ハンターが飛び込んだ先がダンジョンなのは間違っているだろうか?   作:あんこう鍋

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ちょっと短めです。
あと、ちょっと展開早めにしています。


第二章 『石橋を叩いて渡るって言葉があるけど、体重以上の衝撃は無理じゃないかな?』?』

 

 医療系【ファミリア】の一つ。【ミアハ・ファミリア】は眷属二人という零細ファミリアである。

 

 嘗ては中堅の【ファミリア】ではあったが、ある事情で多くの眷属が脱退し現在の眷属の数は団長であるナァーザ一人と、今までは細々とポーションを作る日々が【ミアハ・ファミリア】の日常であった。

 

 しかし、半年前に新たに加入した新星によって【ミアハ・ファミリア】の懐事情は大きく改善され、団長である犬人族のナァーザは独自の今までにない画期的なポーションの製作に乗ろうとしていた時の事だった。いつもの眠たげに見える瞳に珍しくやる気を漲らせ、栗色の髪を邪魔にならないようにカチューシャで固定した瞬間、店内に誰かが入ってくるベルの音が耳に届いた。

 

 やる気に水を差された気分を感じつつも販売カウンターに向かいながらナァーザは――ふと、思い出す。今日は主神であるミアハは出かけており、店内には誰もいないはずであった。そして、ポーション製作の為に調合に集中できる環境にする為に看板には『準備中』の札がかけていたはずだ。

 

 だが、顔なじみなどが来た可能性もある。気を取り直して店先に出ると、そこにいた意外な人物に明らかに気分が悪くなり、そして、それに比例して態度を悪くする事が彼女の中で決定した。

 

「ひどい、仏頂面ですね。ナァーザ」

 

「借金の取り立てなら今月分はもう返したはず……それとも猫かぶるのやめて、さらにむしりに来たの?」

 

 そこにいたのは、青みがかった銀髪の美しい娘であった。【聖女】の二つ名を持ち、ナァーザと同じく医療系の【ファミリア】に所属している治療師である。アミッドが其処に居た。【ディアンケヒト・ファミリア】で【聖女】の二つ名を持つ彼女の在籍する【ディアンケヒト・ファミリア】は同じ医療系と言えど、その規模は大きく違う上に、ナァーザはアミッドを毛嫌いしている節がある。現にナァーザから放たれた一言は鋭く、そして辛辣な物であった。

 

「貴女と口喧嘩をする為にここに来たわけではないです。ナァーザ、単刀直入に話を進めましょう。今すぐに多くのポーションが要ります。先ほど、街の西で大規模な戦闘があったようなのですが、多くの冒険者が負傷している状態です。そして、【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】が作戦に参加した冒険者の治療のためのポーションを要求してきましたが。残念なことに【ディアンケヒト・ファミリア】だけでは規定量を確保できませんでした。請求などは後にどちらかの【ファミリア】にすればいいそうです」

 

 純粋なビジネスの話に一瞬だけナァーザは考え込むが、すぐに目の前の人物が医療に関しては実直であることも思い出し、しぶしぶ頷く。

 

「……わかった、今あるポーションをかき集める……運搬はどうするの?」

 

「そのあたりはお互いに不本意でしょうがこちらから人員を出します……急ぎましょう」

 

 そういって、踵を返すアミッドの背中を見送ると、ナァーザもまたポーションの準備を始めながら思う……。

 

 絶対に、今回の騒動に『ハンター』が関わっていると……勘の域ではあるが確信めいた物を感じながらも、先ほどのストレスと新型ポーションの開発が遅れた不満をぶつけようと心に決めたのであった……。 

 

……

…………

………………。

 

 後に『変態神事件』と呼ばれるフレイの討伐失敗から三日が経った快晴の日の事、【オラリオ】に戻ってきたパイの姿が【ヘスティア・ファミリア】の本拠である廃教会の地下室にあった。パイの他には【ヘスティア・ファミリア】の主神。ヘスティアとその勇逸の眷属であるベル・クラネル。そして、リリルカ・アーデとヴェルフ・クロッゾの姿もある。ただでさえ狭い空間に5人を詰め込めばさらに狭く感じるだろう、特に大柄な部類にはいるヴェルフなど肩身が狭そうにしている。

 

 そんな中で、一人立ち上がり自らの現在の境遇を語るは『ハンター』のパイ・ルフィルであった。【大陸】に帰還した後の事をベル達に説明はほとんど終わっており、最後の締めくくりに入ろうとしていた。

 

「まぁ、そう言う訳で【大陸】に戻って愉快痛快ハンターライフを送ってたんだけど、また戻ってきたのかなー! 今度は『モドリ玉』も所持してるし、念の為に本拠の金庫の中にもいくつか常備してるから、これでこちらに来ても帰りの心配をしなくてもいいのかな!」

 

 明るくそう告げたパイの言葉に残りの四人が納得したように軽く頷いた。

 

「しかし、トビ子も不思議な体験を連続でしすぎだろ……【大陸】に戻って数か月も経ってこっちに帰ってきたのに、俺達からすればまだ一週間とちょっとしか経ってないんだからな」

 

 赤毛が特徴的な青年、ヴェルフが苦笑気味に言う。以前の別れからあまりにも日にちが経っていないので拍子抜けしたような気分も感じていたが、それでも再会を喜んでいる一人でもあった。

 

「それにしても、驚きましたよ。リリは町中が騒がしいなって思っていましたら、ナァーザ様達がポーションを大量に持って西の方角に駆けていかれて……気になって追いかけてみたら、死屍累々の地獄絵図……しかも、白目向いて失神しているパイさんをなぜか首根っこ掴んで振っていたのですから」

 

「状況だけ聞くとさっぱりだね……ボク達があの場から離れた後に一体何があったんだい……?」

 

 先日の凄惨な事件の内容は【オラリオ】全土に伝わっており、ヘスティアとベルもすべてが終わってから概要だけは知っていたが気になるので当事者であったパイに尋ねるが、そのパイも眉間に皺を寄せて考え込み。

 

「いやぁ、別に……っというか私にも最後の方はさっぱりなのかな。とりあえずロキさんやタケミカヅチさん、フレイヤさんと色んな【ファミリア】と協力してフレイさんを追い詰めたんだけど、そこで乱戦になっちゃってさ……ほら、私の身長じゃ前に出る前にもみくちゃにされちゃって……気が付いたらシロ共々地面に埋まってたかな」

 

 自分でも状況を理解できてない事を告白すると、それを聞いていたベル安堵の表情を浮かべながらヘスティアに語り掛ける。

 

「さっぱりですが、それがそのフレイ様の力ってことですよね? ほら、神様。あのときに離れておいて正解だったでしょ?」

 

「この師匠不幸者ー! 普通について来ている思ってたのに……それだったら逃亡なのかな! 敵前逃亡なのかなー!」

 

 とてもいい笑顔でヘスティアへと語るベルに、パイはベルが参戦していなかった事に対して理不尽な怒りの矛先を向ける。しかし、多くの理不尽かつ痛い目にあってきたベルも遺憾の意を示す様に反論する。

 

「人聞きの悪い言い方しないでくださいよ! 親不孝者なら聞いたことありますけど……それに、どちらかと言えば戦略的撤退ですね」

 

「ベル君の場合は危機回避能力に磨きがかかってきているんじゃないのかい? 君の師匠のおかげでさ」

 

 二人の会話を聞いていたヘスティアが苦笑まじりに言うと、パイがヘスティアに顔を向けて少し考える仕草をした後に納得したような表情を浮かべる。

 

「ああ……なるほど、ならば仕方ないのかな……そうかぁ、危機回避は重要なのかな」

 

「パイさん……見事にヘスティア様に丸め込まれていますよ?」

 

「トビ子の奴、すごく都合のいい風に納得したな……」

 

 そのまま目を閉じてウンウンと頷くパイにリリルカは苦笑、ヴェルフはあきれ顔でつぶやく。その時、ヘスティアがふと、思い出したかのようにパイに尋ねる。

 

「そういえば、さっき、リリ君が現場でナァーザ君がトビ子君の首根っこを掴んで揺らしていたって聞いたけど。それはどうしてなんだい?」

 

「ああ、なんか……トラブルが起きた時は大半の場合、私が関与しているらしくてね。とりあえず、私を尋問したら早いって風潮がすごいらしいのかな」

 

「「「「ああ……そういう事……」」」」

 

 パイの説明を聞いた瞬間――パイを除いた理由に心当たりのある四人は――目を閉じて軽く首を縦に振る。その様子を見たパイは嫌そうに顔を歪ませる。

 

「……深く聞くべきではないんだろうけど、その反応はどういう意味なのかなー?」

 

 ジト目で尋ねるパイの姿を全員が見た後にそろって肩をすくめて応じる。その対応に対して不機嫌になりながらも

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 ベル・クラネルのダンジョン攻略はそれなりに早い時間に開始される。何事にも適応される事ではあるが不特定多数の人間が出入りするダンジョンにおいて、込み合う時間や、逆に人気の少ない時間と言うのも存在する。ベルもどちらかと言えば人気の少ない時間を好んで入る冒険者である。彼の場合は農村での生活で身に付いた早起きが基軸になっているためであるのだが、人が少ない方が稼ぎを得やすい事もあるし、仲間も特に朝が弱いと言うメンバーが居ないので、ベルのパーティーのダンジョンに入る時間は日が出始めて間もなくと言ったほどに早い。

 

 ダンジョン内部において理屈は不明だが、微量な光量が確保されている所が多い。その結果、時間の流れがマヒしやすくなって想定以上の時間を探索に費やしてしまうケースも多い。それが上層から中層となればなお顕著に表れる。

 

「今日から中層の攻略だけど、サラマンダーウールの方は大丈夫?」

 

「妙な紛い物をつかまされていない限りは大丈夫だろ……その辺りは目利きの効くリリ助を信用しているさ」

 

 十二階層への入り口で確認の為と言う意味で尋ねたベルの言葉に後ろで待機していたリリルカとヴェルフはそろって首肯する。以前、パイと一緒に潜ったときに購入していた火に対する防御性能が高い装備。サラマンダーウールを追加で二着購入しており、それらをリリルカとヴェルフに手渡していた。パーティーでの共通財産での購入とパイに毒されたと思われているベルの為と、過剰を超えて脅しに近い言葉と共に手渡された渡された割引券は実にお財布事情的な意味でそれを譲渡してくれたアドバイザーのエイナへと感謝しながらもベルは普通の気遣いと言うのに静かに心の中で涙を流した。 

 

 攻撃の種類、幅が劇的に変わってくるのも中層からであり、特にヘルハウンドの火炎を乗せたブレスに焼かれるなんてあってはならない。中層での死因の上位に食い込むでありパイのように受けて平気なのが異常であると、その程度の常識はベルの中に存在していた。

 

 その他にも、アルミラージやミノタウロスなどのモンスターも馬鹿にはできない強敵であることも確かである。いくら強大なミノタウロスの強化種に打ち勝てたと言えど、数の暴力の前に敗れ去る可能性も十二分にある。気を抜いて潜るなどもっての外であるだろう。

 

「そのあたりは抜かりなく……それと、“怪物進呈”を意図的にしてくる冒険者様も居ます。万全の体制を維持しつつ進んでいきましょう」

 

 安全面での確認を済ませた上で、危険性の高い可能性を口にするリリルカの言葉に頷くベルとヴェルフ、慣れてきたパーティーとは言えど初心を忘れていない心強さに浮かび上がる笑みを堪えながらもベル達は中層へと歩を進めるのであった。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 【タケミカヅチ・ファミリア】は零細のファミリアである。

 

 そのメンバーは極東から【オラリオ】へと移住した馴染みの者達で形成されており、その仲間意識は強く、武神の指導による武芸の腕前は高く、それぞれの獲物を持って戦う姿は勇猛でありながらも鮮やかさを感じさせる。 

 

 だが、そんな華のある動きとは縁遠い……駆ける足も酸素を取り入れる為の息遣いすらも、鼓膜に届くたびにうるさく感じる。日頃の修練で足音を極力立てずに走る訓練は受けているにもかかわらず、慣れない危機的な状況での逃走に、いつも以上に体力を消耗している事に理不尽とも言える苛立ちを募らせる。

 

 何回も通ったダンジョン内の出口が遠く感じるのは焦りのせいか……高くなる体温に比例して背負った仲間の体温が失われていくような錯覚と戦いながらも、駆け出してからどれほどの時が経っただろうか、常時の状態で感じていた感覚はもはや役に立たない。あるのは必死に生き残るために駆け抜ける意志のみだ。

 

「桜花殿、追いつかれる!!」

 

 張りのある、凛とした声音を緊張で張り詰めさせながらも告げた仲間の警告に振り返ると、それなりの距離を稼いでいたと思っていた事を嘲笑うかのように距離を詰められている事がわかった。振り返った事でようやく立ち止まった桜花達に追いついたモンスターの群れが追い付き、対峙する形となる。

 

「……っく!? 命、ここで迎え撃つしかない……」

 

 背後に背負った兄妹のように過ごした仲間が急激な緩急によって苦し気な声を上げる。明らかに重傷である彼女。千草の危険な状態であるがこのまま逃げ切れるとも思えない。

 

 最悪、他のパーティーにモンスターを擦り付けてでもパーティーを生存させる。人道として間違った事と理解つつも悲痛な覚悟を決めようとしたリーダー。桜花・カシマの背後、そこから緊迫した状況には不釣り合いな声を掛けられる。

 

「あれ? 桜花に命さん? ……どうしたんですか? ほぅわぁ!? 千草さん!? 酷い怪我じゃないですか!?」

 

 振り返った。桜花の視線の先に居たのは、それなりの時間を階層で慣らしていたベルのパーティーだった。今一つ状況を理解しきれていないであろう何処かとぼけた顔を晒しているベルだったが千草の重傷に気付くと慌てた様子を見せる。

 

 桜花はベルの姿を見て同時に、パイの事を思い出す。タケミカヅチに模擬戦の相手として、破格の報酬での依頼と言う形で出会った『ハンター』と名乗る彼女だったが、その実力と搦め手を混ぜた戦術には最初の頃は手を焼かされ、いくつかの苦渋を飲まされる体験をした。敗北をいくつも重ねる内に対策を取って行こうとしてもその更に斜め上の戦略で攻めてくるパイによる模擬戦は――結果としては桜花達にとって有意義な物となった。

 

 そんなある日にパイから紹介されたのが目の前に現れた少年であった。お世辞にも見た目では屈強そうに見えないベルの姿と、自慢の弟子と語るパイの言葉に若干の陰鬱とした感情を持っていた桜花は稽古として一対一の模擬戦を仕掛け……そして、嘗めてかかっていった結果、桜花はベルに見事に敗北した。

 

 桜花自身が弱い訳ではなく、純粋に一撃に趣を置く武芸を主にする桜花と、相手の動きに合わせて回避とカウンターを狙いつつ手数の多さで戦うベルの相性の問題であった。

 

 その後も桜花の敗北で興が乗った団員たちがこぞってベルに戦いを挑んだが、その中でも一番粘ったのはベルと同じく技量を重んじて戦うタイプの命だった。桜花も気合いを入れなおして挑んだものの勝率は未だにベルの方が高い。桜花達の強みはチームで戦う連携も含まれているので個人の実力だけが全てではないが、明らかの技能の上のベルに敬意を持って接し、ベルも謙虚な姿勢での付き合いを重んじる類の人間性であった為、彼らの付き合いは期間としては短いながらも良好であった。

 

 そんな思わぬ伏兵に向けた視線をいったん外し、未だに向かってくるモンスターの群れを一瞬見た後に、残ったメンバーと顔を見合わせ、メンバーの代表として桜花と命は恥も外聞もなく叫んだ。

 

「「助太刀を要求するぅぅぅ!!」」

 

 この間、一瞬である。

 

「はい? ――っ!? わかりました、リリ!! けが人をお願い、ヴェルフは二人を守って!」

 

 急な知り合いからの救援要請に頓狂な声を上げたベルだったが桜花達が対峙しているモンスターの数を見て瞬時に気持ちを切り替え、桜花達と肩を並べる様に前に立つ。後ろからついてきたヴェルフも状況を把握した後に戦闘準備を済ませる。

 

「その方を降ろして下さい。治療します」

 

 状況判断をずばやく済ませたリリルカが、すぐに桜花に背負われていた千草の負傷を治療に取り掛かる。意識が朦朧としていた千草が舌などを噛まないようにと、慣れた手つきで布を噛ませると背に突き刺さっていた斧型の天然武器を力任せに無理やり引き抜く。急に来た激痛に千草が苦悶の声を上げるがそれを無視して所持していたハイポーションを傷口にかけ、残りを千草に飲ませる。

 

「パイさん印のハイポーションですよ。少しはけだるいかもしれませんがすぐに良くなります。あっ、運ぶのは面倒なんで、気絶はしないでくださいね」

 

「うっ……うん、ありがとう」

 

 傷が癒えたと言っても残っている痛みに顔を引き釣らせながらも答えた千草を背にして、リリルカは立ち上がると巨大なハンマーを構える。その横をヴェルフも隣に立ちながらも奇襲を警戒する。 

 

 だが警戒する二人が心配する事無く、前方に展開された前衛の活躍によってモンスターの数は明らかに減らされていった。独特の戦闘スタイルを持つベルが先行して乱戦を仕掛け、連携が崩れた部分を他の【タケミカヅチ】の団員達が殲滅させてゆく。その流れのままでしばらくは拮抗していたが、動けるようになった千草による援護と、陣形を組みなおしたヴェルフとリリルカの前線への戦力投入によって多くの時間を掛ける事無く殲滅に成功する。

 

 そのまま、綺麗に終われば美談になろう物だが、そこで終わらないのがベル・クラネルである。

 

 師匠譲りのトラブルメーカーは最後のヘルハウンドに現在彼が使える最高の技を持って向かう。飛び掛かるヘルハウンドに迎え撃つ形で放つ。【天翔空破断】と呼ばれる『双剣』による狩技の一つである。段差などを利用して飛び掛かると同時に無数の剣劇で切り刻み、着地の瞬間に発生する衝撃を乗せた斬撃を放つ技である。見事なまでに決まったソレは最後に残ったヘルハウンドを灰へと還すとそのまま大きく音を立てて着地した。

 

 武器をしまう事は無いが少し警戒を解きながら近づくヴェルフとリリルカ。周りにモンスターの影がない事を視界を動かしながら確認し終えたベルも気を若干抜いた状態で二人を出迎えようとした……その瞬間、異音と共に丁度三人が集まった部分の床が――綺麗に抜けた。

 

「……えっ?」

 

「……は?」

 

「……おや?」

 

 床が抜けるとは想像もしていなかった三人はそれぞれに間抜けな声と表情を晒した後に重力に導かれるように落下する。悲鳴を上げながら姿を消したベル達を遠目で眺めていた桜花達は、余りにも滑稽な一瞬に反応を示す事無く数秒眺め……。

 

「「「べっ!? ベル殿ぉぉぉぉぉぉぉ!!?」」」」

 

 真っ白になった頭の中でどうにかベルの名を叫ぶ事しかできず、真っ先に正気に戻った千草の声掛けによって急ぎダンジョンを出て、主神に指示を仰ぐべく走りふけるのであった……。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 ――音が聞こえる――

 

 それは息遣いであり、布のこすれる音であり、小さな固い欠片が地面に落ちる音であった。幸いなのは獣の唸り声の類が聞こえない事であろうか、確かに生命活動を行う上で必要な聴覚が生きている事を感じながらもベルはゆっくりと目を開ける。

 

 短い間だったが気を失っていたベルが意識を回復させると其処は見知らぬ場所であった。壁などの雰囲気から今だにダンジョンの中であるとはわかるが、何となく先ほどまで居た階層とは違う雰囲気を肌で感じていた。

 

 落下時に服に付いた細かい小石や砂を落としながら立ち上がる。意識をハッキリさせようと頭を振った所で一緒に落ちた仲間の事を思い出し、すぐに周りを見渡す。

 

「リリ!! ヴェルフ!!」

 

 暗闇に目が慣れてきたのか、薄暗い物の最低限の視界を確保出来た頃……その視界の範囲にリリルカとヴェルフの姿を見つけ駆け寄る。二人を軽く揺すると軽く呻きながらも閉じられた瞼が動く。どうやら命に別状がなかったのかすぐに目を覚ましたものの二人は苦悶の表情浮かべる。

 

「どうにか生きてるみたいだな……しかし、まずいな、俺は足を……リリ助は右手を負傷しちまったか……ベル。リリ助……ポーションはどうだ?」

 

 意識が戻ったと同時にヴェルフは左足を、リリルカは右手が思うように動かせない事実に気付き毒づく、軽く見ても骨折しており同時に回復の手段であるポーションの類が全て容器ごと破損していた。

 

 回復手段がない状況で現在地の確認もできない。冷静に考えれば考える程に生存が難しいと悲観するだろうが、彼らとて修羅場をくぐった経験のある冒険者である。最低限の応急処置と共に手早く荷物を整理し、少しでも生存率を高める為に現状の再確認とこれからの事を話しあおうとした時、リリルカがおもむろに異臭の放つ香り袋を取り出した。

 

「リリ? それって臭い袋? 結構ひどい匂いだね」

 

 そのアイテムの正体を知っていたベルがやや顔を歪ませて尋ねる。だが、その質問に対してリリルカはそっけなく聞こえるような声音で返す。

 

「我慢してくださいベル様、ヴェルフ様も……いま、まともな回復手段もなく武器もまともに振れない、足が動かせない。満足に戦えない。そんなお荷物が二人もいる状況なんですよ? 文句言わないでください」

 

「ごっ、ごめん……でも、なんだろ……そんなに苦にならないというか……うん?」

 

「これでか……ベル……お前、嗅覚が変になっているんじゃないか?」

 

「……実は、リリもそこまで酷いとも思えないんですよね……なんででしょうか」

 

 状況を読まない発言をしたと謝るベルだった、その時に不思議な感覚を覚える。強烈な臭気に顔を歪ませたヴェルフが信じられない物を見たようにベルリリルカを眺める。不思議と匂いに対して耐性のある事に不思議に思うリリルカとベル……そして、その正体に気づいた時に二人の顔色は最悪なぐらいに青ざめる。

 

「畑……堆肥……異臭……うっ!? 頭が……頭が痛い!!」

 

「路地裏……暴行……激臭……うっ!? 頭が……ついでに鼻が痛い!!」

 

「!? お前らどうした!! 急に青ざめて頭抱え込むとか……なにかトラウマ……ああ、【アレ】か……」

 

 臭い袋の臭気よりも遥かの強烈な【アレ】を思い出して、それぞれに頭を抱えるベルとリリルカ。ベルは村の居た頃に堆肥代わりに使われた経緯から、リリルカに関しては出会いの一発と……至近距離でさく裂した一撃に気絶した過去を持つ。

 

「はぁ……はぁ……もっ、もう大丈夫……」

 

「ふぅ……ふぅ……りっ……リリも大丈夫です」

 

「……本当に大丈夫か? 二人とも生まれたての小鹿みたいに膝が震えているぞ?」

 

 いまだに青ざめた顔のまま気丈にも笑みを浮かべるベルとリリルカの姿にヴェルフは不安を覚えながら語り掛ける。しかも、ベル達の顔には冷や汗が大量に浮かんでおり、大丈夫と言う言葉がこれほど信用ならない場面と言うのも珍しい――っと心の中だけでつぶやく。とはいえど、足の負傷したヴェルフが、この中で一番足を引っ張ている。そんなヴェルフを軽々とバックパックに乗せる。

 

「おかげで大分マシになりました……それにしても、このアイテム……使えばモンスターが寄ってこなくなるんですけど……アレにも同じ効果があるんでしょうか?」

 

 リリルカの言葉に誰もが何も言えなくなる。試すのにも度胸の居る案件な上に、結果としては現状と同じかそれ以上の悪臭の中で行動しなければならないという事になる。できればその様な事をしたくはないというのが本音であった。

 

「とにかく、リリには悪いんだけどヴェルフの事お願いするね……敵は、僕がどうにかするからいいとして……この後どうするべきだと思う?」

 

「それに関しては、リリに考えがありますよ。ベル様。ベル様が先ほど使った技の威力によってこのように先ほどの階層よりも下層に落ちた訳です。ベル様の技が見事に地面に穴をあける程の威力だったので……それで、体感的にも二~三階層ほど落ちたと思われるでしょう……この状況で地上に戻る為になれない探索を続けるよりも距離の短い十八階層を目指す方法を取りたいと思います」

 

 まるで、大事な事だと言いたげに二度も強調されたベルの失態に苦々しく項垂れるしかないベル。彼は心底反省したように気落ちした声で謝る。

 

「……すごく……申し訳ありませんでした……なるほどね、さっきまで十三階層だったから今は十五から十六階層だとしたらそっちの方が早いって事だね……でもなんで十八階層?」

 

「俺も行ったことはないが、十八階層はいわゆる迷宮の楽園と呼ばれる安全圏がある場所らしいぞ?」

 

 迷宮の中にある安全圏。ベル自身はその存在を知識としては持っていた。そして、リリルカの話はそこで終わることなくさらに続ける。

 

「そして、十八階層に到着後は他の冒険者に同行する形で地上に戻るか……もしくは体力などを万全にした後に脱出を図る。これが、現在のリリ達の状況的にも生存率が最も高い方法の一つだと思います……判断は、ベル様に委ねます」

 

「……行こう……十八階層へ……ここで立ち止まっているよりも臭い袋の効果がある内に少しでも長く移動しよう」

 

 リリルカの合理的な判断にベルも頷き、進むことを決める。足の負傷したヴェルフをバックパックの上に乗せたリリルカとそのバックにヴェルフを紐で固定させてゆく。文字通りの持つのように背負われたヴェルフは、複雑そうな表情を浮かべていたが状況が状況なので黙って担がれてゆく。

 

 先頭をベルが進みながら薄暗いダンジョンを進む……どこからなく感じる気配に不安が溢れてくるが、同時に仲間と必ず生きて帰る。その使命感がベルの中で闘志が湧き上がってくる。そのまま進んで行くが。上層に比べて中層は広く、マップを所持していないベル達は手探りでの散策を余儀なくされた……。

 

 闇が深い場所を道しるべもなく歩き続ける。安全である保障はいつまで続くかわからず、その保証がどこで破綻するかも予測できない中での散策は確実に三人の精神を蝕んでいった。慎重に行動した結果、想定よりも時間をかけてしまい。最後の臭い袋の効能も切れてしまう。効果が切れた物を捨てて、愛用の『リトルバリスタ』に矢を装填するリリルカは固定されていると言え、未だに痛む右手の痛覚に顔を顰めながらも残る二人に告げる。

 

「ベル様。ヴェルフ様……これで、リリ達を守るものは無くなりました。覚悟は良いですか?」

 

「うん、ヴェルフはヘルハウンドの牽制を優先して、リリはこんな状況で悪いんだけどバリスタで支援して欲しい……僕は、道を作る!!」

 

 効果が弱くなるにつれて高まる気配と獲物を貪ろうとする意思が、丸腰となった三人への視線越しに突き刺さる。唸り声がそこらから聞こえ、明らかに多くのモンスターに囲まれている状況である。しかし、そのような状況であっても三人の顔に恐怖はない。

 

「任せろ、ベル。まだ精神力には余裕があるからな……リリ助、落としたりしないでくれよ?」

 

「念の為に持ってたコレを主力で使う日がくるなんて、冒険者してると何が起こるかわかりませんね。あと、矢の代金は後でベル様に請求しますよ? 回収するような暇はないと思いますしね」

 

 冒険者は冒険を繰り返す度に理解する。繰り返す日々の中でさえも同じ日はないのと同じく、繰り返す冒険に同じときは存在しないと……そして。冒険者であり続ける限り、あきらめる最後の瞬間まで冒険をし続けるであろう。

 

 次を繋ぐために足掻くならば、そこに恐怖心など入れる隙間など存在してはならない。慢心にも近い無責任な自信は軽口となって出てくる。其々に口角を上げてベル達を餌としてみる怪物達を睨みつける。

 

 命を守る事で明日を生きる為に安全を確保する事が「冒険者は冒険してはならない」という格言を作ったとするならば、命を懸ける事で未来へ進む事を足掻く行為は「冒険する」事になるだろう。

 

「――来るよ!」

 

 一寸先の闇の中から赤く光る眼光が揺らぎ、飛び出してきた獣――ヘルハウンドを低い姿勢のまま間合いを詰めて左手で抜き放たれた『雷鳴刀』ですれ違い際にヘルハウンドの首を切断する。急所の首を狙い高い位置に飛び上がったヘルハウンドの死骸の影からさらに追撃を加えようともう一体にヘルハウンドが襲い掛かるが、その瞬間に右手を突き出した姿勢のベルが必殺の呪文を唱えていた。

 

「ファイアボルトっ!!」

 

 閃光と共に爆ぜたヘルハウンドの遺骸が地に落ちる音が響く。その音をかき消す勢いで我先と動き出した多勢かつ複種類のモンスターがベル達に襲い掛かる。

 

 ベルの得意とする戦い方である相手の攻撃に合わせてカウンターを決める戦い方はしない。その代わりに、手数の多さと動きの速さを利用した乱戦へと持ち込んでゆく。ヴェルフを担いでいるリリルカの周りを円を切る様に旋回しながらも確実にモンスターの首を刈り取ってゆく。一瞬、その凄まじさに息をのんだリリルカとヴェルフであったが、すぐにぞれぞれに視線を目まぐるしく動かし、妨害と援護を開始する。

 

 早く、速く、一体のモンスターすらも二人に近づけさせない気概を込めてモンスターを確実に屠ってゆく。ダンジョンの壁を蹴りつけるたびに壁に小さな傷をつけてゆき。そのまま飛び込む様に捻りを加えたまま、モンスターの首を両断し、魔石を砕いてゆく。

 

 そのままの勢いのままに、砂埃を巻き上げながら着地に成功させたベルの前に巨体が現れる。一瞬だけベルの動きが止まるがその姿が映る前に飛び出す。闇の奥から現れたミノタウロスの二体だったが、一体は瞬時に飛び出してきたベルの、挟む様に振るわれた『雷鳴刀』によって腰から上を黒ずみになった断面を残して両断され、一体はリリルカから放たれたバリスタの矢を右目に受けて仰け反る。

 

 前回の強化種ではないとはいえ、未だステイタスの未完成であるベルの一撃で屠れる結果にベルは知らずに力強い笑みを浮かべる。

 

 ヴェルフの雷鳴刀と新たなるスキル【怪物狩人】の効果もあると言えど、現在の危機を切り抜けられる力である事には変わりない。仰け反り、苦しむミノタウロスの背後、口内に紅蓮の炎を宿し此方へと殺意を向けるヘルハウンドに標的を変えようとするが、無理な体勢が祟り反応が遅れる。

 

「あぶねぇ、ベルっ!! 燃え尽きろ、外法の業ッ!」

 

 サラマンダーウールを顔まで手繰り耐える行動に出ようとしたベルの前の前で突然、ヘルハウンドが爆ぜた。爆ぜる前に鼓膜に届いたヴェルフの声にリリルカ達の方に視線を向けるとヴェルフが腕を突き出した形のままヴェルフが頷くのが見えた。ヴェルフが所持している魔法『ウィル・オ・ウィスプ』は相手の魔法に関する攻撃に対して強制的に“魔力暴発”を引き起こす魔法である。魔力暴発を起こした対象はその魔力の反動により爆発によるダメージを負う。対魔法能力においては詠唱などの発動前であれば効果を発揮することが出来る。

 

 ベルの『ファイアボルト』程ではないが『ウィル・オ・ウィスプ』もまた、かなりの短文詠唱であり、攻撃に参加できない分敵の行動に目を光らせていたヴェルフに助けられた形となった。ヴェルフやリリルカの援護に対して力強く頷くと駆け出し、残ったモンスターを手早く打ち倒してゆく。

 

 ほとんどのモンスターの魔石を砕く事で殲滅スピードを優先したものの少数ながら死体の残っているモンスターの魔石を収穫――残すと魔石を取り入れたモンスターが強化種になる可能性がある為――しながらも進んでゆく。 

 

……

…………

………………。

 

 最初の大規模な戦闘のような戦闘は、その後起こらなかったが、それでも、細かい戦闘を数多く切り抜けたベル達は疲弊していた。

 

 ベルは、上の【タケミカヅチ・ファミリア】との共同戦線での時と言い現在の状況に疲弊したと言えど、いまだ余力をもって対応できる理由に感謝する。

 

 中層からダンジョンは大きく変わる。『ギルド』でのエイナからLv.1の頃から受けていた研修で、ダンジョンでの十三階層より下になると一気にモンスターの出現率が跳ね上がると聞いていた。リューやモルドからも中層に向かうならば上層のような無茶は聞かないとも言われていたからだ。

 

 緊急時と言えど、知っていると知らないとでは大きな違いが出る。主に精神的な意味合いで余裕が出来るのは確実に階層を下る事で進めている実感と、リリルカとヴェルフがいまだに健在である事……なによりも、過度の期待こそしていないが自身の持久力に関してはそれなりの自信があり、未だに息を切らさずに戦い続けられるほどの肉体的疲労が蓄積していないというのが最も大きな要因であった。

 

 進む速度こそ遅いが、その冒険も終わりを迎える。いくつかの階層を下った先。やや白っぽく見える広場にたどり着いたベル達。ベルはその時は知らなかったが、そこは『嘆きの大壁』と呼ばれる場所であった。

 

 一気に静けを増した空間に張り詰めていたやや空気が軽くなる。警戒を解かないまま大きく息を吐こうとした瞬間、聞きなれた……だが、それよりも大きな音がベル達の耳に届く。

 

 ――バキッ……パキッパキッ……

 

 目の前にある白き壁。そこから生まれるは迷宮が作り出す純粋たち力の化身。全長七メートルの初めて見る規格外の存在。

 

 ――階層主と呼ばれる『迷宮の孤王』。ゴライアスがその姿を現す――

 

「走って!! リリ!!」

 

 勝てはしない……迷宮の孤王が生まれ落ちた瞬間、ベルの中で単純であり純粋な本能が警鐘を鳴らす。動きを止めた先にあるのは死であり。進み続ける先にある生を掴む為、リリルカの手を掴んで走り出す。

 

「くっ……まずいぞ、ベル……あの野郎、こっちに気づきやがった!?」

 

 動けないが故に背後を振り向き焦る様に叫ぶヴェルフの声を聴きながら未だに遠い出口を睨みつける。背後からの気配は強くなる一方であり、このままでは捕まる可能性の方が高い。

 

「……ごめんっ! リリ、ヴェルフ!!」

 

 だからこそ、ベルは最も全員が生きて帰れる方法を躊躇なく取る。ベルは掴んでいたリリルカの手を引くと同時に立ち位置を反転させる。驚くリリルカとヴェルフを後目にしながらもリリルカのバックパックを思いっきり蹴り飛ばし、出口に向けて浮いた瞬間に、バックパックに固定されていたリリルカの【ウォーハンマー】に向けて右手を突き出し叫ぶ。

 

「ファイアボルトォォォ!!」

 

 爆炎が咲き、悲鳴を上げたヴェルフとリリルカがファイアボルトの爆発の勢いのまま悲鳴を上げたリリルカ達はそのままの勢いで地面を転がり、十八階層へとつながる穴へと落ちてゆく。

 

「……さて」

 

 リリルカ達の姿が穴の奥に消えたことを見送ったベルはゆっくりと背後を振り返る。そこに居るのは暴力的な視線を向ける王の姿である。

 

 ――逃げるべきだと、本能が叫ぶ――

 

 ――立ち向かえと、心が闘志を燃やす――

 

 ――故にベル・クラネルその顔に笑みを浮かべる――

 

「強くなる……その為に、付き合って貰おうか……」

 

 紫電を散らし振り込まれた刀身が風を切る音と共にゴライアスへと、ベルはその身を躍らせる。更なる高みへと昇る為……そして、高みへと駆け出した少年の手には、その道を照らすかのように淡い光が灯っていたのだった……。


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