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まさか道を定められるとは思ってなかった奴に、道を定められた。
やはり気持ちは悪いものではないみたいだ。やっぱり心の中で本当のアイツは優しいと思っているのかもしれない。
氷川さんたちのバンド、ということは燐子も所属しているバンドである。この事実に、何かしら答えが見つかるんじゃないかと思い行く事に決めた。
場所はここからそこまで遠くはないらしいので行くこと自体には抵抗は無かった。
ただ一つ気がかりな点は、彼女たちを見ても俺は決意を抱いたままで居られるだろうか。それだけが心配でままならない。
そんな事を考えているうちに、家を出る時間になったので今一度気持ちを入れ直して迷わずに家を出る。
不思議とライブハウスまでの足取りは軽いもので、思ったよりも早く着いた。
もちろんライブなんて行くのは初めてだ。行こうと思った事は無かったが、初めてのライブが同級生のものになるとは内心かなり驚いている。
それらしき場所に着くと、思ったよりも混雑している。いや、ライブってこんなものなのか?何しろ行ったことがないからよく分からない。中に入っていく人の流れに乗って俺も中に入る。
すぐにチケットを購入して、重々しそうな扉を開けると人の多さ故に熱気がすぐに俺を包み込む。どうもその新しい世界観に驚いて固まってしまう。
「あっすいません」
ハッとして振り返ると俺が止まっていることに気づかずにぶつかってしまった同い年くらいの人が居たので
「こっちこそすいません、急に止まったりして」
「いえ、ライブ楽しみましょうね」
そう言って俺の横を通り過ぎた。ライブだとこんな風にして友達が出来たりするんだろうか。流石に目的と意図が違うのでそんな気ではないが。
しばらく待っているとライブは始まった。なんだか学校内で見かけたような気がする人が何人か居たが、本当にそうだったらなんかそれらしい波が来ているのだろうか。
燐子が所属するバンド、Roseliaは最後に出てくるらしい。どうやらそれなりには知名度や人気はあるそうだ。周りの人の会話の中に良く出てくる。
Roseliaの出番まではあっという間だった。自分には全てが知らない歌だった分一つ一つ関心が湧いて想像の何倍も楽しく感じる。
急にライトが消えたかと思うとすぐに付いて、俺の本命が登場する。
「こんにちは、Roseliaです」
あれが湊さんだろうか、湊さんの事について相談された事もあったな。
すぐに曲が始まると、彼女たちは完全に別人に見える。
ボーカルの湊さんは高すぎる歌唱力と綺麗な歌声で会場を魅了し
ギターの氷川さんは初めて見た俺ですら分かる正確すぎる演奏でギターを鳴らし
ベースの人は初めて見たけど、メンバーの一人一人に笑顔を向けてバンドを暖かく包み込み
ドラムの宇田川さんはゲームの時同様、楽しんで演奏しているがリズムでしっかりと指揮をとり
そして燐子は……完全に別人だ。
俺の知らなかった燐子はこっちに来てから数回見たことあるがそれとは比にならない。
後ろからメンバーの様子を疑うように心配の目を向けながらその演奏は正確そのもので、目は決意に燃えているように見える。
やっぱり俺が気付いてないだけで、燐子は何倍にも強くなったんだ。
俺の中での燐子はずっと時が止まったままで、その時が止まっていた間に彼女は変わった。
なら俺が迷う理由なんてないだろ?
俺だって燐子のように変わって、いつかは……。
「あれがパスパレの日菜ちゃんの双子の姉らしいぜ」
「まじ?確かにちょっと似てんな」
こんな会話がふと耳に飛び込んできた。会場の音は大きくて会話なんてそうそう聞こえないはずなのに、その会話だけは会場の空気貫ぬくようにハッキリと聞こえた。
これが聞こえた時、正直怖気付いてしまった。
氷川さんとの関係を崩してしまった要因そのものだったのだから。
ならそうか
まずは氷川さんとの関係を治さなきゃじゃないか。
あの時アイツは言った「未だに氷川さんの事ほっといてる奴」って。
またアイツに教えられたんだな。でも、悪い気分じゃない。やる事は一つだ。
Roseliaのライブでの演奏は大成功だったと思う。1番の判断材料は観客。他のバンドでも十分すぎるくらい盛り上がりを感じたがそれとは比にならないレベルの熱気だった。俺も例外ではない。
さて、どうしたものか。出待ちをして話しかけるのも気が進まない。はたまた学校で話すにしてもそれも容易な事ではない。
結局、考えついた答えはせめてライブの後なんだからバンドメンバーとしっかり最後まで過ごして欲しいと思い、今日は止める事にした。
ライブハウスを出てすぐ、聞き覚えのある声が聞こえた。
「はい……っ!?なんですか!やめてください!」
すぐには出て行かずに建物の影から様子を伺う。そこにはRoseliaと思われる人たちが見覚えのある人達に話しかけられていて、氷川さんが腕を掴まれている。
「君が氷川日菜のお姉さんなんだね?」
「はい……そうですが」
「へぇー、やっぱりそうなんだー。日菜ちゃんはどの実力じゃないね」
さっきライブ中に話していた二人だ。二人のうちの一人がそういうと氷川さんは一度驚いたような表情を見せて、きっと言いたい事は沢山あったはずなのに
「はい、すみません……」
見てて、自分でも湧き上がってくるものが抑えられなかった。それでも、まだ飛び出す勇気なんて出てくるものではなく息を潜めていることしか出来ない。
「だいたいなぁ、君の知名度も日菜ちゃんのおかげでしょ?妹の脛かじって生きてて恥ずかしくないの?」
この言葉を聞いてようやく勇気が出た。勇気が出たと言うよりは勝手に身体が動いていた。
「取り消せよっ!今の言葉……!」
そう言いながら、ただひたすらに批判をすることしか出来ない奴の腕をえぐるように掴む。
「痛っ!離せよ!」
そう言い腕を振りほどくと先ほどの状況が、異性を相手にマウントを取っていただけだということを肯定するように逃げていった。
残ったのは氷川さんを慰めるように話しかけているRoseliaのメンバーと俺だけだ。するとすぐに
「品崎さん……。すみません、失礼します」
何か言葉を食い止めて一声を絞り出した末に、早足で歩き去ってしまった。
彼女の性格については後悔もあって概ね把握しているつもりだ。ここで追いかけても意味はないだろうから、立ち尽くす。
「紗夜のこと、任せてもいいかな?」
一度も話したことが無いはずのベースの子に話しかけられて、少し驚きはしたがしっかりと返す。
「でも、ここで追いかけても意味はないんじゃ無いかと思って。それと、あなたは?」
「アタシは今井リサ、リサでいいよ。今はそんな事はどうだってあいんだけどさ、確か、同じクラスだったよね?紗夜と」
「はい、それであってます。でも、任せるって言われても何を……」
「紗夜のことよ、何かしら行動に起こすわよ」
ここで口を開いたのが湊さん。でも何かしらと言われてもいったい何を根拠に。
「確かに今は不明瞭な意見だと思うかもしれない。でも、バンドを通じて紗夜とは時間を過ごしてきた仲よ」
「他人任せで悪いけど、初めから貴方なら出来ると思って話しかけているつもりよ。だから」
"紗夜のこと、任せたわよ"
"分かりました。任せてください"
今はそれがただの憶測などでは無いと信じて、自分のやれるとこを全力でやっていくつもりだ。俺にだって分かることはある。それは
彼女が求めているのは、同情などでは無いと言うことだ。
だから、氷川さんの事は俺に任せろ。
その感情を頷きに込めて、俺もその場を後にする。
歩き始めてすぐ、スマホが揺れる。確認すると
「今日はすみません、少し話したい事があります」
氷川紗夜という名前から、そう通知が届いた。
もう俺のやる事は完全に決まった。