勝利とは見抜くこと   作:ライアン

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あらすじの通りふと思いついたオリキャラの短編です。
短編集に入れるにはちょっと毛色が違うと思ったので独立させました。


シロウ・暁・アマツ

 ここに一人の男の話をしよう。

 軍事帝国アドラーに旧日ノ本の姓を受け継ぐ一人の男が居た。

 男の名はシロウ・暁・アマツ、軍事帝国の血統派の一門たる暁家の嫡男として生まれ落ちた彼は貴種として何一つ不自由なく周囲より畏敬の念を集めて育ってゆく。

 貴方は選ばれた人間なのだという周囲から煽てられ育った彼の自尊心は当然のように肥大していきーーー性質が悪いことにというべきかあながちただの思い上がりだと言えないだけの才覚をその男は有していた。新西暦に於いてアマツの血を引く者はまるで天に愛されているかのように才に満ちている。そして貴種故に市井に於いてはまず受ける事が出来ない高度な教育を施される事でその実力は凡夫を歯牙にもかけない領域へと達して行く。そして周囲はそんな家の若君を「これで当家は安泰です」と言わんばかりに持て囃す。当然のように自尊心は肥大していく。

 

 そうして思い上がった才子の鼻は意気揚々と門をくぐったアドラーに於ける登竜門たる士官学校で真の傑物に出会った事で呆気なくへし折られる事となる。

 へし折った男の名はギルベルト・ハーヴェス、座学実技、あらゆる分野に於いてシロウの上をいった目が眩むばかりに優秀な男だった。自分は次席でギルベルトが首席、それはシロウが人生で初めて味わう事となった敗北の味わいであった。

 そして男はその敗北を受け容れた。「なるほど、世の中上には上が居るということか」と、謙虚な心持ちとなったのだ。何故ならば嫉妬するにはギルベルトは余りにも完璧過ぎたから。ギルベルトに負けじと彼以上の努力を重ねるといった、そんな割に合わない(・・・・・・)ことはしない。

 何故ならば彼は生まれついての勝者(アマツ)であったから。自らの人生に栄光が約束されているというのにどうして自らの身を削るかのような行いをしなければならないのか?と。自分の才覚というものにある種の見切りをつけたのだ。

 

 シロウの姿が呼吸するかのように努力をして自らを高める事を惜しまないギルベルトからすれば不可解だったのだろう。

 ある時彼は問いかけた「君の才覚ならばより高みを目指せるはずだ。なのにどうしてその程度で甘んじているんだい?」と。

 そんなギルベルトにシロウは冷笑して答えた「割に合わない(・・・・・・) からだよ」と。

 そう全く以て割に合わない事ではないか。我が身を削り高めて仮にギルベルトを追い越したとしよう?

 しかし、その先は何が待っている?軍事帝国アドラーの頂点たる総統職を巡る果てなき権力闘争だ。

 自分は確かに生まれつき優位な位置に居るだろうが、しかし世の中上には上が居るという事を思い知ったばかりではないか。

 確かに暁家は歴としたアマツだが、それでも頂点に君臨するというわけではない。

 文の名門たる漣、武の名門たる朧を筆頭に暁以上のアマツというものはいくらでも存在する。

 そして頂点に立ったならばそれで終わりではない。権力を手に入れた権力者に次に待つのは権力を維持するための戦いだ。

 そうして我が身をすり減らして、一門の人間のために尽くす?全く以て馬鹿馬鹿しい事ではないか。

 何故自分がそんな苦労を背負い込まなければならないのかーーーと。

 無論、だからといって全く努力をしなくなったわけではない。

 賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶという言葉があるがこの論法に則れば彼は紛れもない賢者であった。

 ただしその知恵を誰かの為に用いるのではなく、あくまで自らの為にのみ用いる至って自分本位な賢者であったが。

 驕れる者は久しからず、腐敗した権力層が刷新されるというのはこれまでの旧暦の頃より幾らでも溢れかえっている出来事だ。

 そしてその時代がいずれ訪れるであろう事を彼は予見した。

 

 何故ならばギルベルト・ハーヴェスという傑物が今のアドラーに対する憤りを抱いているのだから。

 無論如何に傑物と言えど、彼一人ではどうにもならないだろう。

 しかし、今の世を憂いている奇特(・・)なアマツが少なくとも二家アドラーには存在している事を彼は知っていた。

 漣と朧、高貴なる者の義務の務めだとかいう綺麗事を馬鹿真面目に信望しているこの両家とギルベルト・ハーヴェスが結びつけば歴史で幾度も繰り返された政変ーーーそれが自らの代で起きない保証はなかった。

 故に重要なのは自らが勝者と成ることではなく、誰が勝者となるかを見極めること。

 そして一度、誰が勝つかの確信を得たら勝敗が決していない内にその人物に全霊をもってすり寄る事だ。

 そのために重要なのはそれを決めるまでは片方側に入れ込み過ぎない事だと決めて、彼はその優れた才を自己のためのみに使い続けながら、情勢を注視し続ける。

 

 そうして新西暦1022年、ついに彼が抱いていた懸念は顕在化する。

 スラム出身者として血統派により冷遇されていた東部戦線の英雄クリストファー・ヴァルゼライドを被験としたエスペラント技術の発見。そして軍部内に存在した改革派の勃興。

 これによって血統派一強と言って良い状態であった軍内の派閥抗争が一挙に激化したのだ。

 

 そうしてそれから一年間。彼はこの彗星の如く現れたヴァルゼライドという男を観察し続ける。

 いくらエスペラント技術という新技術を発見したと言っても長きに渡って帝国に君臨し続けた血統派の力は絶大。早とちりをして大船から泥舟に乗り換えてしまっては愚かにも程があるだろうと。

 そしてシロウ・暁・アマツは結論を下した。アレは紛れもない英雄(かいぶつ)だと。歴史において極々稀に現れる不可能を可能にしてしまう超人なのだと。

 

 そうクリストファー・ヴァルゼライドこそ紛れもない勝者となる存在だと悟ったが故にーーー自らの身を守るためにシロウは速やかに行動する。

 勝ち馬に乗る行為は趨勢が決してしまってからでは遅い。未だ状況が拮抗しているという状況の時に味方してこそ意味があるのだから。

 無論ヴァルゼライドが敗北してしまう可能性もあるだろう。しかし、その場合でもアマツたるシロウは命まで奪われる心配は薄い。

 対してこのまま静観した状態でヴァルゼライドが勝利してしまえば、シロウは実家毎粛清の憂き目に合うだろう。

 

 しかし、今ならばまだ間に合うのだ。

 さもヴァルゼライドと出会った事で目が覚めて軍属としての使命を思い出したと良い子ちゃん面して見せれば良い。

 無論、あの英雄(かいぶつ)はそんな演技で騙せるほど甘い存在ではないだろう。

 されどクリストファー・ヴァルゼライドという男はどうやら自分のためではなく真実心の底より国のため、民のために戦いそのためなら私情を押し殺す事が出来る傑物(異常者)だという確信を一年に及ぶ観察でシロウを得ていた。

 ならばこそ、ヴァルゼライドは決して自分を無碍には出来ない。例えそれが演技であると彼が見抜いていようと、それはあくまで彼の中にのみ存在する確信だ。

 前非を悔いて自身への忠誠を誓うと口にした者まで処断してはそれこそが国が回らなくなるという事をあの男が理解しないはずもないーーーそんな確信をシロウは抱いていた。

 

「中佐の祖国への尽力を目の当たりにして小官は自らの不明を悟りました。どうか今後は中佐の下で働く事によってその罪を雪がせて頂きたく」

 

 シロウ・暁・アマツにはアマツとしての信念や誇りなど無い。故に卑賤なスラムの成り上がりに対して頭を下げるという他の血統派の面々であれば決して出来ぬ屈辱的なことも平然と行う事が出来る。まず第一に生き残らねば何にもならぬのだから。

 

「父上、母上。私は自らの不明を悟りました。ヴァルゼライド殿こそこれからのアドラーを担う存在です。我ら暁家、今こそあの方の下で国を担う貴種としての真の使命を果たそうではありませんか」

 

 されど人としての情が全く無いというわけではない。

 だからこそ家族が破滅するのをある程度まで(・・・・・・)は避けようと努力した。

 

「父上、母上……あなた方は間違っています!例え父上と母上と違える事になろうとも私は自らの使命を果たしましょう!それこそが誇りある暁の人間のなす事だと信じるが故に」

 

 しかし、何がなんでも助けようとするーーーそんな割に合わない(・・・・・・)事はしない。

 何故ならばこの世に自分以上に大切な存在はありはせず、家族だろうと友人だろうと恋人だろうと妻だろうと我が子だろうと自分を犠牲にしてまで救おうなどとそんなのは全く以て割に合わないことなのだから。

 故に彼はあっさりと自らを愛してくれた家族、思いとどまってくれと泣いてすがる両親、そして妻を捨てる。こいつらは駄目だ(・・・・・・・・・)と。

 くだらないものに囚われて現実が見えていない愚か者だと内心の侮蔑と共に己が家族に見切りをつける。

 

(妻はまた娶ればいいし、子もまた作ればいい)

 

 何故ならばシロウ・暁・アマツには容姿も才覚も地位も十二分に揃っているのだから。

 それこそ女など手に入れようと思えば幾らでも手に入るのだ。

 ああ、哀れなるかな我が妻よ。わが子よ。お前たちが自分へと付いてきていれば自分は夫として父としての責務を果たしてやったというのに。

 残念だが仕方があるまい。私を信じなかったお前たちが悪いのだと、少しばかり哀悼の意を捧げ、完全に彼は見切りをつける。 

 

 そして英雄に出会い目覚めた愛国の士という仮面を被ってから四年後の新西暦1027年、シロウ・暁・アマツは自らの目が正しかったことを証明する。

 後にアスクレピオスの大虐殺と謳われる事となったこの悲劇で軍部血統派は事実上壊滅。

 救国の英雄クリストファー・ヴァルゼライドは国民からの熱狂的な支持と共に軍事帝国アドラーの第37代総統へと就任、シロウもまた早くにヴァルゼライドへと忠誠を誓った忠臣としてその功績と才に相応しい地位へと就くのであった……

 




ぱっと見ガニュメデスばりにガン決まった英雄信者。
英雄への忠誠の為に妻子や家族すら捨てたように見えるけど実態は保身からの行動でした的な男。
当然チトセネキ、総統、アオイちゃんといった傑物は気づいているけどなまじ有能で粛清されるような愚は犯さないので処断されるようなボロは出さないので個人的に気に食わないけどそのまま用いるしかないみたいな男。
多分主要キャラからは大体内心「なんだこいつ……」扱いされて相性がいいのはランスローやミツバのババアの辺り。
チトセネキルートではさも国を想うがゆえの行動です~面して勝ち馬(チトセネキ)の方に乗り換える。
本編グランドルートでは英雄が死んでもアストレアが健在だから下手な事したら粛清されるじゃんと大人しくしている。
雄々しく貫く信念?あるわけねぇだろそんなもん!
愛する「誰か」?居るよ。居るけどでも自分の身には代えられないよね。
そんな男。

エリュシオン基準は能力と地位の高さで満たすけど、アルカディアには耐えられない。

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