風、夏場になればカンカン照りの太陽が容赦なく降り注ぐであろう。

 

 そして、その建物・・・・・・廃墟と化した教会の地下で事件は起きていた。

 

「やめて・・・・・・ベル、正気に戻って欲しいかな・・・・・・」

 

 広いとは言えない地下室で白髪の少女が同じく白髪の少年に馬乗りの状態で拘束されていた。少年の呼吸は荒く手に持たれた棒状の物を少女の口に突っ込もうとしている所であった。

 

「パイ、貴女はやりすぎた・・・・・・おとなしく制裁を受けるべき・・・・・・」

 

 そして、その場には更に眠たげな瞳の犬人の少女がそんな二人を感情の浮かばない眼差しで眺めていた。そんな犬人の言葉にパイは目尻に涙を浮かべながら懇願するように叫ぶ。

 

「ナァーザさん! 流石に“生”は酷いかな! 一応私女の子なんだよ! 私が一体何をしたっていうのかな!」

 

「三日三晩、ブラッドザウルスに追い掛け回された・・・・・・ミノタウロス10体に死ぬほどボコボコにされた・・・・・・ミノタウロス20体にボコボコにされて・・・・・・回復されて・・・・・・ボコボコにされて・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ!? パイさん! 貴女が悪いんだぁぁぁぁぁ!」

 

 少年がぶつぶつっと呟く言葉がパイの耳に入る・・・・・・全てに置いて覚えのあるパイは自然な動作で視線を反らす。そして、光の失った瞳とどこか引きつった笑みを浮かべた少年――ベル・クラネルは奇声を発しながらも手に持った物をパイの口内へと力任せにぶち込んだ。

 

「むがぁ―――! (生の人参も自然な甘みで美味しいかなー!)」

 

「いいよ! もっとやれ! 日頃の鬱憤をここで晴らすんだよ!」

 

 日頃のどこかダルそうな雰囲気を全く見せずにノリノリでベルの応援をするナァーザ。そんな彼女を口の中の人参をモゴモゴと噛みやすい位置に調整しながらパイは思う。押し倒されている床に転がるラベルも貼られていない小瓶、その中身こそが今現在の現状の原因となっている。

 

 『スナオナル(仮)』。それが今回の問題になった薬品の名前であり、効果は『心の中になる欲求などを表に出しやすくする』と言うものだった。それを奇しくも開発してしまったのは、パイの同僚であり神、ミアハが主神とする【ミアハ・ファミリア】の本拠、『青の薬舗』での一幕を交えなければならない。

 

 時間は数刻前まで遡る。製薬を行っていたパイとナァーザ。一通りの数の商品が出来たために当日の業務を終了した矢先のことであった。

 

「パイの【大陸】での調合って不思議・・・・・・少し、真似してみたらこんなのが出来た」

 

 『青の薬舗』の調合室にてナァーザが不思議な色をした薬品を生成していた。その薬品を怪訝そうに眺めるパイは当然の疑問を口に出す。

 

「なにかなこれ? っというか何混ぜたの?」

 

「余ってた外の『ブラッドザウルスの卵』と『じゃが丸君クリーム味』・・・・・・すると、驚きの『心の中になる欲求などを表に出しやすくする』効果のある薬品ができた・・・・・・実に不思議」

 

「本当に不思議かな・・・・・・なんでじゃが丸君なのかも不思議だけど、それを素材にしようとしたナァーザさんも不思議かな・・・・・・」

 

「ちなみに、じゃが丸君はクリーム味意外じゃ何もできなくて、クリーム単体で試してみたけど何も起こらなかった・・・・・・実に不思議」

 

「・・・・・・いや、うん。そうだね、不思議かな」

 

 地味に会話が成立していない事を悟ったパイがそそくさと自分の用件の為の準備を行っていると今度はナァーザの方から声を掛けてきた。

 

「・・・・・・? どうしたのパイ、そんなに野菜を詰め込んで」

 

「ああ、デメテルさんの所の新作の試供品の一部かな、ちょっとベルの所にも持っていこうと思ってね」

 

「デメテルさん? もしかして【デメテル・ファミリア】の野菜の事? いつの間に試供品とか貰えるほど仲が良くなったの?」

 

「『便利屋』の依頼の時にねー。それから贔屓にしてもらっているかな」

 

 そういえば、っとナァーザは思い出す、元よりパイが料理当番である事自体が多く。味も格別なのでミアハとナァーザもパイの手料理に舌鼓を打つほどだ。

 

 そんな中で最近見覚えのない野菜の類を見かけていたが。パイの場合は買い物自体も当人で済ませてしまうので今の今まで気にもしなかった。

 

 それにしても『便利屋』と名の通り多彩な仕事ぶりである。これで店舗用のポーション作成もやってくれているのだから、ナァーザとしては頭が上がらない。

 

「この間はヘスティアに怒られちゃったしねー。その意味でも御裾分けなのかなー」

 

「ああ・・・・・・前のミノタウロスの件だね」 

 

 ミノタウロス数十体相手にLv.1の冒険者を一人で立ち向かわせる。“頭のおかしい”修行をさせられた少年。【ヘスティア・ファミリア】“唯一”の団員であり団長のベル・クラネル。彼は恐ろしいくらいに人がいいので、今だにその修行という名の拷問を行ったパイと付き合いがあるのだが、ふと――ナァーザ思った。

 

 ――本当にあの少年はパイに対して不満がないのだろうか――っと

 

 聖人君子でもあるまいに、彼処まで痛い目をみて何も感じないなんてありえないだろう。少なくともひがんだような節も見られないが不満はあるはず。

 

 そう考えたナァーザは“新薬”をポケットに忍ばせ、パイに声をかける。

 

「それなら、多分、大丈夫だと思うけど後遺症とかないか知りたいから私もついていく・・・・・・構わないでしょ?」

 

 そして、【ヘスティア・ファミリア】の本拠に着くやいなや、新薬をベル・クラネルに(無断で)投与した結果・・・・・・冒頭の状態に至る。

 

 今だにベルに拘束された状態で生の人参を胃に収めたパイのドヤ顔にベルの表情が引き攣る。野菜スティック等の生の野菜を食す食べ方はある事はベルも知っているがそれは食べやすくカットした野菜であり。決してその原型のまま食す物ではない。

 

「バカな・・・・・・馬じゃないんだから、生の人参をボリボリ噛み砕くなんて・・・・・・」

 

「ふふふ、驚いているかな! デメテルさんとこの新作は朝一に収穫してるからアクが少なく生で食べても問題などないかな!」

 

「いや、多分ベルが引いてる理由は若干違うと思う・・・・・・」

 

 得意げに語るパイに冷静にツッコミを入れるナァーザ。そして、対抗心を燃やしさらに新しい野菜を持ち出すベル。

 

「人参じゃダメならこれならどうだぁ!!」

 

「もがぁ―――!(ゴボウの土の香りがマイルドなのかなー!)」

 

「ゴボウすら生でかじる!? ならば次はこいつだぁ!」

 

「まがぁ―――!(きゅうりで水分補給なのかなー!)」

 

「・・・・・・大根は流石に・・・・・・いや、いけるか」

 

「ベル・・・・・・流石に大根突っ込まれたら私の顎が外れるのかな?」

 

 ひとしきり生野菜を口の中につっこまれ最後の手段となった巨大な大根を手にベルが思案しているのを見て流石に冷や汗を流して止めるパイ。

 

「ベル。大丈夫・・・・・・世の中にな拡張ってジャンルが存在する」

 

「なるほど! ならば安心ですね」

 

「どこにも安心できる要素がないかな!? やめるかなー! 大根を押し付けないで欲しいかなー!」

 

 グイグイっと押しこまれる大根を頬で受け止めながら喚くパイ。そんな中、地上の協会につながる部屋の戸が開かれる音に全員の視線が地下室の入口に注がれる。

 

「なっ・・・・・・なにやってるんだい君たちは・・・・・・」

 

 そこにはバイト帰りのヘスティアが居た。そして、彼女の視界にパイに跨り大根を押し付けているベルとそのベルを応援しているだろうナァーザの姿・・・・・・ハッキリ言って全くどういう状態か読めない構図である。

 

「あっ、おかえりなさい神様・・・・・・あと、見てわかりませんか?」

 

「うん。ただいま・・・・・・えっとね、見て分かるならそもそも聞かないと思うんだ、ボクは・・・・・・」

 

「確かにそうですね・・・・・・これは、日頃のパイさんの暴力に対する復讐です!」

 

「そう、現在復讐されているのかな」

 

「それ、復讐だったのかい? てっきり餌付けされているのかと思ったよ・・・・・・」

 

 ヘスティアから見ればこの様な可愛らしい報復で済んでいるのがおかしいくらいである。パイのベルに対する修行や数々の暴挙を上げれば数知れず。恨まれてもなにもおかしくはない。

 

 むしろ、いままでこの様な暴挙を犯した事のないベルが今になって何故このような事をしているのかもわからないヘスティアは首を捻る。

 

「なんか、ナァーザさんが怪しい薬を作っちゃってね。それをベルに飲ませたのかな・・・・・・すると、少しだけ素直になるって効果の薬でその結果、私が報復を受ける結果になったのかな」

 

「素直になってこの程度の悪戯みたいな・・・・・・ベル君・・・・・・君は一体どれほど人がいいんだい?」

 

「ヘスティア様もそう思う? 私もまさかこの程度で済むなんて思わなかった」

 

「ナァーザ君? 一応言うけど君も大概だからね? なに家のベル君を実験体にしているのさ・・・・・・」

 

 ヘスティアのジトーと見る目を自然に視線をそらしてスルーするナァーザ。そんなナァーザに対してヘスティアはため息を吐く事しかできず、そのままベルの方を向く。

 

「ベル君、そろそろトビ子君を開放したらどうだい? 所でその大量の野菜は?」

 

「お裾分けかなー。ついでに晩御飯も作っていこうかな? ベル。夕飯なんか食べたい物とかあるかな?」

 

 先程まで野菜を口に突っ込まれていたとは思えないぐらいに、呑気に話しかけるパイ。それを行っていたベルもまたパイの言葉に反応する。 

 

「えっ? いいんですか。やった! 久しぶりにパイさんの手料理食べれるんですね・・・・・・じゃあ僕、ハンバーグがいいです!」

 

 先程までの怒り顔が嘘のように喜色を顔に浮かべで拘束を解くベル。

 

 純度100%。悪く言えば子供っぽくなったベルにヘスティアとパイが苦笑する。見方によっては情緒不安定にも見えるがコレも薬の影響なのだろう。

 

 単純な少年であるベル・クラネル。彼がこの後、ナァーザ特性の様々な薬品の被検体となる事になるのだが・・・・・・この時の笑顔で料理を楽しみにしている少年にとっては、知る由もない話なのであった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お布団の魔力は最強なのかな?』

 

 それは一見すると城と見間違うような建物であった。白髪の娘はその魅惑的な紫色の瞳を大きく見開き首を上げ眺める。

 

 その娘。パイ・ルフィルの様子に自慢げな笑みを浮かべるのは、この【オラリオ】で二大勢力と呼ばれてりその片方の【ファミリア】の主神であるロキであった。赤毛にスレンダーた体型の彼女は自慢の本拠。『黄昏の館』を眺め続けるパイに声をかける。

 

「どうや、ウチの家は? なかなかのもんやろ?」

 

「すごいかな! まるでお城みたいだし造りもしっかりしてるから、建築費とかもすごかったんでしょ?」

 

 子供の様に瞳を輝かせて聞いてくるパイの姿に自然と笑みを浮かんでくる。しかし、今日、目の前のパイを呼んだ理由を思い出したロキは要件を優先させる為に中に入る事をすすめる。

 

「あっ・・・・・・ごめんかな。そういえばフィンさんに『栄養剤』と『元気ドリンコ』追加の話だったけど・・・・・・なんか気のせいか早くない? 前に渡してからそんなに経ってないかな?」

 

「『豊穣の女主人』で出会ったんが当人にとってはよかったんやろうなぁ・・・・・・っと言ってもあれ飲んだあとのフィンはテンション高ぅなって、なんか気持ち悪いんよ」

 

 ふぅん。っと返事を返し館の中を進み。フィンのいる執務室を開けると・・・・・・そこにはくすんでコシのない金髪に深い疲労の色を示した隈の濃い目元。なによりもやや、やつれたフィンが居た。

 

「「栄養剤とかそういう問題じゃないぐらいに疲弊してるぅぅぅぅぅぅ!?」」

 

 パイとロキ。二人して驚き、叫ぶ。その声に仕事をこなしながら力なく笑うフィン。

 

「やぁ、ロキ。ルフィル君・・・・・・すまないね、みっともない姿を見せてしまって」

 

「どどどどど・・・・・・どうしたのかなフィンさん!? 少しの間、見ないだけでこんなにやつれちゃって・・・・・・」

 

「まったくや!? 最近、飯の時間にも来うへんと思ったらどないしたんや!?」

 

 主神であるロキでさえも慌てふためく程にフィンは弱っていた。とは言えど、彼はLv.6の冒険者数日合わないだけで此処までやつれる物だろうか?

 

 パイは知らない事であるが【ロキ・ファミリア】に置いては基本的に“食事は同じ時間集まれる範囲で皆で食べよう”っというルールがある。その中に数日感フィンの姿はなかったが遠征後の資料やイレギュラーが発生しているのも聞いていた為、特別気にもしていなかったのだ。

 

「あー。いや仕事とかもそうなんだけどね。ちょっと最近寝不足でさ・・・・・・」

 

「寝不足ぅ? 枕が変わったとかかな?」

 

「そんなんじゃないよ・・・・・・最近、ティオネがね・・・・・・活発になってきてね・・・・・・」

 

「今夜は寝かせないよ? ってやつかな?」

 

「それを狙いに来るんだよ・・・・・・鍵をかけているのに、気がついたら開錠されていて、音もなく、ベッドの近くまで接近されているんだ」

 

「なんやそれ・・・・・・怖いんやけど・・・・・・」

 

 影の濃い疲労の色をうつしたフィンの真顔とぼそぼそと告げる声音がソレが嘘ではないと告げていた。

 

「えっと・・・・・・つまり、毎晩夜這いされそうになるのでそのせいで睡眠不足に?」

 

「しかも、昼とか朝とか不定期に寝ようとするだろう? ウトウトし始めて――ふとっ片目だけを開けて天井を見ると・・・・・・居るんだよ。虎視眈々と僕を狙っているティオネと目が合うんだ」

 

 フィンは話す・・・・・・これは先日の事である。

 

 流石に昼夜問わず数日感睡眠を取っていないというのは問題があるし、このままでは団長として示しがつかないと考えたフィンは無理矢理にでも寝ようとあえて起きている時間に寝ようと考えていた。

 

 ドアと窓の鍵の施錠を確認しベッドに横になる。妙に疲れがたまると逆に寝つきが悪くなるので不快ではあるが目を閉じて睡魔が訪れるのを待つ。数分ほどして睡眠の兆候が現れ始めたフィンはその微睡みの中に落ちようとした瞬間、親指の軽い疼きを感じて瞳を薄くあけ・・・・・・絶句する。

 

 目が合った。アマゾネス特有の褐色色の肌を惜しみなく晒す扇情的な衣装・・・・・・なにより双子の妹にはない男性を魅了する双丘・・・・・・ティオネ・ヒリュテが天井にへばりついていた・・・・・・。

 

「ティオネ・・・・・・ひとつ聞きたいんだ」

 

 冷や汗を流しながらフィンは今だに天井にへばりついているティオネに声をかける。

 

「なんでしょう。団長」

 

「君、僕が眠りについたら、何をするつもりでそこに待機しているんだい?」

 

 聞くまでもあるまい。フィンも彼女がこちらに想いを寄せている事自体は気づいている。

 

 とはいえ、内容が内容だし、そもそもフィンから見ればヘタをすれば父と娘ほど年の離れている上に伴侶は小人族にすると決めている。

 

「そんな・・・・・・乙女にナニをするつもりなんて・・・・・・恥ずかしいこと言わせないでください」

 

“何をするつもり”かと聞いて“ナニをするつもり”と返ってくるニュアンスの違いにフィンはこのまま無防備に睡眠を取るのは危険と判断する。

 

「はっはっは・・・・・・仕事しよ・・・・・・」

 

 そして、先日あった出来事を話し終えたフィン。乙女の女子力(隠密行動)に本気でドン引きしているロキとパイ。

 

「・・・・・・超こえぇぇぇぇぇぇ・・・・・・つまり、フィンさんが常に狙われている状態だから緊張状態を維持し続けた結果このやつれフィンさんになったってことかな」

 

「やつれフィンってヒドイ略し方だね。まぁ大まかその捉え方で間違ってはいないよ。ロキも心配かけて済まないね・・・・・・」

 

 謝るフィンにロキは何とも言えない表情を浮かべる。この場合はティオネが原因であるが問題の解決自体は難しい訳ではないと理解できる。

 

 ティオネもやり方に問題が多いのでそれを指摘すれば解らないほど理解のできない娘ではない・・・・・・と思っていたがなぜこうも暴走してしまったのだろうかと首をひねる。

 

「そもそも、ティオネさんってあの双子のアマゾネスの大きい方の人かな、なにがとは言わないけど・・・・・・なんでいきなりそこまで暴走気味になっちゃったのかな?」

 

 当然のパイの疑問だがこれはフィンもロキにも覚えがなく三人で仲良く首をひねる。

 

 三人よれば文殊の知恵と言うがこの場合はティオネがなぜこの様な突発的な行動を取ったのか。その行動の理由が読めず・・・・・・結局諦めてしまう。

 

 しかし、このままフィンを放置するわけにも行かない、現在は気力と体力で持ち堪えているがいつ過労で倒れても不思議ではないぐらいに消耗してしまっているフィンに『栄養剤』や『元気ドリンコ』を与えた所でむしろ悪影響を起こしかねない。

 

 その時、パイの中である事を思い出す。そしてパイは即座に行動を開始する。ロキに一言告げて大急ぎで駆け出し執務室を出て行くパイ。

 

「ルフィル君がすごい勢いで出て行ったけど・・・・・・どうしたんだい?」

 

「いや、寝不足のフィンに最高の物を持ってくるっちゅうとったけど・・・・・・」

 

 突発的な行動に目をパチクリさせる二人そんな二人が黙っている中ドアからノック音がし元気そうな声が響く。

 

「ねぇ、フィンー、こっちにロキ来てない?」

 

 ノックの音に一瞬肩を震わせ慌てるフィンだったが、その声が件の人物ではないことに安堵のため息を吐く。そして、声をかけるとその人物が部屋の中に入ってくる。

 

 ティオナ・ヒリュテ。ティオネ・ヒリュテの双子の妹である。彼女が朗らかな笑顔浮かべながら。ロキの姿を確認すると近づく。

 

「あー、いたいたー。ロキ。さっきアイズが探してたよー?」

 

「あー・・・・・・多分ステイタス更新の事やろ・・・・・・ウチから会いにいくわ・・・・・・所でティオナに聞きたい事あるんやけどな・・・・・・最近、ティオネが変ちゃう?」

 

「ティオネ・・・・・・? って!? フィン、大丈夫!? すごく、なんというか・・・・・・やつれフィンって感じになってるよ!?」

 

 フィンの顔を見て驚くティオナ。フィンもそんなティオナに乾いた笑みを向ける。

 

「そのティオネが原因でこうなってるんだよ・・・・・・」

 

「どういうこと?」

 

 先ほどのフィンの話をさらに簡略化した内容をロキからティオナに伝える。双子の姉の奇行にティオナは引きつった笑顔を浮かべる。

 

「あー・・・・・・でもそれなら心当たりがあるかも・・・・・・」

 

「本当かい?」

 

「ほら、遠征の後の豊穣の女主人で、ベートが気持ち悪かった時にフィンが「年齢をとった」って言ってたじゃん」

 

「おお・・・・・・確かに言うとったな・・・・・・ほんで、それが?」

 

「そしたらね。その後、ティオネが部屋に戻ったら急に考え込んじゃって・・・・・・『団長の子を仕込むなら早めの方がいい』って言い出したんだよ」

 

『ええっ・・・・・・』っと表情を曇らせるロキとフィン。あまりに生々しい表現に明らかに引いている。

 

「つまり・・・・・・アレか? フィンが年齢を取りすぎて、アレ出来へんようになる前に仕込もうと・・・・・・野獣の如く生殖本能に目覚めたと・・・・・・?」

 

「やめてくれ、ロキ! もう頭がパンクしそうなんだ・・・・・・色々と不安材料しかない!?」

 

「私も何回か止めたんだけど・・・・・・そっかー・・・・・・もう実行しちゃってたかぁー・・・・・・」

 

 ドン引きしているロキと顔を青ざめさせて耳を塞ぐフィン。そして遠い目をして双子の姉の行動力に対して現実逃避を開始した妹。

 

 この場合は誰が悪いのだろうか・・・・・・不用意な発言をしたフィンだろうか? それを勘違いして暴走したティオネだろうか? それともその会話をするキッカケをつくったベートだろうか?

 

 あまりに酷すぎる内容にフィンは色々と吐きそうになる。涙すら浮かびそうになるのを堪えて顔を上げる・・・・・・このような場所で立ち止まっていてもいい方向に向かう訳もない。

 

 そう自分に言い聞かせて。理性を取り戻した瞳で解決策を練る・・・・・・。そんな一人で考え込んだフィンに対してロキとティオナは会話を続ける。

 

「まぁ、アイズの件は確かに伝えたからダンジョンに行ってくるね」

 

「おお、助かったわ。夕飯までに戻ってくるんか?」

 

「うん。【大双刃】の借金返したいしね。晩までには帰ってくるよ」

 

 そう言って執務室から退出してゆくティオナ。その背を見送り。フィンに視線を戻したロキが見たのは。完全に思考の中で敗北を味わった【勇者】の姿であった。

 

「駄目だ!! どのカードを切っても言いくるめられる未来しか見つからない!!」

 

 日頃では絶対に見せない余裕のない表情にフィンがかなり追い詰められているのを知ったロキ・・・・・・そんな彼らの耳にドタバタと走ってくる音が届く。

 

「お待たせなのかな!! 睡眠不足用の最強アイテムを持ってきたのかな!」

 

「ルフィル君・・・・・・僕はもうダメみたいだ・・・・・・小人族の栄光ある未来・・・・・・後は任せてもいいよね?」

 

「自然に私を小人族判定しないで欲しいのかな・・・・・・それはともかく、ジャジャーン!! 安眠アイテムのお布団なのかな―――!!」

 

 アイテムポーチから質量保存の法則を無視したような取り出し方をしたパイが床に敷いたのは極東ではポピュラーは布団と呼ばれる寝具であった。

 

 『黄昏の館』を飛び出したパイは一直線に【タケミカヅチ・ファミリア】の本拠の門を叩いた。それに対応したのはヒタチ・千草であり、おどおどとした仕草で対応にでてきたが相手がパイと知ると途端に表情を明るくして出迎えた。

 

 そして、バイトに行く前のタケミカヅチに事情を説明して干したての布団セットを借りてきたのだった。

 

「なんやこれ・・・・・・パイ。これが安眠できるアイテムなんか?」

 

「論より証拠! さぁさぁ、フィンさん! 入るのかな!!」

 

「やめてくれ! 今眠ると野獣とかしたティオネに襲われてしまう! それだけはダメなんだ、色々と失うものが多すぎる・・・・・・すやぁ・・・・・・」

 

 無理やり布団の中に押し込まれたフィンだが抵抗むなしく日干しされた布団の魔力に負けてしまう。すやすやと眠るフィンに一安心するロキとパイ。

 

 だが、問題は今だ解決していない・・・・・・本能の野獣とかしたティオネ。彼女の暴走を止めない限りフィンの本当の意味での安息はない。

 

 しかし・・・・・・ロキがパイにティオネの暴走の理由を説明すると。驚く程あっさりと解決策が見つかることになる。

 

「要は、フィンさんを襲う必要性をなくしたらいい訳かな・・・・・・それだったら魔法の言葉があるかな」

 

 魔法の言葉を耳打ちで聴いたロキは目を見開き。なるほどっとつぶやく。そして、その言葉をティオネに伝えた所。先日までの暴挙はなりをひそめることとなる。

 

 その事件解決から数日後、体調を取り戻したフィンが気になってロキに訪ねてみたところ。ロキは半笑いをしながら答える。

 

「いやな、ウチも半信半疑やったんだけど、ティオネに『いい遺伝子が欲しいなら男性は初老程度まで待ったほうが優秀な子供ができるらしい』って言ったら。あっさりと納得したわ」

 

「ああ・・・・・・それって根本的解決になってないと思うんだけど・・・・・・」

 

「そんなん言うんやったら、はよ伴侶見つけぇ・・・・・・一族再興の邪魔はせぇへんって約束やからな、忘れてへんよ」

 

 ロキの切り返しにグゥの音も出なくなったフィンにロキは勝ち誇ったように笑う。

 

「しかし、ルフィル君には驚かされることばかりだ・・・・・・週に一度でいいからウチの食堂で働いてくれないか・・・・・・本気で交渉してみようか・・・・・・」

 

「せやなぁ・・・・・・ウチの料理も旨いけどパイたんの料理はまた格別やからな・・・・・・」

 

 話は少し前に戻り、布団で短時間ながら良質な睡眠を取れたフィンはいまだ疲労が取れきれていないものの活力自体は取り戻していた。

 

 とは言え、ストレスで食事も満足に喉を通らないほどに追い詰められていたフィンの身体を労わったパイがロキに頼み込んで厨房で腕を振るった。

 

 昼食には遅い時間であったので食堂にはフィンとロキの二人だけであり、料理はそれほどの時間も掛からずに出された物であったにもかかわらず二人にとっては至高と言うにふさわしい出来の物であった。

 

 ロキには少量のつまみを数種類乗せたオードブル。フィンには以前にヘスティアに作った胃に優しい粥を作る。

 

「美味しい・・・・・・美味しいよ・・・・・・こんな美味しい粥は初めてだ・・・・・・」

 

「なんやねんこの、適量の珍味セットは! 正しくウチが飲みたい酒にぴったりやんけ!? ぬぐぐぐ・・・・・・杯が止まらへん!」

 

 食べる人のことを考えて作られた一品にフィンはスプーンがロキは酒が止まらなくなり、フィンに関しては終いには涙ぐむ始末であり、よほどのストレスが掛かっていたのだと同情的な視線とともに何も言わずに『青の薬舗』製の胃薬を差し出すパイ。

 

 そして、日干しされた布団の魔力に取り付かれたフィンが寝具を新調するのにタケミカヅチの下を訪れ布団の購入先を教えてもらい購入した結果よりよい睡眠とともに仕事の効率が上がったのだが、それはあまり関係のない話なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『借金の返済は計画的なほうがいいと思うのかな?』

 

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】。【オラリオ】で最も有名な医療系ファミリアであり、実績も多くある故に信用も高い回復薬を提供する場所でもある。

 

 そんなディアンケヒトのファミリアの本拠に一人の来訪者が訪ねていた。くすんだ白髪に紫の瞳。最近小人族よりチビじゃね? っと噂され始めている『ハンター』事『便利屋』であるパイ・ルフィルの姿があった。

 

「アミッドー、今月の借金返済に来たのかなー」

 

 もともと、パイが所属している【ミアハ・ファミリア】は【ディアンケヒト・ファミリア】に多額の借金作っていた。つい半年前ではその返済金すらも払えない事も多く、主神であるディアンケヒトが月一に『青の薬舗』に訪ねてはミアハに催促と共に嫌味を言う場面も多かった。

 

 だが、それもパイがダンジョンに潜ったりしていう稼ぎによって【ミアハ・ファミリア】の経済にかなりのゆとりが生まれ・・・・・・なにより、【ディアンケヒト・ファミリア】の顔である【聖女】。アミッド・テアサナーレと、【ミアハ・ファミリア】のナァーザ・エリスイスは犬猿の仲であった。

 

 犬猿の仲とはいったが、大概はナァーザがアミッドに噛み付きアミッドがそれに反論する流れになっており、毎回それを見せられていたパイが気を利かせて月の借金を返済する為に【ディアンケヒト・ファミリア】の本拠を訪れていたのだった。

 

「ありがとうございます。ルフィル。貴女にはいつも苦労をおかけしていますね・・・・・・エリスイスとは、どうも馬が合わないようです」

 

 疲れたようなため息と共にパイへ感謝の意を告げるアミッド。彼女としてもナァーザの様に取り付く島もない態度を取られるというのも疲れる原因の一つであった。

 

「最近は金銭的な余裕とかで大分落ち着いてきたけどね。多分、ナァーザさんも色々と自分を追い詰めちゃってたのかな・・・・・・もうちょっと長い目で見てあげて欲しいのかな」

 

「いえ、大丈夫です。このように気を使って頂いているのにそれ以上を求めはいたしません。ただ、ルフィルは大丈夫なのですか・・・・・・やっかみのような事は言われていませんか?」

 

「最近は『依頼箱』の中に【ディアンケヒト・ファミリア】案件の依頼も入れてないから大丈夫かな!」

 

 そう、パイの同【ファミリア】に籍を置くナァーザ・エリスイスという犬人の少女は、ディアンケヒトとアミッドをひどく毛嫌いしていた。大抵の毛嫌いしている理由はディアンケヒトの陰湿な嫌味を多く聞いていた為なのだが、それらがひどく歪曲した結果、そこに腰巾着の様に着いてきていたアミッドにも怒りの矛先が向いたようであった。

 

 坊主憎けりゃ・・・・・・という訳ではないが、少しばかりナァーザには落ち着いて物事を考えて欲しいとも思っているパイにとっては、表向きは溜飲を下げてきている現状は嬉しいものであった。

 

「・・・・・・っち、なんだ今月もお前さんが来たのか・・・・・・」

 

 白ひげを蓄えた体格の良い男が、不機嫌そうな表情を変えることなく奥の部屋から出てきたのは、この【ファミリア】の主神であるディアンケヒトその人であった。ディアンケヒトはパイの姿を見つけると不機嫌そうな表情をより不機嫌そうに歪める。

 

「ごめんね。ディアンケヒトさん。ミアハさんも「ディアンとの会話をできないのは心苦しいのだが、中々に忙しくてな・・・・・・貧乏暇なしというやつだっという訳で、遊びに来た時には茶ぐらいは出すぞ」って言ってたのかな」

 

「ばばばっ!? 馬鹿なことを言うな! まるで俺がアイツの所に行きたいみたいなことを言うでない!」

 

 パイがミアハからの伝言を伝えると、慌てたように返すディアンケヒト。その様子にアミッドも小さく息をつくと、ヤレヤレと言いたげに呟く。

 

「ルフィルが此処に返済の為に来ているのです。ディアンケヒト様にとっても悪い話ではないとおもいますが・・・・・・」

 

「アミッド、それは簡単なのかな、きっとディアンケヒトさんはミアハさんに会いに行きたいけど、借金の取立てとか、なにか理由がないと行きづらかったのに、私がこうやって持ってくるからそれが嫌なのかな」

 

「おまっ!? そんなわけ無いだろうが! いい加減なことを言うな!」

 

 顔を真っ赤にして怒るディアンケヒトだが、パイの言葉は止まらない。

 

「きっと二人きりだったら。ディアンちゃん。ミーちゃんって呼び合う仲なんじゃないかなって思うんだけど・・・・・・どう思うかな?」

 

「・・・・・・ミーちゃん呼びするディアンケヒト様ですか・・・・・・実に気持ち悪・・・・・・いえ、その。私からはなんとも」

 

「アミッド!? 今、お前気持ち悪いって言いかけたよな!? お前はそんなに主神に対して辛辣なこと言う子じゃないよな!」

 

 突然の眷属から放たれた毒にディアンケヒトが泣きそうな表情を浮かべる。とはいえ、明らかに初老の男性的な外見のオッサンがイケメンと言うにふさわしいミアハに対して「ミーちゃん」なんて呼ぶ光景は実に精神的にキツいものがあるだろう。

 

「しかし、なんでディアンケヒトさんはあんなにミアハさんにアタリが強いのかな? 昔にナァーザさんの義手の件での借金だとは聞いたけど、同じく医療系【ファミリア】で神様同士でしょ? そこまで嫌味いう理由がわからないのかな」

 

 今まで、疑問のままで留めていたものをこの際だからと尋ねる。パイ。しかし、そんなパイの質問に人の嫌な笑みを浮かべたディアンケヒトは吐き捨てるように告げる。

 

「ふん!! 貴様らのような貧乏人には分からぬような高貴な理由があるのだ!」

 

 しかし、そこは天下のパイである、しばし考え、彼女なりの答えを提示する。

 

「なるほど、つまり、ミアハさんがイケメンだから僻んでいるだけなのかな」

 

「げふぅ!?」

 

 パイが提示した答えにディアンケヒトは胸を抑えて重い声を吐き出す。そんな主神を放っておいたアミッドもまた続くように呟く。

 

「そもそも性格の良さや品性と品格もミアハ様より劣ってますしね」

 

「がふぅ!? ・・・・・・あっ、あみっど?」

 

 まさかの眷属からの言葉にディアンケヒトは信じられないものを見るような瞳でアミッドを見る。

 

「何だかんだで商売ではウチでは足元にも及ばないかな。でも冒険者の中ではミアハさんってすごく人気があるのかな」

 

「どむぅ!? そうやって上げて落とすやり方はえげつないんじゃないか!?」

 

「時折、買い出しに出かけているときもミアハ様の噂は耳にしますが、皆揃っていい神だとおっしゃってますね」

 

「ぶふぉ・・・・・・しかし、世の中は・・・・・・マネーだ・・・・・・」

 

 最後の盾を構えるように息も絶えそうなぐらいな勢いで小さく語る・・・・・・だが・・・・・・

 

「そうなのかかな! そういう点では【ディアンケヒト】の製品は良いって聞くかな。でも、値段の設定は高かめだし、値引きが出来ず、融通が利かないって話も聞くけどね」

 

「「うぐぅ・・・・・・」」

 

 最後の最後に笑顔で告げたパイの言葉に同時に胸を抑えるディアンケヒトとアミッド。心の準備が出来ていない状態からの一撃は確実に二人の心の傷をえぐっていた。

 

 奇しくもディアンケヒトにダメージを与える結果となったが。そんな事をしていると新たなる人影が販売所の門をくぐり入ってくる。その人物は本来であるならあまりこの場所に近づかないであろう人物であった。

 

「パイ。帰りが遅いから様子を見に来た・・・・・・なぜ、ディアンは泣きそうな顔でいるのだ?」

 

 青みのかかった長髪を揺らして不思議そうに小首を傾げるミアハ。

 

「ミアハ様・・・・・・その、色々とありまして、今月の返済分は先程ルフィルから受け取っています。ご安心ください」

 

「そうか、いや、なにかトラブルにでも巻き込まれたのかと思ってな。何事もなかったのなら良かった・・・・・・ディアンとアミッドには世話をかけるな」

 

 そう言って困ったような笑みを浮かべるミアハ。その姿に同じく笑みを返すアミッド。

 

「何の用だぁ! この貧乏店の主神がぁ! 大体お前の所の小娘の教育はどうなっている! さっきから人の痛い所をザクザクと刺しおって!」

 

 そんな二人に割り込むようにして、喚くディアンケヒト。ミアハも目を丸くしてやや後ろに反る。

 

「どうしたのだ、ディアン・・・・・・パイ、そなた、ディアンに何を言ったのだ?」

 

「えっとね。ディアンケヒトさんに比べたらミアハさんはイケメンかなって事と、商売はすごく儲けてるけど、街の人の神様としての評価はミアハさんのほうがいいよねってことと。あと、このお店って品質はいいけど値段高いよねって言ったぐらいかな?」

 

「んんっ? そこまで酷い事を言っているようには聞こえないのだが?」

 

 本気で不思議そうにしているミアハにディアンケヒトは唾を撒きながらさらに喚く。

 

「それだけではないだろう!! そもそも性格の良さや品性と品格もミアハより劣っているとか! ミアハの噂は口を揃えて、いい神だと言っているとか!」

 

「あっ。それを言ったのは私ですディアンケヒト様」

 

「ウボァ――――!?」

 

 血を吐くような声を上げて膝をつくディアンケヒト。どうやらパイの一言よりも眷属からの言葉の方が心に来たらしい。

 

 可哀想なぐらいに短時間でダメージを得てしまったディアンケヒトに思わず顔を見合わせるパイとミアハ。

 

 流石に半分は責任があると考えているパイは少し考えるように腕を組み数秒後に何かを閃いたかのように顔を上げる。

 

「ねぇ、アミッド。ディアンケヒトさんってこれからなんか予定とかあるのかな?」

 

 突然の質問にアミッドは少しの間面食らったような表情を浮かべたが直ぐに表情を切り替え、業務を遂行する上での主神の行動を把握できる範囲で考え、答えを出す。

 

「いえ、コレといって予定は入っていないはずですが」

 

「なるほど、なるほどねぇねぇ、ミアハさん。ちょっといいかな?」

 

 そういって、ミアハの耳元で内緒話しをするパイ。そのパイの行動を不思議そうに眺めていたが。パイが懐からだした袋をミアハに渡し、ミアハも苦笑を浮かべながらその袋を受け取り。

 

「ディアンよ、そう嘆くな。いま、少し臨時収入が入ってな、少しばかり酒を嗜もうと思うのだが一人酒では味気ない。迷惑をかけている身でもあるので一つ、日頃の感謝も込めて奢らせては貰えないか?」

 

 ミアハがそうディアンケヒトに囁くと、ディアンケヒトが震えだし、やや怒りの強めな表情のまま顔を上げる。

 

「奢るだとぉ! お前のような貧乏神に情けで奢られるほど耄碌もしておらんわ! ええい! 俺が奢ってやる! 行くぞミアハ!! こんな日は呑まんとやっていられんわ!!」

 

 憤慨した状態で大股で歩いていくディアンケヒトの後を、軽く笑いながらついてゆくミアハ。なんだかんだと言いながらも一緒に飲む程度には憎んでいない間柄の二人の背を眺めながらもお互いに苦笑を浮かべる、パイとアミッド。

 

「何だかんだで、仲悪いわけじゃないからね。あの二人はさ、なんだかんだでディアンケヒトさんがちょっと面倒なだけなのかな」

 

「ディアンケヒト様は医神としては尊敬できるのですが・・・・・・ミアハ様に関してはそう言う節はありますね」

 

 何とも言えない主神の行動に、思わず苦笑いを浮かべるアミッドと顔を見合わせお互いに笑う。そして笑い終えた後にパイはニンマリと笑う。

 

「なっ・・・・・・なんですか? ルフィル。私の顔に何か?」

 

「いやぁ? アミッドもそう言う感じの表情を浮かべる事もあるのかなーって思ってね」

 

 戸惑うアミッドへと告げたパイの指摘に、思わずドキリっとしてしまうアミッド、日頃から自制心を強く持つ事を心がけている彼女にとって、不意だったと言えど、油断した瞬間を見られたというのは中々に羞恥心を擽られる形となった。

 

「あの・・・・・・この事は、エリスイスには内密に・・・・・・」

 

 顔を赤く染めて小さくつぶやくアミッドに、今度は裏表のない笑顔を浮かべるパイ。

 

「いいかなー! アミッドの貴重な照れ隠し見れただけで十分なのかなー!」

 

 そんな、若干デリカシーのないパイの言葉に、珍しく、アミッドは頬を膨らませ、そして――

 

「~~~~~~・・・・・・パイ――!!」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】に響く【聖女】の声。こうして、アミッド・テアサナーレにとって名前で呼べる数少ない友人の中にパイ・ルフィルの名前が刻まれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『とある女神の日常は犯罪ぎりぎりかな?』

 

 

「あっはっはっは! 駄目、お腹痛い! なんで、あの子はこんなにもやる事が斜め上の方向にいくのかしら・・・・・・」

 

 大笑いする声がとある部屋に響く。声の主を知る者であればこんなに陽気に笑う彼女の姿を見れば二度ほど目で確認するであろう、それほどに日頃の彼女の、それこそ在り方を知っていればありえないと思える行動を彼女はしていた。

 

 彼女は、美の女神である。名はフレイヤ。ここ【オラリオ】の最大の派閥の一つ、【フレイヤ・ファミリア】の主神であり色々と問題のある女神でもある。そんな彼女の娯楽の一つに本来であれば特殊な状況でなければ使用できない“遠視”を行うことであり、その為に多くの“縁”を作ってきた。

 

 そのフレイヤの見つめる鏡の中に一人の白髪の娘が写っていた。娘は一心不乱に農作業に使われる鍬を振るい続けている。

 

『ポッケ村での地獄の日々を思い出すかなぁぁぁぁ!!』

 

 どこか自棄でも起こしたかのような声で叫びながら土を耕す姿にフレイヤはまたも、笑いすぎて痛む腹筋をおさえながら、目尻に溜まった涙を拭いながらもその光景を見つめている。

 

「ふむ・・・・・・フレイヤ様。パイは一体何をしているのでしょうか・・・・・・」

 

“覗き見”という何時もの事をしている主神へと尋ねる大男、【フレイヤ・ファミリア】団長でありフレイヤの最も信頼する眷属、【猛者】。オッタルは鏡に映る知り合いの姿に素直に尋ねる。

 

「デメテルの所の畑の改良をパイに依頼したみたいね・・・・・・なんとなくやらかしそうな気はしてたけど・・・・・・本当にするなんて・・・・・・プッ、クッ・・・・・・フフ・・・・・・」

 

「なるほど、『便利屋』ですか・・・・・・噂には聞きますが、本当になんでもするのですね」

 

 そこでオッタルはふと考える、彼女、パイ・ルフィルと言う娘がこの【オラリオ】に与えた影響はどれほどのものであるのかを、身近な物だと主神の性格の変化が挙げられる。

 

 第一によく笑うようになった、以前も笑うことはあったが何処か妖艶な雰囲気を纏った冷たい印象の笑みこそが、“彼女の笑い方”であった、現在のような生娘のような笑い方をするような方ではなかった。

 

 聞けば、同じファミリアのアレンも猫人の関係でパイに絡まれているそうだ、『豊穣の女主人』関連だと言う事も、そこで給仕を手伝っているという話も耳に届いている。そう考えればつくづくこの【ファミリア】と縁のある娘である。

 

 それだけではない、軽く情報を得ただけでも、所属する【ミアハ・ファミリア】は当然として、【ロキ・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】【タケミカヅチ・ファミリア】【ヘファイストス・ファミリア】【ソーマ・ファミリア】【ヘスティア・ファミリア】【ディオニュソス・ファミリア】そして【デメテル・ファミリア】果ては、商売敵でもある【ディアンケヒト・ファミリア】の【聖女】とも友好関係にあるという話すらある。

 

 本来【ファミリア】は同盟などの場合を除いて、おたがいの利益の絡まない接触などは基本的にはしない。あくまで派閥同士の軋轢は存在するし、特に組織として大きくなった【ファミリア】はその傾向が強くなる。

 

 それを考えれば、『便利屋』であるパイ・ルフィルはその中で異端の中の異端と言えるだろう。

 

 【ミアハ・ファミリア】と言う零細ファミリア。その中の駆け出し冒険者。そんな存在がこの半年でこれほどの数の【ファミリア】に一定の信用を得るという事がどれほど異常な事であるか・・・・・・なにより“知らずの内に内側に入られている”事が一番の問題であるのに“誰もがその事を当たり前にしてしまっている”。

 

 それこそが、パイ・ルフィルと言う娘の魅力である。と言えば簡単であり、それと同時に、“変化”を受けた人々の中に自らも入っている事に気がついた。

 

 “俺は今までこのような些細な事でフレイヤ様の手を煩わせる者であったか?”その疑問に納得させる材料を探すがオッタルの中には見つからなかった。

 

 そんな、事を思案顔で考えてるオッタルを、微笑ましそうに見つめていたフレイヤもまた、良い方向に変わっている眷属の変化を楽しんでいるのである。

 

(思えば、観るだけの生活が楽しみになったのはいつからだったかしら・・・・・・)

 

 もう彼女を見つけてから、一年と半年になるのだ。不死であり不変でもある神々にとって、“変化”は最大の娯楽の一つであろう。その“変化”を見たらしてくれる眷属と共に生きる事は神々が多くの“不便”を抱えてなお地上へと降りるほど魅力のあるものであった。

 

 フレイヤとしても、多くの戦力としても十分な眷属達を、文字通り正攻法以外の手を使っても集めてきた。その行為に関して罪悪感も感じないし、その眷属たちを大事にしている自覚もある。難色を示した者もいた事はいたが、同性であり、性格の違いもあったし、どちらかといえば“呆れていた”という感覚であっただろう。

 

 そんな“元団長”の顔が脳裏に浮かび、そんな彼女が以前に「あの子が毎回臨時のバイトに、来てくれた時にまかないを断っている理由が、アレとはねぇ」っとボヤいていたのを思い出した。なんでもその弟子の“お目当ての子供”共々恐ろしい量の食材をその胃に落として言ったらしい。あの時の彼女の顔に思わず思い出し笑いをしてしまう。

 

 その元団長といえば、“初めてパイを見つけた”のも彼女の経営する店の裏路地を“観ていた”時であった。

 

 それは栗色の髪をした小人族の少女が複数の男に暴行を受けている光景だった。少女も諦めているのかその“魂の色”はどす黒く変色していた。【オラリオ】での『冒険者』は結局の所、弱肉強食が基本である部分も確かにある、秩序と正義を司る者達が少なければ必然的にこのような弱き者が出てくるのは必然であった。

 

 そこに一人の白髪の小柄な娘が通りがかる。武器を携帯しているわけでもなく“おそらく”冒険者ではないだろうと思える。しかし、その瞳は“強者”特有の物であった。

 

 下手な正義感が身を滅ぼす可能性がある以上、普通であればココは見て見ぬふりをするのが正解であろう。道徳的な感覚としては間違っていたとしても誰も咎めはしない。ココはそういう場面である。

 

 しかし、その娘の取った行動にフレイヤは珍しく目を剥いた。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ! くっ! くせぇぇぇぇ!」

 

「おい馬鹿! こっちくんな! うえぇ・・・・・・うっぷ・・・・・・」

 

「ヒィ!? うっ・・・・・・おえぇぇぇぇ・・・・・・ゲロロロ・・・・・・」

 

 懐から取り出した『ナニ』かを男達に投げつける。その瞬間に綺麗に意識を失う小人族の少女と悶え苦しむ暴漢達。現場が阿鼻叫喚の地獄絵図の如くひどい有様となり、それを行った娘はそそくさと小人族の少女をまるで何かを運搬するような動きで連れ去っていった・・・・・なによりもだ・・・・・・。

 

「だぁぁぁれだぁぁぁ!! 私の店の裏でこんな巫山戯た真似をしたのはぁぁぁぁっ!!」

 

 しばらく呆然と見ていると、スコップ片手に鬼のような表情で憤慨しているまず今までで見たことにない女将を観ながら、フレイヤの興味は“行動の予測できない”人物である白髪の娘へと注がれていった。

 

 次に彼女を見つけたのは、日暮れ間際の街中であった。ぽてぽてと歩いている彼女にフレイヤも知っている数名の男神が声をかけていた。知っていると言っても親密な仲ではない。そんな彼女はホイホイとついていき、とてもいい飲みっぷりを披露し、場を沸かせていった。一芸を決め、小道具を使い、話術で盛り上げてゆく。かなりの量のアルコールを摂取した娘に男神達は喜んで奢っているようだ。

 

 それは純粋な興味であった。フレイヤが彼女の“魂の色”を視た瞬間――彼女の形が今まで見たことのない純粋なる“光景”であった事に驚く。

 

 萌える草木に揺れる花々、遠くに虚ろう雲と共に広がる世界。雪山。砂漠。密林。まるで自然を自然のまま受け入れるかのような・・・・・・おおよそ“人間らしくない形”。

 

 それでも彼女はソコに存在している。怒り、悲しみ、喜ぶ、何処にでも居てそうな娘であるのに・・・・・・まるで世界を受け入れてしまいそうな位に眩しく・・・・・・美しい。

 

 そんな、今まで見た事のない魂を持った彼女が観ている先で何やら愉快な踊りを披露していた。フレイヤはそんな様子を眺めながら、クスリッ――と笑う。

 

 まるで、チグハグである。魂の色はその在り方を映す鏡のようなものであり、心の強さによって輝きが変わる“強者”の資格とは違う世界の様な輝きにフレイヤは目を奪われた。

 

 余韻を楽しむ様に、熱を帯びた頬をゆっくりと冷ましてゆく・・・・・・そして、それなりの時間が流れ・・・・・・何故か紙袋を――目の部分だけ穴を開けた――被ったまま フラフラと千鳥足のまま歩く娘の前に、知った人物が現れた。

 

 フィン・ディムナ。【ロキ・ファミリア】の団長にして【勇者】の二つ名を持つ小人族である。頭の回転が速い上に“野心家”である彼だが、背後に付いてきた・・・・・・名前を思い出せないモブ顔の青年と共に娘に質問をした・・・・・・その結果――

 

「だれが、パァゥルゥム並みにちっこいって!? 流石に怒るかな!! ゲキ怒なのかな!!」

 

「えっ・・・・・・ええっ!? 君、ひょっとして「ヒューマン」だったとか・・・・・・いや、それは済まなかった。てっきり背丈も・・・・・・あ」

 

 どうやら、娘は低身長をコンプレックスに持っているようで、彼女の逆鱗に知らずに触れてしまった【勇者】も突然のブチギレにタジタジとなっていた。そんな【勇者】へと投げつけられたのは、あの“裏路地”でみた【アレ】であった。

 

 貴重な【勇者】の汚物まみれのシーン。女性冒険者に人気のある【勇者】に降りかかった災害にフレイヤは知らずの内に胸元で両手の拳を握るが・・・・・・。

 

「ぬがー! これでも喰らうかな!」

 

「危ないっす!? 団長!」

 

 なんと、モブ顔の青年が【勇者】を庇い・・・・・・本当に見苦しい事になってしまったのだ。白目を剥いた状態で何とも言えない悲鳴を上げ倒れるモブ顔。期待していなかった状況にフレイヤは小さく舌打ちを打つ。

 

「ラ・・・・・・ラウルゥゥゥゥ!!? きっ・・・・・・貴様ぁ!!」

 

「フッ~・・・・・・フ~・・・・・・・ツギハ、オマエカナ?」

 

 そうだ、【超凡夫】のラウル・ノールドだ。フレイヤは【勇者】の叫びでようやく思い出された名前に納得しながらも彼女と【勇者】を見る。なにやらお互いに殺る気らしく、切り札の魔法使用と言う。【勇者】らしくない短慮な行動を行う。

 

 お互い背丈が短いはずなのに、異様に切っ泊した雰囲気を出している、恐らく双方ともに眼光を赤くして獣のような危うさを出しているからであろう。っというよりも、平和な【オラリオ】の街中で一体何をしているのか・・・・・・。

 

 それでも、流石は最高峰に連なるLv.6の戦士、無駄のなく洗練された槍さばきは例え冷静さを失っても健在である。それよりも驚くのは泥酔状態の娘が数瞬の間であろうとその【勇者】の猛攻を躱したと言う事の方がフレイヤには驚きであった。

 

 しかも、その回避運動の気持ち悪いこと、気持ち悪いこと。ウネウネと四肢を動かし、回避していく姿はひょっとしたら見れば発狂するレベルの物かもしれない。

 

 それでも、能力的にも回避行動を続けることが困難になり始めた頃になれば不利を察したのか強大な光量を発する玉を使用し、娘は何処かへと姿を消していた。その場には悲惨な状態になった青年とそれに目を向けることなく娘の逃げた方向をいまわしげに見つめる【勇者】の姿のみが写っていた。

 

 たった三日ほどの間にこれほどの騒動を起こす人間がそうそう居るだろうか? フレイヤにとっても初めて見るタイプの人間であり興味を持つには十分であった。

 

 しかし、それは同時にやりすぎてしまったという事でもある。特に情報の伝達など早ければ早いほうがいい。次の日には【勇者】襲撃の報が街中にあふれこみ街の話題となっていた。

 

 そうなれば【オラリオ】に居続けるのも難しくなる。現に見つけ出した娘はヘファイストスから説教を受けて半泣きになっている。そしてやはりと言うべきか【オラリオ】の中でほとぼりを覚ますよりも外に行く事を選択する。

 

 その予想どうりの行動に若干の不満を覚えてしまったフレイヤは自らの想像以上に娘の行動を楽しみにしていたことを自覚する。

 

(あら・・・・・・別に他の子みたいに欲する訳でもないのにね・・・・・・)

 

 “引き抜き”の時の様な自らの抑えられない様な劣情を含めた物ではない。それまでの在り方とは違う“何か”を娘に感じていた。

 

 欲しいと言う感情が幼稚に見えるほどに、彼女の心の光景は広大であった。

 

 我が儘を我慢する事が楽しみに変わる様に、彼女の生き様は自由であった。

 

 “不変”を“変化”させるほどの情景がフレイヤに取って劇薬に近い物であろう物であり、本能で理解してしまう。

 

(手に取ってしまえば・・・・・・火傷じゃ済まない・・・・・・まるで、軒先に遊びに来る愛想のいい猫・・・・・・私にとっての貴女はそういう付き合いがいいのかも・・・・・・)

 

 一年と少し後に知神に告げられる言葉。フレイヤにとっての新しい関係を求める布石。もはや性としか言えない密なる関係を欲する。 

 

「・・・・・・なら、私らしい“挨拶”ぐらいはしないとね・・・・・・猫は気まぐれだし・・・・・・ね」

 

 それから時間が過ぎ・・・・・・娘の【オラリオ】を出立する日がやってきた。

 

 時刻は今だ空に青みすらない明朝の事。今だ陽の上がる前の【オラリオ】を歩く小さな影。その娘を視界に入れたまま顔を隠すように羽織ったフードの中で蠱惑を思わせる笑みを作る。

 

 目の前の娘との距離が近づき、やや警戒心を表に出している娘はおそらく【ロキ・ファミリア】を警戒しているのだろう。

 

 ヘファイストスの動向を監視させていた為、ヘルメスと【ヘルメス・ファミリア】の団長が“道案内”を担当することは知っている。

 

 それなりに付き合いのある神であり煮ても焼いても食えない男神だが、仕事はきっちりとこなす神である。彼を味方に取り入れることは困難だがお互いに利用できる関係ならば問題なくできる。

 

 ヘルメスに関してはビジネスの関係こそが最も適した関係であるだろう。彼女の情報はその時に対価を考えればいい。

 

 嘘の中に真実を忍ばせておく性質は生来のものだが、“興味を持てば”協力するだろう。

 

 そこまで思考を働かせていると、彼女に手が届きそうな距離まで接近していた。フレイヤはそのまま歩を進め、彼女と交差した瞬間に優しげな声で縁を繋ぐ。

 

「ふふ、また、逢いましょう」

 

 振り返った娘の絹の触れる音を耳にしながら、後ろを確認することなく歩みを続けるフレイヤ。言葉を紡ぎ、聞き手へと繋いだ。“縁”となって、いつか、この【オラリオ】に戻ってくる事を願う。

 

 それを、まるで確約された未来であるように信じる。立ち止まり、ようやく顔を出した太陽を眩しそうに眺め・・・・・・そしてつぶやく

 

「・・・・・・さて、いつ帰ってくるのかしらね・・・・・・帰ってくるときは“おもてなし”をしないとね・・・・・・」

 

 娘・・・・・・。パイ・ルフィルが【オラリオ】に帰還する一年間の間・・・・・・フレイヤにとって長い一年は彼女を“変化”させるに十分な期間であった。

 

 そして、バベルにあるプライベートルーム。そこで“日課”という名の覗き行為をこなしていると、【オラリオ】に続く門の一つに待ち人を見つける、彼女は大通りで快活な姿を見せておりその魂の形もなにも変わっていない。

 

 そして、そこからの行動は実に迅速かつ周到に練られていた。

 

「オッタル。子猫ちゃんが戻ってきたわ・・・・・・西の通りにいるから、エスコートをお願い」

 

「承知しました・・・・・・フレイヤ様」

 

 その言葉と共にフレイヤが座る長椅子の背後。いつからソコに居たのか・・・・・・極限までに気配を消した猪人の武人の姿が掻き消える。

 

 フレイヤがもっとも信頼する【猛者】が動いた以上、あとは待つだけである。フレイヤはその僅かな待ち時間でさえも愉しむ。

 

 それが“わがまま”な自分の特権だと言わんばかりに、まるで恋人を待つ乙女のようなはにかんだ笑顔を浮かべるのであった・・・・・・。 

 


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