艦娘と穏やかに死んでいく生き方について   作:あーふぁ

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私が必要なのは優しさ

 人類は艦娘と共に深海棲艦と長いあいだ戦争をしていた。

 威勢のいいニュースが続くのに、いつ終わるかもわからない戦争を。

 何もかもが辛い時期に僕の記憶には学生の頃、1度だけ会った銀髪でツインテールの髪型をした戦艦の艦娘が小さくつぶやいた言葉が頭に強く残っている。

 それは僕が今の泊地で仕事をする前、近頃流行になって増えてきた飛び降り自殺を見たあとの気分を直そうと混んでいる喫茶店で同じテーブルになって一緒にまずい代用コーヒーを飲んでいる時に言われた。

 

 そのときは色々と話をしたが、今となってはあまり覚えていない。ひとつの言葉をのぞいては。

 艦娘である彼女は寂しげな顔をして『私はな、"母さん、戦争って何?"と聞いてくる、戦争という言葉を知らない子供を生みたいんだ』と言ったことはこれから先も覚えていると思う。

 テレビや新聞の明るい戦争のニュース、それに反して豊かにならない生活。いつ終わるともわからない、戦争という得体のしれない不気味な空気の中で過ごしていた。

 

 大学を卒業した僕は軍属として日本の泊地で働くことが決まった。喫茶店で艦娘と会って以来、戦争に、戦争をやっている人に興味を持ったため近くで仕事をしたかったから嬉しかった。

 近くにいれば戦争のことがわかるだろうという期待と、もし戦争に負けるなら真っ先に死ねるだろうということを思って。それに、あの悲しそうに話してくれた艦娘みたいな子がいるのなら、近くで支えてあげたいとも。

 泊地での仕事内容は簡単に言うなら雑用だった。掃除や料理、植物や道具の手入れをやるということを。

 

 軍人や艦娘の死。それらを近くで見ながら働き、体を鍛えては24歳になった誕生日の翌日。

 それは6月の梅雨の時期であるのに、とてもよく晴れた日に僕の人生は今までよりも強く艦娘と関わることになった。

 

 ◇

 

 気持ちのいい朝日を浴び、いつものように灰色のツナギを着てから鏡を見て、健康的かと自分の顔を確認する。

 とても平凡な容姿である僕の顔が鏡に映り、女性とすれちがっても振り返られることもない程度の顔立ちだ。

 中肉中背で、首筋までまっすぐ伸ばした黒髪は男にしてはちょっと長い。

 でも、鏡に映る自分がいつも通りの顔だと安心したあとは大きなショルダーバッグを肩にかけてから泊地へと行き、事務室にいる軍人さんから今日は何をすればいいかを聞く。

 頼まれた仕事は艤装のサビ取りだ。今は使わなくなった、色々な艦種の古い装備を手入れして欲しいとのことだ。

 

 僕は泊地の隅っこにある倉庫の中で、整然と積まれた装備に囲まれて鉄の匂いと共に1人静かにパイプ椅子に座って仕事をしていると滅多に会うことのない、50歳を過ぎても野性味あふれる提督が倉庫の入り口へとやってきた。

 シャッターは開けっ放しだったためにノックをされるとか、シャッターを開けられるという過程を得た際にできる心の準備がない僕は、サビ取りをしていた8cm高角砲と道具を置くと慌てて立ち上がり提督のところへと早足で歩いていく。

 

 提督の後ろには1人の少女がいて、その子は話をしたことはないものの時々見かける軽巡の艦娘である五十鈴だった。

 中学生に見える五十鈴の顔はやつれていて、目にはクマができている。白いリボンで結んだ特徴的なツインテールの黒髪には色ツヤが足りず、ぱさぱさとしている。

 大きい胸が目立つノースリーブのセーラー服に美しい白い足が見える赤いミニスカートを履いている。腕にはヒジから手首まである、白いアームカバーを着けている。

 

 一目で体調が悪いのがわかり、だけれど服だけは綺麗なのが変な感じだ。

 ターコイズブルーの色をした瞳は僕を見ていなく、顔をうつむかせて地面を静かに見ていた。

 彼女はさわったら簡単に砕けてしまいそうな気がして、放っておいたら自殺をしてしまいそうと思うほどに暗い雰囲気で、この世に生きる意味なんてないと思っていそうに思えた。

 

 提督は五十鈴に心配そうな表情を向けたあと、僕へと真面目な顔になってから話をしてくる。

 提督の話をまとめると、僕のそばで一緒にいさせてほしいという事だ。本来なら医者に預けるべきだけど、そうしたら治るのに時間がかかる艦娘はさっさと敵に突っ込ませろと軍上層部の直属に転属させられ使い捨てにされるかもしれないらしい。

 

 だから軍人ではない軍属の僕に役目が回ってきた。

 追加された仕事内容は、五十鈴と一緒に普段通りの仕事をやってくれとのことだ。五十鈴は戦闘を続けたために海へ出るのも怖くなるぐらいに疲れているから、気分転換させてやりたいとのこと。

 

 それだけでいいなら大きな負担にはならないし、提督から「今までの仕事ぶりを高く評価すると共に君の普段の姿を見ていれば軍や艦娘を裏切らないだろう」とも言われたからには本来の仕事ではないけど、頼まれたのなら仕方がない。

 あとで少し物資を融通してくれるともいうし。たまには少しだけ豪華なご飯を食べたいから。

 

 なにより彼女、五十鈴を放っておきたくはない。放っておいたら死んでしまいそうな子をなんとかしてあげたい。

 僕が助けてあげる、なんて軽い考えかもしれないない。何ができるわけでもないけど、何かしてあげたかった。そう思ったんだ。

 

「僕は十和田マシュウ。これからよろしく」

 

 提督との話が終わり、せいいっぱいの笑みと共に声をかけるが返事はない。

 一方通行の挨拶が終わると、提督は「気楽にやってくれ。それでは任せたぞ」と言っては心配そうな顔をしながら時折こっちへと振り返りながら帰っていった。

 

 そして僕と五十鈴が残り、唐突なお願いだったためにこれからどうするか悩んでしまうが、下を向きっぱなしの五十鈴に困っている姿を見せるはいかない。

 ひとまずは予定通りの仕事をやりつつ、言われない限りはまわりに置いておくだけでいいかなと思う。

 倉庫の中に置いてあるパイプ椅子を探すと、1mほどの距離を離して僕が座っていた椅子の近くへと置く。

 

「よければ、ここに座ってくれるかな」

 

 そう言うと一瞬だけ僕へ目を向ける、何も言わずに僕の左側へと置いてある椅子へと静かに座る。

 五十鈴が座ったのを見たあと、僕も椅子へと座ると床においてあった8cm高角砲と道具を手に取って作業を再開する。

 錆びている部分にスプレーを吹きかけ、艦娘たちの破れた服を再利用して作ったウエスで拭いていく。そうして全体的にサビを取ったあとはグリスをたっぷりと塗りたくって長期間放置しても問題がないようにやっていく。

 1つ終わると、棚に置いてある別の高角砲と交換して作業を続ける。

 

「喉が渇いた、腹が減ったとか何かあるなら言ってね。休憩にするから」

 

 2つほど作業をしたあとに手を止めて五十鈴へ顔を向けると、五十鈴は小さく頷いた。

 サビ取りの仕事を続けながら時々手を止めては、ぼぅっと倉庫の床を見つめ続けている五十鈴の様子を見る。

 休憩時には持ってきたカバンから甘い缶コーヒーを取り出し、持ってきていた2つのうちの1つを差し出す。

 ゆっくりとした動作でコーヒーを持つ僕の手と僕の顔を交互に見て、動きは止まった。

 

「あげるよ。好きな時に飲んでいいから」

 

 五十鈴は右手でそっと缶の端を持つと、ゆっくりと自分の胸元へと持っていく。

 ずっと見続けられるのは嫌だろうと僕は目を離し、仕事を進めていく。

 倉庫の中は静かで作業する音と自分の呼吸音しか聞こえない。外からはクレーンの荷運びや艦娘たちの砲撃音が小さく聞こえる程度。

 いつもなら静かなのは好きだが、どうにも五十鈴のことが気になってしまう。

 暇すぎて退屈しているだろうか。何か話でもしたほうがいいだろうか。もっと動きのある仕事に付き合わせたほうがいいだろうかと。

 

 そんなことを集中力が途切れながら作業を続けると、ふと缶コーヒーを開ける音が聞こえた。

 あまり顔を動かさず、そっと静かに目だけで見る。五十鈴は両手で缶コーヒーを持ち、ゆっくりと飲んでいた。

 缶コーヒーを口に入れると、一瞬だけ小さな笑みを浮かべた姿がかわいい。

 ずっと静かで僕に興味なんてなく、つまらなそうにしていたけれど、その笑みを見ただけで嬉しくなる。

 

 それからも仕事を続け、昼飯は混雑の時間を過ぎた1時あたりに行くと先に言っておく。すると表情がないのになんだか悲しい雰囲気に感じ、五十鈴を倉庫で待たせては酒保に行き、メロンパンと牛乳を買ってくる。

 受け取った時も表情はないものの、俺が見てないときにメロンパンを食べる時の幸せそうな表情はちらっと見れた時には嬉しくなる。でも、見ているのを見つかったときは睨まれてしまったけれど。

 

 そんなふうに気楽に、でも世話を少しだけしながら仕事をしていると午後1時ちかくになり、昼飯を食べるために食堂へと行く。

 五十鈴は僕の2mほど後ろからついてくる。時々後ろを確認しながら、すれ違う艦娘や軍人に挨拶をしながら来た、1度に100人ちょっとは座れる席がある食堂は人がほとんどいなく、がらんとしていた。

 食堂のカウンターで毎週金曜日には必ず出るカレーを受け取ると、あんみつを食べている艦娘たちと軽い挨拶をしてから窓際にある4人掛けのテーブルへと行く。

 先に窓際の席へと座り、五十鈴が座ってくる。でもそこは予想していた斜め前ではなく、僕の隣。人と距離を取りたいかと思っていたから意外だった。

 つい、じっと五十鈴を見てしまうと、少しだけ僕の顔を見てはカレーに手をつけず待っていた。

 

「じゃあ食べようか」

 

 そう言ってスプーンを手に取り、肉が入っていない具の少ないカレーを食べていく。

 僕が食べ始めると五十鈴も食べ始める。お互い話はなく、昼飯が終わったあとはまた食事へと戻った。

 五十鈴と出会ったこの日は、五十鈴が自身の名前を言う言葉だけを聞いて終わった。

 それから4日間、僕は同じ仕事を続けた。やることも最初の日と変わらず、静かな五十鈴を横にサビ取りを。時々買い物にいっては五十鈴に餌付け。

 この食べ物をあげたときに、こっそり気づかれないようにすれば見ることのできる小さな笑顔が癒しだ。4日間一緒にいて、会話は両手で数えられるぐらいだけれど、あまり気にしないようにすれば悪くはない。世話をしなくちゃ、という僕自身の気分転換にもなる。

 

 そんな日が続き、一緒にいて5日目。今日のサビ取りではなく、掃除の仕事。窓拭きをする。

 ガラスクリーナーのスプレーに綺麗な状態の雑巾を8枚。外側から脚立で届く範囲までのガラスを全部拭くのが作業内容だ。

 昨日までみたいに椅子に座らせられないから、五十鈴には立ちっぱなしになってしまうけれど。疲れたのなら、食堂やどこかで休んでいいとも言った。

 そうして僕が窓拭きの作業を始めて20分ほど。窓拭きをしながら移動する僕の隣でやることを見続けていた五十鈴が声をかけてきた。

 

「それ、私もやってみていい?」

 

 風にまぎれてしまいそうなほどの小さな声が僕の耳へと届く。窓を拭くのをやめ、ゆっくり振り返ると五十鈴が僕のすぐ前に立っている。

 

「窓拭きを?」

 

 わずかに頷く首の動き。

 手伝ってくれることに嬉しさと、気晴らしになってくれればいいと丁寧に教えていく。

 今まで窓拭きの経験はなかったからか、五十鈴は素直に話を聞いてくれる。はじめはうまく綺麗にできなかったけれど、それも段々と続けていくうちに上達していく。綺麗になった窓を見た僕は自然と笑みが出てきて、無意識のうちに五十鈴を褒めていた。

 褒められた五十鈴も無理しない範囲で続けて仕事を手伝ってくれる。

 でも脚立に上るのだけはやめてもらった。なぜなら、スカートの中身が見えて五十鈴にエッチな視線を送ってしまいそうになってしまうから。それで嫌われてしまうことになってはガラスの心の持ち主である僕には辛いものになる。

 

 次の日も窓拭きの仕事をし、五十鈴は1人でできるようになったのでそれぞれ別の窓を拭いていく。

 はじめは隣同士で拭いていたが、建物全部を拭いていく都合上、脚立に上りながらやる僕と上らない五十鈴では作業速度が違ってくる。

 低いところを拭いていき、段々と僕と離れて建物の角をまわって姿が見えなくなる。

 五十鈴は仕事熱心だなと感心しつつ仕事を続けると、ふと視線を感じることがある。その視線を感じた方向へ振り向くと、そこには去っていく瞬間に五十鈴のツインテールが見えた。

 

 それからも同じことは何度かあり、こっちを見て来る理由がどうにもわからない。

 見続けられる理由が悪いとどうにも居心地が悪く、今度はこっちから五十鈴を見てみようかと思う。時々は仕事の進み具合を見ておかないと。

 そう考え、きりのいいところで窓ふきをやめて静かに脚立を下りてはできうる限り静かに歩いて五十鈴のほうへ歩いていく。

 角の手前まで来ると、そぅっと顔を出すとすぐ目の前に五十鈴の顔があった。

 その表情は驚きのあまり、目が見開き、口がぽかんと開けられている。

 

「あー、僕に何か用事があった?」

 

 予想していなかった出会いながら、僕は五十鈴を心配する。でも五十鈴は僕の声を聞いた途端に動き出し、僕の体を元いた方向へと両手で力強く押してくる。

 少し怒ったような、それでいてかわいく見える怒り顔の五十鈴に僕は苦笑しながら押し返されていく。

 

 それはちょっとずつ、五十鈴との距離が近くなっているような気がした。

 出会った頃は静かでうつむいてばかりだったけれど、昨日からは仕事を手伝ってくれるようになったし、今日は本来の五十鈴がわずかばかりでも見ることができて嬉しい。

 仲良くなったと感じてきた2日後の天気は雨だった。段々と夏に近づく6月でも、雨が降れば体が震えるような寒さだ。ストーブで暖かくなった自宅から出ると、体のあちこちにブロックアイスをくっつけられたような寒さを感じる。

 

 しとしとと静かに降ってくる雨の中、紺色の大きな傘を差して普段通りに泊地へと行く。

 今日は窓拭きはできないものの、雨だからこそできることがある。雨漏りの点検に、雨どいにゴミが詰まってないかなどの確認だ。

 正門から入り、事務室へ行くとそこには五十鈴がいた。五十鈴に挨拶をしたあとに今日はさっき考えていた仕事をやると言う。

 事務室を出ると何も言わずに五十鈴が僕のそばへとやってきて、一緒に近くの出入口へと行く。

 

「今日は何をするの?」

「施設の状態確認をする。雨で痛んでいるところがないかをね」

「雨漏りとかそういうの?」

「そう。そういうの」

 

 僕は五十鈴が雨具を持ってないことを見ると傘を渡し、俺はショルダーバッグからカッパを取り出して着ていく。

 ショルダーバッグは近くのロッカーへとしまい、五十鈴を見てから外へ出る。

 ぱらぱらと雨の音がカッパにあたって一定のリズムで音を立ててくる。時々なら、こうやって雨にあたるのもいいものだ。傘よりは体が冷たくなるものの、カッパならではの音がいい。

 雨にあたりながら五十鈴を待つが、カッパにあたる雨音以外に音は増えない。

 不思議に思って後ろへと振り返ると、五十鈴が僕の渡した傘を持って戸惑いの表情を浮かべた。

 

「雨の日の仕事は嫌だったかい?」

「そういうわけじゃないけど……」

「作業はしないから、傘でも問題ないよ」

 

 そういうと五十鈴は僕の着ているカッパと傘を見比べてから、小さなため息をついて外へと出てくる。

 僕は雨の中を歩きだし、五十鈴は僕の後ろをついてくる。

 雨が降る泊地は普段と違う音が響いて、ちょっと違う世界感があって気分がよくなる。

 溶接をするバチバチという音や金属をハンマーで叩く音は雨にまぎれ、外で訓練する軍人も艦娘もいない、雨音しか聞こえてこない静かな世界だ。

 

 そんな世界を歩きながら、建物の雨どいを伝って地面へと水が流れ落ちていくのを眺めていく。人が作業している倉庫、艦娘がいる工廠を見て回り、雨漏りしてないかを聞いていく。

 話を聞きに行くとき、五十鈴は人と会うのが嫌なのか外で傘を差して待ったままだ。

 話を終えた僕が五十鈴のところへ戻り、歩き出す。

 

「……他の艦娘と仲がいいのね」

「ん? あぁ、仕事で話をするからね。さっきも加古の部屋を来週あたりに掃除してくれって言われたし」

「掃除?」

「寮の部屋が汚くて自分で片付けられないときは僕に頼んでくるんだ。洗濯もするし、なんか食べたいって言われたときは下手ながらも作ることが……あー、下着を洗うこともあるけど許可を取っているから」

 

 五十鈴に静かに見つめられると、つい言い訳めいたことを言ってしまう。

 今まで悪くない関係を作れていると思っているだけに、これがきっかけで冷たい目で見られるのは嫌だ。次の言い訳はなんて言おうかと思っていると、後ろから着いてくる音が遠くなる。

 足を止めて振り返ると、五十鈴が地面をじっと見つめている。

 

「どうかした?」

「私より愛想がよくてかわいい子と仲がいいのに、どうして私に優し―――」

「へっくし!」

 

 五十鈴が何か重大なことを言おうとしたが、僕の体はタイミング悪くくしゃみをしてしまう。

 泊地内を歩き回っていたことで温まっていると思っていたけれど、カッパ越しの雨は知らないうちに体を冷やしてしまっている。

 慌てて駆け寄ってきた五十鈴が僕の上に傘を差してくれ、心配そうな顔をしてくれる。

 

「五十鈴、僕は別に優しくなんてしていない。普通にしているだけだ」

「……それじゃあ仕事? 提督にお願いされたから? 仕事だから一緒にいてくれるわけ?」

「そのとおり」

「そうよね。私なんかといても楽しいわけが―――」

「だけど僕はね、五十鈴と一緒に仕事がしたいんだ」

 

 五十鈴の言葉をさえぎり、僕は力強く言葉をかける。

 

「はじめは五十鈴のことをどう扱おうかと悩んでいたけど、一緒にいるうちに妹みたいに思えてきてね。パンを買ってきたときは餌付けみたいで楽しかったし、僕の後ろをついてくるのはカルガモのヒナみたいでかわいいと思ったよ」

 

 言っているうちに段々と不満げな顔になっていく五十鈴だが、無表情ばかりだった頃よりはとてもいい。

 

「からかわれているようにしか聞こえないんだけど?」

「五十鈴といるのは楽しいって言いたいんだ」

「……本当?」

「本当じゃなかったら、気を遣わずに放置していた。一緒にいるのが好きだから仕事も教えたし、世話もした。ひとつ付け足しておくと、五十鈴を預かったからといって本来の給料以上のお金はもらっていないよ」

 

 口をぽかんと開けた五十鈴は僕から目をそらし何かを考えるかと思いきや、恥ずかしそうな顔になるとすぐに僕へと傘を押し付けてくる。

 押し付けられた傘を手に取ると、五十鈴は僕に背を向けては顔を両手で押さえながらしゃがみこんでしまう。

 

「五十鈴?」

 

 傘を五十鈴の上へと差し、しゃがんで恥ずかしがる五十鈴が元に戻るのを待つあいだ、僕は五十鈴のツインテールが水たまりに入ってしまっているのが気になっている。その雨に濡れた髪はポケットに入っているハンカチでは拭いきれなさそうだ。

 そうして1分か、2分ほど経った頃にようやく落ちついた五十鈴が立ち上がる。

 

「待たせたわね。もう大丈夫よ。ほら、行きましょうか」

 

 深い息をついて立ち上がる五十鈴に僕はハンカチを渡す。五十鈴は何も言わずに受け取ると、雨に濡れた髪を拭いていく。

 

「洗って返すわ」

 

 ハンカチを自身のスカートのポケットへとしまうと、僕の手から傘を取っていく。

 五十鈴は僕の顔を見ながら歩き出し、僕もそれについていく。

 今まで後ろについてくるだけだった五十鈴が、僕の横にいて歩くというのは新鮮な気持ちだ。

 

 僕と五十鈴は仕事を再開し、少し時間が経ったところで初めて出会った場所である倉庫へと行く。

 この倉庫は何かと僕が仕事で使うことが多く、私物がちょこちょこと置いてある。

 その荷物を置いてある場所からタオルを取り出して五十鈴に渡し、ストーブを出して火をつける。

 髪を拭きながら五十鈴は2人分の椅子を隣同士にして並べ、カッパを脱いだ僕と傘を置いた五十鈴はストーブの前へと座って一息つく。

 お互い言葉もなくストーブの火に当たっている。

 

「ねぇ……見て欲しいものがあるんだけど」

「なんだい?」

 

 僕が五十鈴へ目を向けると、腕に着けている白いアームカバーを外していく。

 今まで隠れていた素肌が見えていき、五十鈴は両手首を僕へと見せてくる。

 その両手首には何度か切った傷跡が見えた。それは自殺しようとしてできる、自殺未遂の傷跡。本来、艦娘なら小さい傷は治るものだが、なんらかの手段で治らないようにして切ったんだろう。

 

「これ、どう思う?」

 

 真面目な声で聞いてくる五十鈴は僕の目をまっすぐと見つめ、その表情は不安でいっぱいだ。

 僕は五十鈴の目を見つめ返したあと、片方の手首を手に取ると静かに傷跡をさわっていく。

 五十鈴は僕に何か言われるのが怖いのか、怯えた表情で僕の顔と手を交互に見ている。

 

 リストカットをするのは現実逃避と聞いたことがある。死ぬということですべての問題を解決しようということ。または痛みによって一瞬でも辛い考えやストレスから逃げ出せたこと。後者の場合だと、そのために五十鈴の手首には何度も繰り返し切った痕が残っている。

 

 自殺、自殺未遂はいつの時代も自殺した本人を悪く言う。問題に立ち向かわず死ぬことで逃げた。生きる努力を投げ出した。自殺するなら他の人に相談や行動に移せばいいのにと。

 

 そんなことを周りの友達やテレビ、新聞やニュースなどで言う。もしも今が戦争をせずに平和な時代だったら、自分らが弱いと思う人をけなすことはそれほどなかったと思う。

 僕は自殺をするようにまで追い詰められた人の心が心配だ。

 元々人というのは自分を傷つけるのは抵抗があるようになっている。それを押し通して傷をつけ、自殺をして苦しみから解放される。

 

 そんな人たちを、僕は今まで頑張ったと思っている。そうする人たちは恨み辛みを外に出せず自分の中にしまい続けた。それが耐えられずに自傷行為におよんでしまうのはそんなに悪いことだろうか。

 

 悪いと言うのならば、本人ではなく周囲や環境だ。

 五十鈴だって頑張っているのだと思う。艦娘は常日頃、深海棲艦相手に戦争を、殺し合いを続けているのだから。

 だから僕は五十鈴の怪我を気持ち悪いとも情けないとも思わない。

 

「五十鈴は頑張ったんだね」

 

 そう僕は強く思っている。五十鈴の手首についた、刃物の傷跡を見て。

 両方の手首の傷跡を優しく撫でていると、五十鈴の押し殺すような泣き声が聞こえてくる。両の目からは涙が浮かび、こぼれ落ちていく。

 

「頑張ったのよ。私は頑張っているの。でも街に出て、私と会った人たちが言うの。『以前のような生活に戻るために頑張ってくれ』『艦娘だから頑張って当たり前でしょ。もっと頑張りなさい』って。それで頑張り続けても褒めてくれない」

 

 喉の奥から絞るような、いつもとは違う辛そうな声を出している五十鈴。

 その五十鈴は僕の両手首を掴むと、1歩体を近づけて言葉を続けていく。

 

「どれだけ血を流し、怪我をして痛いのを泣きそうになりながら我慢して敵を殺し続けているのにひどい言葉を投げかけてくるの。『そんなに殺すのが楽しいか? 戦争が終わらないのは戦闘を続けたいお前たちがいるからじゃないか』『なぜひどい状態になっても戦い続けるんだ。英雄になりたいのか?』『戦争中毒者よ、俺たちに決して砲を向けるな!!』……そんなこと言葉を私に向けてくるわ」

 

 五十鈴は俺の手首を強く握り、ツナギの服越しに爪が食い込んでくる。

 その痛みに顔をゆがめ、けれど五十鈴から目を離さずに訴えてくる彼女を受け入れる。

 

「私は、私たち艦娘はみんなのために戦っているのに。平和のため、幸せのために! なのにどうして誰もわかってくれないの? 私がいくら言葉を伝えても冷たい顔で見てくるだけ。私は何のために戦っているの? なんで痛い思いをしなきゃいけないの? ……ねぇ、私はどうすればいいの?」

 

 僕に問う言葉を投げかけたあと、うつむき、僕の手首を握っていた手が力なく離れていく。

 

「もう頑張りたくない。もう嫌なの……」

 

 悲しく、寂しげで優しくされずに日々を戦い続けていた五十鈴の姿を見ると、優しくしたい気持ちが出てくる。頑張り続けてきた五十鈴に優しくしてあげたい。今までの頑張りを評価してあげたいと。

 だから僕は五十鈴に近づき、強引に力強く体を抱きしめる。そうしたあとに力を抜いて優しく抱きしめなおす。それと同時に五十鈴の耳元へ僕が心から思ったことを伝えていく。

 

「五十鈴はたくさん頑張った。僕がここに来てから2年ちょっとが経つ。遠くからだけど、訓練をして頑張る姿は見た。それだけじゃない。戦い以外のことも、そう、僕の仕事を手伝ってくれたのだって立派なことだ。五十鈴は頑張っている。それは僕がわかっている。五十鈴は偉い、たくさん頑張った」

「……本当?」

「あぁ、本当だとも。そんな五十鈴が僕は好きだよ」

 

 僕に抱き着かれている五十鈴は僕の背中へと手を回し、力を入れて抱きしめてくる。そして声をあげて泣きはじめた。

 そんな五十鈴の背中を僕は優しく撫で、泣き止むまで続けた。その日は仕事を途中でやめ、五十鈴を寮まで送り届けた。




病んでいる成分はまだ先。

好きなヤンデレはなんですか?

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